タイトル:【PN】護衛×陽動マスター:津山 佑弥

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 3 人
リプレイ完成日時:
2008/05/06 23:53

●オープニング本文


「今回の依頼は山越え護衛よ」
 能力者たちが部屋に入ってくるなり、朝澄・アスナはそう切り出した。

 スペイン北方に、ビトリアという都市がある。年に三つの音楽祭が開かれるという音楽の盛んな街だ。
 しかし今この街の人々に、音楽を楽しむ精神的余裕はない。バグアと人類の競合地域内だからだ。
 そして最近になって、更に状況が悪化したと考えられる事件が起きた。

「バルセロナやバレンシアが陥落したのは知っているかもしれないけど、それと同時にイベリア半島内でのバグアの動きも活発化しているの」
 表向き――ヨーロッパ戦線は未だピレネー山脈を境界に膠着状態のままだ。
 が、このままではいつスペインの他の都市も完全にバグアの支配下に陥るか分からない。
「それで依頼内容なんだけど」
 アスナは険しい表情で依頼文書に目を落とした。
「ビトリアの人々を連れてピレネー山脈を越え、現状安全なパリに連れて行くことになるわ」
「ビトリアの人々、ってまさか全員か? 何千なんてもんじゃないだろう」
 能力者の問いに対し、アスナは首を横に振る。
「もちろん全員じゃないわ。
 バグアに侵略されたってここに骨を埋めてやるんだっていう気概の人も多いから、ひとまず今回の護衛対象になるのは五百人ってところ。
 一応半分以上は山越えできるだけの体力を持った人たちらしいから、私たちはバグアだけに警戒していればいいそうよ」
 気概がないというのはこの場合、責められる要因ではない。何よりも命が大事だと考えるのも人間として当然で、護衛するのに値する。
 アスナの言葉を聞いてその数にほっと胸を撫で下ろす者がいた一方で、「でも」と顔をしかめる者もいた。
「それなら空も地上も警戒する必要があるような」
「そうね。KVも使用許可が下りてる」
 アスナは今度は首を縦に振る。空からワームの攻撃がないとも限らないし、地上にはキメラが闊歩していることだろう。
「一番鍵になるのは山脈になりそうね。彼らは自分たちの足で歩くことになるから。
 それで‥‥今回は私も同行するわ。そんなに能力者として強いわけじゃないけど、連絡役として数の足しくらいにはなると思うし」
 その言葉に、能力者たちは目を瞬かせる。UPCの人間が直接乗り出すとは、なかなかの大事だ。
 何か隠していないか、と誰かがぽつりと指摘すると、アスナは声を潜ませて言うのだ。
「‥‥イタリア半島から離れているから出てこないとは思うけど、敵にもジャミング機能を持った新手がいるそうなのよ。
 万一現れるようなことがあったら手早く報告したいの。ビトリアのある地方にはまだいないと考えられているし」
 なるほど、と能力者たちは各々肯く。確かに自分たちの報告を待つよりは、UPC内部の人間たる彼女の方が迅速に報告できるかもしれない。

「数日間の任務になるから、しっかりと準備はしておいてね」
 アスナはそう言って、ひとまず説明を締めくくった。

●参加者一覧

アグレアーブル(ga0095
21歳・♀・PN
蓮沼千影(ga4090
28歳・♂・FT
ラルス・フェルセン(ga5133
30歳・♂・PN
デル・サル・ロウ(ga7097
26歳・♂・SN
レイアーティ(ga7618
26歳・♂・EL
風羽・シン(ga8190
28歳・♂・PN
龍深城・我斬(ga8283
21歳・♂・AA
サーティス・エラルド(ga8528
21歳・♀・DF

