●リプレイ本文
●嵐の前
デトロイトに向かった能力者たちと示し合わせた突入時間までの間、フィレンツェに向かった能力者たちも然るべき行動をとっていた。
事前に察知できる範囲の罠の調査と、撤去。
加え、金網すぐ傍の道に不自然に停められている高級車――運転手のいないその車は、敵の首謀者たるジャコブが使う可能性が高いと踏んで、使えなくしておいた。
それらの行動は、外で見張りを行うことになっている大泰司 慈海(
ga0173)とルイス・ウェイン(
ga6973)を中心に行われた。
事前準備を終え、建物内に突入する能力者たちはそれぞれの突入位置へ、ルイスは南側の見張りへと向かっていく。
一人その場――北側に残った慈海は、皆の姿を見送りながら言う。
「くれぐれも、みんな無事でっ!」
遠くで、時計塔の鐘が鳴る。
――それが、合図だった。
●突入開始――北
「時間じゃな」
秘色(
ga8202)が呟く。
「‥‥待て、こう言う時は」
呟きを受けて建物の正門近くの窓を破ろうとしたクラーク・エアハルト(
ga4961)を、夜十字・信人(
ga8235)が制する。
秘色も彼と同じこと――即ち、窓ガラスにガムテープを張り付けて騒音を抑えることを考えていた。二人がかりで手際よくガムテープを貼りめぐらし、信人が銃の台尻を叩きつける。
内側に、静かに割れ往く窓ガラス。その上を踏みつけるように、クラークは割れた窓の隙間から部屋に乗り込もうとし――
「早速か!」
運が悪かった。そこには最初から、二匹の蜥蜴キメラが配備されていたのだ。
着地したところに蜥蜴キメラの尻尾が叩きつけられ、また別のキメラが炎を吐きだす――それらの先制攻撃をしのぎ切ったクラークの頭上を、次々と影が横切る。信人と秘色、更に続いて紅月・焔(
gb1386)とルーシー・クリムゾン(
gb1439)が割れた部分から突入したのだ。
結論を言ってしまえば、ひとつの部屋という狭い空間の中での乱戦は――数に勝り、奇襲を奇襲で返す形になった能力者たちが、多少の被害を出しながらも押し切った。
■
一戦終え廊下に出た能力者たちは、二つの班に分かれて行動を開始した。
(「手加減するつもりは無い。全力で行かせてもらう」)
新たなキメラに遭遇した部屋で、クラークはドローム製SMGを連射しながら、心中で呟く。
(「懺悔は帰ってからするさ――まずは生き残る事だ」)
目の前では秘色が蛍火を振るい、キメラを一匹地に還していた――。
■
「そっち来るぞ!」
「分かっている‥‥!」
背中あわせになった信人の指示に焔は応え、即座にクルメタルP−38の引き金を引く。二人よりも大きな身体の熊キメラは頭部に銃弾を受け、沈む。
信人も信人で蛇に似たキメラの身体を一刀両断し、部屋の扉近くにいるルーシーはそんな二人が少しでも攻撃しやすくなるようにと迫りくるキメラの手足を狙って狙撃を繰り返している。
「しかし‥‥数が多いな」
焔が舌打ちする。彼らが飛び込んだ部屋は、子供部屋の中では最も多くのキメラが潜んでいる部屋だったのだ。
信人は一瞬キメラの攻勢が止んだ隙をついて、懐から取り出した閃光手榴弾のピンを引き抜く。
「あと数十秒で爆発する。目をつぶる準備をしておけよ」
――予告通り光が部屋を包み込み、彼らの一方的な攻勢は始まった。
●――南
「あっちはもう始まっちまったみたいだな」
北側で最初の戦闘が始まったことに気づき、ヒューイ・焔(
ga8434)が呟く。
彼をはじめとする五人の能力者がいるのは、南の裏口近くの部屋だ。
南の彼らは別段音を抑える工夫はしなかったが――窓を破った部屋に何もなかったことも幸いし、周辺に気づかれるようなことはなかったようだった。
「それでは、こちらも動きましょうか」
霞澄 セラフィエル(
ga0495)の言葉に能力者たちは肯き――更に二つの班に分かれ、動きだした。
