タイトル:【TC】遅すぎた選択マスター:津山 佑弥

シナリオ形態: シリーズ
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/11/24 22:29

●オープニング本文


 UPC軍が保有する、とある空母内の一室。
 UPC軍少佐である榛原・祐一は、下ろした両手を握りしめていた。
 目の前の壁には、一枚の写真が額縁に収まった状態で立てかけられている。
 写真の背景は、とある民家の前。
 写っているのは、若かりし頃――十三年前の彼自身と、一組の夫婦だ。妻の方は新たな生命を宿しているらしく、下腹部が膨らんでいた。
「やっとか‥‥やっと、お前らのところに行けるぞ」
 祐一の声は、思わず震えていた。

 支配していたバグアを一部逃したとはいえ、東京解放作戦の成果は大きいと言える。
 差は地域にもよりけりだが、少なくともバグアの支配下に置かれていた他の県の中に、何の影響も受けなかったというところはないはずだ。
 それは、東京の西――山梨も例外ではない。
 寧ろ東京解放作戦の合間にも幾度か傭兵の潜入があった故、緊張感は高まったろう。
 尤も、宇宙に蔓延るバグアに目を向け始めた今、人類側にしてみれば山梨の攻略は消化試合にも等しい。
 宇宙攻略を終えた後に大軍を差し向ければ、それはそれで早く事は済む。
 ――だが、それを善しとしない者もいた。祐一もその一人だ。
 現存する他のバグア支配地域と、山梨の異なる点――それは東の東京だけでなく、南の神奈川、南西の静岡にまで人類の手が入り込んでいることだ。
 だから攻略も楽だという考えもある。
 しかし裏を返せばここでバグアに力を蓄えさせておいた場合、思わぬタイミングで奇襲的にしっぺ返しを喰らうという可能性も、ゼロではないのだ。
 何せ、数度領土に踏み入られたにも関わらず――山梨のバグアは、まだ全貌を見せているようには見えないのだから。

 実際、県でも最も東京に近い市――上野原市では不穏な動きがある。
 東京解放作戦の段階でバグアにより蹂躙されていたかの都市は、市街地の大部分が瓦礫の山と化していたが――。
 ここに来て、どうやらバグアの前線基地の敷地となったようなのである。
 人類の目が逸れていたのをいいことに強固なバリケードを張り、その向こう側では昼夜に渡り騒音が鳴り響き始めた。
 このまま建造を進めさせるわけにはいかない。そう主張する祐一らの働きかけにより、軍の有志で部隊が組まれることになった。部隊長は他ならぬ祐一である。
 狙うは、勿論上野原市だけでなく――山梨そのものの奪還。
 尤も、部隊の中には能力者でない者も多く含める為、やはり傭兵の助力は必要不可欠ではあったが。

 ――ともあれ、バリケードを破壊し、上野原市の状況を把握しなければ話が始まらない。
 どうやってそれを成すか、作戦が練られていた折――思わぬ形で、情報が飛び込んできた。

 ■

 バグアによる侵略の歴史は、人類にとってはある種の裏切りの歴史でもある。

 甲府市――かつては県庁であったその建物は、今はバグアの最大拠点の一つとなっている。
 その拠点の中でも、最重要であるポイント――かつての知事室であった部屋で、一人の女が通信を行なっていた。
「今更そんなことをして、何の意味があるんです。もう私たちの敗北は時間の問題だというのに」
『その気持ちがいかんのだ。
 たとえ上からの助力を得られずとも、戦略次第ではまだ我々の方が力があるというのを示すチャンスではないか』
 上野原市で前線基地建造の指揮を執る、同僚の男は意気揚々とそう言って一方的に通信を切った。
 
 女――琴原・桜は椅子に深く背を預けると、溜息を一つ吐く。
 桜は強化人間になった今でも、戦いが好きではない。
 自らの肉体を使って戦うことが、ではない。戦いそのものがその対象だった。
 だからバグアとして都市に君臨した今でも、支配された人々に圧政を敷いたりはしていない。
 決して人類に気持ちが傾いているわけではないので、その点では単なるエゴではある。その上生温いなどと他のバグアに揶揄されたことは多々あるが、それが桜のやり方である。
 人類により周辺の都県が解放された今、山梨に取り残された自分たちは緩やかに終焉を待つだけ――。
 そう思っていたのは、どうやら上層部では自分だけのようだった。

