タイトル:SIVA〜本社移転マスター:対馬正治

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/09/04 00:49

●オープニング本文


『九州の出張はご苦労様。キムの件は残念だったけど‥‥まあいいわ。日本政府に1つ貸しを作ったと思えば』
 ラスト・ホープ、「SIVA」支社ビル最上階。
 社員たちからは「謁見室」と呼ばれ、支社長も含め重役クラスでさえ特別な承認がなければ入室を許されないその部屋のソファに腰掛け、ラザロは姿の見えぬ若い女性の声に耳を傾けていた。
「しかしバグアの工作員にはまんまと逃げられたうえ、『適性者』の子供達も全員UPCに身柄を押さえられた。おたくにとっちゃ割に合わん仕事だったな」
『それだって、別に構わないわ。元々キメラやワームを相手にするのが彼らの仕事‥‥我が社が無理に張り合う必要はないのよ』
 声の主はユディト・ロックウォード。民間傭兵派遣会社「SIVA」CEO(経営総責任者)である。

 2006年、旧人類首都メトロポリタンX陥落の際に父親で前社長ヨゼフ・ロックウォード死亡に伴い、18歳という若さで「SIVA」経営権を相続。現在はインドのマドラスに移転した本社から、アジア太平洋地域を中心に多国籍企業経営の采配を振っている。
「うら若き女社長」といえば、ともすれば「死の商人」の印象を持たれがちな軍事企業の好感度をアップするうえで格好の宣伝材料となりそうなものだが、奇妙なことに彼女はCEO就任後、マドラス本社に閉じこもったきり一切表に姿を現わした事がない。
「バグア側による暗殺を警戒して」とも、「キメラの襲撃で顔に醜い傷を負ったため」とも噂されているが、真実は未だ不明である。

(「ま、俺にはどうでもいいことだがね」)
 ラザロは煙草をくゆらせつつ「謁見室」の壁を眺めた。ユディトとの会話は壁に埋め込まれたマイクとスピーカを介して行われるため、本社から通信を送る「彼女」の姿は一切見えない。ただし天井の四隅に監視カメラが設置されてるので、向こうからこちらの姿は丸見えとなっているはずだ。もっともラザロにしてみれば、未成年の女社長に気兼ねせず煙草を吸えるだけ有り難いともいえたが。
「‥‥それにしてもおたくの会社、なかなかいい趣味をしてるな」
 壁一面に描かれたSIVAのシンボル――落雷で崩れ去る石塔をモチーフにした社章――に煙草の先を向け、ラザロが嗤う。
 モデルとなっているのはおそらくタロットカードの「塔(タワー)」。大アルカナ22枚の内でも最も不吉とされる絵札だろう。
『人類の歴史で絶えず繰り返されてきた事よ。現在の対バグア戦争も、所詮はその1頁に過ぎないわ』
「このままバグアに滅ぼされて、最後の1頁にならなきゃいいんだがねえ」
『――インドの方が、いまちょっときな臭いことになってるの』
 ラザロの皮肉は相手にせず、ユディトは急に話題を変えてきた。
「ほう? 唯一バグアの侵攻を免れたアジアの大国も、いよいよ危ないか」
『詳しい情報はまだ確認中よ。今すぐマドラスまで危険が及ぶとも思えないけど‥‥この際だから、万一に備えてそちらに本社機能を移転することに決まったの』
「L・Hに? そいつはまた、急な話だな」
『本当は前々から検討していた事よ。今の地球で一番安全な場所と言えば、やっぱり最高レベルの防衛体制を備えたそちらの人工島くらいしか考えられないから。もうUPC側の承諾も取り付けたわ』
「そいつは手回しのいいことで。‥‥で、俺にどうしろと?」
 さして興味もなさそうに、ラザロは尋ねた。
「移転」といっても、別に本社ビルがそのまま引っ越すわけではない。通常の業務データなら各国支社のサーバで共有しているし、一部の機密データや重要書類だけ密かに送れば、あとはユディト以下の本社幹部が高速移動艇でL・Hに来島するだけの話だ。
「そんなのは事務方の仕事だ。俺みたいな傭兵の出る幕じゃないだろ?」
『1つだけ、運んで欲しい貨物があるのよ。ちょっとかさばるコンテナでね‥‥こればかりは人目を忍んでこっそり、ってわけにいかないから』
「コンテナ? ‥‥まさかバグアの鹵獲兵器とか、その手のシロモノじゃないだろうな?」
 欧州攻防戦で苦戦の末に鹵獲したファームライドが、結局L・Hへのコンテナ輸送の途中で奪還されてしまった件は、ラザロの耳にも入っている。
 彼のかつての「同僚」であるシモンも搭乗しているというFRの存在に興味がないといえば嘘になるが、現在ラザロがSIVAから貸与されている初期型バイパーでは、遭遇した所で「恐怖」を楽しむ間もなく撃墜されるのがオチだろう。
『フフフ‥‥心配要らなくてよ。そんな物騒な品じゃないから。ただし我が社の業務を遂行するために、なくてはならないモノ‥‥』
 スピーカーを通して響く少女の声が、そのとき初めて、何か悪戯でも企むような年相応の笑いを含んだ。

