タイトル:消えぬ幻の輝きマスター:津山 佑弥

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/05/31 00:38

●オープニング本文


 貴方はもう居ない。それは分かってる。
 貴方がここに来ることはもう二度とありえない。それも分かってる。
 それでも、私はここを離れるつもりはないの。

 ――たとえ、不吉な鳴声が聞こえ始めても。

 ■

「人類が本格的にバグアに対する反抗を始める前の話になるんだけど」
 ディスプレイと向かい合って座っていた朝澄・アスナは。
 部屋に能力者たちが集ったことを横目でちらりと確認し、すぐに視線の先をディスプレイに戻した。
「ある男性能力者が、アジアでの戦いに赴いてそこで命を落としたわ」
 依頼斡旋で呼び出されたはずが急に昔話を始められ、能力者たちは戸惑い顔を見合わせる。
「彼の名前はマティアス。彼には、生涯を通して守り抜くと誓った女性がいたの」
「妻か?」
「いえ。愛し合ってはいたけれど、正式に夫婦となる手続きはしていなかったみたい。
 ――というか、出来なかったのよ」
「なぜ?」
 ‥‥女性――アデールさんを拾った彼がこの世に居ない以上、事の経緯は闇の中なんだけど。
 彼女には、彼と出会う前の記憶がないそうよ。勿論本来の自分を探しもしたけど、駄目だったらしいわ」
 能力者たちの間に、軽い驚きが走る。
 それと同時に、二人が夫婦の契りを交わせなかった理由にも思い当たった。
 ――自分の本名も戸籍も分からなかったら、手続きしようにもできるわけがない。
「記憶を失っていた自分を拾ってくれたマティアスさんは、アデールさんにとって間違いなく大きな存在で。
 もう増えることがないからこそ、愛し合っていた二人の思い出はアデールさんにとって大切なもの。それは分かるでしょ?」
 アスナのその言葉に、能力者たちは各々肯定の反応を返す。
 その反応にアスナは満足げに肯くと、表情を険しいものに変えた。
「――前置きが長くなったけど、ここからが本題よ。
 今、彼女にはキメラの脅威が迫っているわ」
 欧州の某国内の森。
 中には小さな湖があり、アデールはその湖畔に建つ家――もともとマティアスと二人で住んでいた家で今は一人で暮らしている。
 その森にキメラが住み着くようになったのはここ最近の話。
 森から近いところにある村でキメラによる被害が出始め、日が経つにつれ森から不吉な鳴声が増えてきているという。
 ULTに連絡を入れたのは、生前のマティアスとアデールの関係を知っている村人だ。だからこそ、森の中で暮らすアデールの身を慮った。
「流石に危ないから、依頼人も一時的に森から離れるよう促したそうよ。
 でも――彼女は全く揺るがなかった。彼と暮らしたこの家から離れるくらいなら、って」
 無茶な、と一人の能力者が呟いた。まったくね、とアスナも小さく肯く。
「ただ、たとえ私たちが理解出来なくても――彼女にとっては大事なことなんじゃないかしら。
 ものにしても、思い出にしても、その家にはマティアスさんとのすべてが詰まっているんだと思うわ」
「ロマンチックなことを言う」
「放っておいて」
 アスナは一度溜息をつき、それから再び表情を引き締める。
「今回の依頼――依頼された大きな目的は二つあるわ。
 ひとつはアデールさんの保護。もう一つは森に巣食うキメラの殲滅」
 幸い、森は広くはない。
 加えて鴉に似たキメラたちは数こそ不明なものの群れているようなので、鳴声を手掛かりに探せばすぐに見つかるだろう。
 ――ただし、広くはないということは、だ。
 ひとつの懸念が能力者たちの間に生まれるのに、さして時間を必要とはしなかった。
「彼女はまだ無事なのか?」
 すでにキメラに存在を察知されている可能性も十分にある。もしそうだったら――。
「今は、ね。無事のはずよ」
 アスナは表情を変えずに言う。
「家には地下室があるのよ。地下に続く階段は、床に隠された扉の下にあるから‥‥まだ気付かれてはいないわ」
 能力者たちはほっと安堵の息を吐く。しかしアスナは険しい顔のまま「ただ」言葉を続ける。
「それも時間の問題。彼女の体力の限界が近付いているはずよ。
 まして地下にこもりっきりだから、食料もそろそろ底をついているはず。