 ――だがどうせ死ぬのなら、少しでも穏やかに死にたい。その思いが、桜の中にはある。
 名も知らぬ人類に対する温情はなくとも、生まれ育った山梨という地は、自分の手の届く範囲で構わないからそのままにしておきたい。

 だから彼女は――。

 ■

「罠か、それとも臆病風か‥‥」
 祐一は思わぬ幸運か、新たな懸念か判断のつかない出来事に、頭を捻っていた。
 部隊が陣を張っていた山に突然現れた、バグアからの内通者だと名乗る強化人間――。
 彼から齎された、上野原市に関する情報が嘘だと判断したならば、殺しても構わないとさえ言う。
 抵抗しそうな素振りも見せないところを見ると、罠である可能性は低いようにも思えるが‥‥断言は出来ない。
 だが、実際バリケードの向こうの様子が分からず、突貫しようにも攻め手を熟慮する必要があったのは事実。
 その手間が若干――いやかなり省けた機会を、生かさない手はないともいえる。

 結局、彼は――この機会に上野原市を取り戻すべく、傭兵に助力を乞うた。

●参加者一覧

イレーネ・V・ノイエ(ga4317
23歳・♀・JG
アルヴァイム(ga5051
28歳・♂・ER
リオン=ヴァルツァー(ga8388
12歳・♂・EP
赤崎羽矢子(gb2140
28歳・♀・PN
崔 美鈴(gb3983
17歳・♀・PN
不破 霞(gb8820
20歳・♀・PN
エイラ・リトヴァク(gb9458
16歳・♀・ER
ドゥ・ヤフーリヴァ(gc4751
18歳・♂・DF

●リプレイ本文

●偽りの驚愕
 何の前触れもなく格納庫の外でバリケードを崩す轟音が鳴り始め、異常事態であるという認識は意思を持つバグアの間ですぐに伝播される。
『各員迎撃態勢へ! ここを凌げば逆にチャンスを作れるぞ!』
 司令室からの指示は前向きだったが、それでも、これまで長年に渡り『支配地域』というぬるま湯に浸かってきた強化人間たちの動揺は拭いきれなかった。
 副官が駆るティターンを始めとする精鋭部隊こそ想定通りに陣形を組んだが、それ以外が臨戦態勢を整える前に――格納庫の外壁の数カ所が、外からの銃撃や格闘武器により破壊される。
 そして、UPC軍の戦力が流入し――精鋭部隊の目は彼らではなく、その中に紛れていた異質の存在――傭兵たちのKVを捉え。
 同時に、精鋭部隊の先頭に立つTWの砲身が一斉にそちらへ向けられた。

