タイトル:季節は巡り華開くマスター:津山 佑弥
シナリオ形態: イベント |
難易度: 易しい |
参加人数: 25 人 |
サポート人数: 0 人 |
リプレイ完成日時: 2011/10/01 20:39 |
●オープニング本文
「はふぅー」
ラスト・ホープ、UPC軍宿舎の一室。
朝澄・アスナは、自身の部屋に久しぶりに帰ってくるなりベッドにダイブした。
【RAL】から間髪置かずに行われたアフリカでの大規模作戦を終え、疲れが溜まっているであろう欧州軍の人間の多くには一時的な休暇が与えられた。事後処理の関係上残った者もいるけれど、最初に休暇に入った者と入れ替わりに此方も休みを取る予定である。
彼女もまた前半に休みを取れたうちの一人だ。けれど元々昨年末まではラスト・ホープの本部勤務だった彼女の城は作戦の忙しさもあって動かす暇もなく、特にジークルーネに乗り込んで以降は放置せざるを得なかった。事情が事情なので宿舎の管理者に定期清掃を頼むことが出来たのが唯一の救いで、主が部屋を空けていた期間ほどに部屋は汚れてはいない。
尤も、この部屋が自分のものであるのは恐らく休暇が終わるまでだろう。
ふかふかでお気に入りだったベッドの感触を楽しみつつも、アスナはそのことに少しだけ寂寞感を覚えた。
また本部勤務でいた時ほど、自由に身動きも取れなくなりもする筈だ。
今の立場が立場ゆえ仕方ないことだが――だからこそ、この休暇のうちに色々やっておきたい。
そういえば、とアスナは身を起こした。
ベッドサイドのカレンダーに目を向けたけれど、よく考えれば昨年12月のまま放置してある。そのことに思い至って頭の中でカレンダーを捲った。
今のこの時期、彼女の故郷ではとある催しがある。
『村上川花火大会』――。
忙しくて家族との連絡もままならなかったけれども、今年もきっと今頃準備が行われているはずだ。
(休みが終わるギリギリまでここ放置しちゃうかもしれないわね)
そうなると部屋の整理が大変になるのは眼に見えていたけれど、アスナは迷わず携帯を手に取った。
■
欧州を中心とした世界を巡る旅から帰還してから暫くし、天鶴・岬は新たな旅の目的地を日本国内にしていた。
とはいっても例によって特定の目的地があるわけでもなく、今度はサイクリングで日本を巡る計画だ。ちなみに相変わらずギターケースは背中に背負っていた。
けれど、全く無計画に旅をしているわけでもなかった。幾つか、狙った時期に狙った場所に到着するようなスケジュールを考えている。
そのうちの一つが、一昨年のこの時期にも赴いたイベントに行くことである。
「おー、準備やってるやってるー」
そのイベント――『村上川花火大会』の会場近辺に到着した岬は、準備に勤しむ人々の様子を見て目を細めた。元々モノがあまりない場所での開催の為、設営は数日前から行われているのだ。
――でも、一昨年よりも出店のテントの数が少ない気がする。
これから増える可能性も大いにあるけれども、もしそれでも少ないとしたら‥‥。
「そういえば一昨年は店側にも傭兵がいたんだっけ」
■
――アスナが携帯で親に連絡を取り、岬が会場近辺で一人納得し手を打っていた頃。
ULTの本部には、一つの依頼が出ていた。
『村上川花火大会』への誘いと、それの出店ないしボランティアの募集である。
●リプレイ本文
●華やぐ街
午後二時――開催、一時間前。
雄人は重い足取りで花火大会が開かれる現地へと向かっていた。
重いのには勿論理由がある。事あるごとに自分に地獄に近い光景を見させる少女が、今回も例によって絡んでいるからだ。
――が、いつもなら無理やり引き摺ってでも連れて回す彼女が、今回に限って呼び出す手段が手紙だった、というのは逆に気にならなくもなかった。しかもその手紙はいかにも「大事なお話があります」的な書き方だったから、尚更。何となく切り捨てるわけにもいかず、雄人はここへ足を運んだのである。
「来てくれたんだ‥‥嬉しい」
そんな彼を、呼び出した本人――美鈴は、開催を直前に控え設営がほぼ終わった屋台行列の前で待ち構えていた。
それも何時になくしおらしい態度だった為、一体何事かと雄人が怪訝に思った時――美鈴は、続けて口を開いた。
「実はね、一週間ぐらいLHを留守にするんだ。だから今日は一緒にいたくて」
「‥‥は? 一週間?」
思わず復唱してしまった。
「その間、雄人さんを陰から守ってあげられないんだけど、変な女についてっちゃダメだよ☆」
呆然としている間に美鈴のエンジンがかかってきたようだ。雄人が口を挟む間もなくそう畳み掛け、
「雄人さんを守れるのは私だけ。私しかいないよね。‥‥ねえ、そうだよね‥‥?」
言葉の最後には威圧感さえ感じる目で、雄人を見上げる。
ここで首を横に振る為の勇気も既成事実もないのが雄人の悲しいところである。
尤も、後者はあったらあったで別の意味で危険だということは彼が一番よくわかっていたけれども。
それから三十分もすると、屋台行列付近は人で溢れかえり始め――そして開催時刻を迎える。
屋台行列に雪崩込んでいく人の波の中に、既に何人かの能力者の姿もあった。
「ええっと、ティリアさんの浴衣姿‥‥綺麗‥‥です」
赤面しながら言うノエルに対し、ティリアも微笑を浮かべる。
彼女が身に纏っている浴衣は、親友から去年贈られたものだった。
今はLHを離れている親友は、今頃どうしているのだろう――?
