●オープニング本文
前回のリプレイを見る●思わぬ来訪者
樹海拠点の残党掃討も程々に、榛原・祐一を始めとする部隊は上野原の基地に一旦戻っていた。
すぐに山梨市や甲府市方面に向かうべく、態勢を立て直さなければならない理由が出来たからである。
樹海拠点のエースの一人、朝比奈・遥の策略。
それはUPCへ直接情報を流していた内通者が中司・冬馬であることと、冬馬を仕向けたのが彼の上司である甲府市司令、琴原・桜であることをバグア側にも示す結果となった。
一都市の支配者であると同時に、裏切り者でもあることが明らかにされた桜。
その処遇がどうなるかは、冬馬でなくとも容易に想像がつく。
不幸にも、甲府同様に支配体制が敷かれている山梨市は甲府からほど近い。
一刻も早く間に割って入らないと、桜にも、また彼女が支配――という名目で護る都市そのものにも危険が及ぶ。
桜がいずれバグアとして死ぬことを自ら選ぶであろうことは、冬馬に教わるまでもなく祐一は悟っていた。
だが、その時はまだ訪れるべきではない。
私情の問題だけでなく、軍人としての思考でもそれは変わらない。相手の内側から崩してくれる存在を中途半端な段階で失うわけにはいかないのだ。
だからこそ、焦る。拙速と遅攻、どちらがベストなのか分からない。
普通に考えれば拙速だろう。しかし此方も遥という捕虜を手にしている以上、あちらもUPCがそう動いてくることを予測して罠を張る可能性もある。流石に新たに張られた罠までは、冬馬もカバー出来る情報の範囲ではない。
ただ、別の事情で状況を早く動かす必要も出てきた。
冬馬の身体的変調である。
強化人間でありながら、長らく内通者として軍に身を置いていた為にメンテナンスが行なわれない状況が続いていた。故に遂にガタが出始めたのである。
本人に言わせればそれも覚悟の上で内通者となったとのことだが、その覚悟があるなら尚更、祐一としては早く前へと動かしたい気持ちがあった。
そして。
罠が待ち構えていようが拙速を選ぶことにした最後のひと押しは――拙速機運が高まりつつあった、まさにその折に起こった出来事だった。
琴原・桜のもう一人の右腕である冬馬の兄――中司・春哉が、桜の息子、椿を伴って上野原の基地を訪れたのである。
「どうして兄貴までここに来た、あの人はどうするんだよッ!」
「‥‥おそらく今頃、司令を山梨市へ連行する為の部隊が到着している筈だ。何日か前に通告があったんだ」
「だったら尚更何で」
「甲府は戦力的には山梨市と互角だけど、厭戦気配が漂っているこっちと違ってあっちは今でも人類を山梨から追い出せると思ってる。
士気が違うし‥‥何より抵抗することで街が壊れることを、あの人は良しとしないだろう?」
「‥‥まさか、そのタイミングでここに来たのは」
「ああ、UPCに間に入ってもらって止めて欲しいからだよ。
本当はもう少し早く来たかったんだけどさ、流石にどさくさに紛れてじゃないと抜け出せる身分じゃないからな。僕も、椿も」
そんな兄弟の話をよそに、祐一は椿と向かい合っていた。
兄弟の会話は、勿論祐一にも焦燥感を募らせるのには十分すぎるものだ。けれどもいま焦っても碌なことにならない。
「‥‥君が、樹と桜の間に生まれた子か」
そう穏やかに語りかけたのは、自らの気分を落ち着かせる為でもあった。
「‥‥うん。‥‥あなたのことは、母さんから聴いてます」
「そうか。――ところで君も、強化人間なのか?」
