タイトル:老兵は死なず?マスター:対馬正治

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2007/11/19 00:02

●オープニング本文


 対バグア戦争の拠点、UPC総本部のおかれる「ラスト・ホープ」。その名が示す通り人類最後の「希望」を担う巨大な人工島には、今日も傭兵志願のため多くの「能力者」たちが訪れる。
 性別、年齢、国籍を問わず。そして闘う動機さえも様々な者たち――。
 しかし、その日UPC本部からの依頼を「能力者」たちに斡旋するULT(未知生物対策組織)の登録窓口を訪れた2人連れは、特に風変わりであった。

「お爺さま、お見送りありがとうございました。あとの手続きは自分で済ませますので、どうぞ先にお帰り下さい」
 丁寧な口調と共に深々と頭を下げたのは、桜柄の和服に身を包んだ、まだ二十歳にもならぬ少女。背中まで伸ばした黒髪を後ろで束ね、清楚な顔立ちと物腰は今や死語と化した「大和撫子」という言葉を彷彿とさせる。
「バカモン。こんな異国の地に、可愛い孫を置いてのこのこ帰れるか!」
 嗄れた声で言い返したのは、今時滅多に見ない紋付き袴を着込んだ、齢80は越すかという老人だった。偉そうにカイゼル髭など蓄えているが、その身の丈は連れの少女よりもさらに低い。
「‥‥それに、ワシとて自分の用事があるからのう」
「ですから、そのことは何度も申しましたように‥‥」
「傭兵登録のご希望ですか?」
 窓口のカウンターから、2人の姿に目を留めた女性職員が声をかけた。
「はい。よろしくお願い致します」
 少女は老人との会話をいったん打ち切ると、職員に向かい再び丁寧に頭を下げ、持参した書類を提出した。
「ええと、十神榛名(とおがみ・はるな)さん、18歳‥‥『エミタ』は本国で移植済み。クラスはファイター‥‥書類の方も問題ないですね。すぐに手続きを済ませますので、ロビーの方でお待ちくだ――」
「ちょっと待てい! ワシもおるぞっ」
「あ、ご家族の方ですか? どうぞご心配なく。あとのことは、全てこちらで‥‥」
「ただの付き添いではない。ワシも登録に来たのじゃ!」
 いうなり、手にした風呂敷包みを解き、中から取りだした書類一式をバン! とカウンターに突き出した。
「え? そんな、ご冗談を――」
 そういいかけて書類に目を通した職員の口許が、ヒクっと引きつった。
「しょ、少々お待ち下さい」
 慌てて奥に引っ込み、UPC本部に確認を取る。
 間違いない。老人も「能力者」だった。

 彼の名は十神源二郎(とおがみ・げんじろう)、86歳。戦国時代より連綿と伝わる十神流棒術の元館長。
 日本全国に門弟数百を抱える十神流道場は、「能力者」の存在が公表された直後に全ての道場生に適性検査を奨励した。その結果、適性と判断されたのはわずか2名。平均1/1000のという適性確率を考えれば、これでも多い方だろう。
 選ばれた2名のうち1人は、若いながらも師範代を務める現当主の娘・榛名。当時高校生だった彼女は、自ら大学進学を蹴って「能力者」となる道を選択した。
 問題はもう一人の方――とうの昔に一線を退き、今は専ら後進の指導にあたっていた源二郎が、若い道場生たちに混じって検査を受けた結果、何の冗談か「適性」という結果が出てしまったのだ。
 高齢者の源二郎を能力者として認めるかどうか、UPC日本本部の方でも議論はあったらしい。しかし、各種身体検査や体力テストの結果、武道家である彼が実年齢からは想像もつかない体力を維持していることが判明。「能力者の資質に問題なし」としてエミタ移植手術へのGOサインが降りたのだった。

