タイトル:山の分校〜救出〜マスター:対馬正治

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/08/16 01:03

●オープニング本文


『殺す必要はなかった。前のネズミと同じく、生け捕りにして福岡へ送ればよかったのだ。丁度良いヨリシロとなったものを』
「申し訳ございません。思いの外手強かったもので、つい‥‥」
『まあ、エミタを1個鹵獲しただけでもよしとするか‥‥しかしUPCに介入の口実を与えたのは不味かったな。あいにく、私もこちらの方で仕事があるから直接出向くことが出来ん』
「既に彼奴らはK村まで兵を進めております。‥‥如何致しましょうか?」
『春日の方に中型ワーム、それにゴーレム部隊の出動を要請した。おまえは準備が整いしだい、生徒達を連れて撤収しろ‥‥もちろん後始末は忘れるなよ』
「畏まりました。全ては御心のままに‥‥」

●ラスト・ホープ〜UPC情報部
「その後、K村の状況はどうなっている?」
「はっ。現在九州方面隊から派遣された陸軍1個中隊、KV8機が村内に侵入したキメラ排除と村民達の避難誘導にあたっております。初期対応の遅れから犠牲者は出してしまいましたが‥‥今後の人的被害は最小限に留められるものと」
 情報将校からの質問に、部下の士官が報告した。
「しかし、周囲の山林にはまだ多数のキメラが潜んでいる。今後は対バグアの最前線として、住民の疎開とUPC軍の常駐は避けられないだろうな」
「やむを得ませんね」
「K村の住民には気の毒だが‥‥これでよかったのかもしれん」
「‥‥何故でありましょうか?」
「SIVAに『校長』の暗殺を依頼した日本政府のやり方はいささか強引だったといえ‥‥競合地域にありながらキメラの襲撃もない平和な農村。厭戦ムードを煽る親バグア派の連中にしてみれば、格好のプロパガンダ材料になりかねなかったからな」
 オフィスの壁にでかでかと張り出された「巨大蟹、襲来!」のポスターを見やり、深々と嘆息する将校。
 欧州攻防戦終結以来、バグアとの戦争はある種の膠着状態に陥っている。
「明日にでも人類が滅ぼされる」という差し迫った絶望感は辛うじて払拭された反面、人類側統治地域にまで根深く浸透した親バグア派工作員は別の次元で重大な脅威だ。それに加えて、近頃ではバグアから何らかの肉体改造を受けた、いわゆる「強化人間」の存在さえ報告されている。
 そしてUPCはあくまでキメラ掃討や対ワーム戦を主任務とする国際平和維持機構であり、親バグア派といえども同じ人類同士の戦闘行為は(正規の戦闘は別にして)原則として避ける方針をとっている。もちろん例外はあるが。
 そのあたりが各国政府、ことに国内治安関係の機関にとってはもどかしいのだろう。
 SIVAの様な大企業から少人数の私的グループまで、ULT以外の民間傭兵組織が多数存在し、UPCもまたそれを「黙認」せざるを得ない事情が、そこにある。
(「もしこの戦争が終わったとき‥‥我々は、今のような団結を保っていられるのか?」)
「あの‥‥どうかされましたか?」
「いや、何でもない‥‥少し疲れただけだ」
 将校は苦笑いすると、改めて部下の士官に向き直った。
「さてと。残る問題は、例の『分校』という事になるが‥‥」
 デスク上に並べられた十枚の顔写真。潜入調査員が特殊小型カメラで撮影した分校の生徒達だ。
 そのうち1枚には赤のサインペンで大きく「死亡」、別の1枚には「確保済」と書き込まれている。
 残る8名は、

※男子(3名)(年齢)
 三橋・幹也(16)
 橋本・一樹(10)
 松田・タカシ(7)

※女子(5名)
 長谷川・千尋(14)
 結城・アイ(12)
 ユン・アムリタ(10)
 上条・ヒカリ(9)
 ミリア・フォーリー(8)

「そういえば先日保護された女生徒、中島・茜か‥‥その後の容態はどうかね?」
「幸い快方に向かっております。ただ、その‥‥」
 士官は声を落とし、素早く室内に人がいないのを確かめて続けた。
「彼女から『能力者』の適性反応が出ました。おそらく、他の生徒達も‥‥」
「やはり‥‥な」
 そのときデスクのインターホンが鳴り、1人の傭兵が面会を要求している旨を伝えた。
「ああ、彼なら構わん‥‥通してやれ」

