●リプレイ本文
●大掃除開始
「うわぁ‥‥」
アイシャの部屋を覗きこんだ傭兵たちの感想は、呆れ返った芹架・セロリ(
ga8801)のその一言に尽きる。
「な、なによいきなりっ」
どうやら慎に依頼のことを伝えられていなかったらしいアイシャは、ベッドの上で飛び上がった。ちなみに服装は、件の普段着に戻っている。
「‥‥しかし、これはないわー」
慎に話を聞いて放っておけなくなった、と一ヶ瀬 蒼子(
gc4104)が事情を説明する横で、赤崎羽矢子(
gb2140)は改めて部屋の惨状を見渡した。
叢雲艦隊の中でも地位の高い身分のせいか、船室は十畳ほどと一クルーの部屋にしては随分と広い。
広いのだけれど、保存食等の空き袋の類や雑貨の類が床に散乱している為、部屋の広さを感じさせない。
また衣類収納が用をなしておらず、クローゼットの前に洗濯物が山を築きあげていた。ちなみに、山以外にも袋や雑貨同様に取っ散らかっている。
洗濯については辛うじて「何日分かまとめ洗いしているらしい」という慎の情報があったけれども、はたしてあの山は洗いたてか、洗う前か。
「むー、薄々感じてたけど、これ程とはねぇ」
地はすごくいいのに、と氷室美優(
gc8537)は軽く腕を組んで呆れた。
■
「ちょっと来てください!」
「え、な、何よ‥‥?」
セロリに手を引っ張られ、アイシャは困惑した様子で彼女についていく。
辿り着いた先は厨房で、炊事に勤しむ夜十字・信人(
ga8235)の姿があった。
「女子力? 生まれてからずっと男の俺に、そんなことを相談されても力になれんぞ」
首を傾げつつそう言って、信人は軍服の上に羽織ったエプロンを締め直す。その腕には輪ゴムをつけており、エプロンのポケットには洗濯バサミが挟まっていた。
彼が大鍋の前に立つ。
鍋の横には使用順に並べられたと思われる調味料が控えめに並べられており、彼の正面の壁には『節水』とデカデカと書かれた紙が張られていた。
「くず野菜を裏ごししてポタージュをな。食材は無駄にできん。
これは艦橋への差し入れだ。お前にはやらんぞ」
涎を垂らしかけたセロリを一瞥して釘を刺した時に、信人はアイシャのジーンズの裾の乱れっぷりにも気がついたようだった。
「アイシャ中尉、裾上げしてあげますから」
傍らに置いていたソーイングセットを取り出す。
「え、ちょっと、いまこれ履いてるんだしいいわよ」
制するアイシャの手を、セロリが更に止めて首を横に振った。
「そういう問題じゃないのです。
アイシャさん‥‥あなたは! 女としてこの男に負けてるのですよ!! 悔しくないんですか!!」
地団駄を踏みながら、セロリはあえて険しい表情で叫んだ。
信人のそれは女子力というよりはオカン力のような気もするけれども、女子もオカンも『女』ではある。
「悔しくないんですかって言われても‥‥ねぇ」
こーいう性分なんだからしょうがないじゃない。
ぶつぶつ言いながらアイシャが部屋に戻ると――。
「えっ?」
部屋の様子が先ほどと違っていた。床に散乱していたものは既に半分ほどがあるべき場所へ収められている。
理由は簡単。部屋に残っていた女子勢がサクッと掃除を開始していたからである。
「勿論アイシャにも手伝ってもらうからね?」
その中の一人、蒼子が言う。
「『最初は狭いその踊場を、自分のステップで無理矢理にでも広げてく。楽しいと思わない?』
‥‥って言ってたじゃん、アイシャ。掃除も同じだよ☆」
「おふう‥‥」
まさか自分が以前言ったことがそっくりそのまま返されると思わなかったようだ。
美優の言葉が効いたらしく、アイシャが少しよろめく。
