●リプレイ本文
●移り変わる色、音、空
メインとなる花火大会が行われるのは、もちろん夜。
しかしながらその前――特に空の色が青から茜色に染まり出した頃から、街に並んだ屋台は急激に賑わいを見せ始める。
「花火か‥‥ここんところ色々とハードだったからなぁ。たまにはこうして骨休めも必要だね」
新条 拓那(
ga1294)はそんなことを呟いて、ふらふらと屋台行列を見て回り始める。
タコヤキや焼きそば、お好み焼などの屋台の定番は一通りキープし、夜に控える花火大会用に使い捨てカメラも買っておく。楽しんではいるが、都合がつかなかった相方のことを思うと心残りもあり――独りでというのもオツなものだと考えるのは強がりでないと思いつつも、拓那は思わず苦笑した。
人ごみの中、そんな拓那の横をちょうど通り過ぎていく能力者が、二人。
「悠。今日は誘ってくれてありがとう」
礼を述べたレティ・クリムゾン(
ga8679)と、篠原 悠(
ga1826)である。
「やっぱりレティさん、浴衣似合うよね‥‥憧れちゃう」
そう評されたレティの浴衣は水色地に華の柄が入った涼しげなものであり、悠の言うとおり彼女の雰囲気によく似合っている。頭には簪をつけており、そのゆったりとした素振りも相俟って優雅な浴衣美人の風情さえ漂っていた。一方、悠の浴衣は朝顔の柄の入ったもの。髪はリボンでまとめてポニーテールにし、帯に金魚柄の団扇を差した悠の姿も夏らしく可愛らしいものになっている。
「レティさんこっちこっち! ほら、いっぱいお店でてる!」
悠は童心に返ってはしゃぎ、彼女に促されるままにレティも穏やかに歩を進める。
二人は金魚すくいや輪投げといった屋台に進んで近づいていったが、
「おっちゃん、泣いたらあかんで? 一等はうちがもろた!」
「よし、次はあれを狙おう。上手く取れたら悠にプレゼントするからな」
本来ともにスナイパーであるせいか射的への本気具合は違った――何せ本当に悠はその店の一等品を掻っ攫っていき、レティはレティで自分のためにも悠へのプレゼントのためにも、狙い通りに賞品をゲットしていったのだから。
立ち並ぶ屋台には射的が数軒ある。そのうちの一軒に悠とレティが到着したとき、その店には見知った先客がいた。
「あ、レティさんに篠原さん、こんばんは!」
笑顔でそう挨拶するのは不知火真琴(
ga7201)。その隣には射的用の銃を構えた、彼女の幼馴染である叢雲(
ga2494)の姿もある。真琴は白地に雪の結晶の柄が入った浴衣、叢雲は藍染の浴衣に身を包み、それぞれ上げた髪には以前互いに交換した簪をつけていた。真琴がつけているのは薄紫の花簪、叢雲のものは黒曜石。叢雲は他に、白金に流水模様が入った飾玉が目を引く簪もつけている。
挨拶がてら他愛もない話をかわす三人をよそに、叢雲は銃の引き金を引く。コルクで出来た銃弾は乾いた、小気味よい音を立てて景品に命中した。真琴が欲しいとねだった子猫のぬいぐるみである。
次に射的に臨むレティと悠に別れを告げ、真琴と叢雲は人ごみの中を歩きだす。
それぞれ片手に荷物を持っていたために最初はバラバラに歩いていたが、行き交う人の流れが激しく、真琴がテンションあがりっぱなしだったこともあってすぐにはぐれかける。
だから――歩き始めて少し経った頃、何とか真琴の横に並んだ叢雲は彼女の手を握った。
「目を離すと見失いそうで怖いんですよね――貴女って」
「さ、流石に迷子はならないよ!」
苦笑交じりに言う叢雲に対し、真琴は少し頬を膨らませる。
それから小声で「――多分」と呟いたのが叢雲の耳に届いたかは彼にしか分からないが、ともあれこれではぐれる心配がなくなった二人は再び歩きだした。
じゃがバター、綿飴、カキ氷にチョコバナナ。
次々と食べ物を買っていく――ちなみに二人の今日の出費は全額叢雲持ちらしい――真琴と叢雲がチョコバナナの店を去ってから数分遅れて、その店に林檎飴の棒を持った天城(