最近冬馬の体調が芳しくないことを鑑み、問うてみる。
すると、
「違うぜ」
これには冬馬が答えた。
「対外的には強化人間だってことにしてるけど、実際椿は何の改造も、洗脳さえも受けちゃいない」
「‥‥嘘をつかないと、母さんに向かう他のバグアの目が怖いから。
母さんはそんなことしなくていいって言ったけど、僕が春哉さんや冬馬さんと話して自分で決めたんだ」
どうやら桜は、椿が自分で考えて行動出来るようになった頃には既に人類とバグアの趨勢を予感していたらしい。
だからこそ未来を託すために、何もしなかったのだ。
――だからといって、今ここで桜を失っていいのかというと、それもやはり違う。
祐一は春哉を見て、口を開いた。
「中司・春哉、といったな。もっと詳しい状況を教えてくれ」
●強制阻止
「集まってもらって早速で申し訳ないが、今回は今すぐ出立してもらうことになる。
打ち合わせ等は、移動中に行ってもらうことになるな‥‥」
傭兵たちの前に顔を見せた祐一は、心なしか早口で作戦説明を始めた。
「今この時も、中司・冬馬の上司でもある甲府市司令――琴原・桜は、処分の為に山梨市へ連行されているという。
だが、今出発すればぎりぎり間に合う。移送するトラックが山梨市内に入ってしまう前に、それを阻止してもらいたい」
内側から崩してくれる存在を今このハンパな段階で失うわけにはいかないのだと祐一は付け足す。
「勿論軍からも戦力を出す。連行している敵戦力の大半は此方で担うが――直接トラックを囲んでいるタロスとティターンは、諸君に任せることになる。
あと、トラックの周囲にはバイクを駆る強化人間もいるらしい。そちらの対応も必要になるだろう。
KVが現れた段階で、トラックはその相手をワームに任せて移動してしまうだろうしな」
「連行阻止された段階で、敵がその司令を処分する可能性は?」
「ないとは言えないが、高くはない」
雄人の質問に、祐一はそう答える。
「理由は私も――というか内通者も分からないようだが、山梨市の司令はどうにも直接会って話をしてから殺す意向らしい」
「なお、ティターンは以前樹海を攻めた時に取り逃がした機体らしい。
つまりは『借り物』というパイロットの言うことが正しいなら朝比奈・遥の機体ということになる」
だからといって装備を口を割ったりしないだろうが一応な、と祐一は言って。
「――急ですまないが、逆に阻止出来ればそこから一気に山梨を攻略する算段も立つ。正念場になるが、よろしく頼む」
――そう締めて、頭を下げた。
●リプレイ本文
●親子の定義
上野原からの出立前――。
「内通者がばれた以上こうなるのは当然‥‥か」
ブリーフィングルームにて、赤崎羽矢子(
gb2140)は溜息をつく。
もう一つ気になることはあるが、その疑問は今勘ぐっても答えが出そうにないので後回しにすることにした。
「忙し忙しと処刑の準備か、穏やかじゃないなあ」
ドゥ・ヤフーリヴァ(
gc4751)――日本ではゴーストと名乗っている為、以後便宜上ゴーストと称する――はそう言って肩を竦める。
「にしても‥‥誰の許しであの世送りをしてるのかな?」
くすくすと意味深な笑いを漏らしていたところに、祐一が何人かの人間を伴ってブリーフィングルームへやってきた。
祐一の他には、中司兄弟、それに――。
「‥‥前に君と会った時にした、迎えに行くって約束は‥‥まだ有効、かな?」
傭兵たちの前に姿を見せた琴原・椿に、リオン=ヴァルツァー(
