タイトル:【DA】無垢なる白き暴虐マスター:津山 佑弥

シナリオ形態: シリーズ
難易度: 難しい
参加人数: 12 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/12/15 22:33

●オープニング本文


前回のリプレイを見る


 暗闇の中、四角く灯る電子の光――。
 ユズ(gz0168)はそれ――ノートパソコンのディスプレイを楽しげな表情で見つめながら、コンソールの上では忙しなく手指を動かす。
 ディスプレイの中に映るのは、あるモノに関するデータ。
 ――否、より正確に言えばそれは戦術である。
 天秤座にはそこまでデータを作成するようには命じられてはいない。これは完全にユズ自身の考えによる独断だ。
 もちろん、天秤座の意に沿うものとなることという前提も忘れてはいないが――何より。
『それ』を使って何かを破壊できるなら、また『それ』を直すことができるなら。
 ユズにとってはそれで十分なのである。

 そういう意味で――その破壊の行使者として、破壊そのものに美を見出す彼女ほど自分の考えたことを生かしてくれる人材はいないとユズは思う。

 考えた傍から。
 暗闇の外――背後にある廊下から、靴が床を叩く硬質な音が響き始めた。
 少しずつ大きくなっていったその音は、やがてもっとも大きくなった次の瞬間に鳴りやむ。
 ユズは背後を振り返った。
「‥‥準備は出来ましたか?」
 目の前に現れた『彼女』――ゾディアック乙女座、イネース・サイフェル(gz0113)はユズに問う。
 ユズは満面の笑みを浮かべて答えた。
「はい。もうタートルにも、貴方のファームライドにもコーティングは終わってますよ。
 それで、戦場と戦い方なんですけど――」

 ■

 それから数日後。
 グラナダから見れば北東の方角――ある峡谷に、キューブワームとタートルワームから成る小規模なバグアの軍勢の姿があった。
 切り立った崖と崖の間は狭く、タートルワームが三体も横に並べばもう自由には動けなくなるほどしかない。
 峡谷には川が流れているが、水深は浅い。
 タートルワームの足元を少しだけ浸す程度の水は――天候のよさもあってか、光に反射した煌めきを放っていた。

 彼らが今いる戦域は峡谷としては極めて直線が長く、それ即ち水の来た方向と行く先を見渡しやすいということだ。
 前衛を張るタートルワームよりはるか前方――ようやく峡谷と川の流れが曲がる辺りのところでは、無残に転がる戦闘機の残骸が煙を上げている。
「こちら‥‥‥隊‥‥」
 その残骸の中で唯一生き残っていた兵士は、同じく唯一まだ辛うじて機能していた無線機を用いて連絡を入れようとする。言葉が途切れ途切れなのは彼自身の損傷が、見ただけでもはや生き永らえることが不可能だと分かるほどのものだからである。
 それでも彼は、その言葉だけは伝えきる。
「グラナダ北東に‥‥‥‥ファーム‥‥ライド‥‥乙女座、が‥‥いる」
 次の瞬間、無線のマイクを握っていた彼の手は力なく垂れ下がり。
 マイクは、床に当たった衝撃で――本体と繋がっていたコードがいよいよ切れて虚しく残骸の中を転がった。

『連絡入れちゃったみたいですね』
 少し遠くから戦場を見ているはずのユズの声に対し、
「‥‥構いません。
 まだ描き足りませんし――その方が貴方も願ったりかなったりでしょう?」
 前衛のタートルワームの、斜め上――崖に出来た足場に立っている真紅の機体のコックピットで、イネースはそう言葉を返すと、くすりと微笑を浮かべた。
「――もう時間切れではありますが‥‥私にとっては、まだ始まってすらいないのですから」