ga8808)が姿を現した。朝顔柄の浴衣と、それとは対照的な星空の色をした下駄。本来団扇を差すべき帯に差さっているのが何故か巨大ハリセンだったりするのが周囲の目をいくらか引いているが、人見知りの彼女といえどこの人の多さではそんな視線は気にならないようだった。
「チョコバナナー! わたあめ〜☆ ラムネ‥‥」
口にした単語のモノを次々に買いあさっていく天城。食べ物を買うことに飽きて、次は射的金魚すくいなどのアトラクション系の屋台を満喫することにした。
「むぅ‥‥おっちゃん、取れないよ〜」
水に濡れ破れたポイを手に、しゃがんでいた天城は屋台主のおっちゃんを涙ながらに見上げる。
しょうがないな、とおっちゃんは笑ったが、だからと言っておまけしてくれる様子はない。
ケチである。むくれた天城は、まったく姿が変わらないのをいいことに能力者として覚醒した。
研ぎ澄まされた動体視力、反射神経をもって、それから瞬く間に一匹の金魚をすくう。
「えへへ〜。ちっこいのとれた〜」
さっきまでの涙はどこへやら、満面の笑みで喜んだ。
天城が次に狙いを定めたのはピアスなどの小物類を売っている屋台だった。
「このヘアピンなんかお洒落だ〜」
気になったものを数点手に取り、眺める。特に御気に召したものは迷わず買っていく。
彼女が立ち去って数分、その店には今度は神無月 るな(
ga9580)が姿を見せた。
無骨な無線機にワンポイントを提げて可愛くしたい。
そんな思いに駆られて白ネコのアクセサリーを手に取ったるなの背後の道を、ルーシー・クリムゾン(
gb1439)が通過していく。
彼女がぶら下げた袋の中には、他の屋台で買った小物や、後で海岸花火を見ながら楽しむ為の食べ物や飲み物が入っていた。
■
「日本の打ち上げ花火って綺麗って聞きますから楽しみですわね。
それに――」
今日はヒョウエと二人でですから。クリーム色地に様々な色合いの撫子柄が描かれている浴衣に身を包んだクラリッサ・メディスン(
ga0853)はそう言って、隣にいる恋人の榊兵衛(
ga0388)の腕を取る。
「せっかくだから、今日は戦いの事は忘れてのんびりと楽しもう。
こんな息抜きがあっても良いと思うしな」
紺地、格子柄の浴衣に身を包んだ兵衛は、そう穏やかな笑みを見せた。
歩くのに支障ないように軽いものを買い、つまみながら二人は人ごみの中を往く。
「こうやって屋台を覗いているだけでも、来て良かったと思う。
そう言えば、久しくこうしたお祭りごとには参加していなかった気がするしな」
兵衛がそう言えば、
「この間、七夕の催しの時にこういう屋台を仲の良い能力者の方たちと廻りましたけど――。
今日は、その、もっと楽しいですわね」
クラリッサも言葉通り幸せそうな表情で、心持ち兵衛に身体を寄せた。
そのままの距離でたどり着いた先は金魚すくい。二人は知らないことだが先ほど天城が苦戦したケチなおっちゃんの屋台である。
自信ありげな笑みを見せた兵衛は両手に一個ずつ握ったポイでもって、片方につき二匹ずつ――計四匹の金魚を瞬時にすくいあげてみせる。
その後も快調に金魚をすくい続け――とうとうおっちゃんに「もうやめてくれ」とまで言われ、彼は雌雄一匹ずつを手元に残して残りを元の水の中に戻した。
「これも想い出だからな」
兵衛は笑い、金魚袋をクラリッサに差し出した。
そんな大人の雰囲気漂う屋台の前を、テンション高めに通り過ぎる女性が一人。
「おっちゃ〜ん! 一回いくら!?」
金魚すくいと同じ通りにある射的屋に飛び込んだ御巫 ハル(
gb2178)である。
まずは小手調べとばかりに小物から狙っていく。金に糸目はつけていないようだが、それで次々と景品がなくなっていくのだから店主としては割とたまったものではない。
「まぁねぇ、8歳にして射的屋潰しの女王って呼ばれてたからねぇ‥‥」
不敵に笑うハル。続いて調子が出てきたとばかりに
「じゃぁ次! 銃をもう一丁ちょうだい!」
射的で二丁拳銃を宣言する。
