タイトル:ビフォーアフターの宴マスター:津山 佑弥

シナリオ形態: イベント
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/05/12 00:30

●オープニング本文


「能力者だって人間なのよね」
 朝澄・アスナは、溜息混じりにそんなことを言い出した。
「泣くし笑うし、人によっていろいろな願望もあるだろうし‥‥」
「‥‥話が見えないぞ」
 何故か滔々と語り出したUPC少尉を見かねて、能力者の一人が口を挟む。
 それでアスナは我に返ったらしい。一瞬ハッとしてから、テーブルに置いてあった資料を手に取る。
「で、中にはその願望が『変身願望』だったりする人もいるわけ。
 それを企画にしちゃうんだから、テレビ局の人間っていうのはある意味大したものね」
 そう言いながら資料をひらひらと軽く仰ぐアスナ。
「戦闘ばかりしている能力者を『怖い』と感じている人もいるわ。
 そんなことはないんだっていうことをアピールするために、一般人がやってきたことを能力者にもやってもらおうって魂胆みたい」
 彼女が能力者に差し出した資料の表紙には、『能力者改造計画・企画書』とあった。

 一般人の能力者に対するイメージが変わること間違いなし!?
 戦いを潜り抜けてきた人たちだってこんな風になれちゃうんです!

 表紙をめくるとそんな宣伝文句らしい文章が躍っており、その次のページから概要が書かれている。
「私が言うのも何だけど、戦いばかりしている殺伐とした人たちって思われるのは心外だと感じる人もいるでしょ?
 コンテスト形式になってて賞金も出るみたいだし、たまには気分を変えてみる、くらいの気持ちで参加してみたらどうかしら」
 折角のGWだしね、とアスナは付け加えた。

「‥‥ところで、アンタは出ないのか?」
「え?」
 アスナによる一通りの説明が終わった後、一人の能力者が彼女にそう尋ねた。
「ほら、UPCの人間とはいえアンタも能力者なんだろう? 出る資格はあるんじゃないか?」
「う‥‥そりゃあ出れるなら出たいわ」
 どうみても成人には見えないUPC少尉は、遠い目をしながら肯定した。
「でも一人じゃうまく変身できる自信ないしねえ‥‥。今までだって何度失敗したことか」
 ――自分が『変身願望持ち』なんじゃないか。
 その場に集った能力者たちは、ほとんどが揃ってそんなことを考えた。

●参加者一覧

/ 門鞍将司(ga4266) / 玖堂 鷹秀(ga5346) / アルタ・クラウザー(ga6423) / ラウル・カミーユ(ga7242) / 加賀 弓(ga8749) / 桜塚杜 菊花(ga8970

●リプレイ本文

●変身準備
『能力者改造計画』――結局立案時の案と同名になったこの企画への参加を申し出たのは、五組七名の能力者。
 今はその番組収録を前に、チームごとに与えられた控え室でそれぞれの準備を行っている――。


「まさか本当に出ることになるなんて、ね」
 能力者たちに企画のことを切り出したという意味では言いだしっぺではあるのだが。
 出られるなら、程度に考えていた朝澄・アスナ(gz0064)は自身も出場することに未だ驚きを隠せずにいた。
 一人ではうまく変身できる自信がないと言った彼女をサポートするのは、門鞍将司(ga4266)。
「まずはぁ、衣装選びからですねぇ」
 控え室のクローゼットを開けた。そこにはアスナの希望に応えて事前に用意された振袖が数種かかっている。
 将司は目を細めてそれらを見遣り、暫くして一着を手に取った。化粧台の前の椅子に座っているアスナの前に来、それを見せる。
「これはどうでしょう〜?」
 将司が広げたのは、全体が五月晴れの空のような薄青に染め上げられた振袖だった。袖と裾には菖蒲の柄が入っており、それに合わせる帯は濃緑。こちらは金糸によって菱柄が縫い付けられている。
「いい‥‥すごくいいわ‥‥!」
 うっとりとした表情を浮かべるアスナをよそに将司は振袖を抱えたまま顔を赤らめ、恥ずかしげに俯いた。
「それで、ですねぇ〜‥‥。肌襦袢を着る前に、その‥‥ブラを外してくださいねぇ‥‥」
 彼が言っている言葉の意味に、悦に入っていたアスナも一瞬遅れて気がつく。
 ――ほんの僅かな間だけ気まずい沈黙が流れた後、アスナは将司同様顔を赤らめながらカーテンの向こう側に姿を消した。
 そして、着ていたUPCの制服のボタンに手をかける――。


