タイトル:永遠に咲く華マスター:津山 佑弥

シナリオ形態: イベント
難易度: 易しい
参加人数: 18 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/09/13 02:50

●オープニング本文


 バリウスが死亡したことで、実質的に欧州軍のアフリカでの戦いは終わったと言ってもいい。
 ――とはいえ、まだ全てのことに決着がついたわけでもないけれど。

 地球奪還作戦を終え、朝澄・アスナは日本へと向かう高速移動艇の中にいた。
 大破したジークルーネは、今はラスト・ホープにて補修を兼ねた改修作業が行われている。
 一方でアスナを含むクルーは、一時の休暇を与えられていた。
 改修作業を手伝えないというのもあるけれど、最近のアフリカでの転戦に次ぐ転戦、止めのジョーカー突入で、クルーの心身の疲労は限界に近づいていた。
 ここから更に最後の大一番を迎え――ジークルーネもまた宇宙へ上る前に、その状況は何とかしておく必要があったというわけだ。
 尤も、艦長であるサンズだけは今後に関する他方面軍との打ち合わせもあるのでラスト・ホープに留まっていたけれども。
(でも‥‥まさか、私も宇宙に上がることになるなんてね)
 元々主計課の将校だったアスナにとっては、欧州軍への転属さえなければまずあり得なかった話だ。
 世界そのものもそうだけれど、人生どう転がるかは実際分からない――。
 なんて考えている内に意識が眠気に支配され始め、故郷の最寄りの空港で起こされるまでぐっすりと眠ったのだった。

 さて、休暇を与えられたアスナが帰省しようと即断したのには理由がある。
 毎年8月に、故郷の街で行われる花火大会――『村上川花火大会』が、ちょうど休暇の時期と被っていたからだ。
 例年、「お誘い合わせの上遊びにきてね」ということでULT本部に依頼として提示しているもので、今年も移動艇に乗り込む前にやってきた。
 時間がない中で実家に連絡を取ったところ、今年も昨年同様傭兵の出店が出来るらしい。
 このタイミングでそのことまで提示するのには少しだけ躊躇いもあったけれど、このタイミングだからこそ、と思い直した。
 花火大会が、最後の戦いへ向けての安らぎの一時となればいい――。
 そして、来年もその先も――ずっとこの季節に打ち上がる華を見られればいい。
 そう思うから。

●参加者一覧

/ ノエル・アレノア(ga0237) / セシリア・D・篠畑(ga0475) / ケイ・リヒャルト(ga0598) / 藤村 瑠亥(ga3862) / アルヴァイム(ga5051) / 夜十字・信人(ga8235) / 百地・悠季(ga8270) / ルナフィリア・天剣(ga8313) / リオン=ヴァルツァー(ga8388) / 瑞姫・イェーガー(ga9347) / 遠倉 雨音(gb0338) / イスル・イェーガー(gb0925) / セシル シルメリア(gb4275) / ティリア=シルフィード(gb4903) / フェイト・グラスベル(gb5417) / エイラ・リトヴァク(gb9458) / エスター・ウルフスタン(gc3050) / 那月 ケイ(gc4469

●リプレイ本文

●平穏な日々の象徴
 残暑もまだまだ厳しい時節だったけれども、幸い、日の照りに反し気温はそこまで高くなかった。時折、秋の気配を漂わせる風が吹き抜けるせいかもしれない。
 そんな日中、午後三時。浴衣姿の遠倉 雨音(gb0338)は藤村 瑠亥(ga3862)とともに、始まったばかりの屋台行列に足を運んでいた。まだ花火までに時間はあるけれども、場所取りの為に早めに訪れた人々がいた為か、既に屋台は賑わいを見せ始めている。
 慌しい中で取れた貴重なオフの時間。今日は余計なことを考えずに楽しもう、と雨音は思う。
(二人で一日一緒にいられる時間なんて、大規模作戦が始まってしまったら当分取れそうにないですから‥‥ね)
「‥‥どうした?」
 考えているうちに、視線は恋人の顔を見上げていたらしい。瑠亥が首を傾げる。
「いえ」見返した視線とぶつかり合ったことに少し照れながらも、雨音は再び前を向いた。

 焼そばやカキ氷など、屋台ならではの食べ物をひとつ買っては、それを二人でつつきながら食べ歩く。 
「一つ一つはなんてことのない食べ物なのに‥‥。
 こうして、お祭りの会場で食べると普段より美味しく感じるのは‥‥不思議ですね」
 感慨を覚えて呟くと、隣で瑠亥が肯いた。
「そうだな‥‥。こういうのは食べたことは殆どないが、美味しいと感じるのは味というより、こういった環境的なものなのだろうな‥‥」
 環境。その言葉に、不意にあることを思いついた。
 その時ちょうど手にしていた爪楊枝を持ち上げ、瑠亥に向ける。その爪楊枝には、たこ焼きが一つついていた。
「――えぇと。こういう時は、『はい、あーん』‥‥と言えば良かったのでしたか?」
「‥‥同居人あたりに吹き込まれたのか‥‥?」
 大真面目な顔で首を傾げる雨音に瑠亥は苦笑しつつも、差し出したこ焼きを口に含んだ。
 それを嚥下した彼が何をしたかといえば。
「じゃあ、お返しにあーんといえばいいのか? 俺も‥‥」
「え」
 雨音が目を丸くしている間に、瑠亥は先ほど使われた爪楊枝をパックの中のたこ焼きに刺し、持ち上げる。そこには『高校生だった雨音に年頃らしい付き合い方を』という瑠亥なりの考えがあったのだけれども、それに気づく余裕もありはしなかった。
 はい、あーん。本当に言ってきたものだから、雨音としては半ば吃驚したままたこ焼きを口に含んだ。
「‥‥美味しいです」

