●リプレイ本文
●出発前
十二月三十一日、夜。
二十二人の能力者と、アスナと雄人、それに能力者の一部が誘った何人かの関係者――全員が揃い。
登山は時間がかかるので、山班の方から先に出発しようということになった。
「‥‥失ったものが多すぎた。しかし、それ以上に多くのものを得た一年だったな」
夜十字・信人(
ga8235)は至極真剣な表情で呟き、
「だろう? アスナ‥‥」
背後にいるアスナを振り返る――も、そのアスナは何だかとっても怪訝な表情を浮かべていた。
その理由を信人もすぐに悟る。
「くくく‥‥よっち〜さんよぉ?
何? 手前ぇ一人ア〜スナすわ〜んといちゃいちゃしながら年越す気しちゃってんすか?
男の友情どこ行ったんすか? あ?」
「別に嫉妬などではないが、丁度いい機会だから一つ山で鍛えてやろう」
紅月・焔(
gb1386)とクリス・フレイシア(
gb2547)がそんなことを言いながら、信人の身体をぐるぐると紐で縛っているのだ。
「ちょっ、待てよ!? 何でだよ!?」
信人は慌てて全力で抵抗するも、時既に遅し。逃れる時間は与えられなかった。
焔とクリスは二人がかりで縛った信人を抱え上げながら、山の麓へ向かうべく用意されたミニバンへと向かう。
「俺はアスナと海に行くんだよ!?
離せ、離せ、HA☆NA☆SEぇ――――!!」
えーぇーぇー‥‥。
そのまま数台のミニバンは、登山参加者――うち一名、強制連行者――を乗せて走り去っていく。
「い、いってらっしゃーい‥‥」
アスナは呆然としながら手を振る。
信人の絶叫は、最後の方はエコーがかかってアスナの耳に残り続けた。
●温もり包む午前零時
大晦日と言えど、特に催しなどのない海は静かなもので――寄せては返す波の音だけが、辺りを包み込む音楽となっていた。
能力者が到着したのは、夜の十時ごろ。驚異的な方向音痴であるらしい水鏡・シメイ(
ga0523)も、他の能力者とともに来たおかげで迷わずに到着することが出来た。
それから多くの者が、年越し、そして夜明けまでを見据えて調理に取り掛かる。
各自が思い当たったもの以外に必要となりそうな食材は、粗方アルヴァイム(
ga5051)が量販店で買い揃えている。おかげで直前になって「あれが足りない!」というような事態に陥った者はいなかった。
海の家のキッチン設備で、アルヴァイムは纏ってきたインバネスコートとマフラーを脱ぎ、スーツ姿で雑煮の調理に入っている。
雑煮、と一口に言ってもだしの種類も中に入れる具も地域によって全く異なってくるのだけれど、彼はだしだけでも数種類――昆布、鰹節、カタクチイワシの煮干しなど――揃え、具の材料も相当数用意していた。どうやら、他の参加者の希望や出身地に合わせて調理する心づもりらしい。実に器用である。
海の家にはキッチンがもう一つあり、そちらでは恋人である百地・悠季(
ga8270)がぜんざいを作っている。ぜんざいは別の海の家でラウル・カミーユ(
ga7242)も作っているけれども、それぞれ多少味付けの異なるものになるようだ。
そのラウルはといえば――ぜんざい用の小豆を煮詰めながら、同時に年越し蕎麦の調理に取り掛かっていた。
「日本のパスタ、色、黒いねー。コレ、長生きするよにとか、そゆ意味だっけ?」
事前に叩きこんできた和食知識について、同じく年越し蕎麦調理に取り掛かっている神無月 るな(
ga9580)に確認するように口を開く。材料は美環 響(
gb2863)も持ってきていたけれど、彼は食べる専門らしくここにはいない。
ちなみに年越し蕎麦にはそれ以外にも、「切れやすい蕎麦を食べて災いを断つ」だとか、そばという植物が雨風に曝されても日に当たるとすぐに元気になるということにあやかって、「来年こそは」という祈願の意も込められている。この世界そのものにとっても、いろいろと縁起のいいものとなりそうだった。
■
一方、屋外では。
「暖をとりつつ、出来上がりを待つ! いい時間ね〜」
そう声を上げたナレイン・フェルド(
