タイトル:【CO】半歩の危機マスター:津山 佑弥

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/11/05 04:28

●オープニング本文


「‥‥つまんない」
 バグアアフリカ軍総司令補佐・ロアはまるで石ころを蹴飛ばすように、地面に転がっていたモノに足をかける。
 それが胴体から切り離されたヒトの頭であることなど、全く気に留めることはない。
 ロアにとってそれは、『失敗作』以外の何者でもないのだ。今周囲に転がっている、無数の頭や胴体、腕といった『ヒトであったモノ』の成れの果て、全てがだ。
 さて、言葉通り今ロアはたいそう不機嫌だった。
 一つは、大規模作戦の渦中で(一応上官である)バリウスが人類と停戦協定を結んだ為に、それまではちょくちょく人類側の拠点等に『遊びに』行っていたロアもバグア支配地域に戻らざるを得なかったことだ。折角補佐仕事の退屈しのぎの場を得たというのに、それを指を咥えて見ていることしか今のロアには出来ない。
 そしてもう一つは――ロアにとっては数少ない『大切』と呼べる友人のうち、二人を立て続けに失ったことである。
 プロトスクエアの、ラファエルとゲルト――。
 中でもゲルトについては、周囲の者から見ても一目瞭然である程に慕っていた。それはもう、単なる友情の域を超えていると言えるほどに。
 だからその死が、ロアの心境に影響を与えるのも無理はない。
 以前ならこんな血生臭い場所を、自分の意思で訪れることなどまずなかったのだ。退屈しのぎをしたかったのと、心底で蠢くどす黒い何かがロアの足をここへと運ばせた。
 もっとも、後者については本人の自覚は乏しかったが。

 残骸の中を頭や腕を蹴っ飛ばして歩いていたロアが目をつけたのは、やはり地面に転がる死体だった。
 死体と言ってもその場にある他のモノと異なり、欠損部分は少ない。――心臓があったであろう辺りが、破裂していること程度だ。
 それをマジマジと眺め、
「壊しちゃおっかな‥‥」呟いた。
 何もかも、いつかは壊れるのだ。
 それならいつ何を壊そうと、少しくらい勝手にやってもいいじゃないか。

 ■

「‥‥誘き出し?」
「はい」
 ヴァルキリー級空母参番艦、ジークルーネ。
 今はアドラールに停泊しているその艦のブリッジで、副官である朝澄・アスナは上がってきた報告に怪訝な表情を浮かべる。
 停戦協定が結ばれて以降、停戦ライン以北で見かけられるバグアと言えば、知性を持たないキメラが殆どだった。
 だがここにきて、停戦ラインのぎりぎり北側での出没が急増しているという。その手の依頼はピエトロ・バリウス要塞経由でULTに行っていることもあり、ジークルーネに駐留する部隊に伝わるまでにはややタイムラグがあったので、アスナもその事態を今知ったのだ。
 急増の理由は明白だ。それまでと違い、バグアの誰かが確信犯的に戦力を送り出している。
 その目的も、また――可能性としてはあり得る、というものはある。
 でも、とアスナは心の中で呟きつつ首を横に振った。
「停戦協定を持ちだしてきたのは、バリウスちゅ‥‥いえ、バグアの方よ。
 それを自らなかった事にしようとしているとでもいうの?」
「上が黙ってても下が勝手やらかしてる可能性もあるんじゃねーの」
 と、これは艦長席に座していたウルシ・サンズの言葉。その胸元に光る星の数は、先日本人的には不本意な形ながら一つ増えている。
「何しろあの狸が独断で決めたことくせーからな。じゃなかったらあの対応速度は考えにくい」
「確かに‥‥今までなら、そういう考えのバグアがいても反対されて、っていうパターンもあったでしょうし」
 アスナは肯く。
 ただ、だからといってそれとも断定出来ない。
 逆に、人類のラインを無視した侵攻を防ぐためにライン近辺の防御を固める目的があり、ライン以北でも増えているのは単にあぶれただけ、かもしれない。
 いずれにせよ、敵の目的を探る必要があった。
「‥‥どのみち、北に入ってきたキメラをそのままにしてはおけないわ。
 討伐依頼を此方から出すから‥‥序に、バグアの目的も探るようにお願いして」
 わかりました、と答え踵を返すクルーの背中を見送りつつ、アスナはため息をつく。
「どっちにしても一難去ってまた一難、になりそうね‥‥」