ga8388)はそう問いかける。
はっとしたように椿は目を見開く。
「――あの時の‥‥」
確認するかのようなその言葉に、リオンは一つ肯く。
今から半年前、フランスの地で二人は一度出会っている。
その際、椿が連れていたキメラを倒し――傭兵たちは、彼へ手を差し伸べた。実は強化人間ですらなかったと分かった今となっては至極当たり前に思えることだが、彼自身は一切戦闘に手を出していなかったこともある。
しかし、彼は『母を置いてはいけない』と言って、その手を取らずに去っていった。
それから半年。状況は一変し、大人たちの判断で椿は母――桜と離れてしまっている。
少なくとも判断を下した桜や春哉が悪いわけではない。
けれども。
「もし有効なら‥‥何としても、君の前に‥‥お母さんを、連れてくる。
こんな形で――お母さんと、別れたままになるなんて‥‥そんなの、絶対にダメだ」
「‥‥うん」
たどたどしくも力強さのあるリオンの言葉に、椿もまた、肯いた。
その様子を、不破 梓(
ga3236)を含めた他の傭兵たちは少し離れた場所で見守っていた。
「連中がどう考えていようが私には関係ないが‥‥」
そう言いつつも、梓は梓なりに思うところはある。
椿の姿は、幼くして両親を失った妹の姿と重なるのだ。
「親子は一緒にいるべき、そうだろう?」
だからかその問いかけは、半ば自分に言い聞かせるようなものだった。
「雄人さんっ! また一緒だね♪」
ともすれば必要以上に暗くなりそうな空気も、崔 美鈴(
gb3983)にはあまり関係なかった。
というのも、彼女にとっては雄人が一緒の依頼にいる、というのが相当重要なことのようで。
「私がずっと受けてる依頼だし、合わせてくれてるんだよね? もうっ! 心配性なんだから☆」
「いや、俺、別にそんなつもりじゃ‥‥」
ずっと受けているのは雄人も同様だが、別に合わせているとかそういうつもりではない。
――と言いたいのだが、何だかもう周囲の傭兵の空気も黙認というかなんというか、とりあえず雄人にとっては不利というか拙い状態ではある。
「生身班でいいよね? 私と一緒に決まってるよね☆」
「決まってるって何だよ、俺に選択権は‥‥?」
「‥‥。‥‥不満?」
「‥‥‥‥いや、別に」
「そーだよね☆」
NOといえない日本人(厳密に言えばハーフだが)、早川雄人だった。
勿論言えなかったのは、『不満?』と問いかけた時の美鈴の目が濁っていたからだが。
■
「僕‥‥前に能力者に、『人類は、正義を振りかざせば何をしてもいいと思ってる』って言ったことがあるんです。
‥‥正しさなんて人それぞれで、それは別に『正義』じゃないって言われたんですけどね」
「‥‥?」
傭兵たちがブリーフィングルームを出て行った後の椿の呟きに、祐一は首を傾げた。
椿が言っているのは、先ほどリオンも言っていた以前の邂逅の時のことだろう、というのは分かる。
「どうして今それを思い出したんだ?」
「僕が生まれたばかりの時のこと‥‥母さんから聞いただけのことだけど、父さんが死んだ時のことを思い出したんです。
あの時は、母さんが今の僕みたいな状況だったって」
「――‥‥!」
それは、祐一が心のどこかで知りたかったことかもしれない。
自分まで前のめりになっては足元を掬われた時が怖いという理由から、今回の前線指揮は信頼できる部下に任せている。
「‥‥樹はどうして死んだんだ。何故そこから、桜がバグアになった?
