タイトル:パパとママの秘密マスター:対馬正治

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2007/11/14 14:14

●オープニング本文


 ある日、可愛がっていた犬のペスが死んだ。
 いまにして思えば、それがすべての始まりだったような気がする。

 ペスの死に方はひどいものだった。
 パパは「庭に入り込んだ野犬にやられたんだろう」といったけど、あれは、絶対そんなのじゃない。
 たぶん、もっと別の‥‥うまく口では言い表せないけど。
 ペスが死んだのはとっても悲しかったけれど、その代わり、私にとって嬉しい「変化」が、いくつかあった。
 これまでずっと喧嘩ばかりして、「今度こそ別居だ」「離婚だ」なんて罵り合っていたパパとママが、その日から急に仲良しになってくれた。それに、いつも仕事、仕事でろくに家に帰らなかったパパが、残業を減らして早く帰るようになったこと。
 きっと、ペスのことで落ち込んでいる私に、気を遣ってくれてるんだろう――そう思うと、とても嬉しかった。

 何日かあと、パパは「さあ、ペスの代わりだよ。今度は野犬に襲われないよう、家の中で飼える動物にしたからね」といって、新しいペットを買ってきてくれた。
 正直、最初は抵抗があった。何年もの間、家族同然に暮らしてきたペスの「代わり」だなんて、そんな簡単に割り切れるものじゃない。
 でもパパが買ってきてくれたのはとっても可愛いリスで、いつしか私もペスのことを忘れ「ミック」と名付けたその子に夢中になってしまっていた。

 何かがおかしい‥‥そう感じ始めたのは、半月ほど経ったあとだった。
 ある晩、私が夜中トイレに行きたくなり、眠い目を擦りながら二階の廊下を歩いていると、パパの書斎から光が漏れている。
(こんな時間に‥‥?)
 半開きになったドアの隙間からそっとのぞき込んでみると、パパとママが、デスクのPCに向かって熱心に何かやっている。
『間もなく始まる、我々の‥‥』
『UPCの動きは‥‥』
 そんな言葉が、とぎれとぎれに耳に入った。
 私の気配に気づいたのだろう。パパとママは、なぜか慌てたように振り返った。
 その顔がまるで別人のように怖くて、私は思わず廊下に尻餅をついてしまった。
「そんな所で、何をしているんだい? 美帆‥‥」
 すぐに元通り優しい顔に戻ったパパが、穏やかに尋ねてきた。
「ト、トイレに行きたくて‥‥灯がついてたから、つい‥‥」
「そうか。なら、早くお行き」
「‥‥いったい何してるの? それに、ママまで」
「パパはね、会社のお仕事が残ったから、おうちに持ち帰ってやってたのさ。ママにも手伝ってもらってね」
「そうよ、美帆。ママも今日から勤めを辞めて、おうちでパパのお仕事を手伝うことにしたの‥‥だって、私たち家族ですものね」
「え? で、でもママ、いつも『自分の仕事と家のことは両立する』って‥‥」
「いいから、寝なさい。明日も学校だろう?」
 そういうと、パパは私の目の前でバタンとドアを閉めた。
 いま、私たちは「バグア」という悪い宇宙人と戦っている。パパの勤め先は、その宇宙人と戦うための武器や飛行機を作っている、とても大きな会社だ。
(確かに、パパが早く帰ってきてくれるのも、ママがいつも家に居てくれるのも、嬉しいけど‥‥)
 何かひっかかるものを感じながら、私は用を済ませて部屋に戻った。

 翌日。学校で、クラスメートの男子たちの会話が耳に入った。
「知ってるか? バグアってさー、本体はドロドロのアメーバみたいなヤツで、人間にとりつくんだってよ」
「げーっ。うちの母ちゃん、ひょっとしたらバグアかもなぁ。最近、『もうすぐ中学生なんだから勉強しなさい!』なーんて、うるさくてしょーがねーの」
「ギャハハ! おめーの母ちゃんなら、まんまキメラだろーが」
(バッカみたい‥‥)
 私はそう思いながら次の授業のため教科書やノートを机に並べたが、ちょうど水槽に一滴の墨汁を垂らしたように、心の中に広がるモヤモヤした不安を抑えきれなかった。

