●リプレイ本文
「それじゃこっちは別便で帰りますので機体の方お願いします」
復興作業を終え、BLADE(
gc6335)は自らの機体をLHへ返送するよう依頼を出す。
リヴァティーを載せた機体がLHへ向け飛び立つのを見送ってから踵を返し、歩きながら彼は考えた。
「LHの部屋でゴロゴロする気に珍しくなれないし‥‥旅? 旅行? でもしてみるか」
目的地は決まっている。
そうだ、関東へ行こう。
思い立ったが吉日。
ということでその日のうちには、彼は新宿を訪れていた。
東京における作戦にて奪還されてからそれなりの日数が経過していることもあり、新宿はかなり復興が進んでいた。
かつてのような大都会、というには程遠いけれども、ビルの再建設が至るところで目に付くし、それに伴い人の往来も激しくなっている。
新都心と呼ばれた街がその本分を取り戻すのも、そう遠い日のことではないかもしれない。
とはいえ――それらの光景を写真に収めるBLADE自身の胸に去来するのは、作戦における苦々しい思いばかりだった。
西王母を大破させられたり、ミスターSには散々弄ばれた挙句逃げられたり‥‥あまりいい思い出ではない。
まぁ、それも過ぎた話だ。
気を取り直すと、BLADEは次なる目的地へ向け歩き出した。
■
アドラール基地の敷地内を歩く夜十字・信人(
ga8235)の目に官舎の出入り口が見え始めた時、ちょうど士官がひとり、その官舎から出てこようとしていた。
その士官に会うことこそが、信人がここに来た目的の一つであることは遠目からでもすぐにわかり、やや早足になった。ややあって相手も信人の存在に気づいたらしく、此方は足を止めている。
信人は最終的にまた歩を緩めつつ、士官――アスナに向かって片手を上げた。
「よう、お疲れ様」
「こっちに来てたのね」
「少しアスナに会いがてら、手伝いにでもと思ってな。
‥‥ジークに挨拶もしたかったしな」
そう言って信人も足を止め、滑走路上のジークルーネを見る。
ジークルーネは信人にとっても、それなりに思い入れのある艦であるらしい。
無言で艦を見ていた二人だったけれども、少し経って信人が口を開いた。
「少し場所を変えて話さないか」
■
列車から降りるなり、サヴィーネ=シュルツ(
ga7445)は懐かしい街の空気を思い切り吸い込んだ。
そこはオーストリア、ウィーン。かつてサヴィーネが憲兵として戦っていた街。
けれども能力者になるにあたり、戦争が終わるまでは、来るまいと思っていた。
戦争で身体に染み付いた戦いの『臭い』が、移ってしまうと考えたから。
――だけどそれが故に怯えることも、我慢することも、もうせずに済むのだ。
ルノア・アラバスター(
gb5133)はその隣で、どこか清々しい気分に浸っている様子のサヴィーネの顔を見上げる。
するとサヴィーネは何やら一人で肯いて、次にルノアの手を取った。
「行こう!」
「ん‥‥」
握り返しながら肯き、二人は並んで歩き出す。
ルノアにはこの街のことをもっと知ってほしい――繋ぎあった手から、サヴィーネのそんな思いが伝わってくるようだった。
ウィーンといえば芸術の街である。
オペラ座を始めとする劇場、教会や寺院なども多数存在し、しかもそれらは中世からの伝統と現代要素が絶妙なバランスで混在して街を彩る。
特に観光地として挙げられているスポットも多いけれども、ある意味では街そのものが観光地とも言えた。
さて、そんな街を巡り歩き――やがて、ドナウタワーに行き着いた。
高速エレベーターで昇った大展望台から、二人並んでウィーンの街を眺める。
「どうだい、ノア。この街は。これが、私さ。今まで、5年も離れてたけど‥‥君には見て欲しかった」
サヴィーネに問われ、ルノアは微笑を浮かべた。
「ん‥‥とても、素敵な所、です」
前回来た時はほんの少し見ただけだったから、と思い出して僅かに苦笑い。
それからふと思いついたように、小首を傾げ提案する。
「サヴィの思い出のある所も、案内してくれますか‥‥?」
そのお話なんかも聞いてみたいかな、なんて。
その期待に応えるようにサヴィーネがルノアを連れて行ったのは、ウィーン市庁舎だった。
サヴィーネ曰く『この街の象徴』と語るその場所は、かつて憲兵だった頃の彼女にとっては、同時に誇るべき街のシンボルでもある。
ルノアの期待通り、懐かしそうにその頃の話をするサヴィーネ。
その表情を見るルノアもまた、何だか心が温かくなった。
