タイトル:密林の戦士マスター:対馬正治

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/08/16 17:00

●オープニング本文


●東南アジア某所〜密林地帯
「ULTの傭兵はまだ来ないのか‥‥!?」
「1時間前に電話したんだが‥‥あれから何度かけ直しても、全然通じないんだ」
 ジャングルに囲まれるようにして、いくらかの畑や民家が集まった小さな村。
 村では一番大きな村長の屋敷に避難し、数十名の村人達が、恐怖に震えて窓から外の様子をうかがっていた。
 密林の奥から、体長約5m、虎に似た怪物が4匹、のっそりと姿を現わし、獲物を求めるかのように村中央の広場を歩き回っている。
 それは「サーベルタイガー」と呼ばれる大型キメラだったが、TVはおろかラジオの電波さえろくに届かない村民達は、むろんそんな事まで知らない。
 ただ突然のキメラ出現に仰天し、唯一国際電話の通じる村長宅に命からがら逃げ込んだだけなのだから。
「うわあ! 奴らこっちに向かってきやがった‥‥もうダメだ!」
 女達は悲鳴を押し殺して幼い子らを抱き締め、男達は決死の覚悟で猟銃や山刀を取り上げる。むろん、そんな武器が通用する相手ではないが。

 そして、数分後――。

「‥‥おかしいな? 奴ら、まだ来ないのか?」
 村人の1人が恐る恐る窓を覗くと、今にも屋敷を襲おうとしていたキメラ達の姿が、煙のごとく消えている。
 代わってそこに立っていたのは、身の丈2mはあろうかという、精悍な黒人の若者。
 片手に1本の槍を携え、まるでアフリカの狩猟民のような赤いマントを体に巻き付けている。顔には、呪術師を思わせる刺青を施していた。
「だ、誰だ?」
「さあ‥‥電話で呼んだ傭兵かな?」
「でも、たった1人だぞ‥‥?」
 わけもわからぬまま、何名かの男達が勇気を振り絞って外に出た。
 そこで、彼らは信じ難い光景を目にする。
 4匹のキメラが、まるで借りてきた猫のごとく、広場の隅に蹲っていた。
 若者が赤い瞳でジロっと睨むと、キメラ達は怯えたような唸り声を上げ、益々身を竦めた。
「す、すげえ! あれが『能力者』ってヤツか‥‥?」
 村人達は感嘆の声を上げ、若者を取り囲んだ。
「ど、どうも、遠い所からわざわざ――」
「‥‥」
 若者は村人達の感謝の言葉には耳を貸さず、むっつりと不機嫌そうな顔で口を開いた。
「――おい」
「は、はい?」
「俺は腹が減った。ここに食い物はあるか?」

 村長の屋敷の中。村人達が大慌てで準備した肉や野菜の料理を、若者は手づかみでガツガツと食らっている。図体がでかいだけに、その食欲もハンパではない。
 ただし食事中でも決して槍を身辺から手放さないあたり、やはり常日頃修練を積んだ生粋の戦士なのだろう。
「あの、これは些少ですが‥‥」
 村人からのカンパでかき集めたなけなしの報酬を、村長自らおずおず差し出すと、若者は怪訝そうな顔で村長を睨んだ。
「そんなモノいらん。俺は、メシが食いたかっただけだ」
「はあ‥‥?」
 やがて空腹が満たされたのか、
「ご馳走になったな。――では、俺は帰る」
 そういうなり、若者は槍を取って席を立った。
「え? あの、ちょっと‥‥キメラは退治して頂けないんで?」
「キメラ? ああ、『赤い月の魔神』の獣か。あいつらには、手出ししないように言われている。いかな俺でも、魔神の言いつけには逆らえん」
「???」
 まるで話が通じない。
 ろくに外部のニュースも届かないこの村の住民は「ゾディアック」という単語も「ダム・ダル」という名前も知らない。ただ、この若者がここから立ち去ると、今は大人しくしているキメラどもがたちまち凶暴な本性を露わにするであろうことだけは、何となく想像がついた。
「あ、あの〜‥‥折角ですから、もう少しごゆっくりなさっては? お料理の方も、まだまだ沢山ございますし‥‥」
「いや、もう満腹だ。それに、俺もそうのんびりしてられん」
「いいえ! そういわずに!」
 村人達も必死である。
「――あ、そうだ! とっておきの果実酒がございます! しょ、食後の口直しに、如何でしょうか!?」
「‥‥酒か‥‥」
 相変わらず不機嫌そうにむっつりした顔つきで、それでも若者は少し思案するように村長を見下ろした。

