タイトル:星降る丘の鎮魂歌マスター:津山 佑弥

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/03/01 21:38

●オープニング本文


 ある地方に、人々に『星降る丘』と呼ばれる場所がある。
 夏になると文字通り星が降る――しばしば流れ星が見かけられるその丘の頂上近くには、小規模の共同墓地もある。永くその土地に住み、生を終えた者がしばしば「そこに骨を埋めて欲しい」と遺される家族に頼むからである。それほどまでに、この丘は愛されている。
 今も昔もさして人が多い地方というわけでもないこともあり、墓地に入るのは殆ど同じ家系の者だ。
 いわば、その土地を愛した家族たちが最期に行き着く場所――。

 それが今、本部の一室のディスプレイに映し出されている。
「ここに、キメラが現れたんだ」
 眼鏡をかけたオペレーターは、珍しく最初から神妙な面持ちで口を開いた。
「今の状況を説明する前に、君たちに討伐を頼みたいキメラのことを教えておく。今回のキメラは‥‥セイレーンだ」
 セイレーン。
 上半身は人間の女性、下半身は怪鳥の姿をした伝説上の怪物。それに極めてよく似ているという。
 そして、その最大の特徴は――。
「奴は音波を扱った攻撃を得意としている‥‥んだけど、これがまた厄介な能力でね」
「というと?」
 疑問の声に、オペレーターは顔をしかめて答える。
「丘の上から怪音波を発して人を魅了し、自分のいるところに呼び寄せるんだ。その先は、言わなくても分かるだろ?」
 音波が発せられた方角から、続々と寄せ集められる人々。そして一般人である彼らのその末路を想像し、能力者たちは息を呑む。
「推測するに、音波は十数キロ先まで届くみたいだけど‥‥幸いなことに、奴が向いた方角にしか届かないらしい。角度にして九十度ってとこかな」
 つまり幸い他の方角にいた人間は無事ということになるのだが、だからといって一般人がキメラに対抗できるわけがない。結局現状の選択肢は怯えながら日々を過ごすか、泣く泣く愛した土地を離れるしかないのだった。
 しかし、キメラに対抗する力を持った能力者なら。そういうわけで、依頼が入ったのだという。
「奴が魅了の音波を発するのは一日一回が普通のようだけど、多いと三回の日もある。方角に規則性はないから注意して」
「キメラはどうやって人間を‥‥その」
 能力者が口を閉ざしたのは、皆まで言うのは気が咎められたのだろう。
 オペレーターもまた、視線を落として言う。
「ごめん、攻撃方法は分からない。何せ丘に引き寄せられたら最後、戻ってきた人はいないんだ」
「なら何故キメラの姿を知っている?」
 能力者の一人が尋ねると、オペレーターは懐から一枚の写真を取り出した。
 丘の近くに森があるのだろう。その中から撮られたと思しきその写真には、確かに人ならざる下半身を持つ姿が映っている。
「これを撮った人が生き残っていたのが何よりの幸いだね。じゃなかったら、『星降る丘』はいずれ人の望まない死を迎え入れる地獄になる」
 オペレーターは写真を仕舞うと、真剣な目で能力者たちを見つめる。
「今ならまだ、それを止められるんだ。――土地を愛し住み続けてきた人たちのためにも、キメラを倒してきて」
 ――そして、望まぬ死を迎えた者たちも安穏なる土の中で眠らせてあげて欲しい。

●参加者一覧

真田 一(ga0039
20歳・♂・FT
御影・朔夜(ga0240
17歳・♂・JG
ケイ・リヒャルト(ga0598
20歳・♀・JG
不破 梓(ga3236
28歳・♀・PN
大川 楓(ga4011
22歳・♀・GP
蓮沼千影(ga4090
28歳・♂・FT
オリガ(ga4562
22歳・♀・SN
夜柴 歩(ga6172
13歳・♀・FT