 将司とアスナがちょっと恥ずかしい思いをしている、その隣の部屋。
「花魁ですか‥‥」
 玖堂 鷹秀(ga5346)はあごに手を当て考えてから、
「実に菊姐らしい選択ですね」
 化粧台の前に座る桜塚杜 菊花(ga8970)に向かってそう肯いて見せた。
 変身する菊花がテーマに選んだのは、花魁――その中でも歴史上もっとも位の高い高級遊女とされた太夫と呼ばれるものだ。日本人形、和風美人と形容しても良い風体の菊花には、確かにお似合いともいえる。
 その菊花は今、自らの手で化粧を施していた。顔全体から胸から上に、白粉を水で溶いたものを塗る。背中の中ほどまでにも塗る必要があったが彼女自身の手で奇麗に塗るのは難しいため、そちらだけは鷹秀が手伝った。
 塗りあげた箇所の上にはさらにパフで白粉を叩いて塗り、眉や目のラインを筆で描く。ラインを描いた目には紅を差し、最後に口紅で口元を小さく描いた。
 ――同じ和風美人でも、先ほどまでとはまるでベクトルが違う美しさが出来上がる。古来より遊女、花魁と称される者が持つ艶やかさがそこにはあった。
「どうかしら、自分では上手く出来たと思うんだけど?」
 鷹秀に問いかけるその言葉は、ある種の自信に満ち溢れている。
 自分ほどの変貌を遂げた人間は、そうはいないはずだと。
 鷹秀はもう一度肯くと、
「銀アクセとプラモ作りで鍛えたこの指先と技、今こそ見せる時!!」
 そう叫び、サポートとしての自身の役割に取り組み始めた。


 さらに隣の部屋。
 衣装を準備しているアルタ・クラウザー(ga6423)は、緊張のせいで動きに落ち着きがなくなっていた。
(「うぅ、本当になれるのでしょうか‥‥」)
 兵舎で出会う他の女性のように格好よくなりたい。
 そう願い企画に参加することにしたものの、そんな不安がつい頭をよぎる。それが緊張の原因だった。
 ややおぼつかない動作ながら、黒のシャツの上に燃えるような赤のライダースジャケットを羽織る。
 下は黒いジーンズ。そして足には、十センチ以上ある厚底のブーツを履いていた。
 服の全体的な色合いもあって、黒いブーツは無骨な感じさえ漂わせている。クールビューティーを目指す彼女にとってそれは狙い通りと言えた。
 化粧は薄め、ただし目元は気を遣った。大きめの瞳はそのままにしておくと子供っぽさを見せてしまうため、化粧で釣り目に見えるように仕上げる。
 最後にキャップを被って髪全体を包み隠すと、取り敢えず背格好は目に見えて別人に変わっていた。ただし、表情はまだいつもの眠そうなものと緊張が入り混じって弱々しい。
 そこで彼女は腰のホルスターにかけていた銃を手に取る。その刹那、今まで覆っていた全ての弱気が吹き飛んだ。目もぱっちりとし、化粧が本来の役割を発揮しだす。
「‥‥よしっ」
 気を引き締めることに成功した彼女は懐からコインを取り出し、親指で真上に弾いた。