 間もなくオフィスのオートドアが開き、まだ中学生のような少年が憤然として飛び込んできた。
 つい先日まで生徒を装い、自らK村分校へ潜入していた高瀬・誠(gz0021)だ。
「正規軍がK村に出動したって聞きました! こんなときに、なぜ僕だけ任務から外されるんですか!?」
「君の任務は戦闘ではなく潜入調査だ。そして危険な任務を立派にやり遂げてくれた。相応の報酬は支払ったし、ボーナスとして新型KVの搭乗権まで与えたではないか。何か不満でも?」
「僕の仕事は、まだ終わってません! まだ分校には、三橋先輩や長谷川さんやアイちゃん‥‥8人も友達が残ってるんです! ぐずぐずしてたら、みんなバグア軍の手で福岡に連れてかれて‥‥いえ、もしかしたらキム君みたいに――」
「その『友達』の中に、おそらくキムを殺した犯人もいる。‥‥君はその事実を直視できるのかね?」
「‥‥!」
 誠は唇を噛み、両手の拳を握りしめた。
「‥‥その時は‥‥仕方ありません。僕だって‥‥能力者の傭兵です!」
 将校は親子ほど歳の離れた少年を黙って見つめていたが、やがてふぅ‥‥とため息をもらした。
「判った‥‥そこまでいうなら、救出作戦に同行を許可しよう。くれぐれも、他の仲間の足を引っ張らんようにな」

●参加者一覧

ゲック・W・カーン(ga0078
30歳・♂・GP
鷹見 仁(ga0232
17歳・♂・FT
リヒト・グラオベン(ga2826
21歳・♂・PN
漸 王零(ga2930
20歳・♂・AA
佐間・優(ga2974
23歳・♀・GP
櫻小路・なでしこ(ga3607
18歳・♀・SN
ランドルフ・カーター(ga3888
57歳・♂・JG
砕牙 九郎(ga7366
21歳・♂・AA
リオン=ヴァルツァー(ga8388
12歳・♂・EP
レティ・クリムゾン(ga8679
21歳・♀・GD

●リプレイ本文

●L・H〜UPC軍病院
「面会時間は10分以内でお願いします。ケガの事もありますが、まだ本人も環境の変化に戸惑っているようなので‥‥」
 看護士からの注意を受けつつ、傭兵達はK村で保護された中島・茜の入院する病室へと案内された。ただし大勢で押しかけるわけにもいかないので、 高瀬・誠(gz0021)を含む代表者4名での面会となったが。

 茜は思いの外元気だった。頭や腕に巻かれた包帯が痛々しいが、本人はパジャマ姿でベッドの上に身を起こし、サイドテーブルに積まれた新聞の縮刷版――ここ1年間、外の世界で起きていた事件――を食い入るように読みふけっていた。
「茜さん、心配でしたが大丈夫そうで何よりです」
 櫻小路・なでしこ(ga3607)の声に驚いて顔を上げたが、4人とも面識のある相手なので、どこかホッとした様子でもあった。
「いろいろと驚かせて申し訳ありません。知って頂きたい事はいろいろとありますが、今はゆっくりとで良いですから体調を整えて下さい」
 おっとりした微笑を浮かべ、なでしこは穏やかに言い聞かせた。
「大丈夫か?」
 なでしこと共にキメラ群に襲われたK村で少女の救出にあたった鷹見 仁(ga0232)も、心配そうに声をかけた。
「‥‥もう分かっていると思うけど、この前村に行ったときは嘘をついていた、ごめん。俺は傭兵だ」
「あんた達‥‥やっぱり、みんなUPCの人間だったんだな」
 厳密には「UPCから依頼を受けたULT所属の傭兵」なのだが、今それを詳しく説明している時間はない。
「そこにいる、高瀬も‥‥」
 仲間達の背後に立っていた誠が、辛そうに顔を伏せた。
 他の3名と違い、誠はほぼ1ヶ月間「同級生」として分校の生徒達と生活を共にしている。理由はどうあれ茜達から見れば「騙していた」となじられても仕方がないだろう。
「‥‥僕は‥‥」
「誠を責めるな。こいつはUPC情報部からの依頼で潜入調査にあたってたんだ」
 ゲック・W・カーン(ga0078)が口を挟む。誠に目配せし、「いいな?」と了解をとった上で、茜に対し少年が能力者になるきっかけとなった「海上エネルギープラント襲撃事件」について語った。
「俺のことは構わない。でも誠のことは許してやってくれないか? あいつにとってクラスメートってのは特別なんだ」
 仁もまた口添えする。
「あいつが傭兵になる前のクラスメートは幼馴染み一人を残してバグアに皆殺しにされているんだ。生き残った一人も心を病んで入院している。だから‥‥」
 悲しい話だが、今の世界ではさして珍しい事でもない――そう付け加えながら。
「その事件‥‥この新聞にも載ってたな」
「こいつは、もう誰も喪いたくないだけなんだ‥‥そう、例え任務の為とはいえ、ほんの短い間だけでも仲間だったお前さん達をな」
「‥‥」
 ゲックの言葉に、無言で俯く茜。
「俺達はこれから村に向かう。皆を助けるためだ。だけど生徒の中にバグア側の能力者がいる。だから‥‥」
 仁はそこで口ごもった。
 さすがに「心当たりはないか?」とは聞けない。
 それは友達を疑えと言うのも同然だ。
「だから多分、少なくとも一人は助けられない。‥‥ゴメンな」
 だが、次に茜の口から出たのは意外な言葉だった。
「そういや‥‥オレにも、その『能力者』ってヤツの適性があるんだよな‥‥まだ前の学校にいたとき、健康診断でそういわれた。まあエミタってか? アレ埋め込む手術は受けてないけどさ」
 初めて聞く情報に、傭兵達は驚いて顔を見合わせた。
 計画的に潜入した誠やキムは別として、10人足らずの分校生徒達の中に1/1000の適性者――これは果たして偶然なのか?
「分校の連中は、その事を?」
「先生達は知ってるぜ。転入の前に聞かれたから‥‥でも、クラスの連中には話してない。白い眼で見られたくなかったから‥‥だから、オレも高瀬のこと、あんま悪くいえねーよなぁ‥‥」
 茜はそこで言葉を切った。男勝りの気丈な少女がシーツの裾を握りしめ、それまで耐えていたものが堰を切ったかのごとく、大粒の涙をこぼし始める。
「授業を受けてて、時々何か変じゃねーかって? 思う時もあったよ‥‥でも父さんや母さんが死んで、親戚連中にたらい回しにされて‥‥何でオレだけがこんな目に遭わなきゃならないのか‥‥恨みをぶつける相手が欲しかった。本当は、バグアでもUPCでも、どっちでもよかったんだ‥‥!」
 ――面会時間の終了後。
 傭兵達が茜に別れを告げ、病室を出ようとしたとき、
「おい、高瀬!」
 ふいに茜が、大声で誠を呼び止めた。
「もし戦争が終わって、キメラもいなくなったら‥‥クラスのみんなで、もう一度あのK村に遊びに行こうな。それと、キムの墓参りも‥‥約束だぜ?」