●参加者一覧

アグレアーブル(ga0095
21歳・♀・PN
御影・朔夜(ga0240
17歳・♂・JG
西島 百白(ga2123
18歳・♂・PN
ゼラス(ga2924
24歳・♂・AA
クラウディア・マリウス(ga6559
17歳・♀・ER
玖堂 暁恒(ga6985
29歳・♂・PN
レイアーティ(ga7618
26歳・♂・EL
魔宗・琢磨(ga8475
25歳・♂・JG
御崎 緋音(ga8646
21歳・♀・JG
エリアノーラ・カーゾン(ga9802
21歳・♀・GD
レイヴァー(gb0805
22歳・♂・ST
トリストラム(gb0815
27歳・♂・ER

●リプレイ本文

「‥‥こうなるとは聞いていませんよ?」
 能力者との戦闘終了後、イネース・サイフェルのやや険の強い口調がユズへと向けられた。
『あれ、言ってませんでしたっけ?』
「言ってません」
 無線越しの問い返しに即答するイネース。

 今もなお彼女が搭乗している真紅の機体は、人型形態では左肩にあたる部分の装甲に貫通痕が残っていた――。

 ■

 峡谷の谷底を流れる、極めて水深が浅い川――十二機のKVは二列を編成し、水の流れをかき分け往く。
「‥‥あれか」
 流れをせき止めるかのように積み重なる残骸に、列の先頭にいたゼラス(ga2924)が最初に気づいた。
 川が急激に曲がるポイントに積み重なる、それ。
 曲った向こう側に待ち構えるであろう存在の名は――イネース・サイフェル。

 事前準備としてアグレアーブル(ga0095)やエリアノーラ・カーゾン(ga9802)が残骸を観察する様子を、他のメンバーは己が意気を固めるのを兼ねて見守っている。
 そんな中、ウーフーのコックピット内でクラウディア・マリウス(ga6559)は思う。
(「なんで?」)
 ジネットは言っていた。イネースは、自分たちと同じようにエミタ適性という『力』を持ち合わせていたということを。
 その『力』は、本来人類を護るために生み出されたもの。
 少なくとも――
(「こんなことのためにあるわけじゃないのに‥‥っ」)
 ――それなのに、という感情が溢れだしそうになる。
 けれど、こらえた。
 まだ早い。
 それは事情を知る人間が悲しみや悔恨の念に駆られるだけでは済まされないから――イネース本人に直接教え込む必要があるから。

(「長かったな‥‥ようやくご対面か」)
 レイヴァー(gb0805)はそんなことを考えながら、毎度依頼の前にそうしているようにコイントスをする。
 結果は――確かめられなかった。落ちてくるコインを上手くキャッチ出来なかったのだ。
 不意に襲う、先行きの不安。
 ――だが。
(「ジネットさんに大見得切った手前、好き勝手やらせる訳にもいかないよな」)
 今はただ、彼女に言ったとおり『最善を尽くす』だけ――コックピットの床に落ちたコインを拾い上げながら、レイヴァーは思った。

(「焼き切れた痕、ね」)
 残骸を観察していたエリアノーラは、それが如何にして破壊されたものかという点についての答えには簡単に行きついていた。
 レーザー。否、今回の相手を考えると――タートルワームのプロトン砲と考えるのが妥当か。
 ただ、不審な点も残っている。
「いくらなんでも酷いのをもらいすぎじゃないの‥‥?」
 もはや元が何の兵器だったのか分からないほどに破壊されている。
 こうなるまでに、どれだけの数、あるいは威力のある攻撃を受けたというのだろう。要因がどちらにあるのか、状態が酷過ぎて探査の眼をもってしても判別し難かった。
 それは別の方向から観察していたアグレアーブルも同様だったらしく、彼女が駆るウーフーが残骸から目を離したのを機に、エリアノーラも観察を止める。
 気分を入れ替えるべく、一度溜息をつく。
(「正直、言いたい事はいくつかあるけど‥‥甘えん坊の駄々っ子には言うだけ無駄か」)
 そう心中で毒づきながら、今度は崖のすぐ傍に機体を停めてコックピットを開き――崖の陰に身を潜ませるようにして、生身でカーブの向こう側を見る。
 ――双眼鏡のレンズ越し、約六百メートル先に――タートルワームが陣を張っているのが見える。距離があるせいか、これと言った違和感は『今は』感じない。
 視線を転じ、この後戦闘を行うことになるであろう陣近くの崖を見る。これも、同様。
 最後、イネースが駆っているファームライド――こちらも違和感はまだないのだが、ひとつだけ思い違いがあった。
(「‥‥何アレ、余裕を見せているつもり?」)
 ファームライドが立っている崖の足場は――能力者たちが思っていたよりも、少し前――前衛のタートルワームよりもさらに前にあった。つまり、真紅の機体は前衛から見れば斜め前方にいることになる。
 それが戦略なのか、考えた通りただ余裕を見せただけなのかはまだ分からない――釈然としないものを感じながら、エリアノーラはひとまず観察を止めてコックピットに戻った。
 