もちろん一回当たりの値段も倍になるわけだが、二丁になって命中率が落ちるどころか更に景品落としの効率がよくなったハルにとっては些細なことだった。
やがて、これくらいにしといてやるよ、と豪快に笑って立ち去っていくハル――その背後に残ったのは、すっかり景品台が寂しくなった射的屋だった。
「おいこら! そこのガキ! 一人一個までって言ってるだろう! みんなと仲良くしろ!」
その後ハルは、先ほど射的でゲットした景品を花火大会に遊びにきた子供たちにタダで配っていた。
その姿を横目にしつつ、二人の能力者が通り過ぎていく。
二人が足を止めたのは――綿飴屋の前だった。
「ワタアメ‥‥! ふわふわモフモフ、あまい、匂い」
青を基調とした浴衣に身を包んだ櫻井 壬春(
ga0816)――何故か頭には女物の鈴花飾りをつけている――は、雨の国と呼ばれる母国では目にしたことがない綿飴に、製作工程から目を奪われている。
その無邪気な様子にこっそりと溜息をつきながらも、黒地に朱紅葉の柄が入った浴衣を身に纏うアグレアーブル(
ga0095)は、壬春と繋いだその手を離さない。傍目には仲のいいカップルに見えるが本人たちはさして気にも留めない――二人にとって互いの存在は姉と弟のようなものであるのだから。
空の色合いは次第に紺が濃くなり、街を彩る提灯の朱がその輝きを強めていく。
壬春が綿飴を買った後、アグレアーブルが――といっても実際買ったのは壬春だが――林檎飴を入手。それから分け合えるようにタコ焼きを買った。
最初にタコ焼きを口に含んだとき、壬春はその口の中に奔った熱さに少々悶絶した。その様子をアグレアーブルは何をやってるのか、とでも言いたげな表情で、かつ無言で見つめる。
気を取り直して、もう一度。
「ハフ、熱いけど、オイシー。皆で食べル、もっと、シアワセ」
今度はちゃんと息を吹いてから口の中に放り込んだので平気だ。壬春はご満悦の様子を見せる。
皆で、というには少し数が物足りない。そんなことをアグレアーブルが考えた時、
「あ、いたいた」
不意に声をかけられた。
振り向くと、そこには国谷 真彼(
ga2331)と柚井 ソラ(
ga0187)の姿があった。真彼は無数の苦竹が柄として描かれた浴衣を、ソラは金箔がいたるところにちりばめられた豪奢な浴衣を身に纏っている。ソラの浴衣は真彼がチョイスしたものだが――クォーターであるソラの栗色の髪に映え、よく似合っている。二人はそれぞれに姫林檎飴をもっていた。
元から共に行動する約束をしていたので、そこからは四人で歩き始める。
まずやってきたのは金魚すくい。ちなみに危うく兵衛に店じまいに追い込まれそうになった、あのおっちゃんの店ではない。
「ヌ。これで金魚、すくうノ?」
金魚すくい対決をすることになったのはいいのだが、どうやら壬春は初挑戦らしい。ソラや周りの客がやっているのを見て、見よう見まねでポイを水の中で彷徨わせる。
あまりやったことがないというソラ同様何度もポイを駄目にした壬春だったが、元から動体視力と手先の器用さには自信がある――やがて、狙っていた紅白模様、細身の和金を見事にすくい上げた。難しいと言っていたソラもそれからすぐに一匹すくい上げる。
アグレアーブルと真彼はそれぞれの同行者の後ろで二人の様子を見守っていた――はずだが、いつの間にかアグレアーブルの視線は水の中を漂う出目金に注がれていて。
それに気づいた真彼は、
「やってみたらどうかな?」
アグレアーブルにそう促した。真彼はアグレアーブルはこういった楽しむことに積極的ではないと思っており、ポイを手に取らせるくらいしないと気になったものもそのままで終わるのではないかと考えたのだ。
彼に言われるままポイを握ったアグレアーブルは、
「チャンスは一度。――何を狙うんだい」
そんな真彼の言葉への答えは、考えるまでもなく決めていた。
ソラ、壬春、そしてアグレアーブル。それぞれ手にした金魚袋の中には、狙い通りの金魚が一匹ずつ。
