タイトル:【納涼】怪談・百物語マスター:対馬正治

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/08/04 00:27

●オープニング本文


(「ううっ‥‥こ、こんな依頼受けるんじゃなかったよぉ‥‥」)
 しんと静まりかえったお堂の床にペタンと体育座りし、ヒマリア・ジュピトル(gz0029)は早くも後悔し始めていた。


 ここはとある田舎の寺院。昔はかなりの檀家を抱えた立派なお寺だったらしいが、近年の過疎化に伴い次第に檀家も減り、現在は住職もいない廃寺と化している。もちろん寺の墓地も、ここ数年はお参りに来る者もなく草茫々の荒れ地となっていた。
 それだけなら、よくある話だ。
 しかしいつ頃からか地元住民の間に「この寺に幽霊が出る」という噂が広まり、しかもそれがTVやラジオのオカルト企画で派手に紹介されたため、面白半分の肝試しのため深夜、若者グループがわざわざ遠方から車で押しかけるほどの騒ぎとなった。
 そんな若者グループ達を、本当に現れた「幽霊」が襲ったのだ。
 実際に死亡者が続出し、地元はパニック状態。今やマスコミ関係者も含めて、興味本位でこの寺に近寄ろうとする者は途絶えてしまった。
 検視の結果、犠牲者の遺体にこれといった外傷はなく、死因は全て心臓麻痺。だがその死に顔は、何か怖ろしい物を見てしまったかのように恐怖で歪んだままだったという。
 バグア襲来前の時代であれば、この事件もまた「よくある都市伝説」の1つとして忘れ去られていったかもしれない。
 しかし現実に被害が出ていること、またキメラ関連事件の疑いもあることから、地元警察を通してUPCに通報があったのだ。


 というわけで、今宵能力者の傭兵達はキメラ討伐のため、件の廃寺のお堂に集まって思い思いの姿勢で腰を下ろしている。照明がないので、たまたま堂内に残されていた蝋燭と燭台を持ち出し、各人の前に1本ずつ灯していた。
「‥‥しかし、真夜中の寺に幽霊か。バグアも風流っつーか‥‥何とも夏向けのキメラを作ったもんだなあ」
 ヒマリアと共に依頼に参加した傭兵の1人が、苦笑していった。
 確かに少し出来すぎの感もあるが、キメラの外観には人類側の心理的恐怖を煽るため神話・伝説をモチーフにしたものも少なくない。当然、その中に日本の幽霊がいても不思議はないだろう。
「そうそう。運良く生き残った目撃者の証言によれば、現れた幽霊‥‥じゃなくてキメラはこんなヤツだそうよ」
 別の女性傭兵が、ポケットから取り出したキメラの再現画を仲間達の目の前で広げる。
 それを見るなり、傭兵達は思わず吹きだした。
「――まんまじゃん!」
 白い経帷子からやせ細った肩をのぞかせ、長い髪を振り乱し、恨めしげに両手を垂らした若い女。むろん足はない。
 今時、遊園地のお化け屋敷くらいでしかお目にかかれない、まさにステレオタイプの「幽霊」である。
 まあベタといってしまえばそれまでだが、バグア側にしてみれば占領地域で収集した日本の幽霊画か何かを参考に「とりあえず作ってみた」という所だろう。
「この頭についた三角形の白いの、何ですかぁ?」
 日本の幽霊についてよく知らないヒマリアは、女性傭兵に尋ねた。
「それは『天冠』っていってね、本来は仏式葬儀で死者の身につける死に装束の一種よ。閻魔大王に対する礼装だとか、死者が地獄に堕ちないためのおまじないだとか諸説あるみたいだけど‥‥本当のところは、私もよく知らないなあ」
「へえ〜‥‥」
 とりあえず敵キメラの姿を確認すると、傭兵達の間に再び沈黙が流れた。
「しかし‥‥退屈だよな。ただ敵さん待ちっていうのも」
 一応、暗視スコープ装備の者を中心に墓場や寺の周囲を索敵したのだが、今の所キメラ出現の気配はない。
「そういえば、襲われたグループは肝試し目的だったのよね‥‥私たちが肝試しのフリでもすれば、誘き出されて来るかしら?」
「なら、いっそ怪談会でもやるか?」
 傭兵の1人が、ポンと膝を打った。
 彼の話によれば、日本の古い怪談会の形式に「百物語」というのがあるという。
 簡単にいえば百人の参加者が目の前に1本ずつ蝋燭を灯し、1人が1話語るごとに自分の蝋燭を吹き消していく。そして百人目が語り終えたとき、会場は真の闇に包まれ――。
「その中に本物の幽霊が現れる‥‥なーんてな。まあ怪談ムードを盛り上げるための演出だろうが」
「面白そうじゃないか? 百本とはいかないが、ちょうどここに1人1本ずつ蝋燭もあることだし」
(「どひ〜〜っ! やめてぇーっ!!」)
 内心でビビリまくるヒマリアだが、仲間達の手前、今さら後に退く事もできない。
(「だ、大丈夫よね‥‥もし出るとしたって、相手は本物のオバケじゃなくてキメラなんだから‥‥」)
 そんな彼女の動揺には全く気づかぬ様子で。
「いいか? じゃあ、俺から行くぜ‥‥」
 闇の中、仄かに揺れる蝋燭の灯りに顔だけを浮かび上がらせ、1人の傭兵が静かに語り始めた‥‥。