少しだけ空を見上げて思いを馳せていると、不意にその手に何かが触れた。
「では‥‥行きましょう」
ティリアの手を取ったノエルは微笑む。
「‥‥そうですね、楽しみです」
優しく繋がれたその手をティリアは握り返して、そして二人は屋台へ足を向け始めた。
ティリアにとって日本のお祭りは初めて見るものばかり。
だから様々な種類の屋台に興味を惹かれるのも無理はなく、ノエルと共に童心に返ってはしゃぐ。
勿論はしゃいでいるのは一般の見物客も同じで――特に幼い子供が、はしゃぐあまりに付き添っていた親とはぐれてしまう光景などは、ここでなくとも祭りでよく見かける光景とも言えるだろう。
「あぁ、ほら、もう直ぐお母さん来てくれるから!」
その喧騒の中を奔走し、そういった事象の対処を行っているのが拓那である。
本来は相方と連れ添って参加するつもりだったが予定が合わなくなり、物足りなさを感じていたところ――スタッフの人手が足りなくなっているように見え始め、飛び入りでスタッフとなったのだ。
「で、そっちは?」
迷子の対処だけではなく、賑やかさに便乗する形で発生するひと悶着の仲裁にも走る、走る。
仲裁の際は辛抱強く両者の言い分を聴こうとしたけれども、祭りの華やかさに乗じて起こった騒ぎの剣先が、両者ともにそう穏やかに収まるわけもなく――、
「――あぁ、なるほど、事情は分かりましたけどねぇ?」
結局、只管に冷たい笑みで両者を無理やり黙らせざるを得なかった。
屋台の裏側で説教モードに入った拓那を尻目に、屋台行列の人波は途切れることなく続いていく。
その中に、叢雲と真琴の姿もあった。
今年も屋台制覇を、と息巻く真琴と、それに付き添う叢雲。何だかんだで三度目の参上である――が、その様子は過去二回とは微妙に異なる。
「こういう時の料理って、味に雰囲気補正かかりますよねぇ」
海鮮焼のサザエを口に運びながら言う叢雲側は、いつも通り。
ただ一方で、うん、と此方は焼きもろこしを頬張りながら肯く真琴はというと、その笑みにぎこちなさが浮かんでいる。
その理由は真琴自身自覚しているけれども――だからといってすぐにどうにか出来そうにもないもどかしさも感じていた。
それでもやることなすことは変わりなく、叢雲は射的屋で今年は兔のぬいぐるみを狙い撃ち真琴にあげた。
二人がその射的屋から離れてから少し経ち、再び能力者の客が現れた。ウラキとクラリアである。
「‥‥一緒に、やってみるか?」
ウラキは興味津々といった様子で見ていたクラリアを見、そう誘いかけた。
彼女が肯くと寄り添い、「こうやって狙って、な」鉄砲を持つその手を支える。
ぱん、と軽い音が響いて、次の瞬間にはコルク弾が景品にヒットした。
射的を離れた二人だったが――もとよりお上りさん状態だったクラリアは、興味を惹かれるままに歩く為割と足取りはふらふらしていた。
「クラリアさん‥‥次はどこを見ようか‥‥?」
雑踏を歩きながら、ウラキはそう声をかけたが――反応が、ない。
「‥‥!?」
やや慌てて周囲を見渡すと、水ヨーヨーの屋台の前にクラリアが立っているのが見えた。
追いついてから、前もこうだったな、などと考えながらその手を握る。
「君はすぐ居なくなる‥‥。これで大丈夫‥‥だろう」
「‥‥‥あ、あれなに‥‥?」
釣り上げた水ヨーヨーを弾ませながら、クラリアは次なる興味の標的を捉えたようだった。
傍から見ればその興味にウラキが引っ張りまわされているようにも見えるが――それはさておき、二人が通り過ぎた道の横には迷子案内所があった。
「はわっ、りんご飴買ってあげるから、泣かないで待ってようね」
その迷子案内所で、スタッフとして参加していたクラウディアは迷子の相手をしていた。先の拓那とは異なり、此方は最初からボランティアの心積もりである。尤も、浴衣にはばっちり着替えていたけれども。
そんな彼女もやがて休憩の時間を貰い、一人屋台行列へ繰り出す。
「ほわっ。海ちゃんー! かすりーん!」
知った顔が出している屋台を見かけたのはその矢先のことだった。
海と絣、そして菘が出しているおでんの屋台である。普段菘がLHでやっている店の出張版で、ご丁寧にのぼりには「ラストホープで一番うまい店」と書かれていた。割烹着に身を包んだ海と絣は主に呼子としてのお手伝いだ。
ひとしきり会話を交わした後、クラウディアが食べ歩きの為――勿論おでんも買ってから――その場を去ってからも、調理は菘に任せ海と絣は呼子に回っていた。
道往く人々に声をかける最中、緑色――に近い色の髪の男性を見かけると、海はつい視線で其方を追いかけてしまう。
