タイトル:山の分校〜事件〜マスター:対馬正治

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/07/26 18:44

●オープニング本文


 頭上で瞬く僅かな星明りを別にすれば、漆黒の闇に包まれた山林の中を、キム・ウォンジンは学生ズボンのポケットに両手を突っ込み、ゆっくり歩いていた。
(「しかし、まさかULTの能力者と潜入先がかち合うとはねぇ‥‥」)
 所属先の民間傭兵派遣会社「SIVA」より連絡を受ける前から、あの転校生も自分と同じ能力者らしい、という事は薄々感づいていた。
 それでも、己の「任務」の妨げにならない限りは好きにさせておいた。いや、むしろ彼やその仲間達が状況を引っかき回してくれたおかげで、思いの外早く「ターゲット」に目星がつけられた事は感謝していいかもしれない。
 ――そんなことを思っていたとき。
 地面の枯葉を踏む自分の足音に重ねるようにして、もう一つの微かな足音が、後方10mほどの距離をおいてつかず離れず、ぴたりとつけてくる。
 キムが立ち止まると、背後にいた人影も動きを止めた。
「‥‥よう」
 闇の中の相手に振り返り、キムはニヤリと笑った。
「やっぱりおまえだったか‥‥『校長』ってのは」
 人影が再び動いた。もはや気配を隠すつもりもないらしく、急速に間合いを詰めてくる。
「問答無用‥‥か」
 覚醒と同時にベルトに挟んだアーミーナイフを引き抜く。相手も能力者かどうかは不明だが、闇を通して伝わってくるプレッシャーだけでも、なまじのキメラを遙かにしのぐものだった。
 人を超えた力同士の激突。
 空気が震撼し、森の木の葉がはらりと舞い落ちる。

 数分の後――苦しげな呻き声が響き、再び夜はその静寂を取り戻した。

●K村分校〜教室
「スゴかったのよぉ〜。『能力者』って、目がビカビカ光ったり、口からニュ〜っと牙が生えてたり」
「こわーい‥‥!」
「アイちゃん、平気だったの?」
 トレードマークのような大きな赤いリボンを揺らし、結城・アイが身振り手振りを交えて大袈裟に話すと、周囲を取り巻く生徒達は半ば怯え、半ば好奇心で目を輝かせた。
(「おいおい。あの晩のことは秘密じゃなかったのか‥‥?」)
 スチール机の上に頬杖を突き、高瀬・誠(gz0021)は内心で呆れつつ、遠目にその様子を眺めていた。
 例のUPC軍機墜落事故から、もう3日になる。
 あの晩、規則を破って寮を抜け出した事は教室では内緒にしておこう――と誓い合ったにもかかわらず、お喋りなアイは我慢しきれなかったらしく、朝のHR前にまだ教師が来ないのをいいことに、年下の子供達を集めてしきりに自ら体験した「冒険談」を得意げに披露している。
 誠がふと隣の席を見ると、やはり机の上で両腕に顎を乗せ、中島・茜がぼんやり物思いに耽っていた。
 アイとは対照的に、彼女はあの晩の事について一切話そうとはしなかった。
「中島さん‥‥どこか具合でも悪いの?」
 これはこれで気になった誠は、思い切って声をかけてみた。
「‥‥なあ、高瀬‥‥あいつら、何でオレ達をわざわざ寮まで送ってくれたんだろうなぁ? 帰り道だってキメラが出たかもしれないのに」
「え?」
「だってそうだろ? 仲間のパイロットを助けに来ただけなら‥‥オレ達のコトなんかほっときゃよかったのに」
「ま、まあ、あの連中から見れば、僕らなんてほんの子供だからさ‥‥ついお節介焼きたくなったんじゃないかな?」
「でもよ‥‥『UPCの能力者は血も涙もない殺し屋の集団』って、そう授業じゃ教わったよな? 何か‥‥話が違うじゃねーか」
「‥‥」
 何と答えたらよいか判らず、誠は黙り込んだ。
 できれば本当のことを伝えたい。が、今回の任務にあたり「潜入中はあくまで親バグア派として振る舞え」とUPC情報部からは厳命されている。
「――誰か、三橋君かキム君から連絡を受けてない? 2人ともまだ来てないようだけど」
 長谷川・千尋が声を上げ、教室を見回した。
 いわれてみれば、男子では年長組にあたる2人の姿がない。
「風邪でもひいたのかな?」
「だとしても、どちらかから連絡くらいあるでしょ? あの2人相部屋なんだから」
 唐突に扉が開き、顔面蒼白になった三橋・幹也が女教師に付き添われて教室に現れた。
「みなさん、本日の授業は中止です!」
 日頃は優しい女教師が、ただならぬ顔つきで告げた。
「もうすぐ街から『敵』の警察が来ます。長谷川さん、急いでみんなから歴史の教科書とノートを集めて、先生の方へ提出してください」