●リプレイ本文

●破滅を滅ぼす行進曲
 地方特有の澄んだ空気は、冬の冷たさを人々に知らしめる。
 正午を少し回った頃。東から丘の頂上へと向かうルートに四人の能力者の姿があった。岩場の間を縫うように造られた歩道だが、頂上までの道程はそれほど険しくないように見える。
「セイレーン、か。以前亜種に会ったが‥‥」
 真田 一(ga0039)は呟いて、丘の上のセイレーンが人々を屠る光景を想像し眉間に皺を寄せる。
「無残、ね‥‥仕留めるわ、必ず!」
 遥か丘の上を見据えながら、ケイ・リヒャルト(ga0598)は拳を握る。
「今回ほど躊躇無くキメラを仕留められそうなのも珍しいかもしれんな‥‥。‥‥二年前と同じ光景を見ることになりそうだ‥‥」
 不破 梓(ga3236)はそう言って、肩を慣らす。その瞳の奥に映るのは、二年前の惨劇。あの光景をこれ以上増やすわけにはいくまい。
 事前にオリガ(ga4562)がオペレーターから聞きだしていた不確定情報に、生き残っている近隣住民の証言を加えて情報を纏める。魅了の音波を発している歌自体は音波が出ていない方角にも聞こえる。今彼らA班がいる東、そしてB班がいる南が特に犠牲者の多いルート――その方面に残っている人々の少なさから音波が届く可能性が低いと踏んだルートだ。
 しかしながら方角や回数の規則性に関しては、有益な情報は得られなかった。更に厄介なことに音波に魅入られた者は、丘に向けている自らの歩みを遮る人間には容赦なく襲い掛かるという。それ故、抑えたり目を醒まさせる楽な方法は見つからなかった。一番手頃な方法はといえば、魅了にかかった人間の意識を落とすことになるだろう。
 音波の効果は距離が開けば開くほど弱まるというが、離れるどころか詰めている今それを期待するのは無謀というもの。本部から借りた耳栓と、運に賭けるしかない。
「おそらく言う暇は無いだろうから先に言っておく‥‥キメラの姿を見た瞬間、おそらく私は理性を失う。‥‥止めるのは任せる‥‥」
 無線によるB班との同時出発の合図の後、梓のその言葉を最後に――A班の一行は聴覚を栓によって塞ぎ、岩山の中の道を歩き出した。

●耳朶に響きし狂いの輪舞曲
「キメラども‥‥人々の最後の安息の地までも奪う気か!!」
 A班との出発合図の通信を終えた夜柴 歩(ga6172)は、怒りに肩を震わせる。
 その横で御影・朔夜(ga0240)は丘の頂上を見上げた。感じるデジャヴは彼に冷静さを与え、厄介だという思考を和らげる。
「ま‥‥ココから先音波が飛んでくる可能性もあるし。私はこれから黙るわ‥‥用があるときは肩でも叩いて」
 そう言って大川 楓(ga4011)は誰よりも早く耳栓を装着した。他の能力者たちも続いて装着し、歩き出す。
 前の依頼で傷を負っていた蓮沼千影(ga4090)だったが、携帯していた救急セットを道中で使用する。
(「セイレーンに殺された、たくさんの人々‥‥。必ず、仇は討つぜ」)
 傷を癒しながら、その想いで更に自らを奮起させる。頂上に着く頃には彼も満足に戦える状態になっているはずであるということは、能力者たちにとって好材料とも言えた。
 歩き始めてしばし、無言のまま――時折の意思表示は、事前に決めておいたジェスチャーで行っていた彼らに、ある異変が襲った。

 ――――ぁ、――――。

 澄んだ女性の声が、四人の耳朶に響く。耳栓をしていても意味がないと思うほどはっきりと。
 弾かれたように四人は同時に顔を上げ、丘の頂上を見据えた。
 未だ距離のある頂上からの大音声――それでもその声の艶やかさは微塵も失われることはなく、周囲に澄んだ音を鳴らす。
 ただしそれは、狂気の歌。人には決して解せないであろう意味不明の言の葉。
 奴はただ、声質とその声に秘めた怪奇をもって人を引き寄せるのだ――。

 声が聞こえなくなったのは、およそ一分後。
 その間歩く速度を緩めていた四人は、歌が止むと示し合わせたかのようなタイミングで互いの顔を見つめた。
 また歌うとしてもすぐではないだろう。誰からともなく、一旦耳栓を外す。
「‥‥こっちじゃないみたいだな」
 千影の言葉に、三人は肯く。
「音波が飛んだ方角は?」
 楓の問いには、誰もが無言になって答えない。歌は全方位に聞こえるというが、ここまで綺麗に聞こえると肝心の音波はどこに向いていたか判別し難い。
「ただ言えるのは私たちが無事でも、あちらが無事とは限らないということだな」
 平静を保ちながら朔夜は懸念を口にした。
 歩が通信を試みたものの――A班で無線を持っているはずのオリガからの返答がない。
 そもそも耳栓をしている状態では無線の通信音を捉えるのは難しいのもある。が、四人の脳裏には嫌な予感がよぎった。
「ここで止まっていても仕方ない。行こう」
 それを振り払うかのように歩き出した千影の後を、三人は追った。

 進んでいくにつれ、道の周囲を囲んでいた岩場が徐々に低いものになり――やがて途絶え、頂上が見え始めた。
 頂上へ向かう前に再度通信する。
 やはり、A班との連絡は取れない。こうなると――。

 ――ッ!!

