●リプレイ本文
「謎の洋館で化物退治か‥‥どちらかと言えば化物よりも企業の陰謀や謎のトラップが待ち受けているかも知れないという不安の方が恐いな」
移動艇を降り、問題の洋館を庭から見上げる傭兵の1人、九条・命(
ga0148)が本気ともジョークともつかぬ口調で呟いた。かつて大ヒットした某ゲームのイメージが脳裏を過ぎるらしい。
「うっわぁ〜。なんかゾンビとか出てきそう」
「なんだか、一癖も二癖もありそうな建物だな、これは」
城館というにはやや小振りな3階建だが、いかにもいわくありげな館を前に、聖・真琴(
ga1622)とブレイズ・カーディナル(
ga1851)もさすがに苦笑する。
それでも、これだけなら「多少厄介なキメラ退治」で済む話なのだが――。
一同の視線は、UPC正規軍の制服に身を包み、アサルトライフルで武装した若き女性士官、エリーゼ・ギルマン少尉へと向けられた。
(「ギルマンの娘!? くっ‥‥」)
エリーゼの父親――いや「父親だった」人物、今はバグア軍エース部隊「ゾディアック」の一員、ハワード・ギルマン。
そのギルマンと戦場での因縁を持つ真琴は、知らず知らずのうちに唇を噛んでいた。
(「‥‥うぅん。彼女には‥‥直接は関係ない。これはアイツと私の問題‥‥落ち着かなきゃ‥‥」)
理屈ではそうと判っていても、胸の奥にモヤモヤとわだかまる感情。こればかりは、真琴自身にも如何ともし難い。
「わざわざこんな所まで来て大変ですねぇ」
鋼 蒼志(
ga0165)がエリーゼに向かい、世間話のごとく声をかけた。
「‥‥まあ、任務だからな」
(「親のせいで左遷され、その上厄介者扱いですか‥‥」)
真琴の様にギルマンと直接の因縁のない彼としては、むしろエリーゼに同情したい気分だった。
もし彼女自身に親バグア派の容疑があるなら、UPCもわざわざ監察官をつけるような手間はかけず、さっさと身柄を拘束していただろう。それができないのは今の所本人に落ち度のない証拠だが、さりとて「敵エースの娘」と判っている人物を総本部の中枢においておくわけにもいくまい。
(「ま、子は親のせいで迷惑を被るのが世の常です。では頑張りましょうか」)
そう割り切ると、蒼志は自らの装備品チェックに取りかかった。
別の意味で危惧を抱いていたのは、クラリッサ・メディスン(
ga0853)である。
ゾディアックの件はさておき、実戦経験の浅い正規軍士官が傭兵部隊の指揮を執るのは、それだけでトラブルの原因となるケースが多いからだ。
「私達傭兵は所詮対処療法に使われる存在にしか過ぎません。つまり、その現場でいかに効率よく敵を倒すかが最重要課題になります」
名目上の「指揮官」であるエリーゼに対し、クラリッサは毅然とした態度で告げた。
「‥‥それが何か?」
「ですからギルマン少尉がいかなる立場であろうと、それは軍上層部が懸念すべき事であって、現場の私たち傭兵にとって、依頼遂行に有益な存在か否かだけが重要となります」
「もっともな意見だな」
「ですから、キメラに対しての実戦経験がないあなたはここで経験を積んで下されば良いのです。古参の傭兵からきちんと学ぶべき事は学び、口出しは最低限になさって下さい」
「元よりそのつもりだ。それは移動艇の中でも言ったと思うが?」
「ならば、私からこのうえ申し上げる事はありません。‥‥よろしければこれをお使い下さい」
クラリッサは自らの装備品から貫通弾を取り出し、エリーゼ少尉に手渡した。
「ああ‥‥すまない」
通常の銃弾に比べてズシリと重みのある貫通弾を手にした瞬間、それまで頑なな表情を崩さなかった女士官の顔に、初めて不安の色が浮かんだ。