 当惑を覚えつつも、職員はカウンターに戻った。
「し、失礼しました‥‥では、源二郎さんも登録なさるということで‥‥」
「やはり、そうなりますか‥‥」
 榛名はやや気落ちしたようにため息をついた。
 彼女の本心としては、高齢の祖父を戦場に出すことは本意でなかった。
 そのため何度も源二郎を諫めてみたものの、祖父の決意は固く、また十神家じたいも「長老」である源二郎の意向に逆らえず、結局押し切られる形で2人してラスト・ホープを訪れることになってしまったのだ。
「よいか榛名? そもそも貴様は、まだ本物の戦(いくさ)を知らん。ワシなどは、若い頃ガダルカナルの戦場で――」
「お爺さま、私はこちらですわ‥‥」
「なに? むぅ、ワシとしたことが」
 カウンター脇に置かれた観葉樹に向かってくどくど説教を垂れていた老人は、慌てて分厚い老眼用眼鏡をかけて向き直った。
「お判りでしょう? お爺さまがお若い頃同様の力を発揮できるのは、『覚醒』している一時の間だけなのです。バグアとの闘いは私どもに任せて、このまま日本へお帰りになってくださいませんこと?」
「何じゃとぉ!? ここまで来ておめおめ帰国しては、十神家代々のご先祖様に申し訳が立たん! もしどうしても帰れというなら――」
 床に座りこむなりバサっと羽織をはだけ、
「この十神源二郎、この場で腹を切る!」
「ヒイッ!?」
 職員の顔から血の気が引いた。
 こんな場所でハラキリなどされてはたまらない。
「お、落ち着いてください! 能力者として承認されている以上、あなたもれっきとした傭兵として登録されますからっ!」
(ああ‥‥何とかお爺さまを思い留まらせる方法はないかしら?)
 そう思った榛名の目に、ふと世界各地から入る依頼を表示した「斡旋所」のモニター群が目に入った。
「そうですわ! 既に実戦経験をお持ちの方々なら、あるいはお爺さまを説得して頂けるかも‥‥」

●参加者一覧

榊 兵衛(ga0388
31歳・♂・PN
ブランドン・ホースト(ga0465
25歳・♂・SN
七瀬 帝(ga0719
22歳・♂・SN
シェリル・シンクレア(ga0749
12歳・♀・ST
蒼羅 玲(ga1092
18歳・♀・FT
真壁健二(ga1786
32歳・♂・GP
寿 源次(ga3427
30歳・♂・ST
海野・晴奈(ga4191
25歳・♀・GP

●リプレイ本文

●頑固爺につける薬はあるか?
 ラスト・ホープは単なる軍事基地ではない。島内に滞在する多数のUPC関係者や傭兵たち、さらにその家族の生活の場として、コンビニからショッピングモールまで、ちょっとした都市並にあらゆる設備がそろっている。
 そのひとつ、とある和風喫茶に8人の傭兵たちが集合していた。
「86歳の適合者とは。全ての人間に可能性はある‥‥か。三国志の将、老いて益々盛んな黄忠のようだが、無茶な方向に話が進む前に何とかしなくては」
 思いもよらぬ依頼内容に、やや感慨深げにいう寿 源次(ga3427)。
「初対面の方ははじめまして。僕は美形スナイパーの七瀬 帝(ga0719)さ。今回もよろしくお願いするね」
 と、帝が優雅に一礼する。
「どうも僕は人情的な話に首を突っ込みたくなってしまうようだね。2人が納得する結果になるよう、頑張るよ」
「榛名ちゃんもお爺ちゃんも、とってもいい人っぽくて好感が持てますね〜♪ お二人に会うのが楽しみです〜」
 ほんわか和やかな微笑みを浮かべるのは海野・晴奈(ga4191)。
「これが依頼でなければアタックもできたでしょうに‥‥しっかりと礼儀をしこまれた大和撫子ってのは、俺の好みにど真ん中ストレートなんですよっ!」
 血涙を流さんばかりの勢いで、真壁健二(ga1786)が天を仰ぐ。
 動機はやや不純であるが、それもある意味で漢の見果てぬロマンというべきか。
「でも、榛名さんの心配ももっともです‥‥いくらUPCから承認が降りたとはいえ、あのお歳では実戦中に何が起こるか判りませんし」
 心配そうにいうのは蒼羅 玲(ga1092)。
「ともあれ、源二郎さんも心が和むようにお座敷の和風喫茶を予約したんですから。まずは、穏やかに話し合いましょうよ〜♪」
 座卓に出された日本茶を一口飲み、シェリル・シンクレア(ga0749)がのんびりいう。
「それでも、話して通じないようであれば‥‥」
 シェリルは少し離れた場所に座ったまま黙して語らぬ2人の男を、意味ありげに横目で見やった。
 その1人、ブランドン・ホースト(ga0465)は、例によって愛想のない顔つきで煙草などふかしている。
 その向かいで腕組みして黙考する榊兵衛(ga0388)。榊流古槍術の継承者でもある彼としては、依頼内容より、むしろ同じ武道家として十神流棒術の長老との対面の方に関心があるようだった。