 今度は将司とアスナの部屋から見て、鷹秀と菊花の部屋の逆隣。
「何故、私は此処にいるんでしょうね。応募した覚えはないんですけど‥‥ですが、まぁ折角ですので頑張りましょうか」
 誰が応募したのかは定かではないが、応募しなければ自分はここにはいない。何だか策略めいたものを感じつつも、加賀 弓(ga8749)はひとつ肯いた。
 いつも着物ばかり着ているから、着物以外のものを着てみよう。そう決めた彼女が用意してもらったのは、真紅のチャイナドレスだった。
 見た感じだけでも結構派手なものだとわかってはいたが、いざ袖を通してみると
「ぅ――思ったよりも、派手ですね‥‥そ、それに予想以上に露出多くて恥ずかしいですね」
 そんなつぶやきが思わず口をついて出た。
 それもそのはず。首から胸元にかけてはレースで作られているだけなく、背中は丸出し、スリットも大きいと露出が目立つ。透けて見えてしまいそうな胸は隠せても、他はそうはいかない。
 顔を赤くしながらも、弓は部屋にいたスタッフに化粧の手伝いを求めた。他の部屋の参加者は自分たちだけで変身を行っていたが、彼女はこういう衣装はあまり着ないので助力を頼んでおいたのだ。
 女性スタッフが快く弓の申し出に応じる。紫のアイシャドウを施し、ルージュは塗らず、眉には薄くラインを走らせる。
 全体的に薄めの化粧だが、それで全然問題ないとスタッフは弓に言った。


 時間は少しだけ遡る。
 能力者たちがスタジオに到着し、各々の控室に姿を消す際――ラウル・カミーユ(ga7242)は自室に向かう前に、アスナの肩を後ろからぽんぽんと叩いた。
「アスにゃー、面白い企画の紹介アリガト!」
 軽く笑うと、振り返ったアスナの返事も待たずに言葉を続ける。
「美人サンになるよー、頑張るネ。アスにゃーの変身も、楽しみにしてるヨ♪」
 楽しそうに、かつ意気揚々と控室に姿を消すラウルの背中は、アスナには自信に満ち溢れているように見えた。

 そのラウルの控室。
 着るものがとてもではないが一人で着られるものではないため、こちらにも数人のスタッフが派遣されている。
 そのほとんど、特に女性スタッフがほう、と感嘆の溜息をついたのは――選んだ衣装自体と、ラウルにそれがあまりに似合っていたことのせいだろう。
 スタッフに対しラウルを笑みを見せながら、自力でメイクに取り組み始めた。
 
●宴、開幕!
「番組をご覧の視聴者の皆様、こんばんは」
 ――能力者たちのスタンバイが完了したことが確認された後、『能力者改造計画』の収録は始まった。
 円形のステージの上には司会者たる女性アナウンサー。ステージ脇にはゲスト兼解説役だというプロのスタイリスト。そしてステージを取り囲むように百人の観客が席に座っている。
 観客一人一人の手には、判定用のボタンがあった。

 アナウンサーの説明の間、ステージ後ろのモニターには縦に五分割された状態で出場者の顔写真が映し出されていた。これらはもちろん『変身前』のものだ。
 そして説明が終わると、分かれた五つのブロックのうち四つが消灯する。残ったひとつがこれから出てくる能力者ということだ。

「トップバッターは、なんとUPC所属の方です! 忙しい合間を縫ってきていただきました!
 見た目が子供なのが目下の悩みのタネという彼女。果たしてどのように変身したのでしょうか!?」
 急にテンションが上がったアナウンサーの言葉が終ると同時にステージが暗転、スモークが炊かれ――白光のライトに照らされたモニター下の扉がゆっくりと開く。
 そこから現れた姿を見、観客はどよめいた。一部の者は――いつの間にか当事者一人のみの変身前の姿を映しだしていたモニターと、その下の実物を懸命に見比べる。

 モニターに映し出された外見中学生の『少尉』は、小柄ながらも立派な『女性』に変貌を遂げていた。
 普段は三つ編みにしている長い髪は結い上げ、菖蒲の生け花を髪飾りにしている。メイクは薄めだが、薄桃と紅が混ざった色の口紅や薄いピンクのアイシャドウなどが、空色を基調とした着物と相まって優雅さを醸し出していた。
 春と初夏を織り交ぜた和風美人。誰もこれが、普段外見の幼さを気にしている女性と同一人物だとは思わないだろう。
「良い結果でしたらぁ、アスナさんを変身させた甲斐があったというものですぅ」
 ステージ裏でステージの様子を見遣りながら、将司はこっそりと呟く。