●リプレイ本文

●生存×逃亡
「自分たちの身を守ろうと思うなら極力我々に協力することだな。キメラだけでなく登山自体が危険なのだから」
 デル・サル・ロウ(ga7097)は硬い表情で、人々の列の最後尾からそう声をかけた。
 能力者と人々が通るピレネー山脈西部は東部に比べて勾配は緩やかで、本来なら峠を越えるのに一日もかからないルートもある。
 しかしそのようなルートは人の手の行き届いているもので、それは同時にバグアの目にもつきやすいということにもなる。だから此度行軍することになったルートは、それよりもやや歩きにくいものだ。
 そのため、列の作り方や進行ペースなどには能力者たちが考えた案が盛り込まれていた。

「皆さん、大丈夫ですか〜?」
 列の先頭にいるラルス・フェルセン(ga5133)は、時折そうやって背後を振り返り声をかける。彼の横には今回の道案内を兼ねているUPC少尉の姿もあった。
 二人のすぐ後ろに並んでいるのは、人々の中でも体力が不足している人々である。危険な行軍だけあり普通に歩くのもおぼつかないほど衰えた者はいないが、それでも山を歩き始めて一時間近く経って息が上がり始めた者はいる。
 二人は顔を見合わせる。
「そろそろ休憩ですかね〜」
「そうね」
 肯き合うと、ラルスは無線でその旨を仲間たちに伝えた。

 五百人の列は、二人一組の能力者計四組に護られながら森の中、道なき道を進んでいく。
 そのうち二組は、列の中に紛れて歩いていた。
「私のことは気にしないでください」
 そう言うのは列の中を歩く四人のうちの一人、サーティス・エラルド(ga8528)。周りを突き放すように言ったものの周囲の視線は彼女と、彼女と組むシーヴ・フェルセンに自ずと集まっていた。
 ラルスから休憩の連絡が入り、集団から離れない程度にそれぞれが休む態勢に入っても、それは変わらず。

 これから山を越える。
 その旅に能力者が護衛につくという安心感と、それでも襲う先行きの見えない不安感。

 それらを帯びた視線は、サーティスたちの後方――やはり列の中に紛れ込んでいる龍深城・我斬(ga8283)とラウル・カミーユも浴びていた。
(「生きる為に逃げる事は決して恥じゃない」)
 木に寄りかかったり地面に座り込んでいる人々を見まわしながら、我斬は思う。生きていればそれに越したことはないのだと。
 ラウルも自分と同じように周囲の森を警戒していることを確認し、空を見上げようとしたところで――我斬は彼女の存在に気がついた。
「空が広い、です」
 自分たちのところへ来たアグレアーブル(ga0095)のことである。特に配置を決めずに臨機応変に動くと決めた彼女は、人々の休憩中にほかの能力者の様子も確認しに来たらしい。
 空を見上げている彼女につられて、我斬は改めて空を見上げる。

 ――目に飛び込むのは、雲ひとつない青空。山脈のスペイン側は雨が少ないので、珍しい光景ではない。
 ただ今日はその光景の中に、旋回する二つの機影があった。

●空×山
「俺の愛機、リィラリヒト‥‥皆を護りきろうぜ」
 蓮沼千影(ga4090)は愛機の操縦桿を握りしめて表情を引き締める。
 リィラリヒトと名付けられた機体は彼が操縦桿を操るままに、地上を行軍する人々の上を八の字を描きながら旋回している。今現在はイタリアに戦力が集められているためか、行動開始から数時間経った今までにまだ敵の反応はない。それでもいつどの方向からワームや飛行型キメラが現れるかわからない現状を考えると、一瞬たりとも気が抜けなかった。
 千影のリィラリヒトから見て八の字の軌道のちょうど反対側には、真紅に染まった機体の姿がある。
「‥‥嘗てハンニバルは軍勢を率い、ピレネーを越えてローマに攻め入った。それに対して俺達は避難民を抱えて、ピレネーを越えてパリに脱出か。
 ――気が滅入ってきたな」
 歴史と自分たちを照らし合わせ、ディアブロを駆る風羽・シン(ga8190)――ウィングフェザーという別称を持つ彼は思いきり溜息を吐きだした。
 彼がちょうど気を取り直したとき、
『――来たぜ』
 無線越しに千影の低い声が響いた。どうやらレーダーに反応があったらしい。
 敵を迎え撃とうと旋回したシン機の前を、こちらも赤い機体が通過していった。レイアーティ(ga7618)の機体である。
 まだ千影の無線連絡からほとんど時間が経っていないのにやけに反応が早いと考えてからすぐに、もうすぐ三人で回しているローテーションの交代の時間だということにシンは気がついた。