 茜の病室を出た誠に、廊下で待っていた傭兵達の1人、リヒト・グラオベン(ga2826)が声をかけた。
「‥‥行きましょう。今度こそ『友達』を救いに」
 同じく佐間・優(ga2974)も少年の肩を叩いて励ます。
「誠、友達を救いたいって気持ちは分かるが、無茶だけはすんじゃねぇぞ。俺にとったらお前だって大事な友達なんだからな」
(「危うい‥‥」)
 ランドルフ・カーター(ga3888)は誠の苛立ちを危惧した。
「今の君の心、これが戦争と言うモノだ。熱くなればヤツラの思うツボだ。とは言っても激情無くして行動は生まれまい。しかしだ、相手の裏をかく程の冷静さは残そう」
「‥‥はい」
 先輩傭兵達の言葉に、誠は思い詰めた表情で頷き、短く答えた。

 同じ頃、漸 王零(ga2930)はUPC情報部へ電話をかけ、K村から避難した村長に関する情報を問い合わせていた。
 今の所、直に「校長」から電話を受け、その声を聞いたのは村長1人。また、可能なら村長自身を生徒達と直に対面させることで、「校長」の正体を割り出す糸口になればと考えたのだが――。
 UPC側からは「一般人の村長を現場へ同行させるのは危険が大きい」という理由から却下されてしまった。また、村長が電話で聞いた「校長」の声はボイスシンセサイザーを通した機械的な音声で、相手の年齢はおろか男女の区別すらつかなかったという。
(「用心深い奴だ‥‥そこまでして、己の年齢や性別を悟られたくないという訳か」)
 受話器を置き、王零はしばし考え込んだ。

 今回の救出対象である8人の少年少女。だが、その中に潜伏が予想されるバグア工作員「校長」の正体については、傭兵同士でも意見が割れていた。
 王零はクラス委員の三橋・幹也を疑い、ゲックは年少組のリーダー格で年上の生徒からも妹のように可愛がられている結城・アイが怪しいという。
 この2人は最初に仁が強烈な「殺気」を感じたあの河原に居合わせ、その後UPC軍パイロット救出現場にアイが同行している間、不思議にキメラたちは襲ってこなかった。一方殺害されたキムのルームメイトである幹也は、事件が起きる直前までキムの側にいた、いわば有力容疑者といえる。
 ただしこれらは全て状況証拠であり、他の6人を完全な「シロ」と決めつけるのも、また早計だ。
 生徒達のうち誰が「校長」で、いつどのように行動を起こすか――救出役の傭兵達にとっては、ワームやキメラよりよほど厄介な「敵」といえた。

