●リプレイ本文
●穏やかなる旅路の途中
出発地点はマルセイユ。各々挨拶を済ませた能力者たちはまず、輸送する品の発送元であるバルバラの実家へと向かった。
バルバラの母親は、娘が能力者に依頼したということは知っている。
けれども――当然ながらその中にバルバラが経営している養育施設に住む子供がいることなど知らなかった。
だから最初は面食らった顔をしたけれど、
「いつものお礼がしたいんです」
アメリーのその言葉に、
「――それじゃ、よろしくお願いするわね」
笑顔で肯いて、彼女が両手で抱える程度の大きさの箱詰めの荷物を預けた。
踵を返し、大事そうに荷物を抱え直すアメリーの頭を
「世話になっておる者への恩返しに依頼を受けるとは、殊勝なことじゃ。
善き哉、善き哉」
秘色(
ga8202)がそう言いながら、優しく撫でる。
――それからアメリーを含めた九人の能力者たちは、マルセイユ・サン・シャルル駅へ向かった。
ここから暫くは鉄道の旅、である。
西へ向かうルートには今現在高速鉄道は走っていないため、鉄道での目的地であるナルボンヌへはTERと呼ばれる地域圏急行輸送を用いる。
通路をはさむ形で座席を確保し、荷物は風代 律子(
ga7966)の提案で、自身が仲間たちの間に席を取りつつ管理することになった。一見安全そうでくつろぎたいところではあるけれども、だからこその万が一、ということも踏まえての提案だったので仲間たちにも異存はない。
「それにしても、わざわざ傭兵まで雇ってお届けものか」
中身を見るつもりはない、と言いつつ、少しばかり気になるウォンサマー淳平(
ga4736)であった。
列車が走りだし、一応の警戒心は忘れないながらも能力者たちも列車の旅を楽しみ始める。
「鉄道での旅ってのは、実を言うと初めてでしてね」
窓際に座るクラーク・エアハルト(
ga4961)は、窓の外の景色と内側の仲間たちとを見遣りながらそんなことを言う。
「なんだか修学旅行みたいで楽しいわね。景色も雄大でキレイだわ」
愛梨(
gb5765)がそう言うと、
「鉄道の中から見る風景って、何か違って見えるよな?」
鹿島 綾(
gb4549)も肯く。
流れゆく鮮やかな緑、白塗りの壁やレンガ造りの家々・建物、そして時折遠くに見える水平線と地中海――。
歩くなどの手段よりもずっと見ることができる時間が短いからこそ、その悠然たる景色は鮮明に記憶に残るのかもしれない。
ところで、鉄道の旅とは言え当然空腹の時間は訪れる。
「甘味は立派な娯楽だ。うん」
そう言って綾は、駅で自費で用意した菓子類を取り出す。
皆で食べるための甘味と言えば、秘色もおはぎを作ってきていた。
更には愛梨が駅で弁当なども用意していたりして、列車内の食卓は一気に華やかになる。
リオン=ヴァルツァー(
ga8388)が依頼開始当初から感じていたちょっとした鉄道旅行的なワクワク感はいよいよ高まり、
「力が入りすぎてちゃもたないからな」
同じく旅行感覚を味わっていた淳平がそう言ってトランプゲームを提案する。
――結局鉄道内では最後まで警戒は杞憂、文字通りの鉄道旅行を楽しんだ結果となった。
●寂しさ募る空の下
ナルボンヌからは、徒歩でペルピニャン近郊にある目的地へと向かう。
近郊と言っても、ペルピニャンよりは十キロほどナルボンヌ寄りの村だったけれど。
「さて、情報収集をしつつ、観光を楽しむとしましょう」
レイド・ベルキャット(
gb7773)の言葉に、全員が肯く。
徒歩で移動することの最大のリスク――キメラとの遭遇。
それを含め、ルートや注意すべきことなど、調べておくべきことはたくさんあった。
各々が調べた情報を共有し、ナルボンヌで一泊。
翌日の朝、能力者たちはナルボンヌを出立した。
荷物のことを考え、いくつか聞いた徒歩ルートの中でも出来るだけキメラの目撃情報が少ないルートを往く。
秘色とレイドが前列を行き、律子と綾が後方を警戒。レイド、リオンは探査の眼を発動させて更に警戒を強めた。
――が、それでもやはり無防備な人の気配に、動物を媒体とするキメラの野生の本能は惹きつけられてしまう。
「‥‥あそこの草むらの中‥‥キメラがいる」
探査の眼を用いた状態で数度目の警告を出しつつ、数十メートル先にある草むらを指差すリオン。
言うが早いか、草むらがもぞもぞと激しく動きを見せた。そして、
「――来るぞ!」
綾が叫んだ。
