●リプレイ本文
●遅すぎる思春期
「アイシャ中尉、援護します。高千穂中尉を迎えに行きましょう」
夜十字・信人(
ga8235)の言葉に、アイシャはハッとしたように身体を震わせた。どうやら思考に耽ってトリップしていたらしい。
そんな彼女に対し、氷室美優(
gc8537)がからかうような視線を向けつつ首を傾げる。
「‥‥慎が心配?」
「ち、違うわよ!」
「顔に書いてあるのよ。
ていうか、そんなぼけっとして、落とされないでよね‥‥」
しっかりしてよね全く、と美優はひとつ溜息を吐いた。
「慎さんたちも心配ですし油断はできない、けどまぁ‥‥負ける要素もないはずです。
だから落ち着いて‥‥確実に行きましょー。でしょーか?」
「じゃ、旦那様ご一行を表までお出迎えするとしようか。ね、アイシャ」
「冷静に対応していいとこ見せればコロリですよきっと!」
「だーかーらー!! ‥‥いいわよ、もう」
芹架・セロリ(
ga8801)と美優の言葉にぷー、とふてくされるアイシャ。何に対して反論しかけたのかはバレバレである。
「‥‥まぁ『女子力向上計画』の成果が出てるとも言えるから喜ぶべきことなのかもしれないけど。
今頃になってようやく思春期がやってきたみたいな反応よね、あれ」
とても28歳には見えないアイシャの挙動に、一ヶ瀬 蒼子(
gc4104)は肩を竦めた。
ブリーフィングルームを出てもアイシャの様子はいつもとどこか違った。
「アイシャ中尉‥‥。なんか今日は乙女な感じですね。一生懸命で。‥‥ああ、やっぱり高千穂中尉が心配、と」
「ち、違うって言ってるでしょー!?」
その変化を端的に表現した信人の言葉を懸命に否定するアイシャ。そうは言っても、顔が真っ赤では説得力が皆無である。
(いつもより多めに猪突猛進ってとこか? そりゃ、想い人が追われていればそうもなるか)
そんな懸念もあり、
「中尉の練力、一応気にかけておいてくれ、補給の間も惜しみそうだし」
信人はそう、アイシャ小隊のメンバーにも声をかけておくのだった。
●無事なる帰還へ
作戦開始。
真っ先にムラサメを飛び出したのは、高千穂小隊と敵群の間に割って入る先行組。
「威力偵察ですから‥‥戦闘を行っているはずですし‥‥予測値より消費は大きいはずですけどね‥‥」
そのうちの一人、BEATRICE(
gc6758)は、小隊の出発時間と経過時間を確認しつつ、言う。
尤も、練力の消費という意味での心配は小隊だけでなく自機にも向いていた。それもそのはず、彼女が駆るのはロングボウ――地上機である。ブーストをかけなければ宇宙空間の移動もままならない。逆に言えば先行組となったのは、ブーストを利用せざるを得ない状況を活かせるからなのだが。同様の理由で、時枝・悠(
ga8810)機アンジェリカ改も先行組にいる。
同班の中では唯一の宇宙機である美優機ドレイクを含む三機は、ほぼ同時に『それら』の姿を見つけた。
「お‥‥やっと救援か!」
相手もそれに気付いたらしい。前方に捉えた友軍機から通信が入った。無論、高千穂・慎中尉からのものである。
「おかえり慎。アイシャが寂しがってたぞ‥‥っと、まだおかえりには早いか。何はともあれ帰ってからだね」
「今それ言うなよ、考えないようにしてたんだから!」
美優の言葉に、モニター越しの慎は何度も頭を振る。行動に支障が出ていないだけアイシャよりは随分マシだが、相手の名前が出た時の狼狽っぷりは此方も似たようなものだった。