●九州上空
 L・Hから出撃した10機のKVは、途中UPC空軍の新田原基地で燃料補給を受け、正規軍の岩龍改と合流した後、改めて全機ブーストをかけK村分校へと急行していた。

 その間にも、九州方面隊の偵察部隊からは山中を移動するゴーレム部隊、また福岡バグア基地から飛び立った中型を含むHW数機に関する情報が刻々と入ってくる。
「この前は参加できなかったけど‥‥よかった、一番大事な時に、間に合った‥‥」
 阿修羅の操縦桿を握り、リオン=ヴァルツァー(ga8388)が呟いた。
「これ以上、犠牲者を出さないためにも‥‥急がなくちゃ‥‥!」
 それまで放置していたK村をキメラに襲撃させた「校長」の意図は明白だ。
 混乱に乗じて、何らかの目的で集めた子供達を輸送用ワームで福岡へと連行する――最悪の場合、証拠隠滅のため分校を含むK村一帯を焦土にするつもりかもしれない。
 元海兵隊員のランドルフにとって、別段、思想洗脳など珍しい事ではない。過去、人類が戦争の中で繰り返し行っていた事だ。
 とはいえ、異星人であるバグアがこのような人類紛いの戦略を採り始めた事には脅威を感じざるを得ない。そしてまた、ランドルフ自身苦い記憶――過去のとある依頼において、類似した状況で子供達の拉致を阻止できなかった悔恨がある。
「もうあのような経験は御免被る!」
「天衝」隊長服に身を包み、雷電を操縦する王零は、同じ天衝隊員である誠に通信を送った。
「今回は汝にはつらい仕事だが頑張れよ。我もできる限るの援護をする」
「ありがとうございます、総隊長」
 S−01Hの風防から覗く誠の横顔にも、もはや迷いはない。

 K村上空に近づいた時、岩龍パイロットより「レーダーで敵HWらしき機影を捕捉した」との通信が入った。大きさから推定して中型1機、小型3機。
 傭兵達の間に緊張が走る。
 だがこちらの射程圏に入る直前、HW達はさっさと福岡方面へと遁走してしまった。
「腰抜けどもめ‥‥」
 ディアブロを駆るレティ・クリムゾン(ga8679)が軽蔑したように罵る。
 しかし一山越えればそこはバグア占領地域であり、下手に後を追えば敵の懐に飛び込むことになる。そしてこれから向かう分校周辺には少なくとも4機のゴーレム、そして相当数の中小型キメラが待ち受けている事を思えば深追いは禁物だ。
 案の定、分校上空に差し掛かったとき、鳥形のハーピーから翼を持つ悪魔を象ったようなバフォメットまで、1〜2m大の飛行キメラが鴉の群のごとくKV編隊を迎撃してきた。
 バルカン砲、ガトリング砲などの副兵装で掃射するとキメラ達はバラバラと墜落し、生き残りの連中も勝ち目がないとみたか山中へと逃げ込んだが、続いてゴーレムのスナイパーライフルと思しき対空砲火がさかんに打ち上げられてきた。
「俺に任せろってばよ!」
 砕牙 九郎(ga7366)が叫び、重装甲KV・雷電が4連バーニアを盛大に吹かして前面に出る。
 王零の機体も同様に前衛へと踊り出た。
 本来「空挺強襲KV」として開発された雷電の真価が発揮される局面である。
 多少の被弾はものともせず堂々と敵前降下。敵ゴーレムの砲撃を壁のごとく防いでいる間、友軍の陸戦班を担当するレティ、リオン、それに生徒救出を担当するリヒト、なでしこ、誠、正規軍岩龍をほぼ無傷で分校前の平地へ降下させることに成功した。
 HWが闘わずして撤退してしまったため、空戦班のKVも着陸し、陸戦班と救出班のバックアップに回った。

