●リプレイ本文
冬空の下、木の葉が少なく心なしか寂しい山道に吹く風は、酷く冷たい。
「ここかね〜?」
「そうみたいです」
そんな中、ドクター・ウェスト(
ga0241)が道路のある地点に立ち止まり笑うと、地図を見ながら後ろをついてきていたリゼット・ランドルフ(
ga5171)が同意を示した。二人に倣って、他の能力者たちもそこで足を止める。
能力者一行が立ち止まったのは、丁度直線と直線の間を結ぶ急カーブの真中あたりだった。両方の直線とも、カーブを頂点にやや下り坂になっている。道路両脇のガードレールの向こうは、それぞれ道路より少しだけ標高が低い場所にある林と、山の斜面に沿って生い茂る森だ。林の方はガードレールのすぐ向こう側は急な傾斜になっている。
「けひゃひゃひゃ、我が輩がドクター・ウェストだ〜」
車もあまり通らない道路だというのをいいことに、道の真中で高笑いするドクター。それをよそに、
「ダウンヒル‥‥これで相手が人間なら一勝負願いたい所だったが」
カーブを挟んだ二つの下り坂を見遣りながら御山・アキラ(
ga0532)はぽつりと呟く。彼女がやっていたのは自転車だが、下り坂なら或いは「乗用車より速い」とオペレーターに言われた敵のスピードにも匹敵するかもしれない。
「それでは皆さん、よろしくお願いしますね。‥‥とりあえず、キメラが来るまで隠れましょう」
自分は既に林に足を踏み込んでいる霞澄 セラフィエル(
ga0495)がそう告げたのを切っ掛けに、一行は林の中に入って傾斜を下り、身を低くして敵が来るのを待った。
(「山道を転がるアルマジロ‥‥想像すると結構可愛いかも」)
スピードが、それ以前にキメラという存在が危険なので止めなければならないということは勿論分かっているが、リゼットは待機しながらそんなことを考えた。その横では千光寺 巴(
ga1247)が近くの木に切り傷をつけている。
――しばらくして、道路の上で重量のある何かが転がる音が能力者たちの耳朶に響き始めた。
その音は徐々に、しかしあっという間に大きくなる。彼らが顔を上げ道路を見る頃には、遠ざかり始めていた。
林から道路に飛び出す。――片方の下り坂から、別のカーブの向こう側に消えていこうとする黒い姿を、彼らは確かに視界に捉えた。
「‥‥あれですね」
「倒したら鍋代わりにするのも有りでおざりましょうか」
クリストフ・ミュンツァ(
ga2636)の言葉に続いて、彼のお目付け役でもあるヴァルター・ネヴァン(
ga2634)が口を開く。キメラを食べるのはいささか気持ちが悪いと思う者もいないことはなかったが、口にはしないでおいた。
「やっぱりこのキメラはあれでしょうか。路側帯に足をかけたりとかするテクニックをお持ちなんでしょうか‥‥色々、謎はつきません。ぶるぶるばきゅんですか、それともぶろろろろーなのか‥‥」
「――では、私が相手になろう。それで確かめられるはずだ」
うーんうーんと悩みふける巴の横で、UNKNOWN(
ga4276)がここまで引き摺ってきたバイクに跨る。貸し出されたバイクは本来彼が希望したものの性能には遠く及ばないものだったが、ここに来た本当の目的も踏まえ妥協した。
ゆっくりとバイクを走らせ始めた彼の背を見送りながら、霞澄が呟く。
「私達がいる場所が、終わりの無いレースのゴールになるよう‥‥」
「キメラが来る前にこっちも作業開始だ」
アキラの言葉に、その場にいた全員が肯いた。
リゼットと巴、霞澄が林から木を切り出し、それをドクターの指示のもとアキラとヴァルターが道路に運び、積み重ねていく。充分に育ってから切り取られた木材は、ドクターの狙い通りのバリケードを作るには数本で充分だった。予め巴が幾つかの木に切り傷を作っていたこともあり、思ったより時間もかからずに済む。
一方双眼鏡と呼笛を携えたクリストフは反対側の森に入り、やや斜面を登ったところから二箇所の下り坂とその向こう側を見渡せる場所を探す。手頃な場所を見つけた彼は、ヴァルターをそこへ呼んだ。彼もまた双眼鏡を持ってきている。
バリケードと監視台の両方を完成・確保すると、
「さて、あとは待つだけだね〜」
ドクターがそう言ったのを合図に監視の二人は森へ入り、他の者たちはキメラの進行方向から見てバリケードの向こう側で待機し始めた。
キメラは先ほど音だけで推察したほどには、速度を出していないようだった。
