●オープニング本文
前回のリプレイを見る 炎に包まれたナポリの街を見下ろしながら、イネースは愉悦に浸る。
いつ見ても全く飽きが来ない。
それどころかこの華やかな紅をもっと見ていたい、より鮮やかに染め上げたいと思う。
行動を起こせば起こすほど、その色は『芸術』を愛しむ彼女の心を益々沸き立たせるのだから。
だから彼女は、決めた。
紅く染め上げるためだけに存在するまっさらなキャンパスを作ろうと――。
手始めに、その下地となる場所を作ろうと。
■
イネースのものによると思われたブリンディシ襲撃。
しかしそれはユズの計略によるフェイクであり、彼女自身は時間差でナポリを襲撃していた。
結果として『ユズに襲われた』と言えるブリンディシでも傭兵が撃退され、爆発が巻き起こる――。
二都市の襲撃は、ただでさえ曇りつつあったイタリア南部の治安の悪化に拍車をかけた。
特にナポリの壊滅は交通網を完全に麻痺させ、海にもブリンディシの暗い影がちらつき。
物資の行き届く手段を失った小さな地方都市ではついに暴動が起こるようになる。
日々続く事件事故の数は警察だけの手に負えるものではなくなったが――イタリア軍は、まともに動けなかった。
イネースの侵入を防がんとブリンディシへ戦力を傾けた結果、ユズが仕掛けた罠とバグアの軍勢によって大部分が都市に釘づけにされてしまったのである。
そんな中――。
■
「乙女座がナポリを離れた、だと?」
ブリンディシにてそれなりに規模のある部隊を率いていた部隊長は、部下の報告に目を細める。
「まだバグア軍は残っているようですが‥‥」
「――」
部隊長は思考を巡らせる。
今ブリンディシにいるのは、地方守備を除いたほぼ全軍。
つまり他を攻められればひとたまりもないのだが、裏を返せばブリンディシだけなら少しは戦える。
――そう、仮に多数ある部隊のうちいくつかが離脱したとしても。
加えて、ナポリはイタリアの主要都市とされる街の一つ。
このまま滅ぼされるのを待つのは、ローマなど他の主要都市に住む市民にとってもより一層の恐怖を煽ることになる。
――数部隊では、とても街にはこびる敵に太刀打ち出来るとは思えない。
それでも――。
部隊長は考えるのをやめ、立ち上がる。
そして、告げた。
「動くぞ」
その瞳に秘めたるは、死をも覚悟した決意。
だが――。
■
「――すぐに向かってほしい場所がある」
ユネは能力者たちを前にすると、最初から険しい表情で告げる。
「目的地はイタリア、カタンザーロ。
――乙女座、イネースがこれから襲撃すると思われる都市なんだ」
ナポリを粗方壊滅させ、イネースは南方に向かったらしい。
その機体は『リリス』――鹵獲機を元に作られ、ブリンディシとナポリを同時に襲撃したうちの片方。
ナポリを破壊し、カタンザーロに向かうイネースが乗っている機体に掲げられた紋章は熾天使であるという。
「今回はとにかく、彼女の侵略を阻止してくれればいい。
‥‥だけど、勿論簡単ではないよ。
何せ今回は、ブリンディシの時と違って軍を動かそうにも動かせない」
ユネの言葉に、能力者たちは一様に訝しげな表情を浮かべる。
――再度口を開いた彼の表情に、沈痛の色が混じる。
「イネースの離脱を聞き付けたイタリア軍の一部が、ブリンディシからナポリに移動したんだけど‥‥それすらも、彼女たちの罠だったんだよ」
