タイトル:【TC】終着の向こうへマスター:津山 佑弥

シナリオ形態: シリーズ
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 1 人
リプレイ完成日時:
2012/08/23 01:40

●オープニング本文


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●幼馴染 ―― Treacherous Confession 1 ――
「‥‥ごめんなさい」
「‥‥開口一番それか」
 旧甲府市役所内に設けられたブリーフィングルーム。頭を下げる琴原・桜を見、彼女と面と向かって座っている榛原・祐一は溜息をつく。
 来るべき最後の決戦に備えての作戦会議という名目でこの場を設けたのだが、実際のところ桜が救出されてから、二人が面と向かって話すのはいまが初めてだった。
「夫婦揃ってバグアになったこと自体、今更責められるわけもないだろう?」
 言いながら祐一は、窓の外に広がる甲府の街並みへ視線を向けた。
「それに‥‥椿に聴いたぞ。樹は兎も角、桜はこの街を護ろうとしてバグア側についたんだろう?
 それで責められるわけがあるか」
 十余年の歳月が流れ、しかもバグアの侵略を受けた土地にしては、この街は祐一の知る姿を十分すぎるほどに残している。
 それはひとえに、桜の統治が成した業といってもいい。なれば何故、彼女に謝られることがあろうか。
 などと思考を巡らせていると、一つ思い至ったことがあった。
「――まぁ、頭を下げられることのほどでもないが‥‥以前から気になっていたのは、何故山梨攻略の司令が私だと知っていたのか、ということか。
 冬馬を送り込むにしてもあまりに首尾がよかったしな」
 問われ、桜は頭を上げた。視線を虚空へ泳がせつつ、答える。
「そんなに難しい話でもないわ。関東で山梨に向けての動きがあると察知した時点で、斥候を送り込んだだけ。
 貴方の情報を得たのは本当にたまたま――行動中の兵士が口を滑らせただけの話だけど、貴方が上官なら、という確信はあった」
「‥‥つまり、私が軍を動かさなくてもいずれは‥‥というつもりではあったのか」
「単独でうまくいく保証は全くなかったけれど、ね」

●家族の為に ―― Futureless People ――
 祐一との打ち合わせを終えた桜は、次いで息子・椿のいる部屋へ向かった。
 バグア側なりに安穏とした日々を送っていた頃の部屋ではない。
 冬馬も眠っている、医務室だ。

 医務室に着くと、椿は隅のベンチにぽつんと腰掛けていた。
 視線の先には白いカーテンがあり、冬馬はその向こうのベッドで寝ているはずだ。
「‥‥冬馬の様子はどう?」
「今は静か‥‥だけど、たまに痛くてうなされてるみたい」
 母が来たことに気づき、椿は視線を桜へ向けそう答えた。
「やっぱり‥‥冬馬さん、このままだと死んじゃうの?」
「‥‥そうね」
 桜もそれには端的に肯くことしか出来ない。
 強化人間がメンテナンスを長期間行なわなかった場合の末路というのは、あまり前例がある話ではないからだ。
 そして椿はまだ実感がないかもしれないが、それは桜の身にもいずれは訪れることでもある。
 ――そう考えると、複雑な感情が桜の脳裏をよぎった。
 その時だ。
「‥‥司令、ちょっと話があります」
 カーテンの向こうから、冬馬の声が聴こえてきた。どうやら母子の会話で目を覚ましたらしい。
 冬馬の話の内容に予想はつかなかったが、ちょうど桜も作戦について話しておきたいことがあった。
「椿、少し外に出ていてくれないかしら?」
「う、うん」
 戸惑いながらも、椿は母に言われるまま医務室を出ていった。