■
リオン=ヴァルツァー(
ga8388)はひとり、山梨県を訪れていた。
大きな目的は別にあるけれども、とりあえず先に、山梨市へ。
「‥‥あれ、リオンも来てたのか」
「うん」
雄人と冬馬がいる一室に入ってきた彼に、まず雄人が気づいて声を上げた。ちなみにリオンがここまで入ることが出来た理由は、ほぼ雄人と同じである。
リオンは部屋の中を見回し、あることに気づく。
「‥‥あれ、春哉は?」
「別の部屋にいるぜ。まぁ、榛原中佐の秘書的なことやらされてるから、多分俺よかずっと忙しいだろうけど」
「そっか‥‥」
冬馬の返答を聞き、リオンは肩を竦めた後、ちょうど雄人がいる窓際へと自分も歩み寄る。
甲府とは違い、山梨市はバグアの支配の間に随分と街並みに手を加えられていたようだ。最後の戦いの余波もあり、完全に平和な街並みに戻るにはまだまだ時間はかかりそうだった。
それでも――少なくともその歩みを遮るものは、もうないのだ。きっとちゃんと復興できるだろう、と思う。
ここまでこれたのも、ひとえに共に戦った仲間がいたからだ。
その仲間の一人が、いま目の前にいる。
彼――雄人とは、山梨における戦い以前からの戦友でもある。
「アメリーの一件で、雄人と知りあって‥‥それから、山梨での戦いでもいっしょに戦って‥‥。
気づけば、もう、知りあってから、3年以上経つんだね。なんだか‥‥あっというまな感じがする、よ」
「‥‥そうだな」
「‥‥今さらって言うかもしれないけど。ちゃんと、お礼、言ったことなかったはずだから。
雄人、今までありがと‥‥と、これからもよろしく――で、いいかな?」
そう言って握手を求めると――雄人は僅かに笑みを浮かべて自らの手を差し出し、リオンのそれを握った。
「それでいいと思うぜ。まだまだ、やることはありそうだしな」
■
氷室美優(
gc8537)は、今後の自分について悩んでいた。
懐のポケットには常にUPCへの志願書が畳まれた状態で収められてはいるけれども、未だその紙一枚をどうするか決めかねている。
あの戦争の中で、自分は一体何を成し得たのだろう。
バグアが憎い、その一心でKVを駆り続けた。けれども今、その力は必要とされなくなりつつある。
懐の志願書を提出して、この道をこのまま往けばいいのだろうか。
それとも紙は処分して、他に何かを見つけるべきなのだろうか。
共にドイツで暮らす恋人もいるし、やがては子供もできるかもしれない。
少なくともそのドイツでの日々は、美優に安らぎを与えてくれている。
それらも含めた色々なものに責任を取ることも考えながら、慎重に定めなければならない‥‥。
そう思うと、なかなか次のことが決められないでいた。
そこで考えたのが、戦いの中で出会ったある友人がこれからどうするか、ということである。
ちょうど彼女が所属していた艦隊が休養に入ったことは聞いていた。
だから連絡を取り、いまはこうして彼女の――アイシャの家に向かうべく、ロンドンの街並みを歩いている。
彼女が今後どうするつもりなのか訊いてみたいのもあるけれども、何より、久しぶりに会うのが楽しみだった。
一方、一ヶ瀬 蒼子(
gc4104)もまた、ロンドンのストリートを歩いていた。
叢雲艦隊絡みの戦闘が終わった途端に立て続けに起こった大規模戦闘、そして終わってみれば本星破片の処理に駆り出されたときて、諸々が終わってみればもう年末である。
まさに師走よね、と思う一方で、新年は久しぶりに兄妹と過ごせる、と思うと心が少し躍った。
帰省する前に、折角だからアイシャに会いに行こう、と思い立ったのは――世話になったんだし挨拶でも、という気持ちも勿論ある。
けれども同時に『相方』――高千穂・慎中尉との関係がどうなったのか気になったからだったりもした。
冷静を保とうとしていてもこういうところが気になるのは、女子たる者仕方ないことなのかもしれない。
などと自分を納得させつつストリートを往き――。
「‥‥二人とも来る日が同じだからまさかとは思ったけど、ほんとに同時に来るとは思わなかったわー」
そしてアイシャの実家前。来客を知り玄関を開いたアイシャは、二人の知己の姿を見て僅かに苦笑する。
アイシャの実家はとあるアパートメントの中だけれども、美優と蒼子はその建物の前でバッタリと遭遇したのだ。
尤も美優としては、叢雲艦隊と関わった人なら同じ事を考えているかも、程度には予想はしていたのだけれども。