「軍大学で、映像データの記録は散々見てきた――が、実物とやり合うのは今日が初めてだ。やはり‥‥常識外れのバケモノなのだろうな。キメラという奴は」
「そいつはこの後イヤでも判るさ。とにかく体で覚えていくしかないね、キメラ退治ってのは」
そう答えたのは風羽・シン(
ga8190)。
このまま「左遷組」として潰れていくか、それとも場数を踏んで大化けするか――彼自身は、エリーゼの過去のしがらみより、むしろ将来の方に興味があった。
暗視スコープを装備していない者は、原則として懐中電灯かランタン。ただし両手持ち武器を装備する者に限り、ヘッドセット式のライトが貸与された。
「こんなこともあろうかと地元で文化財の管理を行っている役所に問い合わせ、館の見取り図のコピーを提供して貰いましたよ」
出発前の下調べとして地元の市役所にあたったシヴァー・JS(
gb1398)が、人数分のコピーを配る。あいにくバグア侵攻時に当時の設計図が焼けてしまったため、古文書などから再現した不完全な見取り図ではあったが。
かくしてエリーゼ少尉率いる傭兵部隊は、正面玄関から館の中へと踏み込んでいった。
シヴァーの見取り図の通り、館の1階は広いダンスホールとなっていた。まだ館の主が存命だった時代は、ここで夜ごと華やかな貴族の宴が催されていたのであろう。今は所々に瓦礫の転がる廃墟と化し、過去の栄華の面影さえないが。
しかしキメラを誘き出し、確実に仕留めるには格好の場所といえる。そこで傭兵達はこの大広間を拠点とし、3チームに分かれて捜索にあたることとした。
A(アルファ)チーム:蒼志、真琴、シン
B(ブラボー)チーム:命、シヴァー、ブレイズ
C(チャーリー)チーム:クラリッサ、風間・夕姫(
ga8525)、エリーゼ
2階、3階をA・Bチームが捜索、Cチームは拠点確保班として1階で待機。
ただし2階から上のフロアは見取り図も不完全なうえ、キメラの位置も定かでない。
そこで敵が1匹ならばその場で殲滅、複数ならば攻撃しつつ巧く大広間まで誘き出し、Cチームも含め集中攻撃を加えて殲滅――と、臨機応変の対応が要求される。
「少尉も座ったらどうだ?」
夕姫からいわれ、やや神経質にライフルの装弾数を確認していたエリーゼは、「ああ‥‥」と答えてその場にあった古ぼけた椅子に腰掛けた。
周囲を警戒しつつも、一見のんびり煙草などふかす夕姫とは対照的に、暗視スコープからのぞくエリーゼの細い貌は、暗闇の中でもそれと判るほど青ざめていた。
「肩に力が力が入りすぎている。そんな緊張してピリピリしていたらもたないし、いざ戦闘になった時に碌に動けないぞ」
「すまない‥‥やはり違うな、実戦というのは」
つい昨日まで総本部のオフィスで作戦立案や図上演習に明け暮れていたエリート士官が、いきなり現場の戦場に放り込まれたのだから無理もないだろう。
「少尉、一つ聞いてもいいかな? 君の父親についてなんだが」
2階へ出発する直前、ブレイズはふと気になって尋ねた。
「あ、いや、聞きたいのは『ゾディアックの』ではなく、『英雄』としてのあの男についてだな。知りたいんだ、純粋に」
「なぜだ?」
「あの男は強い。挑戦したい、そして勝ちたい、そう思わせられるんだあの男には。結構な能力者が奴には惹かれてる、俺もその一人ってわけだな」
「‥‥実の所、生前の父についての記憶は少ない。私がもの心ついた時には、もうバグアとの戦争が始まっていたからな」
僅かな逡巡の後、エリーゼは語り始めた。