 約束の時間よりやや遅れ、十神源二郎、そして孫娘の榛名が姿を見せた。
 ちなみに、本日の集まりは表向き「新たに着任した傭兵2人のささやかな歓迎会」――と、源二郎にはそう伝えてある。
「皆様、わざわざお集まり頂いた所、遅くなりまして誠に申し訳ございません」
 和服姿の榛名が、畳に三つ指をついて丁寧に詫びる。
「あ、遅くなったのは私のせいなんです〜」
 2人を案内してきたロシア人女性が、慌ててフォローした。
 未来科学研究所の医療スタッフ、ナタリア・アルテミエフである。
「実は、源二郎さんの身体検査に時間を取られてしまいまして‥‥」
 そういいながら、手にした検査結果の書類を健二に手渡す。
 じゃあ私はこれで、とナタリアはその場から立ち去っていった。
「ほう、おぬしらが能力者の傭兵か?」
 最後にのっそり現れた紋付き袴の源二郎が、榛名の隣に正坐した。
 身の丈5尺そこそこと小柄な老人である。その姿だけ見ると、とても実戦でバグア軍と戦えるようには思えない。
「拙者、十神源二郎と申す。不埒な宇宙人どもを成敗すべく、及ばずながら老骨を捧げる所存。孫の榛名共々、よろしくお頼み申す」
 わざわざ「共々」を強調するあたり、「テコでも帰らん!」という意地がありありと見て取れる。
「いえいえ。こちらこそ、よろしくお願いするね」
 帝が優雅に挨拶を返す。
「あなた方と同じファイターで登録させて頂いている者です。ご縁があったら訓練などお付き合いしますよ」
 玲もまた、2人にペコリと頭を下げた。
「寿 源次です。ようこそ、敬愛する人生の先輩」
「何の。こちらこそ、能力者としてはまだひよっ子同然。歳など気にせず、ひとつ厳しくご指南願いたい」
 ――その歳が気になるから、皆こうして集まっているわけだが。
「ほほう。通常時でも、実質的な肉体年齢は40歳に相当‥‥ですか。こりゃあすごい」
 ナタリアから受け取った身体検査、及び基礎体力テストの結果一覧をざっと見て、たまげたように健二がいう。
 彼とて、ただ大和撫子に萌えていたわけではない。予め研究所に依頼し、「移住時の検診」という名目で源二郎の精密な身体データを検査して貰っていたのだ。
 仮に日本のUPC本部が見逃した持病でも見つかれば、それを根拠に実戦参加を諦めさせるつもりだったのだが――。
 驚くべき事に、老人の肉体は実年齢の半分以上も若かった。
 さすがに全盛期に比べれば衰えは隠せないといえ、40代で現役の傭兵などザラにいるので説得材料としてはいささか弱い。
「‥‥ただし、強度の老眼とありますね。これではナイトフォーゲルの操縦は難しいのでは?」
 源二郎のこめかみがピクッと動いた。
「もとより飛行機など乗る気はないわ。バグアなど、この棒一本で充分!」
 と、わざわざ日本から持ってきた赤樫の棒でドン! と畳を突く。
「そうはいっても、不意の奇襲をされた場合、味方を誤って攻撃しかねないですよ? それが原因で壊滅した部隊だってありますし」
 重ねて玲がいう。
「視力は衰えようと、心眼があるわ!」
 源二郎は一喝すると、
「どうも、雲行きが怪しいと思っておったが‥‥榛名、おぬしの差し金じゃな?」
 隣に座る孫娘を、ジロっとねめつける。
「申し訳ございません!」
 榛名はさっと座布団から降り、深々と土下座した。
「やはり、お爺さまには思い留まって頂きたく‥‥」
「くどい! 何度もいうように、ここまで来ておめおめ帰るくらいなら、この源二郎、潔く腹を切る!」
「そんな言い方ないじゃないですか! 榛名さんは、源二郎さんの身を案じてるんですよ!」
 玲が怒ったように声を上げる。
 健二や源次もまた、口々に老人の説得にかかった。
 そんな中、
「榛名ちゃん、榛名ちゃん」
 晴奈が、和服の少女の袖をちょいちょいと引いた。
「こういう時は、もっとお爺ちゃんの感情に訴えた方が効果的なんじゃないかな? こう目を潤ませて、『お爺さまに何かあったら、私‥‥』とか」
「それで聞いてくだされば、よろしいのですが‥‥」
 榛名はため息をついた。
「私が生まれる前、まだお爺さまが心技体共に全盛期にあった頃、日本は平和な国でした。バグアが攻めてきて、ようやく己の技を世のため人のため、存分に振える時代が来たと思ったら、肝心の肉体が老いていた‥‥武道家として、お爺さまはそれが悔しくてならないのでしょう」