――君の知っている限りでいい、教えてくれないか?」
椿の言葉を、琴原家の真実を、知る。
今の祐一には、その時間が必要だった。
●通行阻止
傭兵たちを含めたUPC軍が待ち構えたのは、山梨市に突入するまであと三キロほどの地点だった。
まだ桜を連行する部隊が通過したという報告は出ていない。
間に合ったようだ――と考えた矢先に、
「――敵影発見! あちらも気付いたようです!」
「よし、散れ! 傭兵の邪魔はするなよ!」
斥候の報告を受け司令官が指示を出し、友軍が周辺の田んぼや空へ散開していく。
KVのレーダーが敵影を捉えたときには、道路に残っていたのは傭兵たちのうち四人分のKVと、その後方に待機する車両やバイクのみだった。
やがて周辺では戦闘が始まり――傭兵たちの前にも、敵機が姿を見せる。
最初に動いたのはアルヴァイム(
ga5051)機、天【宇】。チェーンガンで向かってくるトラックの進行方向の道路を破壊すると、トラックは堪らず急ブレーキをかけた。すぐ近くに(傭兵たちから見て)向かって右側にも道が通じていたが、流石に急に左折するのは横転の危険を伴う為だろう。
トラックの停止に伴って護衛しているタロスやティターンの速度も落ちていた。その間に、アルヴァイム機が長距離バルカンの照準を強化型タロスのうち一機へ向けてトリガーを絞り、リオン機フェンリル『StoβZahn』がアリスシステムとマイクロブーストの併用を以て、もう一機に肉薄する。
「桃2、背後は任せるな」
「了解であります」
リオン機がルプス・アークトゥスでタロスを牽制したその横を、エイラ・リトヴァク(
gb9458)機ヘルヘブン『ヘルヘイム』と美空・桃2(
gb9509)機フィーニクス『ガルーダ』が姿勢を低くして通過する。
二機のタロスは防御行動に手一杯になっていたが、手の空いていたティターンはガトリングを掃射した。エイラはセンチネルを盾代わりに、美空はそのエイラ機を盾にし迎撃をやり過ごす。エイラはスラスターライフルで反撃も行っていたが、一度に様々な行動を行っていた為命中精度はそれほど良くはなかった。
だが、それでも構わない。二機の目的はティターンをトラックやタロスから引き離すことなのだから。
タロスの間を抜け、遂にティターンへ肉薄する。エイラ機がセンチネルをティターンの脚へ突き刺すと同時に、ティターンが機剣を袈裟懸けに振るってエイラ機の肩の装甲を薙いだ。
その刹那に、美空機はティターンの後方へ回りこむ。そして即座に二つの銃身を合わせた状態のフィーニクス・レイを構えた。
「まとめて消しとばしてやるのであります」
『‥‥貴様‥‥ッ!』
不穏な気配に気付いた議長がやや苛立たしげな声を上げ、センチネルを無理やり引き抜くと即座に横へ離脱を図った。
引っかかった。
美空はフィーニクス・レイの銃身を分離させ、飛び退いたティターンの着地点――田んぼへ狙撃。粘性を伴う土が飛び散り、若干バランスを崩したティターンがニ、三歩前に出る。その背後に、今度はエイラ機が迫った。
(ムチゃ振りしやがりやがって、どんだけ激痛を感じちまうか‥‥、やり甲斐はあるけどな)
実際先ほどの機剣の一撃はやや効いた。が、それに脚を止めている暇はない。
迷わずスラスターライフルを構えると、至近距離からティターンの後背を狙う――!
その頃には既に、ティターンはタロスやトラックと離れていた。
タロスを狙うアルヴァイムとリオンの攻撃には、一切の躊躇がない。
「此方の機密を喋られてしまう前に、殺しておかないといけませんから」
というアルヴァイムの言に基づいてのことだが、この発言自体は勿論嘘である。当の桜はそんなことは一つも知らない。
そのアルヴァイムは執拗なまでに、正面のタロスの足元をバルカンとチェーンガンで狙っていた。それを嫌がりタロスが後退しようとすると、横でスパークワイヤーとドラゴン・スタッフを振るってもう片方のタロスと格闘戦を繰り広げていたリオン機がルプスで脚を止める。