 全員が元の態勢に戻り。
 ――彼らは、コーナーを曲がる。

 ■

『‥‥来ましたか』
 堂々と全員の無線を通じてイネースは言い放つ。まるで、来ることが分かっていたかのように。
『正直、そちらに転がっているのは手ごたえがなさすぎて納得がいっていなかったので‥‥ちょうどいいですね』
 そちら、というのは能力者たちが今しがた横を通り過ぎた残骸のことだろう。
「イネース、貴女のくだらない芸術とやらの為に、どれだけの同胞が討たれたか‥‥」
 トリストラム(gb0815)は険しい視線をファームライドに向ける。
「――その報いは、受けてもらわなければなりません」
『同胞?』
 イネースは首を傾げたようだ。
『‥‥貴方たちと、一般兵や戦うことすら知らない人間が同じだというのですか?』
 ややあって、不快の念が混ざった言葉が放たれる。
『天秤座はあくまで罪を負うべきなのはUPCの上層部だとのたまっているようですが、私はそれだけとは思えませんね』
 ――思うところがあるのか、彼女にしては珍しく饒舌だった。
『貴方たちが』
 ひときわ強い口調。
『貴方たち能力者が現れなければ、この星の戦乱はこんなにも長い時間をかけずとも収まるはずだった』
「――それが、『バグアによって滅ぼされる未来』だとしてもか?」
『いいえ』
 ゼラス(ga2924)の問いに対し、イネースはそう答えた。
『‥‥天秤座も言っていたでしょう?
 バグアによる変革を受け入れたとしても、人類のほとんどは昨日と変わらない生活を送ることが出来る、と』
「‥‥その生活の中には、貴女の言う『芸術』を含めているつもりですか?」
『もちろん』
 トリストラムの問いに対しては、即答。
『それが美しいかどうかはまた別として――いつでも世界はどこかでそれを繰り返している。それはバグアが来る以前から歩んできた人類の歴史そのものでしょう?
 それがなくならないのもまた、『変わらない生活』と呼べるのでは?』
 その言葉自体は、間違いではない。
 けれど――。
「‥‥屁理屈もいいところですね」
 何かを諦めた――否、呆れたかのようにトリストラムは溜息をつく。
「‥‥悲しい人ですね。貴女のしている事は芸術なんかじゃない」
 少しの間をおいて、クラウディアは口を開き、そして叫ぶ。
「貴女は思い通りに成らなかった過去の鬱憤を晴らしてるだけじゃないですか!」
 能力者の存在否定にしてもそうだ。
 イネースは自らの望んだ道を選べなかったが故に――その道の先にあったものを否定している。
 それを鬱憤と言わず、何と言うのか――。
『‥‥ジネットから聞きましたか』
 イネースはぽつりと呟いてから、
『――私がしていることが芸術かどうかは、私が判断することです』
 毅然とした言葉が返す。
『過去の鬱憤? ‥‥それは少なくとも今はありません。
 如何なる形にせよ――私が望んだモノは、今確かにこの手の上のあるのだから』
「‥‥っ」
 ジネットが言っていた『恨み』と、ファームライドを駆って暴虐の限りを尽くすことは別物だとでも言うのか。
 尋ねようとしたクラウディアだったが、
「破壊に美を見出す、か‥‥ならば協力してやろう。だが転がる残骸は亀とキューブ、あるいはお前自身だがな」
 玖堂 暁恒(ga6985)がその前に静かな口調で、暗い笑みを浮かべながらイネースに言葉をぶつけた。
 どうせ言葉が届かないなら、刃と生死を交える他に届く方法などありはしだろう――。
 暁恒の言葉には、そんな意思が見え隠れしている。
 だから、届かせるためにも――。
「‥‥誰かの為に、何かをしたい。――誰かを護りたいから、あんたを止める!」
 魔宗・琢磨(ga8475)は叫び、
「まずは‥‥俺たちと目を合わせられる場所まで来て貰うぜ!」
 ゼラスが続いて声を張り上げた。
『――出来るものなら、どうぞ?』
 イネースのその言葉を機に、ファームライドの右腕が上がる。
 そして――腕が振り下ろされたと同時、

