●リプレイ本文
●第1楽章
「タランテラ」殲滅のため九州・佐世保基地に招集された傭兵達が、敵ワーム出現の報告を待ちつつはや3日目になろうとしていた。
今回の標的はバグアの新型、しかもどうやら実戦テスト中の試作ワームらしいというUPC軍の松本・権座(gz0088)少佐からの情報に、パイロット待機所に詰める傭兵達の反応も様々である。
「ただでさえ手が付けられない敵がいるのに新型まで開発しますか‥‥嫌な話ですね」
と嘆息するのはリディス(
ga0022)。
能力者達の実戦経験とKV性能のレベル向上に伴い、従来型の小型HWなどは以前に比べてさほど怖ろしい敵ではなくなりつつある。とはいえ、シェイドやステアー、FRなど敵エースが操る上位機種に対しては未だに決定的な対抗策は見いだせず、さらにあの厄介なCWに対しては「見つけ次第真っ先に墜とす」という手段しかないのが現状だ。
今怖ろしいのは、バグア側が新たに高性能の量産型ワームを繰り出してくることだろう。それは戦力比3:1で小型HWに苦戦していた、あの名古屋防衛戦の頃に逆戻りするのも同然である。
「実験機か‥‥量産された時のために情報収集させてもらうかね」
宙を見据え、じっと思案するような面持ちで緋沼 京夜(
ga6138)が呟いた。
「敵も味方も新型機ラッシュ、ですか‥‥友軍と言えども、あまりホイホイ出されるのも懐事情が厳しい傭兵風情には辛いところなんですがね」
と、全然別の理由で苦笑するのは飯島 修司(
ga7951)。
「――とは言え、話に聞くような悪趣味な機体は量産されると精神的に痛いので、今回の結果を踏まえてバグア側のコンペから早々に退場して頂くよう、頑張りますか」
「巨大な蜘蛛ですか‥‥ちょっと苦手かも‥‥」
「蜘蛛は俺のパーソナルイメージ‥‥同じ蜘蛛なら負けるわけにはいかない。例え新機体相手だとしてもな」
夕凪 春花(
ga3152)や雑賀 幸輔(
ga6073)がいう通り、偵察写真で確認されている敵ワームの陸戦形態は大蜘蛛を思わせる8本足の多脚戦車であり、「タランテラ」もそれにちなんでUPC側がつけた呼称である。
元楽士で「楽器フェチ」を自認する智久 百合歌(
ga4980)としては、その点が非常に気に入らなかった。
「タランテラ、ね‥‥音楽やってる人間に喧嘩売ってるわね、軍上層部は」
そもそも「タランテラ」とは音楽用語、すなわちテンポの速いイタリア舞曲の一種である。その名の由来には伝説の毒蜘蛛(オオツチグモ科の別称でもある)「タランチュラ」も多少関わっているのであながち無関係でもないのだが、このコードネームを決めた当の軍幹部がそこまで知っていたかは定かでない。
「本物のタランテラ――KVでの舞の旋律、見せてあげるわ」
その一方で、鈍名 レイジ(
ga8428)は、
「俺はKV乗りとしては未熟だ。同じ回避特化の機体乗りである雑賀さん、リディスさんの動きを見て学んでおきたいぜ」
と出撃を心待ちにしている。
そのとき待機所のインターホンが鳴り、司令室の松本少佐から緊急連絡が入った。
『総員、直ちにスクランブル! 伊万里上空に、例の蜘蛛野郎が出やがった!』
●第2楽章
「これ以上、悪い宇宙人に兵隊さん達やみんなを、傷つけさせはしないもん!」
航空基地として佐世保港に繋留された大型空母のデッキから、潮彩 ろまん(
ga3425)の雷電が4連バーニアを吹かして飛翔する。
同様にして緊急発進した10機のKV編隊が佐世保から目と鼻の先にある伊万里上空へ到達するまで、それこそものの2分もかからない。
