タイトル:【CO】純粋無垢な罠マスター:津山 佑弥

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 5 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/06/29 03:01

●オープニング本文


 アフリカ大陸には大地溝帯と呼ばれる巨大な峡谷が、全部で三つある。
 そのうちの一つが、エチオピアから遥か南、タンザニアへ至る東リフト・バレーである。

「どうにも、あの狸オヤジを追い詰める為にはこいつを越える必要がありそうなんだよ」
 ディロロ、ナミビアの転戦を経て、既に拠点化しているスーダン・ジュバに到着したジークルーネ。
 その艦長にして欧州軍軍団長、ウルシ・サンズ中将は、その『作戦』の為に集った傭兵たちを前にして言う。
 彼女の言葉を合図とするように、傍らに立った副官、朝澄・アスナ中尉はディスプレイのコンソールを叩いた。
 ディスプレイに映し出されたのはアフリカの地図。
 その中に三本のラインが入っている。それは東リフト・バレーを含む大地溝帯を示すものだった。
 三本のラインは途中、で一つへ収束する。そして北からタンザニアまで下ってきた東リフト・バレーと、その収束地点を起点にモザンビーク方面へ下るニアサ・リフト・バレーを繋ぐと――。
 大陸の東側に、断崖絶壁に挟まれた孤立地帯が出来るのだ。
 孤立、と言っても、逆に言えば簡単に要塞化出来る環境ではある。
 これをピエトロ・バリウス――の知識を持つバグアが利用しない手はない。

「だから、まだ南まで攻めきってない今のうちに、侵攻しやすい環境が出来てる北の方からその孤立環境を奪ってやろうって話だ」
「今はどこに拠点を構えているかわからないけれど、いずれにせよ移動してくる可能性はありますから‥‥」
 一つ宜しく頼むぜ野郎共、とサンズが言い。
 その後、それぞれへの指示が下され始めた――。


「えっと‥‥なんか皆の前でこうやって喋るのが結構久しぶりだから、ちょっと緊張するわね。
 内容も内容っていうのもあるんだけど‥‥」
 話す場所をジークルーネ内のブリーフィングルームへ移し、傭兵たちの前でアスナは一つ咳払いをした。
 先程は副官としてサンズの隣にいた為丁寧語だったが、元来依頼を説明する時の彼女の喋り方はこんなものである。本人の言う通り、前に直接依頼のオペレーティングをしてから実に半年以上の時間が経過していた。
「さて、と。ここにいる皆には、司令官を倒してもらうことになるわ」
 慣れた調子でコンソールを叩く。
 ディスプレイに、東リフト・バレーの向こう側を事前偵察した映像が映し出される。
 一見、何もないただの荒野だが――それが実は要塞の一部であることは、一瞬だけ地面に穴が開き、そこから無数のHWが飛び出してくることで疑いようもない事実だと言うことが分かった。
「これとは別に、強化人間が運転していると思われるトラックが入っていくところも発見出来ているのよ。
 皆にも、そこから侵入してもらうことになるわね」
「内部の地図は?」
「今のところは、ないわ。でも、軍人の能力者にも大勢侵入してもらうし、露払いは彼らにしてもらうから、そのついでに分かると思う」
 曰く、兵士は傭兵たちよりも先に侵入し、ある程度道を把握してはそれをアスナを経由して傭兵たちに伝える予定なのだという。
 要するに傭兵たちがすべきことは、戦う力を温存し、切り開かれた道の先で司令官をピンポイントで叩くこと、なのだが‥‥。
「ただね‥‥気をつけてほしいことが、一つあるの」
 アスナが不意に、物憂げな表情を浮かべた。
「何?」
「未確認情報だけど、司令官の手駒に、五人の――しかも身体の一部をサイボーグとして機械化した子供がいるみたい。たぶん、その子たちの相手は任せることになると思うわ。
 注意してほしいことっていうのは――以前そういう子供を殺してしまったこと。サイボーグのことはUPCも知らなかったけど、知らなかったからこそ、士気が下がったことがあるの。
 今はもう知ってるし、たとえ倒しても目に見えて士気が下がることはないと思う。だから‥‥」
 アスナはそこで一度、口を噤んで俯いた。
 後に続く言葉は、傭兵たちにも何となく想像がつく。
 それがおいそれと口に出来るほど軽いものではないということも、本当は口にしたくない言葉であるということも。
 彼女はそれでも――やがて顔を上げ、副官としての決意を湛えた瞳を傭兵たちへ向けた。
「だから――もしも戦うことになって、その子たちが皆を倒すつもりで来ているなら‥‥躊躇っちゃ、駄目。
 抵抗出来なくなるまで、やって」
『殺して』と言わなかった、言えなかったのは、彼女の見せた精一杯の甘さかもしれなかった。