●タイ〜バンコク空港
「どうやら、ここまでは無事に来られたが‥‥」
 燃料補給を受けるバイパーのコクピットから、ラザロは同じ空港の滑走路に駐機する巨大な軍用輸送機を見やった。
 4発のジェットエンジンを備えたその機体は、あのガリーニンほどでないにせよ、大型トレーラーくらいそのまま運べそうな巨人機である。実際、インド出発時に積み込まれた黒塗りのコンテナもそれくらいの大きさだった。中身が何かまでは知らないが。
 問題はこれから先だ。
 バンコクから離陸した後は東南アジア上空を横切り一路太平洋上のL・Hを目指すことになるが、途中バグア軍との競合地域を通過することになる。FRクラスの敵が現れる可能性は低いが、少なくとも小型HWや飛行キメラの襲撃は覚悟した方が良いだろう。
 護衛機はラザロのバイパーを含め、S−01が3機、岩龍が1機。いずれも正規軍払い下げの初期型KVで、低速の輸送機を守ってHWと戦うにはいかにも心許ない。
『Mr.ラザロ、補給完了しました。何時でも出発できますが?』
「いや‥‥ちょっと待ってろ」
 部下のS−01パイロットに待機を命じると、ラザロはKVを降りて空港ビルに向かった。
「やれやれ。傭兵が傭兵に依頼するのも妙な話だが‥‥まあ、社長のいう通りワームの相手は『専門家』に任せるのが一番だからな」

●参加者一覧

ゲック・W・カーン(ga0078
30歳・♂・GP
鷹見 仁(ga0232
17歳・♂・FT
榊 兵衛(ga0388
31歳・♂・PN
新条 拓那(ga1294
27歳・♂・PN
櫻小路・なでしこ(ga3607
18歳・♀・SN
飯島 修司(ga7951
36歳・♂・PN
ヤヨイ・T・カーディル(ga8532
25歳・♀・AA
田中 直人(gb2062
20歳・♂・HD

