タイトル:【VL】限定未来の方程式マスター:津山 佑弥

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/09/23 00:48

●オープニング本文


 ただ流れる空気さえもが重く鈍い音を放つ、地下の闇の奥底。
 時折その風を切り裂く異音は――まだ幼い悲鳴だった。

 ■

 興味を惹かれる依頼はないかとUPC本部に訪れた早川雄人は、
「ホントなんだってば! あのキメラ、絶対に泣いてたから‥‥」
 依頼一覧を表示するモニタの近くで交わされていた、能力者の男女の会話に足を止めた。
 心苦しそうに唇をかむ女性能力者に対し、男性能力者は困った表情を浮かべる。
「つったってなあ‥‥キメラって基本的に、『作り出される』モノだろ?
 人並み以上の知恵があるっていうならいざ知らず、感情も持ってるなんてそうは――」
「貴方、知らないの?」
 男性の言葉を遮ってから、恨めしげに彼を見て女性は言葉を続ける。
「――あたしたちが倒してきたのがそうかは知らないけど、キメラの中には『元は人間だった』ものもいるのよ」
 その話は雄人も聞いたことがある。
 バグアに誘拐された人間がどこかにあるという施設で、キメラ――物語の世界では合成獣という別称を持つそれに変えられてしまうのだと。
 狙われるのは、特に子供が多いらしい。まだ様々な意味で無力に等しいからだろう。

 彼女が倒したというキメラがそうだったかは、本人の言うとおり分からない。
 けれど――。
「‥‥‥こいつは」
 視線を男女からモニタに移した雄人は、最初に目についた依頼の内容に若干表情を険しくした。
 理由は分からない。
 ただ、今の話と全く関係がないとは思えなかったからだ――。

 ■

「今回君達には、フランスのアンティーブにある孤児院に行ってもらう」
 数時間後、その『目についた』依頼の内容を詳しく知ろうと他の能力者とともにオペレーターの話を聞く雄人の姿があった。
 アンティーブは十六世紀に造られた城壁に囲まれた小さな街だ。
 古き建築様式の街並みは今もなお健在で、それが街としての大きな魅力の一つである。また、かのピカソが愛した街としても名が知られている土地だ。
 今回向かう孤児院は、比較的新しい町並みの一角にあるという。
「最近あの街の城壁の中でキメラが暴れ回る被害が多発していて、もう数回他の傭兵を派遣した。
 しかも厄介なのは、このキメラは外からやってきたものではない、ということだ」
 オペレーターの言葉に、雄人を含めその場にいた能力者全員が怪訝な表情を浮かべる。
「どういうことだ?」
「――キメラが人間から作られることもある、という話を聞いたことはあるか?」
 オペレーターがひそやかに口にしたその言葉で――雄人は先ほどの男女の会話を思い出し、はっとする。
「まさか、そのキメラっていうのは――孤児院の」
「その通り」
 オペレーターは肯く。
「実は少し前に、ごく少数の能力者に臨時の職員に扮して潜入してもらっていた。
 その時彼らは――我々が予想していたよりも数段酷い事実を知った」
「というと?」
 訊き返されたその言葉に、オペレーターは一度瞼を閉じる。
 再び開いた時――その表情には「意を決した」という色が見えていた。

「――受け入れた子供たち全員にエミタ適性試験を受けさせ。
 適性があると認められた子供本人が能力者になる意思を見せると、ラスト・ホープに連れて行くと見せかけてバグアの研究施設に連れて行くそうだ」

「――!」
 能力者の間に戦慄が走る。
「厄介な事実はそれだけじゃない。
 孤児院そのものが、世界中の数カ国で同じように孤児院を経営している組織だったりする。
 しかも適性のない子供はそのまま不自由なく自立できるまで過ごさせ、そういう子にはキメラになった子供の真実を伝えない。
 だから今のところ慈善団体の面を通せているんだ」
「ひどい話だ」
 一人の能力者が口にした言葉に、誰もが肯く。安直な言葉ではあるが、もっとも的を射た感想であるともいえた。
「だから、いい加減止めないといけない。今回君達が行うのは、研究施設の機能停止だ。
 組織のどの孤児院もそうかは分からないが――アンティーブにある孤児院に関しては、さっきも話した潜入者のおかげでその地下に研究施設があるのも分かっている。
 そこまで入るには人手が少なすぎただけで、地図もこっそりコピーしてきているから貸し出そう」
「施設そのものを破壊するのは?」
「不可能ではないかもしれないが、人数的にもスマートな方法とは言えないな。四階層あるそうだから。
 破壊するなら――施設の主目的ともいえる、キメラ生成周りの機器は最低限叩いておいてほしい。
 ‥‥それと、侵入者と気づかれれば恐らくキメラとの戦闘は避けられないだろう」
 その言葉に、雄人は再びはっとした。それをよそにオペレーターは言葉を続ける。
「‥‥元の姿を考えると心苦しいかもしれないが、いざとなったら躊躇うな。躊躇ったら自分が危なくなるぞ。
 その代り、もしまだキメラになっていない子供がいたら――ちゃんと救い出してあげてくれ」