「あれ?」見ていなかった方向から声をかけられたのは、そうして視線を遠ざかる背中に投げていた時だった。
声をかけられた方向を振り返ると――そこにはギターケースを背中に提げた少女の姿があった。
「やっぱり海ちゃんと絣ちゃんだー!」
「わ、わ、岬さんっ。久しぶりー!」
「こんばんは。お久しぶりですねー」
もしかしたら岬がいるのではないか、とは海も絣も思っていたところではあったものの、やはりいざ再会してみるとこみ上げるものがあった。
久しぶりの再会に、呼子を続けながら会話に華を咲かせる。菘と岬は初対面なので海と絣が間に立って紹介をしたりもした。
華やかさを増した屋台の前を、また一組の能力者が通り過ぎる。琉と零奈だ。
琉が「滅多に見れるものじゃない」と思うところである零奈の浴衣姿といえば、赤地に朝顔の柄が入ったものだ。
それ自体が似合っていた為に今日出会ってからすぐに感想を求められた時もその通りの言葉しか出せなかったけれども、寄り添って歩いているうちに何だかただ単に着こなしているという以上の色っぽさを醸し出していることに琉は気がついていた。
その理由までは流石に確信はもてずに居たが――予想するに、零奈はブラをしていないのではないだろうか。
「にはは♪ すっごい楽しい、琉と一緒だしね♪」
そう言いながら笑顔で抱きついてきたときの感触が、その予想の根拠だった。実際どうなのかまでは流石に訊けなかったけれど。
そんな二人は金魚掬いの屋台の前で足を止めた。零奈がやりたい、と言っていたからである。
「ふふ、どう? 結構上手でしょ♪」
得意げに胸を張る零奈に、琉はまず感嘆の息を漏らした後、笑みを向ける。
零奈が手にした桶の中には既に五匹を超える数の金魚が掬われていた。
金魚掬いや射的だけでなく、食べ物にも舌鼓を打つ二人。
そんな二人が立ち寄った屋台の中にも、能力者が営んでいるものがあった。
「らっしゃい、祭りの風物詩たこ焼きだ! まずかったら御代は要らないよ!」
自分で少し古臭い台詞だと思いつつも、隼人は声を張り上げる。その傍らにはアーシュの姿があった。
作るのは隼人が得意であることもあり、最初は主に代金の接収や接客を行っていたアーシュだったけれど――。
折角だから、ということで、隼人に教えてもらいながら自分でも作ることになった。
二人が出しているたこ焼きは、片栗粉で皮を硬めにし、紅しょうがを多めにすることで彩を強くした――要するに花火に見立てたものである。
アーシュはなかなかひっくり返すところが上手くいかず、
「感覚を覚えないと‥‥失敗しても良いですから、もう一度‥‥」
隼人はその手をとって、言葉通り感覚を覚えさせようとする。
「あ‥‥はい。こう‥‥でしょうか?」
その手助けに応えようと、アーシュも手を動かす。すると、今度は綺麗にひっくり返すことが出来た。
互いに気恥ずかしさを感じているし、アーシュは頬が朱に染まっていたりもしたけれど――それでも。
こうして何かを一緒にしている時が一番楽しい、というのは、二人ともに考えていたことだった。
その二人の屋台から、海岸側に百メートルほど移動したところに――先ごろ二組の能力者が訪れたものとは違う射的屋があった。
今度はそこに、揃って浴衣姿の瑠亥と雨音が立ち寄る。手には既に、屋台で購入した食べ物の入った袋が提げられていた。
ここで射的に挑戦したのは、雨音。
――いや、叢雲にしてもそうだったが、能力者として銃を使用している人間に対し「挑戦」という言葉は正しくないのかもしれない。
普段の鍛錬と、経験に裏打ちされた感覚は、覚醒をせずとも手に染み込んでいる。
そんなわけで、狙い通りの景品を撃ち落とした雨音は苦笑を浮かべた。
「ふふ。日頃の特訓の成果、出せたでしょうか?」
「出てたんじゃないか? 尤も、本気を出したら店主が可愛そうになるだろうから、程ほどでな」
拍手を送った瑠亥も苦笑する。仮にここで本気を出したら射的荒らしになることは間違いなさそうだった。
瑠亥たちが射的を去ってから、少しして。今度はリオンとアメリーが射的を訪れた。
二人にとっては――関係は今と同じではなかったけれど、二年ぶりの花火大会である。
あの頃に(主にアメリーが)抱えていた問題は殆ど解決し、解決するに従って彼女は明るくなっていった、とリオンは思っている。
けれども先日――それまでと違って彼女の出自や過去に直接関わるものではないけれども、また妙な事件が起き、ちょっと沈みがちになってしまっているようにも見える。
だから、一先ずその気分を払拭するという意味でも――今日は楽しんで欲しい。
(――そういえば‥‥これって、初デート、になるのかな‥‥?)