●同刻、村の上空
「バグアのジャミングがひどくて、到着が遅れちゃったわね。村が無事だといいんだけど‥‥」
 高速移動艇に乗り組んだ傭兵の1人が、心配そうに呟いた。
「敵は大型キメラが4匹か‥‥やれやれ、KVが使えりゃ楽なんですけどね」
「ぼやくな。KVは対ワーム用の貴重な戦力だから、並みのキメラ退治程度じゃなかなか使用許可が下りねえんだよ」
 ベテラン傭兵の1人が、そういって新兵に釘を刺す。
 間もなく目的地が近づき、傭兵達は戦闘に備え各自の装備を改めて点検した。
 だがそんな彼らも、これから行く先でよりによってあの男――ゾディアックのダム・ダルに遭遇するはめになるとは、まだ夢にも考えていなかった。

●参加者一覧

煉条トヲイ(ga0236
21歳・♂・AA
鯨井昼寝(ga0488
23歳・♀・PN
須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
セラ・インフィールド(ga1889
23歳・♂・AA
緋室 神音(ga3576
18歳・♀・FT
カルマ・シュタット(ga6302
24歳・♂・AA
周防 誠(ga7131
28歳・♂・JG
夏目 リョウ(gb2267
16歳・♂・HD

●リプレイ本文

「キメラに襲撃されている最中だと言うのに、不自然な程に静かだな‥‥一体、何が起こっている?」
 現場近くの空き地に着陸させた移動艇から一歩外に出たとき、煉条トヲイ(ga0236)は予想外の静寂に、却って不審を覚えた。
「まだ村は無事なんですね? よかった‥‥」
 到着が遅れたことで村人の安否を気遣っていたカルマ・シュタット(ga6302)が、ほっとしたように胸をなで下ろす。
「無事といっていいのか‥‥まあ見てみろ」
 少し離れた場所から村内の様子を双眼鏡でうかがったトヲイは、仲間の傭兵達にも双眼鏡を回す。
 彼らの視界に入ったのは奇妙な光景だった。
 村の中央にある広場の片隅に、ULTからの連絡通り獣型の大型キメラ4匹が、固まるようにして蹲っている。
「思った通りサーベルタイガー‥‥でも、あいつら何やってるのかしら? 村を襲っているようにも見えないし」
 双眼鏡を覗いた鯨井昼寝(ga0488)もまた、訝しげに首を傾げた。
「判りませんね。ともあれ、村へ行って詳しい状況を確認しましょう」
 セラ・インフィールド(ga1889)の提案を受け、傭兵達は各々油断なく武器を構え、村への移動を開始した。
 そのうちの1人、夏目 リョウ(gb2267)は近く開設される軍学校に入学予定の新規クラス「ドラグーン」であり、キメラとの実戦は今回が初体験である。
 彼の装備するAU−KV「リンドヴルム」はドラグーンのみが使用できるUPCの新兵器。戦闘時には全身を包み込みいわゆる「パワードスーツ」の機能を果たす他、通常時はバイク形態で移動の足ともなる。
 ただし今回はエンジン音をキメラに悟られないよう、最初から全身に装着する形でリョウは先任傭兵達の後に続いた。

 村の中へ踏み込んだとき、傭兵達の姿に気づいたサーベルタイガーは警戒するような唸りを上げたが、襲ってはこない。あたかも、何か見えない力が彼らを縛り付けているかのように。
「何か強大な『力』が働いている感じがする‥‥これは――この感じは一体何なんだ‥‥?」
 予想もしなかった状況に、トヲイが戸惑いを深めた。
 先制攻撃には絶好のチャンスだが、敵は大型キメラが4匹。初撃で仕留められず乱戦になった場合、確実に村へも被害が及ぶ。
「今は民間人の安全が最優先ね」
 周囲を見回しながら、緋室 神音(ga3576)が意見を述べた。
 もし村内に逃げ遅れた住民が居るなら、まずは安全な場所に避難させなければならない。予めULTから提供された情報から判断して、避難場所として使えそうなのは、この近くにあるはずの村長の屋敷ということになるが――。
 そのとき、件の村長宅の方角から人々のざわめきが聞こえた。
 どういうわけか「キメラに襲われて避難中」のはずの村人達が、村長宅の庭先に敷かれたゴザの上で輪になって座り、ひっそりと酒宴を催している。
 その中心で胡座をかいて酒を飲んでいるのは、まだ若い筋骨隆々の大男だった。
 黒光りする肌の色から見て、この村の人間ではない。何より目を引くのは、その顔に刻まれた呪術師風の刺青だった。
(「あいつは‥‥!」)
 傭兵達のうち、何人かは「彼」の顔を知っていた。
 ある者はUPCが公表した手配書で。またある者は自ら戦場で。