 タートルワームが、砲身をKVへと向けた。

 ■

 最初に行動を起こしたのは能力者側だったが、当然バグアも六百メートルもの彼我の距離を一気に詰めさせてくれるほど甘くはない。
 百メートルいったかどうか、というところでタートルワームが動いた。
 前衛と後衛。交互に放たれるプロトン砲は、その対象である能力者たちに息をつかせる暇も与えない――!
「――‥‥っ」
 先頭に立っていたゼラスと暁恒が、それぞれヒートディフェンダーとメトロニウムシールドで一人当たり四回の鈍い衝撃に耐える。峡谷は狭く、無理に回避しようとすれば確実に後方の仲間に被害が及ぶ――だから彼ら、盾を担う役の面々は回避するという手段を最初から捨てていた。
 衝撃の余波は背後に並ぶ仲間にも多少は及んでいたが、前衛のおかげで今のところはこれと言った被害はない。
 盾となった二機自体も、受けることに成功したおかげでまだ大きな損壊はない。ただし構えたのが盾ではなかったゼラスのウーフーに関しては、右肩の装甲が少しもっていかれている。
(「何か妙だな‥‥嫌な感じだぜ」)
 それでも砲撃を耐えきったことを察し剣を下ろしたゼラスは、ワームやファームライドの陣形に違和感を覚えていた。
 ゼラスだけではない。全員が――バグアが何らかの罠を張っている、という認識を持っている。
 ゼラスと彼同様盾を下ろした暁恒の間を、アグレアーブルのウーフーが通過し、暁恒の前に立って前進を始める。続くように、クラウディアの機体が二機の間を通り抜けてこちらはゼラスの前方に移動した。
 盾、交代――。
 それに構いもせず、先ほどと同程度の距離を詰めたところで再度プロトン砲が連続して放たれた。
 同じようにアグレアーブルとクラウディアも防ぐ、が――。
「‥‥うっ」
 素の防御性能自体が不足しているのか。多少、ワームの性能が強化されているということもあるのだろうか。
 受けることに失敗したわけではないのだが――クラウディアの機体の損耗率は、盾を担う他の三機よりも激しかった。何とか最初の連撃は耐えきったものの、既に計器類が悲鳴を上げ始めている。
(「‥‥まだまだっ」)
 まだ、損壊はない。まだ戦える。
 耐えきった後で少しだけ機体がぐらついたが、踏ん張った。そのクラウディアとアグレアーブルの間を、今度は先ほどとは逆にゼラスと暁恒が順々に通過していく。
 更に前進――そして、砲撃。

 ■

 二組の前衛のすぐ後ろには、御影・朔夜(ga0240)が駆る漆黒のワイバーンと御崎緋音(ga8646)の桃色にペインティングされた雷電がいる。
 緋音はただ一つの想いを胸に、今戦場に立っている。
 前で仲間が攻撃を防いでいるといっても、決して気が緩められない状況。だから彼女は、ちらり、一瞬だけ背後を見る。
 列の最後尾――レイヴァーの岩龍と並んで、婚約者であるレイアーティ(ga7618)の純白のディアブロの姿がある。
 本来なら今緋音がいるポジションには彼がつくはずだった。
 だがここに来る前、軍を挙げてのグラナダ要塞攻略の際――彼は双子座のファームライドと一戦を交えた末に深い傷を負ってしまった。
 彼を誰よりも思っている緋音は、ならば自分が――と、彼の代わりになることを決めたのだ。
 そうして当たることになった役割は――ファームライド対応。
 決して容易い任ではない。けれど――。
(「彼だけは何があっても守り抜くっ!」)
 彼がいない世界など耐えきれないのだから――緋音はそう強く心に誓い、前を向く。