●誰かの為に ―― Treacherous Confession 2 ――
「山梨市へ突入する」
 今度は人の多いブリーフィングルーム。祐一は傭兵たちを前にそう説明する。
 今この場には、傭兵たちと祐一、それに桜、中司兄弟がいた。
 突入目的がはっきりしている以上、ある意味当然ながら椿の姿はない。
「まず、軍のKV隊で全面攻勢をかける。そこに一機だけ、中司・春哉が操縦するタロスを紛れ込ませてな」
 祐一がそこまで言って目配せすると、当の春哉がひとつ肯いた。
「たかがタロスの一機だからどこまでやれるか分からないけど、出来るだけ山梨市のバグアを味方のふりして引っ掻き回すよ。
 そのどさくさに紛れて、傭兵には市内に侵入し――そこからは生身になるけど、琴原・樹を討って欲しい」
「市内の施設にトラップとかはないのか?」
 雄人が問うと、「問題ない」これには冬馬が答えた。
「あそこのセキュリティを構築したのは、こないだ倒した『議長』。
 ――アレ実は俺たちの父親なんだけど、まあんなことこの際いい。
 その構築の手伝いとかしたのもあって、解除方法は殆どここの中だ」
 と言って、冬馬は自らの頭を指差した。
「セキュリティに引っかからない限り、消耗は最低限にして樹の許へいける。
 とはいえ、解除パターンも無数にあるんだよな」
「そうなったら分かる者が直接ついっていった方が早い――というわけで、今回は冬馬も同行する。
 誰かのKVのサブシートなりに乗せてもらうことになるが、宜しく頼む」
 冬馬と祐一が口々にそう言うのを、桜がなんとも言えない表情で見ていることに、当人たちは気づいていない。
 否、本当は分かっていて、素知らぬふりをしているだけだった。

 ■

「あんたが行けば、間違いなく琴原・樹はあっちからやってくる。でも、それは駄目です」
 椿がいなくなった後の医務室で、桜が作戦の事を話すと冬馬はそう即座に口にした。
「UPCと傭兵がどうしてバグア同士の面倒事に割り入ってまで、あんたを助けに行ったと思ってるんですか。
 戦略的にも、助ける価値はある。だけどもう一つ、椿のことがある」
「‥‥彼らが、椿のことを?」
「俺たちはもう、椿が強化人間でないことも話しましたよ。何であんたがそうさせなかったかってことも。
 でもだからこそ、いずれはいなくなってしまうにしろ、あんたはぎりぎりまで椿の傍にいてやんなくちゃいけないでしょう。
 人類の力を今更信用しないわけじゃないけど、それでも万一の事態も許されないんですよ、あんたと椿のことに関しては」
 桜が囮になるという案は祐一にも話していた。
 彼は反対まではしなかったものの、目に見えて苦い表情は浮かべていた。
 それはきっと、今冬馬が言ったような本心があるからなのだろう。
「だから俺が行きます」冬馬は言う。
「あんたが駄目なら、あそこに行くのに必要なナビゲートは俺しか出来ないんだから」
「でも、今の貴方がその身体で行ったら‥‥」
「解ってますよ、数発貰えば簡単に逝っちまうだろうってことくらい。
 傭兵の脚引っ張らない程度に、最低限の自衛くらいはします。寝て使わないでいた体力を使うのは、これが最初で最後だろうし」
 むしろアンタに行かれちゃ困る――という視線を感じ、桜は一つ溜息をついた。
「‥‥なら、一つお願いがあるの」
「なんすか」
「もしも‥‥いえ、きっと会うのだろうけど、そうしたらあの人に伝えて。
『近いうちに、誰も手の届かないところで会いましょう』‥‥って」
「その『近いうち』が、椿にとっては出来るだけ先であることを勝手ながら願いますよ」
 今度は冬馬が、深く息をついた。

●参加者一覧

アルヴァイム(ga5051
28歳・♂・ER
リオン=ヴァルツァー(ga8388
12歳・♂・EP
赤崎羽矢子(gb2140
28歳・♀・PN
崔 美鈴(gb3983
17歳・♀・PN
ソーニャ(gb5824
13歳・♀・HD
エイラ・リトヴァク(gb9458
16歳・♀・ER
美空・桃2(gb9509
11歳・♀・ER
ドゥ・ヤフーリヴァ(gc4751
18歳・♂・DF

●リプレイ本文

●手繰り寄せる言葉たち
「ちょっといいかな」
 作戦開始を前にし、それぞれが準備に取り掛かる。
 そんな中、赤崎羽矢子(gb2140)は中司・春哉の姿を見つけて声をかけた。
「どうかした?」
「タロスの出撃なんだけど、中止できないかな」
 春哉の顔を見て、言う。
「甲府の裏切りはもうバレてるわけだし、自爆装置が仕掛けられてる可能性もある。
 それに‥‥」
 周囲を見渡し、ある二人の姿がないことを確認して再度口を開く。
「琴原親子を見てて欲しいんだ。複雑な立場だし、早まったことするんじゃないかって気になってさ」
 羽矢子の顔を見返し、春哉は少し考えた後――肯き返した。
「分かった。二人には一緒に司令室にいてもらって、一歩も外に出ないようにしてもらうよ」

