タイトル:【Woi】不信地帯マスター:津山 佑弥

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 9 人
サポート人数: 2 人
リプレイ完成日時:
2009/09/30 01:58

●オープニング本文


●ラスト・ホープ島。UPC本部、最上階。(ロス時間、6:00)
「最高首脳会議からの提案は、やはり変わりませんか」
「‥‥ふだんはお飾りだが、どうにも自分たちの生存のチャンスであればなりふり構う余裕もないらしい。我々UPC軍各国首脳の下部組織だ。残念ながら決定は変わらない」
 四方を窓のない壁に囲まれた暗室において、UPC特殊作戦軍の長であるブラッドが褐色の肌の男と向き合っていた。
作戦内容を説明するモニターの映像は、ふだんならジャミングの影響で乱れもしようが、窓の格子で動く蟲の触覚の僅かな動きすらも鮮明に映し出している。

「限られた領域、限られた時間、限られた戦力‥‥私は軍事については君ほど詳しくはないが、極めて難しい作戦になる程度のことはわかる。‥‥にもかかわらず君に多くを望まなければならない」
 褐色の肌を持つ男の指が僅かに動き、資料映像がピタリと止まる。ビルの屋上から望遠カメラで撮影されたその映像には、部屋の中で部品を組み立てる一人の男が映し出されていた。

「ただでさえ軍への不信感が高まっている昨今だ。故意は勿論、住民的被害は認めない。市街地での戦闘などもっての他‥‥どうかね、君はできるかね? 『住民に事前通達なく、10時間以内にこのバグアをロスに被害を出さず抹殺し、尚且つステアーのパーツを無傷で奪う』ことが」
「作戦決行は只今より14時間後、一斉におこないます。吉報をお待ちください」

 ブラッドは人工分布図帯付のロスの地図に描かれた複数箇所の印を見据えながら、静かに言葉を紡いだのであった。

●UPC本部、作戦説明テープ(ロス時間、7:00)
『最初に通達する。諸君はこの依頼を受けた者である。これより作戦説明をおこなうが、説明を受けた後の依頼放棄は認められない。依頼関係者以外は直ちに部屋から出るように‥‥
 (10秒ほどの間)
 作戦を説明する。今回のミッションは、先の大規模作戦によって、撃墜した敵新鋭機『ステアー』の重要パーツ回収である。ステアーの胴体の一部はUPC軍が回収したが、欠損が多数存在する状態である。敵はこれらを保持し、ロサンゼルス市街地に分散して潜伏している。入手した情報によると、敵は今より10時間後、幅3m高さ2mほどの装置から、重力制御によって衛星軌道上までパーツを打ち上げることが予想される。
 諸君はこれから10:00到着予定の便でロスに向かい、準備の後、20:00に作戦を決行するように。
 今回のミッションは『KV非推奨依頼』である。使用は許可するが、市街地に大きな影響を与えるような作戦は軍法会議の対象となる。臨機応変かつ、確実にミッションを遂行するように」

●スラムに潜む悪夢の欠片
 ロサンゼルス東端――所謂イーストロサンゼルスと称される地域に程近いこのエリアはスラム街が形成されている。
 当然、犯罪件数の多いロサンゼルスの中でも治安が特に悪い。金を持っている様を見せれば金どころか命すら奪われかねず、その奪われた命の抜け殻も運がよければ家族の許へ還った後に天に召されるだろうが、最悪スラム街の溝に放置される。
 そんな地域に住まう者は、もちろん好んでそこにいるわけではない。
 スラムの空気が好きで、というのはあるかもしれないが、そもそもそこに住まわざるを得ない原因を大半の者が持ち合わせていた。
 人種。
 ――アメリカの歴史において未だ高い壁を築くそのワードは、文面以上の格差を今も生みだしている。