それは限界速度だからか、それとも退屈だからなのか。理由はともあれ、追いつくには好都合だ。
UNKNOWNはクルージングを終え間もなく、道路を駆け抜ける黒い姿を視界に捉えた。カーブを利用し一気に差を詰めていく。
ついにキメラの横に並んだ彼は、微笑を浮かべ無言のまま顎で前を指し示す。勝負の意思を伝える。
そして彼は覚醒し、危険領域まで速度を上げる。
相手を得た黒い鱗を持つキメラは、彼に追いすがった。
――否。人の姿を見かければ、そこはやはりキメラだとUNKNOWNは思い知ることになる。
「――ッ!?」
バイク全体に走った衝撃に、彼のハンドルを握る力が一瞬弱まった。大きく揺らぐ車体。彼は慌ててハンドルを握り締め、体勢を立て直す。
一時的にバイクよりも速度を上げたキメラが、斜め後ろから追突してきたのだ。かなりの速度を出しているバイクにぶつかれば自身の衝撃もそれなりに大きいはずなのだが、キメラはすぐ後ろをぴたりとついてきていた。
このままぶつかられ続ければバイクはおろか、攻撃手段を考えていなかった自分の身が危ない。
――そんな危機感を覚えた彼が役目を終えるまで走り続けていられたのは、もはや意地と幸運のおかげとしか言いようがない。
「来たでおざるッ!」
森から双眼鏡で遠くを眺めていたヴァルターが小さく叫ぶ。双眼鏡越しの視界には確かに、UNKNOWNとキメラの姿がある。
クリストフの反応は素早かった。すぐに思い切り息を吸い込み、手にしていた呼笛に吹き込む。
――ピィィィ‥‥!!
甲高い音が、周囲に響き渡った。それを合図に下のカーブでは、待機していた能力者たちが各々覚醒を終える。
クリストフとヴァルターもすぐに覚醒し、森を駆け下りて彼らに合流する。
その直後、激しいスリップ音がバリケードの向こう側で響いた。
更にその数瞬後――鈍い激突音と、木材が崩れ落ち道路に衝突した音が立て続けに鳴り響く。バリケードを突き破り、キメラが姿を現す。
しかしそれで敵が他にいることに気がついたキメラは、速度は多少落としてしまったもののまだ走ることをやめようとはしなかった。視界の代わりである本能の働く範囲に入る下り坂。その先に、アキラの気配を捉えたことも恐らく走り続ける理由だ。ほぼ真横にいた他の能力者よりも、スピードを出して轢き潰しやすいアキラを選んだのだろう。
新たな獲物に喰らいつかんと加速しかけたキメラだったが、
「一撃必殺、セレスティアル・シュート!」
背中に三対の幻像の翼を生やしている霞澄が放った渾身の一射が、鱗の隙間から腹部側面を射抜く!
SESの活性化により強化された矢はキメラをよろめかせ、そのスピードをがくんと落とした。折角落ちた勢いが下り坂で再度ついてしまう前に――
「――ッ!」
盾『アミッシオ』を前に構えながら一瞬にして零距離に接近したアキラが、その勢いのままにキメラに体をぶつける。
それは必ずしも満足な衝撃とは言えなかったが、キメラの爆走を止めるトドメには充分だったようだ。更に走りを弱めたキメラはよろめきながら山側のガードレールに衝突し、ぽてんと倒れる。
成すべきことはこのキメラの討伐。能力者たちの攻勢はまだ終わらない。
「もう走らせませんよ」
クリストフは赤くなった瞳を細め、ライフルの照準を合わせる。横向きに転んだキメラの足の付け根に、放った弾丸がめり込んだ。続けざまの痛撃にキメラが奇声を発した直後、
「ここで終わりでおざりまする!」
ヴァルターが未だ起き上がらないキメラに接近し、増強させた筋力を用いて今度は鱗の装甲越しに衝撃を加える! 装甲が打ち破られることはなかったものの、キメラは軽く吹っ飛ばされ再度ガードレールに直撃した。
更に畳み掛けるように、
(「キメラの癖にスピードキングになりたいなんて、百年早いっ!」)
心の中でそう叫びながら、髪が黒く変色したリゼットが剣を突き出す。その一撃はキメラの腹部に深々と突き刺さり、一際大きな――耳をつんざくようなキメラの奇声が山に木霊する。
ひとしきり叫んだキメラは、そこでようやくむくりと起き上がると、再び身体を丸めその場で回転し始める――回転する鱗と地面との摩擦が生み出す鈍い轟音は、復讐の意思なのか、或いはここにいる人間全てを轢き潰さんとするキメラ本来の意思の表れか。能力者たちには心なしか、鱗の黒が更に深みを増したように見えた。
その意思のままキメラは零距離にいる前衛の間を縫い、未だやや距離を置いていた巴やドクターがいる方向に一気に加速し迫る!