留守になったリオン機の装甲を、もう一方のタロスがレーザーで射抜こうとする。が、今度はアルヴァイムがそのレーザーガンを持つ手をチェーンガンで弾き飛ばした。それまで脚しか狙っていなかったことが功を奏し、腕への注意が疎かになっていたようだった。
ところで、何せバグアも内通者の首魁を暴いたのはつい最近だ。
『こいつらはここで止めておく、トラックは先に行け!』
彼らがアルヴァイムの嘘に気付いているわけもなく、より躍起になって桜を移送すべきと考えたのだろう。防戦を迫られながらもタロスのパイロットが叫んだ。
その言葉に応えるかのように、再び速度を上げ始めたトラックが四台のバイクを伴って左へ曲がる。
だが、その道は――すぐに別の道と合流する。
そしてそのもう一つの道からは、生身の傭兵たちがやってきていた。
■
「‥‥父さんは志願兵みたいなものだった、って聞いてます。
母さんや僕を含めた戦えない人を関東から逃がす、時間を稼ぐ為だけの‥‥」
椿が告げた言葉に、祐一は目を瞠る。
琴原・樹は軍人ではない。祐一が士官学校に入ることを選んだ時点で、その道は分かれた筈なのだ。
だから兵士というのも理解が追いつかないが、加えてもう一つ不可解な点がある。
「なんだそれは‥‥。
そんな民間人を死にに行かせるようなことがあったとは、私は聴いていないぞ」
その頃の祐一は、一人前の士官として欧州軍に配属されて戦っていた。
それでも山梨を含めた関東の動向は暇さえあればチェックしていたつもりだが、そんな話は今初めて知ったのだ。
「当時の山梨にいた軍の、独断だったんじゃないかって母さんは言ってます。
‥‥なんで僕が能力者に向かってあんなことを言ったのか、これで大体分かるでしょう?」
「‥‥嫌でも理解せざるを得ないな。全く、傲慢極まりない」
椿の問いかけに、祐一も苦々しい表情で肯く。
要するに『戦えない人間を逃がす為に戦う』ことが正義だと謳い、樹を含めた民間人を戦場へ釣りだしたのだ。
そして――。
「それは、失敗したんだな?」
「‥‥はい。しかも父さんを含めた民間人の兵士は全滅したし、脱出しようとする人を護衛していた部隊も壊滅したけど‥‥軍そのものは辛うじて『山梨から脱出することに成功した』んだそうです。この意味、分かりますよね?」
「――本当にすまない」
祐一は椿に向かって頭を深々と下げた。
「詫びてどうにかなるものでもないが、君には私たちを恨む権利がある」
「榛原さんは関係ないじゃないですかっ」
椿が慌てた様子で言う。それでも祐一は、頭を上げなかった。
「‥‥それでもだ。確かに当時の私が山梨にいたとて、その血迷った判断を止めることは出来なかったろう。
だからこそこれは、山梨に関わる軍全体の責任だと言っていい。今も含めて、だ」
●真実
戸惑う椿を尻目に暫く頭を下げ続けた祐一は、やがてゆっくりと顔を上げて問うた。
「それで‥‥桜は、どうしてバグアとして甲府の司令に?」
「‥‥母さんは市議会議員でした。それも、議員選挙で全候補者中トップの票数で当選するレベルの」
「‥‥そのカリスマ性を買われたというのか」
椿は首肯する。
「市長その他が脱出計画前に殺されたっていうのもあるみたいです。
‥‥母さんだって脱出するのは本意じゃなかったって言ってました。でも、余計な犠牲も増やしたくない。
だから脱出する民間人が捕らえられた時も代表して白旗を上げた。
‥‥捕らえた部隊の中に、母さんを知ってる人をヨリシロにしたバグアがいたのが、不幸中に幸い、というのかも‥‥」
■
『あの琴原が、そこまで人類と通じていたとはな‥‥正直がっかりだ』
その『桜を知っている人間をヨリシロとしたバグア』は、今は戦場の最中にいた。
――議長。その通称の由来は、甲府市議会の役職にある。
