タイトル:繋いだその手で確かめてマスター:津山 佑弥

シナリオ形態: イベント
難易度: 普通
参加人数: 15 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/06/16 22:34

●オープニング本文


 青年はラスト・ホープへ向かう飛行艇の中で、ちょっと遠い目をして思いを馳せていた。
(「ラスト・ホープか‥‥あいつもいるんだろうな」)

 ■

「これでよし、と」
 ラスト・ホープでも郊外の地域にある、かなり広い敷地を誇る公園。
 そのグラウンドで主計課の同僚数人と一緒にテント設営に取り掛かっていた朝澄・アスナは、作業が終わると満足げに肯いた。
 グラウンドに設置された、いくつものテントと、出店。
 明日の今頃にはここに傭兵が溢れているといいな、とアスナは思う。
 ――それは、UPCが傭兵たちへのねぎらいの一環として行うことにした祝勝会だった。
 歓談するもよし、料理を楽しむのもよし、公園内は自由に動いていいので人気のない場所で何か考えるのもよし。
 ついでに言えば隣接するスパリゾートも貸し切ってある。温泉、プール。ウォータースライダー。
 疲れた体を癒すのも、遊びふけったりするのもいいだろう。

 一時とは言え、大きな戦いが終わった実感。
 その安心感――それらを確かめるには、まず生きている実感が必要なのだから。

 ただしまだ、全ての準備が終わったわけではない。
「そろそろ来るはずですよね?」
「ええ、もう空港には責任者も来ているんじゃないかしら」
 アスナの問いに、少し年上の女性士官がそう答える。
 何が足りないかと言うと、傭兵が自分たちで調理するための食材だ。
 野菜類を中心に、日本から産地直送してもらうことになっているのである。
「すみませーん!」
 ――噂をすれば何とやら。
 グラウンドの外、いつの間にかトラックが数台停まっている駐車場から男の声が届いた。

「責任者はどなたですか?」
 アスナと、彼女と話していた女性士官とでトラックの方へと向かう。
「あ、僕で‥‥」
 トラックの運転席を降りてきた青年が、二人の許へ走り寄りながらそう言いかけ――動きを止める。

「――アスナじゃないか」
「‥‥え? ――あ」
 自分の名を呼ばれて、アスナは青年の顔を見。
 そして、驚愕の表情で口を開く。

「祥平、君‥‥」

 ――柿崎・祥平。
 五年前――アスナが士官学校に入学する前まで付き合っていた、彼女の元恋人の名である。

●参加者一覧

/ 赤霧・連(ga0668) / 沢良宜 命(ga0673) / 棗・健太郎(ga1086) / アルヴァイム(ga5051) / 夜十字・信人(ga8235) / 百地・悠季(ga8270) / リオン=ヴァルツァー(ga8388) / 紅月・焔(gb1386) / 芝樋ノ爪 水夏(gb2060) / 美環 響(gb2863) / 崔 美鈴(gb3983) / フォスター・ロレット(gb5305) / 美環 玲(gb5471) / エリシア(gb6405) / ミリア・キャット(gb6408

●リプレイ本文

●日常の欠片
 その日――祝勝会当日もラスト・ホープの空はとても穏やかだった。

 屋台の列から少し外れたところにバーベキュー用のスペースが設けられ、アルヴァイム(ga5051)によって鉄板が搬入される。
 彼は彼で既に食材の下拵えを行っていたけれど、それとは別にそこではフォスター・ロレット(gb5305)が用意された食材を用いて準備を行っていた。
 玉葱、椎茸、人参などといった食材を大雑把に切り刻んで金串に刺していく――その切り口からして焼いたら割と大胆な料理になることは確実なのだけれど、そのメインを飾るのは恐らく野菜ではなく「コレであることが肝心」とフォスターが語る羊肉だろう。
 羊肉といえば、金串に刺すのとは別に骨付きのバラ肉が塊で用意されていたりする。これもフォスターが必要だと言ったものだ。

 祝勝会の開始時刻は――フォスターが下拵えを終えた頃にやってきた。

 アルヴァイムにより火力調整がなされた数枚の鉄板。一枚につき二人前後がつきっきりで調理役を担うことになっており、その中には崔 美鈴(gb3983)の姿もあった。
 また、下拵えからそのままその場に居座っていたフォスターも調理役である。
「材料はたっぷりあるから、落ち着いて食べてくださいよ」
 集い始めた人々に言いつつ、自分は必死に金串を操って焼き具合を調整する。勿論汗をふくのも忘れない。
 ウスターをベースにケチャップと蜂蜜を混ぜ合わせた特製ソースが染み込んだ食材たちからいい匂いが上がる――それと同じ鉄板の上にはバラ肉の塊が塊のまま載っていた。

