タイトル:萌える毛根のためにマスター:津山 佑弥

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/02/22 22:54

●オープニング本文


「やあ、これが何だか分かるかい?」
 能力者たちが部屋に入ってくるなり、気楽な表情を浮かべたオペレーターは手にしたモノを指差して尋ねる。
 彼が見せびらかしているそれは直方体のパッケージだった。白と赤のコントラストを効かせた派手めのバックに、ウェーブがかかった髪、ぴっちりとワックスでキメた髪など、いずれも頭髪に悩む男性諸君が羨むような髪の量を誇る頭の写真がいくつか。
 そしてパッケージの一番目立つところには『萌える毛根!』と筆で書かれている。どうやらこれが商品名らしい。
「‥‥育毛剤?」
 能力者の一人が答え、オペレーターはその言葉に肯く。
 それにしても胡散臭いパッケージである。
「今回の依頼は、この育毛剤を作っている会社の重役から来たものなんだ」
 オペレーターは育毛剤をテーブルに置くと、コンソールを叩いた。
 彼の背後にあるディスプレイに、緑鮮やかな森が映し出される。恐らく夏に撮ったものだろう。
「これはその会社の管理地なんだけど、育毛剤が『萌える毛根』なんてキャッチフレーズを掲げているのは、この森でしか採れないある植物の成分を使っているからだそうなんだ」
 つまり、この森からその植物を採取し利用しなければ育毛剤の生産が成り立たない。
 ところが、だ。
「最近、この森でキメラが暴れまわるようになったらしい。君たちに頼みたいのはそのキメラの討伐だよ」
 先ほどより真面目な表情になり、オペレーターは説明を始めた。
「キメラは蟷螂に似ている。数は二体のようだね」
 キメラたちはその鎌でもって、この森の木を次々となぎ倒しながら動いているという。勿論人間を見かけると容赦はない。
 ちなみに森のどこかを住処にしているらしく、夜は狩りには動かない。ただし森は広いので、そこを叩くにしろ迷わないように注意が必要だ。
 このまま見過ごせばキメラはやがて森で狩るものを失い、その被害は近辺にある村にも出るだろう。そうなることを思えば、能力者が動くべき話ではある。
「ただ依頼では、あまり森を傷つけないようにして欲しいとも言っていたよ」
 説明の最後に、オペレーターはそう付け足す。
 依頼主のことを考えればもっともな話だ。いくらキメラ退治のためとはいえ、森への被害を拡大させてしまうと生産力に影響する。
「とりあえず、最低限成すべきことはキメラたちの殲滅だ。頑張ってきて」

「ところで、その育毛剤って本当に効果あるの?」
 部屋を出る直前に一人の能力者が尋ねた。
 既に緊張を解いていたオペレーターは肩を竦める。
「さあ? 効果は個人差があるっていうしね」

●参加者一覧

九条・命(ga0148
22歳・♂・PN
ノエル・アレノア(ga0237
15歳・♂・PN
橙識(ga1068
17歳・♂・SN
絢文 桜子(ga6137
18歳・♀・ST
ラシード・アル・ラハル(ga6190
19歳・♂・JG
レア・デュラン(ga6212
12歳・♀・SN
岡村啓太(ga6215
23歳・♂・FT
クーヴィル・ラウド(ga6293
22歳・♂・SN

●リプレイ本文


 冬も峠を越え、森一面に緑が芽吹く季節が再びやってくる――はずだった。
「これは酷いな‥‥」
 行動を開始して間もなく、九条・命(ga0148)は使っていた双眼鏡から目を離すと呟く。
 今彼や同じ班の能力者たちが歩いているポイントは、木々はかなりの量が薙ぎ倒されてしまっている。立っている方が奇跡だと思えるほどだ。これではたとえ芽吹きの季節が訪れても、この辺りだけは人は太陽の光を全身に受けることになるだろう。現に今も、彼らの頭上には冬の青空が広がっている。
 行動を開始した地点が薙ぎ倒された木々の分布の中心だったのだから、そのすぐ周辺は被害が一際大きい。能力者たちは、キメラがもたらした災厄の一種を、特に酷い場所で目にすることになった。
「森林破壊は自然の為になりませんもの。しっかり退治しなければなりませんわね」
 絢文 桜子(ga6137)は方位磁石に視線を落とし、決意を固めるように言ってから「髪は女の命とも言いますし」と付け足す。その横では橙識(ga1068)が、キメラ本体の姿や鎌の引き摺り跡がないかと地面や木の上を交互に見遣りながら歩いていた。
「ちゅ、注意してくださいね?」
 しんがりを歩いていたレア・デュラン(ga6212)が声を張り上げる。彼女自身も勿論、背後や物陰への警戒は怠っていない。
 まだ、有効なキメラの痕跡は見当たらない。
 ただ森の遥か遠く――正確な方角もつかめないほど距離があるところから、何かが倒れる鈍く重い音だけが聞こえたような気がした。