今彼は、美空機とエイラ機に挟撃されている状態だ。
田んぼに脚を取られた際に回避行動を思うように取れず、被弾もしている。ただまだ自己修復の追いつく範囲であるらしく、目に見えた損傷はなかった。
「だからなんでありますか。
どちらにしろ、バグアは皆殺しなのでありますよ」
美空は吐き捨てた。
言葉の後半の意味は、先のアルヴァイムが仕立てた嘘に則ったものにも聴こえる。
もう一つ意味を挙げるとするのであれば、桜を始め人類側についたバグアは遅かれ速かれ、人類が手を下すまでもなく死を迎える、ということだ。
尤も、言葉に反し戦況は然程いいとはいえない。
美空機はそうでもないが、エイラ機はティターンに肉薄し戦場を切り離すまでに負った損傷がやや大きかった。それを見越してか、ティターンの攻撃も美空機よりもエイラ機を狙ったものの方が多い。
『それはまずここで私を倒してから言うべきではないか?』
言うが早いか、ティターンが手に構えたレーザーガンの銃口が持ち上がり、ガトリングナックルを打ち込むべく接近していたエイラ機へ照準を定めた。
「倒すでありますよ?」
それでもエイラ機が撃墜せずに済んでいるのは――ティターンがエイラ機に攻撃を仕掛けた際に、美空がその足元を崩しにかかるからだ。
それまではフィーニクス・レイでその阻害を行っていた。だが今回はエイラ機自身がスラスターライフルでティターンの足元を打ち抜いた。
『‥‥ッ!』
バランスを崩したティターンが、蹈鞴を踏む。
その間に美空機はブーストをかけ肉薄し、練槍「白金」でティターンの脚を貫いた。
■
「同じ轍を踏むわけにはいかんからな。判別できる何かが必要だ」
一度、話は出立前に遡る。
梓は中司兄弟に、桜の人相について問うていた。
前回の――内通者の名前だけを頼りに動いて裏をかかれた結果の反省に基づいてのことである。
「言うと思ってたんだ」
その経緯を知っていたからだろうか、春哉は準備が良かった。桜の写真を用意していたのである。
全員分とまではいかなかったが複数枚用意していたので、これで人相を見違う心配もなさそうだった。
「それと、他に仲間がいるならそいつらの人相も教えてくれ。
間違って殺したら寝覚めが悪いだろ?」
梓が続けた問いには、兄弟は顔を見合わせ――どちらからともなく頭を振った。
「いや‥‥今回の部隊にはいない、と思う。
少なくとも何もなかった頃に、あそこに内通者を送り込めなかったし」
「山梨市の連中は完全にバグアに飼い慣らされてる上に縄張り意識が強いからな。
よそ者はすぐに爪弾きにしちまうし、こんな状態で他の街から援軍を寄越されても、疑心暗鬼になるだけだから受け入れないだろ」
「‥‥そうか」
内通者がいないというのであれば、それはそれで桜以外をどうにかするのに遠慮はいらないのである意味楽ではある。
■
トラックとそれを護衛するバイクを追走する生身部隊は、トラックが装甲車である故に速度が出せない為に徐々にその距離を詰めてきていた。
そして遂に、互いの攻撃が届く距離にまで接近する。
美鈴は雄人が運転するジーザリオ――持ち主は美鈴自身だが――の助手席からスコーピオンでトラックのタイヤを狙う。二発ほど外した後の射撃にて、タイヤに命中したのかまでは定かではないがトラックが急に小刻みに蛇行を始め、速度が落ち始めた。
それに伴い、護衛のバイクの速度もまた落ちる――。
自前のバイクを駆っていた羽矢子はその間に飛び降り、トラックの右後方につけていたバイクに瞬足縮地で迫った。堪らず強化人間の男が銃口を上げたが、
「邪魔はさせないよっ!」
羽矢子は男がトリガーを絞るのとほぼ同時に獣突で彼を田んぼへ吹っ飛ばした。銃弾は肩を掠めたが気にもせず、バイクのタンクと思しき部分を破壊する。