 部屋の隅で、輪を作る五人の子供たちの姿がある。
 子供たちのうち四人は四肢のうち一つが全員別の箇所を機械化しているのが服から出ている部分で分かる。一方、最後の一人は服の上からでは機械化している箇所は見えなかった。
 子供たちはひそひそと会話を始める。
「くるよくるよ」
「能力者が来るよ」
「たくさん武器持ってくるよ」
「殺しに来るんだよ」
「こわーい!」
「「「「こわーい!」」」」
「‥‥の割にはテンション超上がってるじゃないの、ガキども。昨日まで『たいくつー』とか言ってたクセに」
 最後のツッコミは無論、子供たちのどれでもない。
 部屋――司令室の主である女が、机に脚を乗せた尊大な態度で呆れ返っていた。
 司令官というには、此方も見た目は若い。パンツスーツに身を包んだモデル然としたしなやかなプロポーションは、(生きていれば)まだ二十代前半と思われるものだった。顔立ちも整ってはいるが、切れ長かつ光の強い瞳は、性格のきつさを思わせた。
「ここはずっとほっとかれると思ってたんだけどねェ‥‥しょうがないか」
 女は机に踵を蹴り落とし、その反動だけで空中へ飛ぶ。宙で一回転して、机の前に着地した。
 放っておかれていたらそれはそれでラクだった、というのは紛うことなき本音だ。
 長いものに巻かれているのがラクだからそうしているだけで、忠誠心はそれほどない。
 尤も、ラクをするためなら降りかかる火の粉はきっちり振り払う。それが女にとっての唯一の仕事の流儀だった。
 ハァ、と一度溜息をついてから、女は子供たちを一瞥する。
「行って、せいぜい引っ掻き回しておいで。生きて帰ってきたらちゃんと世話してやるから」
 子供たちも降りかかる火の粉を振り払うための道具なのだから、『メンテ』くらいはしておく必要がある。
 その真意を知ってか知らずか、子供たちは愉しそうに司令室を駈け出していった。

●参加者一覧

ドクター・ウェスト(ga0241
40歳・♂・ER
遠石 一千風(ga3970
23歳・♀・PN
赤崎羽矢子(gb2140
28歳・♀・PN
犬彦・ハルトゼーカー(gc3817
18歳・♀・GD
ミリハナク(gc4008
24歳・♀・AA

●リプレイ本文

●葛藤と相反するモノ
 東リフト・バレーの上空で戦闘が繰り広げられる中を、拠点へ潜入する部隊はKVで駆け抜けていく。
 到着した陸地の防備は流石に薄く、先んじて上陸していた欧州軍のKVが既に血路を拓いていた。

 潜入した拠点は、ワームの格納庫も同施設内にあるせいか、地下とは思えないほどに天井が高い。
 既に強化人間やキメラと欧州軍能力者の戦闘が繰り広げられる中、傭兵たちは奥へと向かい駆け出す――。