「萌えるとは、上手くかけたものだな‥‥この有様では、芽ぐむも何もないが」
 依頼主が出している商品名に興味を覚えているクーヴィル・ラウド(ga6293)は、荒らされた森の探索の最中ふと呟いた。命たちのA班がいるポイントに比べればこちらのB班はまだ立ち残っている木の方が目立つものの、それでもぐるりと視界を見渡せばそこかしこに薙ぎ倒された残骸が目に付く。
(「育毛剤‥‥まだ、当分世話にはならない、だろうけど」)
 クーヴィルの呟きを耳にしたラシード・アル・ラハル(ga6190)は、まだ立っている木々の上を双眼鏡を用いて眺めながら考える。育毛剤を作っている会社もそうだが、近隣の人々に被害が及ぶようなら放ってはおけないと今一度目を凝らした。
 同じようにノエル・アレノア(ga0237)も金色の瞳を細め、周囲を警戒する。死角を作ってそこから襲われたらたまらない。
「今回のキメラって雄と雌なんじゃないか?」
 そう口を開いたのは岡村啓太(ga6215)だ。ラシードが肯く。
「‥‥蟷螂って、雌のほうがずっと大きい、らしいね‥‥」
「住処には卵がびっしり詰まっていたりして‥‥うわぁ〜! きもちわりぃぃーー!!」
 言葉通りの画を想像し、身の毛のよだつ思いに駆られたのだろう。啓太は身体を大きく竦ませた。

 午前中に二班に別れて捜索を開始したものの、捜索範囲が横断するには最短でも半日を要するという大森林の中ではなかなか対象となるキメラは発見出来なかった。時たま遠くで木が薙ぎ倒される音が耳朶に響くものの、方角がつかめない。
 が、それはキメラが動く存在だからだということもある。
 歩き通しのまま昼を過ぎ、
「あっちはどうなってますかね‥‥」
「連絡がないし、まだ見つかってないんじゃないか?」
 ノエルと啓太がそんなやり取りをかわし、クーヴィルは別班行動となったレアを気にかける。
 このまま日が暮れるまで捜索が続くのかという思いが四人の中に募り始めた時――。
「‥‥あれ?」
 あるものがラシードの目に留まり、彼は足を止めた。他のメンバーも彼に合わせて立ち止まる。
 ラシードが見つけたそれを疑り深い目で見つめてから、一度四人が顔を見合わせたその時、
『こちらA班、敵発見しました!』
 少量のノイズの後、クーヴィルが持っていた無線機から桜子の声が響いた。


