●リプレイ本文
●L・H〜兵舎内カフェ
「‥‥マスター、コーヒー17杯」
「え? でもお客さん――」
クラーク・エアハルト(
ga4961)のオーダーに一瞬訝しげな顔をした店の主だが、すぐに何かを察したらしい。
やがてテーブルを囲むクラークら8人の傭兵達の前に、9人分多い17のカップが並べられた。
淹れたてのコーヒーの香ばしい匂いが店内を満たすが、誰ひとりとして口をつけようとする者はいない。
「人は機械じゃないけど‥‥」
明星 那由他(
ga4081)が、泣きそうな顔でポツリといった。
「もし機械みたいに治せたらって、こういうときは考えちゃうな‥‥」
●その数時間前〜太平洋上
L・Hから飛び立ち、洋上を飛ぶ8機のKV。パイロット達は誰もが言葉少なで、時折僚機や軍司令部と必要な通信を交わすくらいだった。
依頼そのものは決して困難ではない。
巡航速度でL・Hを目指して一直線に飛ぶ、回避も反撃もできない「ターゲット」を指定された「Z海域」上空で撃墜する――仮にも能力者のKVならば、初期訓練を終えたばかりの新米パイロットでさえ容易にこなせるミッションだ。
ただし相手がキメラでもワームでもなく、死亡したパイロットを乗せたままオートパイロットで飛び続ける友軍機でさえなければ。
「自分は‥‥軍に居た経験上、突然友人を失う事に慣れています‥‥ですが、好きで慣れてしまった訳では無い」
ふいに無線を通し、雷電を駆るクラークの沈痛な声が流れる。
撃墜対象の岩龍改パイロット、ロバート・ダグラスとは顔なじみだった。
何度か飲みにいった仲だし、最近では「同じ傭兵の女性と付き合っている」という話も聞かされていた。その女性の名前と共に。
『いやー、まだ恋人ってほどでもないんだけどさ。ウマが合うっつーか、一緒にいると何かこうホッとするっつーか‥‥変かな? こういうの』
そんな風にガラにもなく照れていた同じロバートが、今は冷たい骸となって偵察機の操縦席で眠っている――UPC軍将校に聞かされた今も、心の何処かでその事実を受け入れきれていない自分に、クラークは気づいていた。
「こんな処で命を落とす事になろうとは、ロバートの奴も思ってもみなかったに違いないだろう。勝利の女神が自分に付いていると信じている奴だったしな」
同じ雷電に乗る榊兵衛(
ga0388)の重々しい声が、やはり無線を通して応えた。
ロバートとは幾つかの戦場で互いに背中を護りあった戦友であり、出撃前最後に飲み明かした仲間の1人でもある。
あの晩カジノで大勝ちし、仲間達に上機嫌で酒を奢る彼の笑顔がまだはっきりと瞼に焼き付いている。あれから2日も経たないうちに彼が戦死するとは、兵衛にとってもにわかに信じがたい出来事ではあった。
ただし、同じ戦友といってもクラークとは若干受け止め方が違う。なぜなら傭兵である以前に武道家でもある兵衛は「生と死は常に背中合わせに在る」という信念の下に生きていたからだ。
だからこそ今回の依頼を知ったとき、せめてロバートの遺志を無駄にしないようにとの思いから参加を決めた。
「‥‥奴の最後の仕事、完遂させてやるのが友としての最低限の礼儀というモノだろう」
「俺達の任務はデータを命がけで手に入れた仲間の介錯‥‥と言うことになるのか。あまり気持ちのいい任務とは言えないが、最後の面倒を見るというのも仲間の務め、か」
「そうですね‥‥直接の知己ではありませんが、彼らが命と引き換えに入手した『情報』だけは、連中に奪われる訳には行きません。その『情報』がいずれ来る日に、多くの戦友を救う可能性がある以上は」
鷹見 仁(
ga0232)と飯島 修司(
ga7951)も、ほぼ同意見だった。
今回の偵察飛行で命を落としたのはロバート1人だけではない。彼の護衛に付いていた8名のパイロットも、同様に戦死したものと推定されている。
つまりこれは、ロバートも含め9人分の命と同等の重みを持つ「情報」――すなわち岩龍改が撮影した偵察画像の回収任務なのだ。
(「ディアブロ4機とバイパー改4機が全滅、一体何があったんだろう?」)
那由他の胸を、言いようのない不安が過ぎる。
バグア軍に完全占領されたオーストラリア大陸の上空で、彼らはいったい「何」を見てしまったのか?