●K村分校前
 KV部隊の降下を確認したゴーレム4機は、兵装をSライフルからバグア製ディフェンダーに切替え白兵戦を挑んできた。
 重火器の類を使わないのは、生徒達の移送が完了するまで分校を守備するのが彼らの任務だからだろう。もっとも無闇に分校の建物を破壊できないという点では、傭兵側も条件は同じだったが。
 防御の固い九郎の雷電がセミサキュアラーを振りかざし先陣きって突入、敵陸戦ワームの陣形を切り崩しにかかる。巨大な半月刀の一撃を浴びたゴーレム1機が火花と煙を吹上げ、大きくよろめいた。
 やや体勢を低くして懐に飛び込んできたもう1機に対しては、レッグドリルで蹴り上げ背後に弾き飛ばす。
 足止め役の雷電を迂回してきた1機のゴーレムを、レティとリオンが連携して迎え撃った。
「獅子の二つ名は、伊達じゃない!」
 リオンの叫び通り猛獣を思わせる4足形態の阿修羅が大地を蹴り、背部に装着したライト・ディフェンダーでゴーレムのボディにチャージアタック。さらにサンダーホーンのコンボで相手の電子機器に追加ダメージを加える。
 手負いのゴーレムに対し、レティのディアブロが追い打ちをかけた。
「抜かせるものか!」
 人型ワームが必死で繰り出すディフェンダーの切っ先を回避し、カウンターでヒートディフェンダーの斬撃を叩き込む。
 レティの二の太刀を浴びた段階でゴーレムは動きを止め、全身から煙を噴いて自爆した。
「――次」
 九郎の雷電が振う半月刀の刃から逃れてきたゴーレムに対し、再びレティ機とリオン機が撃ち漏らしのないよう集中攻撃を仕掛ける。
 徐々に分校から引き離す形で残存のゴーレムを各個撃破し、レティら陸戦班は5分余りの戦闘で陸戦ワーム部隊を全滅させていた。
「全て量産タイプか‥‥エース機はいなかったな」
 レティはやや心配そうに分校の方を見やった。
 彼女たちが撃破したゴーレムはAI制御の無人機だったが、先刻の飛行キメラの動きといい、それらは明らかに「何者かの意志」に操られたものだ。
 そして「指揮官」は、おそらくあの校舎の中にいる――。

●校庭〜分校内
 陸戦班がゴーレム相手の戦闘を繰り広げている間、救出部隊を中心にした別動のKV部隊は校庭から分校への突入を図っていた。
「分校」の敷地内には校舎の他学生寮もあるが、ゴーレムの配置、中型HWが着陸できるスペースなどから考慮して、やはり8人の生徒達は校舎の方に集められているものと予想される。
 校庭には獣型や甲虫型など、中小型の陸上キメラ多数が徘徊していたが、これもKVのバルカン砲やその他近接兵器により、10分とかけずに掃討された。
 一通り校庭を制圧したところで、正規軍の岩龍改に分校周辺、および上空の警戒を依頼し、傭兵達は生身の装備を固めKVを降りる。
「監視の方をよろしく頼む。無事任務が成功したら、キリマンジェロを進呈しよう」
『そいつは有り難い。近頃、本物のコーヒー豆も高くってね』
 ランドルフの通信に、岩龍改のパイロットが笑って親指を立てた。

 校舎の中に踏み込むなり、身の丈1mほど、猿に似た小型キメラの群がわらわらと襲いかかってきた。
 傭兵たちは各々銃や近接武器を抜き、キメラたちを迎え撃つ。
 王零が国士無双の一閃でキメラを両断し、疾風脚で回り込んだ優のファングがキメラの5体をズタズタに切り裂いた。
「教室はこっちです!」
 建物の間取りを熟知する誠の案内で一行が廊下に出たとき。
 タタタタッ!
 立て続けに連射音が鳴り響いた。
 見ればキメラではなく、3人の人間――若い男女と初老の男が、人類側からの鹵獲品と思しき自動小銃を構えて廊下の奥に立っていた。
「何者です? 彼らは」
「分校の先生方と、寮の管理人です‥‥」
 リヒトの問いに、誠が答えた。
 念のためリヒトは投降を呼びかけたが、既にバグアの洗脳を受けているのか、虚ろに目を見開いた3人の男女は構わず銃弾を浴びせてくる。もっとも通常の自動小銃では、覚醒した能力者に対してかすり傷を負わせる程度の効果しかなかったが。
 こうした場合、むしろ警戒すべきは彼らが追い詰められて自決、もしくは自爆行為に走る事だ。
 誠が天井に照明弾を撃ち、洗脳兵がひるんだ所でリヒト、なでしこと共に飛び出した。
 なでしこは棍棒で女教師の銃器を叩き落とすと、ひるんだ相手に間合いを詰め、気合いと共に当て身で失神させる。
 他の2人も同様にして制圧し、気絶した洗脳兵達を武装解除した後にロープで縛り上げた。