 立ち止まっていたのが、或いは幸いしたか。
 レア作のサンドイッチを少々遅めの昼食として食していた時、A班の面々はそれに遭遇した。
「お、美味しいですか?」
「‥‥!」
 緊張気味に問うレアに答えようとした命は、しかし次の瞬間自らの唇に指を当て全員を黙らせる。
 彼らが今いる場所は、最初いたポイントよりは遥かに森としての本来の景色が残っている――その遮蔽の向こう側に、人ならざる歩行生物――この森を荒らしているというキメラの姿が小さいながらも目に付いた。
 その鎌は遠目に見ても巨大だ。人の半分程度という体躯に不釣合いなために、引き摺るように歩いている。
 キメラはまだ、こちらに気付いていない。
 四人は食事を早々と切り上げ、戦闘準備に入る。
 桜子が無線連絡を終えた直後――覚醒を終え髪が青く変色した橙識の拳銃が火を噴く!
 遮蔽があると言っても、戦闘をするには十分に開けている。弾丸は綺麗に蟷螂の腹部にめり込んだ。奇声を上げるキメラ。
 キメラはこちらに気付き正面を向いたが、
「そう簡単に近づかせはしません‥‥ッ!」
 瞳の色が暗くなったレアがアサルトライフルの引き金を引く、引く、引く。大量放出された弾丸は弾幕となり、ダメージこそ大きくはないもののキメラの迫る足を鈍らせた。弾数の多いスコーピオンに持ち替えた橙識も弾幕を更に激しいものにする。
 それでも徐々に距離を詰めてきたキメラの頭と口を――突如、それまでとは質が異なる激痛が襲った。命の左手が頭に、紋章輝く右手が口に――それぞれ急所をついた一撃が入ったのだ。
 このままではやられる。キメラの本能は先ほどよりも大きな奇声を生み、その両腕の鎌を一気に振り回し始めた。
 厄介なことに片腕は切り離しが出来るようだった。命だけでなく、距離を置いている三人にも鎌がブーメランのように舞い迫る。
 範囲攻撃を警戒していた橙識は紙一重でかわしたものの、レアと桜子は身体の一部を裂かれ決して小さくはない傷を負った。燐光を纏った桜子が懸命に練成治療を施すも、一気に三人――敵に接近している命を含めれば全員に攻撃が届けば、手が足りなくなるのは自明の理だ。治療を施しても施しても、一向に仲間の傷は塞ぎきらない。相手が単体であることを考え、桜子は回復の合間に超機械による攻撃で有効な隙を作ることを企て始めた。
 キメラは鎌を遠心力で振り回しているにも関わらず、至近距離にいる命への攻撃の精度は高かった。三人より頑丈さで上回る彼も戦闘を続けるにつれ傷を増やしていく。
 しかしそれらの傷も――森を傷つけられるよりはマシだ。キメラは能力者たちに攻撃を仕掛けている間、木々には目も呉れていない。
 鎌の破壊力は大きかったが、能力者たちの攻撃が通じないというわけではない。むしろ破壊に力を入れるあまり、防御の方はおろそかになっているようだ。命の急所を狙った攻撃はほぼ全てが狙い通りの箇所に決まり、一発一発の集中へと切り替えた橙識やレアの射撃も的確に脚部や腹部を打ち抜く。攻撃参加せざるを得なかった桜子の電圧は、皮肉にも特に効いたようだった。
 過激な消耗戦――その勝敗は、結果的に手数が決めた。
 いたるところに裂傷を作りながらも、命が最後の一撃をキメラの頭に叩き込む。蟷螂の頭はぐしゃりと潰れ、そのまま地面に伏すと動かなくなった。
「‥‥これと同じようなキメラが、もう一匹いるのですよね」
「うん‥‥」
 四人で相手をしたとはいえ、消耗が激しすぎた。桜子や橙識の声には一抹の不安が垣間見える。
 ともあれ目標の半分を駆逐した能力者たちは、一時の休憩の後再び探索を始めた。
 ――その後日が昇っている間、彼らが鎌の小さいキメラの姿を捉えることはなかった、が。


 日没後、能力者たちは事前に休憩に貸してもらえるよう手配しておいた建物――依頼主の会社の施設で一度合流を果たした。
 A班の無事とは言い難い姿を見てB班の面々は息を呑んだが、一匹は始末が済んだと聞きほっと息をつく。
「‥‥で、住処を見つけたって本当か?」
「ああ」
 A班ではその丈夫さ故一番体力の残っている命の問いに、クーヴィルが肯く。
 ラシードが最初に見つけたのは、A班が倒したキメラの鎌の引き摺り跡。
 まだ真新しいそれを辿っていくと、ちょっとした高さのある崖の下に行き着いた。そしてその崖の下には洞があり、引き摺り跡はそこから出来ていた。
「卵は?」
「まだ確かめてない。中に入って、出る前にキメラが戻ってきたらきついし」
 休んでいる橙識やレアの姿を眺め、啓太は顔をしかめる。
 この中では一番能力者としての修練を積んでいる命がいて、これだ。B班には少々荷が重すぎたろう。
「とりあえず今は休もう。‥‥一応作ってきた、好きに取ってくれ」
 言うが早いか、クーヴィルは自作のおにぎりが入った包みを広げた。