「アイツは本当に死んでいるのか? 気を失っているだけじゃないのか?」
堪えきれない様にソード(
ga6675)が叫んだ。
彼には、他の仲間達以上にロバートの死を認めたくない理由があった。
偵察飛行の直前、まだ恋人未満の交際相手の件で相談を持ちかけられ「この際だから、やっぱり告っとこうかなぁ‥‥」と逡巡するロバートに対し、「やめとけよ。そいつは死亡フラグだぜ?」と冗談交じりにいって思い留まらせたのは、他ならぬ彼自身なのだから。
決して悪気ではない。むしろそういう話は、無事任務が終了し落ち着いた後で改めて切り出した方が、双方にとっていいことだろう――そんな親切心のつもりだった。
「簡単に終わる任務だと思っていた‥‥俺のせいで、あいつに告白させなかったのが悔やんでも悔やみきれない‥‥」
普段は明るく冗談好きの若者は、覚醒変化で澄んだ青色に光る右腕の拳を固く握りしめた。
(「頼む生きててくれ!!」)
「ロバートさんとは2、3度ほどの面識でしたけど‥‥」
編隊後方でアンジェリカを操縦する櫻小路・なでしこ(
ga3607)が、ふと思い出した様に呟いた。
「そう言えば、お会いする度にいつも何方かを目で追っていた様な気がしましたが‥‥」
(「あの方が、ソードさんの仰る告白のお相手だったのでしょうか‥‥?」)
彼女自身はクラークや兵衛、ソードほどロバートと親しい関係にあったわけではない。
ただ自分が生前何度か会い、愛する者もいたはずの血の通った「人間」が、今はもうこの世にいない――という冷酷な現実に、切なさとやりきれなさを感じるばかりだった。
「せめて、彼の思いは‥‥最期まで看取りたいと思います」
真摯な気持ちを言葉に出し、なでしこは操縦桿を握り直す。
「標的射撃訓練みたいなもんっすから、それほど気張らずにいくっすよ」
重い空気の中で、妙に軽い口調で告げたのは三枝 雄二(
ga9107)だった。
聞き様によっては不謹慎とも取れる発言であるが、誰も雄二を責めないのは、今回最も辛い役目――ロバート機の撃墜を担当しているのが他ならぬ彼だからだ。
傭兵登録時のデータから、ロバートはバプテスト派プロテスタントだった事が判明している。そのため、同じ宗派で牧師の資格も持つ雄二が「適任」として軍から指名を受けていたのだ。
本人曰く、牧師資格は「持ってるだけ」とのことだが、わざわざTACネームを「pastor(牧師)」としているくらいだから、それなりの自覚はあるのだろう。
「Z海域」上空に差し掛かると、眼下の洋上には巡洋艦、駆逐艦、強襲揚陸艦など十数隻に及ぶUPC海軍艦艇が待機していた。
自動操縦で飛び続けるロバート機を撃墜するだけなら、たとえば軍艦から発射する対空ミサイルだけで充分用が足りるだろう。
わざわざKV部隊が派遣されたのは、偵察データ回収のため、なるべく岩龍改の機体を傷つけず海上に墜とすためだ。
これには「機関部をピンポイントで撃ち抜く」「主翼のみ破壊して失速させる」など幾つかの手段が考えられるが、今回は機体へのダメージを極力抑えるため、雄二のS−01改が20mmバルカンで主翼を狙い撃つ方法が選択された。
失速した機体は慣性に従い、弾道を描いて墜落することになる。そのため、傭兵達は艦隊上空を飛び越え、Z海域よりやや南側を「撃墜ポイント」と決めていた。
「ロバートさんの搭乗機らしき機影を探知しました‥‥」