UPC軍から連絡のあった現場上空に到着したとき、傭兵達の目に映ったのは眼下の大地に墜落して燃え上がる岩龍改、そしてその真上で彼らを待ち受けるように悠然と回転する黒い飛行物体だった。
大きさは中型HWくらいだが、形状は凹凸の少ない、より真円に近い文字通りの「空飛ぶ円盤」である。
と同時に、欧州攻防戦以来すっかりお馴染みとなった例の頭痛が、激しい電子ジャミングと共に能力者達に襲いかかった。
敵側も、既にKV部隊による迎撃は予想していたのであろう。さらに高々度から青白い立方型の物体――8機のCWが、小型HW5機と共に降下してくる。
「‥‥ッ――相変わらず酷いですね‥‥早く片付けましょう」
怪音波による精神攻撃を気力ではね除けつつ、リヒト・グラオベン(
ga2826)がディアブロの翼をバンクさせた。それを合図に、傭兵達は当初の打ち合わせに従い各々の戦闘配置に付く。
対CW班:アンタレス
リヒト、幸輔、葵 宙華(
ga4067)
対HW班:サジタリウス
リディス、春花、百合歌、修司、レイジ
対タランテラ班:レーヴェ
ろまん、京夜
最終目的はむろんタランテラ殲滅だが、まず優先すべきはCWの撃墜だ。奴らが1個でも空に浮いている限り、傭兵達のKVは本来の機体性能を何割も引き下げられた状態で戦わなければならないのだから。
「アンタレス1より各機へ。CW掃討を開始する!」
同隊隊長機を務める宙華が、ワイバーンの操縦席から僚機にハンドサインを送った。
対CW戦の基本はロングレンジからの狙撃による早期殲滅だ。ただしレーダー誘導式のAAMは殆ど役に立たないので、Sライフル、ロケット弾、長距離バルカンなどによる直接照準射撃がメインとなる。
妨害してくるHWはサジタリウス班5機に任せ、宙華は歯を食いしばって怪音波に耐えつつ、84mmロケットランチャーの発射ボタンを押した。
(「葵‥‥墜ちるときは一緒だ。‥‥墜ちやしないけど」)
相方の身を気遣いつつ、幸輔もまた射程に入ったCWからSライフルRで狙撃していく。距離が詰まってきたら即座にガトリング砲による弾幕に切替えだ。
「まずは、脇役から舞台を降りてもらうとしよう‥‥!」
「アンタレス3、白狼‥‥吶喊します!」
やはりSライフルRによる遠距離狙撃を続けていたリヒトは、宙華と幸輔の砲火の合間を縫ってブーストをかけ肉迫、リロードの不用の武骨な135mm対戦車砲を弾が尽きるまで撃ちまくった。
時を同じくして、サジタリウス班もHWとの交戦に入っていた。降下する敵機を下方から迎撃する形となったため、必然的に状況は距離を詰めての挌闘戦となる。
隊長機のリディスは敵HWを目視できる範囲で左から1〜5とナンバリングし、各機が1対1で対応できるようサインを送った。CWのジャミング下で通信不能だが、互いの距離が近い分ハンドサインやアイコンタクトで辛うじて連携は可能だ。
ディスタンの防御性能を活かし、CWが全滅するまでは無理な攻撃は控え足止めに専念する。
機動性に優れた百合歌のワイバーンは編隊から一番離れたHWを相手に選んだ。
「サジタリアス3、HXアプローチ‥‥って、CWで聞こえないか」
背後を取られぬようブレイクやロールを駆使しつつ、ヘビーガトリングの弾幕でHWの行動を阻止。
「‥‥く、頭痛が何っ! 心の傷がよほど痛いわよ、根性で行くっ!」
ひたすらまとわりつき、他機へ向かうのを妨害する。
「こっから先は度胸勝負だ! ‥‥ブチ抜くぜ!」
足は遅いながらも機体強化で並外れた回避を誇るレイジのディスタンも、機体スキルで守りを固めつつ編隊中央のHWに食らいついてソードウィングによる近接戦を挑んだ。