 20時。
 ――スラム街では比較的広い道に隣接する一軒の家で、三人の男がその作業をしていた。
 一人はメキシコ系のヒスパニック、残る二人はアフリカ系の黒人だ。
 小さなパーツを組み立てるその作業は、ほぼ仕上がっている。三人揃って作業を行う必要はなく、今は黒人のうちの一人だけが仕上げ作業に入っていた。
 そんな中、
「‥‥なんか集まってるな」
 ヒスパニックの男がそう呟いてガラスの破れた窓の外に視線を向ける。
 ところどころ崩れた壁、舗装も適当な道路、道端で獲物を待つ浮浪者――普段と何の変哲もない光景が広がっているように見えたが、『他の人間より鋭敏になっている』彼の感覚は、その視界の外にある気配をも察知していた。
 気配は複数、三方向――広い道の両側と、家の目の前にある細道の奥から。
「上のが言う、傭兵ってやつか」
 作業をしていない方の黒人がそう言った。
「こいつを狙ってるって情報は本当らしいな」
 作業をしていた男が手を止め、呟く。彼の拳大ほどの大きさのその物体は、パーツと呼ぶには妙に生々しい質感を持っていた。
「そんで俺たちは、これを打ちあげなきゃいけねーわけだ」
 ヒスパニックの言葉の後、三人は肯き合う。
「そうでなきゃ折角力を手に入れた意味もないしな。その辺で殺されんのとキメラの材料にされんのじゃそう変わらない」
「んじゃ、連中に逃げ場消される前に動くとするか」
 男たちのうちの一人が、パーツを懐にしまう。
 そして彼らは、道に飛び出して動き始めた。

 バグア。強化技術。
 自分たちをこの状況に追い込んだ遠因と言える白いのに一泡吹かせるのに、これほど都合のいい力はない。

●参加者一覧

伊佐美 希明(ga0214
21歳・♀・JG
エマ・フリーデン(ga3078
23歳・♀・ER
藤村 瑠亥(ga3862
22歳・♂・PN
周防 誠(ga7131
28歳・♂・JG
サヴィーネ=シュルツ(ga7445
17歳・♀・JG
佐伽羅 黎紀(ga8601
27歳・♀・AA
セレスタ・レネンティア(gb1731
23歳・♀・AA
狐月 銀子(gb2552
20歳・♀・HD
杠葉 凛生(gb6638
50歳・♂・JG

●リプレイ本文

●逃走開始
 能力者たちによる包囲が完成する直前、三つの人影がその網を切り裂かんと迫る。
 アジトから西方向に逃走を図った強化人間の背中を、杠葉 凛生(gb6638)が放ったペイント弾が直撃する。あわよくば実弾で傷を与えようとも試みたが、それはタイミングの問題で掠りもせず、そのまま包囲網を完全に突破された。
「くっ、包囲網は未完成‥‥西側の追跡を開始します」
 一人の姿を見送る格好になったセレスタ・レネンティア(gb1731)は歯噛みしながら宣う。同じく西に待機していた朧 幸乃(ga3078)は、グラップラーとしての能力を駆使し既に追撃態勢に入っている。セレスタもまた彼女の後を追う形で追跡を始め、三つの人影が夜のスラム街、裏道多き深部に消えていった。
 付け加えると、西の強化人間を追う姿は二つだけではない。当然ながら、強化人間はそのことを知る由もないが。

 ■

 一方、北。
「包囲に気付きましたか――なかなか勘の良い相手ですね」
 周防 誠(ga7131)はそう呟き、隠密潜行を発動させる。
 その視線の先では、既に藤村 瑠亥(ga3862)がバグアの追跡を始めていた。

 ■

 南。
 此方の強化人間は最初は車による逃走を試みていたらしい。アジト横の荒れ切ったガレージに駆け込もうとする――その目の前の地面が、一瞬だけ赤く燃え上がる。
 伊佐美 希明(ga0214)が放った弾頭矢が車両を掠めたのだ。あと僅かに方向が違っていればエンジンに直撃し、使いモノにならなくなっていただろう。
 バグアは一瞬にして作戦を切り替え、今度は自らの強化された肉体で突破にかかる。
 結果的に希明の行動は時間稼ぎになったが、それでも僅かに間に合わない。能力者たちの間を、バグアが駆け抜けていく。
「早川、琥金、逃げた奴を追え! 私も全力で追う!
 見失うんじゃねーぞ!!」
 仲間の二人ともがグラップラーであるのに対し、希明はスナイパー。ここは先にいってもらうしかない。
 希明の啖呵に肯き、早川雄人と琥金はかの強化人間の姿を追い始めた。