そして態勢を立て直した彼女は、やけになったように言うのだった。
「やるわよ、やればいいんでしょ!」
「そうそう、やっていればそのうち楽しくなってくるから☆」
アイシャを巻き込むことに成功し、美優たちは胸中でガッツポーズを作った。
流石に数人がかりだと片付くのも早い。みるみるうちに部屋の状態は改善されていく。
アイシャが戻ってくる前に既に掃除を始めていたことが地味に効果的だったらしく、やると決めたからには彼女もまじめに取り組んだ。
というわけで余談になってしまったけれども――どうしてもアイシャがやる気を出さなかった時の為に、崔 美鈴(
gb3983)は最終手段を用意していた。
虫、である。勿論艦内には虫などいるわけもないので、玩具のセットである。
要するに異常事態を知らしめてやる気を出させようという算段だったわけだけれど、そこに至らなくてよかったともいえる。
もし虫が『湧いた』場合、絶叫を上げる美鈴をよそに、美優は信人を連れてきて処分させるつもりだったからだ。
それも、胃の中へ。
――虫を食べるということ自体がどうかという点もさることながら、形は虫でも玩具は玩具。食べられません、である。
●ほんとのきもち・1
ところで女性陣の中でもただ一人、羽矢子だけは掃除には参加せずに艦内を回っていた。
女性クルーに女らしくして欲しいなら、男性クルーも男らしく見られる努力が必要――。
そんなわけで艦内を回る目的は、男性クルーの身なりチェックである。
「いくら戦闘ばっかで疲れてるって言っても、髭くらいちゃんと剃ったら?」
「その軍服の着くずし方、もし黛大佐が見たら何て言うだろうね?」
などなど、通りすがるクルーをチェックしてはズバズバと指摘していく。
勿論、いきなり現れてモノを言う彼女に渋面を作る者もいたけれども、真意を明かすと同時に
「ユニバースナイトのミハイル大佐や、カ――ナイト・ゴールドみたいに戦場でもだらしないとこ見せない男性は沢山居るよ?」
と付け加えると、流石に男性クルーも考え込んだ。
男性クルーのチェックをするにあたっては、女性クルーの意見も参考にさせてもらっている。
彼女たちの意見、といえば同時にもう一つ。アイシャと慎の関係についても聴いていた。
「欧州軍でも実は結構女性人気高い人だったんですよ、高千穂中尉」
「へえ」
ある女性クルーの話に、羽矢子は相槌を打ちながら考える。
実際、依頼の話をされた時の慎は、艦内の男性陣の中では清潔感のある格好をしていた。性格にもそれほど難があるようには見えない。
「なら異性として狙う女も多かったんじゃないの?」
「昔は多かったですねえ」
女性は苦笑した。
「でも、全員玉砕でした。
直接告白しても『軍だからっていうわけじゃないけど、恋したいとは思えないんだ』って言われるし。
気があるアピールをしていても、肝心の中尉の目はいつも誰かさんに向いているんですから」
いまの二人について考えてることは傭兵の皆さんと一緒だと思いますよ、と言って女性はもう一度苦笑いを浮かべた。
一応改めてその慎をチェックしておこうか、とブリーフィングルームの前まで来た羽矢子だったけれど、
「しかし、高千穂慎中尉、このような依頼を出すくらいだ。アイシャ中尉のことは、心配なだけでは無いのでは?」
扉の向こうから慎に話しかける声が聞こえたので、部屋に入るのをやめて壁に背を預けた。
信人が先客として来ていたのである。
■
信人の言葉に隠れた文脈が分かったのか、慎は首を傾げた。
「どうしてそう思う?」
「単なる直感です」
信人は答えてから珈琲を啜り、カップから口を離すと言葉を付け足した。