●参加者一覧

柚井 ソラ(ga0187
18歳・♂・JG
御坂 美緒(ga0466
17歳・♀・ER
月影・透夜(ga1806
22歳・♂・AA
潮彩 ろまん(ga3425
14歳・♀・GP
寿 源次(ga3427
30歳・♂・ST
水雲 紫(gb0709
20歳・♀・GD
東 冬弥(gb1501
15歳・♂・DF
天小路桜子(gb1928
15歳・♀・DG

●リプレイ本文

「俺が、昔山小屋に泊った時の話です‥‥」
 柚井 ソラ(ga0187)は語る――。
「宿泊客が雑魚寝するような場所なんですけどね。夜中に目が覚めて、なんとなく寝付けなくて‥‥その時に足音がしたんです。誰かがお手洗いに行っていたのかな、と思ったんですが、変なんですよ。
 山の中だからみんな登山靴か、運動靴なわけですよ。なのに、ハイヒールの、あの、コツコツって音がするんです‥‥そんなヒールの靴で来れるハズないのに。
 足跡はだんだんこっちに近づいてきて‥‥そこで、怖くなって布団をかぶってしまったので、あとはわかりませんが‥‥」
 そこでふっ、と間を置き。
「‥‥後から山小屋の人に聞いたら、昔その山小屋の近くの谷に、身を投げた女性がいたんだとか。もしかしたら、その人の霊だったのかも知れません」

 1話目を語り終えたソラが、目の前の蝋燭を吹き消す。
 お堂の床に円座した傭兵達の間に、一時の沈黙が訪れた。
「キメラを誘い出すため」という名目で始まった百物語。
 とはいえ時刻は草木も眠る丑三つ時、所は荒れ果てた無人の廃寺。怪談を語るのに、これ以上うってつけの舞台はそうないだろう。
「じゃあ2番目。俺、行くぜ‥‥」
 東 冬弥(gb1501)が身を乗り出した。
「その2人はごく普通の中学生だった。名前は‥‥まぁAとBとでもしてくれ」
「ある中学で起こった出来事」と前置きして、冬弥はその話を語った。
「ある日。Aが登校すると、BがサイトのURLを手渡してきた。『このFLASHゲーム最高だぜ。やってみろよ!』」

 しかしAの家にはPCがなかった。
 Bは残念そうだったが、すぐ別の友人に勧め始めた。

 数日後、Bの紹介したゲームサイトはクラスのブームとなっていた。
 まるで宗教のように。
 Aは黙って周囲の話を聞いていたが、ふとある事に気がついた。
 彼らは、楽しい・面白い・最高だと褒め称えるばかりで、そのゲームの、何がどのように良いのか、という肝心な部分を誰も話さないのだ。
 質問しても答えようとはしない。

「『俺にもゲームを見せてくれ』Aは必死にBに頼みこんだ。で、まあBの方も聞き入れたわけだな」

 日曜日。Aは数人の友人と共にBの自室に招かれた。
 彼らの目は虚ろで無表情だ。やはり何かがおかしい。
 Aはそう感じながらも、Bの肩越しにPCの画面を覗き込んだ。
 ――見た。
 その瞬間、目を逸らした。直視できるものではない。
 頭痛と目眩を覚えるような、激しく鮮明な色が点滅する、ただそれだけの画面。