「アメリー‥‥危なくなったら――僕のこと、盾にしてくれて構わない。こう見えても、頑丈なんだよ?」
班の中で先行して歩くリオン=ヴァルツァー(
ga8388)は、探査の眼を用いて罠を警戒しながら――後ろに続くアメリーに、そう話しかける。彼女の横にはヒューイもいた。
アメリーがこの依頼に参加することを心配したのは、何もリオンだけではない。
突入前の観察時間、
「無理はするでないぞえ」
秘色には頭を撫でられたし、
「刺し違えてでも‥‥なんて考えちゃダメだよ?」
友達もそんなこと望んではいないのだから――。
ルーシーにはそう言われた。
アメリーもそれらの言葉に、何度も肯いてみせ――そんな彼女の腰の鞘には今、クラークから借りた氷雨が挿さっていた。
彼らが開けた二つ目の扉――
「‥‥いた‥‥!」
ドアを開けたリオンが、盾を構えながら部屋に突入する。
姿を見せた蟷螂に似たキメラの先制攻撃――鎌による切り払いを、リオンが盾で悉く防ぐ。
一瞬生まれたキメラの隙。ヒューイはすかさずリオンの横からキメラの側面へ身を躍らせ、
「手抜きは無しだぜ!」
エミタを通常以上に活性化させた一撃を見舞う!
更に、反対側からは一瞬遅れる形で飛び出したアメリーの姿があった。
「――っ!」
声にならない裂帛の気合いとともに、キメラの装甲に氷雨を突き刺す――!
■
廊下は全体的に薄暗い。日光が当たらないせいだ。ぼんやりとした薄暗がりの中を雄人と霞澄は往く。
「電気系統は‥‥もうほとんど死んでいるようですね」
「というか、止めてるんだろうな。使っていたところで、どのみちキメラにぶっ壊されるだけだ」
霞澄の言葉に、雄人はそう付け加える。
「‥‥っと、この部屋にはいるみたいだな」
雄人はある子供部屋のドアノブに手をかけたところで、中の気配に気づいた。
中にいたのは、狼キメラ一匹。まだ楽に倒せる方、だろう。人数が少ないのである意味ありがたい。
「早めに片づけて次に行きましょう――」
言いながら超機械の電波を放つ霞澄に、雄人も肯き返しながらキメラへと接近した。
●暴虐を告ぐ
『もしもしー。そっちはどうー?』
傭兵たちとキメラが織りなす喧騒は、まだ、遠い。
電話の向こうの少女の声に対し――ジャコブは、緩やかな速度で周囲を見渡してから、答える。
「多少邪魔が入っているようだが、動くのに支障はないな」
『こっちもねー。ちょーうざー』
心底そう思っているのだろうか。吐き捨てるその声に眉を顰めつつ、ジャコブは逆に問う。
「‥‥そっちこそ、処理はどうなったんだ?」
『えー』
少女は一瞬だけ間をおいて、答えた。
『大事なものは持ったしー。皆死んじゃったしー。もーいいかなー』
――それは、『合図』。
そう判断した彼は、口元を歪めた。
「‥‥そうか。では、そろそろ動くとするか」
『ふーん。じゃあ、いくよー。いーち、にー‥‥」
「「さん」」
●逆襲
『それ』が起こったとき――リオンたちの班と秘色たちの班はそれぞれ部屋の中で戦闘中だった。
建物内のどこかから一斉に解き放たれたキメラが、時折壁を叩いたような鈍い音を立てながら廊下を闊歩、猛進していく――。
だが、だからといって目の前の敵を無視していくわけにもいかない。
『連中が外に出て行ってしまうようだ。阻止に回る』
『こちらも援護に向かいます!』
無線の向こうから聞こえてきた信人と霞澄の声。
建物の中に残る形となった能力者たちは、今は目の前にいる敵へ――。
そして、テロを企て見守るからには未だ建物の中にいるに違いない『奴』へと、意識を傾けた。
轟く、壁の破壊音。
■
「金網の外には一歩も出させないよっ」
軍勢の姿を視界に捉え、ルイスは気勢を張る。
慈海には既に連絡を入れてあるし、建物内にいた仲間の半分ほども外へ向かっているようだ。
だがキメラの数は、大小合わせて十五ほど。援軍が来るまで、一人で持ちこたえられるか――?
