タイトル:プリネアからの来訪者マスター:対馬正治

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/07/01 21:25

●オープニング本文


●空母「サラスワティ」艦長室
「――ですから本艦としては、マリアの件についてはコメント致しかねます。取材? 残念ながら応じられませんな。許可無く立ち入るようなら、警備隊による強制退去を執行しますからそのおつもりで」
 長身の体躯に一分の隙もなくプリネア王国海軍の将校服を着込んだ初老の軍人は、電話の向こうの相手に素っ気なく答え、返事も聞かずそのまま受話器を置いた。
「またマスコミか?」
「今度は日本の新聞社でした。全く、どこから嗅ぎつけてくるのやら‥‥」
 プリネア王女にして空母艦長、ラクスミ・ファラーム(gz0031)の質問に、副長のシンハ・クールマ中佐はややうんざりしたように答えた。
「しかし驚きましたな‥‥彼女があの『DF計画』の関係者、いや元DF隊員の1人だったとは」
「まあ、あの者を登用するとき、そこまで調べなかったわらわも迂闊であったが‥‥」
 UPC本部から取り寄せた「悪魔の部隊」関連の報告書に目をやり、ラクスミは憮然として呟いた。
「が、悪いのはカメル軍の連中であろう? もっとも当時の関係者が殆ど死亡か行方不明になっておるというから、今さら責任追及というわけにもいかぬだろうが」
「その件ですが‥‥実はUPCからも非公式に要請が来ておりまして‥‥その、マリアを任意同行し、シモンとの関係について改めて事情聴取したいと」
「悪魔の部隊」事件解決後、拘束されラスト・ホープに護送されたマリアを、UPC軍は「人類に敵対する危険はなし」と判断し一度は釈放している。
 だが、バグア軍エース部隊「ゾディアック」メンバーとして、死亡したと思われていた元DF隊員・シモンの名が公表された事で状況は一変した。
 シモンに関する情報が欲しいのも確かだろうが、それ以上にUPCが危惧しているのは、かつての同志だったシモンと合流するためマリアが再びバグア側へ亡命する事態だ。
 最悪の場合「事情聴取」を口実にそのまま彼女を長期拘留し、軍の監視下におく可能性もある。
「断れ!」
 拳をデスクに叩きつけ、ラクスミは怒鳴った。
「義勇軍として参戦しているといえ、本艦はあくまで我がプリネア王国の主権下にある! 過去のいきさつがどうあれ、マリアはいま本艦にとってなくてはならぬ人材じゃ。たとえUPCでも手出しはさせん!」
「そうはいわれましても‥‥現在のマリアの立場はULT所属の傭兵ですからな。向こうから『返せ』といわれれば、いつまでも本艦に置いておくわけにもまいりますまい」
 鼻の下の髭を撫でつつ、シンハ中佐も弱ったようにいう。
「‥‥せめて彼女がプリネア人であれば、自国民の保護を理由にやんわり拒否もできましましょうが‥‥」
「うーむ‥‥」
 しばらく思案していたラクスミが、ふと中佐に尋ねた。
「ときにそなた、家族はおるか?」
「はあ、国に妻が1人。‥‥軍にいた息子は7年前に戦死いたしましたが」
「どうじゃ? ひとつマリアを養子にしてみぬか?」
「そうですなあ‥‥‥‥って、ええっ!?」
 唐突な提案に、普段は冷静な中佐も驚いてたじろいだ。
「いえその、いきなり申されましても‥‥」
「とりあえずは形だけでも構わん。養子縁組して、マリアにプリネア国籍を与えてやれば、後は外交で何とでもなる。よい考えであろう?」
「そういう事なら、自分は構いませんが‥‥しかし、本国政府が何というか?」
「構わぬ。わらわはプリネア王女であり海軍提督、そして『サラスワティ』艦長じゃ。本艦の人事に関しては全権を委ねられておる」
 そのとき、艦長室の電話が鳴った。
 一般用ではなく、UPC本部やプリネア本国政府と直通のホットラインだ。
「『サラスワティ』副長のシンハだ‥‥」
 受話器を取り、2、3言葉を交わした中佐の眉がピクっ、とひきつった。
「殿下‥‥本国よりお電話です」
「ふん、早速聞きつけおったか‥‥国防大臣か? それとも首相か? とにかく代われ。わらわが話をつけ――」
「お相手はクリシュナ・ファラーム皇太子殿下‥‥つまり殿下の兄君です」
 受話器を取ろうと手を伸ばしたラクスミの全身が、一瞬硬直した。
 電話をかけてきたのは、よりによって彼女の頭の上がらない、数少ない人物の1人だったのだから。
「あ、兄上が‥‥いったい何の用で‥‥?」
「マリアの件で詳しい話を聞きたいと‥‥近く、直々に本艦へお越しになるそうです」