「部屋中に子供じみた笑い声と、狂ったようなクリック音が響いていた‥‥」
 ゴクリ、とヒマリア・ジュピトル(gz0029)が生唾を飲む。
「そ、そのA君達‥‥それからどうなったんですか?」
「さあねぇ? 案外、まだ家に籠もってゲームを続けてたりしてな」
 意味深に笑い、冬弥は自分の蝋燭を吹き消した。
「PCにゲーム。オチのない後味の悪さ‥‥怪談も、時代につれて変わっていくものなのですね」
 暗さの深まった堂内で、水雲 紫(gb0709)がいう。常に被っている狐面に隠された表情は定かでないが、心なしかその声はやけに嬉しげである。
「次は俺だな。宜しく頼む」
 寿 源次(ga3427)が一同に挨拶した。
「ま、つまらん話だがな‥‥」
 そう断りつつも、低く呻く様な声音は既に怪談モードである。

 どんよりと嫌な天気だった。思えばこの時から違和感があった。
 そんな空から逃げるようにコンビニへ入った。
 時間の割りに、人気の無い店内。
 店内の空気に耐えられずカゴに商品を詰込んでレジに立ち、店員のうろんな目を見た瞬間、違和感の正体が分かった。

 源次はクワっと目を開き――。

「サ イ フ 持 っ て な い」

 ズルっとこけ、床に突っ伏すヒマリア。
 蝋燭を吹き消した源次は一同の顔を見回し、
「つまんないって言ったじゃん。言ったじゃん」
「でもまあ‥‥これも怖い話だよな、見方によっちゃ」
「気まずいですもんねえ」
 何人かの傭兵が頷き合う所をみると、案外同様の体験者は多いのかもしれない。

「次は私の番なのですね♪」
 怪談会とは思えぬ朗らかな声で、御坂 美緒(ga0466)が手を挙げた。
 彼女の話は、以前病院に入院していた時の実体験だという。
「その病院では、夜に看護士さんが巡回するのですけれど。私が偶々夜に目を覚ますと、俯き加減の看護士さんが見回ってたのです。
『疲れてるのかな』と思って、その時は気にしなかったですけど‥‥。
 次の日も、その次の日も、俯き加減の看護士さんが見回りしてるのです。
 流石に変だなあと思って‥‥その時気が付いたのですけど、私もどうしてか、夜中の同じ時間に目が覚めてるのです。
 少し怖くなって、今日は寝たままでいようと頑張って眠ったのですが‥‥。
 夜中にやっぱり目が覚めて、俯き加減の看護士さんが見えてしまったのです。
 ‥‥よく見ると、俯いてるのではなく、首が妙な方向に曲がってたのです‥‥」
「みゃっ!?」
 ヒマリアが喉の奥で小さく悲鳴をあげる。
「その時、看護士さんがこっちに近付いてきたと思ったら‥‥怖くて気絶してしまったらしくて、気付いたら朝でした。
 退院の時、あれが何かは確認しなかったですけど‥‥思い返すと、入院中看護士さん達が気の毒そうな目で私を見たり、妙に気遣ってくれてた気がするのです‥‥」
 いつになくシリアスな表情で、美緒は静かに蝋燭の火を吹き消す。
「ヒマリアさん‥‥」
「え?」
「怖いようでしたら、ふにふにで緊張を解しましょうか♪」
「け、結構ですっ!」

「‥‥さて、私の番ですね」
 急に声のトーンを落とし、紫が居住いを正した。
 蝋燭の灯りに浮かび上がる狐面のおかげで、怪しさも3倍である。
「では、この場所にちなんで廃寺での小話を一つ。
 突然の雨に、雨宿りに来た旅人が一人――。
 仏に断りを入れ、暫くそこで雨が止むのを待つ事に。
 暫くして旅人の耳に、雨音とは違う音が聞こえて来ました。
 ミシ、ミシミシ
 旅人は不安に思い、辺りを見渡します。
 そこには、仏がまるで鬼の様な形相で旅人を襲おうとしている所でした。
 恐れおののいた旅人は、荷物も持たずに逃げ出してしまいました」
 そこで突然腹の底から響くような大声で、
「鬼だ! 鬼が出たーー! ‥‥と叫びながら」
「ひゃん‥‥!」
 驚いたソラが、思わず隣にいたヒマリアにしがみつく。
「あ‥‥す、すみません、でした」
「さて、実はこの話には続きがありまして‥‥」
 紫の物語にはまだ先があった。
「暫くし、鬼が急に調子を変えて愉快に笑いました。
 すると、鬼が煙に包まれました。
 煙が消えると、その中にちょこんと一匹の狐。
 この狐、こうしてこの寺に入り込んできた人間を驚かしては楽しんでいたのですが‥‥。
 そこに、仲間の狐が入ってきてその狐に言いました。
『ずっと見てたが、お前さんは誰を化かしてたんだい?』
 狐が見ると、旅人が捨てた荷物は無く、旅人が寝ていた場所には‥‥風化してボロボロになった風車が、カサカサと回っているだけでした」
 自分の手に持つかざぐるまをクルクル回し、
「はい、お後がよろしいようで‥‥」
「化かしたつもりが、自分が化かされちゃったんですね‥‥何か可愛い☆」
 リアル系の恐怖譚が続いた後だけに、ほのぼのしたオチにやや安堵するヒマリア。