 ――どのみち村の人のことを考えたら、早めにキメラを討伐するに越したことはないわ。だから、お願い」

 その言葉に能力者たちが肯いた後――。
「それと、これはどちらかというと個人的な願いなんだけど」
 アスナは少しだけ表情を緩め、そんなことを言い出した。
「余裕があったらで構わないから、彼女を説得して、森から離れるようにしてもらえないかしら」
「どうして?」
「‥‥マティアスさんはもうこの世にいないことを、アデールさんは知っている。
 それでもまだ離れられないのは、ただマティアスさんとその場所が大事だから?
 それだったら村で暮らしても、たまに来ればいいだけと思わない?」
「言われてみれば‥‥」
「――きっと何かあるのよ。彼女をそこに縛り付けるものが。それを考えて、貴方達なりに説得をしてくれると私としては嬉しいわ。
 うまくいかなかったとしても、依頼が失敗したってことにはならないけれど、ね」

●参加者一覧

桜崎・正人(ga0100
28歳・♂・JG
愛輝(ga3159
23歳・♂・PN
ネイス・フレアレト(ga3203
26歳・♂・GP
ケイン・ノリト(ga4461
30歳・♂・FT
シエラ・フルフレンド(ga5622
16歳・♀・SN
リュス・リクス・リニク(ga6209
14歳・♀・SN
ラウル・カミーユ(ga7242
25歳・♂・JG
Cerberus(ga8178
29歳・♂・AA
エレノア・ハーベスト(ga8856
19歳・♀・DF
猫瞳(ga8888
14歳・♂・BM

●リプレイ本文

●悪意は静かな森を覆い隠す
 初夏の昼、気候も穏やか。
 汗こそ滲みはしないものの暖かな空気に包まれている――はずの森は、しかし外から見ても明らかに異質だった。
 実体のないまま飛び交う悪意、とでも称すればよいのだろうか。森の中を飛び交うキメラの群れが放つ凶暴さが、外にまで届く。
 その森の中で、今も佇む人がいる。
 森の中の家に固執している彼女――アデールは、恐らくキメラによって殺されようとも離れないだろう。
「頭で理解しても、心で受入れられないコトってあるよネ。
 ‥‥ソレ以外も思うとこはあるケド」
 ラウル・カミーユ(ga7242)は森を眺めながら一つ溜息をつく。
 アデールが森に固執する最大の理由――今は亡き愛する人・マティアスの存在。
 それについて思うところがあり、複雑な表情を浮かべているのがもう一人。
(「早く気付いてほしい‥‥」)
 愛輝(ga3159)である。
 自らの過去を重ね合わせ、縋る場所があるアデールを羨みつつ。
 それでも彼女が気が付くべきだと愛輝が思うこと。それは――彼女が自らの死を早めることは、間接的にしろ彼女を守ったマティアスの想いを踏み躙っているということだ。
 それを気付かせる――否、気づいてもらうためにも彼女を保護しなければならない――。
 思いを抱える者もいる中、能力者たちは森への一歩を踏み出した。

「ん〜っ♪ いい空気ですっ♪」
 森を歩く最中、シエラ・フルフレンド(ga5622)がふと思いきり伸びをする。
 魔の棲む異質感を肌で感じることこそあれ、身体の中に呼気として吸い込まれる空気は澄んでいて不快感はない。
 これでキメラが住んでいなかったら、どれだけ綺麗な場所だっただろうか。歩きながらそんなことを考える能力者もいた。

 一団となって森を往く能力者たちは、『未だ』敵を誘う気はない。
 その『未だ』が終わる瞬間は、幸いにして何の障害もなく訪れてくれた。――アデールが潜む家が見えてきたのだ。
 家の前に着くと、能力者のうち三人――ケイン・ノリト(ga4461)、Cerberus(ga8178)、それとリュス・リクス・リニク(ga6209)が集団から別れ、ケインとCerberusに関してはすぐに鍵のない家の中にこっそりと侵入する。
 他の能力者たちはそれを見届けると、踵を返して再び森の中に足を踏み入れる。そして――。
「‥‥来たらしいな」
 桜崎・正人(ga0100)が呟いたのは、アデールの家が木々に遮られてほとんど見えなくなった頃。
 正人のその言葉をきっかけに、一同は陣形展開――

