●リプレイ本文
大島沖合で発見された巨大怪獣「護呪羅」はいったん太平洋上に姿を消したが、再度の日本上陸は必至と思われた。
市ヶ谷地下の防衛軍司令部に軍首脳部や科学者達が集まり、連日の対策会議が続けられていたその頃、横須賀の防衛軍士官学校では――。
「‥‥っ!?」
体操服にブルマ姿で元気に体育の授業を受けていた士官候補生・熊谷真帆(
ga3826)が、突然両手で頭を抱えて校庭に倒れた。
「熊谷さん!?」
「マホっ!」
驚いた教官や同期生が駆け寄り、慌てて彼女を保健室へと運んでいく。
その途中、青ざめた額に汗を浮かべた美少女の唇から、うわごとのような声がもれた。
「‥‥来る‥‥大きな、黒い影‥‥みんな、逃げて‥‥!」
「はいカット! OK!」
威勢良くカチンコが鳴り、学園シーンの撮影が終わる。
ここ「東亜映画」第1スタジオでは、本編監督・本間鹿治郎により人間の俳優のみ使ったドラマシーンが撮影されていた。
「いや〜特技の洞ヶ谷ちゃんから話が来た時は、素人の傭兵サンなんてどうかと思ったけど‥‥なかなかどうして、芝居が上手いじゃない?」
「しかし監督、ブルマなんて近頃滅多に見かけませんねぇ」
「ま、時代設定が90年代初頭だからな。懐かしくていいだろ? ワハハ」
そして同じ頃、特技班が詰める第2スタジオ。
『東京湾内に護呪羅らしきソナー反応を確認。現在、およそ50ノットで浦安方面へ移動中!』
対潜哨戒機からの報告を受け、浦安近辺のベイエリア一帯に展開していた陸上防衛隊の兵士達に緊張が走る。
その中に、74式戦車に搭乗する陸軍少尉の愛称「ヒメ」――勇姫 凛(
ga5063)の姿もあった。
現役アイドルである彼の怪獣映画出演に対し、初めは所属事務所も難色を示したが、
「凛、もっと自分の可能性を広げたいから」
と、マネージャーを説得しての参加。元々劇団出身なので演技にも充分自信がある。
湾内の護衛艦から一斉に発射されるアスロックも、潜水艦の魚雷も「奴」には何の効果もなかった。
そして、間もなく――。
海面全体が津波のごとく盛り上がったかと思うや、高々と水柱を上げ、護呪羅はその巨体を人々の前に現わした。
『目標を視認。各隊個別に射撃開始せよ!』
指揮官の攻撃命令と同時に、ベイサイドに砲列を敷いていた特科部隊、戦車部隊が一斉に砲門を開く。
無数の砲弾や誘導ミサイルが巨大怪獣へと殺到するが、護呪羅の肉体は奇妙な赤い輝きと共にそれらの攻撃を弾き返した。
地上部隊を援護すべく、航空防衛軍のF−1支援戦闘機の編隊も上空からロケット弾、空対地ミサイルを雨あられと注ぎ込む。
だが護呪羅はそれらの攻撃をものともせず、逆に口から青白い熱光線を吐くや、なぎ払うように周囲の航空機を撃墜していった。
「ってぇぇぇ! 冗談だろ! キツすぎるって」
F−1パイロット、ウォンサマー淳平(
ga4736)演じる藤峰あきらは機体の一部を焼かれながらも、辛うじて射出座席により脱出した。
戦車の天蓋から次々と墜ちていく友軍機を見つめ、凜は唇を噛みしめた。
(「どうしたんだ護呪羅、凛を助けてくれたお前が、こんなこと‥‥」)
かつて外宇宙から来たバグア遊星人が襲来した際、護呪羅は地球の守護神として人類と共に侵略者と戦い、バグアが切り札として送り込んだ宇宙怪獣「キングヒドラ」と相討ちになるようにして永い眠りについたはずだった。
そしてその時、キングヒドラに蹂躙される街で護呪羅に命を救われたのが、まだ幼かった凜である。
『何してる、ヒメ! おまえも早く撃て!』
部隊長から催促の無線が入るが、凜にはどうしても砲手に射撃命令を下すことができない。
「‥‥くっ」
その時、護呪羅の視線がギロリと眼下の地上部隊に向けられた。
再び放射される熱光線。灼熱の炎に焼かれ、一瞬ドロリと溶けてから爆発していく戦車や自走砲。
熱線を浴びる寸前に戦車から脱出し、辛うじて九死に一生を得た凜には見向きもせず、護呪羅は海水を滴らせながら埠頭へと上陸。舞浜方面へと向かう。