 夜も更け、普段から穏やかな静寂に包まれている森は更に静かになる。
「さて‥‥そろそろ頃合だな」
 クーヴィルの言葉に、全員が肯き合う。
 キメラが眠っているとは限らないが、眠っていて好機を得られるならそれに越したことはない。日付が変わった頃、能力者たちは今度は一団となってB班が見つけた住処へと向かう。暗視スコープは借りることが出来なかったが、数人が持っていたランタンや桜子の懐中電灯は代役を果たすには十分だった。
 特に異変もなく、能力者たちは洞の前に辿り着く。洞には灯りがないため暗く、キメラへの正確な狙撃は難しい。
 しかし昼間ここを訪れたB班の面々は、あまり深い穴でないことを知っている。射撃武器なら十分に奥まで届く。
 一斉に覚醒した能力者たちは、それぞれに準備を始める。――そして。

 暗闇の中へ突き刺さる銃弾が、一度に四発放たれた。

 銃声の反響音が鳴り響く最中、洞の奥で一度奇声が響く。
 ついで、キメラが暗闇から姿を現す。
(「――速いッ!?」)
 キメラの姿を発見すると同時にスナイパーたちの前に躍り出たノエルだったが、敵の予想以上の機敏さに舌を巻く。
 キメラはそのまま、ノエル同様前に出ていた命に向かって突進しながら鎌を振り上げた。
 命は振り下ろされた一撃を横に跳んでかわす。そこに、
「蟲は蟲らしく、潰してやるよッ!」
 目と髪が銀色に変わったラシードの叫びと共に、今度はキメラの頭部に的確に弾丸が穿ちこまれる!
「これ以上、被害を出す訳にはいかない――!」
 肌が浅黒くなったクーヴィルの狙撃がそれに続く。弾頭に火薬が詰まった矢はキメラの薄い装甲をぶち破ると、その衝撃で火花を起こしキメラの身体を装甲の内側から軽く焼いた。
「――狼牙!」
 間合いを取っていた命は、ダッシュから渾身の右ストレートを叩き込む。装甲越しの衝撃となったものの、キメラは数メートル吹っ飛んだ。
 着地したキメラはすぐさま反撃に出た。昼間のキメラと同様に、腕の片方が鋭い刃を持つブーメランとなって後方の能力者たちに襲い掛かる。回避が叶わなかった者には、昼間ほど被害が大きくないものの裂傷が生じる。
 それに構わず狙撃する者たち、そして前に立ち拳や武器による一撃を叩き込む者たち。
 最初の奇襲が些か効いていたのだろう。八対一でかかったこともあり、能力者たちは大きな怪我を負わず――、
「これでどうだ!」
 クーヴィルの矢が眼球に突き刺さったキメラは一際大きな悲鳴を上げ、ゆっくりと崩れ落ちた。


 キメラの殲滅後、能力者たちはキメラの住処だった洞へ足を踏み入れた。しかし、キメラの卵などこれといって危険なものは見当たらなかったので、撤収の判断をするまでにそう時間はかからなかった。
 昼間に掃討し切れなかったので森への被害は少し大きくなってしまったが、それでも森としての光景が残っているだけ、能力者として働いた甲斐があったろう。
 森から帰還した能力者たちは再度企業の施設に足を向け、事後の応急処置に入る。
「森が早く回復すると良いのですが」
 救急セットで仲間の治療を行いながら、桜子は言う。
 一方、施設の窓から森を見ていたクーヴィルは呟いた。
「この森が、少なからず夢を生んでいるのかな。だとすれば、今回の任務はその夢を守ったことになるのかな?」
 それがどんな人間にとってのどんな夢なのかはさておき、その夢と森の景観は確実に守られたといえるだろう。

 能力者たちが撤収しようと施設を出た頃には、森の向こうには朝日が昇り始めていた。