そんな状態で四人が次に訪れたのは射的屋だった。
「なんなら何か、とってみせましょうか?」
スナイパーになる前から射的は得意だというソラはおもむろに真彼の方を振り向き、そんなことを言う。ちょっとはカッコいいところを見せたいという思惑もないことはなかった。真彼はソラのお手並み拝見とばかりに肯いた。
一方、射的も初体験だという壬春だったが――流石スナイパー、といったところか。普段とは勝手が違うコルク弾だったが、数発撃ったところで子猫のぬいぐるみにヒットさせる。
壬春がそれを感謝の形と称してアグレアーブルに渡したところで、あまり真彼とソラの邪魔をするのも何だから、とアグレアーブルは提案した。
ソラは射的に集中しているので真彼にだけ別れの挨拶をし、アグレアーブルと壬春は屋台を出る。
それから屋台行列を歩くこと数分。そろそろ花火大会の時間も近づきつつあるせいか、河川敷や海岸に向かう人の流れが激しくなっている中――アグレアーブルは人ごみの中に意外な顔を見つけた。
「――ケルタンさん?」
「‥‥やあ」
何度か依頼で顔を合わせているULTのオペレーター、ユネ・ケルタン(gz0063)その人である。
普段は本部でしか姿を見かけたことがないだけに、こんなところにいるとは思わなかった。しかもちょうど先日、少々長引くことになりそうな案件をアグレアーブルに斡旋したのも彼だ。
そのことも踏まえ、いくらか会話を交わす。その中で壬春もユネと挨拶を交わした。
ユネは穏やかな雰囲気こそいつもどおりだが、何だか普段よりも気が抜けて見えないこともない。そんなことを考えてから、今日がオフであることをアグレアーブルは思い出す。
「良い休日を」
そう別れの挨拶をする。
お互いにね、と返して立ち去っていくユネの姿を見送って、アグレアーブルと壬春は再び人ごみをかき分け始めた。
一方、射的屋に残っていたソラと真彼はというと――。
「さあ、いくよ。はぐれないようにね」
「わわ、待ってくださいっ」
ソラが宣言通りゲットした景品を片手に、真彼は歩きだす。はぐれる前にとソラが慌てて真彼の浴衣の袖をきゅっと掴むと、真彼はその掴んだ手を取って握った。
二人ともに、互いに思うところはある。
真彼にとってソラは――「誰かの幸せを願うこと」を虚しさとして捉えてしまっていた自らのトラウマを打ち破り、心底にその幸せを願わせた者。
ソラにとって真彼は――いつも遊んでもらっている、敬愛する存在。もっと彼のことを知りたいとさえ思っている。
互いへの思い入れの深さの根底にあるのは決して恋愛感情ではないが、あるいはそれをも打ち破る信頼の強さの証とも言えた。
「そろそろ行こうか」
「そうですね」
繋いだ手を離さぬよう、二人は人の波をかき分けて――海岸へと足を進め始めた。
●小さな煌きの庭で
日が落ちると、それまで屋台行列に溢れていた人々はそれぞれに移動を始めた。
屋台に密集していた賑わいが、解き放たれたように海岸へ、河川敷へと拡がっていく――。
南雲 莞爾(
ga4272)と緋室 神音(
ga3576)は、河川敷で行われるという手持ち花火――別名・玩具花火――の花火大会へ向けて歩を進めていた。
「夏になるとこう、懐かしい感じがするわね」
のんびりとした神音の言葉に「そうだな」と肯きながら、莞爾はちらりと横目で彼女の姿を見る。
普段は太腿の辺りまで伸ばしている髪をアップにし、蒼と紫のグラデーションがかかった浴衣を身に纏う神音の姿は艶やかで――
「どうかした?」
小首を傾げた彼女にそう訊ねられるまで、莞爾はすっかり見惚れてしまっていた。
我に返った彼は済まないと言った後で、浴衣姿が新鮮に思えて映えていたと素直に思ったことを告げる。
莞爾は次いで、神音に手を差し出す。
「――繋いでも、いいだろうか」
若干照れの混じったその言葉に、神音は軽く驚いた様子を見せる。