「百聞は一見にしかず。源二郎さんがあくまで実戦を望むというなら、まずはお手並み拝見といこうじゃないですか」
 それまで沈黙していたブランドンが、煙草をもみ消しながらいった。
「同意見だ。これ以上闇雲に説得するのは、十神先生に対して失礼というものだろう」
 そういって兵衛も頷く。
「つまり、実際に立ち会えということじゃな? ‥‥面白い」
 2人の言葉に、源二郎は不敵に笑った。
「仕方ありませんね‥‥では、やはり」
 シェリルが榛名と視線を交わす。
 言葉による説得が功を奏さなかった場合、模擬戦により源二郎の力の程を見極める――これは、榛名を含めて全員の合意事項だった。

●試合開始!
 一同は河岸を変え、UPC本部に使用申請してあった訓練施設の一角へと移動した。
 遮蔽物の一切無い、広大な野外グラウンドだ。
 いったん兵舎へ引上げた榛名と源二郎が、やがて道着袴にタスキがけと、殆ど時代劇の果たし合いのような出で立ちに着替えて入場してきた。
 源次がコホンと咳払いし、
「えー、ではルールについてご説明します」

・全員覚醒状態で闘うが、模擬戦のためスナイパーはペイント弾を、ファイターは源二郎に合わせて樫の棒を使用。
・時間無制限。相手チームが全員降参、もしくは戦闘不能になった時点で試合終了。
・審判は源次&シェリルが務める。

 そして、問題のチーム分けは――。

 榛名&榊兵衛 VS ブランドン&源二郎&玲

「2対3? 不公平ではないか。もしワシに気遣っておるのなら――」
「実戦では常にお互い対等で闘うと限りませんよ? こういうケースだって充分あり得ます」
「うーむ。まあ、それも道理じゃが‥‥」
 ブランドンの説明に、首を捻りつつも同意する源二郎。
「楽しんで観戦させて頂くね。僕? 正直、源二郎さんに勝てる自信はないなあ。何しろ美しいことだけが取り柄のひよっ子能力者さ」
 そういって、すっと後方に身を引く帝。
「ケガしちゃった人は練成治療で治してあげますから。みなさん、存分に闘ってくださいね〜♪」
 選手達に笑顔で呼びかけるシェリル。もっとも、あまり危険と判断した場合は彼女が超機械で割って入る手はずにはなっているのだが。

 グラウンドの中央で、チームごとに別れた5人がそれぞれ「覚醒」する。
 榛名の足許から蝶を思わせる淡い光が舞い上がり、源二郎の方は両眼が赤一色に輝くと共に全身から湯気のようなオーラが立ち上った。
 やはり覚醒状態に入った審判役の源次が、片手を上げて叫んだ。
「それでは――レディー・ファイトッ!」

「兵衛さん。あのスナイパーの方は、私が倒しますわ」
 榛名が小声で囁いた。
 源二郎チームはセオリー通りファイター2人が前衛に、後列にはハンドガンを構えたブランドンがバックアップに立っている。
 確かに、まずは相手の飛び道具を封じない限り勝ち目はないだろう。
「承知した。では、よろしく頼む」
 十神流棒術の動きを見たいとの考えもあり、兵衛は榛名の行動を了承した。
「――参ります!」
 六尺棒を青眼に構え、滑るような動きで素早く玲の前に出る榛名。
 手にした棒を薙刀風に構えて迎え撃つ玲だが、次の瞬間目の前の榛名がかき消えていた。
「えっ‥‥?」
 棒の先で地面を突き、その反動で宙高く舞い上がっていたのだ。
 真の狙いは、玲の背後にいるブランドン。
「――ちっ、速い!」
 鋭覚狙撃で榛名の足を狙うが、棒術使いの少女はその弾道を見切ったかのように体を捻って銃弾をかわし、そのままスナイパーの男へと打ちかかる。
 が。
 裂帛の気合いと共に飛翔した小さな影が、空中の榛名を叩き落とした。
 傭兵たちは、一瞬試合の最中であることも忘れ、呆気にとられた。
 よもや、源二郎が己の孫を攻撃するとは思わなかったからだ。
「不甲斐ないぞ、榛名! 敵を一人と思うでない!」
「はい。面目ございません‥‥」
 脇腹を押さえ、悄然とうなだれる榛名。
「ファイターでありながら、グラップラー並の動き‥‥むぅぅ、化け物か、あのご老人」
 呻くように源次がつぶやく。
 ブランドンと玲が弱った様に顔を見合わせた。
 当初の予定では、彼ら2人が榛名を引きつけ、兵衛と源二郎の一騎打ちへと持ち込む算段だったのだ。
 このまま試合を続ければ、3対1で兵衛と闘うことになるが――。
「ちょっと待ったあーっ!」
 場内に響くような大声で、源二郎が叫んだ。
「我が孫の失態で兵衛殿に不利な闘いをさせたとあっては、同じ武道家として申し訳が立たぬ。この先は爺の我が儘と思い、ワシと彼との一騎打ちにしてもらえぬか?」
 試合はいったん中断。ブランドンと玲、さらに審判の2人も交えて話し合う。
 その結果――源二郎の希望を通すことにした。
 少なくとも棒を使った模擬戦で覚醒状態の源二郎に対抗できるのは、この中では槍術を極めた兵衛の他にいないと思われたからだ。