「さて、俺も山の話だ。ちょっと有名だから知ってる人もいるかもな」
 日頃と変わらぬ冷静な口調で、月影・透夜(ga1806)が語り始めた。
「能力者4人が依頼帰り、雪山で吹雪いてきて山小屋に避難することになったんだ。このお堂みたいな感じだな。だが雪山装備もない中では能力者でも命が危ない。そこで4人はゲームをすることにしたんだ。
 4人が4角に立ち1人が隣角まで移動し背中をタッチ、その人は次の角まで行きタッチ‥‥これを延々と朝まで繰り返せば眠らないと」
 既に残り少ない蝋燭の炎が揺れるお堂の中に、透夜の声が淡々と響く。
「やがて無事に朝を迎えた。‥‥でも喜ぶ中で1人がふと気づいてしまったんだ。『このゲーム、5人いないと成り立たない』って」
 確かに、4人目が移動する角には誰もいない計算になる。
「『でも背中はタッチされたぜ?』『‥‥じゃあ、5人目は‥‥』恐る恐る4人が振り返りると‥‥朝日に照らされた小屋の隅には、手を伸ばして横たわる骸骨が‥‥ほら、丁度アレみたいにね!」
 大声を上げて透夜が指さした先――お堂の片隅に、ボウっと光る人間の頭蓋骨。
「きゃあーっ!!」
 ヒマリアが金切り声を上げた。
「ははは、落ち着け。よく見ろってば」
 透夜が苦笑する。それはリモコン式で発光する玩具だった。怪談会が始まる前に、予め仕込んでおいたのだろう。
「もうっ、月影さんてば‥‥意地悪っ!」

「じゃ、次はボクだねっ!」
 暗がりの中、蝋燭の灯りにオドロ半漁人Tシャツを浮かび上がらせ、潮彩 ろまん(ga3425)が元気に声を上げる。
「これはね、ボクが知り合いに聞いた本当にあった話だよ」
 一転して真顔に変わり――。
「部活で遅くなった学校帰り、人気のない路地で、ひき逃げに遭っちゃった子がいたんだって‥‥地面に叩き付けられて、体は動かなくて、でも誰もいないから助けも呼べなくて。『もう駄目かな』そう思った時、すぐ側で車が止まるような音‥‥ざわめきの後、抱きかかえられたと思ったら、何かに乗せられた。
 その子『これで助かる』そう思ったんだ。
 やがて、サイレンを鳴らして何かは走り出した。夜の道を、止まらず、ずっと、ずっと、何分も何十分も。
 不安になったその子は、そこで初めて気が付いたんだって。救急車だと思っていたものが、影のように真っ黒なことに‥‥その後、その子を見た人は誰もいないそうだよ。
 そして、今でもその子を乗せたまま、それはこの辺りを彷徨っているんだって‥‥ほら」
 ブロロォ‥‥
 抜群のタイミングで、遠くから近づいて来るエンジン音。
「ま、またぁ‥‥これって、ろまんちゃんの仕込み?」
「ううん。ボク知らないよ」
「まさか‥‥」
 エンジン音が止まり、いきなりお堂の障子が開いた。
「途中で道に迷って、すっかり遅くなってしまいましたわ」
 それはバイク形態のAU−KV「リンドヴルム」に乗り、遅れて到着した天小路桜子(gb1928)だった。
 途中参加となった桜子の蝋燭が用意され、彼女も怪談を話す事に。
「幼い日のお話で、小学校の臨海学校で肝試しをした際の事です」
 なぜかメイド服姿できちんと正坐し、おっとりした口調で語る桜子。
「2人1組で手を繋いで古い屋敷内を目的地まで行って帰ってくるだけなのです。
 わたくしの番になって手を繋いでスタートして、順調に行って帰ってきたのですが、戻ったわたくしに皆様が不思議な顔をしていました。
『桜子ちゃん、誰と行ってきたの?』と。
 気が付けば、繋いでいた手の腕から先が闇に解ける様に消えていました。
 そして、クスクスと笑い声と共に消えてしまいましたわ。
 後は大騒ぎに‥‥」
 8本目の蝋燭が吹き消され、残るは1本――。
「あっ、ヒマリアちゃんはトリだから特別に‥‥」
 ろまんがサインペンを取り出し、ヒマリアの蝋燭に「92本分」とでかでか書き付ける。
「あうぅ‥‥どーもすみません‥‥」
 もはや観念したかのように、うるうる落涙するヒマリア。