「うむ。先の作戦では、なんだか勲章とか貰ったが――大きな損害が無かったのが一番のご褒美だな」
 一方、スタッフに混ざる形で屋台の準備を行いながら、夜十字・信人(ga8235)はそんなことを呟いた。
 大規模作戦中に現地のロシア兵に教えてもらったというボルシチを作っている彼がいる屋台のすぐ近くに、恋人である朝澄・アスナの姿があった。とはいっても今回は特に示し合わせたわけではなく、信人が来ているというのでアスナが探しにきた形である。――ある種の不安要素を抱えていたせいもあっての行動だけれど、まだ二人とも互いが近くにいることには気づいていなかった。
 そんなアスナに、誰よりも先に話しかけたのは――
「この前はお疲れ様ね」
 百地・悠季(ga8270)だった。アスナも彼女の存在に気づき、既に振り上げられていた右手に応えるように手を振りかざす。
 ハイタッチ。
 ――それは大規模作戦自体の『お疲れ様』の意の他にも、もう少しだけ理由がある。その戦闘中に行われた、欺瞞工作をも用いたG4弾頭の輸送依頼の話だ。アスナがそのうちの一つを斡旋し、悠季はその依頼を受ける側だった。
 結果として成功はしたけれど、受け持ったのは欺瞞工作の方だった。加えてその依頼の際に悠季が重傷を負ったことはアスナも知っていたので、それらを申し訳なく思っていた気持ちもあったけれど――。
「重傷とか偽装行為は残念だったけど、本物への注意が分散できて。
 こちらも貢献できたという事で、勲章が余分に貰えて良かったわよ」
 そう言って笑顔を見せる悠季に、救われた気分になる。
 ――が、その直後に何ともなしに傾けた視線が、ある意味『見てはいけなかった』光景を捉える。
「やっぱりいた‥‥」
「‥‥どうかしたの?」
 硬直するアスナを見、悠季が首を傾げる。
 ――ちょうど悠季の背後にあたる方向に、元恋人である柿崎・祥平の姿を見つけてしまったのだ。食材を運びに来たのは前日だったけれど、折角ラスト・ホープに来たので数日の間滞在することになっていたらしい。話は聞いていたものの、こう見かけてしまっては何か気まずい。
 しかも同時に信人の存在にも気付いてしまったものだから、尚更笑えなかった。
 信人もまたアスナに気づき、自分と行き来する彼女の視線の行き先から、祥平の存在を察知する――。

「ほむ、アスナさんと祥平さんと信人さんって三角関係でしょうか?」
 赤霧・連(ga0668)はその様子を少しドキドキしながら横目で見ていた。
 出来れば信人に幸せになってもらいたい――そんなことを考えつつも、連は今日の目的を心の中で再確認する。
 その目的を果たすための相手は、その時になってやってきた。
「連姉ちゃんっ」
 ――棗・健太郎(ga1086)である。
 健太郎も健太郎で『修羅場』――つまりはアスナたちのことだ――に気づいた。一応信人を応援する気持ちもあったけれど、自分たちには自分たちの用があるのでスルーの構え。
 そのやることというと――カレー作り。
 健太郎は十二歳。対する連は二十歳。
 その八歳という年齢差が意識のうちにあるわけではないけれど、普段は基本的に健太郎は連に甘えっ放しだ。連が食べてみたいと思っている手料理を作ることはある意味そのお返しともいえるかもしれない。持参したおたまや包丁といった調理器具が頭にアルティメットがつく立派なSES搭載兵器だったりするのは、その気合の表れか。
 もっとも、自分の料理も健太郎に食べてほしいと思っている連は
「あやや、私はどうしたらいいでしょうかネ?」
 そんなことを呟いて、苦笑いを浮かべた。
 ともあれ、隣同士の調理場を借りて調理開始。
 ちなみに連が作ろうとしているのもカレーだったりする。連は野菜たっぷりのトマトベース、健太郎は特製スパイスを使ったチキンカレーという違いこそあったけれど。

