タイトル:オアシスを作りに。マスター:津山 佑弥

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/06/29 23:48

●オープニング本文


「うーむ‥‥」
 男は悩んでいた。
 彼の目の前に広がるのは、物ひとつ置かれていないビルのワンフロア。
 フロア面積は決して狭くはないが部屋はひとつしかなく、仕切りと言えば今のところフロア隅のエレベーターホールと部屋を隔てる壁くらいのものである。
「どうにかしろって言われてもなあ」
 頭を抱える。
 男はあるデザイン系の会社勤めで、今いるこのフロアはその会社でフロアデザインを請け負うことになった物件だ。
 彼はそのプロジェクトの責任者なわけだが――何せ会社自体が作り立てで規模がかなり小さい。
 そのため軌道に乗せるためには少しでも大きなプロジェクトを担当するしかないということで、「人々に癒しを与えられるような空間にしたい」という顧客側の希望しかない仕事を請け負ったのである。
 ちなみに通常『フロアデザイン』というと床や壁などのコーディネイトを指すものだが、何と今度の仕事ではそれだけでなく部屋に置くものも全てこちらの判断でやってくれ、というのだ。
 フロアデザイナーとしての経験が決して浅くはない男としても、ここまで丸投げされると少々困ったものなのだった。
(「こういうのは、実際に癒しを求める側がどういったものを求めているのかを参考にするべきかな」)
 いつしか男の思考はそんな所に行きついていて。
 癒しを求める人々――。
 男の脳裏に真っ先にイメージされたのは、常日頃バグアとの戦いを繰り広げるUPC軍や能力者のことだった。

 梅雨。夏は近いが雨も多い。自然、気分もじめーっとなりやすい微妙な時期である。
「‥‥じめーっとしたり疲れがたまりやすいのは、別に能力者に限った話じゃないでしょうけど」
 朝澄・アスナは執務室の机に座り、その依頼文書を眺めた。
 机に肘をついており、視線は何となくぼけーっとしている。
 執務室には依頼請負者募集の掲示を見て集った能力者たちの姿もあるにも関わらず、だらしない姿勢になっている辺り――彼女自身も多少疲れがたまっているようだ。
「ともかく、依頼よ。
 皆にやってもらいたいのは、このフロアのデザインプロデュース。軍人や傭兵だけでなく、民間の人々にとってもそこに行くと『癒される』と思うような空間を考えて欲しいの」
 三人寄れば何とやら、ならば八人集えばさらに広い視点からそういったものを考えられるのではないか、というわけである。
「普段戦闘ばっかりしてて、兵舎で誰かと話していてもどうしても‥‥って時もあるでしょう?
 そんな時に皆が行きたいって思うようなところをイメージすればいいんじゃないかしら」
 もし完成したら私もそこに行ってみたいし、皆がどんな空間を作り上げるのか楽しみにしてるわ。
 アスナは説明の末尾にそんな言葉を付け加えた。

●参加者一覧

石動 小夜子(ga0121
20歳・♀・PN
白鐘剣一郎(ga0184
24歳・♂・AA
ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416
20歳・♂・FT
UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
レティ・クリムゾン(ga8679
21歳・♀・GD
女堂万梨(gb0287
28歳・♀・ST

●リプレイ本文

●それぞれに理由がある。
 その日、能力者たちはUNKNOWN(ga4276)の提案もあり、実際にプロデュースする部屋を下見しながらアイデアを練ることにした。
「‥‥近頃少し、疲れているかな」
 道すがら、ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416)は肩をこきこきと鳴らしながらそんなことを言う。
 ――日々続く戦いに身を投じていれば、心身ともに疲れてくる。
 その疲れを癒す場所――ホアキンはそれを切実に望み、もしフロアが完成したなら自分も利用しようと考えている。
 似たような目的を持って今回のプロデュースに参加した者がもう一人。レティ・クリムゾン(ga8679)である。
 自分がゆったりとくつろげるスペースを作りたい――。
 それでデザイナーが喜ぶかどうかは分からない、が。

 フロアに到着する。
 まだ当然ながら何もない。塗装すらもロクになされていない有様だが――これからこの空間は、人々に癒しを与える空間に生まれ変わるのだ。

●都会のオアシスは二面構造。
 UNKNOWNが淹れた紅茶を手に、能力者たちはテーブルを囲い話し合いを始めた。ちなみに、彼らに依頼したデザイナーも同席している。
 基本となるコンセプトは、ここに来る前から既に決まっている。
 岩盤浴エリアとアロマなどによるリラクゼーションエリアという二つのエリアを設けること――。
 今はそれぞれのエリアに関し、個々が持ち寄ったアイデアを擦り合わせて細部を詰める工程に入っていた。

 まず真っ先に決めるべきは、内装。
 壁紙は淡いトーンのものを用い、高いところにある天井だけは白。
 床は基本的にフローリングだが、女堂万梨(gb0287)が「自然の中でお昼寝」というコンセプトを持ち出してきたことも踏まえ、一部芝になっている。その付近だけは壁紙も木を模したものにした。
 アロマエリアは夕方以降プラネタリウムとしても利用できるようにすることも踏まえ、天井に二台設置するシーリングファンは静音性が高いものを用いることにする。
 パーテーションは最低限――そうすることで視覚の癒しを得ることができるという万梨の主張に加え、石動 小夜子(ga0121)が提案した窓を大きく取るという案も圧迫感をなくすためには効果的だろう。フロアのパーテーションは最終的に二つのエリアと、その共通の入口となるフロントだけというものになった。ロッカールームやトイレもフロントに設置することにする。
 レティが提案した物品の配置案には一切の無駄がない。あまりデザインと関係がないのでは、とデザイナーは言ったが、レティは
「実用を伴ってこそのデザインが欲しかったのだろう?」
 と切り返した。デザイナーもこの切り返しにはその通りと返さざるを得なかった。