 限られた狭い戦場の中では――あるいは敵エース機にも匹敵するのではないかというほど高い朔夜のワイバーンの回避性能も、その性能通りの効果は期待できない。
 だがそれも、『距離があるから』不利と言える話。実際距離が詰まってしまえば単独で躍り出てもタートルワームは朔夜を狙いにくくなるだろう。
 何故なら――彼の狙いは、ただ一つ。
(「――漸くか」)
 高揚に疼く心を抑える。
 乙女座――イネース・サイフェル。
 サラゴサで初めて遭遇してから早数度、刃を交えてきた。
 他の能力者たちにとってどうかは知らないし知るつもりもないのだが――ただ一つ言えることは、朔夜にとってイネースは、『敵』という陳腐な言葉で語りきるなど到底できない存在になっていることだった。
 因縁。あるいは、想い。そんなワードが頭をよぎっていく。
 少なくとも今の朔夜に、『生きている』という実感を与えているのは――間違いなく彼女の存在だ。
 既知感ばかりを覚える日常。それへの諦観ばかりが募る生。
 ――そんな生に差し込んだ光――。
 彼女がいなければ、今ほどまでに強い感情を抱くこともなかったろう。
 だからこそ朔夜はイネースに感謝の念すら覚えていた――これまでのすべての時間が、今この時のためにあったのだと思うほどに。

 前を往く仲間は三度目の砲撃を耐え、再度アグレアーブルとクラウディアが最前衛に出てバグア軍との距離を詰めようとしていた――そんな時、

 強烈なジャミング、脳髄に直接響く妨害電波が全員を襲った。

 ■

「キューブワームか‥‥!」
 西島 百白(ga2123)が呻く。
 キューブワームが一斉にジャミング電波を発したのだ。
 単体でもヘルメットワームのものよりはるかに強力な妨害電波――それが十二も同時に来れば、計器類は狂いっぱなしにならざるを得ない。レイヴァーの岩龍が行っているジャミング中和も焼け石に水程度の効果しかなくなっている。
 そして均衡は、その直後に破られた。
 キューブワームの妨害など全く関係のないタートルワームからの砲撃が、最前衛のアグレアーブルとクラウディアを襲う――!
「――っ!?」
 アグレアーブルは今度もなんとか耐えきったが、クラウディアが声なき悲鳴を上げた。
 最初同様ディフェンダーで受けることには成功したものの――三度連続して訪れた衝撃に、まずは内部機能が耐えきれずに損壊を起こす。鳴り響き始めた警告は、あらゆる種を通り越して一気に最終警告のレッドアラートに到達していた。
 間髪置かず放たれた四度目の衝撃は、ディフェンダーを手にしていたウーフーの右腕を砕き――機体は火花を散らしながらゆっくりと前に倒れる。クラウディア自身は満身創痍といった様子ながらコックピットから這い出、再起不能状態にある愛機から離れて崖の陰に隠れた。
 罠以前の誤算。元から明らかになっている性能を全力で発揮することは罠とは呼ばないし、プロトン砲の威力や射程、キューブワームのジャミングの効力を見誤っていたのだろう。
 ――それでも、最初に比べればバグア軍との距離はだいぶ迫っている。
 再度前衛が入れ替わり。

 残り二百メートルを通過した時――後ろに控えていた八機のうち、朔夜と緋音がまずブーストで飛び出した。
(「何が潜んでいる‥‥?」)
 斥候の役割を兼ねている朔夜はブーストで更に接近しながらバグア軍の陣形を観察するものの――相変わらず不自然なところは見当たらなかった。