●K村分校〜学生寮前
「朝、目が覚めたら、同じ部屋のキム君がいなくなってたんです。あの、ルームメイトは一緒に登校する決まりですから‥‥僕は寮の中や外を捜し回って‥‥そ、そしたら‥‥」
 声を震わせながら、取り調べの刑事に向かって第1発見者の幹也が証言する。
 寮のすぐ近くの山林で発見されたキム・ウォンジンの遺体はシートを被せられ、呆然とする誠達の前を担架で運ばれていった。
「この中に、高瀬・誠君って子はいるかな?」
 幹也から一通りの事情を聞き終えた中年の刑事が、他の生徒達に向かって聞いてきた。
「あの、僕ですけど‥‥?」
「悪いけど、ちょっと署まで来てくれない? 今回の件について、詳しく話を聞かせて欲しいんだ」
(「‥‥!」)
「おい、何で高瀬だけ連れてくんだよ!? 聞きたいコトがあるなら、ここで聞きゃいいだろ!」
 茜が警官隊に突っかかるが、慌てた教師達に押し留められる。
 有無をいわせず、誠は県警のパトカーへ押し込まれた。


「ULT所属の能力者傭兵、高瀬・誠‥‥間違いないね?」
 パトカーが村を出て10分ばかり経った頃、運転席の刑事がおもむろに尋ねてきた。
「‥‥はい」
「困るんだよねぇ。軍の依頼であの分校を内偵するのはいいとして‥‥うちの所轄で騒ぎを起こされちゃあ」
「待ってください! 僕がキム君を殺したっていうんですか!?」
 誠は血相を変えて叫んだ。
「落ち着けよ。誰も君が犯人だなんて思っちゃいないさ」
 助手席に座る男が、前を向いたまま答えた。
「むしろ感謝して欲しいね。我々は君を『保護』してやったんだよ? キムの二の舞になる前にな」
 その時になって、誠は気づいた。助手席の男は警官でも、日本人でもない。
「ラザロ‥‥さん?」
「久しぶりだな、タカセ」
 フロントミラーに半分だけ映った灰色の目が、ニタリと細められた。

●ラスト・ホープ〜UPC軍情報部
「殺されたのは『SIVA』の能力者か‥‥で、あちらさんは何と?」
「はい。高瀬の身柄は現在地元の警察署に保護してあるので、引き取りに来いと‥‥場合によっては、そのとき非公式の情報交換に応じてもいいとの事です」
「やむを得んな‥‥こうなっては潜入調査は打ち切りだ。救出作戦については――」
「実はその‥‥もうひとつ問題が」
「何かね?」
「つい2時間ほど前から、K村と連絡が一切取れなくなりました。村役場とも、村の駐在所とも‥‥村へ行ったバスも戻って来ないそうです」

●参加者一覧

ゲック・W・カーン(ga0078
30歳・♂・GP
鷹見 仁(ga0232
17歳・♂・FT
煉条トヲイ(ga0236
21歳・♂・AA
黒川丈一朗(ga0776
31歳・♂・GP
新条 拓那(ga1294
27歳・♂・PN
リヒト・グラオベン(ga2826
21歳・♂・PN
佐間・優(ga2974
23歳・♀・GP
櫻小路・なでしこ(ga3607
18歳・♀・SN