 キメラと洗脳兵による最後の抵抗を排除した傭兵達が教室の扉を開くと――。
 そこに、8人の生徒達がいた。
 教師達からどう説明を受けているかは知らないが、大きなボストンバックが人数分固めておかれて置かれている所から見て、自分達がどこかに移される事は承知しているのだろう。
「皆、大丈夫か?」
 安否を尋ねる仁の言葉に対し、驚きと疑いの入り交じった視線が返ってきた。
 突入してきた傭兵達のうち何名かは、これまでの潜入調査や戦闘機墜落事件などを通して生徒達と面識がある。それが吉と出るか凶と出るかは、まだ何ともいえないが。
 リヒトはまず自分達が「UPCの依頼で救出に来た能力者」であると明言したうえで、生徒達の説得にかかった。
「今から皆さんを安全な場所までお送りしますので、付いて来て頂けませんか?」
「‥‥た、高瀬君‥‥何で、君まで‥‥彼らと一緒にいるんだ?」
 最初におどおどと口を開いたのは、クラス委員長の幹也だった。
「ごめん。僕も、能力者の傭兵なんだ‥‥隠してたのは謝るよ」
「つまり、スパイだったのね?」
 容赦のない言葉で、長谷川・千尋が問い質した。
「‥‥」
「文句なら後で聞こう。今は、大人しく我らと共に来てもらおうか?」
 ずいと一歩踏み出し、王零が有無を言わせぬ口調で告げた。
 あえて己が悪役を演じ、誠への非難を和らげようという配慮である。
 加えてもう1つ――ここで強硬な態度を見せれば、必ずや生徒達の中に潜む「校長」が何らかの動きを見せるはずだ。
 ゲックはちらりとアイの方を見やった。
 反抗的な姿勢を崩さない幹也や千尋とは対照的に、10歳以下の小さな子供達はただ恐れおののき、ひとかたまりになって泣きながら震えている。
 そして年少組のリーダーであるアイは、年下の子供達を庇うように抱きかかえ、おろおろした様子で事態の成り行きを見守っていた。
(「俺の思い過ごしだったか‥‥?」)
「――近寄らないで!」
 ヒステリックな叫びを上げたのは千尋だった。
 予め教師から渡されていたのか、優等生風の少女はセーラー服の下に隠し持っていた小型拳銃を両手で構えている。
「誰が信じるものですか! 私のパパは‥‥UPC軍の連中に目の前で焼き殺されたのよ! ヨリシロだとか何とか、わけの判らない言いがかりで!」
 一瞬、生徒達を含め教室内の空気が凍り付いた。
「‥‥撃ちたければ、撃つがいい」
 王零は構うことなく歩み寄った。
「――っ!?」
 身の丈2mを超す能力者の威圧感を前に、少女の憎しみの表情は怖れに変わり、引き金を引くこともできず固まったままだ。
 間もなく千尋も、隣にいる幹也もヘナヘナとその場に座り込んだ。
「子供の持つモノではないな。我が預かっておこう」
 険しい顔つきとは裏腹に、王零はなるたけ優しく千尋の手から拳銃を取り上げた。
 ――そのとき。
「危ねえっ! よけろ、王零!」
 ゲックの警告と共に、横合いから吹き付けてくる凄まじいまでの殺気。
 咄嗟に身を伏せた王零の頭上を、何か帯状の赤い線が横切った。
 次の瞬間、教室にあったスチール机の幾つかが、音を立てて真っ二つに割れる。

 クスクスクス‥‥

 黒いワンピースドレスの少女が、かくれんぼの鬼役に見つかった時の様な忍び笑いをもらす。
 結城・アイはゆっくり立ち上がった。頭の大きなリボンがいつの間にか消え、解けた黒髪が腰まで降りている。
「あ〜あ。バレちゃったぁ〜♪」
 シュルシュル音を立て、たった今机を切断したリボンが少女の手に巻き戻った。
 一見何の変哲もないリボンだが、分子構造を変化させる事により瞬間的に鋭利な刃物と化すバグア製武器――リボンナイフ。
「あ‥‥アイちゃん?」
 掠れた声で呟くユン達を見下ろし、「校長」――バグア工作員の少女はペロっと舌を出して笑った。
「ウフフ、ゴメンねー。今まで隠してたけど、あたしアイじゃなくてメイ。『結麻・メイ』‥‥これが本当の、あたしの名前」
 再び傭兵達の方へ向き直ると、
「オジさんたち、悪いけどこのまま帰ってくんない? いうこと聞かないならイイのよぉ〜? 福岡に連れてく人数が1人や2人減ったって、別にこっちは困りゃしないんだから」
 誠も、分校の生徒達も呆然と少女の顔を凝視していた。
「庇っていた」のではない。最初から「人質にする」つもりで、彼女は年下の子供達を身近に集めていたのだ。
「あ。その顔、信じてないでしょ? ならいいわよ。まずひ〜とりめ♪」
 すぐ足下に蹲っていた松田・タカシに目を付け、まるで何かの遊戯のように、剣状に変化させたリボンナイフの切っ先を向ける。
 だがその時には、ゲックと優が同時に動いていた。
 瞬天速で回り込むなり、優が抱き留めるようにタカシを庇い、ゲックはロエティシアの爪でメイに斬りつける。
「――チッ!」
 メイは素早く飛び退き、ゲックの爪をかわした。
 能力者のグラップラーをも凌駕するその動き――尋常の人間のものではない。
 新体操選手のごとくリボンナイフを振り回して傭兵達を牽制した後、少女は自ら教室の窓に体当たりし、砕け散ったガラスの破片と共に外へ飛び出した。
 驚いた傭兵達が窓際に駆け寄ると、彼女は小柄な体を飛行キメラのバフォメットに抱かれ、空中でケラケラ笑っている。
 ランドルフはアサルトライフルを構えて狙撃の姿勢を取ったが、その射線は何処に隠れていたのか、再びワラワラと現れた数十匹の飛行キメラによって遮られた。
 ほぼ同時に、傭兵達の無線に岩龍パイロットからの緊急通報が入った。
『福岡方面から飛行物体の接近を確認。中型HWです!』