 ばさ、という耳障りな羽音は、陣形が組みあがる一瞬前に猫瞳(ga8888)のすぐそばで響いた。
 
「――!?」
 脇腹を厭な感覚が通過した。次いで、かすかに痛みが走る。敵も目測を誤ったのか傷は浅いが、着ている服の裾がばっさりと切り裂かれていた。
 そしてそのことに能力者たちが気づいた時には、地面すれすれまで降下していたはずのキメラはすでに木の上に止まっている。
 予想外に疾い――。話に聞く嘴の鋭さを考えると、下手を打つと体を一刺しされかねない。
 キメラの先制攻撃――それはかのキメラが仲間をおびき寄せる手段でもあった。即ち、かすかな血の匂いを生むためである。
 能力者たちが今度こそ陣形を作っている間に、木々の上に集い始めたキメラたち。その数は十以上とは聞いていたが、十どころか三十はいる。もしかしたら五十近くいるかもしれない。
「鴉のお相手始めたカラ、そっちヨロシクー」
 ラウルが無線機越しに、アデールの家の中にいる面々にそう伝える。その言葉とは裏腹に、警戒の視線の先はキメラに注がれている。
 他の者たちも同様――そしてそれはおそらく、『敵』を認識したキメラたちも同じ。
 ――不意にキメラが、枝から足を離し翼を広げる。しかも一羽ではなく、三羽ほぼ同時にである。
 空中を舞うキメラたちを迎え撃つのは、シエラと彼女を囲うように展開した愛輝、猫瞳、ネイス・フレアレト(ga3203)、エレノア・ハーベスト(ga8856)の計五人。
 長い銃口を予め空に向けていたシエラが、急降下してくる一羽のキメラに向かって引き金を引く、が、
「うぅ〜っ、当たらないですっ」
 言葉通り、銃声は空しく響くだけ。
 シエラがいかにも重そうに銃を扱っているのを見てか、それまで様子を見ていたキメラたちも半分ほどが一斉に空へ舞い上がった。
 と、その大群のうちの一羽が高空に居た状態で撃ち抜かれる。五人の陣からは外れ木陰に潜んだラウルが研ぎ澄まされた視覚をもって引き金を引いたのだ。
 しかしキメラの一斉攻撃はそれで終わるわけがなく、次々と降下を開始する。
「返り討ちにしてやる」
 瞳が真紅に染まった愛輝は低い声で呟き、構える。彼めがけて舞い降りてきたキメラの突撃をひらりとかわし、再度距離が開くまでの一瞬の間に拳を敵の背に叩きこんだ。その隣では同様の戦法で、髪を血の色に染め上げたネイスが一羽を伸す。生命力はあまり高くないのか、キメラは一撃をまともに受けただけで大きなダメージを負ったようだった。
「さぁ、捌いてあげる覚悟して」
 向かってくるキメラに対しそう言い放ち、エレノアは金色の髪をなびかせてクロムブレイドを振るう――。まさに絶妙のタイミングで描かれた剣の軌跡の上にはキメラがおり、結局そいつはエレノアの横を通る前に力尽きた。
「しかし数が多いな‥‥面倒になりそうだ」
 ラウル同様に木陰を移動しながら、正人はサブマシンガンを構えてうんざりとしたように呟いた。

●消えぬ幻に縋りついて
「‥‥‥‥」
 森で戦闘が繰り広げられている頃。
 リニクは家の入口で身を潜ませていた。
 外には、家に入る前に張っておいた罠がある。現在単独行動をとっている彼女は仲間たちが既に交戦状態に入っていることを知らないが、こちらにもキメラに対する予防線を張っておいて損はない。
 ――彼女の背後にある居間では、地下と地上を繋ぐ床の扉が開け放たれていた。