 一通り食べ歩きを終えた二人は、今度は遊戯系の屋台に立ち寄り始めた。
 そのうちの一つ――金魚すくいで何とか一匹釣果を上げた二人が型抜きへ向かった後、その屋台に新たな客が現れた。エスター・ウルフスタン(gc3050)と那月 ケイ(gc4469)である。『日本のカーニバル』初体験なエスターのリクエスト通りにケイが色々レクチャーしているうちの、一環だ。
 ちなみに、初めてなのは何も祭りに来ることだけではなかった。
「このゲタっていうの、歩きにくいんだけど。まったく日本人って意味わかんない。面白いけどさ」
 ケイの成果たる二匹の金魚が中で泳ぐ袋をぶら下げつつ、エスターはぶつくさと言う。
 からんころんという足音のリズムが時折不安定になるのは、下駄を履いた足元の感覚がいつもと違うせいでもつれそうになるからだ。当然、身に纏うのも紺地に金魚柄の浴衣である。浴衣にしても当初、着付けが分からずに色々混乱したものだった。
「あはは、動きにくさはあるかもなぁ。けど、似合ってるし可愛いと思うよ?」
 ケイは苦笑しつつ、心持控えめに褒めてくる。控えめなのは、合流した時の褒め方があまりに手放しだったので思わずそっぽを向いてしまったからだろう。
 ちなみにそのケイも、いまは黒地のシンプルな浴衣に身を包んでいた。
「‥‥まあ、ケイのユカタも、ちょっとは似合ってるんじゃない?」
 視線はそちらに向けずに、感想を漏らす。
 本音は「ちょっと」どころではなかった。うなじの辺りなどは特にセクシーでクラクラしそうだった。いい匂いがしそう、とまで思ってしまう。
「‥‥うち、最近変になってる気がするわ」
 要するに、直視しないというよりは出来ないのだった。

 金魚すくいの後も、ヨーヨー釣りに立ち寄ったり、食品に関しても色々買って回っていた。
 何か買う度に様々な反応を示すエスターが特に「凄い」と思ったのはワタアメだった。
「ふわっふわ。シュガーなのよね?」
「ああ」
 ケイが隣で肯くのをよそに、エスターは手にしたワタアメの一部を恐る恐る口に含み――初めて味わう感触に、僅かに口元を綻ばせた。
 
 ところで、そのワタアメを売っている屋台にはまた別の来客があった。リオン=ヴァルツァー(ga8388)とアメリー・レオナールである。
 二人もまた、屋台を見て回り食べ歩きや遊戯に興じたりしていたのだけれども、勿論ただ歩いているだけの間にも様々なことを話していた。
 ――その話題の中には、先日終わったばかりの山梨での戦いのことも含まれていた。
「あの子に会ったの?」
「‥‥うん」
 首を傾げつつアメリーが訊ねると、リオンは肯いた。『あの子』というのは、以前アメリーに『正義』について問うた少年、琴原・椿のことである。彼はまた、一般人でありながらつい先日まで山梨市及び甲府市に存在したバグア軍の司令の息子、という立場も持っていた。
「あの時、何で椿があんなことを言ったのか‥‥今なら分かる気がするんだ」
 リオンは訥々と話しながら、視線を上に向ける。つられて、アメリーも空を見上げた。
「――きっと椿自身、何が正しいのか‥‥分からなくなっていたんだと思う。
 あの時はまだ、山梨のバグアの支配は続いていたけど‥‥椿の母親の桜は、動き出そうとしていたんだ。桜は、そのことをぎりぎりまで言わなかったのかもしれない。‥‥でも、アメリーに会った時にはもう椿も気付いてた、と思う」
 そこまでリオンが言ったところで、アメリーは何となく彼が言わんとしていることを理解した。
「もし動き出したら立場を失うどころか‥‥その母親自身が危なくなるよね。
 止めることと止めないこと、どっちが正しいのか‥‥っていうこと?」
「うん」リオンは肯いた。
 かつて出会った椿は、「自分が正しいと思ったことをそのまま『正義』にするヒトが嫌い」と言った。
 桜を止めたとしたらそれは彼女の、ひいては椿自身の保身のためだ。人類のエゴを否定した自分がエゴを主張することになるのなら、それは自己嫌悪に陥る原因となりえる。だからといって止めないという選択も、万一桜の身に何かあったとき、それでも正しかったといえるのか。
 要するに、板ばさみになっていたのだ。けれども様々な過程を経た今、椿を縛るそんな葛藤もなくなったのだ。今ならきっと、本来の椿になっている。
 だから、
「今度‥‥時間が取れたら、二人で椿に会いに行こう。
 今の椿となら‥‥アメリー、きっと仲良くできると思うから」
「‥‥そうだね」
 リオンのそんな提案に、アメリーは素直に肯くことが出来た。