「ひゃひゃ〜!?」
体当たりで横に弾き飛ばされるドクター。目元に赤い線を走らせた巴が、勢い余って過ぎ行くキメラに流し斬りを叩き込もうとする。だがタイミングがずれ、掠めただけに終わってしまう。何とか着地したドクターは眼球を光らせながら自らに練力による治療を施した。
勢いづいたキメラは、能力者たちとやや距離を置こうとした。が、
「少し可哀想ですが‥‥逃がしません!」
更に距離を置いたところにいた霞澄の矢が痛みを生み、動きを緩める。瞬天速で再度キメラの前に立ったアキラの盾に激突し、キメラは回転を止めた。
まだ、戦いは終わらない。終わらせない。
逃がしはしないし、生きては帰さない。
キメラと能力者たちの互いへの意識はそういう意味ではあまり変わらない。ただ大きく違うのは、その更に先にある未来の形。
装甲ではなく腹部を何度も刺し貫かれ、衝撃を与えられたキメラだったが、その本能がどこまでも能力者たちの殲滅へと駆り立てているようだ。どんなに深い傷を負っても逃げることはせず、衰えぬ勢いのままに能力者へと向かっていく。
が、数的に優位に立っている能力者たちの優勢は、アルマジロキメラ一匹の能力では覆しきれるものではなかった。本能だけを頼りに突き進む体当たりは傷が増えるにつれ精度が鈍くなり、その代わりに受ける一撃一撃が次第に致命的なものになっていく。
「我が輩のエネルギーガンが火を噴くぜ〜!」
特にキメラにとっては誤算だったのは、その堅牢な防御力を無力化してしまうドクターのエネルギーガンの存在だったろう。物理的衝撃に比べ、エネルギーには弱かったのだ。
それでもしぶとく起き上がり続けるキメラだったが――ついにそのときは訪れた。
「そろそろ倒れてもらいましょうか!」
クリストフが何度目かの射撃をし、腹部中央を穿つ。そして、
「これで――どうですっ!」
うつ伏せに倒れたキメラの鱗めがけ、巴が渾身の豪破斬撃を叩き込む。
自身の傷に加え、それまでヴァルターが執拗なまでに鱗越しに攻撃を加えてきた積み重ねもあり――若干ヒビが入っていた鱗が、音を立て割れる。
そのまま巴の剣が肉に深く食い込むと、痙攣を起こしていたキメラは徐々にその挙動が弱々しくなり――やがて、動かなくなった。
「やった‥‥」
「割と単純な敵でしたが‥‥」
「それだけにしぶとかったね」
剣を引き抜き肩で息をしていた巴の両脇に、霞澄とリゼットが並びながら言った。二人とも、既に覚醒を解いている。それを見て巴も覚醒を解く。
するとキメラの死骸の元へ、スピード勝負で負った傷を受けてそれまで休んでいたUNKNOWNが酒を携えてやってきた。ちなみに彼のみならず、バイクの方にも少なからず損傷が出ている。借り物だけに、尚更修理する必要があるだろう。
「いい勝負だった‥‥スピードキングはお前だ」
真上から死骸に酒を零しながら、静かに言う。本能による妨害などなく純粋な勝負だったなら、もっと満足できたかもしれない。
「しかし何故キメラを転がしっぱなしにしていたのかね、バグアは」
アキラのその問いに明確な答えを出せる者は、いない。
もしも答えがあるとするなら、それはたとえ数が少なかろうと『人がいる地』をバグアは恐怖に陥れたかったからかもしれない。
もっともその上で、野良だと思しきこのキメラの意思が、山を延々と回らせていた可能性もあるが――真相は闇の中だ。
「さて、そろそろ片付けて帰りましょうか」
霞澄の言葉に皆が肯き、一同は散らかした木材やキメラの死骸を片付ける作業に入った。