●スラムという街の中 ―西―
(「地区は違うけど――」)
 変わらない。かつて、自分が住んでいたスラムと。
 バグアの姿を追いながら、幸乃は心の片隅でそんなことを考えていた。
 感傷に浸ったのはその一瞬だけ。少し先を往くバグアが裏道に姿を消したのを確認し、彼女もまたその道へ。
 人三人分ほどの幅の道――人を避けて通るには十分。加えて強化人間の速度を目にしたせいだろうか、路地にたむろしていた人々は総じて目を丸くしていた。無論、それを追う幸乃の姿にも声をかけることすら出来ない。
 路地を更に奥へ――広くなり、狭くなり。その中で追走を続ける。
 裏道に姿を消した直後以外は視線の先にバグアの姿を捉えることができるものの、距離を詰められないとなると後ろから捕まえることは難しいだろう。
『こちらセレスタ、現在西の四番通りから三つ目の路地を西へ向かっています‥‥先回りの指示を下さい‥‥!』
 無線越しに響くセレスタの声。
 セレスタが正確に地理を把握しているのは、事前に楽が地図を作製していたためである。地図は彼女だけでなく全員所持――つまり幸乃も持っており、故にそれを把握した上でバグアを追っていることになる。
 先回り出来ると推測される場所の指示を出した後、視線を再びバグアへと向けた。

 楽からもたらされた地図によれば、幸乃が指示した場所に辿り着くのは裏道に入らない方が早い。
 だからセレスタはあえて比較的大きな道を往く。
 だが、開けた道といえどスラムはスラム。絡まれない保障などどこにもありはしない。
 実際、急ぐ彼女の目の前の道を塞ぐように横に並ぶ男たちの姿があった。
 これでは無視しようがない。
(「――仕方ないですね」)
 駆けながら一度小さく息を吐き、姿勢を低く沈める。
 ――次の瞬間、男たちのうちの一人は地面に叩きのされていた。
 能力者としての能力と、陸軍仕込みの軍隊格闘――それらを併用し一瞬にして障害排除を完了させたセレスタは戸惑う男たちに構うことなく駆け抜ける。
 『落とした』だけで、怪我はさせていないはずだ。問題はないだろう。

 間もなく、指示された場所に到着。するとそこに、すぐに楽が合流した。
 次いで、近くの路地の奥から猛然とこちらに迫る影が見えた。その後方には見知った姿もある。
「朧さん、そのまままっすぐ追い込んで下さい――!」
 サブマシンガンを構えてセレスタは言う。
 距離がつまり、サブマシンガンの引き金を引く。轟く銃声が、狭い路地に反響して耳を劈いた。
 セレスタとしては、狙いは強化人間『だけ』。
 ――故に注意を払う必要があり、そこに一瞬の躊躇が生まれていた。
 その隙を逃さなかったバグアは――跳躍し、足元の被害を無にする。
 そのままセレスタの頭上を飛び越え、ソードブレイカーを構えていた楽さえも置き去りにしていった。
「対象は尚も逃走中、西地区の出口を固めて下さい!」
 再度顔を歪ませながら、セレスタは無線越しにそう叫んだ。
 ――この先になおも待ち構える、仲間に向けて。

「了解した」
 短く応え、凛生は無線から視線を逸らす。
 彼がいるのはインデースの助手席。運転席にはこれを所持している佐伽羅 黎紀(ga8601)がいるわけだが、今は車は動いていない。
 何故かというと、
「潰れたトマトは可愛いぞ〜♪」
 ――ちょうどカモられそうになっていたところなわけで。
 スチール製のコーヒー缶を握っていた黎紀は、笑顔でそう言ったと同時に覚醒。
 次の瞬間には左手の中でミンチ状態になっている缶を目にした車外の男たちは顔面蒼白の様相で車から二、三歩後ずさり、その隙に黎紀はエンジンをふかした。
 遠ざかる男たちの姿を一瞥し、凛生は思う。
(「日本にも多少の差別は存在するが――」)
 日本人は大体が、宗教や人種といった問題に疎い。
 それらの差別によって命までもが奪われることがないという現実がある以上、ある意味――少なくとも過敏に反応するよりは――幸福と言えるのかもしれない。
 世界ではその差別によって、命のやり取り――スケールが大きくなれば、戦争さえも執り行われてしまうこともあるのだから。
 まったくもって根深い問題だ。
 胸中でそう呟いて溜息をつく凛生を乗せたインデースは、スラムの中を突き進んでいく――。