「それでは、運命の時間です」
 変貌のテクニックなどゲストによる一通りの解説が終わると、アナウンサーは神妙な面持ちになって言った。
「観覧の皆様には、ここで『この人は変わった』かどうかということを判定していただきます」
 結果は、全ての出場者の紹介と判定が行われてから上位入賞者のみ得点つきで発表されるという。
 今回の場合、入賞者は二組。
 依頼斡旋などもしているせいかステージ上であまり緊張を見せていなかったアスナだが、この判定の時だけは少しだけ表情を強張らせていた。

 ステージ上からアスナが去ると――再びテンションが上昇したアナウンサーは、高らかに次の出場者をつげるアナウンスを始めた。
 ――モニターに映し出された顔写真は、菊花のもの。
「次の方は変身前もザ・和風美人!
 洋風になったのか!? 中華風になったのか!? それとも――それではご登場していただきましょう、桜塚杜 菊花さんです!」
 先ほどと同じ演出が繰り返され――たとだれもが思ったが、違っていた。
 ステージが暗転しスモークが炊かれたところまでは同じ。だがその後にBGMが変わった。
 ――音楽というより、日本の伝統芸能の上演中音声の一部を引っ張ってきたようなBGMの流れる中、菊花は姿を現す。
 その姿は、まさに人々がBGMを聞いて思った姿のまま。
 化粧を施したあとには、鷹秀が彼女の髪結いを施した。高級遊女がよく結ったと言われる横兵庫と呼ばれる結い方を、ほぼ完璧に再現することに成功している。
「見よう見まねの素人仕事にしては良く出来た方でしょう」
 ステージ裏で鷹秀は満足げに肯く。恐るべし、プラモ作りの成果。
 菊花の姿は、今でも京都に行けば似たような背格好の女性は見ることができるかもしれない。
 しかし太夫と呼ばれる花魁は江戸時代に既にその存在を失っており、鷹秀の助力もありそれを完璧に再現してみせた菊花は――変身前と同じ『和』でも、明らかにベクトルは変わっていた。
(「あたしほど変わった人いないんじゃない?」)
 判定の間、彼女が心の中で自信を漲らせるのも、納得のいく話である。

●人間変われば変わるもの!?
 菊花がステージを降りた後、軽い休憩を挟み、三人目の紹介が始まった。
 ――今度の出場者は、アルタである。
「三人目はアルタ・クラウザーさんです!
 眠たげな瞳の少女が、ひと時とは言え枕を投げ捨てどこへ向かったのか! とくとご覧あれ――!」
 三度、登場演出がかかる。やはりスモークまでは同じだが、今度はなぜかBGMが一昔前のハードボイルドの映像作品で使われそうな低音の目立つものだった。
 そして――スモークの中現れたのは、眠たげかつ幼い雰囲気を醸し出す少女ではなく。
 薄く化粧を施した釣り上った鋭い目つきの『女性』だった。無表情に構えるその様は、可愛いではなく綺麗と称するべきだろう。
 彼女はおもむろにホルスターから、右手と左手で一挺ずつ銃を引き抜いた。ただし流石にスタジオに本物を持ち込むのは危ないということになり、今彼女が持っているのは実物に酷似したモデルガンである。
 モデルガン故に本来考えていたアピール――コインを弾き飛ばしそれを二丁拳銃で撃ちぬくという芸当はできなくなったが、それだけでアピールが出来なくなるわけではない。
 アルタは華麗な手さばきで銃を回して操り、二挺の銃を同時・同じ高さに投げ放ったかと思うと――回転しながら落下するそれらを確実にキャッチし、次のモーションで再び両手に構えた二丁拳銃の引き金を引く。
 同時に、銃声らしき効果音が鳴り響く。もちろん銃自体から音が響くわけはないが、そこは演出だろう。彼女のパフォーマンスに呆気にとられていた観客は、その音で我に返ると拍手を送った。
 その後、これまでと同じように変貌テクなどの説明が入ったのだが――アルタは終始、口元を引き締めたまま喋らなかった。