 ■

「残り8分、早くしないと増援が来るよ!」
 赤崎羽矢子(gb2140)は自らにも言い聞かせるように叫ぶ。
 既に戦端は開かれている。バグア側が強化人間とキメラの混合勢力という統制の取りにくい戦力構成であるせいか、個の力では決して優っているとは言えない兵士たちも、連携を武器のひとつとして必死になって戦っていた。
 中には既に立てなくなりかけている者もいる。うつ伏せの状態から起き上がろうとするその身体をキメラの脚が踏み潰す前に、別の兵士が割って入って態勢を立て直す――否、負傷による撤退を促す時間を稼いでいた。
 いまのところ被害の面では、おそらくバグアの側の方が大きい。
 ただ、だからといって欧州軍にも余裕などあるわけもなかった。
 それでも傭兵たちの姿を見かけると、
「こちらが奥に続いてます!」
「頼んだぞ!」
 兵士のうちの何人かは通路の奥を指差したり、鼓舞する言葉で背中を押す。
「内部情報と露払いありがとうございます。大陸奪還はまだ成されていないので無理しないで無事に帰還してくださいね」
 それに対して、ミリハナク(gc4008)はお礼を告げると同時に被害を軽減するよう訴えた。
 犬彦・ハルトゼーカー(gc3817)は駆け抜けながら、すぐに戦いへ戻った兵士たちの背中を逆に一瞥する。
 自分たちだけではない。彼らが一人でも多く無事に生還するためにも、一刻も早く目的を達する必要があった。
 その意味では彼らの命の如何は、まだ自分の手の届く範囲なのだから。

 兵士による進行方向の指示を何度か受けているうちに、駆け抜ける通路における周囲の戦闘の密度は徐々に薄くなっていっていた。
 いまはもっとも先行していると思われる一部の部隊が、強化人間と戦闘を繰り広げている。だが欧州軍がうまく立ち回れば、その辺りもいずれは、駆け抜けてきた戦域と同じようにより苛烈な戦場と化すのだろう。
 不意に、部隊のうちの一人が傭兵たちの存在に気付き、彼らを見て声を上げた。
「副官が仰っていた子供のサイボーグが、この奥にいるようです!」
「‥‥!」
 その言葉に、傭兵のうち何人かは思わず身を硬くした。
 そもそもアスナが「いる」と言っていたのだし、分かってはいたことだ。
 彼女の言う通り躊躇うわけにはいかないし、そうするつもりもない。
 ただ、その為の覚悟に一瞬の緊張を要した。

 ――兵士の言葉通り。
「「「「「あ!」」」」」
 通路の奥から、嬉々とした声がユニゾンする。
 まだ兵士の手が行き届いていない戦域の最奥に、五人の子供たちが道を塞ぐように横に並んで立っていた。
 どの子も、まだ年齢としては十二、三といったところだろう。
 肌の色はいずれも黒く、元は現地民であったことが分かる。一方で身に纏う衣類が比較的新しいのは、バグアの庇護を受けている故か。

 互いが互いの姿を捉えたとき、まだ距離はあった。
 遠石 一千風(ga3970)は走り続けながらも携帯していた小銃「AX−B4」に持ち替え、連続してトリガーを絞る。
 子供たちはそれぞれに跳躍し回避行動を取る。両脇の二人の少年はその後に隣の壁を蹴り、三角蹴りの要領で他の三人の前にそれぞれ着地。と同時に、傭兵たちに向かって駆け出した。他の子供たちも、それに続く。
「立ち塞がるつもりなら子供といえども容赦はしませんわ。
 痛い思いをしたくなければ降伏なさい」
 ミリハナクの降伏勧告にも、応ずる様子は見せなかった。
 無論、傭兵たちもその間にも駆け続けている。彼我の距離は、一気に詰まり始めた。