その様子がまた莞爾の照れを誘うことを彼女は知る由もないだろうが――ともあれ首肯した彼女の手を、莞爾はそっと握る。
優しく包み込むように、けれども同時に離さないという意思を示すように、強く。
それから数分歩いて、河川敷に到着した。
二人が到着したころには既に花火を楽しみ始めている人々もおり、その中には榊 紫苑(
ga8258)の姿もあった。
水に濡れぬよう川からは距離を置いて設置された花火置場。そこに出来た山を見、やりがいがありそうだ、と紫苑は呟く。
おもむろにひとつ手に取り、着火。
最初は勢いよく火花を放っていた先端は徐々に黒く燻り、一瞬だけ勢いを取り戻してからその灯火を落とす。その最後の一瞬に、紫苑は散る寸前の美しさを感じていた。
莞爾と神音も河川敷に着いてからは花火に興じていたが、少し経って莞爾がその場を離れた。飲み物を買ってくるという。
一人になった神音が河川敷の片隅で、手に持った線香花火が散らす小さな華を見つめていると――。
「待たせたな」
ちょうど火の玉が河原の砂利に落ちたところで、そんな言葉とともに首筋にひやりとした冷たさが奔った。
何事かと少々驚きながらも振り返ると、両手に一本ずつ缶飲料を持った莞爾の姿がそこにはあった。一本は莞爾自身の、とするともう一本は神音のために買ってきたものだろう。
河川敷の傾斜に、並んで腰を落ち着ける。
しばらく黙って喉を潤していた二人だったが、
「‥‥お前には感謝している。俺の我侭に付き合ってくれて有難う」
不意に莞爾がそう口を開いた。
何を言っているのか、と言いたげに、神音は吃驚したような表情を浮かべる。それを見、莞爾はうっすらと口の端を歪めて笑みを浮かべた。
「意外だな、お前も吃驚する事があるとは」
そう言った後に、彼はそれまでよりもやや小さな声で呟いた。
「だが、そんなお前の一面も悪くは無い――」
■
花火大会が始まる少し前から河川敷の片隅で佇んでいた朝澄・アスナ(gz0064)の前に、
「ア〜ちゃん! やっほ〜♪」
彼女が待ち合わせていた者の一人であるナレイン・フェルド(
ga0506)が姿を現した。生物学的に言えば男性ではあるのだが、長い髪を前に流し、白地に青薔薇模様のアクセントをあしらった浴衣を身に纏うナレインの姿は、アスナの目から見ても美人の女性にしか見えない。
「浴衣どうかな? 似合う?」
「うん、とっても」
笑顔で肯き合う。
それから花火を楽しんだり、河川敷に来る前にナレインが屋台で買ってきたベビーカステラを食したりしていると、
「あ、いたいた」
ラウル・カミーユ(
ga7242)がやってきた。後ろ髪は束ね、やや紫みの強い蒼の浴衣を身に纏っている。
その手に握られていた袋には差し入れであるタコ焼きのパックが二つ――ひとつは青海苔が抜いてある――と、
「これはアスにゃーへのプレゼントだヨ」
と言って差し出した小さな花の髪飾りが入っていた。ちなみに髪飾りはもう一つあり、そちらは妹へのお土産にするつもりらしい。
それから三人は花火を楽しみ始める。派手に火花を散らすものから、逆に極め細やかな模様の華を描くもの、色が数回変わるものもある。
ラウルは様々な種類のものを遊び、ナレインは自らの好きな線香花火を中心に。アスナが選ぶ花火のバランスはその中間といったところだ。
「パチパチって‥‥静かに瞬く姿が好きなの‥‥」
ナレインは線香花火を好む理由をそう語る。
暫くすると、
「あっ、アスナさん! こんばんわ!」
神浦 麗歌(
gb0922)がアスナに気づき、そう声をかけてきた。当のアスナたちはラウルの提案で線香花火の生き残り勝負をやっていたところだったのでしゃがんでおり、揃って顔を上げる。
その節はお世話になりました、と丁寧に礼を言う麗歌に、アスナはこちらこそ、と返す。
それからよかったら一緒にどう、という話になったのだが、麗歌は首を横に振った。
「すみません。今人を探してるんですよ、黒髪で腰の辺りまで髪を伸ばしてる女性なんですけどみませんでしたか?