「えと、これはあたしが訓練生だった頃、聞いた話なんですけどぉ‥‥」
 まだ能力者になって間もない頃。彼女達が通う初期訓練センターの裏手に、ひっそりと小さな研究所のようなビルが建っていた。
「ほんとに目立たない建物なんですけど、そのくせ門の前には24時間UPCの兵隊さんが歩哨に立って、中を覗く事も出来ないんです。友達とも『何の施設だろう?』ってよく噂しあってたんですけど‥‥」
 それでも好奇心には勝てず、ある晩1人の訓練生が、センター帰りに思い切って歩哨の兵士に尋ねてみた。
「実はその建物、戦死した能力者の体から回収したエミタを一時保管するための施設だったんです。普通は持ち帰った遺体からエミタだけ摘出するんですけど‥‥大きな戦闘の時なんか、それも間に合わず手首ごと‥‥。
 兵隊さんの話によれば、施設の地下にはホルマリンの水槽があって、切り取られた手首だけが何十個もプカプカ浮かんでるって‥‥」
 いったん言葉を切り、ヒマリアはじっと顔を伏せた。
「で‥‥その訓練生の子、話を聞きながら気づいたんです。目の前の兵隊さん、片方の手首が無くて、軍服の袖が血でぐっしょり濡れてる事に――」
 ヒマリアは唐突に顔を上げ、大声で叫んだ。
「おまえの手首を寄越せ!!」
 傭兵達が武器を取り、素早く後ろに飛び退った。
「え? あ、ウソウソ! これ、雑誌で読んだ都市伝説で――」
「違うって! ヒマリア君、後ろ、後ろ!」
「はあ?」
 源次にいわれて振り返ると、何時の間に現れたのか。
 長い髪を振り乱し、恨めしげに両手を垂らした白装束の女と、ばったり目が合った。
「ぎゃあーーっ!?」
 尻餅をついたままワタワタ後ずさり、慌ててレイピアを構える。
 そろそろ出る頃合いだろう――と踏んでいた傭兵達は、特に慌てる事もなく戦闘体勢に入った。
 透夜がカデンサを構え、堂内から弾き飛ばすように薙ぎ払う。
 庭に吹き飛ばされた幽霊型キメラを追い、傭兵達も一斉に飛び出した。
 桜子は入り口付近に停めたリンドヴルムに跨り、すかさずAU−KVを全身装着。
「オラァっ! 破邪滅却ッ!」
 100tハンマーを振り上げた冬弥が、流し斬りの一撃を叩き込む。
『うらめしやぁ〜‥‥』
 キメラはフワリと宙に舞い上がると、その両手から目に見えぬ冷気のような波動を放射してきた。
 傭兵達の背筋をゾッと冷たいものが走り抜ける。能力者だからこそ多少のダメージで済むものの、一般人ならたちまち精神を侵されショック死している所だろう。
「さっさと‥‥終わらせましょうね」
 ソラが洋弓アルファルで空中のキメラを狙撃。
 放たれた矢は幽霊の体をスルッとすり抜け‥‥るはずもなく、串刺しとなったキメラが地面に墜落した。
 なおも霊波動を放ち抵抗するキメラを取り囲み、袋叩きで息の根を止める。
 かくして怪談会のオマケの様なキメラ討伐は無事終了した。
「さて帰るか‥‥なあ、アレって‥‥」
 訝しげに呟く透夜の言葉にみんながお堂の方を見やると、堂内に1本だけ「92本分」と書かれた蝋燭が灯っている。
「な、何で? さっき弾ね飛ばして、消えちゃったと思ったのに‥‥」
 首を傾げるヒマリアだが、ともかく最後の蝋燭を消さない事には「百物語」が終わらない。
 やむなく堂内に引き返し、しゃがみこんで蝋燭の火を吹き消す。
 真の闇に包まれた廃寺の庭に、
「ふぅ、またこういう機会があると良いですね〜♪」
 妙に楽しげな紫の声が響いた。

 お後がよろしいようで‥‥。

<了>