逆側――左後方のバイクは美鈴が貫通弾でタンクを撃ち抜いていた。駆っていた強化人間が蹴るようにそれを田んぼへ乗り捨てるとほぼ同時、美鈴と雄人もまたジーザリオから降りていた。瞬天速でトラックまで迫るが、先ほどバイクを駄目にした強化人間が拳を構え立ちはだかった。
「雄人さんは桜さんを!」
「分かった!」
「写真で見た限りじゃ美人だったけど見蕩れちゃ駄目だから!」
「この状況下でそんなこと言うか!?」
言いつつも雄人は瞬天速を継続使用、トラックを追った。一方で移動を止めた美鈴は道路脇の土を蹴り上げる。
強化人間がそれを軽く身体をそらして避け――その顔面に向け照明銃を放った。
一方で梓とゴーストは、バグアの速度が緩やかになっている間に一気に前に出ていた。それまでの間に、前方の護衛二台のタイヤはゴーストが超機械で駄目にしている。
ゴーストが遠距離武装を持つ一方で、梓が持つのは如来荒神のみ。そういうわけもあってか、バイクを乗り捨てた二人の強化人間はこぞって梓を狙った。
片方は剣、もう片方は銃による牽制。梓はそれらを、回避と太刀による受け流しとを使い分けながら切り抜ける。銃弾が飛来する割合がやや低かったのは、その強化人間に対しドゥがフェアリーテールで接近戦を挑んでいた為だった。
やがて梓は、剣を持っていた強化人間の手首を掴み――豪力発現を用いつつ、投げ飛ばす。
「面倒なんだ‥‥まとめて斬られてくれ」
投げ飛ばした先は、美鈴が相手取っていた強化人間の背中だった。衝突し、二人揃って地面に倒れこんだところを――肉薄した梓は、如来荒神で宣言どおり纏めて斬りつけた。
ともに急所に決まったのか動かなくなり、梓は次の強化人間を、美鈴は雄人を追って桜を確保しようと動き出した矢先――。
「動くな!」
完全に停止していたトラックの運転席あたりから、そんな叫び声が聞こえた。
他の強化人間も、既に羽矢子とゴーストが昏倒させていた。傭兵全員の視線が、そちらへ向く――。
雄人が張り付いた方とは逆の扉が開き、中から強化人間が降りてきた。
その片腕は、つられるように引き摺り下ろされた女性――今度こそ紛うことなき琴原・桜その人の首に抱えこんでおり、もう片方の手で構えた銃を桜の頭蓋へ押し当てていた。ただ、桜を抱えた方の手にもナイフは握られている。
「後で殺すにしろ何にしろ、お前らはこの女の情報がほしいんだろう? さぁほら、武器を捨てろ」
アルヴァイムのブラフもある程度効果はあったらしいが、どうもそれだけではうまくいかないようだった。梓を始め、全員が武器を下ろす。
舐めるように全員を見渡した強化人間は、仲間を一気に二人倒した梓に目をつけたようだった。桜を伴ったまま、梓の方へ歩み寄る。
「こんな真似して、ただ武器を捨てただけで帰すと思うなよ‥‥」
そう言って、桜につきつけていた銃口を今度は梓へ突きつけた。
――梓は不意に銃を突きつけてきていたその手首を掴み、豪力発現を使用して手首をあらぬ方向へ捻じ曲げた。
「うぎゃッ!?」
「武装解除したと思ったか? すまんな、嘘だ」
強化人間は銃を取り落とすだけでなくナイフを持つ力をも抜けた。桜が解放されたその刹那の後に、梓の一撃と後背から迫っていた羽矢子の一撃が同時に決まり、強化人間が昏倒する。
――ただ、
「おい、あれ目醒ましそうだぞ」
雄人が視線を向けたのは、美鈴が相手取っていた強化人間だった。梓の一撃も完全には決まりきっていなかったらしく、頭を振って起き上がろうとしている。
その視線が、傭兵たちへ向いた。また、ゴーストが昏倒させたのも起き上がっている。
美鈴は懐へ手を入れた。
「3,2,1!」
叫び、懐から手を引き抜く。
強化人間が身を硬くしたが、投げ出されたのはただの黒い石だった。
「‥‥!?」
はったりか、と安堵の表情を見せたその一瞬に、今度こそ閃光が周囲を包んだ。
――光が止んだとき、そこには強化人間以外誰もいなくなっていた。
■
「流石のティターンも、四対一では無力でありますか」