「それでも短い休暇で家に帰って来た時は、まだ幼かった私を必ず遊園地やピクニックに連れて行ってくれたものだ。優しい父だった‥‥尊敬していたよ。父親としても、軍人としても」
「軍に入隊したのは、やはりお父さんの後を追って?」
ブレイズの質問に、エリーゼは無言で頷いた。
「父が戦死したのは、私が15の時だった。何としても仇を討ちたかった‥‥だから軍に入隊して、自分の能力者適性が判明したときも、迷わずエミタ移植を志願したのだがな‥‥」
武器を携え、階段へ向かおうとした傭兵達の耳に、低く絞り出すようなエリーゼの声が届いた。
「私のやってきた事は‥‥一体何だったんだ‥‥!」
Aチームは蒼志が先頭に立ち、真琴、シンが続く形で、Bチームと手分けして2階から捜索を開始した。
無線で他のチームと連絡を取りながら廊下を移動。途中で部屋を見つけたら1室ずつ、注意深く中を確認していく。
とりあえずゲームほど派手なトラップは見あたらないものの、中世の館だけに外敵や暗殺者の侵入に備えたものか、廊下や部屋の配置はまさに迷路のごとく複雑だ。案外敵のミノタウロスも、この迷路に迷い込んで外に出られなくなったのかもしれない。
確かに神話のミノタウロスも、クレタ島の迷宮に幽閉された怪物だったが。
ともあれ見取り図の空白に確認済の通路や部屋を書き込む事でより正確なマップを作成しつつ、傭兵達は一歩一歩、迷宮の奥へと進んでいく。
幾つめかの部屋に入り、隠し扉などないか壁や暖炉を調べていたとき。
ギギギ‥‥。
軋むような重々しい音が部屋中に響いたかと思うと、壁の一部がどんでん返しのごとく回転し、その向こうから頭は牛、体は下半身が獣毛に覆われた人間という異形の怪物が1匹姿を現わした。
――ミノタウロスだ。
「どうせならゾンビキメラの方が趣はあるんだがな」
覚醒変化で口調の荒っぽくなった蒼志は、ドリルスピアを構えてキメラの胸板に先制攻撃を加えた。
「この螺旋の鋼角で―――貴様を穿ち貫く!」
手応えはあった。が、ミノタウロスは牛の様な唸り声と共に、口から何か黒い霧状の物質を吐き付けてきた。
闇波動。詳しい原理は未だに不明だが、生物や稼働中の機械が持つエネルギーを直接消耗させる、ある種の知覚攻撃といわれている。
後方にいた真琴とシンは辛うじて左右に逃れたが、先頭に立つ蒼志が波動を浴びてしまった。
「――くっ!」
外傷こそないものの、肉体から生命力が削がれるのがはっきり判る。
闇波動の効果範囲、放出のタイミングを見極めた真琴が素早く敵の背後に回り込んだ。
「ほんっとアンタ等、目障りなンだよっ! 逝っちまえ!」
出発前のモヤモヤも含め、苛立ちを込めてルベウスの爪を叩き込む。
やはり闇波動の直撃を避けつつ背後をとったシンは、クロムブレイドとイアリスの2刀流で敵キメラの背中に十字の傷を刻み込んだ。
力任せに振り回される巨大な拳、そして闇波動に手こずらされながらも、蒼志らAチームはBチームが駆けつける前に最初のミノタウロスを倒していた。
2階フロアを隈無く捜したものの他にキメラの姿は見えず、一行は3階に上がり引き続き捜索を続行した。
大人2人が何とか並んで通れるくらいの狭い通路を、Bチームはブレイズ、命、シヴァーの順に並んで進んでいく。
「某作品ではアレな目に遭う班だが、気にせず行こう」
冗談めかしていう命の装備は手にはランタンとM92F、左足に足爪、首からストラップで提げた無線機という出で立ち。銃器は彼の好みではないのだが、狭い通路と中衛という立ち位置を考えればやむを得ない。
そうでなくとも、身動きのとれないこんな廊下で前後から挟み撃ちにでもされたら、目も当てられないが。