 ――何かがおかしい。
 朔夜の報告を受けた後続の能力者たちは全員が同じように感じていた。特に常に探査を続けていたエリアノーラにとってはその違和感は強い。
 だが、その違和感の正体が未だに掴めない――もう少しで、捕まえられそうなところまで来ているというのは分かっているのに、である。
 けれど、これ以上探査の時間は与えられない。キューブワームの妨害も入った以上、あまりにも敵に近寄りすぎているというのもある。
(「罠は見つからない‥‥でも」)
 何がが掴めそうなのだ――だが、それをつかむまでの時間はもう、ない。
 エリアノーラは唇を噛んだ。
「行きますよ、ネル」
 横でトリストラムが促す。
 エリアノーラは探査を諦めるとコックピットを閉じ、ブーストを発動させる。トリストラムもすぐ後に続いた。
 狙う先は――キューブワームの集団。
 タートルの狙いが他に向いているおかげで、邪魔されずに集団の前に到着する。
「ああもう頭痛いっ!」
 エリアノーラの雷電が、真ツインブレイドを振るう――ゼリー状のキューブワームの一辺が削り取られるが、まだそのキューブワームも生命活動を続けている――。
 そこへ浴びせられる、至近距離のガトリング砲――勿論、トリストラムによるものだ。ようやく一機が活動を停止し、他にも若干ながら被害を与える。
「‥‥とりあえずこれを倒さないといけませんね」
「そうね」
 二人は肯き合い――更に、ジャミング以外は無抵抗の敵に攻撃を加え始めた。

 ■

 朔夜と緋音が動いた直後、
「狙撃は久々ですが‥‥このAlvitr、戦闘距離を選ばないと言う所を見せてあげます」
 列の最後尾のレイヴァーよりもさらに後方――最初通り過ぎた残骸の陰に隠れていたレイアーティは、スナイパーライフルD−02を構えた。
 狙いは対戦車砲を朔夜たちに向け構えたファームライドでもなければ他のワームでもない――ファームライドの、足元。
 離れた所にいる彼は唯一、ジャミングの影響を逃れていた。そのおかげか重体の身ながら、狙い通り――崖を砕くことに成功する。

 崩れ落ちていく足場を見、イネースはすかさず構える武装を槍に変えた。
 その動きを横目で追いながら、朔夜はまずバルカン砲を中衛のキューブワームへと向ける。横では同じように緋音がマシンガンを構え――ほぼ同時に引き金を引く!
 しかしジャミングが搭乗者の集中と計器両方を邪魔し――弾丸の雨は、悉く外れていく。流石にジャミング以外に脳のないキューブワーム相手にまったく当たらないということはなかったが、一機の致命傷にも程遠い状態だった。
 横ではファームライドが態勢を立て直した。もう、キューブワームにばかりかまけている暇はない。
 だから朔夜はすぐに横を振り向いた。続いて緋音の雷電もファームライドに更に接近する。
 邂逅と――いつも感じている既知感が『彼女』に対するときだけは希薄であることに高揚を覚え、吼えた。
「――久し振りだな、覚えているか? イネース・サイフェル‥‥!」
『ああ、その機体は‥‥』
 覚えている、と言わんばかりの答えが返ってきたことに朔夜はどこか喜びを覚え、更に叫ぶ。
「壊される事は構わない、何ならコレクションにだってくれてやる――だから代わりに、君の翼を私に寄越せ‥‥!」
『‥‥それはお断りします』
 言いながら、イネースは槍を振るう。
 朔夜は横に跳んでかわそうとしたが――ジャミングのせいで回避性能も落ちている。完璧には避けきれず、左足に損壊を受けた。

