タイトル:7月のクリスマスマスター:対馬正治

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/07/16 15:11

●オープニング本文


「この子はいつ頃からこんな症状なんですか?」
 虚ろに目を見開いた幼い少女を診察しながら、カークランドは付き添いの父親に尋ねた。
 ろくに散髪もせず無精髭を生やした風貌は「怪しい中年バックパッカー」という風情だが、これでも立派な医師である。
 ボランティアの医者として世界各地を回るカークランドが今回訪れているのは、キメラ災害により故郷の町を追われた人々が身を寄せる難民キャンプの一つだった。
 そんな彼がいま診察しているのは、エミーという名の9つの少女。
「去年の12月‥‥ちょうどクリスマス前の晩でした。家でイブのパーティーを祝っている最中、町がキメラに襲われて‥‥」
 エミーの父親は悄然として語った。
「一度は家族で避難したのですが、妻が突然『エミーに贈るためのプレゼントを忘れた』と言い出し1人で屋敷に引き返して‥‥もちろん私は呼び止めたのですが、両手でこの子を抱いたままではどうすることもできず‥‥それっきりです」
「‥‥」
 カークランドも表情を曇らせ、改めて目の前の幼い「患者」に視線を戻した。
 診察したところ、体の方に特に異常はない。食事も出せば一応普通に食べているという。
 ただその視線はぼんやりと宙を泳ぎ、医者の自分や隣にいる父親にさえ何の関心も示そうとしない。
 ――まるで、彼女の中で時間が凍り付いてしまったかのように。
「これは‥‥薬でどうにかできる問題じゃないですね。知人のセラピストをご紹介しますから、カウンセリングや心理療法で気長に‥‥」
 そう言いかけてから、ふとカークランドは気になって尋ねた。
「それにしても、奥さんはなぜそんな無茶を? 失礼ですが、そのプレゼントというのは命をかけるほど高価な品だったのですか?」
「それが‥‥中身は何なのか、私も知らないのですよ。私ども夫婦は共働きで、それまであまり娘に構ってやることもできず、妻はその事をいつも気に病んでいました。だから『今年のプレゼントは私が選ぶわ。もうエミーと約束してあるの。きっと喜ぶわ!』と‥‥」
「なるほど‥‥」
 カルテを書く手を止め、カークランドはボールペンの端で軽くデスクを叩いた。
「仮定の話になりますが‥‥もしその『プレゼント』だけでも取り戻せれば、エミーちゃんの症状も少しは回復するかもしれませんね」
「はあ‥‥一度このキャンプに駐留するUPC軍の隊長さんにもお願いしてみたんですが、えらく叱られました。『そんなくだらん事のために部下の命を危険に晒せるか!』と‥‥」
 現在、このキャンプから10kmほど離れた廃墟の町にバグアの本隊こそいないものの、スライムやラット系の小型キメラの他にかなり強力な中型キメラが3匹居座り、我が物顔で振る舞っているという。
 この父娘にとっては決して「くだらない事」ではない。とはいえ、まだ残っているかどうかも判らないプレゼントを回収するため一般人の兵士にキメラと戦え、というのもまた酷な話であろう。
 カークランドはじっと考え込んだ。
「‥‥当てがないわけじゃないですが‥‥こればかりは、ボランティアというわけに行きませんよ?」
「お願いします、先生! お金はできる限りお支払いしますから!」
 すがるように叫ぶ父親の横で、
「ママ、エミーいい子にしてる‥‥だから、今度のクリスマス‥‥約束だよ‥‥」
 視線を宙に泳がせたまま、少女は殆ど聴き取れないほどか細い声で呟いた。

●参加者一覧

五十嵐 薙(ga0322
20歳・♀・FT
香原 唯(ga0401
22歳・♀・ER
流 星之丞(ga1928
17歳・♂・GP
ルフト・サンドマン(ga7712
38歳・♂・FT
櫻小路・あやめ(ga8899
16歳・♀・EP
皆城 乙姫(gb0047
12歳・♀・ER
篠ノ頭 すず(gb0337
23歳・♀・SN
福居 昭貴(gb0461
19歳・♂・SN