●リプレイ本文

●九州某市〜警察署内
「悪いが、依頼主について詳しい話はできん。‥‥そうだろ? 署長」
 署長室のソファで悠然と煙草をくゆらせ、ラザロがいった。
「はあ‥‥我々も、ただ県警本部より『SIVA社員に対し最大限の便宜を図れ』との通達を受けただけで‥‥それ以上のことは、何も‥‥」
 意味ありげな男の視線を受け、妙に歯切れの悪い口調で署長が答える。
 K村分校から「保護」された高瀬・誠(gz0021) の身柄引き取り、及びラザロとの情報交換のため警察署を訪れた傭兵達は、訝しげに顔を見合わせた。
「この一連の依頼は一筋縄ではいかない事と思っていましたが、まさか貴方達が関わっているとは思っていませんでしたよ」
「あんたとも久しぶりになるな。まさか、SIVAも絡んでいるとは。随分うまくやってるようじゃないか」
 リヒト・グラオベン(ga2826)と黒川丈一朗(ga0776)は、ひとまず当たり障りのない挨拶から始めて探りを入れることにした。
「キムの事は、可哀想な事をしたというか、残念だったと言うか‥‥お悔やみ申し上げる」
「まあ、死んだキムとは俺も直接面識があったわけじゃないがね。歳は若いが、SIVAでもトップクラスの能力者だったと聞いている。会社としちゃ手痛い損失だな」
「それをいうなら、ULTだって傭兵が1人犠牲になってる。誠の前に送り込んでいた潜入調査員だ。もっとも、こちらは姿を消して生死不明だが」
 ゲック・W・カーン(ga0078)が憮然としていった。
「‥‥ただ今回違うのは、死体を残しているってことだ。『敵』も回収が困難な程の手傷を負ったか‥‥或いは隠す必要が無くなったか。村との連絡が遮断された事からも、奴さん形振り構ってられなくなったのかもな?」
 さらにゲックはキムの遺体の状況、致死原因、あるいは殺害現場に残された犯人の痕跡等についてあれこれ質問を浴びせてみた。例えば足跡1つとっても、犯人の体格や性別等を知る重要な手がかりだ。
「そういう事は、俺より専門家の話を聞いた方が早いだろう?」
 ラザロに促された署長がインターホンで呼ぶと、やがて捜査資料のファイルを抱えた鑑識課の職員が室内に現れた。
「ご覧下さい‥‥とにかく、ひどいもんですよ」
「‥‥!」
 鑑識員が卓上に広げたキム・ウォンジンの遺体写真を見て、傭兵達は息を呑んだ。
 キメラの仕業だろうか。少年の遺体は、まるでハイエナに食い散らかされたかのごとくボロボロになっていた。
「現場周辺も小型キメラに踏み荒らされてメチャメチャでした。実際、左手首の件がなければ、単なるキメラ被害で処理されていたでしょう」
「と、いうと?」
「この仏さん、左手首がなくなってるでしょ? 最初はキメラに食いちぎられたのかと思ったんですが――よく調べてみたら、骨の部分が何らかの鋭利な刃物で切断されてたんです。しかも‥‥生前に」
 ダークファイターであるキムのエミタは左手の甲に移植されており、そして能力者にとってエミタは生存に関わる重要な「器官」といって良い。
 おそらくエミタごと左手首を切断されたショックが直接の死因だろう――それが鑑識員の意見だった。
「エミタを奪って殺した後‥‥キメラに命じて、証拠を隠滅したってことか‥‥」
 ゲックは腕組みしてため息をついた。
「ならいっそ、遺体ごと山奥に運んじまえばいいものを‥‥そこまでする余裕がなかったのかな?」
「そんな所だろう。明け方までに戻らないと怪しまれる人間‥‥やはり、犯人は例の分校の関係者だな」
「生徒達の中にいる――とは考えないんですか?」
 それを聞いたラザロが一瞬眉をひそめるのを、新条 拓那(ga1294)は見逃さなかった。
 彼が思ったとおり、キムは自ら目星をつけた「黒幕」についての情報をまだSIVAに伝えていなかったのだ。功を焦ったのか、それとも報告する前に消されてしまったのかは知る由もないが。
「そいつはなかなかユニークな推理だが‥‥何か根拠でもあるのかい?」
「おっと。ここから先は『情報交換』だろう?」
 以前、ゲックに言った言葉を本人にそのまま返され、ラザロはややムッとした様子で煙草を灰皿に押しつけた。
「出来るだけ詳しく教えてくれれば嬉しいですけどね。そちらの立場もあるでしょうし、無理に、とはいえないです」
「UPCはどう思ってるか知らんが、俺たちとしてはSIVAの商売を邪魔する意図は無い。もちろん、協力しあえると思うが、どうだ? もっとも、その為にはお互いの目的、知りうる敵の情報を明かす必要があるがな」
 ここぞとばかり、拓那と丈一郎が畳みかける。
 しばし黙り込んでいたラザロだったが、やがて額を押さえ、クックック‥‥と低い声で笑い出した。
「‥‥いや、お見事。今度ばかりはそちらに一本取られたらしい」
「この一件にも、貴方の追う『恐怖』があると思っていいんですか?」
 拓那の問いかけには首を横に振り、
「今回はあくまでSIVAとしての仕事だよ。依頼内容は、例の分校設立に深く関わった『校長』と呼ばれる人物の特定‥‥そして、その暗殺」
「Mr.ラザロ! そ、その話は――」
「いいじゃないか。こいつらだってプロの傭兵だ。この場で聞いた話をベラベラ口外はしないだろ?」
 慌てて口を挟んだ署長を手で制し、ラザロが続ける。
「田舎の分校とはいえ、学校1つ作るのにどれだけの資金や手間が要ると思う? しかもキメラさえ意のままにできる奴だ。おそらくはバグア側の大物工作員――だが奇妙な事に、まだ誰も本人の顔を見た者はいない。キムからの情報じゃ、分校内にさえ一度も姿を見せた事はないそうだ」
 拓那が鷹見 仁(ga0232)から聞いた情報――「生徒と会話した際に感じた殺気」について話すと、ラザロも興味深げに考え込んだ。
「ふむ‥‥あり得ん話じゃないな。教師や職員といった大人達は洗脳されたダミー‥‥真の黒幕は生徒達の中に隠れていると。だとすれば、この件についちゃ、もう何度か直に接触したあんた方のほうが詳しいんじゃないかね?」
 ちょうどその時、若い刑事に付き添われた誠が学生服姿で入室してきた。少年の表情はやや憔悴していたが、健康面には問題なさそうだ。
 警察側にいわせれば誠は「重要参考人」であり、別に容疑者として拘留されていたわけではない。そのため身柄の引き渡しも、五分ほどの簡単な書類手続きで終わった。
 残る任務は、現在連絡が途絶しているK村の偵察となるが――。
「色々と聞きたいところですが時間が惜しいので、車内で情報交換といきませんか?」
「いや。すまんが、俺はここらで失礼する」
 リヒトの誘いをあっさり断り、ラザロは席を立った。
「本社からの指示でね。この件はもうUPC側へ任せろとさ‥‥俺の役目は、キムの遺体の引き取りだ」