負傷した肩を押さえ、呆然と見上げていた凜だが、ふと護呪羅の胸のあたりに人工的な金属塊が埋まっている事に気づいた。
(「何だろう? 昔見た時は、あんな物なかったのに‥‥」)
とっさに手持ちのカメラ付き携帯を取り出し、写真に収める。この映像から意外な事実が判明するのだが、それはまた後の話である。
(「あ、暑いのです‥‥」)
暴れ回る護呪羅の着ぐるみの中で、スーツアクターの御坂 美緒(
ga0466)は目も回るような思いであった。
ただでさえ重たいラテックス製、加えて目玉や口を動かすギミック装置も内蔵した護呪羅スーツの総重量は百kg近くに及ぶ。重さ自体は能力者の体力で何とかなるといえ、問題は夏場の撮影、ろくに冷房もないスタジオ内の猛烈な暑さだ。
冷え冷えシートや氷袋を目一杯詰め込んで対策しているとはいえ、サウナ風呂にいるような熱気は如何ともし難い。
それでも精巧なビルのミニチュアセットをズガズガ踏み壊す快感に酔いつつ進撃する美緒の視界(スーツの覗き穴)に、ヨーロッパ風の城を象った某有名テーマパークのシンボル的な建物が入った。
(「炎天下で待ち時間が長いと地獄だったのです‥‥許さないですよ!」)
つい過去の私怨が蘇り、特に念入りに踏み潰していく。
「おっ、いいねぇ。まるで護呪羅の怒りが伝わってくるかのようだ!」
カメラを回しつつ、満足げに頷く特技監督の洞ヶ谷。
(「でもこれは洗脳されてやっている事なので、恨みではないのです♪」)
とどめとばかり中央の城を熱光線で焼き払い、スッキリした護呪羅(美緒)は、その勢いで千葉と東京を隔てる旧江戸川の方へ。
舞浜大橋を横目に川を渡りつつ、途中で長い尻尾を振り上げて橋を叩き落とす、小粋な演出も忘れない。
「はいカットォー!」
監督からOKサインが出ると同時にスタッフが駆け寄り、怪獣スーツの背中から上半身を出した美緒に頭から冷水をぶっかけ、スポーツドリンクで水分補給と、殆どラウンド間のボクサー状態である。
「お疲れさまーっ♪」
兵士役のエキストラと共に雑用係も務めるチェラル・ウィリン(gz0027)が、ニコニコ笑いながら冷えたおしぼりを差し出した。
「チェ、チェラルさん‥‥」
「え? どうしたの?」
心配そうに近寄ったチェラルの胸を、美緒の細い指がTシャツの上からふにふに。
「これで気力が湧いたのです♪」
「そ、そう‥‥よかったね」
頬を掻きつつ、チェラルは曖昧な苦笑を浮かべた。
「間違いない。今の護呪羅はバグアに操られている‥‥」
威龍(
ga3859)演じる天小路龍治博士は防衛軍士官が撮影したというその写真を見つめ、深々と嘆息した。
「ヤツが防衛軍の通常兵器を跳ね返したというのは、おそらくバグアのフォースフィールド‥‥だとすれば、やはり『あれ』を使うしか‥‥」
「お兄様。真帆様の容態が、ようやく落ち着きました」
ノックに続いてドアが開き、妹の天小路桜子(
gb1928)が声をかけた。
「うむ‥‥すぐ行く」
白衣を翻し、桜子と共に研究所の地下室へと向かう博士。既に両親を喪いたった2人の兄妹であるにもかかわらず、なぜか互いの態度はよそよそしい。
地下室に降りた2人の前には巨大な水槽と、ビキニ姿で保護液の中に浮かぶ真帆の姿があった。
その安らかな寝顔を見て、博士の苦悩はますます深まる。
「もはや、あのBNO計画の申し子を‥‥覚醒させるしかない!」
「‥‥そうやって、彼女まで犠牲になさるおつもりなのですね。昔、お義姉様を犠牲になさったように‥‥」
「待て、桜子! それは――」
「存じません。お兄様のお好きになされば良いのですわ!」
両手で顔を覆ったまま駆け出す桜子と、後を追う博士。
廊下まで昇った所で、桜子は居合わせた士官服の若者と危うくぶつかりそうになった。
「きゃっ!?」
「おっと‥‥大丈夫?」
その士官、凜と間近で顔を見合わせ、思わずポッと頬を赤らめる桜子。