●リプレイ本文

●時を止めた少女
「これが、キメラ災害の現実なのですね‥‥」
 初めて訪れる難民キャンプ。砂塵の吹きすさぶ荒野に殺風景なプレハブ仮設住宅が建ち並ぶ光景を目の当たりにし、香原 唯(ga0401)は呆然として呟いた。
 ULTや各国NPO団体の支援により辛うじて水と食料、自家発電用燃料等の供給は維持されているといえ、つい7ヵ月前までは近代都市で何不自由なく暮らしていた市民達の窮状を思うと胸が痛む。
 清潔で安全なハイテク人工島L・Hで生活しているとつい忘れてしまいがちだが、これがバグアとの戦争やキメラ災害のため、何十億という数の人々が苦しむ世界の実情なのだ。
 今はまだ彼らの故郷を取り戻す事まではできなくとも、せめて少女1人の生きる希望は取り戻してやりたい――唯はそう思った。
(「戦う事だけが傭兵の仕事ではないですものね」)
「エミーさんの時間は、クリスマスで止まってしまったのでしょうか‥‥彼女の母親の事を考えると胸が痛みますが、元気になって欲しいです」
「エミーと母親の約束はまだ生きている‥‥必ず持ち帰り、約束を果たさせてやろうぜ」
 これから面会するであろう少女の身を案じ、福居 昭貴(gb0461)とルフト・サンドマン(ga7712)が言葉を交わす。
「‥‥つらい時代だよね」
 篠ノ頭 すず(gb0337)が思わずため息をもらせば、
「エミーちゃんを助けてあげたいよ! ‥‥あとお母さんの気持ちも届けたい」
 皆城 乙姫(gb0047)も小さな拳を握りしめ、決意を新たにした。
 そのとき、
「あれっ? 唯博士に福居さん、お二人もこの仕事を受けてたんですね」
 所用のため到着が遅れ、第2便の移動艇から降りてきた流 星之丞(ga1928)が、少し驚いたように声をかけてきた。
「今回のキメラは強敵らしいですが‥‥香原先生やジョーさんと一緒なので心強いです。頑張ります」
 同じ『イエローマフラー隊』に所属する2人の顔を見て、緊張気味だった昭貴もホッしたように笑った。

 とりあえず参加メンバーが揃った所で、傭兵達は難民キャンプの一角にある診療所へと向かった。そこに今回の依頼主であるボランティアの医師カークランド、そしてエミーの父親が待っていた。
「よくよくご縁がありますね。全力を尽くしますので、よろしくお願いします」
「おや? あなたは、前に別のキャンプで‥‥」
 以前に廃病院からワクチンを入手する依頼で行動を共にした櫻小路・あやめ(ga8899)の顔を目にして、カークランドが人懐こそうな笑みを浮かべた。
 だがすぐに表情を曇らせ、
「申し訳ありません。皆さんだけ危険な場所に行かせることになってしまい‥‥でも今回は、僕がついていっても却って足手まといになるだけですし」
「なーに、気にするな。これもわしら傭兵の仕事さ」
 厳つい顔に似合わず気の良いルフトが豪快に笑う。
「それよりも、問題のプレゼントの在処についていくつかお尋ねしてよろしいですか?」
 星之丞はエミーの父親に街の地図を借り、屋敷の場所や避難した際の経路等について確認した。
 屋敷の間取りについては、父親の記憶を頼りに見取り図を描いてもらう。
「すいません、辛い事も思い出させてしまいますが‥‥」
「とんでもない。こちらからお願いしたことですから」
 父親の話によれば、プレゼントの中身は知らないが、見た目は綺麗にラッピングされた縦横20cmくらいの小箱だったという。
「そういえば‥‥妻は娘の誕生日やクリスマスの時、予め用意したプレゼントを台所の食器棚に隠しておく習慣がありましたね‥‥」
 スケッチブックにペンを走らせるうちに思い出したのか、父親がふと呟くようにいった。
 加えて必要だったのは、エミーの母親の顔、そして最後に着ていた服装についての情報だった。たとえ変わり果てた姿になっていようと、元の容姿や服装が判れば人物が特定しやすいからだ。
「これは妻のお気に入りのドレスで‥‥エミーと出かける時は、いつもこの服装でした」
 そういって父親が差し出した写真には、黄色い花柄のワンピースに身を包んだ若い母親と、彼女に抱きつきあどけなく笑う幼い少女の姿が映されていた。
 傭兵達が顔を上げると、写真と同じ少女――エミーが診療所の椅子に座っている。
 だが彼女の顔からは一切の表情が抜け落ち、傭兵達の姿にも全く関心を示すことなく、硝子のような瞳で虚空に視線を泳がせていた。
 ここにもキメラによって、笑顔を無くしてしまった者がいる。
「プレゼント‥‥きっと、見つけて‥‥届けて、あげたい‥‥です」
 ゆっくりと独りごちる五十嵐 薙(ga0322)。
 しかしその言葉には、深く静かな怒りと哀しみがあった。