 傭兵達が警察署から出ると、署内の駐車場には拓那のインデースとレンタルのワゴンカーが並んで駐車し、車内で仁、煉条トヲイ(ga0236)、佐間・優(ga2974)、櫻小路・なでしこ(ga3607)らが心配そうに面会班の帰りを待っていた。
「分校の皆さんの事は心配ですが、誠さんが無事で良かったです」
 ホッとした様になでしこが声をかける。だがその後面会班から事件の詳細を聞かされ、さすがに表情を曇らせた。
「キムさんは、もしかすると分校の黒幕‥‥『校長』の正体を掴んだのかもしれませんね。それだから‥‥」
「‥‥友人としては、このままL・Hに帰って欲しいと思います。何者かの手に掛かったのがキムではなく、誠でもおかしくなかったのですから」
 リヒトの言葉に、それまで無言で俯いていた少年の肩がびくっと震えた。
「キム君がSIVAの人間かどうかなんて関係ない‥‥たったひと月足らずだったけど‥‥向こうがどう思っていたのか知らないけど‥‥彼は僕の友達‥‥友達だったんです‥‥」
 誠は唇をきつく噛みしめ、堪えきれなくなった様にその場で泣き始めた。
「せっかく能力者になったのに! 強くなれたと思ったのに! 結局、僕は何もできなかった‥‥あのときと一緒で、目の前の友達を助けられなかった‥‥!」
「まだ手遅れではありませんよ。分校には誠の『友達』が助けを待ってるじゃないですか?」
 出発前にUPCから預かっていた武器と防具一式を、リヒトは少年に手渡した。
「――これは誠の仕事でもあります。‥‥どうしますか?」
「‥‥連れて行ってください‥‥僕も」
 手の甲で涙を拭い、誠は「蛍火」の柄を握りしめた。

