●リプレイ本文
「人が忽然と消える一室か。船ではそういう話があったが、こっちの原因は突き止めないとな」
問題のマンションを見上げ、月影・透夜(
ga1806)が呟いた。
「うーん‥‥人がいきなり失踪するなんて‥‥ちょっときな臭い感じがしますね」
と、サングラスをちょっと上げながらヴァシュカ(
ga7064)。
一見何の変哲もない築5年の賃貸マンションであるが、同じ部屋の住民失踪が立て続けに4回となると、もはや「偶然」ではすまされない。
「住人の消失事件ですか。う〜ん、何か嫌な感じがします」
大和・美月姫(
ga8994)が眉をひそめれば、
「恐怖のマンションか‥‥怖いなー。神隠しとか妖怪の仕業? 凄く気になる!」
怖さ半分、好奇心半分といった表情で火茄神・渉(
ga8569)もブルっと身を震わせる。
もっとも、この場に集まった傭兵達の誰もがオカルト現象だなどとは考えていない。
一連の不可解な連続失踪事件の裏に、もし人外の力が関与しているとすれば――。
「‥‥やっぱり、原因はキメラ‥‥?」
リオン=ヴァルツァー(
ga8388)がたどたどしい口調でいった。
それでも、渉はつい思ってしまうのだ。
(「キメラも妖怪に似たようなモノなんじゃないかな?」)
――と。
「何とも血生臭い雰囲気の事件です。これ以上の被害が出ないよう、何としても解決しなければいけませんね」
神社の娘としての直感か、石動 小夜子(
ga0121)は早くも件のマンション、ことに住民失踪が相次ぐ105号室から不吉な気配を感じ取っていた。
5階建て、各階5部屋とマンションとしては小規模なその建物は玄関が西を向く形で建てられており、問題の部屋は1階北の角部屋。
(「それにしても、なぜこの部屋にだけ‥‥?」)
「外から見た分には、特に怪しいトコはないですねー」
建物の外観をざっと見回っていたヒマリア・ジュピトル(gz0029)が、ひょっこり戻ってきた。
「それにしても‥‥なぜこの部屋だけなのかが気になるな」
先ほど小夜子が抱いた同じ疑問を、透夜もまた口にした。
「とりあえず、源次が来るのを待ってから室内を調査するか‥‥」
虎牙 こうき(
ga8763)がいう。筋骨隆々とした体格は見るからにファイターかグラップラーだが、実はサイエンティストである。
噂をすれば影。ちょうどその時、道路に車が止まり、寿 源次(
ga3427)が依頼主の大家と共に現場に到着した。
「寿だ、宜しく頼む!」
参加者のうち初対面になるメンバーに自己紹介した源次は、次いで既に顔なじみの面々にも挨拶した。
「組める日を待ってたぞ、おィ!」
友人であるこうきの肩を叩き、美月姫の方を向くと、
「LH店巡り以来か。元気そうだな」
さらに後輩のヒマリアに対しては、
「きみもそろそろベテランの域だろ? 頼もしい所を見せて貰おうか」
そういってニヤリと笑う。
一足先に大家の自宅を訪れた源次は、過去に失踪した入居人についての情報聞き取り、またマンションの施工図・部屋の見取り図を借り出していた。場合によっては住人の避難要請も必要となるので、当然その段取りも話し合ってある。
それによれば過去4回失踪した入居者達はいずれも互いに無関係。しかも家族全員が同時に姿を消しているという。
「何の痕跡も残さずに相次ぐ失踪、警察も匙を投げたくなる訳だ」
一通りの顔合わせ、そして源次からの情報提供を受けた傭兵達は、次に室内と隣近所への聞き込み、2班に分かれて調査にかかる事となった。
現場の部屋が北の角部屋になるため、まずは南隣の104号室、そして真上にあたる205号室から聞き込み開始。