そんな美優の、そして蒼子の予想をも大きく裏切ったのは、
「‥‥アイシャ、なんか目覚めた?」
半ば呆然と美優が問うたのは、アイシャの出で立ちについてである。
「家に帰ってきてみたらすることも特にないし、ショッピングに出ることも増えてねー。なんか、自分の好みさえ分かって来ちゃったわ」
そう答えるアイシャの服装ときたら、ゆるいニットにマキシ丈のプリーツパンツというファッションモデルばりの決めっぷりだった。
そして来客に備えてなのか、うっすらと化粧も施していた。ノーメイクでもそれなりに整った顔立ちではあるのだし、艦隊ではそれが微妙に女性隊員の嫉妬の対象にもなっていたほどだけれども、自分で覚えたというアイシャのメイクは更に彼女の女度を上げていた。
今日は履いてないけどスカートとかドレスも買ったわねー、と何気なく語るアイシャに、二人は奇しくも全く同じ事を思った。
女子に目覚めすぎでしょ。
■
「なにかあったのか?」
「‥‥気にしないでもいいと思うわ」
足早にすれ違う数人の事務官の姿に信人が首を傾げ、アスナは半ば諦めたように一つ息をつく。
信人とアスナが向かったのは、官舎内の休憩室だった。
入室した時にいた事務官が、二人の――特にアスナのことを見るや、足早にその場を後にしていったのだ。
とある作戦後に陸酔いしながらもジークルーネに帰投した信人を、アスナが艦内で膝枕したということが割と広まっている事実と、事務官の大半が女性であることからして理由はお察しである。
それはさておき、二人は窓際の席に腰を落ち着けると面と向かいあった。
「聞いたぞ。昇進断ってるんだって?」
「だって大尉って柄じゃないでしょ、私。見かけ的にも‥‥」
そこからは先は口にせず、アスナは代わりにとばかり溜息をついた。どうやら、自分で言って自分で傷ついたらしい。
「‥‥信人さんのほうは?」
気を取り直したアスナに逆に問われ、信人は自らの軍服についた葉柄中尉の階級章を指差して苦笑を浮かべる。
「隊の仲間は俺を大尉に推してくれているがな。ま、俺も辞退している」
変なところで気が合うな、と笑うと、アスナもそれに応えるようにそうね、と口元を綻ばせた。
「‥‥生き残ったな。お互い」
少しだけ無言の時が流れた後、信人は言った。
「隊の連中も、誰一人として欠けなかったよ。胸を張って隊長を終わることができた」
そう誇らしげに微笑を浮かべる信人だったけれども、
「でも、最後の最後でかなり無茶したって艦長経由で聞いたわ‥‥。詳しくは怖くて訊けなかったけど」
「はははははは」
事実なのだから乾いた笑いしか出なかった。一体何があったのかは彼女は知らない方がいいだろう。
「‥‥アスナはこれからどうするんだ?」
ややあって、信人は問うた。アスナはうーん、と唸ってから答える。
「戦いも終わって、復興も目処がついたら軍は‥‥とは昔から夢程度には思ってたんだけど、実際そうなったらどうしようっていうのはまだ考えてないのよね‥‥。
何か新しくやりたいことを見つけようにも、大学とか行く歳でもないもの」
「それ以前に当分は忙しいだろうしな」
「そうね‥‥そういう信人さんはどうなの?」
問われ、信人は一つ肯いた。
「俺は、復興が一段落したら、KVを貰って起業するつもりだ。仲間が何人か手伝ってくれるみたいでな。苦労もするだろうが、楽しそうだ」
そう言って微笑を浮かべた後――信人はふいに表情を引き締めた。
「傭兵として、まだやらなきゃならないことが残っているけどな」
「え?」
あと何かあったかな、と考えるように小首を傾げるアスナに、彼は懐から取り出した小箱を見せる。
「銃を置くのに時間がかかる男ですが、約束を守らせてください」
「‥‥あ」
ここに至り、ようやくアスナも信人の言う『やらなければいけないこと』を理解したようだ。
信人が開いた小箱の中では、ダイヤモンドのリングが光り輝いていた。
「エンゲージリングです。結婚して下さい」
内心の照れを真剣な表情で隠しながら信人が告げると――。
「――はい」
アスナは、はにかみながらそれに応えたのだった。
■
アメリーのことはいいのかよ、と雄人に言われるまでもなく、山梨市を出たリオンの次の目的地は決まっていた。
甲府である。
アメリーもそこにいるということは雄人からも聞いている。というよりも、
「お前、『今度二人で椿に会いに行こう』ってアメリーに言ったんだって?