 そんな話をしながら二人は、一本松の横を通り過ぎていく。
 その松の下にはセシリア・D・篠畑(ga0475)の姿があった。故あって同行者よりも少し早めに来ていたのだ。
 ――賑わう街に巡らせていた視線が、不意に友人の姿を捉えた。ケイ・リヒャルト(ga0598)その人である。
 軽く挨拶を交わした後、ケイは微笑を浮かべた。
「セシリア、浴衣も似合うわ」
「‥‥ケイさんこそ」
 それは紛うことなき本音だった。おそらく、ケイの方もそうなのだろう。
 ふと、気付く。彼女はとても大切な友人であるにも関わらず――。
(そういえばこうして二人だけでお祭りに行くの、初めて‥‥)
 彼女と過ごす大切な時間。とても不思議な、嬉しい時間。
 初めて過ごすこの刻を、ずっと心に残しておきたい。なんとなく、そんなことを思った。

 そうして屋台巡りを始めたのだけれども――。
 セシリアは、傍目から見ても恐ろしいほどの勢いで食べ物を購入していった。夥しい数の袋をぶら下げた彼女の横を通り過ぎてから、思わず二度見してくる観光客もいたほどだ。
「沢山食べないと大きくなれないので、ケイさん、沢山食べて下さい‥‥」
 ということで、勿論セシリア自身も沢山食べていたけれど、
「‥‥もう食べられないったら」
 ケイが音を上げて苦笑するのが時間の問題だったのは言うまでもない。

 大量の食事を終えた後、二人は腹ごなしに遊戯系の屋台を回り始めた。
 まず立ち寄った金魚すくいの屋台にて、セシリアは無言のままポイを握った。
 そして、鮮やかな手捌きで次々と金魚を掬い上げていく。初めのうちはそのテクニックに見蕩れていたケイでさえも、
「――セ、セシリア? あの、程々に‥‥ね?」
 次第に慌て出させるほどに、だ。この花火大会は毎年どこかの屋台にこの手の『屋台荒らし』(無論褒め言葉である)が出没するのだけれども、どうやら今年はこの金魚すくい屋台がその標的となったようだった。ちなみにこれも毎年のことながら、当の本人にそんな自覚はあまりない。
 粗方掬い上げてしまった為に一部を残して屋台主に返し、気を取り直して二人は射的の屋台へ向かう。
「イェーガーの名に賭けて‥‥っ! セシリア、アレを貴女に!!」
 そう声を上げたケイは、宣言通りにクマのぬいぐるみの前頭部にコルク弾をヒットさせる。
 そうしてゲットした景品を、ケイは微笑を浮かべながらセシリアに手渡してきた。
「はい、セシリア。ベア隊長の代わりにはならないけれど」

 セシリアもまた子猫のぬいぐるみを射抜き、ケイにお返しのプレゼントをする。
 そうして二人が歩き去った射的の屋台の横を通り過ぎる一家の姿があった。
(能力者が本気出して射的するのって大人気無いだろうか?)
 その『義娘』――ルナフィリア・天剣(ga8313)は、横の射的を見つつ何となく考えた。
 尤も、この手の夜店の射的は景品が固定されてる場合も稀にあるらしいし、双方ガチる心算なら丁度良い位なのかも知れない、などとも。
 どちらにしろ、『能力者向けに作られていない』ことが前提ではあるのだけれども。

 陽も傾いてきて真昼間よりは気温が下がっているとはいえ、まだ暑かった。これでも今日はまだマシな方らしいと知り、思わず「秋まだかなぁ」などとも考えてしまう。
 それから不意に、射的屋台とは反対側に目を向けた。
 そちらには、養子となったルナフィリアにとっては義母にあたる百地・悠季(ga8270)と、彼女に抱っこされた赤子の姿があった。赤子の名は時雨、悠季とアルヴァイム(ga5051)の間に生まれた娘であり、つまるところルナフィリアにとっては妹ということになる。ちなみに顔立ちは父親を少しふっくらさせた感じだけれども、天然パーマの縮れ赤毛というのは、両親の髪質を足して二で割っている。
「改めて姉妹になるけど、その辺は気楽にね」
 初めて時雨と顔をあわせた際に悠季はそう言って微笑してきたし、自分からも時雨に「よろしく」と言ってはみたものの、正直なところ『妹』との接し方というかどういう反応をすればいいか、ルナフィリアはまだ分からずにいた。何せ赤ん坊の相手などしたことがない。
 距離感に慣れていないといえば、養父母となった二人についてもそうだ。
 夫婦で過ごす時間を邪魔するのは悪いか、というのは気にしすぎだとしても――二人はつい先日まで戦友で、『アル兄』『ゆー姉』と呼んでいる通りの存在で。呼び方はそろそろ変えるべきかと思いつつも、妙案が思いつかずに保留していた。
 そのうち何か思いつくだろう、と希望的観測をしつつ――更に周囲に視線を巡らせる。
 それで抱いた感想は、それまでとは全く別のものだった。
 ――表に出すことはしなかったけれども。

 抱っこしている関係上、悠季には適度に休憩が必要だった。
 何度目かの休憩でベンチに腰を下ろした時、悠季は見知った姿を見かけた。
「あ」
「‥‥あ」
 不意に目が合った知己は、瑞姫・イェーガー(ga9347)。
 彼女は今、ベンチのすぐ横の屋台で――販売側に回っていた。