「あら? お隣さん、またいなくなっちゃったんですか?」
104号室から顔を出した40代の主婦らしき女性が、目を丸くして驚いた。
隣室に警官が来たりして「何かあったらしい」とは察していたものの、夫婦揃って失踪した事までは知らなかったらしい。
「引っ越してきた時に一度ご挨拶に見えましたけど‥‥それ以来、特にお付き合いもなかったですからねえ」
「失踪の当日、何か不審な物音や悲鳴などは聞きませんでしたか?」
透夜の質問に対しても、「さあ‥‥?」と首を傾げるばかり。
205号室の方はもっとひどかった。
『‥‥何だよ?』
インターフォン越しに、30絡みの男の不機嫌そうな声が響く。
『下の夫婦? 知らねーよ。会ったこともないし』
美月姫が失踪した新婚夫婦の親戚であると名乗り、同行する大家も口裏を合わせてくれたが、結局『俺の知った事か』と切られてしまった。
「‥‥まあこんなものですよ、最近のマンションなんて。管理は業者が代行、家賃も銀行引き落としだから、誰が住んで何をやってるかなんて‥‥オーナーの私でさえよく知らないくらいですからねえ」
大家が頭を掻き、すまなそうに説明した。
傭兵達は一応他の部屋もあたってみたが、昼間だけに留守の部屋が多く、たまに住人がいても最初の主婦同様「心当たりはない」という返答ばかりだった。
その頃、大家から借りた合い鍵で105号室に入ったリオンは「探査の眼」を使い、家具も運び出されてガランとした2LDKの室内を一通り見て回った。
「危険‥‥何か‥‥いる‥‥」
だがその「何か」の気配があまりに希薄なため、具体的にどこが危険なのかまでは読み取れなかったが。
ヴァシュカは地元警察から借りたルミノール液を床に散布してみた。
「これが事件なら‥‥反応が出てきそうなんですが‥‥どう‥‥かな?」
仮に血痕があれば発光するはずだが、残念ながらこれといった反応もない。
ついでに部屋の四隅、壁の傷、風呂場などの排水口も調べてみる。
すると、いくつか不審な点が見つかった。
つい最近リフォーム済みだというのに、壁と床の境にあたる何カ所かに鼠の巣のような穴が開いている。警察が気づかなかったのは、部屋に入った当時には家具が壁際を塞いでいたからであろう。
また風呂場の排水口周辺に、何やらヌメヌメとした粘液が付着していた。浴槽や床のタイル等は几帳面に磨かれているというのに、である。
「‥‥怪しいなあ」
確かに「事件性」とみなすにはあまりに些細な物証である。しかし人間の犯罪者ならいざ知らず、キメラには体長20cmにも満たないサイズの奴もいるのだ。
子供だけに体の小さな渉は、ヘッドセット式のライトを装着し、ヒマリアと共に和室押入の天板から天井裏へと上ってみた。
天井裏は同じフロア同士で繋がっているようだ。
下の仲間達と無線機で連絡を取り合い、しばらく周囲を探索していると、ちょうど北端にあたる場所に、何やらこんもりと盛り上がった黒い塊がある。
「何だろう‥‥?」
腹ばいになってズリズリ近寄り、覗き込んでみると――。
それは衣服の切れ端、そして干涸らびた人体の一部を寄せ集めて形作られた不気味な「巣」だった。
『‥‥キキッ』
「巣穴」の奥で、幾匹ともしれぬ小さな赤い眼が、敵意を込めた輝きを放ちこちらを睨み付けている。
「わああーーっ!?」
思わず飛び退いた渉は、ちょうど背後にいたヒマリアをも巻き込み、そのまま2人して押入の中へドドっと転げ落ちた。
「自分達シロアリ110番、徹底して駆除しますんで宜しく頼んます!」
ツナギの作業服を着て害虫駆除業者に変装した源次が、各部屋を回って頭を下げる。