 ■

 連や健太郎とは別の方向――屋台の列の陰から、アスナたちの動向を見守る者が数名。
「さて、幼馴染と大事な友達のピンチ言う事で来はったけど‥‥」
 冷や汗をかきながら言うのは沢良宜 命(ga0673)。
「‥‥なんてこった‥‥夜十字だけでなく‥‥元彼まで来ているとは‥‥」
 なんか悶えているのは紅月・焔(gb1386)。どっちを応援するにしてもゲームオーバー、下手を打てばアスナに嫌われる――という葛藤に苛まれていた。ゲームオーバー?
 ――ちなみに言動こそいつも通りなものの、今日は何の心境の変化なのかガスマスクをつけていない。特記しておくべきほどに珍しい。
「こう言う話は、当人の問題ですから、干渉はしない方が良いと思います」
 芝樋ノ爪 水夏(gb2060)は少なくとも焔に比べると冷静だった。
 ――というか、見守る一対象である信人が見たところあまり動揺していない。しているのかもしれないけれど、
「まあ、よっちーの事だ‥‥大人な対応で痴話喧嘩にはならんだろうな‥‥」
 と焔が言うのだから実際は本当にしていないのだろう。水夏にしてみれば、焔が言うから信じる分もあるのだけれど。
「それにしても柿崎‥‥戦場に来たら撃墜されそうな名前だ‥‥」
「とりあえず信君とアスナちゃんには、今一度自分の『本当の心』を見つめて貰わな」
 さり気に失礼なことをのたまう焔をスルーし、命はそう言って拳を握り締めた。

●過去の欠片
(「‥‥『皆で』っていうのは、残念ながら、無理だったけど‥‥」)
 リオン=ヴァルツァー(ga8388)は一度空を見上げ、それから自分の横を見る。
(「全部終わったら、遊びに行くって約束‥‥。すごく、楽しみにしてたけど‥‥やっと、実現できそう‥‥)
 というか、実現出来ている。
 今彼の視線の先には、以前依頼で知り合い、そして友達になった少女――アメリー・レオナールがいた。彼女と知り合うことになった――そして長く続いた一件に漸く決着がつき、『約束』を果たす日が来たのだ。
「‥‥いろいろ、あったけど。今日は、思いっ切り‥‥楽しもうね、アメリー‥‥」
「うんっ」
 朗らかな笑顔で、アメリーは肯いた。

「よう、来たな」
 二人が会場に着くと、そこには既に早川雄人の姿があった。リオンはアメリーだけでなく彼のことも誘っていたのだ。というのも、アメリーと関わることになった一件の最初から最後まで、雄人も一緒に行動していたから。
 リオンにとって、そして雄人にとっても今日ここに来たのは大規模作戦以外にその一件をも労うためでもある。アメリーは大規模作戦の頃は自分のことでごたごたしていたので参加していなかったらしい。
 三人揃って屋台の列を歩きだし、すぐに用意された料理に舌鼓を打つべく手を出す。
「‥‥お疲れ様、と、ありがとう‥‥」
「こっちこそな。全部が全部ってわけじゃないが、とりあえずすっきりと片付いて良かったぜ」
 そう言って、雄人は料理を持っていない方の手を握ったまま軽く上げる。
 その意味するところを察し――リオンもまた、空いている手で握り拳を作り、雄人のそれと軽く打ちつけた。
 それからアメリーも混ざり、他愛のない話をしながら三人は歩いていく――。

 ■

 アスナが巻き込まれた状況に気づきそそくさとその場を離れた悠季は、バーベキュー会場にいた。
 いた。
 賑わう人ごみから少しだけ外れたところに赤緑のインバネススーツを見つけた。春めいたこの時期にそれを好んで着る人物などそう多くもないだろうから、それが一体誰なのかもすぐに分かる。
 だから悠季は迷うことなく、そちらへ――恋人であるアルヴァイムがいる場所へ小走りで駆け寄った。

 まずは互いの無事に安堵した後、
「心配掛けてごめんなさい」
 悠季はそう謝る。先のアスナとの会話の話題でもあった依頼の件だ。
 アルヴァイムにはそれを心配し過ぎても悠季の心労になるだろうから、という考えがあり、あまりその話題には触れるつもりはないらしい。
「今日くらいはゆっくりしようか」
 そう言って、よく焼けた食材の刺さった金串を差し出した。

 食事を済ませてから、二人は予めアルヴァイムが確保しておいた昼寝用のスペース――グラウンドを一望出来、かついい具合に木陰になっている斜面の草むらの上に移動した。
 並んで横になってから、思い出したかのように
「昔の話をしよう」
 ――そう言いだしたのはアルヴァイムだった。