「‥‥地上隊へ、十時の方向からお客です。手荒く歓迎してきます」
 機体備え付けのものではなく持ってきたトランシーバーで地上班に敵襲を伝えたレイアーティは、無線を切ってから少しの間だけ黙考する。
 わざわざ大規模作戦の迫っているこの時期に山越えを決行する理由。それに少しばかり引っかかりを感じているのだ。
 しかし――人々には実はそれほど深い考えはないのかもしれないし、UPCにしても護衛なしで彼らを逃がすのはただ犠牲を増やすだけだと踏んだから依頼を承諾しただけかもしれない。
 それよりも今は、守る対象である五百人を守るために尽力する方が大事だ。彼は一度頭を振り、思考を追い出す。
 遠くに見え始めていた機影が、みるみるうちに大きくなってくる。小型のヘルメットワーム一機――単体であるのは救いだが、こちらも三機しかいないのだから楽ではない。
 先手を取ったのはHワーム。しかしながら千影機を狙って遠方から放たれたと思しき淡紅色の光線は大きく逸れ、その千影機から反撃とばかりに射撃が放たれる!
 高命中率を誇る兵器はその性能に違うことなく迫りくる敵に命中し、Hワームの周囲には一時的に電気が生じた。ワームの動きが鈍ったところに、ディアブロのうち一機――シンの機体が接近しながらレーザー砲を発射し、更にはその後方からはレイアーティ機が弾丸を放つ。
 立て続けの射撃を受けたHワームは反撃のフェザー砲を連射する。いくらかはKVに被害を及ぼすものの、幸いにして甚大と呼ぶべき被害は被らなかった。その最中にも三機のKVは地上の人々の存在を意識しながら更なる反撃を行っていく。
 KVも数が少ない。そのため戦闘にはそれなりに時間をかけたが――遂に円盤型のワームは、地上で人々が退避している方角とは逆の方向へと墜落していった。

 ワームの襲撃の知らせを聞き、アグレアーブルの判断で人々を森深くに誘導していた地上班は空を見上げた。
 木々の切れ間に臨む空。Hワームが墜落していく様子を視認することはできないが、かすかに空が穢れて見えたのは、煙の残滓が舞ったからかもしれない。
「‥‥新型とやらは来るのかな」
「来ないことを祈りたいですね」
 我斬の言葉に対するアグレアーブルの返答は、地上を歩く誰もが思っていることだった。

●夜×恐怖
 ちょっとした誤算が発覚したのはそれから間もなくのことだ。
 KV班が本来考えていた行動指針は、一人あたり六時間空の監視の後、六時間を補給・休憩に充てるというものだった。空には常に二人がいるようにし、三時間刻みでローテーションをするという手筈だったのだが――実は三人しかいない状況では、長い時間を考えた時この計算は辻褄が合わない。一人当たりの休憩時間は三時間でなければ、空に二人がいる状態での六時間の飛行というのはできなかった。
 それ故、レイアーティと入れ替わりに休憩に入った千影の練力は完全には回復しなかった。今はまだ一日目だから余裕があるが、日程が長くなればやがて覚醒しながらKVを操るだけの練力がなくなる。シンやレイアーティにしてもそれは同様だ。アスナが余裕をもってUPCから持ち出していた、練力回復のできる食糧を随時摂ることで不足分のエネルギーを得ることになった。
 本来は人々のためにもってきたものだけあり、流石に少々料金はかかったが。

 かくしてひとまず問題も解決し、夜を迎えた。一日目の行軍はこれで終了する。
 キャンプを張る人々のためにアスナを見張りに残し、八人の能力者たちは二人一組を一部再編成し行動を開始した。即ち、夜警である。
「睡眠は飛び飛びで取るのか、こういうのにも慣れなくっちゃな」
 とは我斬の言。
 プランとしては八人のうち四人が夜警に向かい、その間に残った面子は仮眠を取ることになっている。