 所詮個人の邸宅の地下室だ。階段を下りきるまでに、さほど時間を必要とはしなかった。
 下りきった先の木造の扉を前にし、ケインとCerberusは一度肯き合った後、ケインがゆっくりと開く。
「はじめまして。お体は大丈夫ですか〜?」
 ケインの声は地下室の中によく響き渡った。
 部屋の中は明かりがついており、決して暗くはない。一通りの家具を置いて人一人が生活するのに十分なスペース――ただそこには家具はなく、部屋の、そして家の現在の主が隅の方でうずくまっていただけだった。
 と、その主――アデールが、ようやくこちらの存在に気づき顔を上げた。ブロンドの髪はほつれ、頬はげっそりと痩せこけている。放っておけば確かにあと二日、寧ろ一日もつかどうかというくらいにまで憔悴している。
「貴方たちは‥‥」
「貴女を助けに来た能力者です」
 アデールのか細い声に対し、ケインが穏やかに言葉を返す。
 ケインは彼女の前に屈むと、ひとまずこれを、と持参した飲み水といくらかの食物をふるまう。その食物の中には、家の前での別れ際にラウルから受け取っていたイチゴもあった。キメラの恐怖には家の中に閉じこもることで勝てても、身体の異変に対してはどうしようもなかったらしい。餓えた様子そのままに、アデールは受け取ったものを次々に喉に通していく。
 ――彼女の食事はあっという間に終わり、
「さて」
 それを見計らってケインは再び喋りだした。Cerberusは彼の背後で、未だ無言を貫いている。
「貴女は何があってもここを離れないつもりだと聞きました。
 お差支えなければ、それが何故か訊ねてもいいでしょうか?」
「ここに来たのなら、貴方たちだって見たはずよ」
「――湖か」
 Cerberusの短い回答に、アデールは無言で肯く。
「今の私の記憶の最初にあるのは、マティアスに背負われて目にしたあの湖なの。森の中で気絶していたのを拾ったらしいのだけど、その時ちょうど気がついたのよ」
 太陽が半分ほど沈んだ時の空の色が、反射して輝く湖。
 それは本来が澄んでいるからこそ見ることができた光景で、記憶のないある種の純粋な状態にあるアデールの脳裏に焼き付くには十分すぎるほど美しかった。
 もちろんそれだけではない。それからマティアスと過ごした思い出の多くが、あの湖、湖畔でのものだという。
 話を聞いていた二人は、言葉には出さずに同じことを思った。――彼女にとっての湖には、マティアスの幻が住んでいると。
「このままだと、いずれ湖もキメラに汚されてしまうわ。そんなの、見たくない。
 どのみち私一人では何もできないんだから、汚されていくのを見ているよりは綺麗な光景を記憶に焼きつけたまま死んだ方がマシよ」
「でも、キメラは今ごろ私たちの仲間が」
「今倒しても、また別のキメラが現れない保証なんてどこにもないでしょう?」
 ケインの言葉を、アデールは即座に遮った。
「だから貴方たちはいろんなところに戦いに行く。‥‥マティアスだって能力者だったのよ。それくらい知っているわ」
 アデールはそう言って、悲しそうに眼を伏せる。愛する人の存在を、彼との思い出を思い出したのだろう。
 一度言葉を遮られたケインだったが、それを見て再度口を開いた。
「過去と愛する人を失った貴女の苦しみを、分かるなど安易に言いません。貴女と私は違う人間ですから」
 顔を上げるアデールに構わず、ケインはですが、と続ける。
「これだけは言わせてください――どうか生きて下さい。愛する人の幸せを願わない人は、何処にもいません」
 アデールは無言でケインの顔を見つめている。

「貴女が生きてゆく限り、貴女を救った彼もまた共に生き続けるのですよ」

 その言葉に、アデールは一瞬目を見開いた。
 彼女が生きていること。それはケインの言葉通りマティアスもまたアデールの中で生き続けることの他に、もう一つ意味がある。
「でも‥‥でも」
 それでも、踏ん切りはつかない。キメラから大事な湖を護る手段は、彼女一人では持ち得ないのだ。
 苦悩に表情を濁らせるアデールの額に、不意にCerberusが銃口を当てた。
「嫌な思い出は消したくなるものも分かる。だが、本当に思い人と離れたくないのならここで死ぬのか?」
 つい先ほどまでなら、彼女はここで肯いただろう。だが、ケインの言葉を受け動揺した今なら違う。
 答えられない彼女を見、Cerberusは銃口を離した。
「そうはせず、じっと生きてきたのならこれから先思い出を胸に閉まっても生きていけるはずだ。
 心の傷は消えないが人と触れ合うことで和らげることはできる。そうでなければ乗り越えろ。
 ――キメラに食い殺されるかもしれない中でそうしてきた貴様なら、できるはずだ」
 幻は居なくなっても、思い出はいつまでも彼女の胸の中にある。――無論、それは初めて見た空の色に反射する湖の光景も。
 まして、かつてマティアスという存在がいたことで記憶がないという大きなモノを乗り越えたように――これから人と触れ合うことで生きることもできる。
 震える彼女の瞳から、涙が一滴――こぼれた、その時。

