●リプレイ本文
●巨大キメラ、襲来。
普段はショッピングに訪れる人が多く賑やかな街並みも。
人払いが行われた後になるとまるでゴーストタウンと化したかのように静けさを全面に押し出している――。
「一角獣の形を象ったスライムキメラだと? そのようなものがいるとは‥‥」
風閂(
ga8357)は、依頼を受け街を訪れた今となっても信じられないといった様子で首を捻った。
それもそうだろう。バグアの意図など知る由もないが、なぜに融合した形がユニコーンなのか。考えても謎は深まるばかりで結論は出そうにない。
「なんか、凄いことになっているような気がします」
リゼット・ランドルフ(
ga5171)はそう言いながらも、地図のチェックに余念がない。
今能力者たちがいるのは、二軒のショッピングビルに挟まれた間の道だ。挟まれた、と言ってもそれなりの広さがある遊歩道で、普段人が横に広がって歩いても何ら問題にはならない。
ただ、この広さをもってしても――これからこの街に襲い来るというユニコーン、もといスライムキメラの巨躯がすんなり通れるか、となると危ういところのようだ。
「僕、この辺の出身なんです。懐かしいな‥‥」
言葉通り穏やかな様子で周囲を見回しながら呟いた佐倉霧月(
ga6645)は、しかし次の瞬間、
「――だから、絶対にここの街も人もバグアには傷つけさせません」
一気に表情を険しくする。故郷を護る――そうするだけの決意を以って今彼はここにいた。
一方、
「‥‥ユニコーンの角は万病に効くと言われている。――ネットオークションで高く売れそうだ」
夜十字・信人(
ga8235)は真顔でこんなことを言ってのける。
キメラだとか、そもそもスライムで出来てるんだからとか、そんなことはこれっぽっちも考えずに素で飛び出した言葉らしい。
誰かが突っ込んであげたなら彼もその辺りの間違いに気づいたかもしれないが、残念なことに思い込みは思い込みのままになりそうだった。
「来た!」
神威 翼(
gb0182)が叫ぶ。
わざわざ双眼鏡など使う必要もなく、すぐにそれが敵だと判断出来た。それだけの大きさなのだ。
建築物という足元の障害が邪魔をするのか、キメラの足取りはあまり速くはない。
ただ図体がでかいだけに、一歩一歩の歩幅が馬鹿にならない。遠くに小さく見えたと思った少し後にはもうキメラは街に突入しようとしていた。
――そして能力者たちも、動き出す。
●小さなことからコツコツと。
「大きくなればいいもんじゃないってことを教えてやろうか」
カルマ・シュタット(
ga6302)は駆け出しながらそう言い、次いで刀を鞘から抜き放つ。それを合図に他の能力者たちも駆けだした。
街に襲い来る巨大キメラの足元へ向かう――敵の正面から現れては、存在を認知された瞬間に粘着性の蹄の餌食にされかねないので、能力者たちは建物の陰などに隠れて側面に回り込む方法を選んだ。
一度二軒のショッピングビルの間の道を出て、そのうち一軒のビルの陰にある道へと回り込む。そしてその先の角を曲がり、再びキメラがよく見えるようになると――ちょうどキメラは、そのビルのすぐ手前まできていた。
こちらに気づいている様子は、ない。
「――馬の形をしている以上、足がなければ動けないでしょう?」
真っ先に至近距離に詰めていた霧月がイアリスでの一撃とともに言い放ち――続いてリゼット、カルマのソニックブームが相次いで放たれる!
図体が大きいだけに一発あたりのダメージも些細なもののはずだが、能力者たちはまずは一本の脚を集中して落とすことに決めていた。右の前足を衝撃波の三連発で抉られ、キメラの巨躯が揺らぐ。
「金曜日の悪魔〜」
揺らいだ隙を見て、熊谷真帆(
ga3826)が一気に距離を詰める。
逞しくなった全身の筋肉をフルに使い、揺らいだ元である右前脚に更に斧での一撃を振るった。
そのまま一撃離脱態勢に入ろうとした真帆だったが――どうやらここまで来ると、流石のキメラも敵の存在に気付かないわけがなかった。
――真帆の背後から蹄の一撃が襲う!