●リプレイ本文

 KV搭乗でL・Hを出発、片道4時間超の強行軍でバンコクへ到着した傭兵達は、SIVAが手配した現地のホテルに1泊して疲れを癒し、翌朝改めて空港へと集合した。

「一つの会社を移転させるとすれば、やっぱりこれ位の量になるのかな」
 滑走路上に駐機した超大型軍用輸送機。80年代に活躍した米国製「ギャラクシー」を改造したと思しき四発ジェット機を遠目に見やり、新条 拓那(ga1294)は驚きと不審を隠せなかった。
「‥‥中身は機械か何か? いずれにしろヤバいモノを運ぶ片棒担ぎは御免ですよ」
 SIVA側傭兵を代表して出迎えたラザロに対し、探りを入れるように問い質す。
「俺も中身は知らんがね。少なくとも兵器の類じゃないだろ? そんな危険物なら、そもそもL・Hへの輸送許可が下りるわけがないからな」
 その点は拓那達も出発前に確認済だ。依頼参加にあたり、念のためULTオペレータを通して調べて貰ったのだが「ULT、及びUPC本部も了承済み。島内持ち込みにあたっての諸手続きにも全く問題なし」との返答だった。
 ただし肝心の中身については、「依頼主様の社内機密に関わりますので‥‥」と口を濁されてしまったが。
 そして「自分も知らない」というラザロの言葉にも、偽りはなさそうだった。
「えっと、積荷は揺れなどの振動や衝撃の類は厳禁でしょうか? 大切に扱う事は勿論ですが、いざとなると多少は乱暴になる事もあるかと思いますので‥‥」
 櫻小路・なでしこ(ga3607)が尋ねる。
「それは問題ない。コンテナは2重構造になっていて、外壁は対戦車ミサイルの直撃にも耐えられる特殊装甲。内部は衝撃吸収構造で百m上空から落下させても中身が傷つかない様に設計されてるんだとさ」
「そこまでして守らなければならない貨物‥‥中身はいったい何なのでしょう‥‥」
 ヤヨイ・T・カーディル(ga8532)を始め、傭兵達の疑惑は益々深まった。
「まぁ、覗き屋は早死にすると申しますし。L・H到着までは何も申しますまい」
 トレードマークともいうべき顎髭を撫でつつ飯島 修司(ga7951)が苦笑する。
 その言葉通り、既にUPC側とも話がついているという以上、今さら彼ら傭兵が詮索しても始まるまい。
(「それにしても、わざわざ大仰に輸送するコレは何でしょうかね‥‥」)
 分解不可能な特殊な機械なのか? あるいは、別の重要な輸送物資をカモフラージュするための囮か――?
 コンテナ輸送といえば、先頃UPCで大規模に行われ、大きな犠牲を払った挙げ句失敗に終わった鹵獲FRの件があるだけに、つい傭兵達も穿った想像をしてしまう。。
「ともあれ、護衛任務を引き受けた以上、輸送機に傷一つ付ける訳にはいかないな。皆、万全を尽くして、任務を遂行することにしようか」
 榊兵衛(ga0388)が武道家らしく泰然とした口調で、仲間達に呼びかけた。
 他のSIVA社員に聞いたところでまともな答えは期待できないだろう――そう諦めた鷹見 仁(ga0232)は、とりあえず顔見知りのラザロに話しかける。
「よう、何かと縁があるようだな」
 軽く肩をすくめ、
「ま、あんたみたいなオッサンと縁があっても嬉しくもないがな」
「ご挨拶だな。そいつは、お仲間にも失礼じゃないかね?」
 ラザロは別に怒る様子もなく、自分とほぼ同年配のゲック・W・カーン(ga0078)の方に振り向きニタリと笑った。
「しかし、あんたの出自を知りながら手元に置くとは、余程の切れ者か、或いは節操無しか‥‥まぁ何にせよ、このまま手綱を握り続けていられたなら、それこそ『SIVAの女王』って所だな」
 つい最近も九州における別件の依頼でラザロとやり合ったゲックは、多少の皮肉を込めて言い返す。
「シバの女王か‥‥ふふん。そいつは、言い得て妙だな」
「そういえば、そのCEOの方はどの様にして来られるのでしょうか?」
 なでしこは自分とさして変わらない歳で大企業SIVAを経営する女社長、ユディト・ロックウォードの事がふと気になり、ラザロに質問した。
「さあ? 多分他の役員連中と一緒に高速移動艇で行くと思うが‥‥詳しい日取りについては社内でも機密扱いでね。俺みたいな傭兵風情はまるっきり蚊帳の外さ」
 そこまでいってから、ラザロはふと思い出したようにパイロットスーツのポケットから折りたたんだ紙を取り出した。
「見るかい? まあ、俺もまだ本人とは通信で話した事しかないがね」
 それはあるビジネス雑誌からの切り抜きで、傭兵派遣ビジネスで成長著しいSIVA経営者のロックウォード財閥を紹介した写真入り記事。前CEOヨゼフ、その他大勢の家族や親族と共に、まだ十代のあどけない少女が微笑んでいる。
「なかなか美人じゃないか?」
 ヒュウッ、と仁が口笛を吹く。
「どうせ護衛するなら、こんな可愛い女の子を乗せた飛行機の方がモチベーションも上がるんだがな」
「こいつは3年前の記事だよ。その翌年、メトロポリタンX陥落のとき避難中の所をキメラに襲われて‥‥彼女以外の一族は全員食い殺されたそうだ」
「‥‥」
 それを聞いて、傭兵達の間に気まずい沈黙が流れる。
 そのときラザロの持つ無線機から、輸送機出発の時間が来た旨を伝えた。
 ULT、SIVAそれぞれの傭兵達は各自の搭乗機へと向かう。
「配置が同じサイドですね。新条さん、よろしくお願いしますよ!」
 軍学校生徒のドラグーンであり、傭兵登録して日も浅い田中 直人(gb2062)が拓那と並んで走りながら、元気よく挨拶した。


 今回の依頼じたいは、ごくシンプルな輸送機護衛である。
 ただし民間の旅客機護衛と違い、SIVA所属のKV――ラザロ搭乗のバイパー、その他S−01等計5機――が自社輸送機の直衛につくため、ULT側のKV8機はさらにその前方及び左右両サイドでHWや飛行キメラの警戒に専念すれば良い。その意味では、普段より楽な任務といえる。
 問題は、バンコクからL・Hまで4千kmを超す長い行程だ。たとえば途中、どこか太平洋上の島にあるUPC空軍基地に降りて燃料補給するのも可能だが、依頼主のSIVA側が「一刻も早くL・Hに運びたい」という意向なので、傭兵側も常に自らの残り練力を意識しつつの長距離飛行が要求される。
「そういえばラザロさんと空で戦うのはこれが初めてかな? お手並み拝見‥‥には少し余裕は無いですけど、アテにしてますよ」
 拓那の通信に対し、苦笑するようなラザロの声が無線で答えた。
「しかし、俺のバイパーも今やすっかり旧世代機だしねえ。経理の連中がうるさくて、買い換えはおろかバージョンアップさえままならん」