 ■

 停戦ライン上にはすぐにそれと分かるように目印が引かれており、また遠くからもわかるように旗が随所に立てられている。
 自らその付近――勿論南側だが――まで接近したロアは、周囲に屯するキメラ群をよそに旗を眺めていた。

●参加者一覧

ケイ・リヒャルト(ga0598
20歳・♀・JG
ヴァイオン(ga4174
13歳・♂・PN
錦織・長郎(ga8268
35歳・♂・DF
アクセル・ランパード(gc0052
18歳・♂・HD
湊 獅子鷹(gc0233
17歳・♂・AA
D・D(gc0959
24歳・♀・JG
月隠 朔夜(gc7397
18歳・♀・AA
茅野・ヘルカディア(gc7810
12歳・♀・SN

●リプレイ本文

「さて、これは防衛戦の一種になるのか、な?」
 キメラが現れたという地点に向かいつつ口を開いたのはヴァイオン(ga4174)だった。
「停戦協定を持ち出したのはバグア。だけど協定は協定よ」
 ケイ・リヒャルト(ga0598)は言葉を続ける。
「破らせない、絶対に‥‥」
「これが敵の全体方針とは考えづらい。
 ‥‥恐らく下っ端の暴走、って所でしょうか?」
 アクセル・ランパード(gc0052)の予測に対し、
「見受ける限りでは『彼女』が裏で蠢いてる感覚だがね」
 錦織・長郎(ga8268)はその横で肩を竦める。
「‥‥彼女?」尋ねたのは月隠 朔夜(gc7397)だ。
「予想が当たっているなら、見れば分かるだろうね」
 間もなく戦場に入る為、長郎はそれしか言わなかった。
「やることが多いな‥‥どうにも」
 一方で、湊 獅子鷹(gc0233)はそう呟く。
 彼の場合、この依頼に参加した目的は他の傭兵とは多少異なる。
「アンタの想い人と妹を泣かせるわけにはいかないんでね」
 それは、友人であるアクセルの存在だ。言われたアクセルとしては苦笑いせざるを得ないものの、同時に頼もしくも感じた。
 その時――。
「――アレか」
 真っ先に敵の存在に気づいたのはD・D(gc0959)だった。情報通り、全部で六つの影が明確に停戦ラインを踏み越えている。
(キメラ‥‥タイプは違うけど、お母さんとお父さんを、食べた奴‥‥)
 それを視界に捉えて、茅野・ヘルカディア(gc7810)は胸中で呟く。
(なんだろう、気持ち悪い‥‥アレを討てば、治るかな?)
 首を傾げつつ、覚醒する。
「あはは♪ 痛みに苦しみながら、くたばってね♪」
 同じく覚醒しながら朔夜が言い、他の傭兵たちも同様に戦闘態勢へ入る。
 六つの影の更に先、停戦ラインの南側に映ったもう一つの影の存在は、今は気にしないままに。

