タイトル:時間逆行への招待状マスター:津山 佑弥

シナリオ形態: イベント
難易度: 普通
参加人数: 9 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/01/20 02:17

●オープニング本文


「‥‥あら」
 年末も迫ったある日、自分の執務室で事務作業を行っていたアスナの元にある任務の文書が届いた。
 依頼人の名義は『能力者改造計画実行委員会』となっている。
 ――それを見ただけで、アスナは依頼内容を大体把握する。
「――しばらく来なかったから終わったかと思ってたけど‥‥」
 前は確か三か月前だったか。
 それまでは二か月以内には行われていたことだけに、倍の間が空けば終わったと思うのも無理はない。
 ともあれ、
「今回のテーマはどうなってるのかしら‥‥」
 アスナは文書を開いた。

 ■

「久しぶりにね、テレビ番組の出演依頼が来たわ」
 数時間後、能力者たちの前で先ほどの文書をひらつかせるアスナの姿がそこにはあった。
「知っている人は知っているかもしれないけど‥‥まぁ、テーマに沿って変身することで元の本人からどれだけ変わったか、っていうのを競う企画なんだけどね」
 外見だけ変わるのは『変装』。
 ここで求められるのは『変身』――つまり、内面の変わりっぷりも求められるわけだ。
 勿論それにはアピールが必要であるため、その為のパフォーマンスの時間も用意されている。
「で――今回のテーマは『過去』。
 と、いっても貴方たち自身のことじゃないわ。歴史上の‥‥偉人でも、実在した文化の名もなき人でもいいし、そういった『過去に居たであろうヒト』に変身をするわけね」
 偉人もそうだが、名もなき人の内面を完璧に演じ上げるのはどだい無理な話ではある。
 そこいらは、当時のことを考えつつある程度は自分のアドリブを加えて構わないらしい。逸脱しすぎはよくないが。
「まぁ‥‥今更言う事でもないけれど、毎度無理難題をふっかけてくるものよね。
 でもそれだけ貴方たちが、戦い以外のこともやれるんだってことを示しているってことだと思うから――頑張って考えてね」

「ところで今回は出ないの?」
 能力者の一人に問われ、アスナは一度考えるそぶりを見せてから答えた。
「‥‥その、まあ、いつもどおり、と言っておくわ」

●参加者一覧

/ ナレイン・フェルド(ga0506) / マクシミリアン(ga2943) / ラウル・カミーユ(ga7242) / 椎野 のぞみ(ga8736) / 加賀 弓(ga8749) / 神無月 るな(ga9580) / 東 冬弥(gb1501) / 志烏 都色(gb2027) / 美環 響(gb2863

●リプレイ本文

●久しぶりにやってまいりました
『能力者改造計画』――その撮影スタジオの前に、九人の能力者はやってきた。
 アスナはといえば、既にそこで待っていた。といっても能力者たちに背を向けていたので、
「アースナさん! 前回見逃した分今回暴れるよー! お互いガンバだよっ!」
「わっ!?」
 約二十センチの身長差を利用して――椎野 のぞみ(ga8736)はアスナの肩の上から腕を回し、後ろから抱きつく。
「‥‥び、びっくりしたー‥‥」
 首だけ回してアスナは呟く。
 実はのぞみからの挨拶+抱きつきは二度目。忘れていたというより、また同じ手を食らうとは思っていなかったのだった。
 その横で、
「その、随分と‥‥久しぶりな気がしますね。
 いえ、実際久しぶりなのでしょうが‥‥実際の期間よりも久しぶりな感じがして」
 スタジオを見上げ、加賀 弓(ga8749)は苦笑する。ちなみに例によって彼女は自分で応募した覚えはないのだけれど、そこはもう気にしないことにしたようだ。
 ようやくのぞみの拘束(?)を逃れたアスナの肩を、東 冬弥(gb1501)が、
「よー、ワカメぶりー」
 と言いながら叩く。
 そういえばそんなこともあった。キメラ討伐後にアスナが現れた時彼はいろいろあって全身湿っていたけれど、今日は今のところパリッと決めている。
「今回も頑張りましょ〜ね、ア〜ちゃん♪」
 思わず遠い目をして回想にふけりかけたアスナの反対の肩を叩いたのは、ナレイン・フェルド(ga0506)。
 今回も出場者としての自分のサポートをしに来たナレインに対し、アスナは「うん」と小さく肯いた。