 競合地帯のあるフィリピン上空を通過した直後。なでしこ機と共に輸送部隊の左サイドについていたヤヨイ搭乗の新鋭電子戦機・ウーフーのレーダーが、左前方から接近する複数の影を捉えた。
 友軍識別信号なし。僚機に警報を発し、間もなく視界に入ったそいつはKVよりひと回り大きな、翼竜を思わせる3匹の飛行キメラだった。
「ここ最近空に上がっては大軍が相手だったりFRに墜とされたり‥‥ろくな事が無かったからな。今回はつつがなく仕事を終えたいところだけど‥‥やっぱりそうはいかないか。おいでなすったよ!」
 相方からの贈り物。肌身離さず持ち歩いている御守りを無意識に片手で握りしめ、拓那は仲間達のKVと共に迎撃態勢を取った。
「敵影確認! これは私達で対応しますっ」
「大切なお客さんのお守りはお前さん方に任せた。俺たちは火の粉が降りかからないように、露払いをさせて貰うことにしよう」
 ヤヨイ、そして兵衛がSIVA側指揮官機であり、輸送機のすぐ真上に位置するラザロのバイパーに相次いで通信を送る
 まずはキメラ群が距離数百mまで接近した所で、各機が長射程のAAM、ロケット弾を発射。
 ヤヨイのウーフー、そしてSIVA側の岩龍により増幅されたECCM効果で命中を上げた遠距離兵器は吸い込まれるように敵キメラに命中、先頭の1匹がバラバラの肉片と化して爆散した。
 その爆煙をくぐり抜け、残り2匹のキメラがひるむ気配もなく突入してくる。編隊の中で一番目立つ大型輸送機を狙い、ブレス攻撃で墜としにかかるつもりだろう。
「行かせないっ」
 ヤヨイ機となでしこのアンジェリカが各々Sライフル、Sレーザーで狙撃。直人の翔幻は機体特能の幻霧発生装置を起動、輸送機を含む友軍機の回避を向上させる。
 兵衛の雷電はキメラの1匹に対しG放電を放ち、さらにUK−10AAMで翼竜のどてっ腹に風穴を開けたところで、一気に間合いを詰めヘビーガトリングで息の根を止めた。
 彼の重武装KVにとっては少々物足りぬ相手である。
 編隊の先導役として前方正面に位置していた仁のディアブロは、ブーストをかけて最後の1匹を目指して肉迫。しばらくは輸送機に近づけぬよう回避と牽制に専念し、後続の友軍機が到着するのを待ってからソードウィングですれ違い様にキメラを斬撃。
 片翼の一部を斬り飛ばされた翼竜は悲鳴を上げて大きくバランスを崩し、そこへ修司のディアブロがレーザーと試作リニア砲でとどめを刺す。
 3匹の超大型キメラは輸送機に近づくことすらできず全滅した。
 ヤヨイはウーフーのレーダーで周囲を索敵したが、敵の増援は見あたらない。
 キメラ達は特にコンテナを狙ったわけでなく、人類側の航空機を獲物として常時この空域を飛び回る、いわば空のトラップといった存在のようだ。

 その後、輸送編隊は2度ほど同種の飛行キメラから襲撃を受けたが、いずれも敵の数が2、3匹と少なかったため、さほど練力を消費することなくミサイルや近接兵器で撃破した。事前に予想されたHWによる攻撃はない。
 東南アジア上空を抜け太平洋に入ると、バグア側の襲撃はそれきり鳴りを潜めた。
 水中用タートルワームによる対空砲火に備え、修司機は高度を下げて海上を警戒したが、こちらも静かなものだ。時折、メガロワームらしき巨大な影が海面下を泳ぐ姿を目撃する程度だった。
「‥‥静かですね」
 ふと、なでしこは声に出した。何事も起こらないなら、それに越したことはない。
 だが傭兵達にとってそれは、却って「嵐の前の静けさ」とでもいうべき不気味な印象を与えた。
 先頃、中東方面へ派遣された偵察隊が遭遇したシェイドとFR。
 そして今回、マドラスに本社を構えていたSIVAの唐突な移転――。
(「‥‥インド方面で何か起こりつつあるとの事でしょうか?」)