「ただ‥‥想う人が、常に自分の近くにいる。これはとても幸運なことだと思いますよ」
今は遠く離れた戦地で戦う恋人のことを想い、信人は瞑目する。
そのまま更に、言葉を紡いだ。
「ま、俺としては中尉の『綺麗になったな』の一言が、アイシャ中尉には一番効き目があると思いますがね」
「そうかな?」
「ええ、きっと」
●コーディネートなう
その頃、アイシャはといえば。
「これが今のアイシャね。目に焼き付けてね」
「え、あ、分かったわ‥‥」
美優によって鏡の前に立たされていた。
「人は見た目じゃなくて中身で勝負、とも言うけどね。
でも、見た目がだらしなければ中身もそうだと取られても仕方がないわ。形から入るのって意外と重要よ?」
という蒼子の言を切っ掛けに、掃除から即ファッションチェックに入ったせいか、アイシャは既に傭兵たちのペースに呑まれていた。
部屋は本来の広さをすっかり取り戻している。ただし今は散乱していたモノの代わりに、傭兵たちが持ち寄ったり女性クルーから借りたりしてきた衣類各種がベッドの上を占領していた。
「私のお勧めはコレ♪」
美鈴がそう言ってプレゼンしたのは、ロングTシャツとレギパンという組み合わせだった。
早速試着してみる。白と黒、黒と赤等、上下のカラーバリエーションもいくつか試してみた。ついでに、髪もゴムではなくシュシュでまとめている。
「いつものTシャツとジーパンと殆ど変わらないのに可愛いよねっ☆
‥‥この程度の変化で周りに文句言われなくなるなら、楽勝じゃない?」
次に蒼子が勧めたのは、女性クルーに頼み込んで借りてきてもらった、アイシャと背丈の近い男性クルーの普段着だった。
ジーンズ(勿論ちゃんと裾の合っているものである)にTシャツ、というところまでは美鈴の提案と近い。
蒼子はそれに加えて、薄手のジャケットをアイシャに羽織らせた。
「アイシャさんはほら、ボーイッシュなスタイルが似合うと思うし」
という蒼子の個人的な感情がその提案の根拠だった。
「たまには綺麗めでもぐー、だと思うのです。
あ、ワンピースとかどーでしょ? 最悪これ一枚でもOKだと思いますし」
という主張をするのは、セロリ。
「ワンピースねえ‥‥軍に入ってから着た覚えないわね」
「なら尚更試してみる価値ありですねー」
セロリはワンピース数着のうち一着に手を伸ばした。ちなみにどれもブランドが違う。
「このブランドとか似合いそう。同じ所のだと意外とあわせやすくて俺は楽だったりしますけど‥‥」
「そうねー‥‥」
この頃になるとアイシャも自主的にベッドの上の衣類を見、似合うかどうか考えこむようになっていた。
この時点で大した進歩である。セロリと相談しているアイシャをよそに、残る三人は再度ガッツポーズを、今度は実際に作った。
アイシャの変わりっぷりは、ブリーフィングルームにいる慎に見せないといけない。
案の中から一つに絞ることになり、「今回は」ということで、美鈴が勧めた黒のレギパン+白いロングTシャツの組み合わせで決まった。
次にメイクである。
美優が持参したメイクセットでアイシャの肌のケアをしながら、言う。
「化粧水とか乳液とか、一纏めになってるクリームなんてのもあるよ。アイシャ向けだね」
「そんなのあるの?」
「持ってきてるよ☆」
首を傾げたアイシャの目の前に、美鈴がそのクリーム――韓国産BBクリームを差し出す。
「これはねっ、朝の洗顔の後で乳液の代わりに塗るだけでいいの♪」
「へー‥‥それなら毎日やれるかしら‥‥」
クリームの容器を受け取り、しげしげと眺めるアイシャ。
もうひと押し。
「ねえねえっ、アイシャさんは好きな人とかいる?」
「え? ‥‥最近そんなこと考えたこともないわね」
