●リプレイ本文
●夏だ! 海だ! ――ワカメだ!?
高速移動低から街に降り立ち、キメラが棲息しているという海岸へ向かう道中。
まずは具体的な動き方や弱点であるらしい穴のおおよその位置などを調べるために、能力者たちは現地の人々から情報収集をしていた。
「ワカメのキメラとは、また妙なものが出たものね‥‥」
動きについてメモを取りながら、アズメリア・カンス(
ga8233)は眉を潜める。
「いろんなキメラ見たけど、こういうのもいるんだな‥‥」
那智・武流(
ga5350)も微妙な表情を浮かべている。サクッとキメラを片づけて海を満喫したいものだが、そのキメラが何とも珍妙なのだから遭遇する前からリアクションに困っているのだ。
ところで、ワカメといえば一般的に食糧、食材である。それ故に討伐に参加した者もいたりする。
「‥‥‥‥」
芹架・セロリ(
ga8801)は手にしたぬいぐるみを齧りながら歩いている。
キメラがワカメ=食べられる、と考え今回の依頼に参加した彼女が齧っているのはてんたくるすのぬいぐるみ。この場合の『てんたくるす』とは勿論KVのテンタクルスのことだが、過去にゲームや映画においてテンタクルスという言葉はイカを指す言葉として用いられている。――だからてんたくるすのぬいぐるみなのだろうか。恐ろしい食い意地である。
「ワカメと言えばー豆腐と一緒にみそ汁が定番ですけどお、タケノコとも相性が良いですしーキュウリとの酢の物なんかもいいかなーなんてー」
もっとあからさまに食欲を示したのは佐倉夜宵(
ga6646)である。どうやらセロリと夜宵の中では既にワカメキメラは食材決定らしい。
「――わかめは味噌汁‥‥? ほう、それは、『俺のために味噌汁を作ってくれ』と言う台詞を、断られ続けてきた俺に対する挑戦だな?」
真顔でそんなことを言ってのけるのは夜十字・信人(
ga8235)。
フラレ続けているのはご愁傷様だが、その怒りの矛先――というか怒り方がどこか間違っている。
彼の憤りに対し、そのうちいい人が見つかるといいね、と思った仲間もいないことはなかった。恐らく、いや間違いなく、彼と『どちらが早く彼女が出来るか』という争いを繰り広げている紅月・焔(
gb1386)は思っていないだろうが。
「っつうか暑ッ!」
キメラがワカメだとかそういう問題以前に、夏の盛りも過ぎたというのに大地に照りつける灼熱の光にキレた者がいる。東 冬弥(
gb1501)である。
「太陽ってさぁ、何で空気読めねぇのかなぁ? ――俺の仕事日に三十五度越えしてんじゃねーよ! バーカ!」
「まぁまぁ。‥‥あ、見えてきましたよ」
冬弥を宥めていた文月(
gb2039)は、道路の突き当たりのガードレール――その更に向こう側に広がっている青を視界に捉え、指差す。
海岸はすぐ傍の道路から階段を下った所にあるという。となると、あのガードレールと青の間にキメラが巣食っているわけだ。
ガードレールのところまで歩いた能力者たちは、眼下の光景を見下ろす。
――うねうねと動く無数のワカメ。どうやら暴れ足りないらしく、頻繁にその長い体の一本、あるいは数本をしなやかに砂浜に打ち付けている。その度に大量の砂が海岸に舞った。
「乾燥ワカメを戻し過ぎちゃったって感じですね〜」
夜宵がげんなりとした表情でそんな感想を漏らした。
彼女の言うことはもっともらしい――が、それだけではない。
(「乾燥ワカメを戻してもあんなに太くはない」)
と、他の誰もが思っただろう。
切り刻まれて味噌汁の具になる前、長方形の状態で袋詰めにされ販売されている時の太さである。あれでは一般人が締めつけから逃れることが出来たという話を聞かないわけだ。
ともあれ、
「では、いきましょうか」
「ちゃっちゃと始末しちゃってぇ、楽しい夏を取り戻しましょー!」
文月と夜宵の言葉を合図に、能力者たちは各々覚醒した。
●はたかれるのにする? それとも――
能力者たちは二班に分かれて戦闘を開始した。
「俺の墓標はそこそこ斬れる。寄るならば三杯酢と合うように、一口サイズにカットだ」
この男もキメラを食すつもりなのだろうか。
信人は班の先頭に立ち、ばっさばっさと迫りくるワカメの腕(?)をクルシフィクスで切断していく。彼の背後に出現した黒い翼の少女が見つめる先は、宣言通り細かく切断されたキメラの残骸。地面に堕ちてから生命の最後の灯火を灯していたが、それもほんの僅かな間だけだった。まもなく――美味しいかどうかは別として――後で水洗いして砂を落とせば食用にできそうなワカメの出来上がり。
「うらぁッ! くにゃくにゃキモい動きしてっと、三枚におろすぜぇ?!」
同じ班に所属している冬弥も同様の戦法――もっとも、こちらは一口サイズなどという細かいこだわりはないが――を取ってキメラを切り刻んでいたが、不意に隙を見せた。
背中に強い衝撃が走り、前のめりに倒れる。
攻撃の手を休めた彼に、攻めあぐねていたキメラの無数のワカメが襲いかかる――!