 そういうわけでプランの変更があり、元から司令室にいるつもりだった桜の元へ椿も合流させることになった。
 同時に、椿が司令室に来た時点で作戦が開始される運びになっている。
「たぶん‥‥だけど。隠していても、椿は‥‥いつか父親もバグアだったことを、知るんじゃないかって、思うんだ」
 だからその前に、リオン=ヴァルツァー(ga8388)は桜へ言葉を投げかけた。
「その時に‥‥残酷な事実でも――それを椿に伝えるのは、桜しかいないと思うから。だから‥‥『誰も手の届かないところ』に行くのは‥‥まだ先にしてもらわないと‥‥ね?」
 その言葉に胸中で同意を示しながらも、ソーニャ(gb5824)は一つの懸念を抱いていた。
 桜がいち早く強化人間になったのは、混乱と戦禍を早急に収め、椿を護る為。それは、桜自身の命や矜持よりも優先する願い。
 賢い椿はそれは理解しているが、もしも、だ。

 椿の命と引き換えに、桜の命を救える――そんな取引を持ち出されたら?
 桜の命と、桜の願い。彼はどちらを優先させる?

 似たような懸念を、他にも数人が抱いていた。椿だけでなく桜に対しても、だ。羽矢子が春哉にタロス出撃の中止を頼んだのもそれが理由だった。

 ■

「少々訊ねておきたいことが」
 冬馬と桜に向けてアルヴァイム(ga5051)が口を開いた。
 彼が質問したのは、樹をヨリシロとしているバグアの作戦選択の志向性と、突入先の施設内の構造とトラップの種類、その趣旨だった。
 懸念しているのは、冬馬の暗殺。既知のトラップを見せ札にトラップや敵の追加を行ってくることは充分に考えられた。
 何がそこまで彼を考えさせるのか――桜が問うと、
「父親なんですよ、一応。戦場に立てば雑兵ですが」
 アルヴァイムが肩を竦め、その直後、司令室の扉を遠慮がちにノックする音がした。

●その道を示す為
「雄人さんっ♪ やっと決戦だね! これで日本も落ち着くかな?」
「そうだな」
 崔 美鈴(gb3983)の言葉に、雄人は早くもやや疲れたように肯く。
 彼女の言うこと自体は間違っていないとは思うのだ。ただこれまでの経緯が経緯なだけに、このやり取りの時点で気力を持っていかれるだけで。
 現に、
「‥‥ところで、雄人さんの実家ってどこなの? 戦争が終わったらご挨拶に行かなきゃ☆」
 こう切り込んでくるのだから結構しゃれになっていない。
「教えてくれるよね? 教えない理由ないもんね? ――そうでしょ!?」
 しかも決戦だからか色々荒ぶっているようだ。
 返事をしない間に、美鈴は一人で展開を加速させていく。
「結婚式場も選ばなきゃ♪ あ、でも、私の家族にも紹介しないと。大丈夫! 絶対、反対なんてされないから☆」
 反対されないって、どういうことだろう――?
 彼女の両親が既に墓の中にいるとは知らない雄人は考え、その沈黙の時間が仇となった。
「‥‥お返事は!?」
 お互いコックピットの中でなければ凄い形相で詰問されていたに違いない。
「‥‥この戦争が終わってからでいいか? ここだけじゃなくて、人類とバグアのな」
 そう返すのがやっとだった。
 そして彼は心に誓った。
 もし戦争が終わったら速攻でラスト・ホープから逃げよう、と。

 ドゥ・ヤフーリヴァ(gc4751)――以下、日本での名乗りに合わせ『ゴースト』と称する――はスカイセイバーのコックピットの中で瞑目する。
(狂った六花は‥‥鈴羽さんはここに置いていく)
 これは彼にとっても過去とすべきものを精算するための、一つの節目となる戦いだった。