 四人目としてモニターに映し出されたのは、弓だった。
「四人目は――こちらも和風美人さん。加賀 弓さんです!
 普段よりも活発な自分を目指したとのことですが――どうなったのでしょうか。それではご登場していただきましょう!」
 ――BGMは今度は中華風だった。スタジオ内に銅鑼の音が鳴り響く。
 ステージ後方の扉が開かれ、スモークの中ステージに向かって歩き出す弓。豊満な胸に露出度の高い衣装とあって、一部の男性観客は鼻の下を伸ばしている。
 スモークを抜け、ステージに上る――事件はその時起こった。
「きゃっ!?」
 扉から現れステージに上るまでには数段の低い階段があるのだが、弓はステージ一歩手前の段で足をひっかけて転倒したのである。
 慣れないヒールを履いていて体を支えることが出来ず、そのまま上半身とステージがランデヴー。
 ――誰もが、アナウンサーもが一瞬あぜんとした。無理もない。
「は、鼻‥‥打ちました」
 スタジオに流れた不可思議な沈黙をよそに、弓は半分涙目になりながら痛めたという鼻をさする。
 ちなみに座り込んでいる彼女のドレスのスリットから覗くことができる足は、ポーズのせいかもはや艶めかしくさえあった。それに気づいた一部の男性観客は再度見惚れ始める。なんとか弓が立ち上がった際に生足がスリットの内側に隠れたことにがっかりしたような声を上げる者もいた。
 ともあれ、派手目な衣装で登場した弓。
 キャラ――主にテンションが変わったせいだろうか。
 後に本人が「よく覚えていません」と口にするほど舞い上がっていた彼女は、アルタとは対照的に喋りに喋った挙句、露出を隠そうとすらしなかった。例の生足に関してはむしろ見せびらかすくらいである。
 ある種のインパクトのある登場で観客の目を引いた弓は、変貌したキャラでもってそのインパクトを出番の最後まで維持した。

●究極の変身
「さあ、いよいよ最後の出場者となりました」
 テンション高めの司会を続けているにも関わらず、アナウンサーには疲れた様子が一切見えない。テンションの高さも維持したまま、最後の出場者紹介を始めた。
 ――モニターは、ラウルの顔写真を映し出している。
「飄々かつ軽い雰囲気を漂わせる風貌のラウル・カミーユさん!
 どんな風に変身するのかという前情報は一切聞いておりません――果たして、どのようになったのでしょうか!? ご登場していただきましょう!」

 流れ出したBGMは――誰もが耳にしたことのあるものだろう。
 チャペル結婚式の際によく用いられる『あの曲』である。
 まさか、とその場にいた誰もが思った。

 ――そのまさかは半分だけ当たっている。
 外れた、残りの半分。
 それは――スモークの中から現れたラウルが着ているのはタキシードではなく、純白のウェディングドレスだということだ。