ga0506)をはじめ、数人の能力者が焚き火を囲っていた。ついでにその中には、自分がやることを特に考えてなかったアスナも含まれている。
ナレインの言うとおり、ただ暖をとっているわけではない。燃え上がる火の周りには芋やらぜんざい用の餅やらが、焦げ付きすぎない程度に距離を置いて並べられている。
冬空の下、時折寒風が吹きぬける冷えた空気――その中にあって、赤々と輝く炎は能力者たちにとっては何とも温かい。
ただし、調理に使うだけあって一歩間違えれば温かいを通り越して熱過ぎる。
(「バレないようにつまみ食いするのは基本ですかね‥‥」)
まだ誰も焼き芋に手をつけていない。
手頃な所にあった芋に手を伸ばそうとしたシメイだったけれど、熱々の焼き芋を食べようものなら普通にばれそうだ、ということに気がついて手を引っ込めた。
柚井 ソラ(
ga0187)は焚き火で暖をとりながら、暗い海をぼんやりと眺める。
実家にいた頃はこうして夜中に出かけることが出来なかった。
だから当然、こうして水平線から昇り往く初日の出を見るなどという経験は生まれて初めてなわけで――。
その『はじめて』がソラの中で、喜びと、ちょっとした高揚感を沸き起こしていた。
上ってきたばかりの太陽は、一体どんな色なのだろう――。
■
(「花火大会の海岸で初日の出か‥‥」)
焚き火で暖をとっていた一人である篠原 悠(
ga1826)は、ふと夏の出来事に想いを馳せる。
彼女にとってこの場所は、大切な人に告白した思い出の海岸でもある。
その、大切な人――レティ・クリムゾン(
ga8679)は、今はすぐ隣に。
まだ、あの時の答えは待ったまま。けれど――。
彼女が隣に居てくれる中で新しい年を迎えられるということは、それだけでも悠にとっては十分に幸福なことで。
これからもずっと一緒に歩いて行けたら、と悠は思う。
だから、だろうか。
後で『あの場所』に行こうと思ったのは。
■
真っ先に出来上がったのは、ラウルとるなが作っていた年越し蕎麦。
それを能力者たちが食べ終えた頃、ちょうど年が変わった。
●三合目
一方、山へ向かった者たちはというと――。
「雄人さんと一緒に年越し? うれしいな‥‥うれしいよね? ね!?」
ミニバンのベンチシートからそう雄人に尋問したのは崔 美鈴(
gb3983)だ。二列目にある座席からずずい、と身を乗り出し、助手席に座る雄人の顔を見つめる。
「あ、あぁ‥‥」
雄人の肯き方はぎこちない。
彼にしてみればつい先日美鈴にはちょっとばかり怖い目に遭わされたばかりなので、正直気が気でない部分もあるのだけれど――流石に本人無自覚での出来事だけに逃げるのも気が引ける。
どうしたものか、と考えを巡らせていた雄人の頭が、同じくベンチシートから伸ばされた手でわしゃわしゃとかき乱される。
シート越しに振り返ると、そこには秘色(
ga8202)の姿があった。雄人にとっては依頼で知っている人間の一人である。
「来ていたのか‥‥」
「此れ迄共に依頼を受けてきた仲じゃ、初日の出参拝もつるもうかと思うての」
よしなにのう、とにっこり笑いながら、彼女は再び雄人の頭を乱した。
そんな二人の様子を、美鈴が実に恨めしそうな様子で見ていたのはここだけの話である。
■
登山を始めてからも、美鈴は雄人にべったりだったけれど――三合目を過ぎたあたりで、
「重たいなぁ‥‥一緒に持ってくれる?」
と、自分が持参した土鍋やら食材やらが入ったリュックを持つよう雄人に迫ってきた。
頼み、というより強要だ。見上げる視線には凄みさえあった。
それに、冷めたところのある雄人だって十七歳のオトコノコである。視線の意味はともあれ女子の頼みとあっては何となく断り難く、ついリュックを受け取ってしまう。
直後――、
「お前ら! 兵舎に帰ったら覚えてろ! フィクスで両断か、マヨールーで蜂の巣か、むしろどっちも選べ!」
かなり無茶苦茶な内容の叫び声が雄人と美鈴の耳朶に響いた。後方にいる強制連行者、信人の声だ。