 話が終わり、立ち去ろうとする能力者たちの背中に「そうそう」オペレーターは声をかけた。
「大事なことを言い忘れていた。
 組織の名は――『Vie de letoile』。日本語で翻訳すると『星の命』という意味だ。
 ――この星の命がどんな存在であるべきなのか、奴らに思い知らせよう」

●参加者一覧

翠の肥満(ga2348
31歳・♂・JG
クラーク・エアハルト(ga4961
31歳・♂・JG
ルイス・ウェイン(ga6973
18歳・♂・PN
風代 律子(ga7966
24歳・♀・PN
秘色(ga8202
28歳・♀・AA
リオン=ヴァルツァー(ga8388
12歳・♂・EP
神無月 るな(ga9580
16歳・♀・SN
ルーシー・クリムゾン(gb1439
18歳・♀・SN
御巫 ハル(gb2178
23歳・♀・SN
ヴィンセント・ライザス(gb2625
20歳・♂・ER

●リプレイ本文

●生きて救われぬ魂ならば
 アンティーブの街は規模としてそれほど大きくはないだけに、夜の帳も下りた頃になると静かなものだった。
 そんな街の一角にある孤児院――の、敷地の隅。普段孤児院の子供たちが決して近づかぬような目立たない場所に、倉庫に模した施設の入口はある。
 その前に、十一人の能力者たちは集っていた――。

「――幼児を騙すとはな。天罰ならぬ、人罰を下さなきゃならんな‥‥」
 ヴィンセント・ライザス(gb2625)は、施設に繋がる扉を睨みつけて呟く。
「‥‥なかなか胸クソ悪いことをやってるトコもあるもんだ」
 今回は思いきりぶっ放せそうだ、と翠の肥満(ga2348)は手にしたM−121ガトリング砲の銃身を叩いた。
 御巫 ハル(gb2178)は持参していた日本酒を一杯コップに注ぎ、一気に飲み下す。
 いつもの景気づけ。ただし今回は、それ以外にも理由がある。
「あぁ、一杯位なら大丈夫だ‥‥。それに今回は少し酔っている位がちょうどいい」
 既にキメラに変えられてしまった子供たち。
 前に進むためには立ちふさがるであろう彼らに、情が移り躊躇が生じてしまわないためには――少しでも、自分を高揚させておく必要があった。
 それ以外の者たちも、この奥で行われているであろう所業に対し憤りを感じている。
 中でもリオン=ヴァルツァー(ga8388)が抱えるそれの強さは、他の能力者たちとは一線を画していた。
 何故なら――。
(「『誰かの役に立てるようになれる』って――それを知った時は、とっても嬉しかったっけ‥‥」)
 今回の犠牲者ともいえる子供たちと同じように、彼もまた孤児院で育ち、エミタの適性が見つかったことで能力者を志したから。
 その時の喜びを一瞬思い出し、それから唇を真一文字に結ぶ。
 キメラに改造された子供たちの中にも、自分と同じような思いを、志を持っていた子はたくさんいたはずだ。
 それをこんなやり方で踏みにじるなど、
「――絶対に、許さない‥‥!」
 許されてなるものではない。歯をぎり、と噛み鳴らした。
「‥‥行くか」
 早川 雄人(gz0024)の言葉に全員が肯き、そして――覚醒する。