「――砲撃が来ます、注意を」
 傭兵たちは特別部隊に紛れ格納庫へ突入したものの、一部の敵は対応が早かった。アルヴァイム(ga5051)機【字】からの警告が全僚機に通された直後、前衛に立っていた機体を中心にTWの砲撃が襲いかかる。
 ある者は盾を構え凌ぎ、またある者は遮蔽物を利用し、被害を最小限に留め――ひとしきり先手が止んだ後、
「こんな所にティターン? やる気じゃない」
 崔 美鈴(gb3983)がそう声を上げる。それまでは機剣を抜いていたが、ティターンの姿を見止めたと同時に銃器へ持ち替えた。
 いかにも想定外と言った素振りだが――通信を傍受されることを前提としての演技であることを、向こうは知らない、筈だ。
(‥‥内通者をどこまで信用していいのかな)
 赤崎羽矢子(gb2140)は思考する。筈、というのは、羽矢子はそのことに懐疑的な部分もあったからだ。
 本人は嘘をついてなくても、記憶の改竄や偽の情報を刷り込まれている可能性もある。油断は出来ない、と考えながら態勢を整えた。
「ティターンか‥‥場違いだが、全部狩ってしまえば同じ事!」
 一方、声を荒らげたのは『黒椿』を駆る不破 霞(gb8820)。その言葉を契機に改めて戦闘態勢に入ると、構えたプラズマライフルのトリガーを即座に引く。
 狙いはティターン。だが、一発目はティターンがぎりぎりながら回避し、立て続けに放たれた二、三発目は前衛のTWが庇いに入った。
 TWが離れたタイミングで今度はイレーネ・V・ノイエ(ga4317)がLRX−1でティターンを狙う――素振りを見せたが、実際はこれを庇いに入った別のTWこそが標的だ。
「――何度でも庇いに入るか。なかなか従順な亀だな」
 あくまで素振りであることを隠すよう、あえて驚いているようなことを言った。庇ったTWは頭部を撃ち抜かれ、目にあたる部分から煙が上がる。
 その合間に、戦闘は本格的に動き出していた。
(色々と思惑やらがありそうだけど‥‥)
 それを気にするのは後だろう。ドゥ・ヤフーリヴァ(gc4751)は気持ちを切り替え、『ティナーリ・マレディチオネ』で突撃を開始した。
「突撃ばっかじゃ知略出来ねぇ気がするぜ、ったく」
 前に進み出した愛機『ヘルヘイム』のコックピットで、エイラ・リトヴァク(gb9458)は苦笑いする。
 知略については兎も角、内通者の考え方を無に帰さないようにしたいところだ――そんなことを考えながらも足を速めた。
「行くよ、【StoβZahn】。その『牙』で‥‥敵を、食いちぎってやろう‥‥!」
 リオン=ヴァルツァー(ga8388)は新たな愛機に呼びかける。TWが次の射撃に入るまでの少しの間を、利用しない手はない。
 装甲を纏った漆黒の獣、その肩口に備え付けられたレーザーライフルが火を吹く中で自身も疾駆する。羽矢子機、霞機も盾を構えつつ同様に前に出た。一方で残った後衛機は狙撃に徹し、ティターンを庇っていることもあってか特にTWの損耗が一気に激しさを増した。
 それに対し、今度は四機のTWの両脇に躍り出たタロス、そして最後衛のティターンが射撃にて応戦し始める。
 だが、盾を構えただけでなく姿勢も低くしていた羽矢子機への命中精度は低かった。勢いを殺さぬままTWに接近し、まずはディフェンダーでTWの一機を斬り付ける。
 それ以前にもリオン機や後衛機の狙撃のお陰で特に損傷が大きかったそのTWは、上体を仰け反らせて動力部を顕にし――
「PRM―H&P―Mモード、出し惜しみは無し。最初から飛ばしてくよシュテルン!」
 すぐさま練剣「白雪」に持ち替えた羽矢子機の、PRMシステムを発動させながらの一閃でそこを切断され、動作を停止した。
「わりぃな、ヘルヘイム。荒っぽい使い方しか出来なくてよ」
 一方で別のTWに肉薄したエイラ機は、自らの狙撃で焼いていた装甲にレッグドリルをねじ込んだ。振り払おうとするTWがゼロ距離射撃を見舞おうとしたが、その意思を移動しながら弾幕を張るドゥ機が殺いだ。
 その間にエイラ機は狙いを砲門に変える。即座にスラスターライフルに持ち替えると、砲門の中へ銃弾の雨を浴びせた。
 中で爆発が起き、同時にTWの巨体が大きく揺らぐ。
 その揺らいだ先は、タロスに狙いを定めていた霞機の進行方向上だった。
「邪魔を‥‥するなっ!」
 最期の一撃たる白桜舞の一閃が装甲を横薙ぎに切り裂いて、TWは少し離れた場所まで吹っ飛んだ後に爆発を起こした。
 それを一瞥するでもなく、霞機は本来の目標としていたタロスへと猛進する。だが、
『勢いがそのまま続くと思うなよッ!』
 その進行方向にティターンが割り込んで、手にしていた機槍を突き出してきた。
 盾を正面に構え弾き飛ばしたものの、霞機自身の勢いも削がれる。
 それを機と見たか、ティターンが今度は自ら前進するも――
「死ねやぁああっ!」
 普段なら傭兵仲間ですら滅多に聞かないような台詞を発しつつ、アルヴァイム機が盾を構えたままティターンへ突っ込んだ。
 元々の損壊がゼロだった為、ティターンへのダメージは大きくはない。但しそのせいで大して吹っ飛ばないままに不用意な隙を見せた。
 再度接近したアルヴァイム機のデアボリングコレダーが腹部を打ち、更にその側面に、Mブースターを用いて高速移動していたリオン機が迫っていた。リオンは射撃弾幕でティターンの足を止めると、ディフェンダーで今度は側面からティターンを斬り付ける。
 一方でタロスのうちの一機――霞機に狙われていなかった方が、乱戦を抜けだして後衛へと迫り始めた。いちいち行動を阻害する後衛機を邪魔だと踏んだらしい。
「面倒になりそうなのは最初に片付けておかないとな」
 声を上げたのは、美鈴やイレーネ同様に後衛に残っていた雄人。突進してきていたタロスにイレーネと二人がかりで射撃、足を止めたところで、一歩前に出ていた美鈴機が機剣を構え、
「雄人さんには指一本触れさせないんだから!」
 がら空きになっていたタロスの胴を横薙ぎに一閃した。
 全壊こそ免れたもののタロスは大きく吹っ飛ばされ、乱戦の渦中に戻される。そんなタロスにとって運が悪かったのは、戻ってきた地点が丁度TWを一機片したばかりの羽矢子機、エイラ機の目の前だったことだろう。
「いらっしゃい」
「飛んで火に入る夏の虫ってのはまさにこのことだな。今はもう秋だが」
 着地も出来ずに尻餅をついていたタロスの後方、右側で羽矢子は白雪を、左側でエイラはヘヴィハルバードを振り下ろした。