「‥‥し、失礼しました」
「いえ、こちらこそ‥‥ところで、そちらが天小路博士ですか?」
「ああ。例の写真を撮った防衛軍のヒメ君か‥‥そろそろ来る頃だと思っていたよ」
「防衛軍ニューオーガノイド(BNO)計画報告書‥‥全て拝見しました」
バグアの侵略が開始された当時、それに対抗するため防衛軍側で密かに立案されたのがBNO計画――敵のFFを打ち破るエミトロン砲と、その生体エネルギー源となる「能力者」の開発である。
「だが試作第1号が完成した段階で、護呪羅の力によりバグアは撃退された。BNO計画は凍結され、そして亡き妻のクローンとして生み出された唯一の『能力者』は防衛軍の士官候補生として‥‥」
そこまでいいかけ、目頭を押さえ黙り込む龍治。
それでも、凜は心を鬼にして言い切った。
「率直に申し上げます。博士のお力でE砲の完成を――護呪羅をバグアの洗脳から解き放って下さい!」
(「日溜まりのテラスで怪獣の絵本を繰り返し読んでくれたお母さん‥‥変ね、コレしか思い出が無いの」)
それは植え付けられた仮初めの記憶。
父のごとく慕ってきた博士から全てを打ち明けられた時――。
少女は己の宿命を悟り、そして受け入れた。
「航空防衛軍教導団所属、ルーシー・クリムゾン(
gb1439)中尉。これより『E作戦』支援のため出撃します」
赤い瞳の女性士官が凜とした声で敬礼するや、同じく赤い髪を靡かせ迷彩塗装を施したF−15DJへと走り去る。
防衛軍ロシア支部より飛行教官として来日していた彼女は、江東区・中央区・港区を火の海と変えついに新宿副都心へと侵入した護呪羅を迎え撃つべく、配下の精鋭部隊を率いて出撃したのだ。
同じ頃、陸上防衛軍駐屯地――。
「お止め下さい、ヒメ様! 新宿には護呪羅だけでなく、バグアの円盤まで飛来したと聞いてます。きっと死んでしまいますわ!」
「ごめん、凛行かなくちゃ‥‥昔の恩返しをしたいから。それに、護呪羅が居なかったら、凛は桜子にも会えなかった‥‥大丈夫、絶対帰ってくるから、一番大切な君の所に」
頭の中で桜子とチェラルを重ねつつ、大熱演の凜である。
「それと、博士の事許してあげて。博士は愛してるんだよ‥‥妹の君も、そして真帆さんの事も」
「お兄様が‥‥」
ハッとしたように顔を上げる桜子の肩から手を離し、整備を終えたエミトロン砲車へと乗り込む凜。車体後部のカプセル内では、膝を抱いて保護液に浸った真帆が、己の力を解放する瞬間を静かに待っていた。
新宿副都心。
一般市民を退去させゴーストタウンと化した超高層ビル街で、防衛軍の戦車部隊が荒れ狂う護呪羅に対して決死の防戦を続けている。
その上空では、ルーシー率いる航空部隊がバグア円盤群と凄絶なドッグファイトを繰り広げていた。
「みんな、頑張って‥‥現在、起動したE砲車がこちらに急行しています」
通常兵器であるAAMでは敵円盤のFFを破ることはできず、精々牽制どまり。つまり、彼女たちの任務はE砲が到着するまでの時間稼ぎなのだ。
「はいはい、その役目引き受けてやるよ。俺、優しいから」
撃墜されたF−1からF−15Jに乗り換えたあきら(淳平)もサムズアップ。
そのさなか、新宿上空に留まったまま動こうとしない巨大円盤の機影があった。
(「敵の母船らしいけど‥‥なぜ攻撃してこないのかしら?」)
ルーシーが不審に思ったとき。
西新宿中央通りに、銀色に輝くエミトロン砲車がその勇姿を現わした。
「みんな、凛に力を貸して‥‥目覚めろ護呪羅ーっ!」
操縦席に着く凜の叫び声を耳にした瞬間、暴れていた怪獣はふと動きを止め、何かを思い出そうとするかのごとく、凜の方へ向き直った。
「エネルギー充填100%‥‥今だ!」
護呪羅の胸部に埋め込まれた洗脳装置にロックオン。凜が発射ボタンを押すと、パラボナアンテナに似た砲口から稲妻を束ねたようなE光線が走り、見事に洗脳装置を破壊する。
アンギャァアアーースッ!!