●青銅の巨人
 難民キャンプから目的地の街まで、移動艇ならあっという間の距離だった。
 艇を降りた後、改めて装備を確認した傭兵達は、

 A班:星之丞、あやめ、唯、昭貴
 B班:ルフト、乙姫、すず、薙

 の2手に分かれ、それぞれ別ルートから街へ侵入、互いに無線で連絡を取り合いつつエミーの元自宅を目指した。
 今回の任務はキメラ掃討ではないため、街を徘徊する小型キメラとの積極的な戦闘は避け、建物の陰等を利用しつつ慎重に進む。
 また母親が避難所に向かう途中に倒れた可能性も考慮し、街路にプレゼントが落ちていないかも注意した。
 もっとも人気のない街路には乗り捨てられた自動車や瓦礫、そして数多くの白骨遺体が累々と横たわっているため、もしその中にプレゼントが埋もれてしまったとすれば発見は絶望的だろうが。
「酷い‥‥状態、です‥‥どうして‥‥こんな事に‥‥なってしまうの」
 予想はしていたといえ、あまりの惨たらしさに唯はやりきれない気分になる。
 しかしここは、バグアに滅ぼされた数知れぬ都市や町の1つに過ぎないのだ。

(思ったよりキメラの数が少ないですね‥‥)
 時折「探査の眼」で周囲を警戒しつつ、以前に潜入した同様の廃墟と比較して、あやめは思った。
 ただし小型キメラの数が少ないと言うことは、逆にいえばこの地に居座るボス的存在がそれだけ強力なキメラである可能性が高い。決して油断はできないのだ。
 同じA班に属する唯は双眼鏡で進行ルート上の状況をよく確認した。
 どこかで生存者が助けを待っている可能性もゼロとは言い切れない。一縷の望みであっても、彼女は己の目で確かめるまで諦めるつもりはなかった。
 間もなく合流点であるエミー宅へたどり着こうという時、唯の視界にそれまでの小型キメラとは違う、人間に似た影が映った。
 一瞬生存者かと思ったが、どうやら違う。
 身の丈およそ2m。古代ギリシア戦士の青銅像がそのまま動き出したような怪物――「タロス」だ。キメラにしては珍しく、片手持ちの両刃剣と円形の盾を装備している。
「あれが噂のタロス‥‥幸いまだこっちには気付いてない様子、あの影を利用してやり過ごしましょう」
 星之丞が仲間達に警告し、手近の路地裏に身を隠そうとした矢先、あいにくその奥からもう1匹のタロスがぬっと姿を現わした。
「‥‥!」
 合流前の戦闘は避けたかったが、こうなっては致し方ない。
 直ちに唯が錬成強化で仲間達の武器を強化。
 前衛に立った星之丞がツーハンドソードで路地裏から出現したタロスに斬りかかる。
 タロスは盾をかざし、星之丞の剣を受け止めた。
 鈍い金属音と共に赤光が輝き、星之丞が一歩後ろに飛び下がる。
 フォースフィールドを割り引いても、敵の盾は思いの外強力な防具だ。
 それでもかなりの衝撃は与えたらしく、体勢を崩したタロスの脛あたりを狙い、あやめが低い姿勢からから血桜で斬り込んだ。
 一方、戦闘に気づき道路の向こうから接近してくるもう1匹のタロスに対し、昭貴は唯から借りていた小銃S−01を発射するが、やはり強靱な盾に弾かれてしまう。
「あっくん、これ使って!」
「先生、お借りします!」
 唯から受け取った貫通弾を装填し、今度は盾からはみ出た下半身を狙って強弾撃併用で再び狙撃。これが見事命中し、タロスの巨体がグラリと揺れた。
 その頃になって無線連絡を受け急行したB班4名も到着。タロス側もさらにもう1匹の仲間を呼び寄せ、屋敷前での乱戦が始まった。
 傭兵側はスナイパー2名が道路の向こうから接近する2匹を銃や弓で狙撃する一方、ファイターを中心に手近にいる1匹を集中攻撃した。
「許せない! あんた達なんかに生きる価値はない!」
 覚醒により口調の変わった薙がソニックブームでタロスを牽制、そこへルフトが豪破斬撃を叩き込む。星之丞とあやめは背後に回り込み、青銅巨人の強靱な生命力を削っていった。
「致命傷を与えるだけが戦いじゃない‥‥!」
 長弓「クロネリア」に弾頭矢をつがえ、敵の足止めに専念するすず。
 だがスナイパー達の矢弾を浴びつつも、2匹のタロスはついに近接距離まで肉迫してきた。
「危ない!」
 すずがタロスの剣を浴びそうになるのを目にした乙姫が、咄嗟に後方から飛び出し身を挺してその攻撃を受ける。
「乙姫!?」
「大丈夫‥‥すずの事は‥‥絶対守ってみせるから」
 負傷しながらも、気丈に微笑んでみせる乙姫。
 すずは武器を長弓から氷雨に持ち替え、タロスを睨み上げた。
「我なんかに構ってていいの‥‥? うちの前衛は優秀だよ」
 その言葉通り、最初の1匹を仕留めたファイターとエキスパート達が駆けつけ、残る2匹を迎え撃った。
 さらに乙姫が錬成弱体で敵の防御を下げ、小太刀を構えたすずも攻撃に加わる。
 やがてタロス達は動きを止め、その巨体が相次いで路面に倒れ伏した。