「ねえ? よっちー? 夜景が綺麗よ? ‥‥今頃ア〜スナすわ〜んは海カナ? カナ?」
続いて響くのは焔のものすごーく楽しげな声。ちなみに一瞬後、「ぎゃふっ!?」という同じ声の悲鳴が入った。
「‥‥ちょっと黙らせてくるね」
美鈴はそう言って、いつの間にか手にしていたピコピコハンマーを振り回しながら登って来た道を少し駆け下りていく。
更にその直後、
「あははははは!! 山小屋殺人事件なんて燃えちゃうよねぇっ!?」
悦に入ったような美鈴の叫び声が聞こえたけれど、雄人は聞こえないふりをすることにした。
――と、直後に彼はちょっとした後悔をすることになる。
意識して声を聴覚から遮断していたものだから、
「交友許可してくれないのは、照れてるんだよね? そうだよねー?」
いつの間にか美鈴が一度戻ってきたことに、ずずいと顔を近づけられるまで気づかなかったのである。
覚醒時の美鈴は瞳孔開きっぱなしで、ぶっちゃけ怖い。
――交友許可、したら何だか怖い気がするのは報告官の気のせいで済むといいのだけれど。
美鈴が再び離れてから少し経って、今度はリオン=ヴァルツァー(
ga8388)と秘色が雄人の隣に寄ってきた。
二人とも依頼で雄人とともに行動した間柄であり――ついでに言えばリオンが一緒に連れてきた少女・アメリーは彼らがある施設から救出した子供だったりする。
一時入院していた彼女が既に退院し、保護のもと新しい生活を始めていることは雄人も小耳に挟んでいる。
もっとも、ここに来たことには内心少々驚いていたけれども。
「元気か?」
「うんっ」
問いに、アメリーは笑顔で肯いた。
ついで、秘色が雄人に向け口を開く。
「まぁ‥‥参加しておる者は人の事は言えぬが、正月早々斯様な事を引き受けるとは、雄人は実家に帰ったりせぬで良かったのかえ?」
尋ねられ、雄人は「あー‥‥」とやや言いにくそうに顔を背ける。
秘色はひとまず気に留めず、言葉を続けた。
「そう申せば、わしはおぬしの事を何も知らぬよ。不都合なければ、話ながら歩かぬかえ。
若いんじゃ、其れくらい屁の河童じゃろう」
「まぁ、それもそうだけど」
すると、それまで黙っていたリオンが口を開いた。
「せっかく‥‥知り合えたんだから‥‥友だちに、なりたい‥‥な」
言われ、雄人は思い返した。考えてみればリオンとも秘色とも数回依頼をともにしているにも関わらず、二人のことはあまり知らない。
そして、これからも続く縁になる可能性だって十分にある。同じ傭兵なのだから。
「‥‥そうだな」
だから彼は、そう肯いてみせた。
■
「ケイイチ君、アマネ君。お元気そうで何よりで御座います」
出発の少し前、ジェイ・ガーランド(
ga9899)は依頼で関わった一組のカップルに一緒に山に行くよう声をかけていた。
揃って初日の出を見る――その誘いに二人も快諾し、今はジェイの前方を歩いている。
ジェイは、といえば。
「暗いから、足元に気をつけて。‥‥道がしっかりしてるから、大丈夫だとは思うけど」
足並みを揃えてともに山を登る、恋人である紅 アリカ(
ga8708)に声をかける。
「‥‥ええ」
アリカも肯きながら、往く道の先を見据える。
暗がりの中うっすらと浮かぶ山の頂は、まだ、遠い。
■
登山の行列のやや後方。
クラウディア・マリウス(
ga6559)とアグレアーブル(
ga0095)は、こちらも足並み揃えて山を登る。
とは言っても、そのテンションはだいぶ差がある。
「皆で山登りって楽しいねっ」
「そう、ね」
――クラウディアが物凄くはしゃいでいるのであり、アグレアーブルは普段通りなのだけれど。
「でも、そんなにはしゃいでると――」
転んだりするのでは。
アグレアーブルが言いかけた傍から、クラウディアに異変が起きた。
「はわっ!?」
「あ」
登山道とはいえど、公道のようにアスファルト整備されているわけではないので小石などはあちこちに転がっている。
そのうちの一つに躓き、前のめりに倒れる――地面に激突する前に慌ててアグレアーブルが支えた。