 語られるは、二人の出会いから今に至るまでの思い出、と、それに伴うアルヴァイムから見た悠季の印象の変化の過程。

 皆と距離を置いた変わった子――それが第一印象だったこと。自分も他人と一線を引いた戦争狂であると自称する以上、同じくらい『変わっている』のだろうけれど。
 グラナダ要塞攻略を経てその印象が『機転の利く良い女』に変わったこと。
 入学式狂想曲の際の告白は悠季からだったけれど、彼女が『不言実行』と称した告白の引き金になった彼の行動は――実は動機の二割程度は彼女と一緒にいたかった、というものだったりもしたこと。
 ――つまりその時点で既に、悠季に対する印象――想いは、単なる好意よりもずっと先に進んでいたとも言えること。

 戦争が終わるまでは籍を入れるつもりはないけれど、傍目から見たら既に夫婦にさえ見える二人。
 ――六月に控えるあるイベントが、悠季曰く「待ち焦がれた」ものであるのも至極当然と言えるかもしれなかった。

●絆の欠片
 所変わって――。
 UPCが今日のために貸し切りにしたラスト・ホープ内のスパリゾートも、それなりに賑わいを見せていた。

 美環 響(gb2863)と美環 玲(gb5471)は揃ってプールで遊ぶことにしていたわけだけれど――遊ぶ前に一つ、やることがあった。
 競泳勝負である。
「悪いですが手加減はしませんよ。僕についてこれますか?」
 挑発的な笑みを浮かべる響。ちなみに彼が勝った場合は、玲は彼の奇術ショーの一日アシらしい。
「負けた時の覚悟はよろしいかしら、響さん」
 嫣然とした笑みの玲。こちらが勝った場合は、響は一日、女性の長ーいショッピングの御供。
 ともに笑顔なのに、なんか二人の間では火花が散っていた。
 ――ちなみに勝負の結果は、というと。
 本人たちしか真の関係は知らないとは言え、ただでさえ容姿から雰囲気まで似通い過ぎている二人である。
 ――ここまで似過ぎるものなのか。コンマ一秒単位なら判別出来るかも知れないけれど、肉眼では判定出来なかった。
 そこから少し離れた場所――。
 こちらではエリシア(gb6405)とミリア・キャット(gb6408)が仲良く温泉に入っていた、わけだけれども。
 水着着用とは言えエリシアが温泉で泳ぎ出したものだから、
「もううるさい! お風呂で泳がないのぉ、子供なんだからぁっ」
 ミリアがそう叫んだものだから――彼女としては怒っているというより呆れているだけだったのだけれど――エリシアは、
「え〜駄目なのぉ?」
 泳ぐのをやめてしょげてしまったとさ。

 ■

 その頃、なんとも微妙な三角関係はといえば――。
 動けずにいた。
 信人は単純に屋台を手伝っているだけだけれど、アスナは硬直したままだったし、祥平は祥平でアスナの硬直に戸惑ったこともあって接近出来ずにいたのである。 ――彼は未だ知らないのだ。アスナには今恋人がいるということを。
 そのまま暫く時間が経ち――沈黙を破ったのは、三人のうち誰でもなかった。
「アスナちゃん、ちょっとええかな?」
 ちょっと前まで物陰で見守っていた命である。ベンチに座っていたアスナの傍まで来ると、ちょいちょいと何もない方を指差す。こっちで話そう、ということらしい。
 アスナは戸惑いながらも肯き、立ち上がった。

 その様子を目で追っていた祥平の方には焔が接近していた。水夏は、ひとまずまだ事態を静観している。
「おい」
 自分に声を掛けられてもまだ戸惑いを隠さずにいた祥平に対し、焔は現在のアスナの――その恋人の存在を語る。
「ああ、だからなのか‥‥」
 その説明を受けて、祥平は漸くアスナの態度に納得がいったようだった。
 その表情は複雑だ。
 ――それもそうだろう、と、祝勝会の前に命たちとともにアスナの過去について知った焔は思う。
 自分を捨てる形で夢を選んだ彼女が、今はまたある意味で自分と同じ立場の者を得ているのだから。
 ――ただ、それでも。
「御託は言わん‥‥あんたのアスナさんへの気持ちが変わって居ないのなら‥‥よっちー同様俺の抹殺・妨害対象リストに加わるだけだ。覚悟だけしとくんだな」
 自分なりの脅しの言葉はかけておくことにする――勿論冗談なのだけれど、目は笑っていなかった。