どうして甲府にいるんだって俺が尋ねたら、そんな理由が返ってきたぞ」
雄人の側も驚いたようだった。
要するにアメリーは、その約束を果たすために先に甲府に行っているらしい。
何か打合せたわけでもないのにアメリーと甲府市役所前で簡単に出会えたのは、その意味では必然といっていいかもしれない。
「そろそろ来るんじゃないかなって思ってたんだ」
アメリーはそう言って笑った。
「‥‥ていうか、どうして僕がここに来るって分かったの?」
「なんとなく」
アメリーがそんなことを言うものだから、リオンは思わずきょとんとしてしまった。
それを見てアメリーは「なんてね」悪戯っぽく笑った。
「‥‥実は、夏祭りの時に戦いが終わったって聞いてから、ずっとこの街にいたんだよね。
一応能力者だから、復興の役にも立てるし‥‥」
最後の言葉だけ少し寂しげだったのは、彼女自身の故郷は現状、復興の目処すら立っていないからだろうか。
などと思考を巡らせていると、アメリー自身が気を取り直すように首を横に振った。
「それに、いつでも二人で行けるように、って思ってたしね」
どうやらずっと居たと言っても、まだ琴原母子には会っていないらしい。
「‥‥‥‥あの時は、その、うん」
実際にアメリーが琴原母子に対面した時の椿の狼狽っぷりといったらなかった。
それもそうだろう。アメリーは山梨での一連の戦いには関わっていない以上、自分への印象はフランスで遭遇した時のままだと椿が思っていて不思議ではない。
あの時点で椿の『弱さ』も垣間見えてはいたけれども、その前にアメリーに放っていた辛辣な発言は未だ撤回されてはいないのだ。
「わたしは気にしてないよ」
けれど、アメリーの側から椿のそんな不安を一笑に付した。事情は全て、リオンが彼女に教えていた。
「‥‥どころか、ちょっとうらやましかった。家族ってやっぱりいいなぁって」
やや陰のある発言に、母子が顔を見合わせる。
それから椿はあることに気づいたらしく、アメリーに問うた。
「‥‥もしかして、フランスで会った時あんなところにいたのは」
「うん」
「‥‥うわ、僕凄く最低なことしてたんだな‥‥本当にごめん」
今更ながら彼女の事情を知り盛大に凹む椿に、「だから気にしてないってば」とアメリーは笑った。
気にしてないから友達になろうよ。
そう言って手を差し伸べたアメリーの手を、椿はおずおずとした様子ながら取った。
その後リオンとアメリーは甲府市役所を後にし、山梨市に比べれば整った街並みを抜け、公園に辿り着いた。
冬にしては穏やかな風が抜ける中、二人はベンチに腰掛ける。
「『必ずアメリーのところに戻ってくる』‥‥あの夏祭りの時のもう一つの約束‥‥守れて、よかった」
「‥‥うん」
「戦いは終わって、これからは復興が始まる‥‥。
でも――僕たちのやろうとしてることは、これからが本番‥‥がんばらなきゃ、だね」
「そうだねー‥‥でも、大丈夫だよ、きっと」
一人の力だけじゃないから。
そう言って笑うアメリーを見、気持ちが抑えきれなくなって――リオンは座ったままアメリーの肩に手を回して抱き寄せた。
は、と一瞬遅れて自分の行動に気づき、顔を少し赤らめる。
「‥‥えっと。ごめん。
でも、今日くらいは‥‥こんな風にしてても、ばちは当たらない‥‥よね‥‥?」
「‥‥ん」
同意を示すかのように体を預けてきたアメリーの体温が、冬の空気の中では一際温かく感じられた。
■
BLADEの関東旅行は、移動は基本徒歩だ。
新宿から、次の目的地である秋葉原までもそれは変わらない。
鉄道路線のある神田川沿いを往き、勿論その最中も写真は撮りつつ秋葉原へ辿り着いた。
エミールが君臨していたこともあってか、ここだけは戦争の爪痕はそれほど深くない。
従来の文化が色濃く残る街並みで、食事をとるところを捜す。
「メイド喫茶でーす」
そんな姦しい声が別の通りから聞こえた気がしたものの、スルーして再建したらしいファミレスへ足を踏み入れる。
復興してからの文化の変化が早すぎるだろう、とは思った。