●K村へ
 車でも片道2時間はかかる山道をパトカーに先導される形で、傭兵達の分乗した2台の車がガタゴトと揺れながら走り続けた。
 警官服と偽造警察手帳の貸与申請はさすがに却下されたが、「その辺は地元警察とうまく調整してくれ」というUPC側の意向により、結局県警の捜査に「協力者」として同行する線で話がまとまった。
 後続には、さらに防弾ベストと大口径マグナム・ライフルで重武装した機動隊員の装甲車が続く。もっともこの程度の装備では、せいぜい格下のキメラに対処するので精一杯だろうが。
(「しかし連絡途絶とは、ただ事じゃ無いな‥‥一体、何が起こっているんだ?」)
 インデースの後席で揺られながら、トヲイは隣に座る仁に話しかけた。
「最初に生徒達と会った時、ただならぬ殺気を感じたそうだな?」
「ああ」
「実は俺も気になる事があってな‥‥パイロットを救助した際、キメラの気配は確かにあった。だが、何者かに制御されているかの様に襲っては来なかった‥‥その『何者か』が、キムを殺害した犯人かもしれない」
 あの晩、傭兵達と行動を共にした生徒達は6名。誠とキムを別にすれば、

 中島・茜(17、♀)
 結城・アイ(12、♀)
 橋本・一樹(10、♂)
 ユン・アムリタ(10、♀)

 の4名となる。
「‥‥この中の誰かが犯人なのか?」
 普通に考えれば、怪しいのは最年長の茜という事になる。しかし他の幼い子供達とて決して油断はできない。事実、バグア軍エースパイロットの中には外見10歳前後の少女さえいるのだから。
「俺は‥‥茜は違うと思う」
 僅かな間を置いて、仁が答えた。
「理由はいろいろあるが‥‥勘だ。そして信じたいと思ったこと、それが一番だ」

 K村の入り口付近で傭兵達は車を降り、そこから警官隊と共に村を捜索する者、まっすぐ分校に向かう者と二手に分かれる事となった。
 ゲック、拓那、丈一郎は警官隊と共に村内の偵察。一方、トヲイ、リヒト、優、仁、なでしこ、そして誠は分校の調査へ。親バグア教育を施された生徒達がUPC側の傭兵に反発を示す可能性は高いが、それでも出来るだけの説得はしてみたい――というのが彼らの想いだった。
 ちょうど村を見渡せる高台から双眼鏡で村内を見渡したゲックの口から、舌打ちがもれた。
 視界に映る田畑や住宅地には人っ子1人見えず、その代わりに点々と徘徊する黒い影――中小型キメラ。大群というほどではないが、それまで山奥に潜んでいた連中が人里へと降りてきたらしい。
「ッ――村の中までキメラが。ということはやはり‥‥」
 怖れていた最悪の事態に歯がみするリヒト。
 ともあれ誠の分も含めて2個の特殊無線機を1個ずつ分け、村内班、分校班の傭兵達は各々行動を開始した。