実際動き始める前にそんなことも考えて若干照れていたリオンだった。
最初はアメリーに楽しんでもらうことを念頭に置いていたから、笑顔などは意識的に浮かべていたけれども――時間が経つにつれ自然に笑えるようになり。
それとともに、アメリーに楽しんで欲しいという気持ちと、自分としても久しぶりに彼女と過ごせる時間を大切に楽しみたいという気持ちでいっぱいになっているのも自然な状態となっていた。
「――むう、まぁ普段やらないしねー」
先にチャレンジしていたアメリーは、命中させることが出来なかった。
「‥‥じゃあ、今度は僕が」
能力者としての得物が剣であるのはリオンも同じだったけれど、そう言って銃を手に取る。
恋人として、ここでやらなければいつやるのだろう。
そんな様子も視界の片隅に入れつつ、レオとナンナは警備を行っていた。ナンナの服装は白地に蝶の紋様が入った浴衣だったけれど、スタッフとわかるよう腕章をつけている。
戦場ではない場所にいること、と同時に、戦う能力自体は持っている自分。
そのことに、二人それぞれに思うところを感じながらの仕事である。
――憎悪のような感情のままに戦争に身を投じてきたナンナ。
戦うことの中に於いては自分はただの歯車に過ぎず、いつ死んでも構わないと考えていたレオ。
その道が交わってそのまま一つの道となりかけた時。
ナンナの中では既に、戦うこと・失うことへの恐怖が芽生えていた時、彼女が重傷を負うことで、レオもまたその思いを思い知らされた。
そうして戦場から遠ざかり、穏やかな日々を送る――。
けれどもその間にも世界は変わり、人類はバグアを駆逐し続けている。
前に進む方法を見いだせないナンナと、このままでいいのか思い悩むレオ。
それらの思いとは裏腹に、目の前の光景には平穏が流れていた。
気付けば大分時間も過ぎ、河川敷での花火が始まる時間が近づきつつあった。
日も殆ど落ちたそんな時間帯に、周太郎は一人、屋台行列の入口で待ち人をしていた。ちなみに、浴衣姿である。
大規模作戦が終わったら外出する約束、を果たす為であるものの、それを抜きにしても楽しみにしている。その理由の真たるところまでは、まだ自覚してはいなかったけれど。
「先に来ていましたか」ふと声をかけられ、顔を上げる。
待ち人――シャーリィの姿を、視界に捉えた。髪は結わずに下し、赤地に大きな向日葵模様の浴衣で身を包んでいた。
「妹に手伝ってもらったんですが、和装は慣れなくて‥‥変じゃないですよね?」
「全く変じゃない。自然に着こなせていると思う」
問われ、周太郎は即座にそう答えた。次いで、見ていて飽きない、という感想が胸中で溢れ、
「‥‥綺麗だ」
「え?」
「‥‥いや、何でもない」
思わず口をついて出た言葉は、小声かつ喧騒に紛れシャーリィの耳には届かなかったらしい。我に返るように、頭を振る。
「さ、行きましょう。河川敷も終了までらしいですけど、どうせなら打ち上げ花火を最後まで見たいですから」
「そうだな」
二人は肯きあい、夜へと近づく街へ歩き出した。
●煌く空
それから二十数分後。
屋台行列で食べるものを確保した二人は、花火が上がり始める少し前に海岸へ到着した。
座って見物がしたい、というシャーリィの希望と、静かな所という周太郎の希望がぴったり重なったのは、屋台行列を抜けた正面――海岸でも一番賑わっているところだ――から、やや東側に歩いていったところだった。花火が西側から上がるためかそちらに人が集中した分、見晴らしの良さこそ変わらないものの東側の人の気配は薄かったのだ。
二人が腰を落ち着けたところで――最初の花火が、空に舞い上がった。
「本当によく食べるな‥‥」周太郎は傍らのシャーリィが確保した食べ物に目を落とし、思わず呟く。
たこ焼きとお好み焼き、焼きそばのパッケージが入った袋を手に提げているだけではなく。
イカ焼きと焼き鳥の串を片手の指で器用に掴んで、更にもう片方の手には焼きもろこしである。ちなみに、焼き鳥の串には既に何も刺さっていなかった。
見慣れてきた為か、見ていると和む。
しかし、しかしだ。
「飲み物もなしに食べ続けるのはちょっと危ないぞ‥‥」
と言ってはみたものの、花火の華やかさと音に負け、シャーリィの耳には届いていないようだった。
仕方がないので、
「ほら‥‥アッシュさん、飲み物」
ラムネの瓶をシャーリィの頬に当てる。
そこで我に返った彼女は、空いた手――花火に見入りながらイカ焼きも平らげたらしい――の串を置いて、代わりにラムネを手に取った。
それからも花火を見ながら、シャーリィは快調なペースで食べ物を口に――は、運べなかった。
焼きもろこしまでは問題なかった。
けれど、パック組――その最初のたこ焼きの蓋を開き、箸を手にとったところで――彼女の動きが、止まる。
怪訝な顔をする周太郎の顔と箸を見比べて――シャーリィはおずおずと、ある提案をした。
「‥‥‥あの‥‥やっぱりお箸は使い慣れなくて‥‥その‥‥。