 バグア軍エース部隊「ゾディアック」の1人、ダム・ダル。

「‥‥なんでコイツがここにいるんだ?」
 須佐 武流(ga1461)の口から掠れた声がもれる。
 逆にダム・ダルの事を知らない昼寝やリョウは、状況が把握できずきょとんとしていたが。
 村人が恭しく注ぐ酒を杯に受け、ダム・ダルはグイっとひと息で飲み干す。なかなかの飲みっぷりだ。その顔はむっつりと押し黙っているが、すぐ近くで村の子供が恐る恐る見上げる姿に気づくと、手招きして肴の果物や干し肉を分けてやったりしていた。
 ――少なくとも村の人間を脅しているとか、そういう風には見えない。
 困惑しつつ傭兵達が歩み寄ると、相手の方が先に気づいたようだ。
「‥‥」
 酒杯を置き、胡座をかいたまま手元の槍を握りしめるダム・ダル。
「あのう、あなた方は‥‥?」
 村長らしき老人が立ち上がり、怪訝そうに尋ねてきた。
「俺たちはULTの傭兵だ。この村にキメラが出現したと通報があったので、派遣されてきた」
「え? そ、それでは、あちらの御仁は‥‥?」
 トヲイの説明を聞いた村長は、驚いたようにダム・ダルの方を見やった。
「ああ、『彼』も仲間の傭兵です。その、本隊の出発が遅れたので‥‥先に行って様子を見るよう頼んでいたのです」
 咄嗟に周防 誠(ga7131)が言いつくろった。
 もし事実を知った村人が混乱してダム・ダルを怒らせるような行為に及べば、惨劇となるのは目に見えている。ともかく向こうが村人を傷つけない限りは「現状維持」が望ましいと判断したからだ。
「では、これからキメラ殲滅を実施します。危険ですので、皆さんは建物の中に避難してください」
 神音が呼びかけ、村人達を村長の屋敷へと誘導した。そのとき持参した霧吹き器とスブロフの瓶を村長に渡し、
「いざとなったら、これをキメラの顔にかけてください。奴らの嗅覚は敏感なので、ひるませる程度の効果はあるでしょう」

 間もなく人々は村長宅へと姿を消し、その場にいるのは8人の傭兵、そしてダム・ダル1人だけとなった。
「まさかこんな場所でお会い出来るとは思いませんでした。貴方は私のことなど覚えていないでしょうが‥‥」
 セラは過去戦場で相見えたバグアのエースに対し、改めて名乗った。同じく誠の場合はこれで3度目の遭遇ということになる。
 もっともこれまではお互いKVとFRに搭乗しての機体戦。こうして直に対面するのは2人にとっても初めてであったが。
「‥‥」
 ダム・ダルは答えない。深い湖のごとく澄んだ紅い瞳で、無言のまま能力者達を見上げている。
「お前、一体何しここへ来たんだ?」
 単刀直入に問い質したのは武流だった。
「見たところ、あのキメラどもを放ったようには見えんし‥‥」
「俺は腹が減ったからここに寄っただけだ。あの獣たちの事は、知らん」
 初めて男が口を開いた。
「――で、おまえたちの目当てはどっちだ?」
 傭兵達の背筋に、一瞬戦慄が走る。奴は、こちらがUPC側の能力者である事をとうに見抜いていたのだ。
「俺たちの任務は、あのキメラどもの殲滅だ。もし、おまえが村に手出しをしないというなら‥‥今、おまえと戦う理由はない」
「そうか」
 トヲイの返答を聞いたダム・ダルは槍を降ろし、再び手酌で飲み始めた。
「なら、戦士としての務めを果たすがいい」