●平穏な日々の終幕
「っくそ、どこから沸いて出てきやがった? こんなところをキメラが我が物顔でうろついてる時点でもう真っ黒じゃないか、この村!」
 襲いかかってきたビースト型キメラをツーハンドソードで切り伏せ、拓那が叫ぶ。
 警官隊が象をも仕留めるマグナム・ライフルで一斉射撃するが、それでも倒れないキメラに、ロエティシアの爪を振ってゲックがとどめを刺す。
 丈一郎は以前の潜入時に世話になった農家の老人達が心配だったが、この非常時にそうそう私情を優先させるわけにもいかない。
 一行は襲ってくるキメラを排除しつつまず駐在所を、そこが無惨に荒らされ駐在の姿もないのを確認した後は、人々が避難しそうな場所――村の公民館を目指した。
 果たして、そこに村人達はいた。
 突如山から下りてきたキメラ群のため電話線は切られ、村民数十名が犠牲になったが、大部分はまだ自宅や公共の建物に身を隠し、じっと息を潜めて救助を待っているのだという。
 公民館に避難していた村民達の中には、丈一郎が滞在した農家の老人もいた。
 結果的にいえば、彼らは親バグア派でも、洗脳されているわけでもなかった。
 ただし例の分校が設立された日、「校長」を名乗る人物から村長の元に「分校と生徒達には一切干渉するな。それさえ守れば、キメラが村を襲う事はない」という警告の電話があり、それ以来村の中で「分校」の件はある種のタブーと化していたという。
「UPCに報せなかったのは悪かったかもしんねぇけど‥‥わしら、ただ残り少ない余生をこの村で静かに暮したかった‥‥それだけなんよ」
 力なくうなだれる老人達の告白に、丈一郎や他の傭兵達は返す言葉もなかった。

 その頃、リヒト達のグループもキメラから身を隠しつつ、ひたすら分校を目指していた。
 それでも空中から彼らに目を付け急降下してきた鳥型キメラを、覚醒変化で髪をゆらめかせた優がカウンターのファングで迎え撃ち、地面に叩き落とす。
「キリがないわね‥‥分校に近づくごとに数が増えていく?」
 彼女の言葉通り、村内に侵入したキメラの大部分は、分校近辺に集中しているように見えた。
 公民館にいる拓那からの連絡によれば、警官隊は村人達の避難誘導と署への報告のためいったん村から脱出、電話の通じる地域まで後退したら直ちにUPC軍の出動を要請するという。
 自分達も、ここは一時撤退するか――?
 傭兵達が改めて相談しようとした時。
 山の方角から、足を引きずりよろめくように近づく人影と、それを追うキメラ数匹の姿が彼らの目に入った。
「中島さん!?」
 誠が叫んだ。
 リヒトと優がすかさず瞬天速で後方に回り込み、追撃のキメラを葬り去る。
 後に続く仁の腕の中へ、全身傷だらけの茜が倒れ込んだ。
「あんた‥‥確か、この前の‥‥」
「ああ。久しぶり、と言うほど時間も経っていないか」
 何があった? という仁の問いかけに対し、
「オレ‥‥警察に連れてかれた誠が心配で、様子を見ようと思って‥‥そしたら、山道でいきなりキメラに‥‥」
 そこまでいうと、そのままぐったり意識を失う。
「ひとまず退こう! 彼女を病院に運ぶのが先決だ」
 手持ちのエマージェンシーキットで応急手当を施しながら、仁は仲間に呼びかけた。
「分校の皆さんは、ご無事でしょうか‥‥?」
「大丈夫だろう。あの分校がバグア側の洗脳拠点なら‥‥校内にいる限りは、キメラも手は出さないはずだ」
 心配そうななでしこの言葉に、トヲイが悔しげに答える。
「いずれにせよ、敵があの数じゃ‥‥次はKVで来なくては、救出どころじゃないな」

<了>