 何事もなければ十分な仮眠をとることができる――

(「‥‥とは、流石にいかないようですね〜」)
 闇に紛れ木陰に身を潜めたラルスとアグレアーブルが見つめる先には、狼のような形状のキメラ。数は三匹、この状態では二人ではやや分が悪い。
 さらに悪いことに、このキメラたちは人々の存在に気付いているようだ。様子を窺うように立ち尽くしているが、その眼や耳の感覚が人々のいる方角に向かって働いているのは暗闇の中でもわかる。
「‥‥」
 キメラに気付かれないよう、無線から合図を送る。それだけで今は別所で夜警をしているサーティスやシーヴだけでなく、待機・仮眠中の四人にも異変が伝わったはずだ。
 しかしながら、応援の時間を待っている時間はなさそうだ。キメラたちは後ろ足で何度も地面をほじくり返し、今にも突進しだしそうな態勢を整えている。
 ――このまま往かせて、人々に恐怖を振りまくわけにはいかない!
 覚醒したラルスの額の青白いルーンの光に、キメラたちは一瞬遅れて気づいた。木陰から現れたラルスと、こちらも覚醒を済ませ髪が膝まで伸びたアグレアーブルの姿をとらえる。
 が、その遅れた一瞬が命取りだ。
「いきます」
 先制攻撃を仕掛けたのはアグレアーブル。敵はどうやらこれ以上はいないようだと判断し、先手必勝の一撃を一匹のキメラに叩き込む!
 吹っ飛ばされたキメラは体勢を整えようとしたが、
「逃がしませんよ」
 兵装に備わるSESを活性化させたラルスの銃弾が、そのキメラを貫く!
 急襲だったこともあり、攻撃二発で一匹を沈めることに成功する。そのころにはキメラも臨戦態勢を整えていた、が――
「ここですね」
 森をかきわけてサーティスとシーヴが姿を現したかと思うと、反対側からは待機していた四人も到着した。
 八人の能力者に囲まれる格好になったキメラは、結局人々のもとにたどりつくことなく土に還ることになった。
 
●脱出×影
 一日目の夜警ではそれきり何も起こらず。
 二日目と三日目では、KV班だけでなく地上班も昼間の戦闘を強いられた。
 しかし敵を発見した際の行動方針がはっきりとしており、また行軍から離れた地点で戦闘は行われたため、人々の目にキメラの姿が留まることはついぞなかった。
 練力不足の懸念があったKV班も――休憩分を補う食料による練力回復もあり、数度Hワームとの戦闘を繰り返しても撃墜することはなく。

 そして――三日もの時間をかけて、人々と能力者は一人の犠牲者を出すことなく山を越えた。

 山脈を越えてしまえばフランス領内。スペインを抜けた以上、今までほどの危険はない。
『そういえば、新型現れなかったな』
『現れたら現れたで大変だったでしょうし、まあいいのでは』
 千影とレイアーティは無線でそんなやり取りを交わす。
 それを聞いていたシンはといえば、
「‥‥しかしまぁ、何だ。学校の遠足や修学旅行で、引率の先生にでもなったみたいだったな。――兎に角、盛大に疲れたわ」
 ひと段落して気が抜けたのか、操縦席でぐったりとしていた。

 休憩のため一機だけまだフランス側の山脈のふもとにいたシン機。
 その数百キロ後方――スペイン国内、ビトリアでは。

 ディアブロと同じ真紅――しかしながら禍々しさを帯びた機体が、爆発し燃え盛る街を上空から見下ろしていた。
 その操縦席に座るのは、愉悦の笑みを浮かべた濃紺の瞳の女性。
 街に到着したころにはUPCと能力者たちが居なくなっていたことなど、赤に染まる地を愛おしげに見つめる彼女にはもうどうでもよくなっていた。