 時間は少しばかり遡る。
「上手く行くかな‥‥、自分の腕に自信が無いわけじゃ無いけど緊張する」
 屋台の準備をしながら、瑞姫はそう呟いた。
 開店前の屋台に並ぶのは、シルバーアクセサリーの数々。ちなみにこれらは全て自作である。
「前に店を手伝うのはあっても、僕らだけで開くというのは初めてだからね‥‥」
 そう言いながら、イスル・イェーガー(gb0925)は段ボール箱を瑞姫の足元に置く。ちなみに彼の耳にも、やはり自作したシルバーイヤーカフがついていた。
「イスル、荷物運びお疲れさま。後はレイアウトとか私がやるから少し休んで良いよ」
 その言葉に、それじゃお言葉に甘えて、と肯きを返し、イスルは少し離れたベンチに腰を落ち着かせた。
 まだ高い太陽と、その光に遮られてはっきりとは見えない赤い星を見上げて、呟く。
「大きい戦いももうすぐ終わる‥‥戦い以外のことも、少しは考えて、出来るようにならないとね‥‥」

 そして屋台は営業時間を迎え。
「おばさん、これくださいー」
「まいどあり!!」
 原価を考えるとほぼ利益が出ないほどの手頃な値段なので、比較的幼い年齢層にもそれなりに売れていた。今もまた、小学生と思われる女子たちが一人一つずつリングやネックレスを買ったところだ。
 少女たちを見送りつつ、瑞姫は一つ溜息を吐く。
「おばさん‥‥って、お姉さんだよまだ」
「おばさん、か‥‥ふふ、ならボクはおじさんかな? ‥‥今思うと、僕らもだいぶ歳を取ったというか、成長したというのかな‥‥?」
 瑞姫のぼやきを聴いて、イスルは苦笑した。能力者としての戦いが始まってから数年が経っている。きっと自分たちも、それなりに成長を遂げたからこそ今の姿があるのだろうと思った。
 店頭に立つ瑞姫の知り合いもそれなりにこの花火大会に来ているらしく、先ほどの悠季に続いて今度はティリア=シルフィード(gb4903)が屋台の前にいた。彼女の恋人であるノエル・アレノア(ga0237)も勿論一緒だった。

 瑞姫と軽く話をするティリアの浴衣姿を、ノエルは少しだけ後ろから見守っていた。
 去年もこうして二人でここに来て、こうして屋台を見て回り。
 この後は花火を見る、という予定も、去年と同じだ。
 この生活がずっと続けばいいのに‥‥と、思い耽らずにはいられなかった。
 ティリアもそう思っていてくれれば尚更いい――と。
「どうしました?」
「‥‥いえ、何でもないです。いきましょうか」
 話を終えて小首を傾げたティリアにそう微笑を返し、二人はまた屋台を歩き回り始めた。

 それから少し後に瑞姫の出店に立ち寄って「誘ってくれた御礼に」とタンブラーを受け取り、朝澄・アスナは、夜十字・信人(ga8235)と共に屋台行列を歩いていた。
「そーいやカロリーメイトと珈琲以外を食ったの、5日ぶりだった」
 屋台で買った焼トウモロコシなどの食品に舌鼓を打っていた信人がぽつりと呟いたので、アスナは心配になってその顔を見上げる。
「‥‥大丈夫? さっきから思ってたけど、ちょっと眠そうだし」
「んー。ああ、実は最近あんまり寝てない‥‥」
 迫る本星攻略の為の準備が忙しいのだと、信人は言う。小隊メンバーへ配備する装備の調達や戦術・作戦の構築、訓練、作戦後の打ち上げの準備、かくし芸の練習。一部本当に必要か疑問符がつくものも含まれている気がしたけれども、それを差し引いたところで忙しさはきっと変わらない。
「だが今くらい、多少無理しておかんとな。なーに、寝不足で出撃するような馬鹿はしないさ」
 言って、信人はロボットダンスを始める。妙に上手いのが何故かは兎も角、自分が元気であることをアピールしているのだろう。
「でも」
「心配ないさ。こうしてここに英気を養いに来たわけだからな」
 信人が苦笑しつつ頭を撫でてくる。
「‥‥うん」
 勿論心配の種が完全に消えたわけでもないけれども、アスナは顔を埋めるように肯いた。
 ――と、前方を見た信人がある光景に気付いたらしく、急に険しい表情になった。
「いかん、隠れろ。あの子の邪魔をして後で怒られたくない」
「え? え?」
 言われるままに屋台の陰に隠れたアスナは、信人の視界の先にいたフェイト・グラスベル(gb5417)には気付けなかった。

●小さな夢
 河川敷での花火大会が始まるのは午後七時だったけれども、河川敷ではその数時間前からとあるミニイベントが行われていた。
「暑いぜ。川の近くじゃなけりゃ、へばっちまうとこだぜ」
 急拵えのステージ上に立つのは、エイラ・リトヴァク(gb9458)。ちなみにステージ上の機材の用意や設営に彼女自身も携わっていた。
 ステージを照らす陽の光に目を細めてから、ステージ下に集ったギャラリーに目を向ける。
「あたしは、傭兵アイドルグループalpのエイラ・リトヴァクだぜ。
 花火が始まるまでの間盛り上げるんで、よろしく」
 彼女のその言葉を合図に、