 その日の午後、輸送編隊は予定通りL・Hの空軍基地へと到着した。
 滑走路脇にはまるで装甲車のようなSIVAの巨大トレーラー、さらに武装した警備兵を含む多数のSIVA社員達が待ち受けていた。
 無事に任務を終えた傭兵達には、これ以上特にやる事もない。
 KVから降り、ラザロを始めSIVA側パイロット達と共に缶コーヒーなど飲みながら、輸送機から降ろされた黒塗りの巨大コンテナがトレーラーへと積み込まれていく作業を遠目に見守るばかりだった。
「ご大層な事だ。他人には見せられない、社長さんの私物でも詰まっているのかも知れないな」
 冗談めかした口調で、兵衛がいう。
「幾ら各地で傭兵が必要とされているとはいえ、おたくの様な新規の業者へそう簡単に仕事が来るとは思えない」
 ふいに、ゲックは以前から気になっていた疑問をラザロにぶつけてみた。
「脛に傷持つあんたを引き取った事と言い、ULTやUPCが表沙汰にできない『裏の仕事』を請け負う事が、あんた方SIVAの本当の役割じゃないか? そして今回運んだ荷も、その関係資料じゃないのか?」
「さてねえ? 俺は社員といっても、一介の傭兵にすぎんしな」
「ま、単なる当て推量だ。忘れてくれ‥‥もっとも、単純にULTのやる事全てが正しいだなんて、諸手を挙げて信じてる訳でもないがね」
「‥‥中身を、知りたいかい?」
 ラザロは突然ニッと笑い、改めて傭兵達を見回した。
 ゲックを始め、傭兵達はやや戸惑い気味に顔を見合わせた。
 もちろん興味はあるが、SIVAという企業の体質からして、まず自社の機密をよそ者に明かすとは思えなかったからだ。
「何なら俺が掛け合ってみようか? ‥‥いや実をいえば、俺自身もあの筺の中身を知りたくてウズウズしてたのさ」

 ラザロに引率されるようにして、傭兵達は出発を控えたトレーラーの側へと移動した。
「何だと? これは我が社の最高機密だ。君ら傭兵部門の人間が知る必要などない。ましてや、彼らは『部外者』じゃないか」
 高級スーツに身を包み、作業を監督していたSIVAの重役が、露骨に胡散臭そうな目で能力者達を睨んだ。
「まあ、そういうなよ。俺たちは命がけでインドからあのコンテナを護衛して来たんだぜ? ちょっと中を覗く権利くらいあるだろう」
「しつこいぞ! たかが傭兵風情が――」
 そのとき、重役の胸ポケットの中で携帯が鳴った。
「私だ。‥‥しゃ、社長!? こ、これは失礼致しました」
 それまでの傲慢さが嘘の様な低姿勢で、重役は電話の相手と会話を交わした。
「はい。はい。‥‥ええっ!? いや、しかしそれは‥‥‥‥いえ、畏まりました」
 何故か忌々しそうに携帯を切ると、
「特別のご配慮だ――5分間だけコンテナの見学を許すと‥‥ユディト社長からの許可が下りた」
「妙ですね。その社長さん‥‥どこで俺達の話を聞いてたんでしょうか?」
 不思議そうな顔で、直人が隣の拓那にそっと耳打ちした。

 トレーラーの後部ドアから乗り込むと、鋼鉄製シェルターの様なコンテナの一部が、音もなくスライドして開いた。
『どうもご苦労様。入って頂戴』
 どこからともなくスピーカーで響く、若い女性の声。
 ラザロを含め、計9名の能力者達は内部に踏み込むなり、驚きに目を見張った。
 コンテナの中身は、その大半が予想通り精密機械。ただしそれは兵器でも、ビジネス用のサーバでもない。
 青白い蛍光灯の下、数名の医師達が黙々と装置をチェックしている。
 まるで大病院のICUそのままに、数々の生命維持装置と人工臓器の群れから無数のチューブが伸びる、その中央で――。
 介護用ベッドの上に、トルソーの様な少女が寝かされていた。
「こんな格好でごめんなさいね。‥‥でも、私は此所にいないと生きられない体なの」
 言葉を失った傭兵達を前に、ベッドの床がゆっくりスイングし、上半身を起こしたユディトがうっすら笑った。
 傭兵派遣会社「SIVA」総帥。キメラの襲撃で滅ぼされたロックウォード財閥、最後の生存者――。
 傭兵達が遙々バンコクから運んでいたのは、「彼女」の肉体そのものだった。

<了>