 揃ったところで、スタジオに入る。
 通用口を入ってすぐに、通路の横の空間が開け――撮影機材や大道具などが種別ごとにまとめて整理されている。反対側は普通に壁だが、テレビ番組の広告らしきポスターが割と貼られまくっていた。
 スタジオというものに生まれて初めて訪れた志烏 都色(gb2027)にとってはそういったものが珍しくて、つい視線がきょろきょろとあちこちに向かってしまう。
「どうしたノ?」
「はわっ!」
 横を歩いていたラウル・カミーユ(ga7242)に指摘され、都色はようやく自分の行動に気づいた。
「あ、えと‥‥め、珍しかったから、つい‥‥」
 しどろもどろになってそんなことを言っている間に、控室が並ぶエリアに到着したのだった。

 そして、三時間ほど時間は流れ――。

 ■

『視聴者の皆様こんにちは。『能力者改造計画』の時間です』
 収録が始まり、毎回この番組の司会をやっている女性アナが、いつもどおり最初は静かに口を開く。
『前回からやや間が空いてしまいましたが、こうして第五回を開催する運びとなりました。
 これもひとえに、皆様のご声援とご協力頂いている能力者の方々のご協力のおかげです』
 早くもちょっとばかり声が震えていたのは、既に舞台袖に控えているナレインやアスナの気のせいだろうか。緊張というより、自分が担当している番組の収録を再び行えることに何らかの感慨があるのかもしれない。舞台袖から見える彼女の表情は笑っているけれど、同時に泣きそうにも見えたのがその証拠だといえる。
 ゲストの紹介やら、簡単なルール説明やら。これもまたいつもどおりの冒頭の口述を、アナは一通りやり遂げ――。
 舞台の照明が消え、ステージのバックスクリーンに参加者の写真がアットランダムに映し出され始める。
『今回は総勢九組の方々に参加して頂きました。
 そのトップバッターは――またまたトップで登場のこの方です!』
 言葉が終わると同時、スクリーンの映像もある瞬間で停止する。
 そして映し出された画面には、アスナの名前があった。

●奪われぬ者
 収録準備時間の控室にて。
 変身したアスナの姿を見てナレインは思わず華やいだ声を上げた。
「いい感じね〜。まさに傾国の美女だわ♪」

 ■

 スクリーンも消え、一度降りたカーテンが再び上がってもステージの上は暗闇に包まれたままだった。
 その暗闇の中から――まずは宮廷音楽の笛の音が響き、続いて鈴の涼やかな音が響き始める。
 小刻みに、しかし音楽に合わせるように。
 その音がスタジオの端から端まで浸透した頃、
『古代中国――三国志で語られる時代に、政戦においてその身が翻弄されることになった一人の美女が居ました』
 アナウンサーのナレーションが入り、少しずつステージの照明が灯り始める。
『彼女の名は貂蝉(ちょうせん)。
 後漢の時代の臣である王允の養女である彼女は、養父が企てたある計画の材料として使われることになります――』

 音がなおも続く薄闇のスタジオの中、ステージ上にスポットライトが当たる。
 舞台は、紅い布地に様々な模様や装飾が施された王宮の宴会場。
 宴席には十数人もの男が座っており――彼らの視線は揃って、舞台の中心の光景に釘づけになっていた。

 彼女が一つ踊るたび、手足の輪についた鈴が震える。
 光の下で翡翠のイアリングが揺れて煌びやかな軌跡を描き、上げた髪を束ねる色とりどりの簪は動きとともに鮮やかな色の残像を残す。
 薄紫の羽衣の上には、桜色や淡い黄緑などの目に優しい色使いの薄布を幾重にも羽織っており――重ねられたそれらの色彩はやはり動きによって微妙な変化を見せていく。

 そして――アイラインとマスカラによってくっきりと表現された瞳と。
 ピンクに彩られ、更に濡れた感を醸し出す唇でもって――舞姫・貂蝉に扮する女性は、宴席の上座にいた男に妖艶たる笑みを見せた。
 戦時は幾つもの武勇伝を誇る男――武将・呂布は、その笑みを見――