 もう一方のタロスはといえば、此方も霞機とドゥ機によって窮地に追い込まれていた。
 尤もメインで戦っているのは霞であり、ドゥは最後のTWも含めて相手取り、遠距離戦に徹していたが。
 ドゥや後衛の、誤射のない援護を受け続ける霞。一方で次々にTWという援護の手を失っていくタロス――たとえ後者に自動修復という性能があったとて、近接格闘戦ではどちらが優位に立っているかは火を見るよりも明らかだった。
 漆黒の中にフレームの赤がコントラストとして映えるDSは、白桜舞での連撃で以てタロスを追い立てる。援護射撃のせいで攻勢に出る隙も見出せないタロスは、盾も持たないこともあって回避に徹せざるを得ないが――それでも当然全てを避けきれるわけではないし、趨勢が決するのは時間の問題だった。
 ――自然な流れでもつく筈だった決着は、しかし他の戦闘の流れが微妙にその形を変えた。
 掃射で反撃しつつもアルヴァイム機とリオン機に追い立てられていたティターンが、不意に自ら大きく距離を取ったのだ。
 その背後には、外壁――。
 格納庫の隅々でUPCの部隊と交戦を続けていたHWのプログラミングの賜物か、今ティターンの後方には誰もいない状況になっていた。
 考えている暇はなかった。霞はタロスを追うのを止め、機体をティターンへ向けた。
 その刹那、内蔵されたAIがシステムを起動させ――メインカメラの光が青から赤へ変化する。
 更に次の瞬間、高速機動を開始。機体周辺に赤い粒子状に視覚化した練力が、その移動の軌跡として残り――
『な‥‥ッ!?』
「逃がすわけが無いだろう。ここで――沈め!」
 ティターンの背後に回りこんだ霞機は、その隙だらけの背中に機剣を突き立てた。

 霞機との戦闘をやり過ごしたかに見えたタロスも、勿論そのまま逃げられはしない。援護射撃は続いたまま、今度はドゥ機が接近戦での相手となった。
 しかしながら、霞機戦で既に十分消耗していたタロスには自動修復に回せるだけの練力は残っていない。
 何度目かの至近距離への接近の際の、X字斬りから始まったドゥ機の怒涛の連撃が最期を告げることになった。

●真実の道標
「くそ‥‥役立たず共め!」
 地上の様子を映像越しに見守っていた司令官は、コンソールに掌を叩きつける。傭兵たちだけでなく、周囲の戦いも概ねUPCが押していると見ていい。
 どうしてこうなったか――思わぬ状況に立たされた指揮官には、その原因を考えている余裕はなかった。
 考えるのは、これからのこと――。
 何かを一人ごちてから、彼は背後にいた部下たる強化人間たちに指示を出した。

 最後に残っていたTWも羽矢子機とエイラ機が撃沈させた後、傭兵たちはコックピットを降りた。
 戦闘中も目に入っていた三つの柱それぞれに、地下へと続く階段を発見し――
「私はこっちに残るよ」
 羽矢子が言った。伏兵の警戒を装い、内通者が言っていた非常階段の出口を見ている構えである。