現れたのは、キツネ型のキメラが三匹。キツネと言ってもその額からは獲物を突き刺すための鋭利な刃が生えている。
――とは言っても、こちらは九人。荷物を護るため戦闘を避ける律子を抜いても八人、である。
しかも銃による牽制と援護を用いるメンバーが非常に多く、キメラの接近すら容易には許さなかった。
ある程度接近したらしたで、
「お呼びじゃないんだ、消えてくれ」
逆に瞬速縮地で間合いを詰めた淳平に切り刻まれ、また別の一匹は綾による銃撃と蹴りのラッシュでガードすら許されずに叩きのめされた。
唯一、まだ実戦経験の浅いアメリーだけは惑いが抜けていなかったけれど、
「背中は守る。思いっきりやれ!」
綾のその一言で吹っ切れたらしく、フェンサーとして果敢にキメラに剣戟を浴びせにいき始める。
――勿論戦闘が行われたのはこのときだけではなかったけれど、結果として彼らが苦戦することはなかった。
■
「お届けものでーす」
目的地の村に着いた一行は、荷物の届け先へと直行。
礼儀正しく挨拶した愛梨が荷物を手渡すと、家の主は「ありがとうね」満面の笑みで、そう言った。
その日はもう太陽が沈みかけていたので、村で宿を取ることになった。
――依頼自体はすでに完了したけれど、彼らにはまだ、することが残っている。
翌朝起き出した能力者たちは、それに向かって動き始めた。
■
村から北上し、ナルボンヌ近郊へ。
いまや廃墟と化してしまった村が、そこにある。
キメラは生息していたけれど、どれもが群生ではないらしく掃討に時間はかからない。
掃討をこなしながら歩いているうちに、開けた場所に出た。
かつて噴水が流れていたであろうその広場も、当然ながら酷く荒廃している。
――アメリーの生家は、そのすぐ近くにあった。
二階建ての小さな家。
そのうちの屋根と二階部分の半分ほどがなくなって野ざらしになっており、一階の壁も崩れている場所があった。それでもまだ、壁までもが完全に壊されてしまった家に比べればマシなのだろう。
小さいから、家の中からはキメラなどの敵の気配がしないのが察知できる――
「中が見たいな」
アメリーが言ったのは、それが彼女にも分かったからかもしれない。
クラークと律子が同行する形で、アメリーは数年ぶりに我が家に戻った。
外は酷い有様だったけれど、中の一階に関しては壊された物品が至る所に散乱している程度で、損傷自体はそれほど酷くはない。
だから、家具の上にある写真を律子が見つけることも容易だった。ポートフォリオの中に飾られていたため、写真自体は鮮明なままだ。
写真には四人――父と母、それに今よりもずっと幼いアメリーと、まだ乳飲み子らしく母に抱かれている子供が写っていた。
一転、二階は一部の屋根が破壊されていることもあり、床などの傷み具合はやや激しかった。三人が一歩歩くたびに、軋む音が響く。
(「故郷か‥‥傭兵になってからはまだ一度も帰ってないな」)
国には何度か帰ったけれど――もしかしたら、或いはこんな風に、自分の覚えている風景が変わっている可能性だってある。それが怖くて、なかなか足を向けられない。
そんなことを今一度自覚しつつ、クラークの足は屋根のある部分へと向いていた。そこには机らしきもの、それからベッドらしきもの――生活の残滓が、残っているように見えたから。
その、机だったものの残骸の上。石を下敷きにして、紙が風になびいているのが見えた。
クラークはそれ――手紙を手に取り、その封に書かれた文字を見て目を見開く。
『姉さんへ』
「これは‥‥」
この家で、『姉』に宛てる手紙を書く人物に、クラークは心当たりがある。
急ぎアメリーに声をかけ、手紙を渡した。
紙の保存状態からして、そう月日が過ぎたものではないだろう。
――恐らくは。
「前にアメリーさんを誘い出した後では‥‥」
「うん‥‥」
半年ほど前、アメリーは『妹』――コレット・レオナールをヨリシロとしたバグアに、妹の姿を餌に誘い出され、危うく全てを失うところだったという出来事があった。
その際は駆け付けた能力者たちにより追い込まれたコレットが崖から落下し、現在行方不明となっている。
けれど――その後のことを考えると、死んだとは考え難い。
クラークの推測に肯きつつ、アメリーは封を開けた。
『姉さんへ
この手紙を見る機会があるのか、分からないけど。
ただ姉さんは能力者になったんだよね。だから多分、見る。そんな気がする。
この手紙を見る頃には、あの組織はもうなくなっている。そうだよねー?