『それ』は音にはなっていない。
 しかし能力者たちには『それ』――頂上付近でかすかに煌いた闇色の波動は、キメラが発したものだという確信があった。
 既に戦闘は始まっている――?
 能力者たちの間を軽い驚きが駆け抜ける。
 しかし先に到着しているのはA班しか有り得ず、そのA班は連絡がついていない。
 ――嫌な予感が、確信に変わるのにそう時間はかからなかった。

 誰からともなく、頂上に向かって走り出す。
「――アクセス」
 朔夜が呟くと、その髪の色は銀に変わった。それに倣うように他の者たちも駆けながら覚醒を済ませる。
 自らの意思で姿を変えた彼らが頂上で目にしたものは――、意思に関係なく身体を自らの血で染めて立ち尽くす四人の仲間たちと、無造作に転がるかつて人だったものの残骸。
 そして、人ならざる化物の姿だった。

●戦禍が奏でる狂想曲
「待っていろ‥‥終わったら、ゆっくりと眠らせてやるからの」
 地面に転がる骸に一瞬だけ視線を投げ、歩は呟く。その腕は胴と同等の太さになるほど膨張している。
 その声でB班の存在に気付いたのだろう。それまで背を向けていたキメラが、ゆっくりとB班の方を向く。
 普段自分に魅了されている者だけを相手にしているゆえか、むき出しの敵意には敏感だった。
 翼を動かして一度後方に飛んだかと思うと――それを追撃しようと朔夜や千影が動いたところで、到着した上空で更に翼を一振りする。
 するとA班の面々が身体を血に染めたまま、B班に向かって突っこんでくる!
「――やっぱり、一発ぶん殴るだけじゃ駄目か!?」
 空ろな目をした一が前に立ちはだかり、髪が紫色に変色した千影はたたらを踏む。聞いた情報は一般人の話。能力者だから覚醒すれば何とかなるのではないかという考えも能力者たちの間にはあったが、覚醒をしていない一を見るにその間もなく魅了されてしまったらしい。
 千影がどう切り抜けたものかと一瞬迷いを生んだ間にも、一は更に突っこんでくる。
 その一の背中を一瞬風が駆け抜け、次の瞬間には彼はその場に崩れ落ちていた。
「痣の一つは勘弁してよね」
「感謝するぜ、楓!」
 駆け抜けた風――右頬に炎の印を浮かび上がらせた楓の姿を見止めた千影はそう叫ぶと、再びキメラに向かって駆け出した。
 楓はもう一方、キメラが上空にいようと攻撃できる朔夜に突撃していく三人の後を追う。その三人と朔夜の間には歩が立ちはだかっており、向かい来る仲間たちの頬を次々と張り倒す。
 覚醒した能力者の腕力をもってすれば、一般人同然な非覚醒の能力者を卒倒させることなど容易い。こちらも少々頬に痣が残りそうだが、一対多だからこの際仕方がないと割り切る。A班が四人とも意識を落としたのを確認すると、歩と楓は四人をたたき起こしにかかった。
「随分と多くの人間を喰った様だな‥‥ならば『悪評高き狼』の爪牙に喰われても文句は言えないだろう?」
 漆黒の燐光を纏った朔夜は遠慮なく動くことが出来るようになると、シエルクラインを構えながら口を開いた。
「――Was gleicht wohl auf Erden dem Jagervergnugen――」
 その言葉は連射の引き金。吐き出された鋼鉄の雨は研ぎ澄まされた視覚の補助を得て、重力に逆らい上空を舞うキメラへと降り注ぐ!
 一発なら避けられても、雨になると翼で防ぎきるのも難しい。キメラの体が上空で揺らぎ、少し高度を落とす。
 その鳥の脚に、更に朔夜の弾丸が穿ちこまれる。今度は一発、しかしそれ故に一撃が大きい。
 たまらず地面に墜落したところを、
「これ以上歌わせてたまるか!」
 急所を突いた千影の一撃が襲い掛かる!
 キメラはこれを腹に受けたものの、素早く距離を置いて態勢を立て直すとまた空に飛び上がった。
 その頃にはA班の面々も起き上がり、戦闘中であることを確認して覚醒する。

 ――ぁッ!!