 杯を落とし。
 そして舞台は暗転する。

 次の舞台に立っていたのは、呂布と貂蝉だけだった。
 誰もいない、城の廊下。
「お前は俺のものだ‥‥誰にも渡さない」
 そう言って呂布は――舞姫の姿のままの貂蝉を抱き締める。
 貂蝉は何も答えず、腕の中で微笑むだけ。
 その笑みの意図を知られぬよう、己の全てを取り繕うだけ。

 それには、呂布は気づかず。
 舞台はまた移り変わるために、一度カーテンが下りる。

『呂布を誘惑した貂蝉ですが、その誘惑こそ王允の狙いだったのです』
 ステージのカーテンがスクリーン代わりとなり、スライドによって時が流れることを示し始める。
『王允は呂布の養父である董卓の臣下でしたが、その暴政に不満を抱いていました。
 そこで王允は、董卓と呂布を仲違いさせ董卓を誅殺するための手段として、この密会の直後に貂蝉を董卓に差し出してしまいます』
 スクリーンに映し出されるのは、それを受け怒り狂う呂布と――「董卓には逆らえない」と弁明しながら彼を宥める王允の姿。
 そして、呂布が董卓を殺害したところでスライドは終わり――。

 カーテンが上がり、ステージの中心部分だけに光があてられる。
 ステージセットは寝室。光の下には寝台があり、その上には仰向けに横たわる貂蝉と、それを組み伏せんとす呂布の姿があった。
 貂蝉を束縛していた董卓はもういない。だから自分の物になれ。
 そう説き伏せようとした呂布だったが――
「貴方の物にはなりません」
 貂蝉は微笑んだまま拒み、次の瞬間――懐から短刀を取り出すと、

 勢いよく自らの胸に突き刺した。

 鮮血が舞い、貂蝉の服の淡い色彩が、みるみるうちに命を奪う赤に変わっていく――。
 貂蝉はもう動かない。まだ乾かぬその赤に構いもせず、呂布は命を失ったその肢体を抱きあげた。
「なぜだ――本当に愛していたんだ」

 翻弄されながらも、最後は命を賭して自らの意思を貫いた女性――。
 静かに幕が下りて行く舞台へと贈られる拍手は――その壮絶なる意思に見合うものだった。

 ちなみに貂蝉という美女に関し、正史の歴史書ではモデルとされる人物こそ存在するものの本人自体の存在は確認されていない。この舞台におけるエピソードも、一部はオリジナルである。
 実際に放映される番組内では、そんな解説が付記されることになったという。

●覇道を往く者・洋
 一度スタジオ全体が明るくなり、アナウンサーがステージ上に戻ってきた後で再びスクリーンの画面遷移が始まった。
「続いての登場は――」
 遷移、ストップ。
 映し出された写真とその名は――。
「今回が初めての出場となる神無月 るな(ga9580)さんです!
 普段は穏やかで優しく、一本ネジが外れると――という性格は、一体どのように変わったのでしょうか!」

 ■

 時は、第三回十字軍の後――。

 そこに在るのは野営の陣だった。
 二人の騎士が前を護る仮の玉座は、今は空席。

 そこへ現れる、るな扮する黒鎧の騎士。
 他の騎士と違うのは、その鎧はただ黒いだけではなく――縁取りや図柄の装飾は金であしらわれていること。
 そして威風堂々とマントを翻し、右後方にもう一人騎士を従えていること。
「状況はどうなっている?」
 玉座に腰を落ちつけ、騎士――尊厳王<オーギュスト>の異名を持つ王・フィリップ二世は玉座の傍の騎士のひとりに問う。ちなみに本来銀色である髪は、今は黒く染められている。
 するとその問いに騎士が返答を返す前に、ステージ端から現れた新たな騎士が、やや慌てた様子でフィリップ二世に走り寄る。
 彼の状況報告を聞いたフィリップ二世は、その表情を僅かに険しいものとした。
「くっ、忌々しき獅子心王<リチャード>よ‥‥」
 当時の彼の敵は、十字軍から帰還し、一時奪われかけた王位を回復したリチャード一世だった。
 生涯のほとんどを戦地で過ごした勇猛な精神から獅子心王と呼ばれるリチャード一世。十字軍で一時は共闘したことさえあるが、敵にするとなかなか手強いものがあった。

