タイトル:【叢雲】SpiderNetマスター:津山 佑弥

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/04/12 02:37

●オープニング本文


 月と地球の拮抗点――L4。
 そこには、かつて幻の雲と言われたそれを再現したかの如き霞が広がっていた。天文学者が大喜びしそうな光景に見えなくはない。しかし今、調査艦隊の目の前に広がるその雲は、バグアの兵器であった。
 というのも、調査の為に接近したKVや艦に雲の中から光線が降り注いできたのだ。
 思いがけない交戦。適度に応戦しながら後退した一行は、雲に付かず離れずの距離を保ってデータの分析に入った。そして分かったのは――
 雲はその内部のどこかから光線を放つ事ができるという点。またこちらの非物理攻撃すら乱反射して威力を異常なまでに増幅させた上で、跳ね返す事ができるという点。雲を形成する微粒子のようなものにFFが張られている点。そして、雲自体にジャミング能力があるという点。
 調査艦隊と言うからには雲内部の調査をせねば充分に役割を果たしたとは言えない。が、その為にはかなりのリスクを冒す必要がありそうだった‥‥。

「状況は」
「ムラサメ、僚艦共に致命的損害はありません」
「そうか」
 エクスカリバー級巡洋艦ムラサメ。その艦橋中央に座する黛秀雄は雲を睨みつけるようにモニタを見つめながら、思考を巡らせる。
 ジャミングがあるからには、おいそれとKV編隊のみを行かせたり隊を分けて突入したりする事は危険すぎる。またこの『雲』が幻の雲と同等の広がりを有しているのなら、KVだけでは手に余る広さだ。その上、雲に突入すれば四方八方から攻撃を受ける可能性があるのだから、KV編隊が行った先に待つのはおそらく彼らの死だ。しかもそれだけ危険を冒していながら、もしも内部に確固たる敵性個体を見つけてもそれを打倒する為の打撃力が小さいのだから、全くどうしようもない。
 となると、内部を調査する為には艦隊ごと突入するしかないわけだが‥‥。
「艦長、ここは一度撤退し、しかるべき戦力を整えたのちに攻略した方が‥‥」
 艦橋要員の誰かがそんな事を言ってくる。
 黛秀雄はその言葉を認識した瞬間、カチンと、スイッチが入ったのが自分でも分かった。
「今のは誰だ! 名乗り出ろ!」
「‥‥」
「名乗り出んかぁ!!」
「「‥‥」」
「‥‥ふん、上官の命令も聞けん馬鹿が‥‥」
 一瞬にして沸騰した頭が冷める事はない。彼は肘掛けを掴んで荒々しく立ち上がると、堪忍袋の緒が切れたように言葉を続けた。
「‥‥よぉく分かった。ならば命令する。我々調査艦隊はこれよりコーディレフスキー雲へ突入して内部を調査、また敵性個体を発見した場合はただちにこれを撃破する!!」
「なっ‥‥!?」
「ふん、一度戻るだと? その間に雲がどこかへ消えたらどうする。また大型封鎖衛星が出たらどうする! 地中海のように生温い貴様らに合わせてスマートにやってやろうと思っておったがな、もうやめだ。‥‥いいか、我々は何だ!?」
「は、調査艦隊です!」
「調査艦隊とは何だ!!?」
「‥‥未知を調査し、脅威に備える事です!」
「否ぁ! 我々は捨て駒だ! 調査艦隊という名の先兵だ!! 先兵とは即ち命を捨てる事に他ならぬ! 命を以て本隊の道を切り拓き、勝利の礎となる事が仕事である!!」
 黛秀雄が泡を飛ばして怒鳴り散らす。
 真っ赤な顔。額に浮き出た血管。腕を大げさに振って長広舌を振るう彼の姿は、まさに猪丸の名に相応しい猪突猛進ぶりだった。
「いいか、命を捨てろ! 我ら先兵ただ眼前の未知に挑み、そして果てるのみ! 未知の脅威を既知の脅威とする為に命を捨てる‥‥それが我ら調査艦隊の使命である!!」
「‥‥‥‥」
「全艦最大戦速――目標、コーディレフスキー雲中枢!」
 調査艦隊は進む。決死の調査を敢行する、その為に‥‥。