‥‥食べさせて‥‥もらえませんか?」
思わぬ展開に「あ、ああ‥‥」周太郎は戸惑いながらも、箸を受け取った。
■
花火の音が響き始めたところで、隼人とアーシュは店を畳んだ。
片付けは隼人が一人でやると言うので、アーシュは一人海岸へ行って場所取りをする。
少し遅れてやってきた隼人は、最後に焼いたというたこ焼き一船と、日本酒を少し持ってきていた。
「お疲れ様‥‥久しぶりにお祭りを感じられました‥‥。ありがとう」
持ってきたものをアーシュに渡しながら、隼人は言う。次いで見上げた花火の広がる光景は、彼にとっても見たのは日本を離れる前以来だった。
「‥‥いえ。私にとっては始めての事でしたが‥‥楽しかったです。‥‥きっと、あなたのお陰で」
その間にアーシュがそんなことを言うものだから、隼人としては気恥ずかしくて視線も合わせられなかったけれど――。
「‥‥ありがとうございますね、こんなに素敵な時間を過ごさせて下さって」
その言葉には、こちらこそ、と返事をしつつ微笑を返した。
それから少しだけ人混みを離れ、線香花火に火をつける。
静かに流れる時。互いに照れてしまって顔も合わせられなかったけれど、二人にとっては幸福な時間に違いなかった。
■
「わあ、上がったねっ!」
おでん屋組は、営業を続けながら海岸に上がる打ち上げ花火を眺めていた。
海が歓声を上げ、つられるように絣と菘、そこに留まっていた岬も空を見上げる。
「綺麗ですねー」
「やっぱり日本の夏って言ったらこれだよね」
絣と岬が口々に言うのを聴きながら、菘は考える。
(こんな平和な感じが続けばええんやけどなー、そうは問屋が何とやらやろなぁ)
ちらりと、花火が上がっている高さよりも更に上――星空を見上げる。
これからの戦いでは、宇宙に行くこともあるのだという。
その時がすぐそこにまで迫ってきているけれど、今だそのイメージを想像できずにいた。
けれど――それでも、何とかなるだろう。そんな気がしている。
根拠はといえば、これまでもそうだったからというだけだけれど、その実際の経験こそがある意味一番強い根拠である気もした。
■
海岸沿いの道から下る階段は十数箇所ある。
そして海岸でも人だかりは海に近い方に集中しており、階段付近は比較的人の密度が薄い。場所によっては他人の視線が全く気にならないこともあった。
「わー‥‥すっごい綺麗‥‥♪」
そんな箇所のうちの一つに、琉と零奈はいた。歓声を上げたのは、勿論零奈である。
「琉と一緒に見れて、すっごく嬉しい‥‥♪」
「俺もだよ」
それまで花火に向かっていた二人の視線が、それらの言葉を引き金とするかのように互いへ向かう。
すると引力によって引き寄せられるかのように、二人の身体が更に近づいた。
その流れのまま、零奈は琉の身体に抱きつく。
相手の瞳の中に自分の姿が見えるような距離感。更にその姿を鮮明にするかのように、花火の色彩も映った。
――もはや何の不自然さもなく、琉は零奈の肩を抱き寄せ――そして二人は、唇を重ねる。
「ん‥‥すっごく嬉しい‥‥」
暫くして唇を離した後、零奈は嬉しそうに照れた笑みを浮かべた。
そこから二つほど東に離れた階段。そこもやはり、人の気配が薄いところだ。
ノエルとティリアは、その階段に腰掛けて空を見上げていた。
最初は屋台の時同様に歓声を上げはしゃいでいたけれども、暫くすると落ち着き――。
ティリアはふと、思い立ったことがあった。
ノエルが孤児だったという話は聞いたことがあったけれど、それ以上のことは訊けずじまいだった。
恋人のことは、もっと知りたい――。
「‥‥嫌じゃなければ、ノエルさんの昔のこと、教えてくれませんか?」
ノエルはそれを聞いて一瞬きょとんとしたけれど、すぐに微笑みを取り戻して――「ある男の子」の昔話を始める。
物心ついた頃から戦争によって両親を亡くしたこと。
エミタの適性が見つかり、老傭兵に育て上げられたこと。
その恩師はある日を境に帰らぬ人となったこと――。
一連の物語を話し終えたノエルは、ティリアの顔をじっと見た。
「ねぇ‥‥ティリアさん。貴女は必ず、帰ってきてください」
そこまで言ってから、表情が微妙に変わる。――若干の寂しさを伴った、笑みへと。
「僕、いつまでもいつまでも――愛する人を待ってしまう人間ですから」
「――勿論です」
ティリアはその意思の強さを示すように、力強く首肯いてみせた。
「以前言ってくれましたよね? ボクに孤独を味合わせるような事はしないって。
それはボクも一緒‥‥ノエルさんに寂しい思いはさせない。どんなことがあっても必ず戻ってきます。それをノエルさんが望んでくれる限り」
そこまで言って、ノエルの頬にそっとくちづけをする。
その唇を話した後、耳元で囁いた。
「そして、戻ってきた時は――ボクの大好きな、ノエルさんの明るい笑顔、見せて下さい‥‥」
■
「離せっつってんだろォ!」
「おじさんが自分でちゃんと歩けてるならそうしますよ」