『eternity blue』
 
  ボクらは、いつから眺めていたんだろう
  いくつかの 分かれ道を過ぎた頃から
  それを 愛おしく思ったのは

  だけど、平凡が嫌いで自分たちしか見なくなった
  宙も、海も余計なモノで 濁らせた
  失うことなんか 知らないまま

 間奏の間に、エイラはギャラリーの中によく知った人影を見つけた。
「おい瑞姫、暇なら付き合えよ。隊長命令だ!! 拒否んなよ!」
 店の切り盛りを抜けてさりげなく応援に来ていた瑞姫に向かって、そう声を上げる。
「えっ、エイラ。そりゃぁ、確かに同じグループだし‥‥。今は部下だけど、何にも用意してないんだよ。
 ‥‥ったくしょうがないなぁ」
 苦笑交じりに、瑞姫もステージに上がる。

  上から見下ろす この星
  とても儚く 綺麗なモノだから
  取り返すんだ

  ボクらを 支えくれた この星と
  これからもずっと 生きていく為に

 ――曲の終焉とともに、巻き起こる拍手。
 その後も数曲を歌い上げ、宣言通り河川敷を盛り上げていくのだった。

 ■
 
 午後六時五十分、河川敷での花火大会の開始まで、もうすぐである。
 セシル シルメリア(gb4275)はその河川敷で待ち人をしていた。
 日はほぼ暮れたけれども、まだ純粋な気温と湿気、周囲の熱気もあってそれなりに暑い。クーラーの効いた部屋でぐでぐでしたい気持ちもあったけれども、ここはぐっと我慢する。
 何せ、折角のデートの機会なのだ。

 待ち人たるフェイトは、程なくしてやってきた。ここに来る前にどこかへ寄っていたようだったけれども、どこに行っていたのかは訊かないでおく。
 出会い頭にまずハグをし、身体を離した後、フェイトは首を傾げて訊ねてきた。
「そういえば、セシリーは花火って見た事ありますかー?」
 セシルは外国人だし、彼女にとって初めて見る花火が自分と一緒なら、などとセシルはフェイトの心情を推測してみた。ここだけの話、ほぼ正解である。
 けれども。
「初めてですー‥‥なんて言うと思ったか!」
 そう答えて、再びハグ。
「残念ながら花火も祭りも経験済みですー。かき氷キンキンも体験済みなのだー!」
 どーん、と効果音がつきそうな力強い宣言の後、
「‥‥でもフェイトと回るのが楽しくないわけがないのですよー♪」
 そう言って照れ笑いを浮かべた。

 そうこう言っているうちに河川敷での花火大会の準備が整ったらしく、様々なタイプの花火が用意された。
「色々ありますね、どれにしましょうか!」
「そうですねー」
 二人は仲良く興味を惹かれる花火を探し――。
「あ、このおっきめのとか一緒に持ってやってみますー?」
 やがてフェイトが目をつけたのは、手持ちにしてはやや大ぶりの花火だった。
「じゃあじゃあ一緒にやりましょですよー♪」
 セシルも満面の笑みで肯き、二人で一つの花火を手に持つ。
 火を点け、鮮やかに放たれる七色の閃光を注視していると、すぐ傍のフェイトの視線は自分に向けられていることに気付いた。
「にょ? 何ですかフェイトー?」
「何でもないのですー」
 見つめ返しても、フェイトは口元に浮かんでいた笑みを絶やさなかった。花火の灯りに照らされるそれを見て綺麗だと思ったことを、当のフェイトもセシルに対して思っていたことも、ここだけの話である。

「ったく、桃2誘うだんったぜ。花火ってのは一人で楽しむもんじゃねぇからなぁ‥‥」
 セシルたちから少し離れた場所では、花火開始前に河川敷を盛り上げたエイラが一人で手持ち花火の光を見つめていた。
「瑞姫のとこ‥‥、あたしは、んな野暮なことしたくもねぇ‥‥。こうなりゃぁやけだ楽しんでやる」
 ぶんぶんと首を振って立ち上がったとき、遠くで鈍い発射音が聞こえ――甲高い上昇音の後、夜空を色とりどりの光が照らし始めた。

 上がり始めた打ち上げ花火を、信人とアスナは河川敷に腰掛けたまま見上げていた。
「しかし、俺たちの付き合いも長いな。お互い、結構いい年になって来たもんだし」
 信人がしみじみと言うと、アスナもまた感慨の篭った息を吐いた。
「そうねー‥‥もう4年、かしら?」
「いや、お前は10代にしか見えないんだけどな」
「何か言った?」
 ぼそっと聴こえないように呟いたのに。20代も半ばに差し掛かり、幼く見られることにより過敏になったのだろうか。「何でも」と信人は小さく首を横に振り、気を取り直してアスナの顔を見た。
「いい加減、戦争を終えてちゃんと指輪持ってプロポーズをしたい。その為にも、お互い生き残ろう」
「‥‥うん」
 若干間が空いた理由は、不意に少しだけ不安の色を覗かせた彼女の表情が物語っていた。
「死亡フラグっぽいか? 大丈夫、へし折るのは得意だ」
 だから信人は、そう言って笑った。