多分河の花火大会で花火をぶん回してるか、商店街の屋台をひとつずつ潰し歩いてるかのどっちかだと思ったんですが‥‥」
アスナたちは顔を見合わせ、見てない、と答える。
推測は当たっているものの、来た先は残念ながらはずれだった。
彼が捜している相手――姉であるハルは、今もまだ屋台行列で遊びふけっている。それを彼が知るのはもう少々先の話だ。
申し訳なさそうな表情のまま立ち去っていく麗歌を見送って少し経つと、遠く――海岸の方から、花火が打ちあがる音が聞こえ始めた。
「あっちも始まったわね」
一度海岸の方へ顔を向けたアスナは、視線の先を正面に戻してきょとんとした表情を浮かべる。
ラウルとナレイン――二人揃って彼女に向け、手を差し出していた。
「姫様‥‥次の目的地まで、我らがエスコートしましょう」
「さぁ――お姫様、お手をどうぞ?」
二人とも――それまで女性的な雰囲気を醸し出していたナレインさえも――大人の男性の余裕をもった微笑を浮かべ、『姫』――即ちアスナにそう呼びかける。
後にしてアスナが「やられた」と思うほどに彼女の性質を利用したエスコートに、このときは顔を真っ赤にしてあたふたせずにはいられなかったが――やがておずおずと、二人両方の手を取った。
そしてそのままアスナを両脇の二人がガードする形で、三人は海岸へ向け歩きだした。
●世界を彩る夜の華
午後七時二十分。海岸での花火大会も始まるまでもう少し。
海岸だけでは花火を一目見ようと集った人々を収めることが出来ず、そのすぐ手前にある道路にも人が溢れている。これからまだまだ集まる見通しも立っており、海岸沿いに建っている建築物の屋上も開放されていた。
遡ること三時間前。
シュブニグラス(
ga9903)はある女性と街を訪れていた。
松藤アマネ――依頼で二度ほど関わった彼女がこの街の花火大会を楽しみにしていた理由は、何より恋人の存在が大きいだろう。
その恋人――遊佐ケイイチは休暇であることを利用し、海岸の花火大会を見物するのにとてもいい席を確保していた。
道路から海岸へ下るのにいくつか階段があるのだが、観覧席として解放されたそのうちの一つに陣取っていたのである。
シュブニグラスとアマネはケイイチの姿が見とめるとほぼ同時に、ケイイチも二人の存在に気づいた。
「さて、私も友達に会いに行くから、アマネさんの事お願いねケイイチ君」
そう言って、シュブニグラスはアマネとケイイチを残して歩き去っていった。
そして、時間は夜へ。
後は花火が上がるのを待つだけ――他愛もない話をする二人に
「をや、ケイイチ君、アマネ君。お二人ともお元気そうで、何よりで御座います」
階段を下りながら話しかけたのは、ジェイ・ガーランド(
ga9899)。シュブニグラス同様、幼馴染だった二人が恋人として付き合い始めるに当たり『一枚噛んだ』人物の一人である。
シュブニグラス以外にも顔見知りが現れたことに驚きを隠せない二人だったが、それはジェイだけではなかった。
「あっれぇ? 誰かと思ったらケイイチくんとアマネちゃん?