我に返った護呪羅は上空を見上げるや、地球を侵す敵・バグア円盤に向けて熱光線を放射。宇宙人の科学すら凌駕する強烈な光線が、FFもろとも円盤群を駆逐していく。
E作戦成功! ――誰もがそう思ったとき。
沈黙していた巨大円盤が護呪羅の熱光線を受けて大爆発。膨れあがる炎の塊が、何か生物らしき輪郭を形作っていく。
「あれは‥‥まさか‥‥」
炎を突き破り飛び出したのは、翼を広げ全身に黄金の鱗をまとった巨竜の姿だった。
「キングヒドラ‥‥!?」
「いや、頭が1つしかない。おそらく未成体でしょう」
驚く幕僚の言葉に、天小路博士が冷静に応えた。
「おおー、リアルな造形じゃん!」
「うちにあんなスーツあったっけ?」
何人かの映画スタッフが、感心したように囁き合う。
(「本物だっつーの!」)
覚醒で龍人化中の九条・運(
ga4694)は内心で毒づいた。
彼の場合素の姿なので美緒の様に酷暑地獄に耐える必要はないが、ワイヤーで空中に吊られての演技だけに、これはこれで結構しんどい。
空中で実体化したキングヒドラは、怪光線を吐きつつ護呪羅に体当たりした。
未成体とはいえ、最強の宇宙怪獣である。たまらず吹き飛ばされた護呪羅の巨体が隅友ビルに激突、高さ200mの摩天楼を倒壊させた。
「E作戦部隊、これより護呪羅を援護する!」
凜はエミトロン光線でヒドラを狙撃。FFの防御を無効化した所に、ルーシーやあきらの戦闘機から放たれたAAMが叩き込まれた。
うろたえるヒドラに、起き上がった護呪羅が尻尾の一撃を浴びせ、地上へ叩き墜とす。
なおも飛び立とうともがく宇宙怪獣に防衛軍の戦車隊と護呪羅の熱光線が集中砲火を浴びせ、ついにその息の根を止めた。
人々が歓喜に湧く中、E砲車のカプセル内では――。
「博士、桜子さん、それにヒメさん‥‥幸せになってね」
力を使い果たした真帆が微笑み、ゆっくりとその瞼を閉じた。
「お疲れ様ーっ!」
試写会終了の後、スタジオに集まったスタッフと能力者達は、冷えたビールやジュースで乾杯して映画の完成を祝った。
「よかったよねえ、最後のシーン。ボク泣いちゃったよ」
映画のラストカット。再び眠りにつくべく太平洋へと去っていく護呪羅を背景に、抱き合って口づけをかわす凜と桜子の姿を思い出し、チェラルがグスっと涙ぐむ。
「あのシーンって、ほんとにキスしたの?」
「あれは角度とか調節して貰って、キスのフリ、なんだからなっ。映画やドラマじゃみんなやってる」
「へぇ〜。そうなんだぁ?」
(「だって初めては、チェラルと‥‥」)
素直に驚いて感心するチェラルを前に、凜はなぜかビールも飲んでいないのに赤面してそっぽを向くのだった。
<了>