「あっちも五人かー」傭兵たちから見て左手前――最初は左端に立っていた少年が言う。話に聞いていた機械化されている部分は、右腕のようだ。
 少年は言いながらも、その右腕を前に突き出した。次の刹那にはその指先から散弾銃の要領で弾丸が複数飛び出したが、これは犬彦が天槍「ガブリエル」で殆どを弾き落とした。
「ぼくたちと同じだね」右手前を駆ける少年が言葉を引き取った。こちらは、左腕が照明にあてられ鈍く光っている。
「これがサイボーグ――しかも、子供‥‥」
「ふん、我輩にはアノ姿、言動が単に惑わせるための計算にしか見えないね〜」
 機械化された四肢と、子供たちの表情のアンバランスさが痛々しい。
 思わず苦い表情を浮かべた一千風の横で、ドクター・ウェスト(ga0241)が酷薄に吐き捨てる。
 実際、それもバグアの計算の内には入っているのだろう。
 ただ家族を殺したバグアへの憎悪のみを信じる今のウェストには、それが子猫だろうと人間の子供だろうと女だろうと関係ない。誰よりも躊躇なく、カウンターと言わんばかりにエネルギーガンの引き金を引いた。
 もとより先見の目でイニシアチブを取っている上に電波増幅をも加味した一撃は、重い。エネルギー自体は『散弾銃』の少年の肩を掠めただけだったが、それでも少年はバランスを崩した。
 ちなみに先見の目の影響は、他の傭兵にも及んでいる。
 ウェストにとってみれば、本意ではないことと見れなくもない。
 以前の依頼におけるある事件が切っ掛けとなり、彼は本来仲間である能力者をも信じられなくなっていたからだ。
 ただ、それもあくまで『人として』という見方も出来る。『戦闘要員』としては『信頼』はしている。
 そうでもなければ、
「本命が控えてるんだし余計な手間をかけてられないでしょ。
 あと、手を抜いて勝てる相手じゃないんだから支援お願い。
 信用できないのは構わないけど、司令官を倒すために互いを利用するって事で?」
 という羽矢子の説得に応じることもなかったろう。
 ともあれ、散弾銃の少年がもたついている間に羽矢子が瞬速縮地で一気に距離を詰め、少年に向かって攻撃――と見せかけ、
「悪いけど吹っ飛んで!」
 即座にモーションを切り替えると、その左後方にいた、右足を機械化した少女の更に後方へ回り込む。
 そしてハミングバードの一閃を叩き込もうとして――次の刹那、鋭い金属音が周囲に木霊した。
「危ないなぁ‥‥」
 咄嗟に間に割り込んだ、隣の少年が呟く。羽矢子が放った一撃は獣突も使用していた為、多少は傭兵たち寄りに吹っ飛んでいる。ただしその間も、表情はそのような焦りは心にもないことを告げていた。
 少年は五人の中で唯一、服の上からでは機械化されている部分が見えなかった。しかし、
「やっぱり、か」
 羽矢子は、自らの刃が切り裂いた服の隙間から窺える金属に表情を険しくする。
 少年は本当にただ『割り込んだ』だけだ。受けるだとか構えるだとか、そういったモーションは一切取っていなかった。
 それなのに手応えは、決して良いとは言えない。どうやら少年の胴体に据えられた機械は、鎧――或いは『盾』の機能を担っているようだった。
 思考する間に『盾』の少年は傭兵たちと子供たちの間に不時着し、一方で右足に機械を据えた少女が羽矢子へ向かって踵を返す。
「やー!」体格に劣る少女が羽矢子に向かって跳躍し、次の刹那には機械の脚を振り上げた。
 サマーソルト。その金属と、再度獣突を放った羽矢子のハミングバードが衝突する。
 互いに威力は相殺されたが、獣突の効果だけは活きた。二人目が傭兵たち寄りに吹っ飛び、そもそも獣突を使用するのは子供たちの分断が目的だった羽矢子は、他の子供たちが尚も前進を続けるのを見て再度瞬速縮地で仲間たちの方へ駆け抜ける。
『盾』の少年はすぐに起き上がると、他の――つまり(傭兵たちから見て)全体的に右側にいた子供たちを護るべく左へ身体を寄せた。
「どうするの? テトラ」
 その後ろ、最初は右から二番目にいた少女が『盾』の少年に問う。チノパンを履いてはいるが、機械となっている左足だけアピールするかのように裾を切り取っていた。
 声をかけられた少年――テトラは、「うーん」視線を虚空に泳がせ、少し考える素振りを見せてから、にかっと笑った。
「いつも通り遊べばいいと思う!」
 その言葉が放たれた瞬間には、既にミリハナクがテトラに肉薄していた。
 身長は少年の方が低いミリハナクが袈裟懸けに刃を振るえば、普通に考えれば少年の首を狩ることさえ可能だ。
 しかしその通りに放たれたハミングバードの一閃は、咄嗟の判断で跳躍したテトラの胴を薙ぐに留まった。羽矢子の初撃同様手応えは悪い。
 更に次の刹那、ミリハナクの足元を衝撃が襲った。構えたスキュータムの下を抜け、足に灼くような痛みが走る。
「――何が起こったんですの?」
「あの少女の足だね〜」
 一旦距離を置いたミリハナクに、事の起こりを見ていたウェストが告げる。
「機械化した足を振り上げると、その勢いでエネルギーがレーザーとして出てくるようだ〜」
 代わりに距離を詰めた一千風や犬彦もそれは見ていた。神斬に持ち替えた一千風が、着地モーション途中のテトラに迫る。
 四足の獣のように着地し、テトラは一千風の横薙ぎの一閃を回避する。
 ただその刹那の瞬間を、犬彦が狙っていた。
 振り下ろされたガブリエルの一突きが、テトラの右腕を貫く。
「いたっ‥‥!」
「「「「テトラ!」」」」
 初めて本当に痛そうな声を上げたテトラに、他の子供たちが揃って心配そうな声を上げた。
 左腕を機械にした少年がテトラを飛び越え、槍を引き抜こうとしていた犬彦に襲い掛かる。
 跳躍の最中にその機械腕が変形し、歪な柄の剣へと化していた。
 考えるまでもなく鋭利な筈のその刃を、何とか槍の引き抜きが間に合った犬彦は再度槍で受け止める。相手が勢いに乗っていた分威力の相殺はし切れなかったが、直撃よりは遥かにマシだろう。
「生憎丈夫さには自信があってな」
 一、二メートル摺り下がり衝撃を抑えた犬彦は言う。
 冷静な口ぶりの中でも心境は複雑だ。