 それきり焔は祥平に背を向けて水夏の元に戻った。
 あとは本当に当人たちの問題で、それに必要な整理は命がするだろう。だからこれからは、自分たちは普通に祝勝会を楽しむことにする。
 スパに行きたい、と水夏が言うので、二人は揃ってそちらに足を向ける――。
 ――と、
「独りに、しないで下さい」
 やや不安げに瞳を震わせながら、水夏は焔の服の裾を握った。
 何やら最近落ち込むことがあったらしい――彼女の表情を見て、焔は何となくだけれどそのことに気づく。
 だからそのまま――焔の方はやや照れくさそうな表情を浮かべつつ、二人は歩いていった。

 ■

 辺りに誰もいない道端へと来たところで、命は足を止めた。ついてきていたアスナもつられて止まる。
 命はガードレールに寄りかかると、アスナを見た。
「困った事があればいつでも言うてって言ったやない。
 ほら、此処なら信君も柿崎さんも聞いてへん‥‥アスナちゃんの本当の心、聞かせてな」
 その口調には焦りはなく、ただ、優しく。
「‥‥うん」
 だからそれに応えるように、アスナは言葉を探しながら口を開いた。
 
●明日の欠片
 健太郎と互いに自作のカレーを交換して食べあった後――彼が少し席を外している間、連は物思いにふけっていた。

 先の大規模作戦で、大切な人を亡くした。
 話すことも、共に笑ったり悲しんだりすることも、思い出を作り上げることも――もう出来ない。
 彼のことを、思い出を思い出すと、ただ悲しくて。忘れられなくて。

 でも。
 今以上に彼がいないことを悲しんで、もう決して手の届かない遠い場所にいる彼ははたして喜ぶのだろうか――?

 ――そんなことはない。
 答えははっきりと分かる。

 だから。
(「今日はその人の分までいっぱいいっぱーい、楽しんじゃうのです」)
 連は力強く思う。
 愉快に笑って見せつけてやるのだと。
 そうすることで彼が愉快に笑ってくれると、喜んでくれると信じよう――。
「お待たせー」
 思っていると、健太郎が戻ってきた。
「連姉ちゃん、次はスパリゾート行こう!」
「ハイですよ」
 健太郎の――年頃的に若干の下心が入っていてもおかしくない――提案も、連は笑顔で肯く。
 並んで歩きながら、連は天を見上げて呟いた。
「いつまでも悲しんでいたらきっと怒られちゃいますよネ」

 ■

 一通り屋台の料理を楽しみ、それからもまた幾らか会話を交わした後――軽く挨拶をして雄人は一人でぶらっとどこかへ歩いていった。
 それを見送ってからリオンは、アメリーを公園のより静かな方へと誘った。

 人気のない木陰のベンチに、並んで腰かける。
 女の子と一対一で話す経験などないから、緊張はあった――けれどリオンはそれに負けずに、単刀直入に切り出す。
「‥‥ねえ、アメリーは、これからどうしたいの‥‥?」
 それは歩き出したばかりの傭兵としての道のことにしてもそうだし、それをひっくるめた彼女の人生そのもののことでもあった。
「んー‥‥」
 アメリーは少し考えてから、答えた。
「やっぱり――能力者になったし、皆の力になりたいな。
 あの組織みたいなことをしている人達が、まだどこかにはいるかもしれないし。
 そういう人達から誰かを助けられるなら――戦うのはまだちょっと自信ないけど、助けたいよ。
 ‥‥あと」
 アメリーは少しだけ躊躇うような仕草を見せた後、改めて口を開いた。
「――出来れば、もう一回コレットに会いたいよ」
 以前は別の意味で過敏に反応していたそのキーワードを自ら口にした彼女の瞳は、直前の仕草とは裏腹、決意の色が宿っていた。
「本当のコレットがわたしのことをどう思っていたって、関係ないよ‥‥たった一人の妹なんだから。
 バグアが今もコレットの身体を使っているか分からない、けど――まだもし使っているなら、止めたい。
 ――バグアに操られてるコレットなんて、見たくないもん‥‥」
「アメリー‥‥」
 見ると、彼女の肩は小刻みに震えていた。――以前妹の身体に宿ったバグアに殺されかけた恐怖と、悔しさが入り混じっているのかもしれない。
 ――リオンはそんな彼女の肩に、優しく手を置いた。
 自分を見たアメリーの眼を見つめ返しながら、リオンは言う。
「‥‥前にも、言ったよね。困っている時は、遠慮せず、お互い助け合う‥‥それが、仲間だって‥‥」
「うん‥‥聞いた」
「‥‥迷惑じゃ、ない‥‥なら――僕は、アメリーの力になりたいんだ‥‥」
 若干照れくさそうに放たれたリオンの言葉を受け、アメリーは
「ありがとう‥‥それじゃ早速、ちょっといいかな?」
 そんなことを言い出した。リオンは一瞬面食らったけれど、肯く。
 するとアメリーはリオンの肩に額を当てる形で、身体を預けた。
「あ、アメ――」
「強くなりたい‥‥」
 吃驚して叫びかけたリオンの口は、アメリーのその言葉によって開いたまま止まった。