ユネはあえて『たち』と言った――イネースと行動を共にしていると思われる人物のことも含めているのだ。
「空から行こうにも降下地点が確保できなくて、むしろナポリに残っている地上の敵の格好の的になる。
だから軍は地上戦を選択したんだけど‥‥都市に入った直後に、バグアの軍勢に出入りルートを封鎖されてしまったんだ」
だからと言って、ブリンディシに残っている軍を動かすことも出来ない――彼らも未だ、ユズが仕掛けた罠や軍勢と戦っているのである。
「正直言って、後はないと思う」
リリスによるブリンディシ襲撃の際に得た、かの機体に関する資料を渡した後――ユネは机に広げたイタリアの地図を指差す。
「ブリンディシ、ナポリ、そしてカタンザーロ――」
順に指差し、息を吐く。
「――カタンザーロが彼女の手に落ちたとしたら。
軍や国そのものの現状からして、三つの都市に囲まれたイタリア南部はほぼ終わる、と言っていい」
だが、イタリア南部は――人類が初めて、バグアから取り戻した地域の一部でもある。
だから、ユネは頭を下げる。
「またあの場所を奪われるわけにはいかないんだ。――頼んだよ」
●リプレイ本文
「これ以上、好きにゃさせねぇぞ! 今回ばかりはな、命賭けさせて貰うぜ!」
ゼラス(
ga2924)はシュテルンのコックピットで猛る。
既に迎撃態勢は整っている。まだ戦闘射程距離には至っていないものの、イネース率いる軍勢の接近も把握済み――。
「――来ました、イネースです!」
雷電のレーダーが敵の軍勢を捉え、御崎緋音(
ga8646)が叫んだ。レーダーには確かに、四機のHWに囲まれたイネースの機体――リリスの反応がある。
彼我の距離はまだあるが――攻撃は、届く。
「‥‥始めるか」
「そろそろ目障りなので、ご退場願おうと思うのですよ。死力を尽くしてもね」
西島 百白(
ga2123)はバンテオンの、トリストラム(
gb0815)は8式螺旋弾頭ミサイルのトリガーを引く。
計百余発のミサイルが、リリスを標的に放たれた――が、
「‥‥何!?」
レーダーを見つめていたレイヴァー(
gb0805)が驚愕の声を上げる。
リリスのすぐ隣に、突如として一つ反応が増えたのだ。
驚いたのはそれだけではない。
リリスめがけて放たれたはずのミサイルは、新たな反応の出現後に強制的に軌道修正、標的がそいつに切り替えられたのだ。そうと分かった直後に遠くで小ぶりな光が生じたが、手応えなどあるはずもない。
リリスを防護するのはHWだと考えていた傭兵たちにとっては面食らう形となったが――それで隙を生じさせるわけにもいかない。
「いったい何が‥‥?」
警戒を強めつつも傭兵たちが困惑していると、
『――また貴方たちですか』
回線が開かれた――そして響く、イネースの声。
「此処でお前を殺す。後に語る言葉はもう在るまい?
覚悟を決めて貰うぞ」
玖堂 暁恒(
ga6985)の言葉に対する反応は、肩を竦める気配。
『そこを通して頂きます――邪魔ですから』
「‥‥待てよ」
魔宗・琢磨(
ga8475)が問いかける。
「何処も彼処も炎で包んで、お前の心は本当に喜んでいるのかよ!?」
『‥‥愚問ですね』
回線越しに、イネースは嗤った。
『たとえ何が対象であったとしても、美しいモノを追求するのが芸術家<アーティスト>というものです。
どうせいつかは全て『喪われる』モノでしょう?