 だが――フィリップ二世が後に尊厳王と呼ばれる由縁は、その笑顔の下に幾重もの策を巡らせ、それを戦争にも内政にも有効利用したからである。

 腕を組んで少し考えたフィリップ二世は、最初に走り寄ってきた伝令に耳打ちをした。
 伝令が再びステージを走り去ると、フィリップ二世は玉座から立ち上がり――、
「武勇だけでは私に勝てはしないと思い知るがいい――」
 ステージの後方へ、高らかに笑いながら姿を消していった。

 なんという堂々たる姿――。
 一部あっけに取られた観客さえいたようだけれど、背中に贈られる拍手は大きなもので。
「‥‥ふう、慣れないことをすると疲れますね」
 舞台袖に戻ってきた後、るなはそんなことを言いながらも満足げに一人肯いた。

●覇道を往く者・和
「三番目は――なんと、前回の優勝者が意表をついてここで登場です!」

 ■

 舞台は安土桃山時代のある寺――。
 しかし周囲を包む音は、寺の荘厳たる雰囲気には似つかわしくない怒号と悲鳴だった。

 舞台となる部屋に、髷を結った一人の将が入ってくる。
 鎧を着込んでいるにも関わらず、左肩にはざっくりと大きな傷が刻まれ――薙刀を持っていることもあって決して足取りは軽いものではない。傷があるのは左肩だけだけれど、鎧や顔にこびりついた赤は――壮絶な戦闘の後であることを窺わせる。
 将は部屋に入ると障子を閉め、薙刀を一度放り捨てる。

 そして――火種を障子に放った。

 燃え盛る紅。
 実は弓扮するこの将が誰であるかは事前に説明されていなかったのだけれど――この光景を見て、殆どの観客が気づく。
 織田信長――そして、本能寺の変。

 ――人間五十年 下天のうちをくらぶれば――

 扇を取り出した信長は、鼓の音がないながらも――特に気に入っていた幸若舞を舞い始める。
 歩く度に血が滴り落ちる。それはまるで、彼の最後の舞の跡を残すかのように――。

 ――夢幻の如くなり――

 そこまで舞ったところで、信長は放り捨てた薙刀を再び拾い上げる。

 ――ひとたび生を享け――

 その詩を詠う間に自らの首元に刃を突きつけ――。
 目の前――観客席を、傲慢さと強さを兼ね備えた眼で見据えながら、最後の句を詠う。

 ――滅せぬもののあるべきか

 詩の終わりを示すのは、倒れ往く信長の身体――。
 直後に炎は部屋の全体を覆い、更にそれを覆い隠すかのようにカーテンは下りていった。

 ■

 出番が終わって、弓は舞台袖に戻る。
 勿論炎から自害まで、全て演出だ。特に炎は発火剤までひいてよくやってもらったものだと弓は思う。まさか最終的に前方も覆うとは。
 そんなことを考えていると、番組のプロデューサーがやってきた。
「前回歌ってもらったものなんだけど‥‥」
 どうやら、前回優勝を獲得した際に歌ったオリジナル曲を番組のテーマソングとして流していいか、という相談に来たらしい。弓は快諾する。
 加え、今回も放映時には【IMP】のCMを数回挟んでもらえることになったという。

●陰陽道を往く者
「四番目の登場となるのは――初出場、東 冬弥さんです!
 ワルぶりたいイマドキの学生さん――はたして、どのように変わったのでしょうか!」

 ■

 照明の灯った舞台上に――突如、冷気を伴った白霧が発生した。
 流れ出す雅楽の音とともに、所謂陰陽師と呼ばれる者が着る衣装を身に纏った人影が現れ――恭しく一礼する。
 安部晴明――冬弥が扮する男の名である。

 知的な笑みをたたえる彼の前に、まず一台の机が置かれた。
 そして、おもむろに懐から取り出した白和紙に火をつける。
 全て燃え尽きる前に火を止め、燃えカスを舞台の上へと放り投げると――