「‥‥いくよっ」
迷っている暇はない。
予め側面へと移動したルイスは一匹のキメラに横殴りの一撃を浴びせ、即離脱を図る。しかし邪魔が入ったことを察した他のキメラがそれをみすみす見逃すわけもなく、何とか軍勢と距離を取った頃には炎や体当たりなどの攻撃を受けてしまっていた。距離を離した直接の原因が突進による吹っ飛ばしだったものだから、尚更ルイスへのダメージは大きい。
もう一度同じことを繰り返すのはまずい――。
不自然な体勢から起きあがりながら考えるルイスに、キメラたちは迫ってくる。
先頭を往くのは、先ほどルイスを吹っ飛ばしたサイキメラ。その鼻には角の代わりに、鋭く光る曲刃がついている。
――その切っ先がルイスに肉薄したのと、軍勢が二方向から放たれた遠距離攻撃により乱されたのはほぼ同時だった。
「行かせないっ!」
横からは、慈海。ここに来るまでに強化してあった電波は、一匹を大きくのけ反らせ――縦に細長かったキメラの陣形が、崩れる。
更にキメラたちの背後――壊された壁の向こう側には、洋弓を構えたルーシーと、超機械を構えた霞澄の姿。
軍勢の進攻が止み、続いて壁の向こうから信人、焔と雄人が外へと駆け出した。
混乱のおかげで直撃は避けたようだが、蹲ってその場から動けなくなっているルイスを戦場から引き離してから――雄人は、戦場へ舞い戻った。
●残酷な真実の味
一方建物の中に残っていた面々は、広間の一つの前で合流を果たしていた。それぞれ消耗はしているが、まだ戦える。
建物の中に、広間は三つ。今から向かう以外の二つにはキメラが這いずっていた痕跡が残っており、今はもぬけの殻になっていた。
「ということは、この中に‥‥」
クラークは呟きかけたその言葉を呑み込む。
言わずとも、誰もがその続きを理解していた。
だから、
「‥‥行こう‥‥!」
リオンはそれだけ言って、扉に手をかけた。
――中にいたのは。
腕の太さが左右で異なる、顔の半分を鉄仮面で覆った男――。
「‥‥ジャコブ・テイラーだな?」
険しい口調で問うクラークに対し、ジャコブは肯いて返す。
「――まさか二ヶ所も潰されるとはな。ULTの力も恐れ入ったものだ」
言葉とは裏腹、ジャコブの口調には余裕さえ漂っている不快なものだった。
「黙れ――おぬしは許せぬよ。成敗じゃ」
秘色は蛍火をジャコブに向け突きつける。
「大体、お前らは何でこんなことをしている?」
ヒューイが問うた。今回初めてこの件に関わった彼なりに驚き、そして抱いた疑問がこれだった。
「ひとつは言うまでもなく分かっているだろう?」
「‥‥一人でも未来の能力者を減らすことか?」
「そうだ」
肯いてからジャコブは、針金のように細い腕で、不自然に太い腕に触れる。
「もう一つは――私のような存在を、より完璧に、より多く生み出すことと言えるな」
「その腕は‥‥キメラの腕を移植した?」
秘色が呟いた疑問に、「半分当たり、だ」とジャコブは答える。
「これでも失敗なのだよ。
本来ならばこの両方の腕とも、普段は普通の人間と同じ太さであるはずだった。
――まぁ、一つの身体で何度もカッシング卿の技術を利用しようとした報いであるかもしれんがね」
ジャコブが口にした単語に、一同は耳を疑う。
カッシング卿――クリス・カッシング(gz0112)。
彼とこの男に、何の関係が――?