●冷徹なるその追走 ―北―
 北へと伸びる道の途中――。
 他の方角を目指した能力者も大体がそうだが、スラムにおいては若干目立つ風体をしているせいだろう。
 北へ逃げたバグアを追跡する瑠亥もまた、人々の邪魔に遭遇していた。
 だが――
「邪魔だ‥‥! 失せろ――」
 低い声で放つ恫喝の言葉と、包帯越しながらも光を放つ赤き瞳――言葉が通じているかどうか分からない前者は兎も角、後者は能力者すら見慣れていない男たちには刺激が強かった。小さな悲鳴をあげて立ち退いて行く。
 一方誠は隠密潜行を用いていたこともあって、瑠亥とは違って絡まれることもなかった。瑠亥は瑠亥で道によっては壁と壁の間をキックで行き来することに手ごたえを得、それで邪魔者をかわしていく。

 だが、それでも彼らはバグアを捉えることは出来なかった。
 地図が手元にあっても、それを元に先回り、足止めをかける人員が西方面に集中していたのである。
 故になかなか距離が詰まらない。厳密に言えば一度詰まりかけたが、敵がやけになって投げたナイフが瑠亥の膝に――運が悪いとしかいいようがない箇所だが――命中したのだ。幸い走れなくなるほどの深手ではなかったが、それでまた距離が開いてしまった。
 射線がクリアになった状態で誠が射撃を行っても、走りながらでは命中精度も落ちるし敵は逃げやすくなる。
 ――結局他の班から連絡が入るまで、彼らは逃げるバグアを捉えることは出来なかった。

●逃れられぬその瞳 ―南―
 強化人間と雄人、琥金を追う形となった希明だったが、裏道に入って暫くして――
『こちら早川。ターゲットは徐々に裏道の奥の方へ行ってるが、地図が正しければこっちの行先は行き止まりだ。
 ――最初いた通りの近くに行ってくれ。俺たちでターゲットをそっちに誘導する』
 無線機越しに雄人から連絡が入り、「わかった」と短く応えたすぐ後に差し掛かった十字路を、左――元いた通りがある方へと曲がった。
 自分は先回り――そう決め込んで一層足を速めた希明の目の前に、二人の男が立ちはだかる。
 一人は銃を、もう一人はナイフを構え、脅しをかけるようなそぶりを見せた。
 が、
「邪魔じゃ、ボケェ! パチキかますぞ、グルァ!」
 覚醒を済ませている希明の容貌――顔の左半分に顕現した鬼の形相に加えて、痛烈な威嚇。
 言葉は通じてはいないだろうが、効果は十分にあった。一瞬たじろいだ男たちの間を縫って、希明は道を駆け抜けていった。

 目的地の通りが見え、希明は通りすぐ手前の分岐、横に少し入ったところに身を潜めた。
 自らの位置を雄人と琥金に伝え、その時を待つ。
『そっちへ行ったぞ!』
 合図が来――裏道の奥から猛然と迫る三つの気配に気づいた。
 一つ、一番手前に感じた気配は明らかに追われているのが分かる。その気配は真直ぐに通りへと向かっているようだ。
 だが、そうはさせるものか。
「悪いがこっちも形振り構ってられねぇからな!」
 敵が分岐を――自分の目の前を駆け抜けようとする一瞬前に、弓を射る。
 狙撃眼と影撃ちにより抜群の精度を得た矢は紛うことなく敵の足を射抜いた。
 転倒しかかった敵の頭上から現れるのは、跳躍していた雄人の姿。首を狩るように蹴りを入れ、そこに更に琥金が追い打ちをかけに入った。
 流石にそれだけで倒せるような敵ではない。バグアは逃げるのをやめ抵抗を始めた。
 が、狭い路地での戦闘。リーチ的には有利不利がない故に生じる数の暴力。そして、
「この山猫の眼から逃げられると思うなよ――」
 雄人と琥金の行動の間隙を縫って放たれる、希明の援護射撃。
 これらの要素が重なった結果――最後には身体が保たなくなった強化人間は、その場に倒れ伏した。
「持ってない‥‥か」
 一番近くにいた雄人がバグアの懐を探ったが、拳大だとされるパーツの感触はない。
 希明は時計を見た。時刻は八時四十分近く。
 残り時間は半分もない。
 他の班はどうなった――と考えていたところに、無線連絡が入った。