 子供を殺すという行為に、抵抗がないわけがない。
 子供を助けたいと、思わないわけがないのだ。
 ――それでも、殺す。
 心がどうあれ、現に身体はこうして躊躇なく動いている。

 犬彦に勢いを殺された『剣』の少年は、一千風と犬彦に前後を挟まれる形になった。
 それだけではない。
「バグアの基地で大人を伴わない子供はバグアでしかないだろう〜」
 着地のタイミングを狙ってウェストがエネルギーガンを狙い撃つ。少年が右腕にそれを受けて大きく仰け反ったところで、彼の右側からは再度前に出ていたミリハナクがハミングバードを突き出す。いくら生身部分も強化人間であると言えど、その刃は少年の細い腕を貫くには充分なタイミングと威力を誇っていた。
 鮮血が舞うのを背に、一千風がテトラに向け幾度目かの刃を振るう。
「おねーさん、邪魔だよ‥‥っ!」
 彼女に行動を阻害され、テトラは『剣』の少年を庇いに往けずにいた。先ほどの犬彦の一撃の痛みもあってか、流石に少し表情が苛立たしげである。
 その後方にいた『レーザー』の少女は、テトラの援護を狙って足を振り上げたタイミングを、瞬足縮地で迫った羽矢子に狙われていた。横殴りの獣突はクリーンヒットし、壁に叩きつけられた少女は地面に不時着して咳き込んだ。
 その羽矢子の後背に、またしても『脚刃』の少女が空中から襲い掛かる。
 気配に気付いた羽矢子はそれを最初同様ハミングバードで受けると、少女の身体が空中で隙だらけになった。
「ミリハ!」羽矢子が叫ぶ。
 即座に反応したミリハナクが、今度は『脚刃』の少女に狙いを据えた。着地のモーションに入る一瞬の間に肉薄し、少女の生身の方の足を狙って剣を突く。
 刺し貫かれた痛みと衝撃で着地に失敗し、尻餅をつく少女。
 羽矢子はその機械の足めがけ、刃を振り下ろした。