 そうして決戦が、始まる。

 ■

 冬馬はリオン機フェンリルのサブシートに搭乗し、そのリオン機を庇うようにアルヴァイム機天、羽矢子機シュテルンGが前を往く。
 他の傭兵のKVも、その周囲についていたが――空を往くソーニャ機ともう一機だけ、別の行動を取っていた。
「どこまでやれっかわかんねぇけど‥‥な」
 もう一機とはエイラ・リトヴァク(gb9458)機ヘルヘブンRRだ。
 最前線の部隊がバグア勢力と戦闘を始め、エイラ機もまたその渦中へ飛び込む。
 中距離武装程度なら充分に射程内に収められそうな距離に捉えたHWに対し、あえてスラスターライフルで狙撃しつつ――自身は即座にその場を離れ、乱戦の中へ姿を消す。
 直後、つい先刻までエイラ機がいた場所にUPC軍のKVにより弾き飛ばされた別のHWが墜落し、エイラ機を狙ったカウンターだった筈の狙撃がそれへ命中した。
 一度だけであったならば、ただの誤射、偶然で済んだろう。
 だがその少し後、また同じHWによる『同士討ち』が立て続けに行われたとなれば、流石に話は変わってくる。
『裏切り者がいるのか‥‥!?』
 乱戦の中で敵の誰かがそんな声を上げた時点で、エイラは自身の策がうまく嵌ったことを悟った。
 つまり彼女の策とは――本来春哉が行うつもりだった撹乱を、出来る限りで演出するというものだった。
 周辺友軍の協力を取り付け、同じワームが立て続けに誤射を行わせるようにし、あたかも『裏切り』を行っているかのように見せかける――。
 それを複数箇所で行われれば、不協和音を奏でた陣営が乱れ始めるのも無理はない。
「そろそろ焼き払うのであります」
 エイラ機が引き起こした混乱に乗じて、美空・桃2(gb9509)機フィーニクスからプロトディメントレーザーが放たれ、文字通り周辺のワームを薙ぎ払う。
 そうして出来たスペースを、傭兵たちの一団が通過しようとする。当然ながらすぐさまスペースを埋めるような動きもあったが――それを完了させる前に、更なる撹乱の動きと、プロトディメントレーザーでの焼き払いが機能し、傭兵たちはあまり大きな被害を負うこともなく順調に山梨へと向かっていく。
 時を同じくして、バグアの混乱は空でも起こっていた。
 こちらはソーニャが自発的に何かをしたわけではないが、なにせ陸戦での混乱の波が多重に過ぎた。
 空でも同じ動きが起こるのではないか、と指揮官が疑心暗鬼になっているらしく、動きの統制がなかなか取れていなかった。
「それなら自由に動くまでだけどね」
 呟いて、ソーニャ機は宣言通り自由に空を舞い、ワームを切り裂いていく。

 友軍の援護もあり、一団のまま乱戦を切り抜けたところで、エイラ、美空、ソーニャを除く傭兵たちはKVを降りた。
 ついでにKVをあえて土で汚し、「撃墜させられた」感を出す。これで、降りている間に何かされることもないだろう。
 仲間たちの生身での突入を確かめた後――エイラ機と美空機は互いの死角を補うように背を向けあった。
「最後まで油断は出来ないのであります」
「そうだな‥‥桃2、お前は信用出来る腹心だからよ、頼りねぇことは、もうしねぇよ」
 空にいるソーニャを含めた三人が戦場に残ったのは、どうにもバグアの動きにきな臭さを感じているからだった。
 より正確に言えば、きな臭さ自体は全員が感じている。少しでも不安の種を潰すために居残ったといった方がいいだろう。