 マリアヴェールの下に隠れた顔のメイクは清楚な印象を残すものであり、決して濃くはない。男性であるはずの彼がそれでも女性に見紛うように見えてしまうのは、もはや血筋ゆえとしか言いようがないかもしれない。
 プリンセスラインと呼ばれる種であるそのドレスは、パニエによってスカートが大きく膨らんでいた。三段重ねになったスカートの裾はそれぞれレースで仕立てられており、一番内側のスカートは特に生地が使用され、ドレープと呼ばれるひだが豊かになっている。また一番内側は、後ろ半分が前半分より裾が長めになっていた。
 肩は露わにしており、その布の際(きわ)はこちらもレース刺繍が施されている。背中を見れば、腰の辺りで結ばれたシフォンリボンの存在が目を引く。
 さらにラウルはドレス本体だけではなく、小物にもこだわりを見せていた。手にしたブーケは様々な花で構成され――しかしながら色彩は白を基調とし青系統で彩りを添えているという点で統一されており、絶妙なバランスが保たれている。胸のあたりにはレインボーローズのコサージュをつけている。ワンポイントで華やかな色合いを演出したそれは、それ自体の華やかさと同時にドレスの純白の清廉さをもより一層引き立てていた。
 ――もちろん、誰もが目をむいた。司会者の女性アナのように、控室にいたスタッフ同様感嘆の声を上げる者もいる。
 しかも、ラウルのアピールは衣装だけにはとどまらなかった。
 しとやかかつ優雅な雰囲気を醸し出しながらも、時折観客席を流し見る。そしてその時の表情は、いかにも幸せそうなはにかんだ微笑だったりするのだ。
 ――もはやこのスタジオにいる決して少なくない数の人間が、彼のことを女性だと思ってしまっていた。

 呆然と驚愕、そして憧憬の入り混じる雰囲気に包まれながらも――これで全出場者の紹介が終わった。

●表彰とその後
 出場者が出そろい、ラウル以外の出場者も再びステージに上る。弓は今度は流石に転倒しなかった。
「いよいよ結果発表です!」
 テンションの高さを取り戻したアナウンサーが声を張り上げる。
「どの方も観客の半数以上に『変身した』と認められ、非常にレベルの高いコンテストになりました!
 それでは――まず、第二位の方からの発表です!」
 ステージが暗転し、天井から降り注ぐスポットライトが周遊し始める。
 流れ出すドラムロール。そして――。

「第二位は、桜塚杜 菊花さんです!」
 スポットライトが当てられた先に立っていた花魁は、笑顔を咲かせた。
 選択が良かったことと、難しいはずのそれを見事に再現して見せたことが評価に大きく繋がったのではないかというのがゲストの分析だった。
 賞金となる小切手を受け取り、菊花は似姿通り雅な挙動で一礼する。
 彼女が元の位置に戻ると、再びステージは暗転し、静かにドラムロールが流れ出す。
「――正直私は途中まで、優勝は桜塚杜さんになるだろうと思っていました」
 急に神妙な面持ちになって、アナウンサーは語りだす。
「しかしその予想は、この人の登場によって見事に裏切られました。
 第一回能力者改造計画、優勝者は――」

 どどどどどどどどどどどどどどどど、どん!

 ドラムロールが鳴りやむと同時に、スポットライトの動きが止まる。
 光に照らされたのは――純白のウェディングドレスに身を包んだ男性。
「ラウル・カミーユさんです!」
 その刹那、歓声が沸いた。中にはやっぱりな、という顔をしている観客もいる。
 ラウルは先ほど同様流し目でそれを見渡しながら、
「惚れちゃだめだヨ?」
 とはにかんだ。
 その言葉が聞こえた観客がいたかどうかは定かではないが――あまりに優美なその姿に惚れた者はいたかもしれない。

 収録が終わり、変身前の姿に戻った能力者たちは帰還を前に再度集合する。
「はぅ‥‥」
 緊張の糸が一気に切れたらしく、アルタは今にも倒れそうなほどぐったりとしている。この感じだと帰りの飛行艇の中ではマイ枕でぐっすり夢の中、ではないだろうか。
 他の面々も緊張から解放されてほっとした表情を浮かべていたり、賞金を手にしたことや変身したのが楽しかったことでご満悦だったらしく楽しげな笑顔を浮かべている。
「まあ、賞金は取れなかったけど‥‥いい気分にさせてもらったわ。ありがとう」
 アスナが将司に向かってそう礼を述べると、将司は
「気に入って頂けたなら嬉しいですねぇ〜」
 とこちらも満足げに答えた。

 全国ネットの放送ではなかった『能力者改造計画』だが。
 放送した地方での視聴率は高く、視聴者の間では割と話題になったとかならなかったとか。
 おもに何が話題になったのか――それはまた別の話。