 金属が凹み砕ける鈍い音が連続して響いた後、『脚刃』がその意味を失う――。

「あ‥‥‥‥」
 二度目の――最初は、生身のだ――右足の喪失を迎えた少女が呆然と声を漏らした。
「「「「エリカ!!!!」」」」
 今度は少女――エリカ以外の子供たちが全員叫んだ。テトラの時のそれよりも、悲痛の色が濃い。
 ミリハナクに左足を貫かれたせいもあってか、エリカには既に立ち上がる気力が残されていないようだった。
 尻餅をついたまま、呆然と――自身の首元に刃をつきつける羽矢子の顔を見上げている。
「仲がいいみたいだけど、このままだとこの子死ぬよ」
 羽矢子はあえて酷薄に、子供たちに向かって告げる。
 本心では殺したくはない。ただ、それを悟られるわけにもいかなかった。
「もう一度聞くけど、大人しく従う気はない? 従うならこの子も助けてあげる」
「‥‥‥‥」
 一瞬、戦闘が収まりかけた。唯一心底から子供たちを殺すつもりでいたウェストが、『散弾銃』の少年の攻撃を受け自身に練成治療を施しているところだったのもある。

 ――だが。
 最初に次の行動に移ったのは、テトラだった。

 静かになった――隙が出来たその瞬間に、目の前の一千風の胴体に生身の拳を叩き込む。
 言葉もなかった為思いがけない一撃に、一千風は数メートル吹っ飛ばされつつ、それでも着地には成功した。
 それを見た羽矢子が、双眸をきつく閉じたままエリカの胸元に刃を突き刺し――。
 口から大量の血を吐き出し動けなくなるエリカをよそに、戦場の動きが再度活性化し始める。
「――どうして」
 声を漏らしたのは、態勢を整え直した一千風だった。
 一瞬、確かに動揺した瞬間はあったのだ。
 助けを求められたらどうするか、という葛藤もあったが、それにしてもすぐに思考を切り替えたのには驚きを禁じ得ない。
 今彼女はテトラと距離が生じたこともあり、半ば一対一の様相を呈していたウェストと『散弾銃』の少年の間に割り込んでいた。
 接近戦に持ち込まれると不利になるらしい。一千風の斬撃を、散弾銃の腕で受けながらも――少年は、
「もう、兄弟じゃないから」
 先ほどまでの動揺はどこへいったのかと思えてしまうほど淡々と、そう呟いた。
「兄弟?」
「こういう身体だっていうことが大事なんだよ」
 言い放ったのは、少年の窮状を見かねて割り込んできたらしいテトラだった。
「サイボーグだってことがあんたたちにとってのアイデンティティってわけね」
 数の利を得た分、ある意味一番厄介であるテトラの対処に回れる数も増える。一千風とテトラに追いついた羽矢子が言った。
 だからか、と考えたのは、そこから少し離れた場所――尚も『剣』の少年と交戦を続ける犬彦だった。今は後方からのウェストの射撃もあって、少しだけ思考の余裕があったのだ。
 先ほどからの様子を見るに、どうやらテトラが子供たちにとってのリーダー格らしい。
 その理由は――最も多く攻撃を受けている筈なのに、未だに健在であるその『盾』にあるのだ。
 サイボーグであることが彼らを繋ぎ留める『絆』だというのなら、その根拠足りえるモノを持つテトラが中心であるのは何ら不思議な話ではない――。
 思いがけない意味で人間味のある部分を垣間見たが、それでも犬彦の思いは変わらない。
 それでも、殺す。

 人の命を救う、ということは難しいことなのだ。
 あれもこれも守ってみせるだなんて、一人の能力者の分をわきまえない過ぎた願いだ。
 セイギノミカタを夢見た時間はもう、犬彦にとっては昔話である。

(うちはこの手の届く距離を守ると決めた)
 脳裏を過ぎったのは、先ほど自分たちの道を切り拓いた――今も後方で戦っているであろう兵士たちの姿である。
 そう。今の状況だけを見るのであれば、一刻も早く彼らを脱出させることが――結果的に彼らを『守る』ことにもなる。
 それは決して、手が届かない範囲ではない。だからこうして彼女は今ここにいる。
 けれど。
「――悪いけどお前達はちょっと遠すぎたんだ」
『剣』の少年の攻撃を弾き落としながら、犬彦は呟いた。
 次の瞬間、少年の脚をウェストのエネルギーガンが穿つ。
 バランスを崩した少年の――剣の柄となる部分を、犬彦はガブリエルで貫き、薙いだ。