「ありがと、アグちゃんっ」
「いえ」
にこやかに礼を言うクラウディアに、アグレアーブルも微笑を返した。
転んだりはしなかった――正確に言えば、転びかける度にアグレアーブルに支えられた――クラウディアだったけれど、はしゃぎすぎて途中で少し疲れが見え始めた。
ちょうど行列全体が一時休憩に入ったので、二人も近くの石の上に腰を落ち着ける。
「ねぇ」
疲れのせいか口数の減っていたクラウディアの唇が、不意にアグレアーブルに向け問いを投げかけた。
「アグちゃんは、どうして戦っているの?」
アグレアーブルは――その答えを考えながらも、逆に問う。
「クラウさんは、何故戦うの?」
「私は――」
クラウディアは俯いたまま、投げ返された問いに答える。
「‥‥どうしたらいいのかな、ちょっと分からなくなっちゃった」
眼下に広がる暗闇を、遠くのモノを見るような眼差しで見つめるクラウディア。
――彼女の顔を見ながら、アグレアーブルはゆっくりと口を開いた。
「――私に居場所をくれた人達が居るの」
クラウディアの視線が、こちらに向いた。
「本当は居場所なんで要らなかったけど‥‥嬉しかった。
だから、その人達が能力者になると知ったとき、迷うことなく私も選んだ」
ぽつり、ぽつり。
普段のアグレアーブルとあまり変わらない口調で、言葉を紡ぐ。
「彼等の日常を護る為なら、何にでもなるわ。
――たとえ、其処に私が居なくても。
それが私の戦う理由」
一通り話し終え、アグレアーブルは問う。
「もう一度訊くけれど‥‥クラウさんは、何故戦うの?」
「私は‥‥」
クラウディアが言葉に詰まったところで休憩終了の報せが届き、二人は立ち上がる。
結局答えは有耶無耶になったまま。
●華が煌めく深夜二時
日付が変わって少し経った頃には、海では料理が大方出揃っていた。
「よーし、ワインが出来たぞ。お好みで蜂蜜やらシロップやらも足して飲んでくれ」
そう言うマクシミリアン(
ga2943)が作っていたのは、ただのワインではなくグリュ―ワイン――あるいはホットワインとも呼ばれる、その名の通り温めたワインである。勿論ただ温めただけでなく、シナモンやクローブなどといったスパイスが使われている。本来はオレンジピールも使われるのだけれど、今回彼は忘れてしまったので、炬燵で待っている面々が食べたみかんの皮で代用していた。
ちなみにワインというからにはアルコール成分を含んでいるけれど、今回はあえてよく煮詰めたことでそれをかなり飛ばしている。
「え、えと、アルコールが飛んでるなら、飲んでも平気なのかな?」
ソラはグリュ―ワインに興味津々らしい。教えられたとおり蜂蜜を入れ、ちょびちょびと舌先で味わうように口に含む。
赤ワインの酸っぱさとスパイスの甘みが喉の奥を通過したかと思うと、身体の中からじんわりとした温かさを感じ始めた。
ついで、思考がなんとなくぼー、とし始める。
それは温もりのせいでもあったけれど、アルコールに弱いソラの身体が、完全に抜けきらなかったアルコール分に反応してしまったせいでもあるだろう。
調理を終えたマクシミリアンはというと――自作のグリュ―ワインと一緒に、出来たての焼き芋を食べようと手に取っていた。
「ワインと焼き芋ってのも趣きがあっていいじゃあないか。なあにこのワインも安モンだから何てこたあないさ。‥‥っと、アチチ」
火傷に注意。
一方、
「これが意外と美味しいのよ♪」
ナレインはそう言って、焼き上がった芋にバターをつけて食す。
熱さですぐに溶けたバターの塩味が芋の甘さに調和し、なんとも言えない温かさが芯から身体を温める。
「ぜんざい、出来たわよ」
悠季がそう言って、作っていたぜんざいを振る舞う。
時を同じくしてアルヴァイムの雑煮やラウルのぜんざいも完成し、海岸は一気に食事会の様相と化した。
様々なだしで作られた数種類の雑煮。ぜんざいはスタンダードなものと、栗の甘露煮を加えたもの。
――それらはどれも、やはり寒空の下にいる彼らの身体を温めた。