自ら搭乗する岩龍改のレーダースクリーンに映った光点を認め、那由他が僚機に報告した。
「いや、『目標機』でお願いします。彼の名を聞くと、よけい意識してしまいますからね」
クラークが辛そうな口ぶりで頼んだ。万一雄二機にトラブルが発生した場合、彼自身がロバート機の撃墜役を担当する可能性もあるのだから。
ソード機、榊機、そして那由他機はいったんロバート機とすれ違ったあと旋回し、寄り添うようにして同機に接近した。
まず那由他が無線で呼びかけ、さらに望遠カメラでコクピットを覗き込み、ロバートの状況を確認。
(「コードが発信された時間から考えると‥‥それでも出来る限りのことは‥‥」)
だがその願いも虚しく、風防越しに見えるロバートの顔は血の気が失せ、その両眼の瞳孔は完全に開いていた。
「駄目です‥‥パイロットの生命反応‥‥ありません」
「ロバート起きろ! 告白だってまだじゃないか‥‥起きるんだ!!」
なおも諦めきれず、ソードが怒鳴る。
たとえ決まった結末でも、最後の瞬間まで足掻きたかった。
(「だってそうだろう? おまえは俺の‥‥友達なんだから!」)
無線越しにソードの悲痛な叫びを聞きながら、那由他は自分も泣きたい気分を堪えて撃墜前のロバート機を岩龍改のカメラであらゆる角度から撮影した。
「おかしいな‥‥機体の損傷が少なすぎる?」
護衛の8機が全滅した程の激戦である。回避の低い偵察用KVならもっとボロボロにされてもおかしくないはずだ。そのくせ、パイロットはコクピットを正確に撃ち抜かれ死亡している。
(「嫌な感じだ‥‥まるで僕らに見せつけるために、わざわざロバートさんの機体だけ帰したみたいで‥‥」)
その時、岩龍改のレーダーがロバート機のさらに南方から急速に接近する4つの機影を確認した。
「友軍識別信号なし――小型HWです!」
「やっぱり追いかけてきやがったか‥‥」
「まあ、すんなりデータを渡してくれるとも思いませんでしたけどね」
予想されたバグア側の妨害に対し、予め前方で警戒に当たっていた仁と修司のディアブロがブーストをかけ迎撃態勢に入る。
修司がAAMと長距離バルカンで援護する中、接近戦に持ち込んだ仁はソードウィングでHWに肉迫した。
命中率の低さが難点とされるソードウィングだが、機体強化で大きく命中を上げた仁機はすれ違うたび確実に敵HWの装甲を切り刻んでいった。
前衛2機の防衛ラインをすり抜けたHW2機の前に、ロバート機直衛を担当するソードのディアブロ、兵衛の雷電が壁のごとく立ちはだかる。
雄二機によるロバート機撃墜が無事完了するまで、一歩も敵を近づけないのが彼らの任務だ。
「やらせませんよ!」
「こいつには指一本触れさせる訳にはいかないのでな。速やかに墜ちて貰おうか」
HWは初めて会敵する雷電に狙いを絞ってプロトン砲を発射してくるが、物理攻撃はもちろん知覚攻撃に対しても高い抵抗を誇る雷電の機体には、かすり傷程度の損害しか与えられない。
一瞬戸惑うような動きを見せるHWの1機に、反撃に移った兵衛の8式螺旋弾頭ミサイルが命中する。先端のドリルでFFごと装甲を穿ち内部で炸裂する新兵器により中破した敵円盤に、ソードのSライフルD−02がとどめを刺した。
「pastorより各機、射点についた、これより目標に引導を渡す」
雄二機からの通信が僚機に告げた。
なでしこ、クラーク両機が見守る中、S−01改がロバート機の後方に付き、100m内の至近距離まで接近した所で20mmバルカンの照準を岩龍改の左主翼先端にロックオン。