そして私が選んだテーマがその『喪失の一瞬』に存在する美しさを追求すること――そうすることに、喜び以外あるものですか』
そう語るイネースの口調には、確かに喜色以外の色は見えない。
けれど。
(「それでも――俺からは、悲しさを紛らわせる為に、何かに八つ当たりしているようにしか見えないんだッ!」)
琢磨はそう強く思った。
その思いを代弁するかのように、
「調子に乗るなよイネース! 『下らない芸術』好きの自己満五流画家がぁっ!」
ゼラスの咆哮が再度響く。
『――下らないかどうかは、私が決めることです』
その言葉が放たれた刹那、
「きましたっ」
クラウディア・マリウス(
ga6559)が、軍勢の接近、そしてHWたちから一斉に砲撃が放たれたことに気づく。リリスの護衛は未だ正体の見えないモノによって行われたため、HWたちは未だ健在だった。
続くプロトン砲の光。ただし未だ距離がある為、かわすのは容易かった。ジャミングも今のところない辺り、キューブワームも今回はいないのかもしれない。
――が、
「‥‥ッ!?」
敵方から放たれたG放電装置の電撃が、続けざまにゼラス機とレイヴァー機を襲う。高い回避能力を誇るレイヴァーの骸龍は辛うじて――それでも辛うじて避けることに成功したが、ゼラスのシュテルンは元より命中に優れるその兵器を被弾した。
被害を告げる計器類、衝撃に突き動かされる身体。その中でゼラスの意識は驚愕を禁じえなかった。流石にバグアの鹵獲機の素材とされた機体、元の攻撃力も馬鹿にならないらしい。
ゼラス機はかわせないと見たか、リリスは更にG放電装置を発射。これもまた被弾し、シュテルンの消耗は一気に増し始める。
だがその間にも傭兵たちは彼我の距離を着実に詰め始めていた。それと同時に、反撃も開始する。
「――いきます!」
鳴神 伊織(
ga0421)がUK−10AAEMを叩き込んだ対象は、傭兵たちから見て最も近くにいたHW。
伊織だけではない。その時すぐに行動を開始出来た全員が、同じ対象に向かって砲撃を叩き込む。実質的に袋叩きにされた格好になったHWの損傷は、瞬く間に激しいものとなり――そして、接近戦に持ち込むまでもなく撃墜。HWの方は特別強化はされていないらしく、ここまではとりあえず傭兵たちの作戦通りにいっている。
次いで彼らは二機一組の班を編成、二組はリリスへ、残る三組はHWへと、それぞれの照準を向けた――。
■
HW対応を担ったのは、アグレアーブル(
ga0095)とクラウディアのペア、伊織と百白のペア、そして琢磨と暁恒のペア。
暁恒が一機のHWに向けMSIホーミングミサイルを放った直後、琢磨のスラスターライフルによる追撃が続く。
ホーミングミサイルの直撃によって動きが一瞬止まったこともあって双方命中。
機体を大きく揺らしながらも反撃に出るHWに対し、二機は相互に隙を潰すように動きながら対峙する。
一方、伊織がUK−10AAEMで牽制をかけると
「さて、遠慮は‥‥いらないぞ?」
どうやらHWの中にCWなどはいないと踏んだ百白がドゥオーモを放つ。更にそこへ、伊織機が放った高分子レーザー砲。
――流石に先ほど同様にすぐ墜とすことはできなかったが、HW対応は着実に成果を出しつつあった。
■
(「油断していたわけじゃないけど‥‥」)
緋音はリリス対応へ向かいながら唇を噛む。
そう、これまで負け続けてきたことに要因があるとするならそれは油断ではない。きっと、どこかに慢心があったのだと緋音は思う。
けれど――もう、負けられない。仮に、敵に攻撃役を担う自機のデータが握られていようと――やるしかないのだ。
その目が見つめるディスプレイ越しで、リリスの姿が徐々に大きくなっていく。
そして、先ほど百白とトリストラムの攻撃を防いだモノの正体も――。
「‥‥蝙蝠?」
緋音たちリリス対応班が目の当たりにしたのは、呟いた通り蝙蝠によく似た造形の機体だった。
『――使い魔、とでも呼べばいいでしょうか』
イネースがそう紹介した。
漆黒の機体は異常に細長いが、その代わりに拡げた翼の面積は相当なものがある。胴体部分の脆そうな機構からして、先ほど攻撃を防いだのはその翼を閉じるなりして防御行動を取ったということなのだろう。
その奥に見える、こちらも漆黒の――アンジェリカ。
リリス。
墜とすべき機体。
「そんな鹵獲機などに何の価値もありません。‥‥そう、まるで貴女の自称『芸術』のように無価値だ」
トリストラムが吐き捨て。
『芸術の価値の有無に関して、個人の観念を押しつけることこそ無意味で無価値だと思いますが?