●対決! 槍術対棒術
「十神先生のご高名は前から伺っております。ぜひ一手、御指南頂けないでしょうか?」
「うむ。ワシも榊流古槍術の評判はかねがね聞き及んでおる。手合わせできるとは光栄じゃ」
 そういってニヤリと笑う老人の顔は、まさに戦場を駆ける野武士そのもの。
 2人の武人は向かい合って一礼し――次の瞬間には、能力者の動体視力でようやく視認できるほどの速さで、凄まじい打ち合いを始めた。
 古槍術の兵衛が突く・薙ぐ・払う・叩くなど多彩な攻撃を仕掛ければ、源二郎の棒もまた変幻自在の動きでそれらを受け流す。
 また兵衛は、棒先で弾いた土で相手の目つぶしを狙うなど、道場ならまず使わない卑怯な手段さえ躊躇なく使った。
「人ならざる者との戦いにルールなど存在しません。先生ならばお判りに為られるでしょう?」
「むろんじゃ。武術はスポーツに非ず!」
 常人の目ならばわずか数分、しかし能力者たちにとっては数時間とも思える果てしない攻防の末――。
 カツーン!
 甲高い音と共に、兵衛の手から樫の棒がはね飛ばされた。
 勝負合った――誰しもがそう思う。
 だが、源二郎は突然自ら棒を引き、その場にがっくり跪いた。
「‥‥ワシの‥‥負けじゃ」
 そういってグイっと道着をはだけると、老人の胸のあたりに小さな黒いアザが出来ている。
 ほんの一瞬の差ではあるが、兵衛の棒が先に老人の胸を突いていたのだ。
「いえ、先生もお強い――これはまぐれ勝ちですよ」
「しかし、やろうと思えば肋を砕くことも出来た筈‥‥おぬし、最後で手加減したな?」
「ばれましたか」
 兵衛は苦笑した。
「ここで先生にお怪我をさせては、榛名さんが悲しみますからね」
「ふっ‥‥やはり、ワシも老いには勝てぬか」
 やや自嘲気味につぶやく源二郎。しかしその顔には、どこか吹っ切れた様なすがすがしさがある。
 パチパチパチ――。
 傭兵達が拍手しながら、2人を取り囲んだ。
「どうやら‥‥バグアとの戦、おぬしら若い者に任せてよさそうじゃの」
「これからはあんたが出来る限りのことを頑張ってくれ。多分、それが今のあんたが立たねばならない戦場なんだと思う」
 老人の肩に手を置き、ブランドンがいった。
「たとえ実戦に出ずとも、それだけの技と経験を伝えることをお爺様の他に出来る人物はいるでしょうか? お願いします。僕ら能力者を叱咤激励する生き字引でいてください」
 帝が礼儀正しく頭を下げる。
 覚醒を解いたとたん、源二郎は急に力なく両手をついた。いくら頑健といっても、覚醒時の反動はだいぶ老体に堪えるようだ。
 慌てて練成治療のため駆け寄ったシェリルを手で制し、
「構わん。先に榛名の方を診てやってくれ」
「何だかんだいって、お孫さんの事が心配なんですね〜♪」
 晴奈がクスクス笑った。

 その後UPC本部とも調整した結果、源二郎は傭兵や正規兵を指導する武術師範としてラスト・ホープに留まることになったという。

<了>