「ターゲットガンレンジ、FOX3!」
タタタ! ――短い連射音と共にKV機首付近でマズルフラッシュが閃き、岩龍改の主翼を正確に破壊した。
既にエミタAIの機能を停止したロバート機は大きくバランスを崩し、そのまま体勢を立て直すこともなく、木の葉のように回転しながら海面へと墜落していった。
「ちくしょう‥‥ちくしょう‥‥ちくしょう〜〜〜!!」
やり場のない怒りをトリガーに込め、ソードは残るHWにSライフルの砲弾を叩き込んだ。
「作戦終了、pastorより編隊各機、および周辺のUPC各隊へ、これよりミッシングマンフォーメーションを行います、編隊各機はフィンガーチップ隊形へ移行、指示を待ってください」
その頃には敵HW4機を全滅させた護衛のKV部隊も引き返し、ロバートの魂を弔うため、雄二の指示に従い追悼の儀式用編隊を組んだ。
「主よ、今からあなたの下へ、勇敢な男が、また一人召されます、どうか、彼の魂が、安らかならんことを‥‥AMEN」
プロテスタントの牧師なので、十字は切らない。
「あんたの遺志は俺達が継ぐ、ゆっくり眠ってくれ」
仁が呟き、
「これでお別れだ、ロバート。俺が地獄に行ったら、また一緒に酒を飲む事にしよう。その日が遠い事をあの世で祈っていてくれ」
兵衛は静かに瞑目した。
「ロバート‥‥君の事は永遠に忘れない‥‥」
ソードの眼下で一端水没した偵察機の機体が白い泡と共に海面に浮上し、強襲揚陸艦から水中用KV、W−01が発進する。
「ロバート・ダグラス以下殉職した傭兵諸氏に、敬礼!」
編隊1番機を務める雄二のS−01改が、戦死者の昇天を象徴するため、ひとり編隊を離れ天高く上昇する。
W−01のパイロットから、「これより回収作業に入る。何か引き継ぎ事項はあるか?」との問い合わせが入った。
「可能なら、何かロバートさんの遺品も回収して兵舎へ届けてください。そこに彼を待っていた方がいるはずですから‥‥」
なでしこはそう返信した。
ミッシングマンフォーメーションが終了した後も、クラークはロバート機の没した海面から目が離せなかった。
悲しみに耐える術も、立ち直る為の術も覚えてきた。
――だけど、悲しいものはやはり悲しい。
「‥‥自分が死んだら、悲しんでくれる人は居るかな?」
●エピローグ
「偵察画像の解析が終了致しました」
オフィスに入室した情報士官が、現像された偵察写真の束を上官の将校へ提出する。
その1枚を取り上げた将校は眉をひそめた。
彼にとって悪い意味でお馴染みの、この黒い機影は――。
「‥‥ステアー? 北米や欧州に現れた奴が、オーストラリアに配備されたのか?」
「いえ。過去のデータとも照合してみましたが、どうやら同型の別機体です」
情報士官は写真の1枚、多分最も鮮明に撮られた画像を示した。
「搭乗者も、別人の様です」
悪魔の鳥のごとく画面を過ぎるステアーの機首に、はっきりと刻まれた黄道宮「射手座」のエンブレム。
「ゾディアック‥‥シモンか!?」
「おそらくは」
「3人目のステアーパイロット‥‥か」
「それで済めば良いんですがね。奴らはまだ12人いるのですよ?」
「赤い悪魔が、今度は黒い悪魔にか‥‥いや、笑えんジョークだな」
偵察写真を「機密」と書かれた袋に収めると、将校は司令部の準将に事態を報告するためデスクを立った。
<了>