■
「子供は風の子、元気な子ー! 心頭滅却すれば火もまた涼しだよ!」
そう言いながら水着姿で海へ突撃するのは、蒼河 拓人(
gb2873)。
どうやら夏は能力者になるための検査やら何やらで、海で泳ぐ機会を逃していたらしい。
ちなみに現在の気温、二度。その中でこの格好は、元気よすぎである。
高らかと言い放った言葉通り、冷たさもなんのそのと言った様子で拓人は海へ潜る。
生憎魚が取れそうな道具は持ってきていない。けれど、貝ならばそれでも十分にいける。
しばらく海面に顔を出しては潜って、を繰り返し――出てきた頃には、彼は両手いっぱいに貝を抱えていた。
「‥‥へっくしっ!!」
――盛大にくしゃみをしたのは、言うまでもない。
■
「冬に花火を楽しむのは初めてかもしれませんね」
シメイはそう言いながら、手持ちの花火に火をつける。
冬の空気が冷たく、乾いているせいだろうか――その光の瞬きは、夏のそれよりも眩しく見える。
「花火は夏の風物詩だと思っていましたが、冬でも風流ですね」
響は線香花火の小さな光を見つめながら、そんなことを呟いた。
「冬の花火も綺麗だねー」
「‥‥そうね」
「よっちー、連れ去られちゃったもんネ」
「‥‥うん」
こちらはラウルとアスナ。こちらもそれぞれ花火を片手にしている。
花火をしよう、というのは相談中から決まっていた話で、ラウルは信人とアスナのラブラブっぷりを少しくらい邪魔したい、くらいの気持ちでいたのだけれど――何せ、冒頭で起こった出来事がアレである。まさに不測の事態。
そんなせいもあって、ぶっちゃけここにきてアスナはしょげていた。ぱっと見ただけでラウルには分かる。
毎年見ているというから、初日の出が上る頃には立ち直っていそうだけれど――と考えて、ラウルは誘いを受けた時から思っていた素直な疑問を口にすることにした。
「アスにゃー、毎年初日の出見てるの? 何で?」
「え?」
問われ、アスナは少し考える素振りを見せてから――悪戯っぽく笑って、答えた。
「‥‥細かいとこはないしょ。まぁ、縁起をかついでるようなものよ」
ちょうどその時、
「ア〜ちゃんもこっちで一緒に温まりましょ〜?」
るなが用意した簡易炬燵に入っているナレインが、アスナのことを呼んだ。
「るなちゃん、寒くない? 大丈夫?」
ナレインは心配そうにるなに声をかける。
それもそのはず、るなは今、重傷をおしてここに来ているのだ。けれどるなは大丈夫です、と笑いながら答えた。
ナレイン、るな、響、そしてアスナの四人で囲む炬燵の上には、みかんとティーセットがある。るな曰く、
「お茶とみかんは日本の冬に必需品ですから♪」
ということらしい。
近況報告を含めてお喋りをしたり、響が特技である手品でみかんを増やしたり。
そんな穏やかな一時の中、ナレインは不意に何かを思い出すような眼をしながらアスナを見つめた。
「今年初めて出会ってから、いろいろあったね」
「‥‥そうね」
二人で笑い合う。
「ア〜ちゃんを変身させるのはホントに楽しかったわ〜。これからもよろしくね♪」
ナレインの言葉に、こっちこそ、とアスナも返したのだった。
■
食事の片付けを終えて、アルヴァイムと悠季は焚き火の近くに腰かける。
悠季はアルヴァイムに寄り添い――潮の匂いを感じながら、考える。
名古屋防衛戦。
人類側の者が放った流れ弾で家族を失ってから、もう丸一年が過ぎた。
心象的に自棄になっていたこともあった。
その期間は決して短くはなかったけれど――安心して居られる場所を得てからは毎日が瞬く間に過ぎて。
それでいて充実していて。
――だからこそ、不安になる。
アルヴァイムは――そんなことを考えた悠季が微かに肩を震わせるのを、確かに見た。
●六合目――→頂上到達
「ねえ、よっちー? 夜景が綺麗よ? ‥‥今頃アスナすわ〜んは海カナ? カナ?」
美鈴の悪夢が去った後も、煩悩戦士・焔による信人粛清はまだ続いていた。物凄く悪っぽい。
「お前はもう黙れ。むしろ眠れっ!」