 ――ただ一つ、人類にとっての不安要素はその時既に動き始めていたけれども。

●画策
 傭兵たちが山梨市の司令部に突入した頃――。
 甲府でも、一つの動きがあった。

「まさかこのタイミングで出番があるなんてねー」
 旧甲府警察署に拘留されていた朝比奈・遥は、自身の前に現れた強化人間を見て苦笑いを浮かべる。
 乱戦の中、傭兵たちが山梨に潜入する隙があるということは、裏を返せば山梨の強化人間も逆に甲府に侵入する隙があるということである。
 加えて、強化人間は先日、琴原・桜の造反が発覚するまでは甲府にいた。桜のやり方を知っていて、造反を機に異を唱え山梨についた者ということだ。
 やり方を知っている以上は、捕縛された遥が殺されるのではなく軟禁されるということを予測するのは難しいことではない。またその場所も自然と限られる為、早々に救出に現れたというわけだ。
 勿論、ただ助けに来たというだけでもない。
「他にも二人来ています。それだけの人数がいれば、琴原・桜の拉致も可能でしょう」
「ボクを戦力に数えられても困るけどね。生身は得意じゃないって樹さんも言ってなかった?」
「確かに仰ってましたが、統率をお任せしたいと」
「ふーん」
 あの人が考えそうなことだ、と遥は思った。
 うまく立ち回れば一発逆転。琴原母子も中司・冬馬も出し抜ける――。

 その仮定は、この場合ある種のフラグだったのだろう、と数十分後遥は思わされることになる。
「――アンタの存在を忘れてたよ。最悪のミスだね‥‥」
 強化人間をひとり連れて、桜がいるであろう司令室の前に辿りついた遥は、扉の前に立ちはだかる人物に気付いて盛大に溜息を吐き出した。
「お互い様だね。まさかこのタイミングで君が来るとは思わなかったよ」
 此方も溜息を吐き出し――次いで目を細めたのは、中司・春哉。
 遥たちの侵入に際し、市役所の入口で交戦があった。強化人間の数が合わないのはその際に囮になった為だが、交戦の報せは上層にまで届いていたのだ。
「どうして僕がこんな事を‥‥」
 溜息を吐く人物が、もう一人。春哉とは扉を挟んで向かい側に立った佐渡川 歩(gb4026)である。羽矢子に頼まれ、琴原母子の護衛として来たのだ。
 勿論歩の戦闘能力を強化人間二人は知るわけもないが、それでも十二分に今の事態は危機的だ。
 生温いともいえる琴原・桜のやり方がこれまで看過されてきたのは――ひとえに、それを護る両腕・中司兄弟の力量があったからだ。
 とても真正面からぶつかって勝てる相手ではなかった。しかも、ここまで来た遥が小細工を弄しようとすることに警戒しないわけがない。
「‥‥牢屋に逆戻りコースだね、これは」
「賢明な判断だね。――尤も」
 お互いにもう一度溜息を吐いた直後、春哉の身体が一瞬消え。
 次の瞬間には遥の眼前で深く身体を沈みこませていた。
「ここで何かされても困るから、とりあえず落ちていてもらうけどさ」
 冷徹に放たれたその言葉の意味を理解する前に、衝撃とともに遥の意識は暗転した。

●膨張した悪意
「セキュリティっていうのは往々にして抜け道があるもんなんだよな。
 最初は見つかんなくても、時間が経ったりすると必ずどっかで綻びが出る」
 とは、冬馬の言だ。

 突入後、セキュリティにかかる前に出くわした強化人間とキメラは冬馬を庇いつつ難なく撃退したものの――。
「‥‥あそこの床、トラップがあるみたい‥‥。他のタイルと、微妙に色が違う‥‥」
「ん?」
 探査の眼で通路の少し先を見据えていたリオンの言葉に、冬馬が首を傾げた。
「クソ親父のトラップに、床設置型は無かった筈なんだけどな‥‥」
「ということは、樹が新たに設置したものみたいですね」
 ゴーストの言葉に、全員が沈思する。
「‥‥タイルの色が違うっていうのが、実は他のタイルに仕掛けたトラップのカモフラージュっていう可能性もあるんだよね?」
「あります」
 やや間を置いてからの美鈴の指摘に、事前に樹の作戦選択の志向性を把握していたアルヴァイムが肯いた。
『ひたすら裏を掻いてくるかのように見せつつ、時々正面からやってくる』――といったものだから、一見だけでは的を絞れそうにない。
「仕方ない、一回は踏みに行くしかないね」
「下手すりゃニ、三度だけどな」
「出来るだけ早く見切ってよ」
 冬馬の突っ込みにそう切り返しつつ、羽矢子は一度溜息をついた。
 冬馬と彼を盾で護衛するリオンだけ少し距離を置き、先陣を切って羽矢子とゴーストが問題のタイルの上を通過する。
 すると――ちょうどゴーストが通過し終えた先の一歩を踏みしめたところで、タイルよりも少し手前の両側の壁に無数の穴が開き、そこから穴と同数の蔦が飛び出した。
 運悪くその壁の間に挟まれていたのは、美鈴と雄人。
「うわっ、マジかよ!?」
「あははははははは!?」
「こっちもこっちでこええなおい!?」
 瞬天速でその場を逃れた雄人とは対照的に、美鈴は鉈で蔦をぶった切り迎撃していた。雄人が逃れた蔦も彼女に向かう形になったが、届く前にドゥと羽矢子が機械剣とハミングバードでそれを断ち切る。
「あ‥‥ッ」
 更にその刹那にリオンが声を上げる。前方に背を向けた最前衛二人の背後に、奥の壁が回転し現れた強化人間が迫ろうとしていた。
「させるかよ!」
 これには雄人とアルヴァイムが、それぞれ手甲とスコーピオンで迎撃した。
 雄人の真後ろでは丁度蔦を撃退したところだった美鈴が、『自分を護り』(これ大事)戦っている彼の姿を危ない眼差しで見つめていたが、流石に今はそれを気にする余裕は雄人にもなかった。