高千穂小隊とそれを追撃するワーム群は、ともに傭兵機から見ると斜め上から滑空するように接近してきていた。ムラサメは高度的には更に下にいるのでやむなしではあるのだが、あまりいい状況とは言えない。
BEATRICEは複合式ミサイル誘導システムを併用しつつ、K−02を射出する。急襲とはいえ、前方かつ下方からだったこともあり回避された数もそれなりにあり、決定的な打撃を与えたとは言い難い。だが、被弾にしろ回避にしろ、その時間を稼ぐことが肝要だった。
ワーム群が対処に当たっている間に若干彼我の距離を開くことに成功していた小隊が、揃って滑空の角度を更に急にし始めた。意図を汲み取った先行組は逆に上昇の高度を上げ、上下で入れ替わるように小隊とワーム群の間に割って入る。
「鬼さん此方、と。‥‥あ、宇宙だと手ぇ鳴らない気がするな」
割り込み際にラヴィーネを撒き散らしつつ、悠は言う。
立ち直ったワーム群も再度小隊を追撃すべく降下の角度を急にしていた為、その上部装甲を突く形となったミサイルは次々と着弾した。手は鳴らないが、差し詰め着弾音が『鳴る』モノか。
着弾を受け多少もたついている間に、先行組は完全に小隊の最後尾につける。そのまま殿となったものの、
「うわ、そうくるか」
自機の下を潜り抜けるように小隊メンバーのKVに迫ったミサイルの弾頭を見、美優が顔を顰めた。今回は回避に成功したものの、これが何度も続くようだと危なっかしいと感じて問いかける。
「ブーストする練力残ってないの?」
「1回だけなら全機いけるけど」
「行ってください‥‥」
慎の返答を受けそう指示を飛ばしたのはBEATRICEだった。言うが早いか、自身はK−02を射出する。またしても――今度は割りあい至近でワーム群がミサイルの雨に巻き込まれ、KVとの距離がまた若干開く。
といっても、ここまでの様子を見ていると開いた距離をすぐに詰めようとしてきていた。今回も時間の問題だろう。動くなら、比較的長く時間を稼げる今しかない。
「悪い――全機、飛ばすぞ!」
傭兵たちに軽く謝罪し、慎は小隊員に指示を飛ばした。
ブーストで一気に距離が開く。当然のように本星型を含むワーム群が同様に加速をかけて追いすがってきたが、殿の存在を無視できるミサイルは撃ちきったのか温存しているのか使ってこなかった。そうなると、殿となった三機にとっては小刻みに位置を変えることで護衛することは難しいことではなかった。
暫く降下を続けた先で、新たな攻撃が生じた。下方から、無数のミサイル――K−02が放たれたのである。
「やれやれ、少ないと思ってしまったのはずっとでかい戦いばかりだったからか?」
放ったのは堺・清四郎(
gb3564)機タマモ。
「相手はこちらだ、FOX1!」
清四郎機はそのまま上昇。小隊や先行組とは横にすれ違うようにしてワーム群の側面につけ、スラスターライフルの銃撃を浴びせる。
一方で、残りの傭兵機とアイシャ小隊も上昇してきていた。
「お疲れ様です。高千穂中尉、迎えに参りました。
うちの妹がそちらの直衛に付くそうなので、こき使ってやって下さい」
信人がそう言うのとほぼ同時に、先ほどの先行組同様に上から滑り込んだセロリ機コロナが、若干距離の開いていた小隊と先行組の間に割り込む。
「あー。アイシャさんが気になるのはわかりますが無理はダメですからね?