●闇に張られた蜘蛛の巣
「ふふ‥‥いらっしゃい」
 雲中に飛び込んでいく艦隊の様子を、シバリメはフォウン・バウのコックピットから眺めていた。
 突入されることは織り込み済みだった。
 だからこそフォウン・バウは今、艦隊の進路から外れた宙域――塵のまっただ中にいる。
 このまま自分自身は戦わずとも、艦隊を討ち滅ぼすことは簡単といえば簡単だ。
 プロトン砲でもフェザー砲でもいい、フォウン・バウに備え付けられている兵装を適当な場所に撃ちこんでやればいい。
 後は塵を形成する小型ワーム群が乱反射させた後、99%の確率で甚大な破壊力を伴った一撃が艦隊を飲み込む。
 残りの1%を左右するのは、悪運の強さだけ。
「だけど、それじゃ面白くないわよねぇ‥‥」
 絶対有利な環境の中。もう少し遊んでみるのもいい。
 そう――まるで張り巡らせた巣に、餌を誘き寄せる蜘蛛のように。
 シバリメは瞑目すると、両の肘から上を持ち上げ――指揮者のように、指を振る。
 それに呼応して、周囲の小型ワームがまた微妙に位置を変えた。

 シバリメの呟きから数瞬の後――ムラサメの艦橋に小型ワームが侵入する前ではあるが。
 予想だにしない方角からの攻撃が、艦隊を襲った。
 撃ちこまれたのは多弾頭ミサイルであったから、今目の前にしている雲の攻撃とは考えにくい。
 攻撃を行なってきたモノの正体の特定を急ぐ、艦隊。だがその必要はなかった。
『はぁい、ご機嫌はいかがかしら?』
 ――シバリメが全ての艦の通信をジャックしたのだ。
『折角こんな宇宙<ところ>まで来たんだから、歓迎がてら少し遊んであげるわ。
 ‥‥こっちにはフォウン・バウのプロトン砲がある。もしも来ない場合、どうなるかはもう分かるわよねぇ?』
 そうしてわざわざ現在位置の座標データまで送りつけた挙句、人類には有無を言わせず彼女は一方的に通信を切った。

 なめられたにも程がある。特にムラサメ艦長である黛秀雄の逆鱗に触れたのは言うまでもない。
 考えてみれば、ここでもしフォウン・バウを仕留めることが出来ればそれは即ちシバリメの死を意味しているに等しい。
 急遽、傭兵による対フォウン・バウの対策班が立てられることになった。

●参加者一覧

リディス(ga0022
28歳・♀・PN
ブレイズ・カーディナル(ga1851
21歳・♂・AA
アンジェリナ・ルヴァン(ga6940
20歳・♀・AA
抹竹(gb1405
20歳・♂・AA
ハンフリー(gc3092
23歳・♂・ER
一ヶ瀬 蒼子(gc4104
20歳・♀・GD
クローカ・ルイシコフ(gc7747
16歳・♂・ER
美優・H・ライスター(gc8537
15歳・♀・DF

●リプレイ本文

●手繰り寄せられた糸
「きな臭い調査だと思ってたよ‥‥」
 氷室美優(gc8537)は思わず溜息を吐く。
 その胸中には、憤りの感情もあった。先の調査にて、コーディレフスキー雲――では最早ないバグア兵器の反撃により、愛機の左脚をもがれてしまった。
 不意を打たれたというのもあるが、自らの未熟さがその一因となったことも、自覚している。
 高くついたその授業料は――。
「新しくなったイチキシマヒメ‥‥見せてあげる」
 修理の際に改修された愛機を以て、倍返しにしなければならない。

「わざわざ自分の居場所を教えてまで俺たちを呼びつけて――どこまでも遊びのつもりか、シバリメ!」
 一方で、ブレイズ・カーディナル(ga1851)は激昂していた。
 彼女が先ほどの通信の際のように余裕を見せている事に対しての怒りだけではない。
 ゼオン・ジハイドの5として人類の前に姿を見せてから、現在に至るまで――誰よりブレイズ自身が味わされ続けてきた、忸怩たる思い。
「気付けばやつと出会ってから結構な時間が経ったな‥‥。
 いくぞブレイズ、やつとの関係もここで終わらせる!」
 その思いを共有するリディス(ga0022)の言葉に、ブレイズは力強く肯く。
 積もり積もったその怒りを、まとめて返す時が来たのだ。