まさか、又『偶然』一緒になったのかい?」
こちらもやはり顔見知り。ふらふらと海岸へやってきた拓那に声をかけられたのである。
思えば拓那の言うとおり、二人の馴れ初めは幾度の偶然から始まっている。思い出し、ちょっと苦い顔をしかけたケイイチだったが
「はは、冗談冗談。分かってるってば、もう二人一緒に居るのは『必然』なんだろ?」
すかさず拓那はそんなフォローを入れた。ケイイチもそれで表情を崩す。
「それにしてもずいぶんといい席を取られましたね」
というジェイの言葉に、ケイイチはあらかじめ席を取っていたと返す。
「なるほど、相方サービスってわけか。
ちゃんと彼氏らしいこと出来てるようで何よりだね♪」
アマネちゃんもこういう時くらい思いきりワガママ言っちゃいなよ〜。
そんなことを拓那が言っていると、
「あっちに屋台らしい食べ物あったわよ」
そこに更にシュブニグラスがやってきた。彼女はケイイチとアマネが手を繋いでいないことに気がついて、
「もう、今日はケイイチ君のエスコートでしょう? そんなんじゃアマネさんはぐれるわよ?」
忠告。
ケイイチとアマネは顔を見合わせ――それから唐突に、アマネがケイイチの手を取って握った。
更には思いきり寄り添う。流石にケイイチもこれには顔を赤くし――そんな様子を一通りつついてから、見守っていた三人は恋人同士の時間を邪魔するのは悪いとその場を離れた。
「――ま、彼らも上手く行っているようで、何よりで御座います。
これで後は流れ星の一つでも流れたら最高ですかね?」
ジェイのそんな言葉に、拓那もシュブニグラスも肯いてみせる。
その時、やや遠くから発破音が響いた。
――海岸の花火大会が始まる、その合図である。
「こっち! 花火、始まルー」
壬春はアグレアーブルの手を引き、見やすそうな場所めがけて駆ける。
ちょうど見つけたポイントで立ち止まった時、最初の花火が打ち上げられた。
濃紺の空に、無数の煌きを放つ華が咲く――。
「たーやまー!」
「‥‥」
ものすごい微妙な表情で無言の突っ込みをするアグレアーブルを見て、壬春は自分が何かすっとボケたことを言ったことに気がついた。
「あれ違う? えと、たや‥‥うん。綺麗だねっ」
でも、言い直すのは諦めたらしい。
気を取り直して、空に咲く華を見上げる。
「皆でお祭り、たいへんタノシー。また来年も、来れるとヨイね」
壬春のその言葉に、そうね、とアグレアーブルも小さく肯いた。
■
「一人じゃ詰まらないだろ。一緒に花火を見に行こう」
恥ずかしそうな素振りをまるで見せない棗・健太郎(
ga1086)の誘いに乗り、彼にひっつく――言い方を変えれば振り回される――ように海岸へ来た姫藤・蒲公英(
ga0300)は、慣れない人ごみや熱気に疲れきっていた。
健太郎はそんな彼女への気遣いか、あえて人が少ない、落ち着ける場所に彼女を連れて行く。
ようやく腰を落ち着けて、二人で花火を見始め――というよりも、花火をじっと見つめていたのは蒲公英一人だった。
健太郎はそんな蒲公英に見惚れていたのである。ピンク地にウサギの柄が入った浴衣を身に纏った彼女は、何というかいつにもまして可愛らしい。
と、蒲公英もその視線に気づき「‥‥どうしたの?」小首を傾げた。
健太郎はそれで我に返り、
「あ、いや‥‥蒲公英が可愛かったから」
と答えると、健太郎の予想通り彼女は顔を真っ赤にした。
照れ隠しのためか、再び前を向く蒲公英。健太郎も今度は花火を見ていたが――不意に、肩に何かが当たる感触が走った。
――疲れていたのだろう。健太郎に身体を預けるように、蒲公英は穏やかな寝息を立てていた。
「‥‥うん、やっぱり可愛い」