「‥‥ぐぁああ! 何でワカメのクセにっ、関節の極め方なんか知ってんだ、よぉッ!?」
両手両足を締めつけられ宙に浮く冬弥。極まっているという彼の言葉通り、確かに今の彼の態勢は不自然そのものだった。
このままでは投げられる、が、隣で剣を振るう信人も今のところ自分のことで精一杯だ。しかも後方に控えるセロリや焔の扱う得物は銃器。狙いが逸れると冬弥に更なるダメージがいく。
ましてもう一つの班は少し離れたところで戦闘を行っているため助けようもない。結局誰も冬弥をワカメの呪縛から逃すことが出来ないまま――。
「ちょ、ちょっとタイム! ストーップ! ねっ? 俺が悪かったから待っ‥‥うぎゃあぁあ!!!」
軽々と空を舞い、冬弥の体は無数のワカメの遥か向こうに広がる青に吸い込まれた。
派手な水しぶきが上がるのを見て――自分に余裕がなかったことにも一因はあるのだが、哀れなりと思わずにはいられなかった信人だった。
そう思ったのはそれまでより若干自分の手が空いたからだということもあるのだが、それは決して戦闘自体が楽になったからではなく――。
「うおぁっ!?」
背後で悲鳴が上がった。信人は自分にまとわりつくワカメをまとめて一薙ぎして振り返る。
「や、やっベ‥‥‥‥」
今度は焔が捕まっていた。というより、その後方で尻もちをついているセロリの様子から察するに彼女を庇ったりしたのだろう。
もがく焔。銃器、かつ自分を助けた末にそうなったことで気が動転して引き金を引けないセロリ。
相変わらずもう一班は遠い。冬弥も今は自らの細胞を活性化、回復しながら陸へ戻ってきている最中である。
どうする――?
信人にしてみれば考えるまでもなかった。
「貴様とは、同じ修羅の道を歩む同士、だが、ソレと共に一つの門を争う宿敵でもある」
「ちょい待テェェェェェッ――!?」
嘲笑を浮かべる信人の目の前で、海への第二射が発射された。ライバル関係とはかくも残酷なものである。
それから一回やむなく信人が後方に下がり、二人は態勢を整える。
キメラの向こう側に、ようやく陸に戻ってきた冬弥の姿が現れた時――。
一瞬だけだが、冬弥を含む三人の目に砂浜にぽっかりと空いた穴が映った。
■
「夜宵ちゃん、俺に練成強化かけてくんない? 水中でワカメに襲われるかもしんないんで」
戦闘開始直前――左右の目の色がそれぞれ赤と青に変わった武流は、そう夜宵に頼んだ。
てっきり投げられた後の保険かと思った夜宵だったが、武流の意図はそういうことではなかった。
戦闘が始まった直後、強化の練力がかけられた武流は――神主の衣装を脱いでトランクスタイプの水着一丁になったかと思うと、
「うおおおっ!」
迫りくるワカメをケイブルグで振り払いながら海へと直行。そのまま海中へと姿を消したのである。
ちなみに移動速度が速くなかったのは、携帯品の中でもありったけの刃物類を肩にかけて移動したからだ。
彼の取った行動の真意を計りかねはしたものの、だからといって戦闘の手を休めるわけにはいかない。
「これで全体に効いてくれれば儲けものなんですけど〜」
青白い光を身に纏った夜宵は今度はキメラに向かって弱体の練力を投げる。彼女の動作につられるように髪留めの外れた髪が靡いた。
全体とはいかなかったが、今のところ正面から向かってくる殆どのワカメには効いたようだった。若干しおれ――不味そうな色合いと形状になる。
「ほんっとに迷惑ね――このワカメ!」
そこをまとめてぶちっと一閃するのはアズメリアだ。月詠を手にした右腕を中心に、黒色の――炎にも似た模様が全身に浮かび上がっている。
横の文月、後方の夜宵とあまり距離を置かないように、自分に襲いかかるワカメを次々と切断していく。時折切断しそこなったワカメがしなやかな動きでその身をアズメリアに打ち付けてきたが、一撃一撃の重さは耐えきれないほどではない。少しでも深めの傷を負うと、すかさず後方で援護に回っている夜宵から治癒の練力が飛んだ。
それらはアーマー形態のリンドヴルムを装着――機械装甲で全身を包みこみ、やはり月詠を振るう文月に関しても同じだ。
「この爪で切り裂いてあげますよ!」
練力を流し込み強化された月詠によって、砂浜はどんどんカットされたワカメに埋め尽くされていく。月詠の刃先が届かない死角から攻撃が及びそうになると、脚のローラーを素早く稼働させ反転、そしてもう片方の手に構えていた試作型機械刀を握り締めた。勢いよく噴射されたレーザーが迫るワカメを切断する。
一見順調に見える討伐作業だが、そう上手いことばかりではないのは事前の情報でも分かっている。
何故なら、キメラの弱点とされる穴はまだ遠い。
切断された部分から先――砂浜に落ちたワカメはそのまま動かなくなったが、穴から伸びているワカメの方が――目に見えて再び成長し始めた。
「くっ‥‥切っても切っても再生するのでは埒が明かないですッ!」
装甲の内側で文月が歯噛みする。それでも何とかなると信じて攻撃を続けていると――。
突如、キメラの動きが明らかに止まった。
――?