 ■

 各々KVに乗り込み、ムラサメを後にする。
 フォウン・バウの座標データは、先程の通信の際にあちら側から送ってきたのだからそこへ行けばいいだけではある。
 問題は、その先だ。
「ハードなことだわね」
『蒼牙・銀龍』と名付けた幻龍を駆りつつ、一ヶ瀬 蒼子(gc4104)は嘆息する。
 調査艦隊へ随伴した目的は単に宇宙戦に慣れる為だった筈だが、気づけばこのような危険を伴う戦場にいる。
 尤も――裏を返せば、その目的はこれ以上ないくらいに達しているといえるのではないか。
 だからこそ。
「売られた喧嘩は買わないと。あのお高くとまっている蜘蛛女に一発かましてやるわ‥‥!」
 その為の作戦。切り札は、ある意味彼女の幻龍であると言ってもいい。
 というのも、だ。
『アレが彼女の巣ということであれば、操ることができると見ていいでしょう。
 そしてそれらをリスク無しに全てこなせる、とは思えません、隙はあると思いたいですね』
 作戦会議の場で、抹竹(gb1405)はこう言っていた。
 その隙が本当に存在するのであれば――利用して、幻龍の演算能力を用いて出来得ることがある。

 クローカ・ルイシコフ(gc7747)は戦域が徐々に近づくにつれ、胸の高鳴りが強まっていくのを感じていた。
 極限の戦場、絶望的なまでの強敵。
 ずっとこういう戦いを求めていたのかもしれない、と自答する。
 何故なら今、こんなにも――緊張や不安を含む全ての感情を塗りつぶす程の感情が、彼を前へ前へと推し進めている。

 ――強烈なジャミングに襲われ、今のところはろくに働かない計器。
 けれども淡い光を放つ塵に囲まれた紫と漆黒のシルエットは、黒檀の宇宙にあっても肉眼で捉えるには十分過ぎる存在感を放っていた。
 そして。

『蜘蛛の巣へようこそ♪』
「そうだよ、僕はきみに会いに来たんだ」

 不意に放たれた艶かしい声に、クローカはこれ以上ないほどの『期待』を込めて応えた。

 ■

 肉眼でフォウン・バウの姿を捉えてから。
 八機のKVの行動は二つ――かの敵へ肉薄する班と、周辺の塵を掃討する班とに分かれた。

『見覚えのある機体もいくつかいるわねぇ』
「‥‥‥‥」
 仮に以前のように傷を負わされたとて、プロトン砲を放てば――という絶対的有利の根拠がある故だろうか。
 その『見覚えのある機体』たちにはアライシュにて本気にさせられたにも関わらず、シバリメの声は相変わらず余裕を孕んでいた。
 その声に、アンジェリナ・ルヴァン(ga6940)はあえて言葉を返さなかった。
 バルセロナから、何度も闘ってきた相手。最早シバリメが何を思おうが、『倒すべき相手』であることに変わりはない以上今かけるべき言葉はない。
 ジャミングの影響が未だ強い今は、自身が駆るタマモ『ヴァレイリリィ』に襲いかかったガトリングの銃弾を回避しきることは難しい。超伝導RAを使用し、やり過ごした後、勢いを殺さずに更に接近を試みる。
 他のエース機に比べ装甲が脆いとされるフォウン・バウにとって、インファイト可能な距離まで肉薄されることは死活問題にもなり得る。
 ――だからフォウン・バウの機動に違和感を覚えるには、それを避ける為の策の一つである『糸』が放たれる気配もないことだけで十分だった。
 抹竹の推論が確信に大きく近づいたことを予め決めてあったハンドサインで周知し、自身は被弾を気にせずそのまま正面からレーヴァテインを振るう。直線的な動き故に、フォウン・バウは左へ動きそれを難なくかわす――と思いきや、今度は上に動いて再度回避行動を取った。
 直後、つい一瞬前までフォウン・バウが居た宙をレーザーが通過していく。ブレイズ機ニェーバがレーザーガンのトリガーを引いていたのだ。
 標的を失ったレーザーは――更にその直後に『操作された』小型ワームへ直撃。目にも留まらぬ速さで幾度と無く乱反射と増幅を繰り返し――。
「く‥‥ッ!」
 最終的に、元となるレーザーを放ったブレイズ機を標的に定めた。
 死角からの攻撃ではなかった為、脚を掠める程度で済んだものの、それでも衝撃とともに一瞬コックピット内の照明が明滅するのだからやはり威力は洒落にならない。
 一方で事なきを得たフォウン・バウに、今度はリディス機コロナ『ベラスネーシュカ』が左側から襲いかかっていた。近距離からのミサイルで目眩ましを行い、それをやり過ごそうと斜め右下へ逃れようとし、
「蜻蛉は巣に居座る蜘蛛さえ狩るそうじゃないか」
 ――その挙動の間にフォウン・バウから見て右側に回り込んでいたクローカ機『Молния』のスナイパーライフルで狙撃される。初めてまともに命中したが、受けたダメージが小さいこともあり動きを止めず、そのままクローカのいる方向へ旋回。
 再度旋回を始めたクローカ機を狙うフォウン・バウ。その横っ腹を叩かんと、追撃してきたリディス機のシルバーブレットが振るわれ――
『そう簡単に行くわけないでしょう?』
 声とともに、フォウン・バウの姿が掻き消える。次の瞬間、未だ視界に入っていたクローカ機がその指先でリディス機の斜め左上を示す。
 何が起こったのかはそれで十分理解出来た。咄嗟に右上方へ逃れると、一瞬遅れて銃弾の嵐が足元を通過していく。
 そのリディス機を逆に追い回さんと動き始めたフォウン・バウを、今度はその斜め下から再度ブレイズ機がレーザーガンで狙い撃った。
 またしても外れ――増幅されたレーザーはリディス機の右足首を直撃する。そのまま光は貫通し、通過し終えた時そこにあったはずの脚はなくなっていた。
 ともすれば自滅ともなる方策。だが、そこには計算されたものがある。