 距離を詰める中、最初の一手はほぼ同時に打たれた。
 自らの身体と繋がる弓を構えた二匹のキメラが、揃って弓を上に構え――やはり肉体から生み出した矢を放とうとする。
 一匹はそのまま矢を放つに至ったが、一匹はその直前で妨害された。ヘルカディアが鋭覚狙撃で弓と繋がる手を的確に射ぬくことに成功したのだ。
 一方で傭兵たちめがけて放たれた矢は――上空で更に六本に分離し、重力によって加速して、前へ進む傭兵たちに降り注ぐ!
「いきなりそれは反則じゃないかな〜」
 虚を突いた攻撃であった為に、避けることができた者とできなかった者がいた。ぎりぎりながら後者になってしまった朔夜はそう毒づいたものの足を止めることはなく、前へ足を進める。
 キメラの側も、弓以外を携えたキメラが傭兵たちとの距離を詰めにかかっていた。
 前に出ているのは、剣の三匹。唯一槍を持つモノはそれより少しだけ後方で、弓の二匹を護るようにしている。尤も、単に動きが鈍いだけかもしれないが。
 そのまま前衛同士が至近距離でぶつかり合う前に――ケイは一人、途中で他の前衛とは異なる軌道で動き始めた。走る方向を停戦ラインの平行線上に変えると、M−121を掃射して剣三匹の足を止める。
 ただでさえ勢いづいていた両者の接近である。その僅かの隙が、戦いそのものの方向性を大きく決定づけた。
 結果、勢いを保ったまま相手の元に辿りついたのは傭兵の側だけだった。
 弓兵が後方から援護射撃を行なっており、多少傷を負ったりはするが決定打には遠い。獅子鷹に関して言えばアクセルを護ろうとする分飛来する矢の数は多かったが、うまく弾き落とすこともできた為やはりまだまだ戦える状態だった。
 そして、
「道を開かせて貰います!」
 接近して間もないが、この機を逃すと膠着状態に陥る可能性もある。アクセルはそう判断すると、いきなりベオウルフをフルスイングした。竜の咆哮とソニックブームを乗せた一撃は至近の剣士キメラはおろか、真後ろにいた重騎士キメラをも道連れにしてふっ飛ばす。
 剣士に比べ立ち直りが早かった重騎士が再び槍を構えた時、獅子鷹はその目の前にいた。
 邪魔だと言わんばかりに上から突き下ろされた槍を、獅子鷹は姿勢を低くしつつアイギスで捌く。
 そしてその勢いを利用して左側に回りこむと、電磁加速鞘に収まった如来荒神に持ち替え――
「援護します!」叫んだのは、アクセル。ベオウルフの柄を短く持ち、武器を持ち替えた一瞬の隙を突こうとする重騎士の槍を弾き飛ばした。
 そしてその瞬間獅子鷹の手に、剣の紋章が輝いた。
「――ッ!」
 声にならない裂帛の気合と共に放たれた横薙ぎの一撃は、重騎士の胴体を切り裂く。軟体といっても損傷部分の再生能力は低いらしく、勢いで弾き飛ばされた欠片は地面に激突するとすぐに消失した。
 ――が、重騎士もただではくたばるつもりはないようだった。思い切り右側に態勢を崩しながらも――槍を、大地に突き立てる。
 次の刹那、槍だったものが周囲一帯に広がり――下から突き上げるような形状に変化した。
「めんどくせーことしてくれてんじゃねえ!」
 思わぬ反撃をモロに受け行動が数秒遅れたものの、間にケイが死点射での連撃を以て十分な時間とダメージを稼いだおかげで、重騎士が立ち直った様子もなかった。それに気づいた獅子鷹は再び動き始める。
 今度は盾を持った側に回りこむと、剣戟を発動――そのまま盾にひたすらに斬撃の嵐を繰り出し始める。
 何度目かの攻撃で盾を破壊すると――次の瞬間にはアクセルが槍を横殴りに弾き飛ばし、その勢いで再度フルスイングを叩き込んだ。
 大きくのけぞる、重騎士の身体。その身の視覚には、如来荒神を大上段に構えた獅子鷹の姿は見えたろうか。
「防具に頼りすぎたな――そのまま潰れろ! アイギスリミッターフルバースト!」
 最期の一撃が叩きこまれた後になっては知る由もない。