 その日、家で晩ご飯を食べているとき、TVではバグア軍との戦況を伝える最新のニュースを流していた。
 UPCが開発したという新型戦闘機がバグアの円盤と激しい空中戦を演じ、やがて見事に撃墜するスクープ映像だった。
「すごーい!」
 私はご飯を食べるのも忘れてTVに見入った。
「パパ、ママ、見て! すごいよ、ナイトフォーゲルだって!」
 だけど、パパはニコリともせずにTVを切った。
「くだらない番組を見て喜んでるんじゃない。宿題は済ませたのか?」
(くだらないって‥‥あの飛行機は、パパの会社で作ってるんじゃないの‥‥?)
 追い立てられるように、2階の子供部屋へと上がる。
「パパ‥‥いったいどうしちゃったのかなぁ? ミック」
 私は勉強机の脇に置いたミックの檻を持ち上げ、中にいるリスに話しかけた。
「――いたっ!」
 左手の中指に鋭い痛みを覚え、私は思わず檻を投げ出した。
 驚いて左手を見ると、中指の先がカッターでざっくり切られたように血を流している。
「ミック‥‥?」
 ドスドスという足音のあと、いきなりドアが開き、パパが部屋に入ってきた。
 床に転がったミックの檻を見るなり、何も訊かずに私を殴りつけてきた。
「何てひどいことをする! 生き物を粗末に扱う悪い子は、うちの子じゃないぞ!」
 ひどいこと? 噛まれたのは、私の方なのに――。
 部屋の入り口にはママも立っていた。
 私のケガを心配するでもなく、ただ冷たく「観察」するような眼差しで。
「そうそう、明日は学校を休みなさい。先生には、パパから連絡しておくからね」
「え? 何で‥‥」
 返事の代わりに、乱暴にドアが閉められた。
 慌てて廊下に出ようとしたけど、開けられない。いつの間にかドアノブが交換され、外から鍵を掛けられるように改造されていたのだ。
(パパ‥‥ママ‥‥どうして!?)
 ふと背後に視線を感じる。
 振り返ると、元の場所に戻された檻の中から、ミックが小さな眼を光らせて睨み付けている。
 まるで私の方が檻の中にいて、ミックから監視されているみたいだ。
 ガサガサガサ――。
 天井裏から、鼠でも走り回るような物音が響いた。
 2匹、3匹‥‥いや、もっといる。
「い‥‥いやぁーっ!」
 私は恐怖に駆られ、唯一の出口である部屋の窓を開いた。
 ちょうど手近にあった雨樋を伝い、左手の痛みも忘れて庭へと降りる。
 パパたちに気づかれたかどうかは、判らない。
 灯火管制で真っ暗になった夜の街。その塗り込めたような闇の中を、私は裸足のまま、ただ無我夢中で走り続けた。

●参加者一覧

ブラッディ・ハウンド(ga0089
20歳・♀・GP
桜崎・正人(ga0100
28歳・♂・JG
柚井 ソラ(ga0187
18歳・♂・JG
ファファル(ga0729
21歳・♀・SN
二階堂 審(ga2237
23歳・♂・ST
ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416
20歳・♂・FT
不破 梓(ga3236
28歳・♀・PN
大川 楓(ga4011
22歳・♀・GP