『‥‥敵、来てる‥‥呼びかけ、続けて‥‥』

 Cerberusが手にしていた無線機から、リニクのそんな声が響いた。
 彼女の意図はいまいち掴みかねたが、Cerberusは彼女のお願いを聞くことにしている。
 何度も呼びかけ続けたが、しかし反応はそれ以後まったくなくなった――。

●幻の殻を破り
 戦闘は能力者の誰もが予想しないほどに長引いていた。
 キメラが素早いがためにその一撃を当てることが順調にはいかず、機敏さによって加味された敵の攻撃はそれなりの手傷になっていた。
 何より数が多い。危惧された一刺しはなんとか防ぐことはできたが、能力者たちの連携は数の前には意味をなさなくなりつつある。

 そして――不意に、アデールの家の近くから爆発音が響いた。

 能力者たちも、彼らに襲いかかっていたキメラたちも一様にその轟音に驚き、一瞬戦場が静かになる。
 次の刹那、爆発音が轟いた方角からキメラが数羽飛び去る光景が見えた。
 ――かと思えば、更に次の刹那には今まで能力者たちに襲いかかっていたキメラも次々と飛び去り始める。その間もラウルをはじめとするスナイパーたちは空へ上がっていくキメラを狙撃するが、まだ二十以上敵が残っている状態ですべてを撃ち落とすのは至難の技だった。
 結局十ほどにはそのまま空に逃げられ、戦闘を終えたことを確信した能力者たちは溜息をつく。
「何で逃げたんやろか」
「先に飛んでいった中にボスでもいたんじゃなイ?」
 エレノアの疑問にラウルはそう答えたが、真実は闇の中だ。
「それより、先ほどの爆発が気になります。そろそろ家に向かいましょう」
 ネイスの言葉に、一同は揃って肯いた。

 結論からいえば、爆発はリニクが仕込んだキメラ用の罠だった。
 Cerberusに呼びかけ続けてと頼んだ方の無線機はリニクの手元にはなく、三本の弾頭矢と一緒に森の中に置かれていた。家の近くに来ていたキメラは無線機から発せられるCerberusの声からそこに人がいると勘違いし、接近する――そこにリニクが、自らの武器のSESを活性化させて矢を放つ。すると着弾点にある弾頭矢が誘爆を起こす――というわけである。
 ともあれ――キメラの全滅こそならなかったものの、一応森を守ることには成功した。爆発による火災が発生しなかったのが幸いだ。
 幸いと言えばもう一つ。
 ――何事かと爆発に動じたせいでもあるが、ケインやCerberusと一緒にアデールも家の外に出ていたことである。
 まだ何か言うべき必要はあるか――。
 その問いに、アデールは静かに首を横に振った。
 そして、告げる。
 ――森を出て、新しい生き方を探すつもりだ、と。

 それから、彼女のこれからの幸福を願う意味も兼ねて家の外でささやかな宴が開かれた。
 アデールは能力者に対し塞ぎこむこともなく、終始穏やかな様子だった。
 記憶を失ってから、一度目はマティアスに。
 二度目は今ここにいる者たちに。
 能力者に救われた経験を持つ彼女にとって、塞ぎこむ理由など見つからないのだろう。
「ココ離れてもキミはキミ。新しいコト覚えて持って帰ればヨイ」
 マティアスとの世界に、アデールが何かを増やしていくことは今からでも出来る。
 そう言って笑うラウルに、アデールは微笑みながら肯いた。

 宴が終わる頃――。
 彼女とともに能力者たちが見た湖は、かつてアデールが美しいと感じた――夕空を鮮やかに反射したものだった。