(ここまで前に出てくるのは――)
 ラインを踏み越えさせない為か、或いは、そう思わせて意地でも踏み越えさせることで何かを狙っているのか。
 前者ならともかく後者ならそうはいかせない。
 ラインから大分北に出てきた兵士の攻撃を身軽な動きで避けてはイオフィエルや砂錐の爪で反撃しつつ、ヴァイオンは思考する。囲まれる心配がなさそうなのは救いである。
 リーチが短い分、小回りが効く。一度懐に入り込んでしまえば圧倒するのは時間の問題であった。
 一方、
「危ないな〜」
 上段から振り下ろされた一閃をかわしながら朔夜は言う。その口調には余裕があるが、実際状況が状況ならこうはいかなかったかもしれない。
 奇しくも獅子鷹が重騎士相手にやったことが、槍を持つ朔夜と、相対する剣士についても起きかけていた。
 そうならなかったのは、ひとえに前衛と後衛の間に位置どったケイの援護射撃と、
「死んじゃえば、いいんだ‥‥」
 最後衛で無意識に呟きつつ、プローンポジションで狙撃を決め剣を度々取り落とさせるヘルカディアの存在が大きい。
 朔夜の攻撃を掻い潜った剣士の動きを止め、その間に朔夜は反撃の隙を無くして連撃を繰り出す――。
「あはは♪ これでどうかな〜」
 幾度目かの剣を取り落としたタイミングで、朔夜は剣士の首を撥ね飛ばした。
 軟体故にそれで死ぬとは限らず、また覚醒後の朔夜はそれで攻撃を止められるほど生温い性格ではない。次に心臓に当たる部分を一突きすると、軟体はどろどろと溶け出して大地に沈んだ。
「援護してくれてありがと〜」そこで漸く後方へ手を振り、朔夜は次の獲物を狩りに向かった。
 一方その感謝された後方も、何の被害もなかったわけではない。弓兵の狙撃が度々襲いかかっていたのだ。最初同様複数本に別れてくるため厄介だ。
 敵が万全だった時は銃撃の直線軌道は前衛が障害物となって届かなかったのが大きい。ケイが弓でお返しをしていたが、此方も狙い通りの部位に当たらないことも多かった。
 その状況が変わったのは、獅子鷹たちと朔夜でそれぞれ重騎士と兵士を倒した頃だ。直線軌道を妨げるものがなくなったのである。
 そこに来て、弓兵も行動パターンを変えた。上空から狙うのではなく、大地と並行に――。
 距離や重力に関係なく飛来する矢は、まるでクロスボウである。それが複数本同時になのだから嫌らしいことこの上ない。
 尤も、味方に当たってしまうことも顧みない射撃らしく――運悪く傭兵たちの盾となる形になった兵士にとっては余計に苦しむ結果になった。まともに食らった傭兵は、アクセルと獅子鷹、それに朔夜と入れ替わる形で相対していた兵士と距離を置いた長郎くらいである。
 それが逆に契機となって、兵士はトントン拍子に倒されてしまい――。
「悪いが用があるのは君たちではないのでね」
 後方からの射撃も含め袋叩きにされる格好になった弓兵に、長郎のその言葉に呑まれずに済む道は残されていなかった。

 そして――ライン以北にキメラの姿がなくなった後。
 南側に佇む、一つの小柄な人影があった。

「アレが‥‥ロア? 何でパラソル?」
 覚醒を解いた朔夜が首を傾げる。
「何だか暇そうね?」
「――貴女がこの場の責任者、ってところですか?」
 ケイが意味ありげな微笑を見せる横で、アクセルが問うた。
「‥‥そうだけど、それがどうかした?」
「もし宜しければ、今の状況をお聞きしたいのですが」
 返されたその言葉に、険しかったロアの表情が一瞬、驚きに染まる。
「此方に追撃の意志は無い。御前達もこの程度の戦力で長々とやるつもりも無いのだろう?」
「‥‥まぁね。どうせ、こっちには来ないんだろうしー」
 そしてD・Dの問いに対して、つまらなさそうに大仰に溜息を吐いた。

 事前に対話の提案をしてからとはいえ、ロアにしてみれば困惑を伴う展開だったろう。
 テーブルとビーチチェア、お茶が用意され、序に話の退屈しのぎにとトランプも出てきたのだから。
「流石に立たせてとは失礼だしね」
 とは、ビーチチェアとお茶を用意した長郎の言である。ちなみに、トランプを用意したのはヴァイオンだ。
 その長郎は、以前ロアとは一度接点らしきものがある。以前ロアがヴィクトリアとメタを伴って要塞に襲撃<コンサート>に来た際、長郎は無茶を承知で三人が乗るBFへ接近し――撃墜されていた。
「あの時は色々失礼して申し訳なかったが、印象付けられたと思うのでね、くっくっくっ‥‥」
 自己紹介がてら当時のことをそう話すとロアの表情が一瞬だけ険しくなったが、すぐに元に戻った。看過出来る程度に過ぎた話ではあるらしい。
 そしてチェアに腰掛けたロアを始め数人がテーブルを囲み、トランプが配られ始めた。獅子鷹やヘルカディアといったあたりは警戒の為にテーブルの周囲へ散っている。
 補足すると、戦後に至っても傭兵たちは一歩もラインから南側へは行っていない。用意やら何やらの関係で結果的にロアがごく僅かだけラインを北にまたぐ形になったものの、バグア側からの侵入は今更の話ではあった。