「きゃあっ」
幸い、左の前足による無理な体勢からの攻撃だったのでクリーンヒットはしていない。ただし背後からやられたのでは防ぎようがなく、結果として蹴り上げられる格好になった真帆は数メートル吹っ飛んだ。真帆と同じようにヒット&アウェーを目論んでいた水無月 魔諭邏(
ga4928)や風閂も真帆がこちらに吹っ飛んできたのを見て蹈鞴を踏む。
「無茶をするでない。焦らず、じっくりと攻撃しようではないか」
ちょうど抱きとめる形になった風閂が、そう言って手早く真帆の傷を救急セットで治療した。
真帆の存在を追って体の向きを変えるキメラ。――しかしそこには、既に三人以外の能力者の姿はなく。
「‥‥援護する」
キメラにとっては予想だにしない側面から信人の射撃が見舞われ――更には先ほど同様ソニックブームや、今度は接近していたカルマの斬撃がやはり右前足に決まる。
あまりに小柄な、複数の敵に逆に困惑することになったキメラは、空いている方角に向って駆けだす。
戦闘態勢を整えるつもりのようだが――実はそれすらも能力者たちが仕掛けた罠であったりもして。
●ボールにはなりたくない。
一度距離を置こうとしたキメラだったが、それを能力者たちは許さなかった。
射撃やソニックブームなどの遠距離攻撃だけでなく、こちらは態勢を立て直した真帆や魔諭邏などによる一撃離脱戦法も実行者が更に増えたことで機能し始める。
結果キメラは立ち止まり振り返る余裕さえできず、ただ足を削られながら能力者たちの前方を逃げ惑うことになった。
その逃避行の終着地は、皮肉にも少し前にバグアの襲来で破壊されていたスタジアムの跡地だった。
破壊の後、再建する前に一度更地にした状態――被害を出さずに戦うにはもってこいの場所である。ここに上手く誘導できたのは、この街を故郷とする霧月の記憶と、予め地図を読み地形を把握していたリゼットの準備によるものが大きい。
そこに至るまで能力者たちはひたすらに右前脚を削り続けていた。攻撃を加えた際に分離したキメラの破片が未だ生を保ち溶解液を放ったり、またキメラの移動速度を上回り勢いあまってキメラの前に出てしまい、左前足で蹴っ飛ばされるようなこともあったが――経過だけ見れば順調にキメラの生命を削ぎ落としている。
キメラが放った溶解液もほとんどの者が対策をしており、運よくかわすことができたこともあったりして、今のところはまだ被害らしい被害は受けていない。
そしてスタジアム跡地の、ほぼ中央で――。
「これでどうです!」
魔諭邏が放った斬撃は、とうとうキメラの前足を切り離した。キメラには流石に堪えたらしく、前のめりに倒れこむ。
右前足の残骸は流石に大きく、まだそれだけで十分な生命を保っていた。こちらは溶解液を吐かれるのを避けるために、数人がかりで速攻で潰しにかかる。
一方キメラ本体には、
「こんな、心も魂もない相手に――誰も傷つけさせたりなんかしない、絶対に!」
霧月が背後から放ったソニックブームが首筋を打ち、
「大変なことになる前に‥‥!」
襲った衝撃の余韻に浸る間もなく、今度はリゼットの大剣による一撃が横腹を切り裂く。切り裂いたといっても飛び散った破片は狙い通り小さく、それきり動かなかった。
しかし、足を傷つけられ動けなくなっても、ユニコーンは自身での攻撃の意思を失ってはいなかった。
背後にいた信人や翼に、不意に厭な予感が襲う――その刹那、崩れ落ちた体を支えていたはずの左後足が振りあげられた!
後ろに蹴っているだけに狙いどころがいいわけがないのだが、運はあまりよくなかったらしい。振り上げられる軌跡上にいた翼を、信人はとっさに庇う。
翼は突き飛ばされ無傷、代わりにキメラの攻撃を受けた信人はだいぶ吹っ飛ばされることになったが、
「‥‥気にするな。まあ、そこそこに硬い」
攻撃圏内へと戻ってきた彼は平然と言い放った。そして自らの力を活性させると、間もなく敵に向かって駆けだす――その背には彼が幽霊と呼ぶ幻影の少女もしっかりとついてきている。
「チェェェストォ!!」
自分の行動はあくまで味方の支援のため。クロムブレイドを必要以上に思いきり振りまわし、キメラの胸元から足首へと大きな傷をつけた。
■
戦闘は長引いたものの、それはキメラの図体の大きさによる生命力のせいで。
途中からは勝負そのものの結末は火を見るより明らかになっていた。
「スライムの寄せ集めになど、僕の故郷が破壊できるものか!」
イアリスを振いながら、霧月は叫ぶ。その身が纏う炎は、破壊をさせない――護るための意思の象徴ともいえた。
すでにキメラはユニコーンとしての原型を保ってはいない。あるのは胴体より上だけだ。
「‥‥少し試したいことがある」
戦闘の激しさも少しずつ収束しつつあった時、風閂はそう言って長弓を構えた。
それを見たカルマが
「偶然だな、俺もなんだ」
と、こちらはショットガンを構える。
二人の狙いは――ともに、一角獣の角。
逃げる手段をすでに失っている敵を相手に、狙いを外すわけがなく。
――角への攻撃は、既に疲弊しきっていたキメラには大きな打撃だったようだ。
攻撃を加えてもいない部分が細切れに分離し始め、頭をぶんぶんと振り回す。
それを見て勝利を確信した翼は――跳躍し、
「これで―――チェックだ!!」
まだ少しだけ根元部分が残っていた角に、一撃を加える。
角だった部分が完全に頭から削げ落ちると同時に――ユニコーンの形を保っていたそれは、どろどろした無生物へと化していった。
●怪獣映画のようなことにならずに済みました。
「この程度の損害でよかった。もう少し暴れられたらまずかったな」
カルマが街を見渡しながらこんなことを呟いたのは、能力者たちが戦闘後の治療を行っていた時のことだ。
誘導するまでに通った道のこともあるので、キメラの襲来による被害が全くなかったということはない。
しかしながら通常以上に開けた状態のスタジアムへの誘導は、最終的な被害を最小限に留めたといってもいいだろう。
「よかった‥‥」
と、霧月が胸を撫で下ろすのも納得といえるだろう。
街の平和が守られた中ちょっとばかり不幸な目に遭ったのは真帆で、
「わ〜んお嫁にいけな〜い。誰か貰って〜」
どこからか持ち出してきた毛布にくるまってそう泣いている。特に対策らしい対策もしていなかったこともあり、どうやら戦闘中に衣服をいくらか溶かされてしまったらしい。
大声で泣く真帆を、両脇から魔諭邏とリゼットが慰めた。
風閂と信人、翼はこの時にはすでに後処理を手伝っていた。
「ユニコーンの角も溶けるものなんだな‥‥」
砕け散った瓦礫を片しながらの信人の呟きは、風に乗って何処かへと消える。
――だからキメラなんですって。とは、誰も言おうにも言えなかったという。