 最初に前衛を張っていた――クラウディアを除く三機も、突撃を開始した時点で行動をやめたわけでは勿論ない。
「おらぁっ!」
 ゼラスがヒートディフェンダーを前衛のタートルワームに叩きつけようとする――が、何せ強烈なジャミング発生源であるキューブワームの集団がごく近く、それだけ影響も大きい。斬撃はタートルワームの大きな図体の横を掠めていった。暁恒が振るうハンマーも、狙い通りの箇所にはヒットしない。タートルの名の由来である硬い甲羅のような装甲を叩くばかりで、狙ったよりもダメージは叩きだしていなかった。
(「まずい、ですね」)
 突撃せずに援護射撃に徹しようとしていたアグレアーブルに、意図せず焦りが募る。
 突撃していったはいいものの、数にモノを言わせたキューブワームのジャミングのせいでKVの攻撃はほとんど当たらず、逆に至近距離に詰めたことでタートルワームのいい的にされてしまっている。
 この状況を打破するためにはまずはキューブワームを叩いてもらうしかないわけだ、が。
 そのためには、エリアノーラとトリストラムの手だけでは足りない。二人にしても攻撃が当たるというわけではないのだから。

 アグレアーブルは一刻も早く他の仲間にも援護に向かってもらうべく、タートルワームに向け高分子レーザー砲の砲身を向け――。

 ■

「――ッ!」
 同じく距離を置いていた琢磨はタートルワームに向かってスナイパーライフルの弾丸を放つ――。
 図体がでかいだけ、浮遊しているキューブよりもまだ当てやすい。甲羅を模した装甲に、ひびが入る。
 そこへとどめを刺そうと、百白がレーザー砲を向け――。

 ■

 二つ、計六本ののレーザー砲の光は――。

 それぞれタートルワームの装甲に当たったかと思うと、装甲に不自然に光が集まった。
 そして次の瞬間――何倍もの太さとなったエネルギーが、二方向に反射する。元のエネルギーが放たれた方向に反射したわけではないためアグレアーブルはとりあえず被害を免れたが、至近距離からまともに食らった百白の機体からは幾度となく爆発が吹きあがる。
 ――それだけでは、終わらなかった。
 一度反射したエネルギーは瞬時に他のKVをも巻き込み、水中へ。
 更にそこで、再び太さと強さを増して反射したのだ。

 一方、最初に反射したうちの一方向にはファームライドの姿があった。
 左肩、直撃。
 自滅か、と朔夜や緋音、加勢にきていた暁恒が思ったのも、一瞬。
『‥‥あちらだけだとでも思いましたか?』
 戦場の中ながら、その静かな声はよく響いた。
 次の瞬間、真紅の機体が一瞬受けたはずのエネルギーは――更に倍化して、緋音の機体を直撃する。
「――ぁっ」
 最初の数倍ものエネルギーに撃たれ、雷電の計器類が一気にレッドアラートを告げる。
「――っち!」
 暁恒がすかさず緋音の前に立つ。
 ハンマーポールでファームライドを殴りつけようとしたが――反射の影響でその数を減らしているとは言え、キューブワームのジャミングは未だ強力なままだった。
 打撃の軌道はあらぬ方向へと――振り切られる前、ファームライドが手にした槍がハンマーポールが握られた腕の装甲を貫く。
 引き抜くことはせず、そのまま――内部構造などの硬さなど意に解さぬかのように、薙ぎ払う。
「――余所見をしていていいのか?」
 とどめを刺そうとばかりに自由になった槍を構えなおしたファームライドの側面を、朔夜のワイバーンが――刃としてコーティングされた腕が襲いかかる。
 だが、こちらもジャミングの影響か――否、
『‥‥もちろん、貴方のその機体をコレクションにすると言ったことは忘れていませんよ?』
 ――最初から狙いは朔夜だった。
 身を低くしてワイバーンの刃のエルボーをかわし、ついでに朔夜に向き直る。
 そして――右肩を、貫く。回避など、させる暇も与えずに。
 払う。斬撃の軌跡から、爆発を伴って火花が吹きあがる。
 自由になった槍が、更に――貫く。