●赦されざる罪を背負い
 扉を開け、まずは地下一階への階段を下る。

(「全てを救えないのなら――」)
 せめてこの手が届く範囲のモノを救いたい。
 能力者たちの先頭を往くクラーク・エアハルト(ga4961)は強く自らに言い聞かせ、能力者用の兵器としては非常に重量のある大口径ガトリング砲の重みに負けじと更に足を速めた。彼に並び先頭を往く翠の肥満もまた、それに合わせてスピードを上げた。
 やがて階段は終わりを告げ、平坦な通路へ出る。
 ――否、通路というよりもそこは部屋と呼ぶに相応しい。
 幅のある道の両脇には金属製の格子が掛かっており、その向こう側には――おびただしい数の、大小のキメラの姿がある。
 不意に能力者たちの耳朶に、耳障りな機械音が響く。
 警告音。
 そう気づくことになったのは、その音が鳴りやんだと同時に両脇の格子が床と天井に引っ込み――キメラたちが一斉に能力者たちに迫ったからである。
 しかし、能力者たちとてそれを予見していなかったわけではない。
「――パーティにようこそォッ!」
 翠の肥満のその怒号が合図、彼とクラークは同時に手にした銃器の引き金を引く――!
 勢いをつけて迫った中でもより近くにきていたキメラたちは、二つの銃身から一斉に吐き出された無数の弾丸を受けて仰け反り、生命力の低いモノはそれだけで崩れ落ちる。
 だが、それだけで全てが斃れるわけではない。
 前にいた同胞――せめてそう呼ぶべきだろう――を盾にした形で弾幕から身を防いだキメラが、今度こそ能力者たちに迫る。
 前方の全方位から迫りくるキメラに対し――まずは翠の肥満とクラークに替わり、リオンと雄人が前衛に躍り出た。
 ヴァジュラを振るうリオンの中には、未だ『一歩間違えれば自分も』という恐怖に似たショックが残っている。
 けれど、その感情に揺さぶられるわけにはいかない。雄人が急所突きを打ち込んで態勢を崩したゴリラに似たキメラに対し、刀を袈裟斬りにし黙らせた。
 横から迫るキメラに対処するのは、秘色(ga8202)とルイス・ウェイン(ga6973)。
「此処で手間取っておる暇はないのじゃ」
 秘色はやや寂しそうな微笑を浮かべつつ、スコーピオンの引き金を引く。
 銃弾が命中したキメラはその場に崩れ落ちたが、その姿を踏み台にするようにして黒い犬型キメラが跳躍し秘色に迫る。
 だが――。
「ゆるりと眠れ」
 救いようがある命なら、最初に救出対象になっているはず――それがなかったということは、つまり。
 そう思う秘色には、油断も躊躇もない。素早く振り上げた蛍火により、キメラは空中に居たまま一刀両断される。
 その反対側面では、ルイスが両手に装着したゼロを振り回し、迫るキメラを引き裂いていく。
「ごめんね――でもっ」
 止まるわけにはいかない。その思いのままに、ルイスは爪を振るい続けた。

「言葉は最早分からぬ――か。ならば俺に、容赦は無い!」
 接近戦へ持ち込んだリオンと雄人の背後からは、ヴィンセントとハル、ルーシー・クリムゾン(gb1439)がそれぞれにキメラを狙撃していた。
 前衛二人の死角から迫ろうとしていたキメラたちも、それらの射撃に沈黙せざるを得なくなる。
 そして――中型のものが多かったその階層のキメラの中でもひときわ大きな熊の眉間を、
「すまないな、坊やたち」
 ハルがその言葉と同時に引き金を引いたことにより撃ち放たれた小銃の弾丸が貫いて。
「見えた‥‥っ!」
「行けるぞ!」
 前衛の二人が叫んだ通り、正面――地下二階へ下る階段が見えた。その部屋からは地下一階の他の部屋にも通じるであろう通路があったが、今は無視でいい。
 道を開いた能力者たちは、キメラの攻撃を振り切って階段を駆け下りていく。
 下る最中も能力者たちを追うキメラも当然、いる。
 そんな敵に対しては、最後尾を往く神無月 るな(ga9580)と風代 律子(ga7966)が己の得物を振るう。
 足場が安定しない階段では、主兵装と副兵装を器用に使い分けることは難しい――るなは敵が振り下ろした爪をサーベルで受けるとそれを無理やり払い、返す刃で斬撃を加えた。律子はというとまだ距離のあるキメラに対して小銃の銃口を向けている。階段があまり広くないが故に、接近戦と遠距離戦に一人ずついれば十分だった。