 それから二人、黙って花火を見上げているうちに――信人は、穏やかなまどろみに包まれつつある自分に気付いた。
(今くらいは、良いよな)
 その安らぎに逆らう理由も、特にない。信人の身体は自然、アスナに寄りかかっていた。
「‥‥おやすみなさい」
 優しい眠りに落ちる間際、そんな言葉が聴こえたのはきっと気のせいではないだろう。

 ■
 
 花火大会を前に店を畳んだ瑞姫とイスルもまた、河川敷で空を見上げていた。
「――花火を見るなんてだいぶ久しぶり、かな‥‥。やっぱりいいものだね」
 隣でイスルが言うのに、瑞姫は肯く。
 平穏な時間は、確かに間違いなくいいものだろう。けれども――彼女の中には、それを望むモノとは別の気持ちがあった。
「‥‥矛盾しているけど、傭兵として今でも強い相手と戦いたい思いもある。勿論、命を奪うことになってもね。
 覚悟が付いたのは、子供を産んでからだけど」
 自然、空を見上げる目つきがギラついたものになる。
 命の尊さを、自ら新たな命を産んだことによって知っているからこその、矛盾。そう分かっていたとしても、その気持ちだけは今も抱えていた。
 ただ一方で――やはり、こういった時間も、大切にしたい。
「今度は、親子水入らずで来られたら良いよね」
 再度の呟きの時には、目の色の危うさはなくなっていた。
 それに気付いたかどうかは分からないけれども、イスルは「うん」小さく肯いた。
「‥‥次の大きい作戦も、みんなでちゃんと帰ってきて、今度は親子三人で花火見に来ないとね‥‥。
 ふふ、でもそのまえにお土産でも買っていてあげないと、あの子も怒っちゃうかな? 選んで帰ろうか」
 そうだね、と瑞姫もまた、我が子を想いながら同意を示す。
 今度、また。その約束を果たす為にも――。
「エイラ隊長を、支えてあげよう‥‥私の出来なかった事をしているんだからさ」
「‥‥そうだね‥‥。それが僕らの、今の役目の一つだ」
 その決意には、二人で肯きあった。

●明日を照らす、空の華
「此処、此処が穴場なのですよ!」
「おおう、穴場ーですか。そうですか」
 事前に二人きりになれるポイントを探していた甲斐があった。
 海岸での花火打上げが始まる直前にフェイトがセシルを引っ張り移動してきたのは、海岸沿いの道路から続いている長い上り階段の踊り場だった。ここを上っていくと神社があるけれども、境内周囲には木々があることもあって花火の見易さという意味では今ひとつらしい。
 一方で階段は真正面に花火の打ち上がる様を見ることが出来る、と住民から聴いたのは僥倖だった。
 人も少ないのがこの上なくいい。
 何故なら――ここでなら手を繋いだりするだけでなく、
「思う存分イチャイチャ出来るのです!」
「よしきたですー♪」
 そんな感じに、お互いにぎゅーっとくっついていたりしても何ら問題はない。
 もっと言えば、人目を気にする必要がないのでキスだってしてもいい。
 ――もじもじと『キスしてほしい』オーラを醸し出しているのがセシルにもしっかり伝わったのは、すぐに行動で示された。

 そうこうしている間に、大輪が空に咲き乱れ始める――。

 二人はそれを、相変わらず凄く近い距離のまま見つめていた。
「綺麗ですよねー‥‥。戦争が終わったら、もっと沢山素敵な景色見られるようになりますかねー」
 フェイトはそこまで言ってから、すぐ傍にあるセシルの顔を見た。考えていたアイデアを、彼女に告げる。
「もしそうなったら、一緒に見に行きませんか?
 ほら、のんびり旅してみるのもいいかなー、なんて」
「ぬー、旅ですかー‥‥」
 セシルは一度フェイトの顔を見てから花火に視線を戻し、思案しているようだった。
「お店のこともありますしー、でも楽しそうですねー♪」
 再びフェイトの顔を見たときには、彼女は満面の笑みを浮かべていた。
「まぁおいおい考えましょうですよー♪ これからもずっと一緒なんだし、時間は無限に最大限ー♪」

 ■

 悠季は空の大輪を、これまでのことを思い出しながら見ていた。ちなみに時雨は今、アルヴァイムが背負うベビーキャリーに乗ってうとうとしている。
 四年前――戦いに身を投じたばかりの頃は只管に孤独だった。
 親を含めた親類縁者も、世話をすべき身寄りなき子供も、手に届くところにはいなかった。
 ちらり、家族たちの顔を順々に一瞥する。
 ――自暴自棄になって燃え尽きていたあの頃の自分に、今の自分は恐らく想像できなかったろう。
 それでも、あの時の自分がいたから今がある。
 忙しくとも、遣り甲斐の――生きる甲斐のある今を。