何度もクリスや焔に逃亡を阻止され――結果的に渋々山を登り続ける形になっている信人は、何度目かの啖呵を切って焔に肉体言語の一撃を浴びせる。
するとどうだろう。吹っ飛んだ焔の身体が登山道から外れた。
その下は崖下――。
落下しかけた焔の身体を、
「敵前逃亡は恥と知れっ!」
物陰にて匍匐前進にて歩を進めていたクリスのゴム弾が打ち抜く。
クリスは最初に信人に言ったように訓練――勿論信人や焔も含め――のつもりでここに来ているらしく、行動だけでなく装備もそれっぽい感じになっていた。迷彩服に草葉を縫いつけて人間の輪郭をごまかす、スナイパーの必需品ともいえるギリ―服を自作している辺りかなり本気だ。
ちなみに、ギリ―服は重量にして四十キロ。
愛用のライフルも四十キロ。加えて小道具三十キロで合計約百十キロ。
長身のクリスといえど、細身であることを踏まえると自身の体重の二倍近い負荷を負って進んでいることになる。
もっとも、能力者になる前から傭兵だったクリスにとっては大した苦ではないようだけれど――それと、ゴム弾を喰らおうと結局焔が落下し始めたことにはあまり関係がないわけで。
ぁーぁーぁーぁー‥‥。
――クリスの重装備もあって彼らが最後尾だったので、信人とクリス以外誰も焔が落下したことには気づかない。
ちょうど登山道がV字になっていたために、落下した先も登山道だったことは焔にとって幸運と言えるだろう。
■
足が慣れてきたのか――クラウディアの疲れは、ある程度時間が経ってくるとあまり溜まり難くなってきていた。
その隣を往くアグレアーブルは、相変わらず淡々と歩みを進めている。
「‥‥この前はごめんね」
しばらく無言だったクラウディアが、歩きながら唐突に口を開いた。
何のことか、アグレアーブルにはすぐに理解する。
クラウディアが思い悩むきっかけになった『あの依頼』――乙女座・イネースとの邂逅の時の話だと。
「あのね。私、強くなりたい、です。でも‥‥」
クラウディアはアグレアーブルの顔を見つめ、言う。
「強さって何かな? どうしたら強くなれるのか分からなくて。
アグちゃんなら分かるかなって、訊いてみたかったんだ‥‥」
アグレアーブルはその言葉を聞き――答える前に、持ってきていたチョコレートをクラウディアに分ける。
口に含んだ甘さを味わってから、ゆっくりと口を開いた。
「――その明るさ、優しさが、貴女の強さ」
その強さは、アグレアーブルにはないもの。
言わなかったその言葉までクラウディアに届いたかは分からないけれど――彼女は、目を見開いた。
「貴女から私達が沢山の力を貰っている。それは確かなこと」
アグレアーブルの言葉を聞いたクラウディアは、考える。
自分の役割、出来ること、すべきこと――それを見失いかけていた。
だから、自分が手に入れたいと思った強さ――その正体について思い悩んでいた。
けれど――。
「私は、私のままでいいの?」
問う。
アグレアーブルは、小さく肯く。
――自分が求める強さは、既にずっと前から持ちあわせているのだ。
そう言われているように思えて。
クラウディアは自分が心に抱えていた重い何かが、すっと軽くなったような気がした。
■
山頂に到着したのは、午前五時頃だった。
初日の出が現れるまで、あと二時間。
ロッジや山頂で、彼らは思い思いの時間を過ごし始める。
「さぁ、育つようたんと食うのじゃぞ。其処、野菜も食うべし!」
秘色は醤油ベースの鍋をこしらえて、一緒に山を登ってきた仲間たちに振る舞う。
ちなみにべし、と檄が飛んだ矛先は雄人だったりする。
別に嫌ってるわけじゃないんだが、とか言いながら雄人が野菜を鍋から取り出すのを――やっぱり隣で、美鈴が見ているわけで。
余っているお椀に、自作の鍋――毒々しいと称するほどに真っ赤な汁のチゲ鍋をよそい、雄人の前に差し出す。
他にも自分でしゃぶしゃぶとかちゃんこといったまともなものも作っているのにこれを差し出す辺り、なんというか。