 二つの班に別れた傭兵たちは行動に移った。一方は司令室がある方、もう一方はあえてハズレを引く班だ。
「雄人さんもこっち♪」
「‥‥何となくこうなる気はしたんだ‥‥」
 ハズレ班の美鈴に、雄人は半ば強引に一緒に行動させられるハメになった。
 見上げる視線に粘っこいものを感じたら逃げられない。尤も、誰も止めなかったのもあるのだが。
 その二人にイレーネを加えたハズレ班は、十段おきにそれなりに広さのある踊り場で折り返す階段を、ゆっくりと下っていく――のだが。
 数階層分下った所で、降りていた階段の後方――直前に通過した踊り場の壁が急に開いた。
 回転扉になっていたその向こう側から二人の強化人間が姿を見せるが――傭兵の中では一人後衛、つまり今は最も前にいたイレーネの反応は迅速だった。
 ――より厳密に言えば、ぬるま湯に浸かっていた強化人間があまりにも鈍すぎたと言ってもいい。
 結果として、イレーネの即座の掃射で足を止められている間に、雄人と美鈴――二人のインファイターに接近された強化人間は、為す術もなく倒れ伏した。
 丁度その時になって――アルヴァイムから通信が届き、三人は来た道を全力で戻り始める。
 通信の内容は、ある意味意外ではあったが。

 本命――司令室へ繋がる階段を下る四人の側も、途中に出てきた強化人間の手応えは似たようなものだった。数だけは少々多かったが、それでも敵ではない。此方の場合、リオンが探査の眼を使っていたおかげで最初から隠し扉の存在が分かっていたことが大きい。
 大した苦もなく最下層――司令室に繋がる扉に到達し、躊躇なく開け放つ。
 その先には、一人の中年男性が立っていた。体つきはかなりがっしりしており、強化人間になる前はそれなりに鍛えていたのであろうことが分かる。
「ビンゴ、か。‥‥とりあえず聞くが‥‥投降の意思は?」
「あったらこんなところに残ってないだろう」
「それもそうだ」心底楽しそうな笑みを浮かべたまま、霞は肯く。
「――それじゃ、さっさと倒れてくれよな」
 エイラはそう言い放つと、弱化の練力を強化人間に浴びせる。
 予想通り、強化人間はある程度戦い慣れているとは言え――それでも戦いは一方的だった。
 司令室は元からそれほど広くない為、アルヴァイムの制圧射撃で強化人間の行動範囲を埋め尽くすのに十分だった。
 リオンやドゥが銃撃を加え、霞は壁や天井をも利用した高速機動であっという間に肉薄、抜刀術での如来荒神の一閃を浴びせていく。最初こそ援護に回っていたエイラが、コンソールが手前にあること、強化人間がどんどん離されていることから途中から情報収集に回る余裕があった程だ。
 ――やがて為す術もなく、逃げることも許されずに倒れた強化人間だったが――
「‥‥これだけ時間を稼げば十分‥‥」
「何?」
 最期の一言を聞き、霞が訝しげな表情を浮かべる。
 その時、非常口の存在こそ最初に捉えていたが、視界がクリアになったことで漸くあることに気づいたアルヴァイムが口を開いた。
「‥‥替え玉か」

「逃げるのも作戦のうち、だ‥‥」
 非常階段を駆け上がりながら、司令官はほくそ笑んだ。
 今ならまだ、UPCとHWの戦闘の混乱に乗じて逃げ切れる可能性がある。
 ――だが彼は先程指示を出した時、傭兵たちがコックピットを降りていたことに気づかずにいた。
 勿論、その中の一人が地上に残って、非常階段の出口で警戒を続けていることも。

「そう簡単に逃げられるとでも思った?」
 地上に戻った彼を待ち受けていたのは羽矢子、そして此方へ合流したハズレ班の三人だった。
 強引に突破を図ろうとするも、時間を食っている間に地下にいた傭兵たちも合流し――。

 ■

「報告します。‥‥上野原市の前線基地が壊滅した模様です」
「‥‥そう」
 甲府市。報告を受けた桜は冷静にその報告を受け止めた。
「あちらはうまくやったみたいね」
「左様で。内通者の存在を仄めかす報告は入っておりませんし」
 桜の言葉に対し、事情を知っている部下も肯きを返す。
「しかし、よろしいのですか? もしこれがバレたら‥‥」
「いずれにせよ私たちは死ぬのよ。
 だったら、一つでも何かよかったとも思えることを残して死にたいでしょう」
 桜はそう言って、ソファーに横たわり眠る愛息の髪に手をかけた。
「‥‥この子の為にも」