一方でKVの方も、趨勢は決していた。必要な時に互いを補助していたアルヴァイムとリオンはタロスを無難に片付け、美空とエイラの加勢に加わっていたのである。
「泣いて許しを請うまで殴るのをやめないのであります」
美空はティターンを見下して、言う。
今、ティターンは二本の槍――白金とセンチネルに脚を縫いとめられ、両腕も破壊されている。自己修復は、加勢が来た直後に切れていた。
『‥‥それを聴いて誰が許しを請うと思うかね?』
「それもそうであります」
美空とて相手が素直に泣きつくとは思っていない。
『‥‥しかし、残念だな。ショーとしてはなかなか見ものだったとは思うんだが‥‥』
不意に議長がそんなことを言ったので、傭兵は全員が怪訝な表情を浮かべた。
「‥‥どういう、意味?」
リオンが問う。
――すると議長は『ク、ハハハ‥‥』力なく、笑い声を上げた。
『妻の裏切りを、夫が衆目の前で堂々と処分する予定だったのだ。
しかも夫の方はただその記憶を持っているだけで、今の妻自身には何の愛着も感じていない。
――死ぬ間際の妻の心境が如何ばかりか、と考えるだけで、ぞくぞくするじゃないか』
「――最低な野郎だぜ」
エイラが吐き捨て、一度引き抜いたセンチネルを――ティターンのコックピットのある辺りへ突き刺した。
爆発四散する、ティターン。
巻き込まれないように退避した傭兵たちは、ある確信を抱いていた。
否、考えるまでもない。
山梨市のトップは――。
●母と子、そして父
作戦終了後、UPC軍は甲府市を山梨攻略の最終拠点とする準備を始めた。
桜の造反は既に周知されていたことである為、彼女の意思に反するバグアはその時点で甲府市を抜け出している。障害となるものは殆どなかった。
「本当は知ってたんじゃないの?」
その最中、仮設のブリーフィングルームで羽矢子は春哉に尋ねていた。
何のことかというと、勿論。
「――だって、そう簡単に口には出せないことだろう?」
山梨市の司令が、琴原・樹だったことである。春哉は苦々しい表情で肯いた。となると、恐らく冬馬も知っていたことになる。
部屋には今のところ、二人以外誰も居ない。
祐一は陣頭指揮に出ているし、桜と椿は別の部屋で親子の時間を過ごしていた。冬馬は体調が思わしくないので医務室で床に伏している。
冬馬は兎も角、祐一や桜の行動には、「そうしなければならない」「そうしたい」と当人たちに思わせる――本来であれば目を背けたい現実が根底にあるといってもいい。
正直なところ、「面会前に桜を殺す可能性は低い」という時点で、羽矢子としては何となく予測出来ていたことではあった。
だからこそ、
「‥‥まぁ作戦前に告げられてたら、少佐が動揺するかもしれないしね」
あえて春哉が作戦前に事実を突きつけなかった理由も、理解は出来るのだ。
しかし――。
「椿には、最後まで言わないつもり?」
羽矢子はなおも問う。
最初から知っていた桜や中司兄弟は勿論、今は祐一までもがそれを知っている。
けれども戦場からは離れていた椿には、まだ誰もそのことを告げていなかった。
「知らない方がいいんじゃないか、と僕は思っている」
春哉は首を横に振った。
「椿を強化人間にしなかったのも同じだけど、司令は椿には『バグアと共にいた』ことを出来るだけ忘れて生きてほしいと思ってるんだ。
司令自身がバグアな時点で完全に忘れることは勿論無理だろうけど‥‥。
父が母を『バグアとして』処分しにかかったと知ったら、椿はずっと引き摺ってしまうんじゃないか?」
「‥‥‥‥」
一理ある、どころか、春哉の考えは正論足りえる。
椿は父はただ死んだと思っているようだし、その思いを覆させる強い根拠はどこにもない。
それでもどこか納得できぬまま、羽矢子もまたブリーフィングルームを後にする。
どう転がるにしろ、次が山梨における最後の大きな戦いになりそうだった。