拓那は海岸際の道で、へべれけになっている中年男性を支えながらため息を吐いた。
男性は道路に大の字になって寝っ転がっていたのだ。迷惑極まりない。
水は飲ませてみたが、この様子だと状況は改善しないだろう。
なのでこれから案内所にぶち込んで頭から水をかけようとしている。
尤も、案内所へ向かうということは海岸から離れるということで、つまり花火を見る時間もろくに作れないまま終わりそうだということだけれど――。
「ま、これはこれで楽しかったし、悪くはなかったかな」
そう、男性に聞こえないくらいの小声で呟いた。
その横にはちょうど海岸へ下る階段があり、瑠亥と雨音はそのすぐ下にいた。
互いに言葉もなく花火に見ていたけれど――不意に雨音は、瑠亥に寄り添った。
最近は色々慌ただしく、一緒にいる時間が少ないことを申し訳なく感じていること。
だからこそ今は、この時間を大切にしたいこと――。
瑠亥は肩を抱き寄せたその手から、彼女のその思いを感じ取った。
同じ思いを共有した二人は、そのままの態勢で花火に見入り――終わってからも、暫くの間そうしていた。
■
屋台行列では迷子の子供の世話をしていたケイは、花火が始まったところで一人で海岸へ訪れていた。
とはいっても、人々の中に紛れる気分にはなれず――独りきりになれるスポットを探す。
暫くして足を止めたのは、海岸に迫り出すように出ていた崖を見つけた時だった。
歩いてきた方向とは反対側にも同じように崖があり、そちらは彼女が向かった方より大分屋台行列に近いこともあってか――ケイが行った崖も観光用に整備されているにも関わらず、人の気配は皆無だった。
花火は遠くで上がっているが、何の障害物もない場所なので視界に問題はない。
崖の先端まで歩き、柵に手をかけ――ケイは虚空を見上げる。
波音が示す海。背後で聞こえる、虫のざわめき。
星々が描き出す夜空と、そこに一瞬の輝きを照らす大輪。
そんな中に、一人でいる。
色々なモノに包まれている。
人間関係と同じだ、と思う。恋人も友人も――大切な人たちはいつでも、自分の手が届く場所にいる。
とても喜ばしく、幸福で、何にも代え難いものである、筈なのに。
――ここ最近出来た、胸にぽっかりと空いた、喪失感と虚脱感という名の穴。
これはどうして在るのだろう?
考えたところで、頭を振った。
ほんとうは、わかっているのだ。
宿敵だと思っていた男を倒したあの日、この穴は生まれたのだと。
刹那、また一つの大輪が夜空に煌めき、そして一瞬で消えた。
その様に、宿敵の姿を重ね合わせる。
激しく妖艶に、華麗に舞い、そして散った男の姿を、思い浮かべる。
倒したい相手だった筈なのに、実際倒して何が残ったのだろう?
彼が残したモノは一体何?
――ワカラナイ。
考えだしても、その五文字が延々と脳内でリフレインするだけだった。
もう一度、夜空が煌く。
その時になって――ケイは自分の頬を、暖かい何かが伝っていくのを感じた。
■
屋台巡りの後一旦は仕事に戻ったクラウディアだったけれども、花火が始まると同時にまた抜けさせてもらって海岸へ来ていた。
観賞に選んだ場所は、その屋台巡りの間に見つけておいたポイントである。
花火は、何度見ても綺麗だと思う。
けれど同時に――少しだけ、儚さと切なさを感じていた。
見上げる空に思うは、一昨年は、パパのことだったけれど。
今はそれだけじゃない。
少なくとも自分の知るところで散っていった、沢山の命のこと。
その中でも特に鮮明に思い浮かべるのは、自分に『強さ』を教えてくれた『人』のこと。
無力さを知って一歩も動けなくなっていた自分に、教えてくれた『強さ』。
それは、クラウディアの為の、クラウディアにしか持ち得ないものだった。
敵として戦った、今はもう、深い海の闇の底に消えた相手。
それでも、きっといつまでも忘れない。
無力さを知った頃から帰れなくなっていた故郷――イタリアにも、その強さを知った今なら、帰ることが出来る気がする。
大好きな友達を誘って、今度帰ってみよう。
丁度華開いた光を目に焼き付けながら、クラウディアは思った。
■
そこから少し離れた階段では、信人とアスナがやはり花火を眺めていたのだけれども――。
不意に信人は、自分より一段下に立ち空を見上げていたアスナを、後ろから抱き締めた。
「‥‥どうしたの?」
顔だけ自分の方を向けようとしたアスナの動きを制するかのように、信人は腕により力を込めた。
「すまないが、今は顔を見ないで欲しい」
「う、うん‥‥」
戸惑いながらも首肯したアスナの後ろ姿を見、信人は一つ小さな息を吐く。
その顔に浮かんだ表情の名は、苦渋。
あの冬の日――布団の中で一人彼女に向かって懺悔をした後に、また一人、子供を殺してしまった。
首から下のない、呆然とした少女の死に顔。
その死を知った少女の姉が、胸倉を掴み上げてきてまでぶつけてきた怒り。
信人が思い出したそれらを、アスナはまだ知らない。
考えた途端、全てを打ち明けてしまいたい衝動に駆られた。