 時は僅かに遡り、フォウン・バウにアンジェリナ機が攻勢を仕掛ける直前。
「氷室機、エンゲージ」
 この場におけるもう一つの戦いが、
「先手を打つ‥‥フルバースト!」
 宣言とともに美優機から放たれたガトリングによって開戦を告げた。
 此方の大きな狙いは、フォウン・バウではなく周辺の塵である。
(しかし、こんな所にご大層な巣を作って何のつもりだ?)
 戦略的見地に立った物なのか、それともただの遊び場なのか。
 今更ながらの――しかし答えが出せそうにもない疑問を抱きつつ、ハンフリー(gc3092)はガトリングのトリガーを絞る。
 例によって塵の一部を破壊はしたが、少し目を離すとその宙域には何事もなかったかのように塵が漂っていた。無尽蔵、とはよく言ったものだ。
 ただしあまりに数が多い為、本当に密度まで戻ったかは分からない。
「此方ハンフリー機、聞こえるか」
 試しに、蒼子機に通信を向ける。しかし、
「‥‥」
 蒼子機からは何か反応を返そうとしているのは分かったのだが、まだノイズが強烈すぎて聞き取れなかった。
 その反応に小さく息をつきかけて、あることに気づいて咄嗟に上へと飛翔しようとした。だが僅かに間に合わず、人型の右腰の辺りを光が貫いた。
 コアから放たれたレーザーである。威力はKVの知覚兵装を乱反射したものほどではないが、これはこれで乱反射を経ているためにやはり油断は出来ない。
 見ると、塵の排除にあたっている他の機体にはまだ大した被害はないようだった。追撃を防ぐためか、美優機と抹竹機がそれぞれフォウン・バウ、コアとハンフリー機の間に割って入っている。
 ハンドサインでまだまだ動けることを示すと、二機は再び展開。
 ハンフリー機もまた再び塵の破壊を始めたのを確認しつつ、抹竹は機関砲を塵に向けた。
 普通にやっていればきりがないのかもしれない。
 けれどもこれを行うことは、シバリメの戦闘への気を削ぐという意味がある。
 機関砲で一部を破壊した後、またその宙域に集いつつあった塵へ今度はミサイルを放つ――!

 蒼子は幻龍のコックピットで、ある解析を行なっていた。
 解析に使うデータは、先の雲調査時、そしてつい先程ブレイズ機が使用したレーザーの乱反射の情報。レーザーそのものだけでなく塵の動きにも着目している。
 幻龍の演算能力をもってしても、それらを攻略に利用する情報とするには時間と手間を要した。御蔭で蒼子機自体では塵の掃討に入れず、白金蜃気楼で自衛を行うのみとなっている。
 何をやろうとしているかはある程度悟られているのか、フォウン・バウの遠距離射撃は蒼子機に向かうことが次第に多くなっていた。
 流石に敵の性能を考えると、スキルを使用してもかわしきれるものではない。けれどもその度に、塵の排除にあたっている三機が護衛にあたっていた為に被弾は誰よりも小さかった。
 ――故に、チャンスは導かれる。
「――これだわ!」
 数十秒の時を経て、ついに蒼子は鍵をこじ開けた。

●傲慢の鎧を剥がす時
 解析を終えたことを蒼子機がハンドサインで示し、それと同時に塵排除の速度は更に増す。

 一方のシバリメはというと、流石にその速度に対して十分な塵の補填を行うことが間に合わなくなりつつあった。
 いや、厳密に言えば間に合いはするのだ。
 だが今そちらに気を向ければ、間違いなく接近戦を挑んできた三機――ブレイズ機を含めている――のどれかの攻撃の餌食になる。オートマ操作の今は『糸』を使えない以上、振り払えるほどの攻撃力はない。
 まぁ、いい。どうせ此方はアレを使えば終わりだ。
 乱反射を行うため塵を密集させつつ、唯一のマニュアル操作のつもりで、シバリメはプロトン砲を放つボタンに手を置く。