訝しげな表情を浮かべる能力者たちをよそに、
「まさかここに来るとはな‥‥」
ジャコブの視線は、アメリーに注がれている。
「勿体ないことをしたものだ。――或いはそのままキメラになっていれば、己が会いたい者とずっといられたというに」
「‥‥どういう、意味じゃ?」
ジャコブとアメリーとの間に割って入りながら、秘色が問いを投げかける。
――ジャコブは、半分しか見えない唇を歪ませた。
「そこの娘の妹――コレット・レオナールは生きているぞ。
もちろん、人の形を保ったまま――今はデトロイトにいるだろうな」
「――!?」
その場にいた全ての能力者が、驚愕に目を見開く。
おかしい――。
アメリーは確かに孤児だと、家族は人類とバグアとの戦争で皆喪ったという話だ。アメリー自身だって、ずっとそう思っていた。
仮に生きていたとして、何故ジャコブがそんなことを知っている?
加え、デトロイト。組織のもう一つの暴動が計画されている都市。
――彼らの中で一つの結論に行きつくまでに、そう時間はかからなかった。
「まさか、その妹は‥‥!」
「ご明察の通り。今はヨリシロになっている」
――その言葉を聞き、
「‥‥許さない‥‥!」
それまで沈黙していたリオンが、静かに猛る。
「おっと、ヨリシロになった件については私は関与してないのだがね。
――まぁ、外も騒がしくなってきたことだ。少しだけ力を――」
ジャコブが不自然に口を閉ざし、その刹那に辺りを光が包み込んだ。
クラークが叩きつけた、閃光手榴弾の光――。
使用タイミングを聞かされていた能力者たちは彼が合図すると同時に目を瞑って被害を回避、すぐさま攻撃に移ろうとした、が――。
「‥‥甘いな」
秘色の目の前にはジャコブの姿。
ジャコブが言葉を切ったのは、秘色の背後でクラークが合図しているのを目にしていたからなのだ。彼とて知性持つ人間。不穏な動きに気づかないわけがない。
そして――肉薄されている、という状態を把握した時には、もう遅い。
「――くぁっ!?」
ノーガードに等しい状態で太い腕に殴られ、側面の壁に吹っ飛ぶ秘色。
それと同時、ジャコブの細い方の腕は鞭のようにしなり、リオンに向けられた。
リオンは即座に盾を構えて防いだが、それでも一、二歩後ずさった。
後方にいたクラークは正面からの攻撃を避けるようにやや横へ移動しながらSESを活性化させた銃を連射する。だがジャコブは太い腕を盾にしながら、前進していく。
彼の向かう先には、壁。
「行かせるかよッ!」
彼の取ろうとしている行動に気づき、ヒューイが後ろから攻撃を仕掛けた。しかしこれまでの戦いでほぼ練力を使いきった彼の斬撃には、思ったように威力は乗らない。
「――今日はこれで失礼するとしよう」
ジャコブは追撃に構いもせずに壁を殴り、そして飛び出して行く。
逃走に使われると思しき車は破壊してある――のだが、後姿を目で追う能力者たちは驚くべきものを目にする。
ジャコブの足は一瞬にして馬のような四足に変異し、一度の跳躍で金網どころか周辺の民家の屋根の上に飛び乗って。
そうして、姿を消していった。
壁に叩きつけられた後はそれまでの消耗もあって動けなくなっていた秘色を、クラークが支える。
仲間は討伐に成功したのだろう。一度静まり返っていた外は、また別種の――キメラがいたことに気づいた周辺住民が生み出す喧騒に包みこまれていた。
作戦自体は辛うじて成功である。
だが建物内の能力者たちの視線は、
「‥‥アメリー‥‥」
茫然自失状態に陥っている、アメリーに注がれていた――――。