「もっと、強くなりたいな‥‥コレットを助けられるくらいに。
 助けられるだけじゃなくて、皆を助けることが出来るくらいに‥‥」

 その言葉に少々嗚咽が混ざっていることに気づき――。
 リオンは口を閉ざすと、アメリーの頭をそっと撫でた。

 ■

「元彼? ――そりゃいるだろうよ」
 だってアスナ可愛いもん。
 それが信人の偽りなき本音だった。
 だからこそ祥平という存在の出現にも、冷静でいられたのだけれど――やっぱり正直、ちょっと面白くはない。
 とは言え、不用意に人の過去に足を突っ込む気もなくて。

 結局のところ、アスナ次第だった。
 自分に話すべきことを、話したいときに話してくれればそれでいい。
 
 少し離れた場所にいるアスナのことを想う。

 彼女を庇って死ぬかもしれない。
 彼女の大切なものと引き換えに、彼女を犠牲にしてしまうかもしれない。
 過去に出会った、ヨリシロにされた能力者の顔を思い浮かべ――或いはアスナを撃つ日が来てしまうかもしれない、とも思う。

 けれどそれでも――この先どんな形になっても、『今』を共に生きたい。
 何故なら――。

 彼女がいるから、何時だって戦えるのだから。
 自分に戦場に立つ誇りをくれたのはほかでもないアスナだから。

 ――大仰すぎるかもしれない、と考えなくもなかったけれど。
 それが、信人の考えだった。

 ■

 そして――命とともに戻ってきたアスナは。
 祥平と信人を静かな場所に連れ出して――その言葉を切りだす。

「ごめんなさい」

 頭を下げる。
 それは祥平に向けられた言葉だった。
 意味は信人にも祥平にも理解出来る――自分の身勝手さを呪っているのだと。
 ――でも。
「‥‥謝ることじゃない」
 そう言ったのは、他ならぬ祥平だった。顔を上げたアスナは、驚きを前面に見せている。
「そりゃ、今彼氏がいるってさっき知ったから吃驚したし、未練もあったからちょっとショックも受けたけどさ。
 でも、アスナが謝るのは違うと思う。――アスナは今、少尉なんだっけ?」
「う、うん」
「なら、僕と別れた時に言ってた夢叶ってんじゃん。
 しっかり軍人になって、軍人として世界のために働いてるんだから。
 ――それで僕が今更あーだこーだ言うつもりはない。
 それにさ‥‥そうきっぱり頭を下げる、ってことは、気持ちももう固まってるんだろ?」
「‥‥うん」
「なら、もう僕が言うことはない」
 そう言った祥平の視線が、信人の方に動く。
 アスナもまた信人を見た。
 互い、告げる言葉は決まっている――。

「今のアスナが、俺を見てくれているならば。それで十分だ」
「――『私』が『私』で居られる限りずっと――貴方の隣で、貴方のことを見ていたいです。
 ‥‥だからこれからも、よろしくお願いします」

●繋ぎ合わせ――。
 祝勝会はまだまだ続いている――。

 木陰で昔話を終えたアルヴァイムと悠季は、寄り添って昼寝をしていた。
 ――正確に言えば今寝息を立てているのはアルヴァイムだけで、悠季はまだまどろみに入りかけだ。
 互いの温もりが、まるで穏やかな子守唄のように感じられて。
 この日々がずっと続けばいい――沈みゆく意識の中そんなことを考えた悠季も、やがて穏やかな寝息を立て始めた。

 初夏にしては穏やかな日差しの下。
 賑わいと平穏が絶妙なバランスで調和した空間には、笑顔があふれていたという。