「行こう京夜さん、ボク達ここに有りって見せつけてやろうよ!」
タランテラ対応班のレーヴェ隊、ろまん機と京夜機は空陸に分かれて行動した。
タートルワームのプロトン砲と同じく地対空攻撃の可能なP−120mm対空砲を装備するろまんは陸戦形態で着陸するなり、上空の黒い円盤を狙い対空砲撃を開始した。
「亀ロボの対空砲火嫌だったもん、絶対彼奴だって嫌がるよ」
慣性制御を使い地上からの砲撃を避けるタランテラに対し、空から接近した京夜のディアブロが様子見の20mmバルカンで牽制を図る。
そのとき、タランテラののっぺりした機体の一部から砲塔のような突起がせり出し、何かカプセル状の物体を射出した。
「――しまっ!」
慌てて回避を図る京夜機の手前でカプセルが弾け、白い霧が煙幕のように広がる。バルカンによる迎撃を試みたが、砲弾をすり抜けた「霧」はディアブロ全体を包み込み、粘着性の細い網となって絡みついてきた。
京夜機の動きが何割か落ちる。幸い元々の回避が高かったので、続いて撃ち込まれてきたプロトン砲の直撃は避けることができた。
敵機の特殊性能、スパイダーネットは一度狙われると回避は困難。ただし全く身動きが取れぬほどの効果はないようだ。
続いてレイジのディスタンに向けて蜘蛛の網が放たれた。どうやら、高回避の機体を優先的に狙い、動きを封じるのが敵ワームの手口らしい。
「この程度で‥‥止まってやるかよ!」
動きは鈍ったといえ、通常の小型HWあたりとならまだまだ渡り合えると踏んだレイジは臆することなく戦闘を続行する。
そのとき、ふいに能力者達を悩ませていた頭痛が嘘のように治まった。
CW攻撃に専念していたアンタレス班が、ついに電子戦ワームの掃討に成功したのだ。
岩龍を同行していないため福岡方面からの電子ジャミングは相変わらずだが、ノイズに混じりながらも辛うじて回線が復旧し、これで形勢は遙かにKV側有利に傾いた。
それと前後して、サジタリウス班と交戦していたHW3機も相次いで墜落、地上で爆散する。
それまで単なる円盤形だったタランテラの機体から8本の長い「脚」が伸び、生き残りのHW2機を伴い高度を下げ始めた。
戦場は地上へと移り変わった。
●第3楽章
CW殲滅後、敵の空中逃亡を防ぐため上空待機する宙華機を除き、KV部隊も全機地上降下し陸戦形態へと変形した。
8本の脚を器用に操り、それこそ蜘蛛のごとく素早く移動しながらスパイダーネットを発射し続けるタランテラはひとまず後回しとし、傭兵達は高度10mくらいに留まりプロトン砲、フェザー砲を乱射するHWに攻撃を集中した。
変形機構こそないものの、慣性制御により超低空を戦車同様に行動できるHWは、むしろ空で戦うより厄介な敵だ。
リヒトは友軍機に絡みついたスパイダーネットをヒートディフェンダーで焼き切ろうとしたが、それこそ蜘蛛の糸の様に細くべったり張り付いたネットは、巨大なKV用の剣では思うように切断できない。
「切る‥‥というより、剥がす手段を考えた方がよかったですね」
「新型なら兎も角、散々戦いなれたものに梃子摺るわけにはいかないな!」
地を這うように移動しつつ淡紅色の光線を放つHWに対し、リディスがハイ・ディフェンダーの斬撃を叩き込み1機を仕留める。
リディス機の指示を受けた修司のディアブロは、バルカンの弾幕で最後のHWの機動を抑え、G放電装置で足止めした所でAフォース&試作リニア砲で撃破した。
「‥‥以上、狙撃までの七手詰め。と言ったところでしょうか」
残る敵はただ1機――タランテラ。