 ともあれ、ダム・ダルはこの戦いに関与しない――そう判断した傭兵達は再び村の広場に居座った大型キメラに向き直った。このまま攻撃を仕掛けるのも手だが、やはり村内で戦闘になるのはまずい。
「俺が奴らを挑発して、村の外に誘き出します。そこでケリをつけましょう!」
 自ら囮役を志願したリョウが、体に装着していたリンドヴゥルムをバイク形態に変形させた。
「そこでご飯食べてる人、暫く村の人達や村長さんを頼む!」
 ダム・ダルの事を知らない彼は酒を飲む黒人青年にそう叫ぶなり、AU−KVのエンジンを吹かして走り始めた。
 サーベルタイガーの1匹に不意打ちでタイヤのアタックをかけると、キメラどもは怒ったように吠え、密林の方角へ走り去るリンドヴゥルムを追って次々と村の外へと出て行く。
 他の傭兵達も、その時には既に行動を起こしていた。

 密林で本格的な対キメラ戦に入った傭兵達の作戦は、まず初手の集中攻撃で早めに1匹を倒す事だった。
「群を成して行動するってことは、敵には集団で狩りをする習性があるようね」
 昼寝はそう推測した。それはそれで恐るべき相手だが、だからこそつけいる隙もある。
 チームで狩りをする獣は、基本的に余程の小物相手でない限り、その中で役割分担が行われるケースが多い。具体的には1匹もしくは少数が追い立て、捕獲役を務め、残りが捕らえた獲物を包囲して一斉に襲いかかる。
 それを逆手に取り、追い込み役として突っ込んできた個体から先に片付けよう――という戦略である。
 案の定、サーベルタイガー4匹のうち3匹は素早く密林に姿を隠し、残った1匹がリョウを捕らえるべく大きく跳躍した。
 その寸前、リョウはジャンプさせたAU−KVを空中で緊急変形、再び全身装着していた。
「行くぞ烈火、武装変!」
 着地と同時に、スキル竜の翼・爪・瞳を同時発動。長大な紅い槍斧・インサージェントを振い真っ向から大型キメラに挑みかかる。
 渾身の一撃は剣歯虎の顔面にかなりのダメージを与えたが、カウンターで横っ腹に爪の一撃を食い、森の下生えに叩きつけられた。AU−KVを装着していなければ、命さえ危ういところだ。
 潰された片眼から血を流しながらもリョウに追い打ちをかけようとするキメラに対し、後から追いついた傭兵達が一斉攻撃をかける。
 限界突破でスピードを全開にした武流の「刹那の爪」による連続蹴りを皮切りに、能力者7名の攻撃を相次いで浴び、さしもの大型キメラも全身ズタズタになって大地に倒れた。
 仲間の1匹が倒されたのを見た残りの3匹が、怒りの咆吼を上げて密林から一斉に飛び出す。
 負傷したリョウに誠が肩を貸して後退させ、自らも後方からスナイパーライフルによる援護射撃を開始。他のファイター4名、グラップラー2名は各々2名1チームを組んでキメラ1匹ずつを担当した。
「『侵掠すること火の如く』――速攻でキメるぞ‥‥!」
 トヲイは仲間達に檄を飛ばし、自らも短期決戦覚悟で赤光に輝く紅蓮衝撃の爪を叩き込んだ。戦場が密林だけに、下手に長引けばそれだけ敵の有利となる。また1匹でも取り逃せば、あの村にとって後々の災いとなりかねない。
「アイテール‥‥限定解除、戦闘モードに移行‥‥」
 自らのエミタに呼びかけ、虹色の燐気を翼のように背中から広げた神音は月詠の二刀流を振い、二段撃&紅蓮衝撃の併用で怪物の巨体に盛大な血の華を咲かせた。
「夢幻の如く、血桜と散れ――剣技・桜花幻影『ミラージュブレイド』」
 彼女とペアを組むセラは、敵の退路を断つため対角線上で待ち伏せ、ヴァジュラの剣に紅蓮衝撃&急所突きの練力を込め、噛付こうと大きく開かれたキメラの口内を刺し貫いた。
「敵に連携を取らせないで! 分断して、1匹ずつ確実に倒すのよ!」
 昼寝は大声で仲間達に目標のマークチェックを呼びかけ、自らも相方のトヲイと共に、限界突破の猛攻を加えて受け持ちのキメラを葬り去る。
 キメラ達の抵抗も激しかった。しかし1匹が倒れるごとに残りのキメラに対する傭兵達の攻勢は密度を増し、およそ20分後――。
「‥‥そろそろお別れの時間だ。‥‥眠れ――永久に!!」
 息も絶え絶えになった最後の1匹の頭部をトヲイのシュナイザーが抉り取り、サーベルタイガー4匹は密林を墓場として永遠の眠りについた。