 そして能力者たちは、二階へ降り立つ――。

 そこに居るとされた研究員たちは、地下一階の侵入者に対し既に警戒態勢を敷いているのか姿が見えない。
 ただし今度は階段もエレベーターも見当たらないので、能力者たちとしても無視することが出来ないし――無視するつもりがない者も、いる。

 通路を辿っていく。
 研究員のためのフロアというのは、要は居住施設ということらしい。通路脇にはいくつもの扉があり、ネームプレートがついているものもあった。
 ――通路の先に、少し開けたスペースが見え始めた。その更に先には地下三階へ降りる階段もある。
 だが、流石にまっすぐ進ませてくれる気はないらしい。
 ウェットスーツのような黒い装束を身に纏った数人の男が、スペースから先へは進ませまいと立ちふさがる。
 と、同時に――未だ通路にいる能力者たちの周りにある扉という扉から、銃器を構えた白衣の男たちが現れた。
 しかし、相手が人間だからといって――否、それはもはや人間でなく『外道』であるからこそ、能力者たちには躊躇はない。
「外道にかける情けはありません‥‥っ!」
 クラークが前方の全方位にガトリング砲による弾幕を張り巡らす。白衣の男たちはそれだけで崩れ落ち、能力者と思しき黒装束たちはそれぞれに身を翻してかわす。
 そこに生じた、一瞬の隙。
「今です!」
 翠の肥満が叫ぶと同時に走りだし、彼に続くようにルイス、律子、秘色、ルーシーも前に駆けだす。
「戦闘班のみんな、がんばってねっ」
「皆、必ず生きて帰るわよ!」
 ルイスと律子がそう言い残し――五人の能力者たちは、黒装束たちが態勢を立て直す前に地下三階への階段へと姿を消した。それに対して残った者の中からるなが「後で逢いましょっ!」と叫び返す。
 下層へ降りた者たちを追おうとして、黒装束が通路から見える位置に姿を見せる。
 そこに、
「僕は――すごく、怒ってるんだ‥‥ッ!」
 言葉通り怒りに満ちた表情で肉薄、ヴァジュラで一人を斬り伏せた。
 背後では雄人が別の黒装束を伸し、
「あははは、悪役は寝る時間よ〜?」
 最後尾ではるなが研究員の一人に接近、サーベルで叩き斬る。
 研究員たちは武器の扱いに慣れていない――。
 数人の黒装束を下してしまえば、彼らに抵抗する力は残っていなかった。

 能力者たちは、生き残った研究員たちを乱暴にひとつの部屋に集めた。
 クラークはそのうちの一人の指に拳銃を押しあて、
「エレベーターの起動ボタンの場所と、この階にも研究資料があるかどうか教えてもらいましょうか」
 問うた。
 研究員は怯え、震えながらも首を横に振る。

 銃声。そして、悲鳴。

「自分は気が短い方なんです。この意味、解かりますよね?」
 自分に腕を掴まれたまま痛みに絶叫する研究員を見下ろし、クラークは冷酷に言い放つ。
「苦しいか? だが、子供達はもっと苦しかったんだ――」
 それでも研究員は何も言わない。
 捕らえられた他の研究員たちも、怯えの中に抵抗の色が見える――。
 どうやらこの階で得られる情報は、先に進んだ仲間たちほど有益なものにはならないようだ。
 そう判断した能力者たちが取る行動は、一つのみだった。

●悲劇の根源、一欠片の救い
 地下三階は吹抜。
 通路を駆ける能力者たちの眼下には、二列に並ぶ十六の培養槽が見えた。そのスペースの片隅には扉がある。恐らくそこが、管理機器のスペースだろう。
 秘色がオペレーターから仕入れた情報ではこの階層には罠はなく――更には敵の存在もないと判断し、五人の能力者たちはやがて発見した最下層への階段を真っ直ぐに駆け降りる。

 最下層に辿りついた五人の能力者が目にしたのは、つい先刻までは形状を保っていた培養槽が全て破壊され――そこから姿を見せた、生まれたての十六のキメラだった。
 しかし、生まれたて――というよりはまだ研究途中、言いかえれば成長過程の最中にあったのだろう。
 五対十六という絶対的不利な状況においてさえ、能力者たちは時間こそかけたものの傷はほとんど負わずに戦闘を終わらせた。