健太郎はそんな蒲公英の頭を、優しくそっと撫でた。
同じように、各々に離れた場所から花火を見つめていた能力者は多かった。
「わわ。凄いね、綺麗だね‥‥!」
真琴は食い入るように華を見つめる。
空に描き出される華の形は、大輪の花のようなものだけでなく――小さな華が無数に、同時に開くものや、中には華でない形――ハートなど――を描くものもあった。
もちろん色も、細かく分類すればきりがない。ひとつの華の中は兎も角、別の華にはまったく同じ色彩を持つものなど皆無だった。
「へぇ‥‥。これは凄い。やはり、夏といったらこれを見ないとですね」
叢雲も感慨深げに肯く。
花火を見つめている間、真琴が鑑賞に集中しているせいか二人の間には静かな空気が流れて。
しかしこの二人なら、それも苦ではなかった。
花火を見詰めながら真彼は思う。
バグアによって喪った妹や幼馴染のことをよく思い出すようになったと。
しかし、その思い出はもう決して辛いものではないと。
その真彼の横顔を見つめていたソラもまた、思う。
目の前にいる真彼のことは、まだまだ知らないことばかりだけれど。
もっと知っていけたらいい、と。
これから先も、一緒にいたいから――。
「ん、どうかしたかい?」
「‥‥なんでも、ないです」
視線に気づき振りかえった真彼に、ソラは悪戯っぽく微笑んでみせた。
■
兵衛もまた、隣に座るクラリッサの美しさに目を奪われていたが――不意にそのクラリッサが、妙に切なげな表情を浮かべた。
「一瞬の輝きだから美しいと言いますけど、何か悲しいですわね‥‥」
彼女はそんなことを呟いて、兵衛の顔を見つめ返す。
「せめて、この二人の時間は永遠であって欲しい、なんて言うのは贅沢なのかしら?
ねえ、ヒョウエ?」
「そんなことはない」
兵衛は即答して、考える。
(「この大切な宝物が悲しみで曇らないように、決して死ぬ訳にはいかないな」)
本当に永遠とはいかなくとも――生き永らえればそれだけ長い間、宝物が曇ることはない。そう信じている。
そう心の底から思えるのは、それだけ彼にとってクラリッサという存在は大きいから。
だから、告げる。
「愛している、クラリッサ」
夜空に咲く花火を背景に、二人は唇を重ね合わせた。
■
一時間半続く花火も、終番に差し掛かりつつあった。
「ね、レティさん」
レティの腕を取って寄り添いながら花火を見上げていた悠は、不意に口を開いた。
それまで花火を見ながら過ぎゆく夏を思っていたレティも、彼女の顔を見つめ返す。
「‥‥うちね、レティさんの事、大好き」
言って、レティの頬に口づけをする。
その言葉も、行動も――今になって初めて、ということではない。むしろいつも、と言ってもいいくらいにしていること。
けれど普段と今では少し、それでいて大きな違いがある。
誰しも普段はそう簡単に見せることのできない、等身大のキモチ。
それを、今の悠は見せていた。
「‥‥ありがとう」
レティはそう答えた。
「その――なんだ。相手が女性だろうと男性だろうと関係なく、まだ私の中で恋愛というのがどんなものか消化できてないんだ。
そんな状態では答えは出せない。ただちゃんと考えるから、待っていて欲しい」
――その言葉を自らの中に取り込んだことを確かめるように、悠は呟いた。
「うち、待ってるからね」
■
暦の上では、もうすぐ夏は終わる。
秋、冬、春、そして来年の夏――世界のどんな動きにも関係なく、月日は流れていくけれど。
決して平和とは言えない今だからこそ、誰もが思うのだ。
また来年も、その次も、ずっと――。
こうして穏やかに、出来れば大切な人とともに、空に咲く華を見ることが出来るように――と。