 一瞬にして、その燃えカスが無数の白い糸に変わり。
 彼はそれを、いつの間にか取り出していたお椀で全てキャッチした。

 上がりかけたどよめきは、次の瞬間更に大きな驚きをもったものとなる。
 彼がそのお椀に水を入れると――白い糸だったそれは、美味しそうなうどんの麺へと姿を変えたのである。

 それだけではない。
 閉じた扇子からお椀へとダシが注がれ。
 先ほどとは別の白和紙で蝶を折り、それを上に放り投げて扇子で風を送ると、紙製の蝶はまるで本物のように舞台の中空を舞い始める。
 同じくもう一つ蝶を折り、中空へ。
 ――その二羽の蝶に同時に扇子で風を送ると、またも一瞬にして蝶は紙吹雪へと姿を変えた。

 彼は扇子を床と垂直に広げ、舞い落ちてくる紙吹雪の一枚をその扇に受け止める。
 そしてそれを、一度弾ませると――

 平べったい小さな紙切れだったはずのそれが、卵へと姿を変えた。

 観客はもはや驚きすぎて言葉が出ない。
 そんな中、彼は卵を片手に、もう片方の手で先ほどのお椀を持ち――卵を、割る。
 中から出てきたのは、半熟の温泉卵。
 ――それがお椀の麺の上に乗れば、月見うどんの出来上がり。

 出来あがった月見うどんを机の上に置き、
「大空の月の光しきよければ 影みし水ぞまづこほりける」
 彼は扇子を広げて和歌を詠む。
 それから、お椀の中身を観客に見せるように傾ける。
 ――月見うどんだったはずのものは、お椀の中で凍りついていた。
『冬の月が冴えて美しいから、映った水が真っ先に凍った』
 彼はその和歌の意味を、そのまま実行してみせたのだ。

 彼は終始――和歌以外一言も発せずに舞台を去ったので、後に解説が入った。
 彼が実演したのは和妻と呼ばれる、古来から口伝のみで伝えられてきた奇術の一種である。現代に入ってから作られたものは創作和妻といい、彼が今回行ったのもそれである。
 和妻には現代風に表現するところのクロースアップ・マジックといえるものもあれば、もっと大規模な演出を用いたものもあるという。
 
 ちなみに――和妻が生まれたのは江戸時代。
 安部清明はそれよりも遥か前の時代の人間だけれど――その辺りはまあ、『術』だからということで。

●狂った愛を描く者
「続いての登場は――第三回に続き二回目の出場、椎野 のぞみさんです!」

 ■

 収録前、控室にて。
「今回本当に、よく出場できたと思う‥‥。とりあえず、がんばろう‥‥」
 のぞみは準備をしながら、ほっと息をついた。
 今回彼女がテーマに見合った内容として選んだのは――実際に起こった事件と、その犯人。
 事件であること自体もさることながら、その概要が過激であったが為に、最悪出場停止も覚悟していたのぞみだったけれど――その過激さを象徴する『あること』を示さないことを条件に、出場が認められたのだった。

 ■

 暗闇に差し込んだ一筋のスポットライトの光は、旅館の和室とその中に居る一組の男女を照らしだす。ともに着ているのは着物――ただし、女の着付け方は女将のそれだ。
 床に敷かれた布団の上。男は横たわっており、女はその身体の上にまたがって男を見つめる。
「貴方が好き――誰よりも深く。そう、誰よりも‥‥」
 のぞみが扮する女は、妖艶なる笑みをたたえながら言う。
 対する男からの反応はない。
 当然だ。
 薬を大量に投入された彼は今、当分は覚めない眠りの中にいるのだから。
『それを知っているから』女は気にも留めず、覆いかぶさるように身体を重ねた。
 互いの吐息がかかるほど顔を寄せ。
「永遠に愛するわ‥‥。だから天国で、待っていて――」
 女は言葉通り愛おしげに呟きながら、赤い腰紐を男の首に巻きつけ――

 紐の両の端を、力強く引っ張った。

 誰にも邪魔されない永遠の時と場所。
 そこへ先に旅立つ愛する人へ――女は笑みを絶やさぬまま餞別とばかりに唇を重ね合わせようとし、そこで照明は落ちた。

●予言する者
「五番目の出場者は――初出場、美環 響(gb2863)さんです!
 子供の純真さと大人のしたたかさ――その両方を併せ持つなら、新たに拓いた部分はどのようなものなのでしょうか!」