何事かと全員が思ったが、この隙を利用しない手はない。前衛が二人いるのをいいことにばっさばっさとワカメを切断しながら突き進んでいく。
そして――砂浜にぽっかりと空いた穴を見つける。
■
穴を捉えてからは別方向から攻めることをやめ、能力者たちは穴に狙いを定めて攻撃を開始した。
夜宵は再度弱体の練力を――穴の中に向かって投げる。
効いた。再び活動を再開しようとしていたワカメの一群全体がまた少ししおれる。
「本体(?)も弱らせましたからー思いっきりぶちぃっと行っちゃって下さい〜!」
言われるまでもない、とばかりに、未だ穴までやや距離のあったアズメリアはソニックブームを用いた状態で斬撃を放つ。
通常より長い射程の一閃は、穴から出ているワカメの半分ほどを一気に切断する。
直後、穴の傍に戦闘復帰した冬弥が到着した。それまでにもワカメの障害はもちろんあったが、信人や文月が悉く切断している。
「――ワカメは大人しく具になってろってなぁッ!」
半分キレかけながらも冷静にフォルトゥナ・マヨールーを構える彼は傍目から見てちょっと怖い。いや、水も滴るいい男という表現も当てはまらないことはないのだが。
ともあれ、穴の中に向かって容赦なく引き金を引く。
手ごたえあり。穴から出ている部分が大きく揺らぎ、地上で能力者たちに襲いかかるワカメの動きが目に見えて鈍くなった。
おかげで後方から射撃する者たち――セロリ、戦闘復帰した焔もだいぶ動きやすくなる。
そして――
「――はぁっ、はぁ‥‥」
それまでずっと海中に潜っていた武流が息も絶え絶えになりながら地上に戻ってきた。
途中キメラの動きが止まったのは、彼が海中から根に向かって一撃を決めてきたからだ。彼自身の息を保つためには一撃が限界だったが、どのみちその成果は小さくはない。
能力者たちが暫く攻撃を加えていると、やがて地上のワカメは動きを止めた。
とどめを刺したのか――?
全員顔を見合わせ、一度肯く。
念には念を――文月がスブロフとエマージェンシーキットのアルコールストーブを投下すると、穴の奥深くが一度燃え盛ったのが色で分かった。
穴の最深部は海にも繋がっているので色はすぐに消えたが、それきりキメラが動くことはなかった。
●今度こそ海だ! アイスだ! スイカだ! ‥‥ワカメは人を選ぶ。
「お疲れ様ー」
今回ここに赴くそもそもの切っ掛けともいえるUPC少尉、朝澄・アスナ(gz0064)が、クーラーボックスを両脇に抱えながらやってきた。彼女がこの海岸に到着した時には既に戦闘は始まっていたのだった。
信人はクルシフィクスにグリースを塗りたくってから、砂浜に座り込んでぼんやりと海を眺めた。
「もうクラゲが出る季節だな‥‥」
そんな季節ながら、海水浴にいそしむ者が一人。夜宵である。
(「ふふ、帰ったらお姉やお兄に自慢しちゃおうっと」)
素潜りで青い海の中を泳ぎながら夜宵は思う。自慢するのは海のことばかりでなく、倒したワカメで作ったワカメ料理のこともである。
そのワカメといえば、セロリも今この場で挑戦している。
「‥‥‥‥」
だが――舌に合わなかったのか、それとも純粋に不味いのかは兎も角――微妙な表情を浮かべ、アスナが持ってきたクーラーボックスの中から既にカットされたスイカを取り出す。
「ワカメより、スイカの方が美味しいです‥‥ね?」
お礼がてらそんなことを言うセロリに、「――そうね」とアスナも笑って答えた。
「これで明日の飯は困らねーな‥‥」
冬弥は片手にアイス、もう片手にはビニール袋を持って海岸を散策する。
アイスをなめながら、しきりにビニール袋を砂浜に置いて周囲に散乱するワカメを回収する。繰り返しているうちに、あっという間に袋はワカメで一杯になった。余談だが、この袋一杯になったワカメを処理するために翌日の冬弥の朝食はワカメ一色になったのは言うまでもない。
文月とアズメリアは、そんな冬弥を見――それから視線を移し、スイカ割りに挑戦している武流を見つめた。
目隠しをした武流は、戦闘中長く潜っていたせいかまだ足もとがふらついていたが――見事、スイカをたたき割って見せた。
それもまた、皆で食す。
夏の終わりも近い頃、ワカメの残骸がまだちょっと残っている海岸。
それでもここまで独占出来たのは、いい思い出になる――といえるかもしれない。