●天空のサロメ
 リヒトと誠を教室の見張りに残し、傭兵達は各自のKVへ飛び乗った。
 岩龍改によるバルカン射撃にもかかわらず、工作員の少女を連れた飛行キメラの群は何処かへ飛び去ってしまった。
 ゲック、仁、王零、優、ランドルフ、なでしこからなる空戦班6機が上空に上がった時、ちょうど福岡方面から再度襲来した中型HW1機、小型HW3機も分校付近に姿を現わしていた。
 そのうち中型HWは最初にいた輸送タイプではない。黒い機体に毒々しい紅薔薇のエンブレムでカラーリングした機体は、明らかに重戦闘タイプ――おそらくはエース機。
『よくも、あたしが苦労してこしらえた洗脳拠点を潰してくれたわね‥‥』
 無線機を通し、聞き覚えのある少女の声が入った。
 これまで表向きは「結城・アイ」、裏では「校長」と名乗り、K村分校における洗脳計画を進めてきたバグア工作員「結麻・メイ」。
 幼さはそのままだが、もはや芝居の必要もなくなったためか、その声は剥きだしの憎悪と悪意に満ちていた。
『まぁいいわ。地上にいる連中もまとめてとっ捕まえて――おまえらみんな、シモン様への手土産にしてやる!』
「シモンだと‥‥?」
 その名を耳にした王零の表情が険しさを増した。
『シモン様から頂いた重戦闘ワーム、サロメ‥‥ただのHWと見くびらないことね!』
 同時に小型HW3機の機首からドリル状の衝角が伸び、「サロメ」と名乗る中型HWの露払いの様に速度を上げ吶喊して来る。
 傭兵側KVも直ちに応戦を開始した。
 仁と王零が「サロメ」に、他のKVは小型HWに目標を定めブーストをかける。
 開戦の合図を告げるかのように、優のディスタンが127mmロケットを発射。
 小型HWの1機に狙いを定めた彼女は、自機の高い耐久力を視野に入れ、多少の被弾は覚悟のうえで突撃ガトリング砲による一撃離脱の近接戦を挑んだ。
「これぐらい避けるまでもないわ! 墜ちなさい!!」
 ディスタン後方に続くなでしこのミカガミは、対照的に回避の高さを活かしつつ、敵のドリル衝角を巧みにかわしながらのドッグファイトでダメージを与えていく。
(「心は熱く、思考は冷徹に――」)
 ランドルフは己に言い聞かせつつ、肉迫する小型HWに対し初戦で使う機会のなかったUK−10AAMを全弾発射。立て続けにミサイルを浴びた敵ワームはその場で中破状態となり、動きの鈍った所をゲック機のレーザー砲にとどめを刺された。