けれども――。
(これは、俺が最後まで持って逝かねばならないものだ)
歯を食い縛り、その衝動を押し殺す。
「痛‥‥」
「おっと‥‥すまん」
反動で、腕に余計な力が篭ってしまったらしい。アスナが小さく漏らした声で、信人は我に返った。
「ねぇ――大丈夫?」頼んだ通り此方の顔は見ないまま、アスナは尋ねてきた。
彼女なりに思うところがあるのかもしれない。衝動を押し殺したことを自らに確かめた後、信人は「大丈夫だ」と答える。
それから、もう一度息を吐いた。
「アスナ、俺は君を幸せに出来ないかもしれない」
「‥‥?」アスナは相変わらず信人の顔を見ず、けれども小首を傾げた。
その小さな背に向けて、信人は言葉を続ける。
「それでも、お前が傍にいてくれなければ立っていられない――なんという不義理だろうか、許してくれ」
「――そんなの、お互い様よ」
前で、アスナが苦笑を漏らす気配がした。
「ジークルーネに乗り始めて、大規模作戦が終わって。
それでもまだ自分の立っている場所が怖くて、不安になる時があるもの。
いきなり指名されて緊張したっていうのもあるけど‥‥時には私の行動一つが、あの艦にいる欧州軍の兵士や士官の‥‥それに、平和に暮らしたい人たちの未来を変えちゃうかもしれない。
事務官上がりの私がそんな状況にいても何とか立っていられるのは、誰のおかげだと思ってる?」
「‥‥アスナ」やや俯き加減になった後ろ姿に声をかけると、アスナはまた顔を上げた。
「‥‥少なくとも私に対しては、信人さんは不義理なんかじゃないわ。
私も、信人さんに対してそうありたい。私が知らないような悩みや痛みを信人さんが持っているとしても貴方を支えていきたいし、それが今の私の幸せなの。
‥‥義理不義理どころか、少し我侭かもしれないけど、ね?」
「いや‥‥」不安か照れ隠しか、首を傾げたアスナの姿を見、信人は無意識のうちに僅かに頬を綻ばせていた。
「――ありがとう」
■
海岸に移動してきた叢雲と真琴だったけれど、相も変わらず微妙に距離が開いていた。
叢雲は少しだけそれを気にし――横目でちらりと、真琴を見る。
花火には確か、鎮魂の意味もあったはず。
そのことを思い出した途端、寂しさと、それから連なる一連の感情が真琴の中でぶり返した。
強化人間になり、そして、命を落とした友人。
二度と会うことの叶わない寂しさを感じながらも、そんな現実にも泣くことが出来ない自分への悲しみを覚える。
けれどもう一つだけ、初めてその感覚を味わった時と今とで同じことがある。
――それは傍に、叢雲がいたということ。
尤も彼が何故そうしてくれるかというのは分からないけれど――それでも気付けば真琴は、叢雲の浴衣の裾を掴んでいた。
甘えている。
そんな自分を駄目だなぁと考えている真琴には気づかれぬように、裾を掴まれていることに気づいた叢雲は苦笑を漏らした。
(もっと甘えてもらってもいいんですけどねぇ)
まぁ甘えるの下手そうだから仕方ない、などとも思ったけれど、無論それも口には出さない。
――真琴が思い悩んでいるのは気づいているけれども。
結局のところ、彼女自身が折り合いをつけ、納得できる答を見つけないときっと後悔すると思う。
だからその答を見つけること自体に、叢雲が出来ることはそうないけれど――。
こうして甘えられることくらいなら。
視線は花火に向けたまま、叢雲は裾を掴んだ真琴の手を取り、解く。
そしてそのまま、静かに優しく、握り返した。
■
花火が始まるまでは警備を行っていたレオとナンナも、今は揃って海岸へと移動してきていた。
空で煌く華々の彩りは時間的にもいよいよ終わりに差し掛かろうとしていたけれど、皆、歓声を上げたり思いを馳せている為に時間を忘れているようだった。
レオもまた、刹那の時の流れを忘れていた一人だった。
華が開く音と光、人々の声や笑顔。
そして何よりも、すぐ隣で佇むナンナの存在。
――それらが、レオを原点とも呼ぶことが出来る自分に立ち戻らせた。
自分に出来ることは戦うことくらいのものだ。
それならば――『戦うこと』で、大切な人が何かに脅かされることのない世界を取り戻すことが出来るのならば。
もう少し、自分の力を使ってもいい。そう思った。
同時に、一つ先――取り戻した後のことも考えてみる。
「ナンナはさ、この戦いの先を考えた事ある?」
問われたナンナはといえば――実際のところ、戦争のことも、その後のことも考えられずにいた。
けれども、本当はわかっているのだ。
今感じている恐怖は、立ち止まって解決するわけではないこと。
だからこそ、前に進む切っ掛けを心のどこかで探しているのだということ――。
そしてその『切っ掛け』は――誰よりも大切な人が、掴むチャンスをくれた。
「もし戦の後の事を考えてくれる気になったなら‥‥その時は、これを着けて」
そうレオが差し出したのは――双子のダイヤを埋め込んだ、婚約指輪。