「‥‥うん?」
先頭を行くブレイズは、足下の床が微かに動いたような違和感を覚え、ハンドサインで後続の仲間を制し注意深く後ろに下がった。
その瞬間、カチリと何か留め金が外れるような音が響き、立った今踏みしめた床が蓋のごとく跳ね上げられる。床下から、2匹のミノタウロスがぬうっと現れた。
「何故こんな館を文化財に」
うんざりしたようにシヴァーがぼやく。
とりあえずブレイズがグレートソードで応戦、命もM92Fで援護射撃するが、いかんせん狭い廊下では誤射の危険もあり、また闇波動を浴びても避けようがない。
直ちに無線でAチームにも救援を要請するが、彼らも先の戦いでダメージを受けている。
「今からそちらにキメラ2匹を誘導する。覚悟はいいな? 少尉」
命は無線機を取り、1階で待機するエリーゼに告げた。
「もし敵が来たら私が突っ込む、少尉は上手く敵の頭にキツイのを打ち込んでやれ、だが私には当てないでくれよ?」
捜索班から無線連絡を受けた夕姫は、吸っていた煙草をもみ消しエリーゼに声をかけながら立ち上がった。
クラリッサが味方の武器に錬成強化を施しているさなか、A・B両班の6名が、次いで彼らを追う2匹のミノタウロスが大広間へと降りてきた。
改めて2匹の敵キメラを包囲・攻撃する体勢をとる傭兵達。
クロムブレイドを構えた夕姫がミノタウロスの頭部を狙って突入した。
ヒット&アウェイでダメージを与えるも、もう1匹が振った拳の一撃を受けて弾き飛ばされてしまう。
「ちっ、ドン臭いがパワーは折り紙つきか」
後方にいたエリーゼがアサルトライフルを構えた。動きは悪くないものの、初めて目にするキメラを前に恐怖しているのが、端から見てもよく判る。それを見透かしたかのように1匹のミノタウロスが突進、身の竦んだエリーゼを体当たりで壁際まで吹き飛ばした。
激しく床に叩きつけられた女中尉は、そのまま意識を失いかける。
「撃て! エリーゼ!! おまえは何の為に闘う事を選んだ!!」
夕姫の叱責を浴び、ふらつく足取りで立ち上がったエリーゼは、闇波動を浴びせようとしたキメラの大口めがけ貫通弾を撃ち込んだ。
クラリッサの錬成弱体で防御を削られたキメラ2匹に対し、総勢9名の能力者達が取り囲んで集中攻撃を加える。怪力を振って頑強に抵抗した半人半牛の怪物も、やがて哀しげな咆吼を上げ相次いで倒れていった。
「一つ質問が。‥‥ゾディアックとは何でしょうか?」
戦いを終え、クラリッサから錬成治療を受けるエリーゼに、シヴァーが尋ねた。
「知らないはずはないだろう? 傭兵ならば」
「いえ、私傭兵になったのは極々最近でして。それ以前はテレビも新聞も無い極貧生活でしたし」
ファイターの男は軽く肩をすくめた。
「その何も知らぬ私の率直な感想なのですが‥‥ブリーフィングでの最後の言葉は、まるで色眼鏡で見てくれと言っている様に聞こえましたよ。貴女が何を目指しているのかは存じませんが、今の貴女が『裏切り者の娘』以上の評価を得るのは難しいかもしれません‥‥自分は自分だという事を忘れないようにして下さい」
「周囲を気にしすぎるな‥‥ということか」
「ま、所謂ちょっとしたお節介という奴です」
「現場で信用回復しつつ、叩き上げで出世‥‥なんてのもいいと思いますよ、エリーゼさん」
蒼志の言葉に、「‥‥悪くないかもな、それも」と苦笑するエリーゼ。
そんな彼女の姿を見ながら、
(「‥‥ま、風当たりは強いだろうが、圧し折れないくらいの大木に育ってほしいもんだ」)
そう思わずにいられないシンであった。
<了>