 この階にいた研究員はキメラとの戦闘中に逃してしまったが、どのみち一階や二階で戦っている仲間たちが捕まえるだろう。
 最後のキメラを沈めた能力者たちは管理機器スペースに進み、それぞれが取るべき行動を開始した。
「斯様なもの、木っ端微塵となるが良い」
 秘色は機器に対し、蛍火を叩きつける。表面の金属がひしゃげ、意味の分からないメーターを覆っていたガラスが砕け散った。
 同様に、翠の肥満とルイスが――こちらはそれぞれM−121ガトリング砲とS−01を用い、機器を破壊しにかかる。
 一方律子は、機器の周りや離れた所にある机の上に置かれた資料を回収する。記録媒体も探そうとしたが、こちらは最初から存在しないのか見つからなかった。

 ルーシーは管理機器スペースの隅にいる一人の少女の姿に気がついた。
 軽くウェーブのかかった肩口までの長さの金髪と、まだまだ未成熟な肢体。その体格から考えるに、歳は十歳程度――能力者になるべくエミタ適性試験を受けられるようになったばかりのように見える。
 天井から伸びた鎖に両の手首を繋がれており、瞼を閉じたその顔には僅かながら痣が残っている。鎖によって力なく立たされている状態にある少女は、恐らく打撃などの衝撃によって気を失わされているのだろう。
 もし自分たちが突入しなかったら、あるいはこのまま――。
 そんなことをルーシーが考えたところで、
「――ん、んん‥‥」
 先ほどから部屋中に響き渡る銃声や破壊音に反応したのだろう。少女が、うっすらと瞼を開く。
 ルーシーは――『怖い』と言われがちな覚醒中の自分の雰囲気をなるべく中和するため、出来るだけ穏やかに――少女の元に歩み寄る。
 まだ意識が醒めきっていない彼女に気づかれぬよう、振り抜いたイアリスで一瞬にして鎖を断ち切った。
 衰弱していた少女は、身体が自由になると前のめりになる。倒れ往くその身体を、ルーシーは支えた。
「‥‥ここ、どこ‥‥?」
 ぼんやりとしたその問いに対し、ルーシーは一瞬言葉に詰まる。
 ――他の鎖に、少年少女の姿はない。それはつまり――。
 言えない。この少女が凄惨な現実を知るのは、今ではない。
 だからルーシーは、
「これは夢、だから――まだ、眠っていた方がいいですよ」
 淡々と少女の耳元で囁いた。
 ほんの少しだけ間を置いてから、うん、と少女は小さく答え――再び、瞼を閉じる。
 穏やかな寝息が聞こえ始め、ルーシーはほっと息を吐きだす。
「――こんなもんでいいでしょう。そろそろ上に戻りましょうか」
 背後では様々な音が止み、翠の肥満がそう合図を出す。
 ――そこが研究施設だったという証拠の形をその場に残さず、五人の能力者は足早に立ち去った。
 ルーシーはその背に、眠っている少女を背負って。

 地下二階、そして一階に戻ったところで残っていた仲間と合流する。
 ――少女が起きなかったのは、せめてもの救いといえるかもしれない。

 むせ返る血の匂いに気づいて目を覚ましたならば。
 恐らくは、戦いを未だ知らぬ幼き心では立ち直れないほどの衝撃を受けただろうから。

(「子供達の魂よ、安らかに眠りたまえ――」)
 走りながら、クラークはそっと十字を切って祈る。
 既に自分たちと少女以外に、そこに生命は残っていない――。
 それを確認し、少女が起きる前にと能力者たちは施設を駆け去った。

 施設を出、孤児院の敷地も抜けたところで覚醒を解く。
「まだ、ここ以外にこんなことをしている場所があると思うと‥‥。くっ‥‥」
「‥‥氷山の一角に過ぎぬ、か」
 ルイスと秘色がそれぞれに苦い表情を浮かべる。
 ハルは未だルーシーの背で眠っている少女に目を向けながら、口を開いた。
「――とりあえず、ラスト・ホープに戻ろう。
 この子が全てを知るのは、それからの方がいい」
 或いは、知らない方がいいかもしれない。
 そんな思いを抱えながら、能力者たちは帰還の途についた。

 はたして真実を知ってしまった時、この少女はどんな顔をするのだろう――。
 そんなことを考えると、暗澹たる気分にならざるを得なかった。