 ■

 十六世紀のフランスに、一人の男がいた。
 男の職業は複数あり、分野的にも多岐に渡っていると言える。
 医者、詩人、料理研究家――そして、占星術師。

 スポットライトが当たった先に立つ、男。
 漆黒の服と帽子に身を包み、威厳を表すかのような長い白ひげを口の周りに生やしている。
 小脇には分厚い、皮張りの本を抱えていた。

 ペストが大流行した時代に生きた彼は、正義感が強かったのか、かの病気で苦しむ都市に果敢に乗り込み治療に尽力した。
 その数年後には、彼の名を現代にまで知らしめることになったある書物の刊行を始める。
 それを機に王侯貴族に招かれ、占星術師として相談を受けたこともあるという。

 ――こうした活躍があるにも関わらず、彼にまつわるエピソードには不明確な点、あるいは後世の論述者の創作とされる説があまりにも多い。
 その原因は、彼が刊行した書物の内容にあるかものしれない――。



 ナレーションが終わり、今度はスポットライトが当たった『彼』が――ゆっくりと、口を開く。

「――年は一九九九年と七ヶ月。
 恐怖の大王が天より姿を現わすだろう
 彼はアンゴルモアの大王を蘇生させ
 その前後は火星が幸せに支配する――」

 その言葉を最後に、スポットライトは落ちた。

 ――男の名は、ミシェル・ド・ノートルダム。
 現代においてはノストラダムスの名でよく知られている預言者である。

●祈り捧げる者
「さて、続いては――こちらも初出場、マクシミリアン(ga2943)さんの登場です!
 豪快でありながら計算高い性格はどのように変わられたのでしょうか――」

 ■

 今までの出場者の衣装は上等なものが多かったけれど、次にスポットライトが当たった彼はそれとは真逆だった。
 修道服はあちこちが擦り切れ、色も元の茶色が褪せて白っぽくなってしまっている。髭や髪はぼさぼさになっており、腰には荒縄を巻きつけていた。
 彼は立ったまま目を伏せ、その両手を組み合わせる。
「貧しき者は幸せなり――」
 祈りをささげ始める。
 修道士たる彼が信ずる教義は清貧、純潔、服従。貧を愛し貞節を訴え、従順に生きること。
 だけれど、それらを踏まえた上で勿論――現代にも通ずる、訴えるべきことがある。
「我をして御身の平和の道具とならしめ給え。我をして憎しみあるところに愛をもたらしめ給え」
 たとえば、バグアによって殺された人々。
 こちらは誰とて素直に追悼でき、憐憫の情を抱くことができる。
 けれど、能力者によって斃されたバグアにも――同じ思いを抱いて良いことも、あるはずだ。
 彼は今それを、実行せんと跪かんとして――

「‥‥あ」
 観客席のどこからかそんな声が漏れた。
 というのも、身体を折った彼の袖から――酒瓶が滑り落ちたからだったりする。

 スタジオにある種の衝撃が走った瞬間、照明が落ちる。
 いそいそと舞台袖に戻ってきた彼は、
「やっぱり俺が坊主やるにゃあ、毒気が多すぎたかな‥‥」
 と呟いたという。

●刃を振るう者
 前のオチがオチだっただけにややざわついたものの、アナは司会としての役割をすぐに再開した。
「いよいよ今回もあと二人となってまいりました。
 次に登場するのは、今回最後の初出場者――志烏 都色さんです!
 性格は明るく朗らか。常に笑顔を絶やさない――ということはつまり‥‥?
 というわけで登場して頂きましょう!」

 ■

「よ、っと」
 控室にて、都色は衣装を身に纏う。
 着物と袴、草履は持参したもの。壁に立てかけてある刀はテレビ局に借りたレプリカだ。男性用の衣装を身に纏うにあたり、身体にはサラシも巻きつけてあった。
 衣装合わせは問題なし、後はメイク――。