 唯と乙姫から錬成治療による応急手当を受けた後、傭兵達は改めてエミーの屋敷へと踏み込んだ。
 1階の居間はクリスマスツリーが横倒しになったまま荒れ果てていた。
 去年のパーティーの面影を残しているだけに、却って痛々しい。
 だがエミーの母親、そしてプレゼントの箱は見あたらない。
「見つかり‥‥ません。でも‥‥必ず、見つけます‥‥エミーちゃん、の為に」
 懸命な表情で、居間の戸棚やソファの下を捜索する薙。
 星之丞はふと出発前に父親から聞いた言葉を思い出し、仲間達とキッチンへ向かった。
 そこで、彼らは思わず目を背けた。
 台所に倒れた女性らしき遺体。小型キメラに食い散らされて顔形も定かでない程ボロボロになっているが、そのドレスの生地は確かに黄色い花柄だ。
 手当たり次第に食器棚を開けていくと――。
 やがて、丁寧にラッピングされリボンで結ばれた小箱が発見された。
「見つけたよ‥‥エミーちゃん」
 瞳に涙を浮かべ、乙姫が呟いた。

●7月のクリスマス
 無事プレゼントの回収を果たし、再びキャンプへ戻った傭兵達は、カークランドと共にエミー父子の済む仮設住宅へと向かった。
「メリー・クリスマス!」
 L・Hから持参したサンタ服に巨体を包んだルフトが陽気に叫びながら部屋に入ると、ベッドに腰掛けていたエミーが驚いたように顔を上げた。
「‥‥遅れて済まなかったね。エミー、君にプレゼントを持ってきたよ」
 肩に背負った白い布袋からあの小箱を取り出す。
「このプレゼントは君のママから預かってきた物。‥‥エミー、君とママの約束の品だよ」
 強面の顔に穏やかな笑みを浮かべ、少女の手の上にそっとプレゼントを置いた。
「ママが‥‥?」
 それまで虚ろに宙をさまよっていたエミーの視線が、ハッとしたように手元の小箱を凝視する。
「開けてごらん。きっと君を元気にしてくれるよ」
 小さな手が震えながら包みを開くと、中から出てきたのはミニチュアの宝石箱を模したオルゴールだった。
「これ‥‥ママと町を歩いてるとき、お店で見つけたんだ‥‥エミー、欲しいっていったら‥‥『じゃあ今度のクリスマスにね』って‥‥」
 蓋を開くと、オルゴールが回転し、クラッシックのメロディーを奏で始める。
 箱の中には、メッセージが添えられたクリスマスカードも入っていた。

『いつもおうちにいられなくてごめんなさい。でもママは、どこにいてもあなたのことを世界でいちばん愛しているわ。 エミーへ』

「ママ‥‥!」
 少女の瞳から涙が溢れ出し、やがて大声で泣き始めた。
「どうやらまた動き始めたようですね‥‥エミーちゃんの中の時間が」
 カークランドが感慨深げに呟く。
 昭貴がクラッカーを鳴らして祝福し、唯は白い花で部屋中を雪の様に飾った。
「きみはいい子で待ってるんでしょ。親から愛されてるんだ‥‥その愛に、お父さんを裏切っちゃいけない。それは、悪い子のする事。辛い事かもしれないけれど、きみが乗り越えなきゃいけない事なの」
 すずが励ますと、我に返ったエミーは初めて顔を上げ、傭兵達の姿をしゃくりあげながら見渡した。
「この人達はママの友達で‥‥代わりにプレゼントを届けに来てくださったんだよ」
 娘の肩に優しく手を掛け、父親が説明する。
「はやく元気になってね‥‥」
 乙姫は屋敷を捜索中に見つけた、形見のペンダントをエミーの首に掛けてやった。
「あたしからも‥‥プレゼント」
 やはり持参のぬいぐるみを手渡す薙。
「エミー殿、よければ友達になっていただけませんか」
 あやめの申し出に、少女は掌で涙を拭い、コクンと頷いた。

「エミーちゃんの心の傷が癒えるのには、まだ時間がかかるでしょうけど‥‥もう大丈夫。あの子なら、きっと乗り越えていけるでしょう」
 カークランドの言葉を受け、キャンプを後にする傭兵達。
「エミーちゃん、元気になってくれるといいな。そして、いつか世界中の人達も‥‥唯博士、福居さん、これからもどうか宜しくお願いします」
 帰りの移動艇に向かいながら、星之丞は仲間達にしみじみと語るのだった。

<了>