 ■

 エスターとケイは海岸の人だかりから少し離れた場所で、花火を見上げていた。
 花火が珍しいのか、とケイが訊ねると「それくらい知ってるわよ」とエスターは返してきた。ただエスターの知る花火は大味とのことで、いま彼女の目は吸い込まれるように空のそれへと向かっていた。
 ケイはそれを一瞥してから、自らもまた空を見遣る。
(‥‥この花火が終わったら、今日が終わったら)
 間近に迫った大きな戦いの事を考えなければならない。
 不意に、そんなことが脳裏を過ぎる。楽しい時間の中、今の今まで考えないようにしていたのに。
 ――こういう時間を過ごせるのは、これが最後かもしれない。
 何度振り払っても浮かんでくるこの考えにも、もう慣れたつもりだったのに。今更それがまた、漠然とした不安となるのは何故だろう。
 もう一度、エスターの顔を見た。相変わらず黙って空を見上げている彼女の手を握り、
「‥‥また来年、一緒に見に来ようか」
 呟く。こんな約束でもして『繋いで』おかないと、また失ってしまうような気がしたのだ。
 まさにその時である。
「家は欲しいわね」
「へ?」
 唐突なエスターの言葉に、ケイは目を丸くした。
 彼がその意図を掴めずにいる間にも、エスターは淡い笑顔で提案を続ける。
「アパートメントも悪くないけど、やっぱり将来的には家が欲しいわ。
 ペットは飼う? 立地にこだわりはないけど、伝統と情緒のある街がいいわね。どう思う?」
「あ、ええと‥‥どうって」
 かつて彼女が逃避で吐いた絵空事に、内容が似ている。
 ケイが答えあぐねていると、エスターは一瞬だけ拗ねたような表情を浮かべた。
「おかしくなった訳じゃないわよ」
 それからまた、笑顔に変わる。ただし今度は、先ほどのものよりも存在感のあるものだった。
 まるで、いなくなりなどしない、という意思を示すかのような。
「希望よ。そこに進む意志さえあれば、絶対に絶望なんてしない。
 ――うちはちゃんと、ここにいるわ」
 それらの言葉を、ケイは呆けたように聴いていたけれども――すぐに、その真意が自らの心の中にも染み込んでいっていることに気付いた。
「‥‥ああ、そうだ。そうだよな」
 呟いて、力強く肯く。
 今、彼女はしっかり前を見据えて立っている。いまの言葉たちが、それを象徴している。
(それなのに、俺が弱気でどうする。
 絶望なんてしてやらない、不安もこれっきりだ)
 小さく―本当に小さく頭を振ってから、今度こそ、笑って見つめ返した。
「‥‥ありがとう、エスター」

 ■

 瑠亥と雨音は、去年と同じ場所――海岸に下りる階段の下で花火を見ていた。
 二人とも、無言。ただ、瑠亥はその腕の中にしっかりと雨音を抱き寄せている。
 彼女の温もりを放さぬように――。
 視線は花火に向けながらもそんなことを考えていると、頬に柔らかな感触が走った。
 一瞬驚きつつ、雨音の顔を見る。不意を突いて瑠亥の横顔のキスをしたことは彼女の少し照れたような表情が物語っていた。
「今日は楽しかったです‥‥ちょっとはしゃぎすぎた気がしなくもないですけれど」
「たまには、はしゃぐのもいいかなと‥‥そういう姿を見るのも、俺は楽しいし‥‥な」
 揃って、口元に笑みを浮かべた。『雨音に年頃の付き合い方を』という狙いがあったという意味でも、瑠亥にとっても今日のイベントは満足いくものだったといえる。
「また来年――そしてその次の年も。こうして二人で花火を見上げることができたら良いですね、瑠亥‥‥」
「そうだな‥‥また見れるといいな。雨音‥‥」
 その希望が引力となったかのように、互いの唇が近づいて――今度は唇同士が触れあい、深く長いキスを交わした。

 ■

 海岸の花火も、少しずつ終わりに近づき始めていた。
 リオンとアメリーは人の喧騒から少し離れた場所で空を見ていたけれども――不意に、リオンは口を開く。
「――アメリーは、この戦いが終わったら‥‥どうするか、考えてたり、する?」
 唐突な問いかけに、アメリーは少々驚いたようだった。少しの間首を傾げてから、答える。
「考えてることはあるけど、どうして?」
 逆に問いかけられ、
「バグアとの決戦に勝っても‥‥それですべてが、終わるわけじゃない」
 リオンは胸の内に秘めていた思いを紐解き始めた。
「まだ知られてない、バグアの研究施設とかが‥‥この地球にはまだ残ってるはずで。そこには、助けを待ってる子供たちがたくさんいると思うんだ。
 ――あの時の、アメリーみたいに」
 あの時に見た陰惨な光景を、今でも忘れられはしない。アメリーと出会った切っ掛けになった場所だから、というのも印象深く残っている理由ではあるのだろう。けれども仮にそれを差し引いたとしても、まだあの時のような現実があるのなら、孤児である彼が見過ごせるわけがなかった。
「‥‥‥‥」
 アメリーは此方を見たまま、黙って首肯した。
 リオンもまた一つ肯いて、その先を告げる。
「僕は‥‥そういった子たちを、一人でも多く助け出したい。
 そして、できれば、アメリー、君にもそれを手伝ってもらえたら‥‥うれしいんだけど‥‥ダメ、かな?」
「そんなわけないよ」
 即答だった。その反応があまりに素早かったので逆にリオンが目を丸くしていると、アメリーは照れたような笑みを浮かべた。
「だって考えてたこと、全く同じだしね」
「アメリー‥‥」
 心の内に広がる温かな気持ちに導かれるように、気付けばリオンはそっとアメリーを抱き寄せていた。
「‥‥今度の戦いに勝って‥‥僕は、かならず、アメリーのところに戻ってくる。
 約束‥‥するよ」
 ――腕の中で、アメリーが小さく肯くのを感じながら。