●リプレイ本文

 日本某県・UPC陸軍基地。かつて陸上自衛隊の駐屯地だったその施設内に、その少女は保護されていた。
 少女の名前は尼崎美帆(あまがさき・みほ)、12歳。
 ついひと月前まで明るい学園生活を送っていた筈の少女は、面会室で傭兵たちの前に現れたとき、あたかも病人のごとく青ざめ、無言でうなだれていた。
「はじめまして。お父さんとお母さんのことについて、ちょっと聞いてもいいかな?」
 とりあえず、いちばん歳が近い柚井 ソラ(ga0187)が声をかけた。
「‥‥警察や、UPCのおじさんたちに‥‥何度もお話しました」
 そういって、美帆は再び黙り込んだ。
「お父さんたちのこと、何でバグアだって思ったんだい?」
 ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416)が単刀直入に質問をぶつけると、少女は一瞬ビクっと身をすくめたが、
「あの時のパパとママ‥‥絶対普通じゃなかった‥‥でも、ほんとにバグアかどうかは‥‥」
 そこまでいってから、突然弾かれたように立ち上がり、縋るような表情で、
「パパとママ、悪い宇宙人に操られてるだけだよね!? きっと元に戻るよね!?」
 同席していた医師と看護士が慌てて駆け寄り、美帆をなだめる。
「すみません。まだ本人の動揺が激しいので、これ以上は‥‥」
「やむを得んな‥‥」
 ファファル(ga0729)がため息をついた。
「残念だねぇ‥‥もう少し話が聞きたかったけど」
 とブラッディ・ハウンド(ga0089)も悔しそうにつぶやく。
 できればこのあと美帆と少し遊んでやり、彼女の気分を紛らわしてやりたいと考えていたのだが、どうやらそれが許される容態ではないようだ。

 4人は面会室を出て、基地内の会議室へと向かった。
 他の仲間達と合流し、策を練るためである。また、今後の作戦行動のためUPC正規軍の担当者とも打ち合わせる必要があった。

「成果なしか‥‥ただでさえ多感な年頃の子供が、バグアに憑かれた両親に監禁されかけたんだ。しばらく精神が不安定になっても無理はないだろう」
 二階堂 審(ga2237)が、サイエンティストらしく冷静に意見を述べた。
「いや、まだバグアと決まったわけじゃない。ミックがバグアの本体で、夫婦は単に洗脳されてるだけって可能性もある」
 少しむっとしたような顔で、ホアキンが反駁する。
「あの子のためにも‥‥何とか、両親を助けてやりたい」
「両親‥‥家族、か」
 大川 楓(ga4011)は小さくつぶやき、ポケットから家族の写真を取り出した。彼女自身は家族と疎遠になって久しいが、それでも自分にとってはかけがえのない人々だ。
 彼らがもしバグアの宿主にされるような事態になったら、自分はどう思うだろうか?
 今の美帆の心情を察し、楓の胸は痛んだ。