 だが、後方で塵を地道に削り続けた成果が絶妙なタイミングで発揮された。
 プロトン砲の紫の光を捉えた瞬間――。
「――狙われてるのは、接近してる全機! 兎に角太いのが来るから展開して!」
 通じるはずのなかった蒼子の叫びに呼応するように、それまでフォウン・バウを追い掛け回していた三機が一斉にその場を離れたのだ。
 思わぬ事態に、本来は自分一人だけ逃れようとしたシバリメの反応が一瞬遅れ――それが致命的な事態を招いた。

 テレポートは間に合わない。最初からブーストで避けるつもりだった。
 ――が、逃げきれず、自らが放ったモノを更に強大化した紫光が、フォウン・バウの片腕を包み、消滅させる。

 初めてフォウン・バウが動揺により動きを止めた。
 しかし好機と呼ぶにはまだ早いことを、シバリメと何度となく戦った前線の三機は特にわかっている。
「言ったはずだ! お前を楽しませるために戦うつもりなんてないって!」
 ブレイズは叫びながら、未だ動けないフォウン・バウの肩へ、背後からメトロニウムステークを突き立てる。
「本気でこいよ――その本気ごと打ち砕いて、お前を倒す!」
『――ならその本気で、死になさいな』
 響く冷酷な声。
 動かなかったのだ――そう言わんばかりに、ハンマーを打ち付ける前にフォウン・バウの姿が掻き消えた。
 現れた先は、ブレイズ機の後方。
 だが、『糸』がブレイズ機を貫くことは――なかった。
「ずるいや、きみはこんなにも戦いを楽しんでるのに」
 確かにワイヤーは放たれはしたのだが、直後にクローカ機がそれを握る片手をライフルで撃ちぬいた。
 最早害をなす者は誰であろうと逃がす気はない。シバリメは咄嗟に腕を動かして糸をクローカ機へ向けようとする。
 ――が。
 目の前の敵への怒りに燃えるあまり、彼女らしからぬ致命的なミスを犯した。
 フォウン・バウの両側に、アンジェリナ機が迫っている。
 アンジェリナ機のレーヴァテインの一閃を、危ういところで気づいたフォウン・バウは後方に退いてかわす。
 だが攻撃はそれでは止まなかった。もう一回カートリッジを消費しつつ、ブーストで無理やり軌道を変え追撃。
 糸が戻ってくるのには、僅かに間に合わなかった。
 退いたところに、今度はリディス機。
 近距離射撃を目眩ましにしつつ――コロナを放ち。

 糸が腕より少し先のところで、切断され。
 次いで追ってきたアンジェリナ機が、レーヴァテインを振るう。
 FETマニューバを発動させていた一撃は、もう片方の腕をも切断しつつ、フォウン・バウの胴体を斜めに深く切り裂いた。

「蜘蛛の糸も切れてしまえば獲物を捕まえられまい――。
 今度はそちらが狩られる番だ、シバリメ!」
『‥‥ッ!』
 ようやく他の傭兵にもはっきり聞こえたリディスの言葉の後、シバリメの切迫した息遣いが傭兵たちに伝わる。
 腕をもがれ、プロトン砲やフェザー砲は下手を打てば自滅の直接の原因になる。
 そもそもコアはG光線ブラスターを被弾したことで、破壊まではいかなかったものの一時的に機動停止に陥っているようだった。
 つまり今のフォウン・バウには攻撃手段は、ない。
 絶好機。
 ――だが、練力という観点だけを見れば、想定以上の長期戦を強いられたKVよりもフォウン・バウに分があった。
 KV側、特に最初からフォウン・バウに相対していた四機は、最早継戦を続ける為の最低限の練力しか残されていない状況だった。
 勿論それを知っているわけではなかったろうが――。

『――すぐにもっと大きな巣を張って、まとめて食い破ってあげるわ』

 シバリメがそう吐き捨てた次の瞬間、KVたちの視線の中心からフォウン・バウの姿が掻き消えた。
 テレポート。後方の四機からも離れた方角に、かつ連発されては追いすがる手段も最早ない。
 或いはもう一発G光線ブラスターが撃てれば話は違ったかもしれないが、ムラサメを含む艦隊は既に一時撤退を果たした後だった。

 確かな、勝利。だが撃破までを果たしたわけではない。
 戦闘が終わった宇宙には、シバリメが吐き捨てた言葉が招く薄気味悪さが、歓喜よりも強く立ち込めていた――。