 ■

 セシリアとケイは、事前にセシリアが探しておいた人気のない場所へ移動し、もうすぐ終わる花火を言葉もなく見つめていた。
 その最中、セシリアは花火を見上げるケイの横顔をちらりと見た。
 花火も、花火を見る彼女も綺麗だと思う。
(何時も私に、優しさをくれる人‥‥)
 その彼女が何かを想っていることは知っているけれども、自分は聴くだけ。ただ、此処にいるだけ。
 彼女の気持ちも心も、ただ綺麗だから――何も言えなくなる。
 だから、彼女の心の伝わる距離である此処に、居るだけ。

 二人黙ったまま、自然、指が絡み合い――しっかりと手が繋がれた。

 花火は咲いて消えるし、自分も彼女もいつかは消えてしまうけれども。
 少しでも長く、彼女の傍に居られますよう――。
 そう願うセシリアと繋いだ手の温もりが、ケイにもまたあることを願わせる。
 セシリアがラスト・ホープを離れた時、ケイが思い知らされたのは「当たり前」であるということは凄いことだということだった。
 だからこそ、いま「当たり前」のように二人でここにいることを大切にしていきたいと心から想っていた。
 隣にセシリアがいること。自分たちが生きていること。
 ――考えている最中、セシリアと目が合い、微笑みあう。
 そして、こうして微笑みあうこと。
 この偶然であって必然でもあるということが、何よりも大事なのだ。
 セシリアが傍にいて微笑んでいてくれるのならば、他に何もいらない。
 そう思えるほどに幸せな時間が、どうか長く続きますように――。
 最後に上がった花火、空に残ったその余韻を見つめながら、ケイは願った。

 花火が終わり、人々の歩く流れが変わり始めた。もうすぐ二人のいるこの場所にも人の流れが入り込むだろう。
 その前に――。
「ねぇ、セシリア。写真を撮りましょ?」
 自前のデジカメを懐から取り出して、ケイはそう提案する。セシリアは小さく肯いた。
 カメラを手頃な高さの台に置いてオートシャッター機能を準備した後、ケイもまたカメラの画面内に収まるように急ぎ彼女の隣に並んだ。
「来年も‥‥また一緒に来ましょうね」
「はい‥‥また、二人で、こうして過ごしたいです‥‥」
 微笑み合う。何気ないけれども特別な、大切な思い出を、心と形に収めて。

 ■

 花火の火薬の匂いが、祭りの余韻となって道に漂う。
 その道を手を繋いで往きながら、ノエルとティリアは語らっていた。
 最初は祭りのこと。次に、迫る最後の戦いのこと。
 そして――先に『未来』のことについて口を開いたのは、ティリアだった。
「――ノエルさんは、バグアとの戦いに決着がついた後のこととか‥‥考えたり、してますか?」
「この戦いが終わったら‥‥? そうですね‥‥」
 ノエルが思考に耽る間、ティリアはずっと彼の横顔を見つめていた。
 一方的に見つめるだけの時間は、それほど長く続かなかった。ノエルもまた、ティリアの表情を見つめ返す。
「僕には、帰る故郷が無いから‥‥このまま貴女と一緒にいたい。
 だから‥‥改めて、貴女にプロポーズを申し込みます」
 ノエルはそう告げてきた。
 考える時間が短かったのは単に言葉を探していただけで、結論自体は前から彼の中にあったのかもしれない。
 そう考えると、より一層――。
「‥‥嬉しい。気を抜いたら涙が止まりそうにないくらいに‥‥」
 口にした言葉通り、ティリアの中に込み上げるものがあった。
 
「‥‥でも」

 だからこそ、言わなければならないことがあった。
 一人娘のティリアに無理矢理裏稼業を継がせようとした『あの男』――父親から逃げるようにLHを訪れてから、早3年。
 実家からのアプローチは、バグアとの戦いでの混乱も影響したせいかなかったけれども――戦いが終われば、そうは言っていられなくなる。
 もう、逃げられない。
 ――それならばいっそ、逃げずに立ち向かおう。
 そう、ティリアは心に決めていた。
「ノエルさんをはじめ、LHで出会った沢山の人たちのおかげでボクは変われました。もう、昔の逃げ出すことしかできなかった自分とは違う。
 だから――バグアとの決着がついたら、実家に戻って父親と話をつけて‥‥逃げ出した過去に決着をつけてきます」
 実家に戻る――その決意を聴いたノエルは一瞬目を丸くしたけれども、それから恥ずかしそうに地に目を逸らした。
「止めは‥‥しません。‥‥行ってきてください。
 今のティリアさんなら、きっと大丈夫。僕はそれを信じて、貴女の帰りを待っていますから」
 言って、ノエルは繋いだ手はそのままに、もう片方の手をティリアの背に回す。
 ティリアの細い身体を完全に腕の中に収めてから、繋いでいた手も背に回し――抱き締めた。
「出逢ったばかりの頃は放っておけない気持ちが強かったけど‥‥知らないうちに、僕はティリアさんに頼るようになってたんだ‥‥ね。
 ――これからもずっと、貴女への想いは変わらないよ」
 ティリアもまた、両腕をノエルの背へ回す。
 ありがとうございます、と、小さな呟きが漏れた。

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 夜が明ければ、戦いが待っている。
 ――それぞれの胸の内に残る今宵の記憶が、先を見据える為の糧となれば。