 五の繋がりのうちニを失うということは、ケースによっては当人に非常に大きな影響を与える。
 今回の場合一番影響を受けたのは、他ならぬテトラだった。
『散弾銃』の少年にはミリハナク、『レーザー』の少女には『剣』の少年に止めを刺した犬彦とウェストが牙を向けている。
 テトラは「二人を守りにいきたい」という気持ちが強すぎる――。
 羽矢子と二人がかりで彼の行動を阻害しながら、一千風はその確信を抱いていた。
 自分たちの斬撃が悉く『盾』に当たっているという余裕もあるせいだろうが、テトラの注意はよく一千風と羽矢子から逸れて『兄弟』の二人へと向かっていた。
 けれど――彼のその余裕は、自分たちが『そうなるように仕向けている』ものだ。
 機械の部分を破壊すれば――という思いが、最初からずっとある。
 しかし、ことテトラに限ってそれは難しいようだ。
 だからテトラが傭兵二人から注意を逸らしたその一瞬、一千風はテトラの胴ではなく左腕を薙いだ。同様に、羽矢子も右腕をハミングバードで斬る。序盤で犬彦が貫いたところと近かったこともあり、右腕はそのまま切り落とされた。
「‥‥‥‥っ!!」
 もはや『兄弟』二人も、自分のことに手一杯でテトラを気遣う余裕がなくなっていた。ただ一人苦悶の叫びを上げたテトラは、立て続けに一千風が左足を斬ったことで体勢を維持できなくなって膝をつく。
 すかさず羽矢子が、ミリハナクの援護に回る。一方で『レーザー』の少女は、犬彦に自慢の武器を防がれてはウェストの射撃を浴び――胴体に穴が空いたところで、犬彦のガブリエルが機械の脚を貫いたところだった。

 最早趨勢は決している。
 それでも子供たちは、抵抗を続け――。

「い‥‥やだ‥‥」
 最後のひとりとなったテトラは、地面に仰向けになった状態で自らの脳天に突きつけられた銃口を見つめた。
 結局、傭兵たちは最後の最後まで彼の『盾』だけは破ることは出来なかった。
 けれども、四肢を全て失った彼には起き上がる術も、抵抗する術もない。
「今更命乞いを聴くつもりはないね〜」
 銃口を突きつけているのは、心底からそう考えているウェスト。
 ――しかしその腕を、羽矢子が止めた。
「何をするのだね〜」
「もう放っておいてもあんたの望み通り死ぬよ、この子は。
 自爆装置を持っているわけでもないし、あんたが力を無駄遣いすることない。まだこの先があるんだ」
「‥‥まぁ、死ぬのであればそれでいい〜」
 渋々といった態ではあったが、ウェストはエネルギーガンの銃口を引く。

 動けず、また喋りすらしなくなったテトラを置いて、傭兵たちは再度奥へと進み始めた――。

●手駒への愛情
 子供たちがいた場所から司令室までは、只管長い直線が続く一本道だった。
 どうやらここまではバグアも防備を敷いていないらしく、全く妨害を受けることなく傭兵たちは司令室へと到着した。