 既知のものの他に仕掛けられたトラップには、どれも生物的要素が組み込まれていた。
 蔦の他、棘、開閉式落とし穴の底に溜まった粘液など。
 そのいずれも直接的な暴力として強化人間やキメラの出現を伴ったが、死角を埋めあっていたこともあって今のところ危機的状況には陥っていない。無論、冬馬も無事だ。
 尤も、追加されたトラップが面倒であることに変わりはなかったが――、
「‥‥分かった」
 数度目のトラップを前に、冬馬はそう呟いた。
「タイルは踏んでいい」
「え、だってついさっき踏んで罠にかかったんじゃ」
「だからこそだよ」
 羽矢子の指摘に冬馬はそう即答した。
「『踏んで駄目なら次は踏まなきゃいい』っていう心理を利用してんだ。
 逆に、『踏んでいれば大丈夫』っていう安心感を覚えた頃に駄目にさせる。その周期も、この何回かで分かったぜ」

「ほんとにかからなくなったな」
 雄人が感嘆の息を漏らす。
 冬馬の発見から数回問題のトラップに出くわしたが、彼の指示通りに動いた結果全く引っかかることはなくなっていた。
「さて、司令室も近いんだが‥‥」
「‥‥問題は、樹がそこにいるかどうか、ですか」
 冬馬が言葉を濁した理由を、アルヴァイムが補足する。
 もっと言えば、『樹』である必要性すらないのだ。どちらにせよ、今頃機体戦に何食わぬ顔をして参戦している可能性だってある。
『そろそろ来る頃だろうと思っていたよ』
 直後、通路じゅうに声が響き渡った。
 ここまできて、誰何を問う必要はなかった。
 おそらく此方の状況を把握しているであろう琴原・樹が、放送にて問いかけているのだ――。
 と思ったが、
「ついでに今のであんたの居場所も分かったよ、樹さんよ」
 すかさず冬馬がそう言い、すぐ前のリオンの肩を叩いた。
「奥の扉の真上に、赤いランプあるだろ?
 俺が撃てって言ったらあれを小銃で撃て」
「‥‥? う、うん‥‥」
 言われてみれば確かに、消火栓の扉についていそうな赤いランプが扉の上にあった。
 リオンがそれに照準を向ける一方で、冬馬は後方の――通過してきたばかりの扉のすぐ脇へ向かう。
 そして、
「撃て!」
 叫び、弾かれたようにリオンがトリガーを絞る。
 ランプが音を立てて破壊され、周囲に警報が響き渡り始めた――が、
「『最悪の場合は監視してる場所へすぐ報告へ行けるように』ってなぁ!」
 冬馬が再度声を上げ、警報が鳴り始めたと同時に壁に出現したコンソールを勢いよく叩く。
 すると――更にそのすぐ隣の壁がシャッターのように上がり、その奥に新たな扉が出現した。
「時間が経つとまた閉まるぞ、早く行け!」