1階の床下でシロアリの巣が発見され、殺虫剤を散布するため2日ほどマンションを立ち退いて欲しい――という筋書きだ。その間は、近所のビジネスホテルへの宿泊代を大家が負担する。安くはない出費だが、大家としても幽霊物件ならぬ「キメラ物件」などという評判を立てられるくらいなら安いもの、と踏んだのだろう。
「ええっ? いきなりそんなこと言われても‥‥」
大抵の住民は露骨に迷惑そうな顔をしたが、同行した大家の口添えもあり、数日かけてようやく全住民の同意を得ることが出来た。
その中には、美月姫の聞き込みを拒んだ、あの205号室の感じの悪い男もいた。
「ったく。早めに済ませろよ? こっちは仕事で忙しいんだからよぉ」
といわれても、昼間から自宅に籠もりきりの男がどんな「仕事」をしているのか、傭兵達にもよく判らなかったが。
夜になり、全ての住民が姿を消して静まりかえったマンションの105号室に、透夜、こうき、リオン、そしてヒマリアが入室する。これも大家が手配してくれたため、今夜に限っては普通に電気・ガス・水道が使える様になっていた。
その他のメンバーは、やはり互いに無線機で連絡を取りつつ屋外の警戒に当たっている。
「天井に巣を作っていたのは、おそらくキメララットだろうな」
いったん室内のリビングに落ち着いた後、透夜が意見を述べた。
「気になるのは、渉が見たというミイラ化した死体の一部‥‥キメララットには、人間をミイラにするような能力はないはずだ」
つまり、抵抗する隙も与えず人間をミイラ化させるほどの吸血能力を備えた、別種のキメラもいるという事だ。
その吸血キメラが犠牲者の血を吸い尽くし、衣服や乾燥した遺体をラットが処分していたと考えれば、密室殺人のカラクリは明かされる。
なぜこの部屋だけが狙われるのかは、相変わらず謎だが。
一番効率的なのはマンションごとSES兵器で焼き払ってしまう事だが、さすがにそれはできない。そこで囮班4名が襲ってくるキメラを迎え撃ち、逃走した敵は屋外に待機する別班が始末する――これが今回の作戦だった。
壁に開いた穴のそばに、美月姫の提案で用意したネズミ取り用の粘着シートをセットした後、4人はそれぞれ洋室、和室、リビングそしてバスルームへと移動し「敵」の出現を待った。
「さてと、何処にいるんだろうな‥‥」
洋室担当のこうきがスパークマシンαを構え、和室に入ったリオンは、
「うまく隠れてたつもりなんだろうけど‥‥かくれんぼは、もう終わりだよ」
再び「探査の眼」を使い、天井に巣くうキメラの動向を監視する。
狭い室内という都合上リーチの長い武器が使えないため、リビングの透夜が小太刀「夏落」の刀身を改めていたとき。
「みきゃあああ〜〜っ!」
水着姿でバスルームに入り、シャワーを浴びる「フリ」をしていたヒマリアが甲高い悲鳴を上げた。
「どうした!?」
透夜が駆けつけると、全長1mはあろうかというヒル型の軟体キメラが少女の体にまとわりついていた。どうやら排水口から侵入したらしい。
「うきゃ〜っ! キモチ悪ぅ〜い!!」
細かい牙がビッシリ生えた輪形の吸血口を片手で押さえ、細い足をジタバタさせながら空いた手に持ったアーミーナイフでヒルキメラを滅多刺しにするヒマリア。
「ここはお前たちの餌場じゃない。今まで奪ってきた家族の団欒の報い受けてもらう!」
透夜が夏落の刃を深々突き立てると、ダメージを負ったキメラは慌てたように元来た排水口の中へ逃げ込んでいった。
もちろんこれは想定内である。
「風呂場の排水口から外に1体向かった。任せたぞ」