●窮鼠に噛む暇を与えず ―再び、西―
 黎紀や凛生よりも更に西――。
 ロサンゼルス中心部、バグアの最終目的地に程近いと思われる地点に待ち構える二人の能力者の姿があった。
「流石に‥‥へこたれそうね‥‥。ま――頑張って、サヴィちゃん」
 そう言ってやや弱々しい笑顔を浮かべるのは狐月 銀子(gb2552)。弱々しさの原因は直前に受けた依頼で重傷を負ったことだが、幸いにしてAU−KVをバイク形態で操縦するのにあまり支障は出なかった。
 今回自分は、あくまで足。
 バグアにとっては立ちふさがる最後の障害である、サヴィちゃん――サヴィーネ=シュルツ(ga7445)が、確実に獲物を仕留める為の。
 だからロスまでの道程を把握したうえで、最短距離でスラムを走り抜けた。
 途中一度邪魔されたりもしたが、
「怪我人襲うのが、君達の正義なら――あたしにも考えがあるわよ」
 ――閃光手榴弾を踏んづけたことで生じた隙に乗じ、一気に駆け抜けて。

 サヴィーネにとって大事なことは、人種や宗教の壁などではない。
 敵が否か。それだけだ。
 だからたとえ相手がどういう事情を抱えていたとしても――『敵』である以上、手加減も同情も、必要ない。

 応戦位置を敵の位置に応じて変えられるよう、多少開けた場所を待機場所に選ぶ。
 銀子に双眼鏡を貸して観測者になってもらい、サヴィーネ自身は来るその時を神経を研ぎ澄ませて待つ。
 ――そして、
「来たわ」
 銀子が口を開いた。能力者が双眼鏡を用いてやっと、ペイント弾で色に塗れた相手を視認できる距離だ。まだ敵は、恐らく気づいていない。
「E班、目標を視認。状況に異常無し。これより攻撃に移る」
 だからサヴィーネは淡々と宣言し、スナイパーライフルAAS−91sを構える。
 目標接近。二〇〇メートル、一〇〇――。

 五〇。
 サヴィーネの髪が燃え上がるような赤へ。
 刹那、響く銃声。

 双眼鏡越しの銀子の視界で、バグアがもんどりうって倒れかける。
「止まったら、撃つだけだよ」
 淡々と放たれる言葉。
 姿勢を崩したままのバグアへ叩きこまれる次なる銃声と、頭部への衝撃――。
 更にそこへ車で追ってきた黎紀と凛生が到着し、前後を射撃手に挟まれる形になったバグアに逃げ場はなくなる。
 少し遅れて幸乃とセレスタも到着し、ますますバグアにとっては絶望的な状況になる。
 この中で数少ない近接戦闘者である幸乃と黎紀に向かって抵抗を試みたバグアだったが、それまでの射撃の影響で戦闘能力はかなり落ちており、かつ黎紀が大量のペイント弾を目潰しに使用したことで抵抗のしようがなくなる。
「‥‥やっぱり、『渡してください』なんて無粋な言葉、ですよね‥‥」
 ――最後は幸乃がため息交じりにそんな言葉を呟いて、トドメを刺した。

「‥‥ありました‥‥」
 倒れたバグアの懐を探った幸乃が、確かな感触を得て呟く。
 任務完了の瞬間だった。

●今出来ることは
 北に逃げたバグアは結局無力化することは出来なかったが、今回の目的はそれではない。
 故に、任務完了の報告を受けて北や南に向かっていた者たちも合流する。
「所詮、人の世も弱肉強食ということか‥‥」
 通り抜けてきたスラムに目を向け、凛生は口を開いた。
 スラムに住む人々の多くは、何らかの理由によって弱い立場に置かれた人間である。
 弱者の犠牲の上に、強者が栄え。
 そして強者は、弱者の現実を知らず、目を向けることもない――。
 考え込むように目を伏せる凛生。
 一方で、尚も目を向け続ける者がいた。幸乃だ。
 ラスト・ホープへ来て傭兵になってから色々よくしてもらい、自分でも変わったと思っていた。
 けれどスラムで育った記憶は消えることはなく、それ故に、今ここに来てみると心が冷たくなっている自分に気がついた。
 変わらずそこにある差別が悲しいのか、生まれ育った環境が戦場と化していた現実が悲しいのか――それは、彼女の中でははっきりしなかったが。

「感傷に浸っている暇なんか無いだろ」
 希明は言う。
「スラムがあるのはここだけじゃねぇ。
 何処に行っても、似たような場所があるし、今も増え続けている‥‥」
 人種、宗教。今はそれだけではない。バグアという明確なる『敵』の存在がある。
 だから――。
「私らにできるのは、せめて、この戦いを一刻も早く終わらせることだけだ――」

 荒れ果てたスラム街。
 その景観が、立場によって苦しむ人々が、これ以上増えぬよう――。