よっちーも皆さんもついてますし‥‥‥というわけで援護させてもらいます高千穂中尉!!」
「だっ――」
慎が何を言いかけたのかは不明だが、大よそ戦闘前のアイシャと似たようなものだろうと考えてセロリは前方にアサルトライフルの照準を向けた。更にその横へ蒼子機ヴァダーナフが追いついた。
先行組が横を通過すると同時に、セロリはアサルトライフルを、蒼子はGP−9を放つ。清四郎機から受けた打撃もあり、ここでHWのうちの一機がまず大爆発を起こした。
アイシャ小隊はといえば、清四郎機や信人機とは反対側の側面から上昇を続けていた。
「――さっさと終わらせるわよ。‥‥ほんとに!」
気合というか何かがいつもと違うのは誰の目から見ても一目瞭然だった。
その様子を、特にアイシャ機から眼を離さないようにしつつもやや後方から見守る機体が在る。夢守 ルキア(
gb9436)機幻龍である。また彼女の機体の更に後方には、ムラサメが待機していた。
そうして支援を最優先にしていたルキア機だからこそ真っ先に認知できた動きがある。ワーム群も流石に人類の動きに警戒を示したか、ただ単純に小隊を追い縋るのを諦めたようだった。大方の狙いは変えずにいたが、本星型二機だけが左右に展開しつつあったのである。
そしてそのうちの一機は、側面から一斉射撃を浴びせようとしていたアイシャ小隊――もっと言えばアイシャ機に銃器を向けていた。
「大丈夫?」
すかさずルキアは煙幕を張り出し、本星型の目を欺きにかかる。その間にアイシャに呼びかけた言葉に、
「大丈夫!」
彼女は言葉と共に行動で示した。煙幕を真上に突き抜けると、見下す格好になった本星型にライフルを撃ち下ろす。煙幕の中にいる他の小隊員もまた、そこから本星型へ射撃を行う。本星型は強化FFを張る他ないが、一方でアイシャ小隊がいる側の側面に若干の隙が生じた。
案の定、HWのうち一機が進行軌道を其方へ変えた。傭兵たちの横を抜けて回りこむ算段なのかもしれない。
が――ルキア機の後方から襲い掛かった弾幕が、その足を止めた。言うまでもなく、ムラサメからの援護射撃である。
その間にルキア機もまたブーストをかけ、HWの一機に接近。旋回を交えつつプレスリーの連撃でこれを撃破した。
「7、終わり。‥‥後は今のところ問題なさそうカナ」
予めナンバリングしていた番号を呟き、ルキア機は管制の役割に戻った。
これまでに撃墜したHWは、ルキアがナンバリングしたところの2、7。
「‥‥ここを通すわけにはいかないんだから」
他傭兵機との合流を果たした際に、充分に練力を残していた為先行組も戦線に留まっていた。美優は標的をレーダーと肉眼、両方で見定める。斜め左上方から3、そして真下から5が傭兵たちの壁をすり抜けて高千穂小隊に接近しようとしているのが分かった。
「3は行っとく」
「じゃああたしは5」
同じく動きに気付いていた悠が言うのにそう返し、美優機は旋回、高度を下げつつDREAKSTORMを撃ち下ろした。
足を止められた5は、直後にムラサメからのレーザーに飲み込まれた。それでも辛うじて耐え抜いたようだが、美優機の追撃で成す術もなく砕け散った。
一方で美優と悠が殿から離れたことで、高千穂小隊を護る壁が若干薄くなり、その分――此方も戦力を削られているとはいえ――HWの再接近も容易になっていた。
ディメンジョンコーティングを発動させたセロリ機がアサルトライフルで牽制したり、迂闊な回避機動を見せたモノに対しては正面からは蒼子機のレーザーが、側面からは信人機のミサイルポッドが襲い掛かったが、HWも耐久力だけはそれなりにあるらしく耐え切ってきていた。
BEATRICEが最後のK−02を放ち、数度目のミサイルの嵐が四機のHWに襲い掛かる。これで1、8が爆発したものの、残る4、6は二機を犠牲にしたかのように嵐を突き抜け、一気に接近を図った。BEATRICE自身がスナイパーライフルを放つものの、これもかわしきる。