正直言って、ちょっとだけ悔しいの。
――だから、次こそ手に入れる。今度は姉さんの意思なんて訊かない。
だから、それがいやだったら反抗してみせてよ。
‥‥嫌ってくれればくれるだけ、『この身体』は喜ぶんだから』
「――最後の最後にバグアとしての本音が出ましたね」
横から文章に目を通したクラークは呟く。
それまではコレットを装っていたものの、最後の一行だけは明らかにその装いを捨てていた。
「やっぱりコレットはわたしのこと嫌いだったんだね‥‥」
アメリーは静かに呟いて、それから「でも」と付け加える。
「今のあの子のものになるなんて嫌だけど、それでもあの子を嫌いにはなれないよ‥‥」
たとえコレットがアメリーのことをどう思っていても、アメリーにとってはたった一人の妹なのだから。
「だから――負けない」
そう最後に呟いて、アメリーは手紙を懐にしまった。
外に出ると、秘色が手向けの花を既に用意して待っていた。
どこか別の場所に転がっているのか、跡形もなくなっているのか、両親の遺体は家の付近にはない。仕方がないので、先ほど家の中で見つけた写真を遺骨代わりにして墓を作ることにした。
墓石となった石の前、アメリーはしゃがみこんで瞑目、祈りを捧げる――。
その姿を見、秘色は思う。
(「アメリーは頑張っておるゆえ、守ってやるが良いぞえ」)
「ふるさとの記憶――家族の記憶があるっていうのは‥‥正直、うらやましい、な」
アメリーが立ちあがって振り返ると、リオンはそう口を開いた。
少し俯いて、言葉を続ける。
「僕は‥‥物心つく前に、孤児になったから。家族の記憶も生まれた場所の記憶も、ほとんどないから‥‥」
「‥‥‥‥」
その言葉を、アメリーから見てリオンの更に後方で、愛梨は黙って聞いていた。
彼女もまた、リオンとは異なる理由でアメリーのことを羨ましいと思っていた。
ただ、リオンとは違い、純粋に羨ましい、とは思えなかった。
何故――自問した結果に導き出した結論は、アメリーと愛梨の最大の相違点にあった。
それは、家族がいたことでの幸福感。
家族に関する記憶があるとはいえ、愛梨にとってその記憶は忘れたいものだった。
だから家族がいて「幸せだった」と言えるアメリーに、羨ましさと同時に妬ましさを覚えてしまう。それが、愛梨の気持ちをかき混ぜるのだ。
だけど――リオンが最後に口にした言葉だけは、心から同意出来た。
「いつか、戦争が終わって――この村にも‥‥また、人が戻ってこれたら‥‥いいね‥‥」
「‥‥うん」
その言葉に、アメリーは小さく肯いてみせた。
報告も済ませ、もはやこの場所に用事は残っていない。能力者たちはレオナール家に背を向けて歩き出す。
その最中、綾は頭だけもう一度レオナール家を見――自らの両親のことを考えて、誰にも聞こえない小声で呟いた。
「‥‥帰ったら、墓参りに行くとするかな」
最後の寄り道は、ナルボンヌからTERでマルセイユに戻る途中、モンペリエにて。
「振り返る事は時に辛いやもしれぬが、新たな思い出にもなろう。
明日を歩む糧にするが良い」
秘色のその言葉を受けて、アメリーはこの街に住んでいる友達に会いに行くことにした。
彼女は友達と久しぶりに会話を弾ませつつ、今自分の在る状態と、仲間たちを紹介し――。
『Vie de letoile』が経営していた孤児院は当然ながらもうなかったけれど、今はその跡地に個人経営の孤児院が出来ており。
アメリーの孤児院でのかつての友達のほとんどはそこにいると知ったが故、そちらにも足を向けることになった。
「私が持ってても使い道ありませんし、喜んでいただければいいのですが‥‥」
そう言ってレイドが寄付したぬいぐるみは、子供たちに大変喜ばれたらしい。
モンペリエを離れ、今度こそ本当の帰路へ。
「能力者になっても、変わらないものってあるんだね‥‥」
眠たげながらそう呟いたアメリーの顔を、仲間たちは穏やかな表情で見つめていた。