どんなに高名な画伯の有名な絵画でも、絵画に興味のない人間からすれば価値もないと同然。それと同じことです』
そして私の芸術は、私のためにあればいい――。
そうイネースが言い捨てる間に、リリスの側面からレイヴァー機が迫る。
「人に理解されない芸術に価値はない。ただの自己満足にすぎないと思いますがね」
放たれたレーザー砲をかわしながらレイヴァーは言う。
「所詮自己満足なら世に出る意味などない」
『それこそ価値観の相違では?』
「そこは否定しません。いや、寧ろ肯定する。
ただ――貴方は、最初から。
あの部屋に閉じ篭っているのがお似合いだったのですよ」
その言葉が放たれた刹那、リリスの直近で轟音が発生する。
「――決まったか!?」
叫んだのはゼラス。
イネースがレイヴァーに気を向けている間に移動した彼の機体は、リリスを挟んでレイヴァー機の反対側に位置していた。そこからPRMシステムを起動、立て続けに攻撃を加えた。
無論、距離が詰まっているとは言え最初と同じように使い魔に防がれる可能性も考慮している。
それでもこれだけ攻撃を加えれば――。
その微かな期待は、
「――うおッ!?」
爆発で発生した煙の中を突きぬけるレーザーによって粉砕された。
不意を打たれたものの何とか機首を上げ、インメルマンターン。
失敗した、と気付いたのは少し遅かった。
インメルマンターンの最中、機首を上げてループを半分行うわけだが――このループをしている間、機体の背面は正面の敵に見せている格好になる。
そこを、狙われたら。
『――まずは貴方から』
静かに呟かれたはずのその言葉は、矢鱈と鮮明にゼラスの耳に届いた。
射撃に困らない程度に煙が晴れたのと、ゼラス機がちょうどループの四分の一を終えたのはほぼ同時。
その刹那は、即ちリリスにとっての千載一遇の好機である。
高分子レーザー砲の照準がゼラス機の背面に一瞬にして向けられ、ループを終えるまでの間もなく一気に三発被弾。
「‥‥くそッ」
レッドアラート。残量を気にするラインをとうに超えていた。
自爆を試みようかと一瞬考えたゼラスだったが、まだ機は早すぎるとも考えた。
「何でまだいるんだよ、奴は‥‥ッ」
奴、というのはリリスのことではない。使い魔だ。いかにも脆そうな外見をしているくせに、まだ健在である。
正確に言えば――機体状態が追い込まれているゼラスはその時は知らなかったが――被害は確実に与えている。
使い魔を『一機』破壊したのだ。
だがその直後、煙の影響が比較的薄かったレイヴァーは嫌な光景を目にする。
「何だって‥‥」
使い魔が破壊されたとみるや、射出口から大きな黒い球体を吐き出すリリス。その球体は煙に半分紛れながらも徐々に肥大化し――すぐに、先ほどと同様の蝙蝠の姿を作りだしたのだ。
つまり、リリスには満足な隙も作れていない。そんな状態で爆破しても効果といえば味方さえも対象に巻き込んだ撹乱にしかならない。
やむなく、ゼラス機はその場を離脱する――。
「クラウ」
刹那、小さく合図が聞こえた。
HW対応から突如、二機が目標を切り替える。
アグレアーブルとクラウディアのペアである。彼女たちが相手取っていたHWは、戦闘能力こそまだ残っているが撃墜寸前の被害を与えてある。
(「死ぬ気はないけど‥‥」)
力で劣るなら形振り構っている場合ではない、とクラウディアは思う。
故郷の為――友人である彼女のその思いを汲んだかのように、アグレアーブルのウーフーがまだ立ち込める煙の下を駆け抜ける。クラウディアもそれに続いた。
煙の範囲を通り過ぎてしまえばそこはリリスの真下に等しく、それはそれで目的のためにも拙い。
だからアグレアーブルは煙を抜けきる前にG放電装置を放った。もはや当然のように攻撃は使い魔に向かったが、構わずに高分子レーザー砲、再度G放電装置と畳みかける。
上の方で爆発が起こった。まだ残っている緋音たちの攻撃もあり、どうやら使い魔をもう一機破壊した、らしい。