 キメラ殲滅の任務を終え、重い足を引きずりながら傭兵達が村へ戻ると、ダム・ダルは相変わらず酒を飲んでいた。
 とうとう手持ちの酒を飲み尽くしたのか、ちゃっかり神音が村長に預けたスブロフの瓶を空けて杯に注いでいる。
「手こずったようだな」
 顔を上げるなり、ただ一言、ボソっといった。
「えっ、何? こいつゾディアックなの!?」
 トヲイから話を聞かされた昼寝やリョウも、驚きで目を丸くする。
 傭兵達の間に、再び緊張が走った。数の上では8対1――ただし仲間の内には負傷者も多数いるうえ、スキル全開で大型キメラと戦い抜いた彼らの練力は、殆ど底を尽きかけている。
 仮に今ダム・ダルが戦いを仕掛けてくれば、待っているのは確実に――死。
 だが「牡牛座」の男がぶっきらぼうに突き出したのは、槍ではなく酒に満たされた杯だった。
「おまえらも、飲むか?」
 ――何ともいえぬ沈黙の後。
「いいですね。おつきあいしましょう」
 まずカルマがドカっと胡座をかき、差し向かいでダム・ダルの杯を受ける。
 その頃には村長宅に避難していた村人達もぞろぞろと姿を現わし、平和を取り戻した村で、再び奇妙な酒宴が始まった。
 成人の傭兵達はほぼ無言でダム・ダルと酒を酌み交わし、未成年の者は村の女達が絞ってくれた新鮮な果物のジュースで喉を潤した。
「ゾディアック」の一員である男に対し、問い質したいことは山ほどある。
 だがおそらく彼は何も答えないだろうし、傭兵達も戦いで疲れ切っていた。
 何より不思議なのは、こうして敵のエースと酒を飲む行為に、そのときは誰1人として違和感を覚えなかった事だ。
 5本目のスブロフが空になったとき、おもむろにダム・ダルが槍を持って立ち上がった。
「少し長居し過ぎたな。では、俺は行く」
 そういって村の出口に向けて歩き出す男の背に、武流が声をかけた。
「なあ、何でお前は戦うんだ?」
「‥‥」
「俺は大切なものを守りたいのと、自分の限界を知るために‥‥という所だが」
「‥‥ラゴンの民として生まれた男は、皆戦士として生き、戦士として死ぬ。それがさだめだ」
 ダム・ダルは立ち止まり、昼間でも天に浮かぶ、赤いバグア遊星を見上げた。
「あの月から来た魔神の使者は、俺にこう約束した。『おまえに戦士として生きる力と、相応しい敵を与えてやろう』と。‥‥嬉しいことに、その言葉に嘘はなかった」
 そういって傭兵達の方へ振り返ると、初めて白い歯を見せ、妙に邪気のない笑みを浮かべた。
「では、次会うときは全力であなたを倒させてもらいますよ」
「次はお会いするのは戦場ということになると思いますが、その時はよろしくお願いします」
 誠やセラも、別れに変えて各々の決意を告げた。
「ああ。楽しみに待っている」

 男が密林に姿を消して数分後――森の中からあの赤い戦闘機が音もなく浮上し、突如ブースターを吹かすや、遠く南の方角へ飛び去っていった。
「あいつ、何でグズグズ酒なんて飲んでたんだろ? 私達が来るまで、わざとキメラを抑えてたっていうのは‥‥考え過ぎかな?」
 昼寝の疑問に対し、
「さあな。彼の思惑がどうであれ、村人達にとっては命の恩人とも言えるだろう。ならば、戦士として敬意を表する迄‥‥だが。次に戦場で遇う事があったなら、その時は‥‥!」
 トヲイはFRの飛び去った空の彼方を、じっと見つめ続けた。

<了>