 会議室のドアが開き、UPCの軍服をまとった厳つい顔の男が近づくと、傭兵たちの前で立ち止まり敬礼した。
「今回の任務を担当する松本少佐だ。‥‥おや?」
 ファファルの顔に目を留め、
「そっちの傭兵さんとは、確か一度会ってるな」
 以前にバグア軍が海上コンビナートを襲撃した事件で、2人は顔を合わせている。
 旧陸自出身の松本は、UPC正規軍でも、特に対キメラ戦専門の実戦部隊を指揮する叩き上げの将校だった。
「‥‥ところで、あんた方から申請の出ていた消防服と発煙灯の貸与だがなぁ‥‥上から却下された。申し訳ないが」
 椅子に腰掛けながら、ムスっとした顔で松本がいった。
「本職でもないのに消防士や警官の制服を着て行動すれば、立派な公務員詐称罪だ。いくら能力者の傭兵さんだって、法律は守ってもらわねえとなぁ。‥‥まあこっそり盗聴器を仕掛けるくらいなら、こちらも目をつぶったろうが」
「発煙灯も‥‥ということは、偽装火事じたい駄目なのか?」
 古流武術の使い手で、傭兵たちの中でも武闘派の不破 梓(ga3236)が不満そうに尋ねた。
「すまんがな。そもそも、警察や俺たち正規軍が大っぴらに動けばあの夫婦に警戒されるだろうから、内密の調査をULTに依頼したんだぞ? 戦闘になったならともかく、調査段階で騒ぎを起こしてどうするよ」
 松本は噛んで含めるような口調で、
「もう警察も正規軍も臨戦体制に入ってる。もちろん、娘の証言だけで動いたわけじゃねえよ。この半月、私服警官がさりげなく夫婦の素行を調査したが‥‥どうも怪しい変化が多いんだ。ひと月前まで仕事人間だった義男(よしお)が急に残業を断るようになり、それまで離婚寸前まで悪化していた夫婦仲がいつの間にかよりを戻し、妻の美恵子(みえこ)は自分の仕事を辞めて家で旦那のお手伝いときた」
「だが、全部状況証拠だろう? あの夫婦がバグアだという確証にはならないはずだ」
 ホアキンが食い下がる。
「その通り。だから、あんた方にその『確証』ってやつをつかんで欲しいんだよ」
 松本はいったん言葉を切り、一同の顔を見渡した。
「‥‥もちろん、やり辛い任務だってのは判ってる。俺にだって、似たような年頃の娘がいるからな。だが、俺はこれまでバグアとの闘いで大勢の部下を亡くしてきた。あいつらにだって、それぞれ家族がいたんだ‥‥どうか察してくれ」
 ひどく苦々しい表情でいうと、松本は申請許可の下りた無線機のみを傭兵たちに配った。
「支援が要るようなら、いつでも連絡してくれ。知っての通り、このところ東京と福岡のバグア軍が妙な動きを見せててな‥‥それもあって、UPC日本本部もこの件にはえらく神経を尖らせてる。よろしく頼むぞ」
 そう言い残し、松本は席を立って会議室を後にした。

「しかし、偽装火事が駄目となると‥‥後は、義男の会社から探っていくしかないな」
 眼鏡の位置を直しつつ、審がいった。
「そちらの方は、いま桜崎があたっている。そろそろ連絡があるはずだ」
 煙草に火を点けながら、ファファルが答える。
「さて、果たして黒か白か‥‥」

 ◆◆◆

 その頃、桜崎・正人(ga0100)は義男の勤務先であり、日本最大の企業でもある「銀河重工」の支社ビルを訪れていた。ちなみに同社は新鋭戦闘機「ナイトフォーゲル」のライセンス生産も手がけている。

「尼崎? ああ、彼ならいま、自宅で謹慎中ですよ」
 応対に出た、上司の開発部長がいった。私服姿の正人を訝しげな目つきで見ているが、UPC本部を通したアポなので話にはすぐ応じてくれた。
「何かあったんですか?」
「社外持ち出し厳禁の機密データを、ノートPCにコピーして無断で家に持ち帰ろうとしたんです。本来なら即刻解雇されても当然の行為なんですが‥‥まあ娘さんが家出したりして、本人も精神的に疲れてたんだろうということで、表向き『病気休暇』という理由で静養させてますが」
「そのデータというのは、もしかしてナイトフォーゲル関連の?」
「‥‥ご存じでしたか」
 開発部長は声を落とし、
「ここ半月、私服の刑事さんやUPCの軍人さんが、しきりに彼のことを聞きにくるんですが‥‥尼崎に、何か問題でも?」
「いえ‥‥まだ、はっきり決まったわけでもないんですが」
 正人は曖昧に返答し、
「ところで、お手数ですが‥‥少しばかり、我々の調査にご協力願えませんか?」

 ◆◆◆

 銀河重工での調査を終えた正人と合流した後、傭兵達はレンタルのワゴン車を借り、住宅地にある尼崎家の手前で停車した。
 大企業のエンジニアとあって一般サラリーマンとしてはかなり立派な邸宅だが、芝生の生えた広い庭は、ここひと月ほどろくに手入れもされてない様子だった。
 美帆がいた子供部屋は2階の東南にあるというが、その窓は覚醒状態の能力者ならば、易々と侵入できそうな高さにあった。
「みんなは、車の中で待っててくれ」
 仲間達にそう告げると、正人は独り車から降り、インターホンのボタンを押した。