 時計を置かないことで時間の流れを気にすることなく過ごすことができ、室内に流れる穏やかな環境音楽もそのゆったりとした感覚をさらに人の中に溶け込みやすくする。
 時間や周囲の流れとは完璧に切り離された、自分の世界、自分だけの癒しの空間――それが徐々に形を見せ始めている。

●きめ細やかなサービスとセキュリティが自慢です。
 一通り内装が決まれば、次に決めるのはサービス面のことだ。
「俺たち傭兵はとかく体を張っての仕事が多い。
 故に自己管理はある意味必然的ではあるんだが‥‥どうしても行き届かない所があるのは否めないのが現実だ」
 その意味で、マッサージは必要だし需要もあるのではないか。白鐘剣一郎(ga0184)はそう主張する。
 マッサージという言葉は他にも数人が考えてきていたこともありその案は即可決。ちょうどリラクゼーションチェアを置くという案も出ていたので、ある程度長い時間をかけなければいけないマッサージの待ち時間をそのリラクゼーションチェアで過ごすということでいいのではないか、という話にまとまった。待ち時間の間にくつろいでおくだけ、実際マッサージを受けた時の心持も楽なものになるだろう。課題を挙げるとすれば腕のいいマッサージ師を複数人確保できるかどうか、ということだが、こちらはデザイナーがフロアを経営する会社と話し合ってどうにかするらしい。

 次に小夜子が猫との触れ合いコーナーを設置することを提案した。
 アロマエリアの一部を利用し、人懐っこい猫を数匹放し飼いにしておく。そこに行けば猫と自由に遊ぶことができるというものだ。
「動物と触れ合うのは癒されますし、とてもリラックスできると思います」
 猫用玩具なども貸し出せば大人気になると思う。小夜子は控えめながら自信ありげにそう語った。

 レティがこだわりを見せたのは、『癒し』以外に彼女が考えていたコンセプトである『ゆとり』と『安心』の実現だった。
 アロマエリアとフロントを区切るパーテーションを半分ほど取り払い、そこをダイニングキッチンとする。パーテーションを更に切り詰めエリアの場所を広げ――つまりより開放的にしたことで『ゆとり』を実現し。
 代わりにフロントの前のセキュリティを二重に設置することで『安心』を実現する。
 安心できる空間だからこそ開放的に出来るし、開放的にするからには安心できるものでなければならない。レティはそう主張する。
 セキュリティという言葉に反応しUNKNOWNは岩盤浴エリアに防犯カメラを設置するよう提案した。――セキュリティがさらに強固なものになるため真っ向から反対するものはいなかったものの、結局話がうやむやになるように会議が流れたのは、一部にある種の予感があったからかもしれない。
 それはさておき、
「これが私の考えるデザインだ。一人暮らしの女性が欲しい要素を詰め込んだ。この部屋なら喜ぶ事間違いなしだ。
 ‥‥私は駐車場が無ければ満足しないがな」
 駐車場ならビルのすぐ近くにありますよ、とデザイナーが言うと、そうか、とレティは一瞬だけ微笑んだ。

 更にホアキンの提案でダイニングキッチンの隣にバーコーナーが設置されることになった。
 これで岩盤浴の後に飲み物だけでなく料理も味わえることになりそうである。

 ――更に細かいレイアウトまで詰め。
 完成した設計図を見てデザイナーは
「‥‥贅沢の限りを尽くした、でも厭味さを感じさせない――まさに癒しのためにある空間ですね」
 と呟く。
 その表情は満足そうなものだったという。

●カタチになっていく時間。
 話し合いから数日後、能力者たちは再度フロアを訪れた。
 フロア内の改装作業を見学するためである。

 壁紙や床はすでに新しい姿を見せており、今は岩盤浴用の岩盤設置とプラネタリウムの機能設置を並行作業で行っているようだ。
 ちなみに今は保護材によって隔離されているが、アロマエリアの数か所には観葉植物が置かれ、エリアの隅には小さいながらガーデニングスペースが設置されることになっている。
 観葉植物の方は話し合いの後にUNKNOWNは花屋などを回り、室内に設置する植物を一週間で取り替えるレンタルが出来ないか交渉していたものだ。一週間は流石に厳しい、というものの、スパンを変えることでレンタル自体は交渉成立している。ガーデニングスペースは小夜子の提案で置かれることになったもので、ラベンダーやライラック、ハスカップなどが植えられることになっている。
 それぞれの花言葉は『あなたを待っています』『思い出』、そして『幸福の再来』――。
 癒しという名の幸福の思い出は、『あなたを待つ場所』――つまりこのフロアを訪れることで、幾度でも味わい作ることができる――。
 フロア自体の名称もそれを踏まえて考えられることになった。

「しかし、これだけ複合型のリラクゼーション施設になると、一度に受け入れられる客の数は限定されそうだな」
 剣一郎はそんなことを言う。確かに、と誰かが肯いた。部屋にいる人数が多いということは、それだけである種の圧迫感を与える。
 いっそ完全予約制にしたらどうか、という剣一郎のちょっとした提案に、ちょうどその場に居合わせていた実際に経営を行う会社の人間が「考えてみます」と答えた。

「‥‥早く完成しないかな」
「実際に体験してみたいですね」
 ホアキンの言葉に、小夜子が肯く。
 流石に一日二日で出来るものでもないから完成はほんの少し先になるだろうが、それでも体験できる日はそう遠くはない。
「私も、いつか来よう」
 UNKNOWNはそう言って、被っている帽子の鍔をそっと手で下げた。