自身の投げた問いにアイシャからそんな答えが返ってくると、美鈴はアイシャにメイクを施す手を一旦止め、両手を組み合わせて自身の頬に寄せた。所謂恋する乙女のポーズである。
「あのねっ、私の彼は傭兵で、すっっごく優しくて照れ屋なの♪
たまにワガママだけど、基本、私の言う事に逆らわない所が一番好きかな☆」
サラリと恐ろしいことを言った気がするものの、状況が状況なのと
「私には、彼以外に誰もいないけど、幸せなんだ。
‥‥たぶん、アイシャさんにも見つかるんじゃないかな? そういう人」
ちょっとしんみりくることを言ったので、誰も突っ込まなかった。
メイクも終わり、美優は最後にアイシャを再び鏡の前に立たせた。
「これ、あたし‥‥?」
アイシャは自分で自分に吃驚しているようだ。
今の彼女は洒落た街角で誰かを待っていてもなんら違和感のない姿になっていた。
「これなら慎も見直すんじゃないかな。かわいいよ」
美優が言う。
「そ、そこでなんでシンが出てくるのよ」
「さぁ、なんででしょう?」
アイシャの問いを、美優は目を逸らして誤魔化した。
「慎さんといえばもうすぐ夏ですね。夏と言えば海、そして水着です!! 今年の夏はこれで決まりなのです!!」
何が「といえば」なのかは勿論アイシャには与り知らないところだけれども、ともあれセロリは物凄い勢いでビキニを突き出した。
「あ、今着ろって意味じゃないのですよ。
可愛くて一目ぼれしたのですけど、俺には無理でしてー。だからアイシャさんが着たら俺も満足というか?」
セロリ本人の趣味なので微妙に可愛い系の柄だったけれども、それはさておき。
「これ着て慎さんとどっか行ったらどーでしょ?」
「な、夏に地球に戻る暇があったらね‥‥」
時間。尤もな話ではある。
微妙に言葉に詰まった理由がそれだけかは、流石に分からなかったけれども。
●ほんとのきもち・2
「‥‥凄いな、ここまでの素材だったのか」
アイシャの姿を見た慎は、ぽかんと口を開いて数秒硬直した後、漸くそう感想を漏らす。一服していた信人や、慎と信人の会話を聴いていた羽矢子も含め、傭兵たちも全員ブリーフィングルームに来ていた。
慎が何故アイシャを気にかけるのか。
誰もが知りたかったその疑問は、女性クルーから集めた情報で大体推測がついている。
その情報をまとめた羽矢子曰く、
「滅茶苦茶なアイシャの姿を、気に入ってるみたいなんだってさ。だから呆れつつも放っておけない」
ということらしい。
それはつまり『そういうこと』なのだけれども、信人との会話を聴く限り慎にもその自覚はやはりないようだった。
「文句ない。いやホント、皆に頼んどいてよかった‥‥」
安堵の溜息をつく慎。けれども、彼にとっての本番はこれからだ。
「ていうか、今回だけチェックしても意味ないと思うんだよ。
誰かがずっと見てないとさ。ね、慎?」
手始めは、美優の言葉。
え、と声を上げる慎をよそに、間髪置かずに羽矢子が付け足す。
「支えているうちに相手を意識することだってあるんだし。
生死がかかってる場所に私情を持ち込むとかを気にしてるかもしれないけど、だからこそ、そういう気持ち大事にした方がいいんじゃないかな。
優等生なのも考えものだよ?」
「‥‥‥‥」
傭兵たちの顔と、最後にきょとんとしたアイシャの顔を見回した後、慎は「おおう‥‥」何かに気づいたらしい。
その表情に動揺の色が浮かんでいるように見えるのは、きっと気のせいではない。
「? シン、どうしたの?」
「アイシャにもそのうち分かるよ」
ひとり訳がわからないといった顔をしているアイシャに、美優がそう笑いかけるのだった。