「わざわざラスト・ホープから? それは、どうもお疲れ様です」
 既に会社を通してアポは入れてあるので、主人の義男は愛想良く正人を応接間に迎え入れた。
 同席する妻の美恵子が、にこやかにお茶を出す。
 その姿だけ見れば、何の変哲もないごく普通の夫婦だ。
「早速ですが‥‥実はいま実戦配備が進んでいるナイトフォーゲルに、重大な欠陥が発見されまして」
 計画通り、いかにも義男の興味を惹きそうな話題を持ち出す。
「ほう?」
 案の定、男の目が輝いた。
「そこで、銀河重工でも特に優秀な技術者である尼崎さんのご意見を伺いたいと思ったのですが、あいにく娘さんの件でお疲れになってるとかで‥‥」
「とんでもない! 人類の安全に関わる問題です。ぜひご協力しましょう」
 義男は2階の書斎に上り、仕事用と見られるノートPCを持って戻ってきた。
 起動させたPCにメモリーカードをセットすると、モニターにナイトフォーゲルの欠陥に関する詳細な技術リポートが表示される。
 もちろん、銀河重工に頼んで作ってもらったダミーデータだが。
「フム、確かにこれは問題ですね‥‥」
 義男が食い入るようにモニター画面を見つめた。
「このデータ、一晩お借りしてもしてもよろしいですか? 私なりに、改善案を検討してみたいので」
「それは構いませんが‥‥会社の方へは?」
「ああ、ご心配なく。後ほど私から上司に報告しておきますから」

 ◆◆◆

 時刻は間もなく夜中の11時50分を過ぎようとしていた。
 電話で確認したところ、義男から銀河重工へは何の連絡もなかったという。
「さぁって、少しは働かないとねぇ」
 未だに明かりの灯る尼崎家の2階を見つめ、ブラッディがファングの爪を撫でる。
 それを合図のように、傭兵達は邸宅の側に停めたワゴン車から降りた。

1階突入班(夫妻の拘束):ソラ、審、楓、梓
2階突入班(ミック調査):ブラッディ、正人、ファファル、ホアキン

「通信手段は常に確保しておくべきだからな‥‥」
 梓を始め、各自が動きやすいようインカム型無線機を装着した。
 既に松本少佐へは連絡済みなので、戦闘発生の際はUPC軍が尼崎家を包囲、警察が周辺住民の避難誘導にあたる手はずになっている。
 ミックがキメラであれば殲滅するしかないが、問題は尼崎夫妻への対応だった。
 できれば身柄を確保し、洗脳を解いてやりたい。
 美帆に元通りのパパとママを返してあげたい――。
 それは全員の切実な願いだった。
 しかし、仮に洗脳や脅迫ではなく、バグアそのものに「寄生」されていた場合――もはや、夫妻を救う手段はない。なぜならバグアは他の生物に寄生した後、その生物の知識や能力を吸収したうえで、生命を奪い完全に「入れ替わって」しまうからだ。
「ここから先は自己判断ね‥‥」
 楓が短くそれだけいうと、後は無言で作戦開始の時を待つ。

 午前0時――日付の変更と同時に、傭兵達は二手に分かれて尼崎邸に突入した。

 ブロック塀を乗り越え、瞬天速で真っ先に玄関まで到達した楓が、ファングの一撃でオーク材のドアを紙のごとく引き裂く。
 梓が後に続き、続いてバックアップ担当のソラと審も突入した。
 1階の安全を確認後、一気に階段を駆け上り義男の書斎を目指す。
 梓が書斎の扉を蹴破ったとき、室内にいた妻の美恵子は驚いた様にこちらを見たが、PCデスクに向かってキーボードを打ち続ける義男は、後ろを振り向きもしなかった。
「‥‥随分、大きな鼠が忍びこんだようだな」
 そういいながら、パチンと指を鳴らす。
 同時に天井を破り、4つの小さな影が傭兵たちに躍りかかった。