お椀の中の真っ赤な液体。なんか匂いからしてデスソース。ぞっとして思わず後ずさるのはきっと自然な反応だ。
でも、雄人相手にそれを許すつもりはないらしい。
「どうして食べないの!? お口が開けられないの!? じゃあ開けてあげるね」
――その後どんなアクションを取ったのかは語るまい。
ただ一つ、雄人の魂が十分ほど抜けていたこと以外は。
「お二人とも、その後はいかがです?」
ケイイチとアマネ、そしてアリカとともに鍋を囲んでいたジェイは、ケイイチとアマネに向けそんな問いを発する。
ケイイチは照れてそっぽを向き、アマネはだらしないほどに頬を緩めて笑っている。
この二人、順調かつ相変わらずのようだ。
そんなことを考えてから、ジェイはこほん、と咳払いをして言う。
「‥‥実は私もあれから付き合うようになりまして」
ケイイチ同様少し照れながら、アリカのことを二人に紹介した。
その後は馴れ初めとか、適当に雑談をしつつ
「あ、その辺もう良いと存じますよ」
プチ鍋奉行と化すジェイなのであった。
雄人に対しある意味悪魔的所業を成した美鈴は、その魔手をリオンにも伸ばした。
気弱そうに見えたから。
というわけでドラム缶風呂の湯沸かしをさせられる羽目になったリオンだったけれど、元よりドラム缶風呂に興味津々だったこともあり、美鈴が入った後はこっそり自分が入ろうと考えていた。
――のだけれど、そんな思いが彼を悲劇の第一発見者にしてしまう。
「ちょっ! 待っ! アタイ平和主義ヨ! 独り身の男いじめて楽しいの!?
ね? ちょっと落ち着‥‥っア―――!!」
そんな叫び声は、不運にも誰の耳にも入らず。
準備を終えて再びドラム缶風呂の前に現れたリオンは、
「‥‥あ」
缶から半身を出して力なく項垂れる、焔の姿を発見したのだった。
ちなみに言うと全身のぼせて真っ赤っか。――恋人といちゃいちゃさせてもらえなかった信人の報復、ここに極まれり。
●そして空は明るみへ
初日の出の時間は七時ちょうどだという。
だからアルヴァイムと悠季は、その五分前には別の場所に移動してきていた。
「過去は忘れられないものだが、いずれ越えなければならない」
寄り添って日の出を待っていると、アルヴァイムが不意に口を開いた。
過去を捨てた自分に言えたセリフではないことも、アルヴァイムは理解している。けれども彼女の過去を知る者としては、言わなくてはならない。
悠季の不安――その根源は、きっと過去にあるから。
だから。
「一人で駄目ならば、二人で越えよう。幾千の闇だろうが、幾万の不安だろうが、ね」
悠季が、アルヴァイムの顔を見上げる。アルヴァイムも見つめ返す。
そして――薄闇に包まれていた世界に、光が差し始め。
「神父の立会はないが、女神の立会はして貰える。誓い、だ。悲劇は終わらせる」
その光を背景に、二人は口付けを交わした。
■
海岸で集まったままその時を待っていた能力者たちは――差し込む光に目を細める。
「山に行った連中も、遠くのお山のてっぺんから同じお日様を見てるんだよなあ。
今年はいい年になると良いな‥‥失礼、一本いいかな?」
周りの了承を得て、マクシミリアンは今年の初煙草に火をつける。
今日は海辺での行動なので避けてきたけれど、ちゃんと片付けるし一本くらいいいだろう。
アスナが毎年初日の出を見に来る理由――加え、先ほど彼女が『ないしょ』と言った理由を、ラウルは何となく理解した気がした。
その年初めての太陽。
それは――たとえどれだけ暗い夜だったとしても、いつしか明けるものということを証明するのに一番分かりやすいものかもしれない。
だから、ラウルは祈る。
暗がりに差すこの眩さのように――大切な人たちに、光が溢れるように。
「みんなに等しく幸せな時が訪れますように‥‥」
波打ち際に立ち――ナレインはそう呟いて、祈りを捧げるように青薔薇のリングに口づけをする。
仲間と、絆。その両方を護るために――いつか必ず、平和を。
「ほわぁ‥‥」
ソラはただただ感嘆したまま、少しずつ上り往く日を見つめる。
見つめながら、思う。