「ロリ、俺たちの最悪の相性、此処で見せるぞ」
信人はセロリにそう告げると、自身はブーストをかけてHW二機の後方へ回り込んだ。
そしてマシンガンを叩き込み始め――
「名付けて、必殺‥‥はい、ロリ、任せた」
「オーライ! くらえ‥‥天使と悪魔の奏でるエチュード。えと、技名は慎さん任せた!」
「え、‥‥えぇ!?」
技名が凄いことになってしまっていたが、ともあれセロリ機から放たれた光輪コロナがマシンガンで狙い撃ちされたHWの装甲を一気に灼き切って爆散させる。
「円環の理に導かれて逝くが良い‥‥」
「決め台詞あるなら技名も考えろよ‥‥」
きりっと決める一方で慎の呟きが耳に届いたが、セロリは聴こえないことにした。
斜め下から撃ち上げられたマジックヒューズが、3の装甲の下部を焼く。
それで相手が此方に気付いた時には、悠機は高度を大きく上げる機動に入っていた。自然、敵のプログラムは悠機を見失う。その失態は一瞬で済んだが、その時間があれば充分だった。
再び悠機の位置を把握したタイミングに、今度はサンフレーアが襲い掛かった。行き違いにプロトン砲が放たれたものの、その頃には悠機はその宙域よりも更に高い場所に居る。
その時点で、もう3を相手取る必要すらなかった。次の瞬間にはムラサメからのレーザーが、完全に死角を突かれた3を跡形もなく飲み込んだからだ。
高度を上げ続ける悠機の標的は、今は清四郎機が単独で対処している本星型――Aだ。その頃にはアイシャ小隊が対処しているBの方にも、HWを全滅させた傭兵機が向かっていた。
趨勢は決していたが、まだ敵は撤退の素振りは見せていない。だがそれだけに、強化FFはどんどん削ぎ落とされていた。
「セイヤァ!」
小隊が逃れたことで、清四郎はタマモを人型に変形させ、建御雷によるインファイトに切り替えていた。刀が振るわれるたびにAの周囲に赤い膜が張り巡らされていたが――援護に来た悠機の最初のG放電装置の一撃に対しては、発動しなかった。
それまで清四郎機には接近されては逃げつつ射撃、を繰り返していたAだったが、ここに来て戦法を逆にした。至近からバルカンを浴びせ、急上昇してその場を離脱しようとする。
だが、悠機がそこから先の行動を許さなかった。今度はマジックヒューズで足を止めると、その間に立ち直った清四郎機が追随、Aの装甲を下から上へ切り裂いていく。
深い損傷を負ったAだったが、最後になるであろう一撃を、上へ突き抜けていった清四郎機へ向けようとする。
「そろそろ落ちろよ。薄給なんだ、そんなに働かせてくれるな」
それすらも、悠は許さなかった。再びのエンハンサー付サンフレーアが、砕けかかっていた装甲を完璧に貫いた。
●中学生的な何か
「無事だったか」
無事にムラサメのブリーフィングルームへ帰還した慎を見、清四郎が話しかける。
「ああ、なんとかね。助かったよ」
「最終決戦が近い、そのときに不吉なジンクスを作る前に色々進めておいたほうがいいぞ?」
「‥‥何をだよ?」
慎が訝しげに訊き返したその時、
「もー、心配させないでよね!」
ブリーフィングルームに駆け込んできたアイシャが声を上げながら慎にそう詰め寄った。
「‥‥やっぱ心配してたんじゃない」
「‥‥はっ、美優!? っていうか皆いる!?」
美優の呟きで清四郎以外の傭兵たちも全員そこにいることに気付き、
「ち、違うわよ、これはそういうんじゃなくて‥‥!」
「はいはい、分かったから」
「な、何を分かったんだよ‥‥」
溜息を吐く蒼子に、アイシャと慎は揃って狼狽する。
「‥‥にしても、『相方』と同じ戦場に出れるってのも羨ましいな。
爆発しろ。‥‥え、違う?」
「違ってないですよ」
その様子を少し離れたところで見ていた悠の呟きを、セロリは否定しなかった。
何だかんだで仲のいい二人を横目に、
「‥‥‥これだからリア充は」
拗ねた。