「単刀直入に聞くわ。アナタのしたいことは何?」
 トランプ開始直後、ケイがロアの手元のカードを一枚引きつつ尋ねると、相変わらず不機嫌そうなロアの口許に不敵な笑みが生まれた。
「ボクはね、楽しめれば何でもいいんだー。
 その為なら駒をどうにだって使うし、前にアルジェリアの要塞に行った時とか今日のこれみたいに、自分の足で動いたりもするしー」
「協定の破棄が無いままでは不意打ちという事になるけれど、そこまでしないと此方に勝てぬとでも弱気になっているのだろうか‥‥?」
「そういうつもりじゃないんじゃないかなー」
 D・Dの煽りに対し、ロアはヴァイオンの手元から一枚カードを引きつつ答える。
「他の地域のバグアとかも見てればわかると思うけど、ボクたちって別に一枚岩じゃないんだよ。
 現に、さっぴーが決めた停戦協定をめんどくさく思ってる幹部候補だっているし、その『不意打ち』にしたって、ボクらがそうしろって言ったわけじゃないもん。
 今日のこれは別だけど、狙いが『不意打ち』じゃないのは‥‥もう大体分かってるでしょ?」
 逆に飛んできた問いに、D・Dは肯く。ロアの狙いが人類から逆侵攻をさせることでラインを破綻させることだったのは、先の本人の言動からわかっている。機嫌がよろしくないのはそれがうまくいかなかったからだろうということも。
 それとは別に、今の言葉から新たな疑問が生じた。
「幹部‥‥候補?」
 その疑問を口にしたのはD・Dではなく、隣にいた朔夜だった。
「そー。要するに、プロトスクエアに近いけどなれてない人たち。
 自分の手で功績を上げてそこに近づきたいのに、協定が邪魔をするっていうね」
 次に自分の手元から長郎がカードを引いていくのを横目にしながら、ロアは語り続ける。
「だから今のところは不意打ちっていうよりも、燻ってる部分が暴走しただけ、って感じなんだよねー」
 それぞれの言葉の間にも、カードは各人の手元を巡り続ける。今もまた、長郎の手元でペアになった7のカードがぱさり、とテーブルのカードの山の上へ。
 ロアの言葉を聴いたアクセルが、片眉を上げて尋ねた。
「‥‥貴女はどうなんですか?」
「んー?」
「今回の件、『貴女の上司』は知ってるんですか?」
 ロアはその質問に対し、やや虚空を仰ぎながら答を紡ぐ。
「あー、言ってはないけど薄々気づいてるんじゃないかなー。
 さっぴーがさっぴーになる前は勿論、ボクがボクになる前からの付き合いだしねー」
「‥‥それは件の幹部候補と同様に、燻っているということか?」
「近いけどちょっと違うかなー」
 D・Dに問われ、ロアは首を横に振った。
 ――次の瞬間、それまでも決して明るくはなかったロアの表情に、更に濃い――最早怨恨の色と言える暗い色が差した。
「燻ってるっていうのは一緒だけど、理由が違う。
 ――ボクは、これでも怒ってるんだよ。
 やっぱり付き合いが長かった友達を、一気に二人亡くしたんだから」
 あわよくば、その思いを表に出させてしまったこの場で発散してやろうか――。
 ロアの表情からはそんなことを考えているような様子さえ伺えたが、次の瞬間にロアが取った行動は――それまで通りにヴァイオンからカードを抜き取ったことと、
「上がり」
 最後に手元で揃ったAのペアをテーブルの上に投げたことだった。
「うまくいかなかったことを無闇に当たり散らすほど、ボクは頭悪くないよ」
 ロアはそう言い捨ててチェアから立ち上がると、踵を返す。
「じゃーねー。また遊ぼうよ」
 対話の条件がある以上、その背は誰も狙わない。狙えない。その余裕を保ったまま、ロアはラインの南側へと姿を消していった。
 それと同時に、傭兵たちの間に流れていた緊張感が緩む。
「お母さん、お父さん。今日も生き残ったよ」
 ヘルカディアは虚空を見上げ、心身の疲労を和らげようとする。
 その横でD・Dが呟いた言葉は、他の傭兵の心境も代弁するものだったろう。
「‥‥遊びではないのだけれどね」