 ■


 京の街並みを照らし出すのは、上空に浮かぶ月の光だけ。
 故に薄暗く、提灯なしでは何にもぶつからずに歩くことは難しい――。

 そんな闇の中を往く人影が、二つ。
 一人が提灯を持っていた。その煌々と照らされる炎の光を纏って、二つの影の輪郭ははっきりとし出す。二人ともにだんだら模様の羽織を纏い、腰には鞘を提げている。
 提灯を持ってないもう一人――黒髪を後ろで結った『男』は、提灯の光を追うように舞台の中央へと歩み進んでいく。

 ――と。
 不意に空を見上げた男の目に飛び込んだのは、当然ながら月だったけれど。
 月の輝きに見惚れなどせず――身体を、横に翻す。

 刹那、最初男が立っていた場所に――鋭い銀の輝きが奔る。

 男は月を見上げていた視線を大地へともってくる。
 往く道の向こう――あからさまに自分に敵意を持った視線と、ぶつかりあった。

「面倒なことしやがって‥‥手、出すなよ」
 都色扮する『男』は、低く険しい声音で吐き捨てながら、提灯を持っていた仲間に忠告する。
 ――そして。
「土方歳三、覚悟!」
 そう叫びながら向かってくる敵に対し、男――新撰組副長・土方歳三は刀を抜いた。
 先ほどのを初手として、敵の第二撃となる袈裟掛けに振るわれた一閃を、土方はその軌跡と垂直になるよう刀の腹を出して受け止める。
 今度は土方から肉薄。真一文字の薙ぎ払いを敵は受け止め、すぐさま次の一撃を放ちにかかる――。

 ぶつかり合う金属音、草履が地面を擦る音、羽織が擦れ合い、時折刃が掠めて切り裂かれる音。
 刃を交える回数が増えるにつれ、重なり合う幾つもの音が戦場の音楽を奏でていく。

「‥‥終わりだ」
 ――けれどそれは唐突に終焉を迎え、元の静かな夜想曲へ戻ることになる。
 すれ違いざまに、互いが放った――否、正確に言えば放とうとした一撃。
 放つことが叶ったのは土方のほう。刃を振るうことさえできなくなるほどに深く胴を横に切り裂かれた敵は、力なく崩れ落ちる。

「‥‥山崎に調べさせるか」
 動かない血まみれの肢体を見下ろし、土方は呟いて。
「――帰るぞ」
 忠告通り最後まで見守っていた仲間にかすかに笑みを向け――彼等は、舞台を去っていった。
 
●翻弄される者
「さあ、今回もいよいよ最後のパフォーマンスとなりました。
 トリを飾るのは――もはやこの番組ではおなじみの、この方です!」
 ――そう言ってアナが指差したスクリーンに映し出された名は、ラウル・カミーユ。

 ■

 これまで毎回出場かつ一回優勝歴のあるラウルにとって。
 初出場、すなわち未知の可能性が多いということは更に気合を入れる材料にもなっていた。

 ――けれど、それでも思うことは一つ。
(「観てる人も自分も楽しめるのが一番だヨネ」)
 自分と違う人間になりきる――その楽しさを今回も感じ始めながら、彼は舞台へと向かう。

 ■

 白拍子というのは、平安時代から鎌倉時代にかけ起こった歌舞であり、またそれを舞う芸人のことを指す。ここでの芸人とは遊女のことを指す場合が多い。
 男装をし、神仏の由来や縁起を歌いながら舞う――それが白拍子。
 遊女とはいえ貴族や皇族に気にいられると愛妾として囲われることが出来、そうなれば生活は結構豊かなものになる。
 それ故に、より正確に言えばそうすることで家族を養うためにその道を選んだ女性が、一人――。
 名を、祇王といった。

 彼女は時の権力者、平清盛にその舞の美しさを見初められ、彼の愛妾となり莫大な資金と邸宅を手に入れる。
 これで母や妹を養える――はずだったけれど、その生活は長くは続かなかった。
 清盛の前に現れた白拍子・仏御前――舞を見てほしいと清盛にせがんだ彼女と清盛の面会を取りなしたことが仇となり、仏御前の白拍子の美しさに心変わりした清盛によって、祇王は家を追い出されてしまったのである。