 一方、長身を活かして素早く2階の窓枠に飛び移ったブラッディがファングで窓を破り、ロックを解除して子供部屋に侵入。
 次いで他の3名も突入。部屋の中を見渡すと、学習机の横の棚に、UPCの情報通りリス用の籠が置いてある。
「こいつが、ミック‥‥?」
 詳しく調べようと正人が手を伸ばしたとき、中で蹲っていた小さな生き物が、ギラっと眼を光らせて身を起こした。
 危険を直感して飛び退いた4人の目の前で、見かけはリスに似た小さなキメラは、あっさり籠を突き破り襲いかかってきた。
 その動きはちょこまかと素早く、結局ブラッディがファングで斬りつけた所を、ホアキンが豪破斬撃による一刀両断でカタをつけた。
「トレオには狭いが‥‥貴様は許せん」
 そのとき、同じ2階の別室から激しく争う物音が聞こえた。

 書斎では、4匹の小型キメラ、キラーロリスを相手に楓と梓が苦戦していた。
 入り口に立つソラが長弓を引き絞りキメラを狙うが、狭い室内のうえ敵が小さくて素早いため、一歩間違えると仲間や尼崎夫妻に当ってしまう。
「美帆ちゃんの大好きなパパとママに戻って下さい!」
 儚い希望を託して懇願するが、義男の顔にあるのは、ただ仮面のような無表情だった。
「ミホ? そういえば、そんな人間もいたな‥‥子供と思って放っておいたが、やはりあれも早めに『同化』しておくべきだった」
「結局はこうか‥‥!」
 豪破斬撃でようやく一匹を仕留めながら、梓が怒りで顔を歪める。
 そのとき、新たな援軍が部屋に飛び込んできた。
「ぎゃは! かかってこぉいよベイビー! 遊ぼぉぜぇ!」
 全身の刺青を赤く光らせ、ブラッディが蝶のごとく舞いながらキラーロリスを切り刻む。
 ラジオで覚えた闘牛士の歌を口ずさみつつ、ホアキンが突進してくるキメラをソードで串刺しにする。
 そして銃を構えて突入してきたスナイパーたちの中に正人を見たとき、初めて義男の表情に狼狽が走った。
「おまえは‥‥?」
「悪いな。あんたがお仲間に送ったデータは、単なるダミーだよ!」
「‥‥」
 義男は立ち上がり、妻と抱き合うようにして窓際へと後ずさった。
 そのままものもいわず、二人して窓を破り庭へと飛び降りた。
「逃がすな!」
 ファファルたちスナイパーが窓から射撃体勢を取り、ブラッディと楓が瞬天速で一階から庭へと飛び出す。
 だが、彼女たちがそこで見たのは異様な光景だった。
 庭に倒れた夫妻の体から、不定形のアメーバのような「何か」が滲みだし、意志あるもののごとく蠢動している。
 そのとき、
「処理班、前へ!」
 聞き覚えのある号令と共に、全身を防護服で包んだ兵士が数名、火炎放射器の猛火を夫妻の体に浴びせた。
 門の上で投光器が輝き、小銃を構えて横列を組む兵士たちのシルエット。
 その先頭に立つのは、あの松本少佐だった。

「もっともっと強くならなきゃ‥‥みんなが悲しい想いをしなくていいように‥‥」
 審の超機械による錬成治療を受けながら、ソラが頬を涙で濡らしてつぶやく。
「ちっ‥‥気に食わん」
 ファファルが煙草を吸いつつ、吐き捨てるようにいう。
「戻ったら、また飲むか‥‥」
「俺もつきあっていいか?」
 高く炎を上げて燃え上がる2つの亡骸を憮然とした表情で見つめ、ホアキンが訊ねた。
「いいぞ。その代わり、朝まで飲み明かすからな」
 やがて傭兵たちは、それぞれの思いを胸に尼崎家を後にした。

<了>