地球は回っているのだから、自分が足踏みをしていても、戦争が終わらなくても――必ず太陽は、ずっと変わらずに世界を照らし続けている。
そんな当たり前のことが、凄いと思う。
当たり前のもの。
揺るがないもの。確かなもの。
――それはそう在りたいと思う、ソラが憧れるものなのだ。
この一年が、この日の光に照らされた空のように明るいものであることを。
そして自らが憧れる『それ』のようになれることを、ソラは願った。
■
少し、時間は遡って。
「はい、暖かいよ。カイロ代わりにして、ちょっと歩こう?」
悠は出来たてとしては最後の焼き芋をレティに差し出して、そう誘った。
海岸線をしばし歩き――。
不意に悠が足を止めたのは――五か月前、夏、彼女が隣にいる大切な人に想いを告げた場所だった。
「ね、レティさん。夏の事覚えてる?」
悠の問いかけに、レティは「ああ」と肯く。
「うち、またここでレティさんと一緒に居れる事、凄く幸せ」
――日の光が、少しずつ見え始める。
それに気づき、悠はレティを後ろから抱きしめた。
「レティさん、大好きだよ。ずっと、ずっと変わらないから」
「‥‥そうか」
レティは微笑を浮かべたまま、抱き締めてきた悠の腕に手を当てる。
それを見て、悠は満面の笑みを浮かべた。
「えへへ、すごく暖かい。 身体も心も、ね」
――太陽が、完全に水平線の上に上り。
「明けましておめでとう。今年もよろしく」
レティの言葉に、悠はもちろん肯いて返した。
「明けましておめでとう。今年も――ううん、これからずっとレティさんにとっていい日が続きます様に」
■
山小屋殺人事件から復活した焔は涙を流しながら、信人の前でどこぞの歌手のように歌っていた。何故泣いているかと言うと、信人の邪魔というミッション完遂の喜びのせいだ。
もちろんそれを黙って見ている信人ではない。鉄拳制裁で焔はその場に沈むことになった。
それから信人は近くの木の上に昇り、
「アスナ――君も‥‥今どこかで同じ朝日を見上げているのだろうか‥‥」
遠くの朝日を見る――その視界が、徐々に滲んできた。
「初日めが――滲んで見えるぜ。‥‥ああ、涙のせいか」
二礼、二拍、一礼。
秘色は作法に則り初日の出を参拝する。
願うのは人々の――特に未来ある子供たちの幸せ。
(「誰もが願うておる事じゃろうの‥‥」)
それでも、少しでも自分の力が役立つように。
■
日が出る直前に、クラウディアとアグレアーブルは日の出を観賞するポイントに移動してきていた。
今か今かと待ち望んでいるクラウディアを見ながら――アグレアーブルはふと、口を開く。
「クラウさんを護ります」
「はわっ?」
少し吃驚して、クラウディアはアグレアーブルの顔を見つめ返す。
「あの時――」
ぽつり、ぽつりと、アグレアーブルは自らの内面を吐露する。
あの時クラウディアが隣で傷つくことに、自分でも驚くほど苛立ったこと。
こうやって新年早々山に誘うなんていうことが、自分らしくないことだと分かっていること。
でもそれは、クラウディアが既にアグレアーブルにとって『護りたい』日常の構成員――即ち『友達』だということ。
だから、約束。
彼女の言葉を聞き、クラウディアはいかにも彼女らしい、明るい笑顔で――アグレアーブルの手を握る。
「うん、ありがと、アグちゃん」
素直に感謝しつつ――でも、それに頼っているだけじゃ、とクラウディアは思う。
――そんな思いを、こめて。
「私もね、頑張るよ。私のできる事で、私らしさで。
アグちゃんと一緒に戦って行けるように」
「わぁ、凄いっ! 綺麗‥‥‥」
上って行く日の光を目を細めながら見つめ、クラウディアは歓声を上げる。
光を浴びたその横顔を見、アグレアーブルは呟いた。
「今年も、よろしくね」
■
今年はどんな年になるのだろう――?
そう考えた時誰もが願うのは 誰かの幸せと平穏であって。
自分。友人。恋人。家族。あるいは、世界中の人々――。
誰かのために祈り、願い、そして戦う。
その一年が、今年も始まろうとしていた。