 僚機が護衛の小型HWを引きつけている間、王零と仁は敵の中型HW「サロメ」に向かっていた。
 まずは仁のディアブロが牽制も兼ね試作型G放電を放つ。確かに命中はしたが、その攻撃は敵ワームの機体表面に虚しく放電光を走らせただけに終わった。
『キャハハハ! なにソレ? 効かないわねぇ!』
 次いでHミサイルを発射するが、これもサロメの装甲をわずかに削ったに過ぎなかった。重戦闘機を名乗るだけあり、その防御力は相当に固そうだ。
 加えて運動性や機動力も、あのFRほどでないにせよ、通常のHWなど及びもつかぬほどの高性能である。
 王零は射程に応じて兵装を使い分け、仁機と協力しつつ徐々に距離を詰めていった。
 サロメから放たれるプロトン砲はかなり強力だったが、雷電の高い抵抗でしのぎつつ、近接してソードウィングの斬撃を叩き込んだ瞬間――初めて敵ワームの装甲に裂け目が走り、内部から大量の火花が飛び散った。
『キャッ!?』
 それまで余裕の高笑いを上げていたメイの声が悲鳴に変わる。
 ソードウィングによる攻撃は効果有り――と見た王零と仁は、サロメのプロトン砲を浴びながらも近接しての翼刃攻撃を繰り返した。
 中型HWの機体性能は確かに侮れなかったが、操縦者の技量は「ゾディアック」に比べれてだいぶレベルが低いと見える。プロトン砲、フェザー砲を乱射しつつ必死で回避を図るも、動きのパターンを読まれ、雷電とディアブロの攻撃が徐々にダメージを与えていくのがはたから見ても明らかだった。
 護衛の小型HW3機も全滅、他のKV4機がこちらに向かってくるのに気づいたとき。
 サロメは形勢の不利を悟ったか、突如周囲に煙幕を展開した。
『‥‥おぼえてなさいよっ!』
 眼下の山林から生き残りの飛行キメラ達が一斉に舞い上がり、主の盾となるかのごとくKV部隊の前に立ちふさがる。
 傭兵達がキメラの群を全滅させた時、既に「サロメ」の機影は遠く福岡方面へと逃げ去っていた。

●終幕
 HW部隊を撃退した傭兵達が分校へ引き返した時、教室では7人の生徒達が誠を取り囲み、じっと何かに聞き入っていた。
『‥‥心配かけて悪い。オレは大丈夫だから‥‥』
 誠が持参したボイスレコーダーから流れる、茜の声。それは出発前の面会時、傭兵達の頼みに応じて彼女が録音したメッセージだった。
『千尋‥‥おまえがUPCを憎む気持ちは、誰よりオレが解ってる。でも、今は‥‥高瀬達の言葉を信じてやってくれねえか?』
「‥‥中島さん‥‥!」
 眼鏡を外した千尋が、両手で顔を覆って泣き出した。
「私達は皆さんに何も無理強いは致しません。ただ、話を聞いて頂きたいだけです。その上で私達が嘘を申しているかを判断して下さい。それから、何があっても皆さんの身はお守り致します」
「俺らの事は信じられないかも知れねぇが、このままここにいたら危険ってことだけは分かるだろ! 兎に角俺らについて来い!」
 なでしこや優の言葉に生徒達は無言で耳を傾けるが、その表情から当初の反感や憎しみの色は消えている。
「僕ら‥‥みんな間違ってたんですか?」
 憔悴しきった表情で尋ねる幹也に、ゲックが答えた。
「間違いは誰だって犯す。その事で悔いるとするなら、その失態を償わずに全てを終らせた時だけだ」


 夕暮れの迫る校庭にUPCの高速移動艇が着陸し、無事に保護された7名の子供達はおとなしく乗り込んでいく。
 戦闘中に拘束された教職員3名は、別途軍の車両が引取りに来るとの事だった。
 彼らはこの後L・Hにある更正施設で「脱洗脳」の治療と社会復帰のための再教育を受けることになる。それがどれくらいの期間になるかは、洗脳の程度によりケースバイケースだろうが。
 UPC軍服に着替えたランドルフは移動艇内の生徒達に、冷えたコーヒー牛乳を詰めた水筒と手作りチョコレートを差し入れた。「少しでも正規軍に対する印象を良くしよう」という心配りだったが、
(「思えば、これも洗脳の一種だな‥‥」)
 ふと自己嫌悪に駆られてしまう。

 黒幕のバグア工作員は取り逃したものの、生徒達の救出という任務は成功を収めた。
 ただ傭兵達の胸にひっかかっていたのは、病室で聞いた茜の「能力者適性」の件だ。
 あるいは、バグアは人類側の情報から割り出した「適性者」の子供だけを集め、何らかの実験対象にする目論みだったのかもしれない。
 UPC情報部はこの事実を知っていたのか?
 知っていたとすれば、この救出作戦の真の目的は「子供達の保護」ではなく「適性者の確保」だったことになる。
 ――結果的に、それで1つの村が犠牲になったわけだが。
(「理想や情熱だけで全てが上手く行ったら、誰も苦労しねぇよ」)
 喉元まで出かかった言葉を、ゲックは己の胸の裡にしまいこんだ。

 仲間の傭兵達が撤収準備を進める間、リオンは「探査の眼」を使い、分校内に爆発物やトラップ等の危険物が残っていないか、入念に調査を行っていた。
 最後のチェックを済ませて校庭に出たとき、もう一度振り返り、夕闇の中に寂しく佇む木造の校舎を見やった。
「ここがいつか‥‥普通の生徒が通う、普通の学校になってくれたら‥‥いいのに、な」
 少年は独り言のように呟くと、L・H帰還のため、駐機した阿修羅の方へと歩み去るのだった。

<了>