 追い出された翌年、祇王は清盛から呼び出しを受ける。
『仏御前が退屈そうにしているので慰めろ』
 呼び出した理由は、そんなものだった。

 ■

 舞台の袖から、一人の長い黒髪の女性――ラウル扮する祇王が、俯きながら中央に向け歩いて行く。舞を見せにいくだけあり、祇王は今は白の水干に立烏帽子といった男装姿だ。
 俯く理由は、一度追い出された屋敷に再び足を踏み入れる屈辱と悲しみ。
 薄暗いスポットライトの下――用意された下座に座っても、俯いたまま。
 上座には清盛と、その傍に寄り添う仏御前の姿。
 清盛は舞え、と命じた。
 祇王は顔を袖で覆い、惨めさに耐えながらも席を立ち――笛と鼓の音に合わせ、舞い始める。

『仏もむかしは凡夫なり我等も終には仏なり
 いづれも仏性具せる身をへだつるのみこそ悲しけれ』

 仏御前は昔はただの人で、自分もかつては今の仏御前のように寵愛を受けていた。
 いずれも変わりはしないのに、片方だけをないがしろにし区別するのは悲しいことだ――。

 それはまさに、祇王という人の身の盛衰。
 哀切に、痛切に――祇王は自ら、詠った。

 ■

 一度舞台が暗転し、次にスポットライトが当たった時――祇王は、橋の上にいた。
 ――祇王を呼び出した清盛は、彼女の舞を一度しか見ずに帰した。
 呼び出されるだけでも屈辱だというのに、仏御前を慰めるだけのために適当な白拍子としての呼び出しが続くというのなら――。
「生き続ける事も辛く‥‥身投げも考えましたが、親不孝は出来ません」
 ――自害は、母と妹に止められる。
 そして家族三人は、決めたのだ。
「出家し、静かに暮らしましょう――」
 立烏帽子を外し、刃を髪に当て――削ぎ落とす。
 
 ――はらはら舞いながら橋の下に落ち往く黒髪を、祇王は涙で潤んだ眼差しで見つめ。
 全てが消えた後に踵を返し、そこで照明は消えた。

●結果発表――
 全ての出場者のパフォーマンスが終わり、審査時間をおいてから結果が発表された。

 三位は都色とアスナが同着。
 二人ともに、普段のイメージからは真逆を行った演技が高い評価を得た。
 といってもアスナの方は、いつもと同じくナレインのプロデュースによる部分が大きいのだけど。

 二位は冬弥。
 今回、恐らく観客を一番驚かせたのは彼だ。パフォーマンス後に送られた拍手もかなりの音量だった。
 二位に甘んじた大きな理由はただ一つ。人物とパフォーマンスの時代が合っていなかったことだろう。

 そして、一位は――。
「番組史上初、二度目の優勝者となりました――ラウル・カミーユさんです!」

 女装なのに、男装。元の性別に戻ったようで、そうではない。
 女性を演じる中で男性を演じる――毎度観客を納得させる演出力もさることながら、その複雑な演技を華麗にこなしたことが今回の勝因だろう。

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 収録終了後、能力者は着替えを終えてスタジオを出る。
「優勝おめでとうございます♪ やっぱり敵いませんね?」
 るなはそう言ってラウルを祝福する。ある意味貫禄モノである。
「慣れない事は、やっぱり疲れるなー‥‥」
 んー、と伸びをしながら、都色は呟く。けれどそんな言葉とは裏腹に、楽しくやれて満足した、というのが表情からも見て取れる。
 彼女だけではない。
「今回も楽しかった♪」
「色んな人の変身が見れましたしねー! 今度はどんなテーマかな♪」
 ナレインやのぞみも口々にそんな感想を漏らす。
「次回といえば‥‥装いを新たにするそうですね」
 弓はそう口を開いて、一度スタジオを振り返った。収録後にプロデューサーに聞いた話だから間違いはないはずだ。
「――どうなるか楽しみですね」
「そうねー‥‥番組の企画書が来るのがちょっと心待ちになりそう」
 苦笑しながらも、アスナの口から出てきた言葉は前向きそのものだった。

 次回はいつ、どんなルールで、どんなテーマで。
 少なくとも行われることには間違いないようだ。それに心馳せつつ、能力者たちは高速艇へと戻っていくのだった。