そろそろ徒歩以外での移動を考えないと、新年までに最終目的地に辿りつけない。
そんなわけでバス移動まで行ったわけだけれども、そのバスだけでなく全ての交通機関が、目的地であるさいたま市――というより埼玉県との境である荒川までで止まってしまっているようだった。バリケードさえ作られている。
「この先行けないんですかね」
「さいたまはまだバグアの残存勢力が多く残っており、復興が進んでいない状況です。
川口や蕨にしても安全とは言いがたい状況ですので、民間人の出入りはまだ出来ません」
バリケードの前に居た兵士に尋ねると、そんな答えが返ってきた。
ここでKVを乗り回していれば能力者として力を発揮するべく、もできたかもしれないけれども、そも戦闘準備すらろくにしていない。ここから先は進むのはよした方がよさそうだ。
バリケードの向こう側の光景を想像し、思う。
(しかし皮肉なものだ、戦争が終わって戦う目的が出来るとは。
第一は地上からバグア、キメラプラントの殲滅。第二はKVを使った復旧)
奇しくもまさにいま目の前のこのバリケードの向こう側が、それを必要としているように――。
思考を振り払って、今度は後ろ――平穏を取り戻した街並みを見つめる。
(この光景。傭兵辞めたら見に来るか。辞めると言っても地上からバグアを滅ばすか、再起不能になるか。あ、定年退職ってのもあるか)
まぁ再起不能、定年退職で来る気は無いが。
その頃には、このバリケードもない世界になっていればいい――そんなことを思った。
■
美優と蒼子、そしてアイシャは場所を変え、アイシャおすすめだという喫茶店のテーブルに腰を落ち着けていた。
「ここのダージリン飲むと、何でか落ち着くのよねー」
アイシャからそんな台詞が飛び出すだけでも十分に驚くところだけれども、流石に驚いてばかりもいられないのでそれぞれにオーダーをした。
それから、叢雲艦隊での戦いが終わってからのそれぞれの近況報告タイムに入る。
宇宙での最後の大きな戦いでは、蒼子はある敵に遭遇していた。
かつて、叢雲艦隊が撃破したゼオン・ジハイドの5、シバリメ――の、再生体である。
「‥‥まぁ、私が自分の手で倒した訳じゃないから偉そうなことは言えないんだけどね」
交戦して撃破に至ったところまでを述べてから、蒼子はそう苦笑した。
美優は戦争が終わってから恋人と暮らしていることを告げ、そして――。
「これからどうするか、ねー」
悩みについては、アイシャも考えるところがあるようだった。
「今更言うまでもないと思うけど、あたし軍じゃ割と問題起こしてる方だから昇進とかもありえないしねー。
多分復帰したらまた欧州軍としてバグアの残党掃討になるんだけど、なんかこう、張り合いがねえ」
「戦ってる方がよかった?」
「そうとは言わないけど、なんか見失っちゃってる感を感じる予感はするのよ。確信はないけどね」
ふう、と少し悩ましげに溜息をつくアイシャを見、この先のことを悩ましげに思っているのは、決して自分だけではない――などと美優が考えていると、
「‥‥ところで、高千穂中尉はどうするって言ってたの?」
蒼子が首を傾げてそう問うた。途端、アイシャが一瞬身体を震わせた。
「さ、さぁ‥‥シンは故郷の近くもバグアにやられてるクチだから、残党掃討とか復興とかには全力注ぐんじゃないかしら」
「手伝おう、とか考えたことは?」
「う‥‥」
蒼子に追及され、アイシャは少しの間もじもじしてから口を開いた。
「張り合いがない、だけだったら辞めたんだろうけど、踏み切れない理由がそれなのよね‥‥」
その言葉を聞いて、蒼子と美優は顔を見合わせた。
なんだか、『離れたくない』と言っているようにも聞こえる。女子力指南した頃に比べれば大分素直になってきているようだ。
「なるほどね‥‥。まぁ、私も日本に帰省する予定だから、ついでに高千穂中尉に伝言があるなら伝えとくけど?」
「え?」
不意な蒼子の提案に、アイシャが目を丸くする。
「高千穂中尉には貴女と同様にお世話になったから挨拶もしたいしね。
‥‥あぁ、自分で直接伝えたいって言うなら余分なお節介はやめるけど?」