「あー、来ちゃったか」
 傭兵たちが部屋に突入すると、執務机に腰掛けていたパンツスーツの女は面倒くさそうに顔をしかめた。
「ごきげんよう。永遠の休息を与えにきましたわよ」
 ミリハナクは初っ端から突撃しながら言う。装備は移動の間に滅斧「ゲヘナ」に持ち替えていた。
 その斧の軌跡から放たれた真空の刃を、執務机からの着地とその場での跳躍をコンマ一秒の合間に行ってかわし、「やれやれ」と空中で女は肩を竦めた。
 通路同様、天井は割と高い。一千風の小銃の二連撃をやり過ごした女は天井付近まで跳躍し、空中で姿勢を上下に入れ替え――天井を蹴る。
 まるで重力を味方につけたような速度だった。
 突撃態勢の途中で見上げる格好になったミリハナクとウェストの後ろへ一瞬にして着地すると、衝撃に床が微動するのにも構わず回し蹴りを放つ。
「別に仕事が嫌なわけじゃないの。今みたいに、自分に火の粉が降りかかるのが面倒なだけでさ」
 二人を吹っ飛ばしたことを確認するまでもなく、女は再度――今度は斜め前方へ向かって跳躍する。
 壁を蹴り、再度滑空する――だが今度の着地は、彼女の狙い通りとはいかなかった。
「ここを通るのは高くつくぞ」
「――ちぃッ」
 女の狙いは、『火の粉』から逃れる為の逃走経路確保にあったようだった。
 しかしながら、扉の前には既に不動の盾を発動させた犬彦が立ちはだかっていた。弾かれ、地面に片手をついて着地する。
 ちょうど前方の羽矢子と一千風、後方の犬彦の間に挟まれる形となった女。前の二人がまだ向き直る最中だった一瞬に、女は再度跳躍する。
 だが、今度は一千風の銃撃が女を捉えた。上昇は途中失速し、女はやむなく扉の真上の壁を蹴って部屋の真ん中へ着地する。
 その頃にはミリハナクとウェストも体勢を立て直していた。再度女に接近したミリハナクがゲヘナを、ウェストが機械剣を振るう。
 女は軽やかにステップを踏んでそれらを紙一重で避け続けながら、
「――で、どうだった? あの子たちは」
 問うた。
「子供使うとか気に入らないね!」
 ステップを踏んだ先を予測して立ち回った羽矢子が、側面から連剣舞を放ちながら叫ぶ。
 初めてまともにヒットした。女がやや慌てた様子で、それまでよりも大きなステップで距離をとる。が、その着地点を今度は一千風の銃撃が襲い、もう一度跳躍――執務机の上へ逃れる。
「別に、アレは私が好きで使ってるわけじゃないし」
 女は口内に溜まった血混じりの唾の後に、そう言葉も吐き捨てた。
「‥‥駒だから?」
「上から『使え』って言われたっていうね」
 一千風の問いに、女は肯く。
 話に黙って付き合っている時間の余裕はない。その間にも、再度ウェストとミリハナクが突貫し、羽矢子は隙を窺いに駆ける。
「でもまー、駒なりに大事にしてやってるとは思ってたんだけどね」
 ウェストの機械剣の一閃を執務机を飛び降りて避け、
「『私』の生前は母性本能とやらが強いイキモノだったみたいだし」
 ミリハナクの豪快な一撃が叩き割った執務机の破片をサイドステップで潜り抜ける。
 落ち着く暇もなく、一千風の銃撃が今度は女の腰を捉え、若干女の身体がくの字に曲がる。
「‥‥自分の子供なんかいなかったクセにさ」
「いい加減黙りなよ、あんた」
 ――そこへ、羽矢子が肉薄した。
 今度は連剣舞を、連打。体勢を崩していたこともあって、女は成すすべもなく全段喰らった。
「バグアに関係するものはすべて滅ぼす、ソレだけだね〜」
 その合間に、横からウェストがエネルギーガンで追撃を加え――。
「いくよ、ミリハっ!!」
「オーライ♪」
 最後の獣突で、女の身体が斧を構えるミリハナクの方へ向かって力なく宙を舞った。
「‥‥人数の割に、本気出しすぎじゃないの‥‥」
「ごめんあそばせ」
 だからといって今更手を抜くわけもなく。
 両断剣・絶をも発動させた渾身の一振りが、女の身体を文字通り二つに割った。

 ■

 子供たちの撃破まで、突入からは約四分。そこから司令官の撃破までは、更に約二分かかったが。
 残り二分弱というのは、既に内部のバグアを半分以上屠った今となっては、傭兵たちにとって無事に脱出するのは容易いことだった。
 ――バグアと速く決着をつけたい。同じような犠牲が出ないように。
 空中を往くKVの中から役目を潰された拠点を見つめ、一千風は心の底からそう思った。