 傭兵たちが飛び込んだ先は、無数のカメラが設置された薄暗い空間だった。
 複数並べられた椅子のうち、中央のそれに腰掛けている男の姿はすぐに見つけることが出来た。
「まったく‥‥この感じだと、朝比奈も失敗したのか」
「‥‥あいつがどうかしたのかよ」
 すぐさま詰問する冬馬の口ぶりからするに、目の前の白衣を身に纏った男が琴原・樹であることに間違いはないのだろう。
「いや、なに。君たちが混乱に乗じてここへやってくるのと同じように、桜のもとへ向かうように仕向けただけさ」
 その作戦には多少の戦慄を感じざるを得なかったが、同時に彼の言う『失敗』の理由もすぐに分かった。
「兄貴、つけさせといてよかったな」
「結果オーライだけどね」
 春哉をつけさせた張本人である羽矢子は一度苦笑いを浮かべた後、ハミングバードを構えたまま真剣な表情で樹に問うた。
「もう地上にバグアの居場所がなくなるのも時間の問題だよ。諦めて降伏するつもりはない?」
「面白いことを言うね」
 樹は肩を揺らして笑った。
「確かに、バグアが地球上から駆逐されつつあることは事実だ。
 だがバグアそのものが滅びるとは思わないし、滅びない限りいくらでもこの支配を維持する手段はある。
 日本中、いや世界中でもこの県だけは、永劫にバグアが主導して自治を行うというのも悪くは無いね。
 すると自然とそこには世界中から『追い出された』バグアが集まるわけだ」
「‥‥それで反逆の狼煙を上げるっていうの? 馬鹿みたい」
「馬鹿になるかどうかはその時に決めるさ。
 尤も狼煙を上げなくとも、今の支配をやめるつもりはないがね」
 吐き捨てた美鈴の言葉に、樹はそう返し――直後、その両腕が変質を始めた。両腕が見るからに太くなっていく。
「限界突破‥‥?」
「違うし、使う気もないね」
 否定する声のトーンも、先程よりやや低くなっている。
 限界突破かどうかは兎も角、無論、変質が終わるのを待ってやる義理はどこにもない。
 すかさず美鈴が銃撃を放つ。スキルを全て併用した上に貫通弾まで使った一撃は、変貌しつつある腕の片方を射抜いた。
 赤黒い鮮血が舞ったが、樹はそれに気を留めることもなくもう片方の腕を振るう。鞭のようにしなった腕は、それそのものが凶器となるだけでなくソニックブームに似た衝撃波を生み出した。リオンの盾に護られていた筈の冬馬も含め、全員が裂傷に顔を歪める。
 だが、樹の動きは緩慢そのものだった。腕に続いて脚の変質も始まっていたが、速度が腕のそれに比べて遅い。
 また――本来ならばその脚の変質が終わることで腕を振り回すことについてのバランスも保たれるのだろうが、そこまで足腰で支えられない今は、僅かにふらついていた。
「‥‥あんたが一人で戦うところってみたことなかったんだが、そういうことか」
 尚も苦痛に顔を歪めながら、冬馬が言う。つまり本来の樹のスタイルは、部下やキメラに戦闘を任せている間に変質を終わらせ、先ほどの衝撃波で薙ぎ払うといったものなのだろう。
 だがそれはつまり、今が最大のチャンスであるということも意味する。
 真っ先に動いたのは、ゴースト。迅雷で肉薄し、
「力と死を以て己が妻さえ手にかける支配者であるアンタの‥‥。
 どこに正しさがある?」
 機械剣で樹の胴体を薙ぎ、
「記憶はデータの演算記号とでも?」
 再度迅雷で距離を取り、抜刀・瞬で即座にSMGに持ち替え――、
「寝言は――寝ながら言いやがれぇええええっ!」
 樹の動きを奪う、制圧射撃。
 更にリオンやアルヴァイムの銃撃を挟んで、羽矢子が瞬速縮地で肉薄する。
 まずは一閃し、次の斬撃を行う前に、最初に美鈴に射抜かれた腕の反撃が来た。樹の目には、自身の腕に真っ二つに切り裂かれたように見えたろうが――実体は、その時点で低く身を屈めている。
「ここはもう、お前達の居場所じゃ無いんだよ!!」
 高らかに叫びながらハミングバードを切り上げ、片腕を肩の付け根から大きく切り裂いた。返す刀で振り下ろし、完全に切断する。
「な‥‥」
 驚愕に目を見開く、樹。
 切断された腕は力なく落下し――それに今度こそ気を取られる間に、傭兵たちによる更なる攻勢が見舞われた。