受け取ってみると、内側に『N』と刻印が彫られているのが分かった。――となると、半身となる指輪には『L』と彫られているのだろう。
「無くすといけないので、もうつけておきますね」
しばし眺めた後、ナンナはそう言って指輪を左手の薬指に嵌めた。
努めて事務的に応えたつもりだったけれど、実際は単に素直に言えないだけだ。
その証拠と言わんばかりに――レオに見えているかはわからないが――顔が赤くなっているのを自覚出来ていたし。
それに、彼女なりに精一杯真っ直ぐな答えを出した。
勝利か敗北か、まだ誰も知る由もないけれど――きっとそう遠くない未来に、この戦いは終わる。
だからこそ、今は彼と共に歩こう。そう思う。
今は守りたいと思う気持ちに素直になりたい――それが、前に進むための切っ掛けであり、そして力になるのだから。
「‥‥また来ましょうね。今度は警備のお手伝いとか抜きで」
「そうだね」
その時には「愛してる」と真っ直ぐ言えるようになりたい。
そんなことを考えながら、ナンナはレオと共にこの夜最後の華を見上げた。
●小さく揺れる華と、余韻に浸る街
花火大会が終わり、屋台も撤収を始める。
おでん屋組の撤去の最中――海はハミングである唄を歌っていた。
「あれ、その唄‥‥」
気づいたのは、結果的に手伝いに回った岬である。
彼女が気づかないわけがない。なぜならその唄は、彼女自身が海たちと共に作った曲なのだから。
「えへ、これ? いい歌だよねっ。今でもたまに鼻歌とか、口ずさんでたりとかしますよっ」
「えー!」
驚きの声を上げながらも、やはり嬉しいものは嬉しいらしく岬の笑みがぱっと輝いた。
そして撤去が終わった後。
岬のギターは勿論、絣の笛もある。
折角だから、ということで、件のその曲を、屋台の跡地で演奏し始めた。
菘は手拍子を発し、普段は人前で歌うのは恥ずかしいという海も、コーラスとして参加して。
■
海岸で花火が打ち上げられている間も、勿論河川敷での花火大会は続いていた。
リオンとアメリーは河川敷に移動した後、様々な種類の手持ち花火を堪能していた。
「火花が模様になってるって凄いよねー」
「流れ星みたいに吹き出すのも、あるしね‥‥」
二人揃ってこの手の文化にはこれまであまり縁がなかった為、そんな風に感想を言い合う。
そんな時間もやがて終わりに近づき、二人が最後に手にとったのは線香花火だった。
しゃがみ込み、赤橙の玉をぶら下げる。そこからまた鮮やかに画が描かれるのを見、アメリーは「わ‥‥っ」感嘆の声を上げた。
その様子を見ながら、
「‥‥今日は、楽しかった。
やっぱり‥‥アメリーは、笑ってる姿が、一番‥‥だよ」
リオンは言った。アメリーの視線も、リオンへと向く。
「‥‥いろいろ、難しいこと、まだまだ残ってるし‥‥これからも、起きると思う。
でも――僕は、いつでも、アメリーの味方。一番近くで君を守る、盾だから。それだけは、忘れないでいて、ね‥‥?」
「――うん」アメリーは応えた。
「わたしだって、こうして君といられるから、笑えるんだと思うしね」
■
ウラキとクラリアもまたこの場所を訪れていた。海岸の花火も高く打ち上がるタイプのものだと河川敷から見ることが出来る為、そういったものが上がると特に子供の歓声が響き渡っていた。
そんな中、二人もまた市販の花火を貰い、様々な花火に火を点けて楽しんでいた。
「ぶわーって‥‥なる花火も綺麗ですけど‥‥私は、この花火みたいな‥‥静かな方が好きみたいです」
クラリアは言う。打ち上げ花火のような盛大な華やかさはなくとも、手持ちの花火が描き出す紋様にもいいものがある。
特に線香花火が気に入ったらしく、最後のほうは何本も連続で火を点けていた。
「いいですよね‥‥この、なんていうか‥‥落ち着いた感じが。花火って、もっと激しいものだと思ってました」
「ああ」ウラキもそれに倣うように、線香花火に火を点ける。
小さく煌く茜色の玉が落ちる度、新しい花火に火を灯し、それを繰り返し――そして。
「もう最後か‥‥」時間も閉幕まで後僅か、手元に残る花火はあと二本。
クラリアとウラキは一本ずつ手に取り、最後の火を灯す。
「‥‥今日は‥‥」
そこまで言って、ウラキは小さな華の輝きを見つめるクラリアの横顔を見――そのまま、見蕩れた。
その為に――不意に目の前が暗くなって、自分が最後に手にしていた花火の玉が地面に落ちたのだと気づく。
「‥‥終わった、のか」
呟いた時、肩にクラリアが寄りかかった。
――いや。正確に言えば、遊び疲れたのだろう。まだ眠るところまではいっていないけれど、目を擦っている。
「‥‥帰ろうか」
「はい‥‥」
肯いたクラリアを、ウラキはおぶった。
恋人の背におぶられたことで、預け切ったのだろう。クラリアはそれから間もなく寝息を立て始めた。
「‥‥? 寝た、のか?」
問いかけに返事がないのを確かめてから、おやすみ、と小声で付け足して、まだ余韻に浸っている街を往く。
「‥‥ん‥‥ぅ‥‥。‥‥らきさん‥‥」
眠りに落ちたまま抱きつくその感触を、確かめながら。