完全に包囲されたことを悟ったか、戸惑うように蠢きながらも白い糸を吐く蜘蛛型ワームに向けて、ろまんは3連装のP−115mm滑空砲を立て続けに浴びせた。
「電ちゃんの大砲は、伊達じゃないもん!」
奇襲攻撃、あるいは他のHWと連携してこそ威力を発揮するスパイダーネットも、周囲を敵に囲まれては兵器として効果半減だ。タランテラは機械的な唸り声を上げ、攻撃手段をプロトン砲に切替えた。
「円舞タランテラの始まりよ?」
ワイバーンを4足形態に変形させた百合歌はイタリア舞曲の旋律を口ずさみつつ、Mブーストを駆使してソードウィングで右回り、左回りと優雅に斬りつける。
ナイチンゲールのレーザー砲で中距離支援をメインに戦っていた春花は、仲間の攻撃が集中しタランテラの動きに隙が生じた所を見計らい、
「脚の一本くらいはっ!」
すかさずハイマニューバで間合いを詰め、ディフェンダーでなぎ払った。
節足の1本を損傷し、ガクリと傾いた敵ワームに対し、
「倒れるまで踊りなさい? ‥‥それがタランテラのステップよ」
死にものぐるいで放たれるフェザー砲を左右へのサイドステップで回避しつつ、百合歌が剣翼とリニア砲で容赦なく追い打ちをかける。
「京夜さん、今だっ‥‥メカニックスイッチ・オン、ハンマーボールコンビネーション!」
ろまんの合図と共に、レーヴェ隊2機はタイミングを合わせ、各々反対方向から機体スキル併用でハンマーボールを振り下ろした。
「トドメだ――SESフルドライブ!」
グシャアッ! 鈍い音と共にタランテラの円形のボディが大きくひしゃげ、機体の各部からシュウシュウと白煙が噴き出す。
「自爆するぞ――みんな待避しろ!」
KV各機はディフェンダー等で身を護りつつ後退。
その数秒後――轟音を上げてワームは爆発し、後には欠片も残さず直径十数mのクレーターが残った。
「目標の消失を確認。カーテンコール‥‥作戦終了だ」
地上戦の最中、主にネットに絡まれた味方機の盾役となりガトリング砲の援護射撃を務めていた幸輔が、未だ硝煙のたなびく砲身を下ろしつつ呟く。
あえない最後を遂げた戦場の毒蜘蛛――それがAI制御の無人機か、それとも有人のエース機かは謎のままに終わった。
「もし、あの機体にエースが乗っていたとしたら‥‥。やはり、一番の強敵は人の力ですか」
憮然としてリヒトが呟く。彼には、最後の瞬間に見せたタランテラの狼狽したような動きに、どこか人の怯えに通じるものが感じられてならなかった。
地上の幸輔から敵ワーム殲滅の報せを受けた後も、宙華は油断なく戦場の上空を飛行していた。
(「奴がバグアの試作ワームなら‥‥必ず、近くにモニター機がいるはず」)
果たして「そいつ」はいた。
地上から遠く離れた高々度。全長20m近いその機影は、おそらく中型ワーム。
「――逃がすかっ!」
宙華はすかさず短距離型AAMを発射したが、惜しくも慣性制御でかわされ、そのままM6の超音速で福岡方面に逃げ切られてしまった。
悔しげに空を睨む宙華の目に、黒いHWに毒々しく咲いた紅薔薇のエンブレムだけが残像となって焼き付いていた。
「あ〜あ、負けちゃった。あんなんじゃとても量産化できないなぁ」
戦闘データを記録していた中型HWの機内で、長い黒髪を大きな赤いリボンで留めた幼い少女が、呑気にアイスキャンデーを舐めながらぼやいていた。
「‥‥まぁ、いいわ。次のコマはもう用意してあるし♪」
食べ終えたバーを放り捨てると、少女は薄笑いを浮かべながら操縦桿を握り直し、眼下に広がるバグア軍春日基地へと着陸態勢に入った。
<了>