『――今度こそ、いただきます』

 ■

 光は更に反射し、暴れ回る。水中のいたるところやタートルワーム全機にレンズ――能力者たちが警戒した『罠』の正体は仕掛けられており。
 そのため一瞬ごとに幾重にも分裂していく光はKVだけでなく、周囲の崖やワームにさえも次々と直撃する。もっともタートルワームに当たった場合は、ワーム自身の被害を引き換えに更に威力を増すのだが。
「離脱、を――!?」
 最後まで言葉を紡ぐ暇もなかった。
 トリストラムの機体を、横からエネルギーが撃つ。
「トリス!」
「ネル、それより前を!」
「――え?」
 一瞬トリストラムに気を取られたエリアノーラの雷電に向かって、まだ残っていた後衛の亀からプロトン砲が飛ぶ。
「――っ!?」
 反射されたエネルギーほどではないが――大きな衝撃が、雷電の計器を狂わせる。

 少し離れた所にいた琢磨やアグレアーブルだったが――。
「撤退の指示を――」
『‥‥させると思いますか?』
 あまりにも危険すぎる状況を見かねて撤退しようとした琢磨だったが、意思を持つ危険が己が背後に迫っていることに気づくことに一瞬遅れた。
「――ぁぁぁぁッ!」
『当たりません』
 背後の気配を振り払うかのように薙ぎ払われたディフェンダーも、ファームライドはワンステップ後ろに跳んだだけでかわし。
 着地した状態から前傾姿勢になり、更に一歩踏み出して――槍を突き出す。
 装甲を貫く、鈍い金属音が響く。
 追撃を図ったファームライドに向かって、ガトリングの弾丸の雨が降り注ぐ。アグレアーブルだ。
 どのみち琢磨の機体はすぐには動けない――イネースはそう判断すると、刃の切っ先を彼女へと向けた。

 ――反射エネルギーは陣の前衛のタートルワームや中心にいたキューブワーム、最終的には後衛のタートルワームをも打ち砕いたおかげでジャミングや戦力は弱まったが、イネースは撤退しようとはしなかった。
 それもそのはずだ。
 レンズによる反射エネルギーでKVの半数が撃墜ないし大損害をうけ、その混乱に乗じて一気に他を叩くことにも成功している。
 未だ離れたところにいるレイヴァーの岩龍やレイアーティのディアブロには、今は目もくれない。岩龍の方は反射の合間を縫って放たれたプロトン砲を直撃でもらっていたようだが、それでも無視。
 目の前で繰り広げられている――そしてこれから更に自分が描く惨劇が、美しいと思うから。
 けれど――中の人間は生かしておこうとも思う。機体を破壊されてなお生きているのであれば、だが。
 それはわざと逃がすことで屈辱を与えようというのもあるが――そこまで手をつける前に、少しばかりやらなければいけないことが出来たから。
 ちらり、と自機の左肩――エネルギーの増幅反射の際耐えきれずに打ち破られた装甲を見やってから、イネースはブーストをかけた。
 ――仮に五体満足とて。
 一機で真紅の機体に対抗できるほどのKVは、能力者を含めたUPC軍全体で見ても未だいないも同然なのである。

 能力者たちの敗因は、二つ。
 一つは、キューブワームのジャミングが与える効果を見誤ったこと。
 一団になったキューブワーム。それらが一斉にジャミング電波を発することに何の不思議があったろうか。すべてのKVが、運が良くなければ攻撃を当てることも避けることも出来ないほどに計器を乱されていた。反射エネルギーでキューブワームが駆逐された後では全てが遅い。
 二つ目は――完全に読み誤ったわけではないが、仕掛けられた肝心の罠への対策が徹底されていなかったことだった。

 ■

「‥‥戻ったらどうして欲しいですか?」
 相も変わらず険の強い口調でイネースが訊ねる。
 その言葉の意味を、聡いユズは瞬時に察したようだった。
『どうせ自分が直すんですから今回くらい勘弁してくださいよっ』
「‥‥まぁ、そうですね」
 ここで痛めつけたところで今後のためにはならない。
 ユズとの付き合いはまだ短いが、それくらいはイネースも分かっている。
 やれやれ、と小さく肩を竦めてから、搭乗者のいなくなった――つい先刻までKVと呼ばれていたその兵器の残骸を見て、呟いた。
「‥‥悲しいのは、どちらの方でしょうね」