つまり今の一瞬だけ、リリス本体に隙がある――。
「星よ、力をっ。――いっけぇ!」
クラウディアの叫びと同時、G放電装置とアハト・アハトの連撃が放たれる――。
だが――、
『――残念でしたね』
直後にクラウディアの耳に響いたのは、イネースの嘲笑。
G放電装置だけはリリス本体に命中はしたが、その装甲が攻撃を受け付けず。アハト・アハトは命中の前に使い魔に遮られてしまったのだ。
嘲笑しているとは言え、何か思うところがあったのか。それまでは最初から自分と対峙している三機に向けられていた照準が、下へ。
「――アグちゃんっ!」
文字通り降り注いだレーザーの雨が、アグレアーブルの機体を打ち抜いていくのを目前にしつつ――駆け抜ける。
最初相手取っていたHWは、既に琢磨と暁恒によって墜とされていたが――二つの意味で、それに安堵する暇など許されなかった。
ひとつはアグレアーブルが墜ちたことだが、もう一つは、
『そろそろ終わりにしましょうか』
イネースが本気を出してきた、と言えることだろう。
未だ使い魔による防御を残しながらも本来のアンジェリカに搭載されているSESエンハンサーを稼働し始めた彼女は、瞬く間に百白、琢磨の機体にレーザーを浴びせ、これらを撃墜。
その間にも勿論傭兵たちの反撃はあった。
「――いい加減にっ!」
超電導アクチュエータを使用した上でのスラスターライフル、ブーストをかけた後のソードウィングによる至近距離攻撃――緋音が立て続けに繰り出したこれらの攻撃も、前者は使い魔が受け止め、後者は寸でのところでかわされた。
反撃を避けようと試みたが――。
『――正確なデータがなかろうと、貴女の機体が硬いだろうという予測を立てるのは難しくないので』
特別に。
そう呟いてイネースが放ったのは、帯電粒子加速砲――。
使い魔もただの消耗品ではないらしい。命中精度がなければ使い魔さえも攻撃をかわし、当てたとしてもある程度の火力がないと装甲が受け付けない。
弾数も練力も、無限ではない。そうした状況に、火力に優れる伊織機、緋音機も徐々に追い込まれていき――先に、伊織機が撃墜。
そして、数度の粒子砲の被害を受けた緋音の機体が墜ちていく。
残るは、四機――クラウディア機と暁恒機、レイヴァー機、トリストラム機。
だが、これまでの戦闘で彼ら自身気づいていた。
自身の攻撃では、使い魔を消耗させることすら難しいことを。
加え――十機居ることで成立していた陣形も、四機まで減ってしまえば穴は多い。
そこに生まれる一瞬の躊躇。
時が止まる。
――それを見逃すほど、乙女座は甘くはなかった。
傭兵たちが選んだ作戦自体は間違ってはいなかった。
事実HW全滅は勿論、リリスが繰り出す使い魔も、それなりに消耗されている。
――敗因を挙げるとするのなら、その見通しの甘さ。
使い魔に関してはブリンディシで情報が得られなかった、ということもあるが、リリス本体の性能の考慮が不足していた。
『――それでは、ごきげんよう』
本来のアンジェリカが持っていた機能――ブーストを発動させるリリス。
――その突破を止めるには、あまりに壁は脆過ぎた。
■
火の海と化したカタンザーロ――。
そのイネースの凶行は、シェイド討伐戦を執行中のUPC本部にも伝えられた。
先の事件でナポリは既にバグアの手に落ちている。一方ブリンディシのあるプッリャ州は未だイタリア軍が奮戦しているため、当初イネースが計画していたと思われる『南部全壊』は現在の時点では免れているものの――元より競合地域であるシチリアから戦力が送り込まれた場合、陥落も時間の問題になる。
何より、一度は人類の手に取り戻した地における暴虐は許し難いものがある――そう判断したUPC欧州軍により、
『カンパニア、バジリカータ、カラブリア各州の再競合地域化』
『イネース・サイフェル、ユズ両名の賞金額増額』
以上の事項が発表されることになった――。