すかさず外部班に無線連絡する透夜。
その時、外の下水溝付近に待機していたのはヴァシュカだった。
「‥‥う‥‥わ‥‥。うわぁ‥‥」
ランタンの灯りの中にヌッと現れた巨大ヒルを目にして、ただでさえ色白の彼女の顔が蒼白となる。鼠ならまだしも、ヒルは大の苦手だった。
それでも手にした菖蒲を「布斬逆刃」により知覚武器に変えて斬りつけ、ヴァシュカは何とかとどめを刺した。
「ボクは何も見てない‥‥見てない‥‥見て無いもん‥‥」
同じ頃、室内班はヒルキメラに続き、壁の穴から出現したキメララットの襲撃を受けていた。
床に仕掛けた粘着シートに一瞬動きを阻まれるラットだが、すぐさまキメラの怪力でシートごと引きちぎり、十数匹の後続部隊がワラワラ押し寄せる。
「こっちのは任せてくれ!」
こうきがスパークマシンの電磁波で鼠キメラを蒸し焼きにし、自身障壁で身体強化したリオンは飛びついてくるキメラをアーミーナイフで切り裂いた。
透夜とヒマリアも協力して1匹1匹確実に仕留めていくが、とにかく数が多いので面倒な事この上ない。
そのうち何匹かが、東側の窓ガラスを破って外の道路へと逃走した。
待ち受けていた小夜子が体勢を低く取り、逃げて来たラットを菖蒲の横薙ぎ一閃で仕留める。
同じく菖蒲を構えた美月姫は流し切りで回り込み、渾身の一撃で小型キメラを一刀両断した。
2人の間をすり抜けたキメラには、さらに背後に控えていた源次が超機械の電磁波をお見舞いする。
「蟻の子一匹逃がさんってな!」
同じ頃、玄関側で待機していた渉は、デジタルビデオを構えて建物の様子を撮影する怪しい人影に気づいた。どこかで見覚えのある顔――避難したはずの、205号室の男だった。
「おじさん、何してるのかな?」
「――ちっ!」
相手が子供と舐めてかかったか、伸縮式の特殊警棒を振り上げ殴りかかってくる。
しかし渉も能力者。武器を使うまでもなく、覚醒中の超人的な腕力でたちどころに男を取り押さえた。
「ひょっとして、バグア?」
「痛てて‥‥違う! 俺は人間だって!」
2時間ばかりの戦闘であらかたのキメラを片付け、天井裏の巣はこうきのスパークマシンで焼き払う。最後に念のため全てのフロアと部屋を点検し、生き残りのキメラがいない事を確認した後、傭兵達はキメラ殲滅完了をUPCと依頼人の大家へ報告した。
渉が生け捕りにした男は、確かにただの人間だった。
本人の白状した所によれば、多額の借金の返済と引き替えに、親バグア派の地下組織からある「仕事」を持ちかけられたのだという。
「何でも105号室の住人が行方不明になるから、警察や他の住人の反応を調べて報告しろって‥‥キ、キメラの事なんか知らねえからなっ!」
男の言葉を信じる限り、2種類のキメラは親バグア派組織の手で意図的に持ち込まれた事になる。
それにしても、バグアは借金苦の男を利用して何をしたかったのか?
「もしかしたら、隣人に無関心な都会の風潮を利用して、新しいタイプの都市型テロを実験していたのかもしれませんね‥‥」
美月姫が呟いたが、事の真偽はUPCの今後の調査に委ねるしかないだろう。
翌日、こうきは大家から借りた清掃道具で105号室の室内やマンションの周囲を丁寧に掃除した。
「こんなもんで良いかな、やっぱ綺麗にしとかないとな!」
1人戦闘の跡を掃除しながら、我知らず涙が溢れ出す。
「結局、キメラを倒したところで犠牲者は還ってこないんだよな‥‥1人でも守るために頑張らないとな‥‥」
せめて次から来る入居者にとって、今度こそ幸福な「家」になって欲しい――そう願わずにいられないこうきであった。
<了>