蒼子がにやりと笑うと、アイシャはこれ以上ないくらい顔を真赤にした。
「じ、自分で言うわよそれくらい!」
予想以上に分かりやすいリアクションに、美優と蒼子は面白くなってきて質問を続けた。
「それくらい、って、何を?」
「ていうかほんとに日本に乗り込む気?」
二連続で突っ込まれて、アイシャははたと我に返ったのか、それとも先の蒼子の発言が探りを入れる為のものだったことに気づいたからか
「〜〜〜〜っ」
なんか悶えた。
「ねえねえ、わざわざ日本に行ってまで慎に何を言うの?」
「‥‥言えないっていうか今は言いたくない‥‥」
まぁ、言われなくても分かりますけれども。また耳まで真っ赤になってるし。
年齢に見合わない思春期がやってくると、最終的にはこんなに可愛いことになるのか。
今度は美優がにやりとした。どのみち従軍報酬のお金には手を付けていない。
「じゃあアイシャの女としての勝負の日に備えて、これから洋服ショッピングへ行こう」
「あ、いいわねそれ」
「ちょっと!?」
同意を示す蒼子に、更に動揺するアイシャ。
ただ動揺するだけして拒否するつもりはないらしく、にやにやしながら歩く二人の後ろを
「どうなっちゃうのよこれー‥‥」
などと言いながらもついてきている。
勿論彼女はその後、半ばマネキンと化した時間を経て更に可愛くなるのだった。
■
サヴィーネとルノアの小休止は、ホテル・ザッハーにて。
本家本元のザッハトルテに舌鼓を打ってから一息ついたところで、サヴィーネはこれからのことに思いを馳せ始める。
「‥‥戦って、今まではそれでよかった。でもこれからはそれだけじゃない」
「これから、ですか‥‥?」
ふと呟いた一言にルノアがそう聞き返してきたので、サヴィーネはうん、と肯き返した。
「まだ全てが片付いたという訳ではありませんけど、確かに戦ってばかりの生活は終わり、かな‥‥」
「ああ。だからこれから私達は、色んな物と折り合いを付けて生きて行かなきゃいけない。
常識とか、人の目とか」
「‥‥確かにLHは寛容過ぎる程だったかもしれませんね、ありふれた感じであったようにも思いますし」
ルノアの言葉にそうだね、ともう一度サヴィーネは肯き、ルノアの目を見つめた。
「君は、私と一緒がいいと言ってくれた。
でもね。わりと、世界はそこまで私達に優しくない。
君の事を愛しているから、だからこれはちょっとした宣戦布告だ」
そこで一拍置いて、次の言葉を――変えの利かない現実を、今一度告げる。
「私は女だ」
その言葉を、此方を見つめ返してくるルノアは黙って聞いていた。
「子供も作れないし、君を一生困らせない約束も出来ない。
謂われもない視線に晒されるかも知れない。
――LHはその辺寛容だったけど、君は私でいいのかい?」
改めて尋ねたその問いは、しかし、尋ねるまでもなかったのかもしれない。
そう思わせるほどに、ルノアの微笑には揺るぎないモノが感じられた。
「勿論、です‥‥貴女だから、サヴィだから、いいんです」
宣戦布告をされたのなら、受けないわけにはいかないとばかりにルノアは嬉しそうに言う。
「‥‥私の方こそ、困らせるかもしれませんけど、それでも一緒に居てほしいです」
「そうか」
サヴィーネもまた笑みを零し、それからもう一度だけ真剣な表情になった。
「――改めて君の人生を私にくれ。
君に、名前を上げたいから」
「‥‥はい」
「‥‥でも知ってますか?」
お互いの意思を確かめ合ってから少しして、ルノアはふいにあることを思い出したらしく悪戯っぽく笑った。
「私達でも赤ちゃん、案外出来なくはないみたいですよ?」
その発言に、サヴィーネは思わず目を丸くし――それから苦笑した。
「‥‥未来は無限だものな。
こんなこと、言うのは気恥ずかしいけど‥‥でも、言える時代になったんだね」
そうですね、と肯くルノアと二人、笑いあった。
■
戦争が終わり、人類が新たな一歩を踏み出す日々が始まる――。
それぞれの行先に何が待つのかはだれも知らないけれども、今までにない選択肢があることだけは確かだった。