 それでもまだ樹の反撃はあったが――傭兵たちを、護られた冬馬を動けなくするにはあまりに状況が悪かったろう。
「結局最後の最後まで人類を舐めてたんだな‥‥。
 あの人に言われて現状を見据えてなかったら、と思うと色々怖いぜ」
 目を見開いたまま二度目の死を迎えた樹に、冬馬はそう吐き捨てた。

●いつか訪れるその時に
「‥‥戻りました」
 流石に樹相手では無傷では済まず、傭兵たちに支えられる形ではあったが――。
 冬馬は甲府で、桜や春哉、椿にそう告げた。
「これで全て終われば、死んじまっても悔いはなかったけど‥‥生き残っちまいました」
「駄目であります」
 苦笑する冬馬に、美空が釘を刺した。
「春哉殿も冬馬殿も桜殿と同じくらい生きなければならないのであります。椿殿のためにも」
「そうだな」
 肯いたのは祐一だ。事後処理は部下に任せ、一旦司令室に戻ってきていたのだ。

「桜の側近だったということは、同時に椿とも長い時間を過ごした――椿にとっては『兄』のようなものだろう?
 そう簡単に居なくなられても納得出来るわけもないな」
 その言葉に当の兄弟は顔を見合わせ、次いで二つの視線を椿へと向けた。
 椿も椿で目を丸くしていたけれども――やがて、
「‥‥うん」
 小さく肯いた。

 ■

「これからどうするんだ?」
 祐一と桜の二人きりになった司令室。
 祐一が問うと、桜は「‥‥そうね」椅子に深く身を預けながら口を開いた。
「山梨も――それから甲府も、全て人類に返すわ。
 ここから西にはまとまったバグア戦力がないから、拠点さえ構築すれば県全て人類のものにするのは難しいことじゃないし」
「お前たちは?」
「それは貴方たちに任せるわ。私たちに決められることじゃない。生き残ったほかの地域の強化人間もいるしね。
 ただ、やってきたことは兎も角としてバグアとして支配体制を敷いていたのは事実なんだから、それはちゃんと裁いてほしい」
「‥‥言うと思ったがな」
 祐一は肩を竦めつつ、言葉を続けた。
「まぁ、強化人間を収容するのにうってつけの場所は確保してある。人類に敵愾心を抱かないことが収容条件になりそうだが」
「え‥‥?」
「お前たちも時々行っていた、強化人間のメンテナンス施設の周辺だ」
 その言葉に、桜は大きく目を見開いた。

 ■

 一方でソーニャは、椿を連れ出して市役所の屋上にいた。
「誰もが命を捨てても守りたいもの、望みがあるよ。
 だからこそ死を受け入れられるの」
 椿に背を向け、空を仰ぎ見ながら彼女は言う。
 中司兄弟――特に冬馬にとっての琴原母子がそうであったように。
 桜にとっての椿がそうであったように。
 しかしその優しさが、想う人の願いを潰すこともある。
 己を殺しても生きて欲しいと、願う。
 それは滑稽で悲しい――それでも美しいお話。

 ソーニャは謳うように言葉を紡ぐ。
「それでも誰かが、想い人の望みの為に。
 その死を背負って、かの人の望んだ先へ向かわなければならないの」
 だから、と、彼女は振り返り椿へと告げる。
「あなたは背負う事を覚悟しなくてはならない」
 メンテナンス施設は確保出来た。
 冬馬の状態も、これで少しはマシになるだろう。
 ――けれども、それも一時的な話だ。
 バグアが駆逐されつつあるこの世界で、バグアテクノロジーを維持し続けられる期間はそう長くはないはずだ。
 延命は出来るが、それでも本来人として在ったはずの寿命に比べれば大分早くに、椿の周りの人々は死を迎えることになるだろう。
 だからこそ――。

 彼らが生きた証を示しなさい。

 その言葉の意味を噛み締めるように唇を強く引き結び、椿は大きく肯いた。
 いつか訪れるその時に、周りに支えられながらでも、自分の足で歩き出せるように――。
 そう、心に誓って。