 キメラの口から再度放たれる漆黒の波動。覚醒していても頭に鈍痛が走るということは、こちらにも音波が伴っているのか。覚醒のタイミングがもう一歩遅かったなら、A班の面々の命は危うかったろう。
「アンタのそれは歌じゃないのよ‥‥っ!」
 いち早く反撃の態勢を整えたケイがスコーピオンの引き金を引く。喉を狙った狙撃だったが、命中したのは翼だった。
 続いて、死角に躍り出ていたオリガのサブマシンガンによる弾幕がキメラを襲う。背後から再度翼を狙われたキメラは、猛然と振り向くと反撃の音波を発する。それまでにも二度の波動――しかもうち一度は魅了で無抵抗だった――を受けたこともあり、一人でそちらにいたオリガはそこで膝をついてしまう。
 だがそこでキメラは残りの七人への注意を怠った。
「――月翔氷牙」
 覚醒により髪が白く染まった一の連続技が、波動を発した際に高度を落としていたキメラを襲う!
 敵の背中を切り裂き、その傷痕に更に二本の刃を突き立てる。キメラは先ほどまでの艶やかさの欠片もない醜い奇声を上げ、慌てて空へ舞い戻ろうとする。
 しかし能力者たちの追撃が迫る。
「‥‥喧しい、その汚い口を閉じろ外道」
 低い呟きとともに歩が放った強烈な一撃が、キメラの片翼を薙ぎ払う。羽根が舞い散る中、額に二本の角を生やした梓が追い討ちをかけた。威力の乗った爪が目にも留まらぬ速さで振り下ろされ、とうとう羽根のクッションを突き破って翼の肉から鮮血が舞った。
 轟くキメラの悲鳴――その声さえも刃となり能力者たちに襲い掛かった。ケイが耐え切れず、その場に倒れ伏す。
 音波による攻撃の有効性を認めたものの、六対一では不利だと踏んだのだろう。キメラは能力者たちに生まれた隙を見てようやく上空に飛び上がると、丘から逃げ出そうとする。
 梓に裂かれた翼が上手く動かないためかふらふらとしているが、
「――逃がすか」
 安定しない飛行軌道は、逆に朔夜が放った追い討ちの弾丸から逃れるのには効果的だった。シエルクラインの弾幕を全て逃れる、というわけにはいかなかったが有効打が入らず、キメラは飛んでいくことをやめない。
 朔夜が一度に放てる弾丸の数にも限度はあるし、スナイパー二人が倒れてしまったのが痛い。
 能力者たちの険しい視線を背中に受けたまま、キメラは空へと姿を消した。
 
●届け誓い、響け鎮魂歌
 キメラを逃がしてしまったとはいえ――。
『星降る丘』に平穏な静寂が戻ってきたのは事実である。

 覚醒を解き、応急処置を終えた能力者たちは各々、丘の上の亡骸を葬り始めた。
 一が借りてきたスコップで新たに大きな埋葬用の穴を掘り、梓はその上に立てる墓標を作る。犠牲者の多くは既に人の姿をとどめていないほど食い尽くされているか腐敗が進んでおり、仮に能力者の手元に人々の情報があっても家系通りに埋葬することは難しい状態だったのだ。
 一方朔夜は骸が広がる丘の一部にスブロフを撒き――容器が空になった後、咥えていた煙草を放り投げる。
 一瞬にして、丘に炎の華が花開く。
 赤々と輝く花弁の上で燃え尽きていく命の残骸。朔夜は目を細め、僅かな憐憫を以ってその光景を見つめていた。

 遺体全てを眠りにつかせられるような大きさの穴を掘るには時間がかかり、収容作業を始める頃には空には星が輝いていた。流れ星が見られるのは夏だけとのことだが、冬である今も空を見渡せば無数の星が煌いている。星という単語を冠する丘としては相応しい光景か。
「‥‥キメラの煩い鎮魂歌は止めたわ。これからは、星を見ながらゆっくりお休みなさい」
 抱いていた骸を穴の中に横たわらせながら、楓が呟き。
「‥‥星が見えるか? この景色を、決して奪われたりはせん‥‥おぬしらに誓おう」
 穴から出た歩は、夜空と穴に横たわる骸たちを交互に見遣りながら誓いを立てた。
 歩に続いて穴から出た千影は、開けた丘をぐるりと見回す。
『星降る丘』がまた、人々に愛されるものになりますように――。
 
 骸が永久の眠りについた土の上。
 大きな十字架を立て、一は墓標の前で小声で誓う。
「次生まれ変わるときまでに、平和な世界に」
 同じく墓標に向き直ったケイは、ゆっくりと口を開いた。
 そして、歌を紡ぐ。

 せめて今は、安らかに――。
 穏やかで優しい旋律の鎮魂歌は、冬の冷たい空気を越えて響き渡った。