●参加者一覧

鷹見 仁(ga0232
17歳・♂・FT
御坂 美緒(ga0466
17歳・♀・ER
櫻小路・なでしこ(ga3607
18歳・♀・SN
イレーネ・V・ノイエ(ga4317
23歳・♀・JG
ミハイル・チーグルスキ(ga4629
44歳・♂・BM
時雨・奏(ga4779
25歳・♂・PN
井出 一真(ga6977
22歳・♂・AA
緑川 めぐみ(ga8223
15歳・♀・ER

●リプレイ本文

●「サラスワティ」艦内〜パイロット用個室
「で‥‥マリアはどうしたいねん?」
 ベッドに座った少女を心配そうに取り囲む傭兵達の1人、時雨・奏(ga4779)が問いかける。
「‥‥」
 マリアは無言のまま俯いた。
「どうも‥‥何だか大変な話になっちゃいましたね」
 井出 一真(ga6977)も弱ったように頭を掻いた。
 プリネア王女、ラクスミ・ファラーム(gz0031)の仲介による、副長シンハ・クールマ中佐との養子縁組。確かに急な話ではあるが、UPCによるマリア拘束という事態を防ぐためには、今の所他の手段は考えられない。
 もっともそれにはマリア自身の同意、そして間もなく来艦するプリネア皇太子、クリシュナ・ファラームの承認が必須条件となるのだが。
「マリアさんの本当の気持ちが必要なんです。俺は、この艦はマリアさんにとってはとても良い環境だと思ってます。ファラーム艦長ならマリアさんの意志を軽んじるようなこともないと思います。マリアさんは、どうですか?」
「‥‥自分はマリアに幸せになって欲しい。そう願っている」
「悪魔の部隊」事件以来マリアと関わってきたイレーネ・V・ノイエ(ga4317)が、言葉少なに告げた。
「‥‥この艦の人達は、みんな優しくしてくれる‥‥」
 初めてマリアが口を開き、か細い声で答えた。
「あまり話した事はないけど、艦長も、中佐も‥‥いい人達だと思う」
「で、ここの連中とずっと一緒に居たいんか?」
 少女の細い肩が、一瞬ビクっと震えた。
「けど‥‥私がここにいたら‥‥きっとみんなに迷惑がかかる‥‥」
「迷惑ぅ? そんなもん、みんな覚悟済みや! 後はお前の気持ち一つや」
 普段は理論派で冷静な奏が、珍しく大声を張り上げた。
「私の‥‥?」
「そや。ここに集まった連中はみんなマリアの事が好きなんやで、一緒に居たいんや。戦うなら一緒に重荷を背負ったる‥‥ゾディアックとだってやったるわ」
 そういってから、ちょっと慌てたように手を振り、
「――あ、わしの『好き』はLOVEやなくてLIKEやぞ?」
 その様子に、マリアも少しだけ笑った。
「マリアさん。皆さんはあなたのことが好きなんですよ。だから一生懸命になるのです。私もあなたのこと好きになりそうです」
 そういったのは緑川 めぐみ(ga8223)。マリアとは初対面であるが、この空母に何度か搭乗し、艦長ラクスミとも親しい兄を代行する形での参加だった。
 そのとき、別室でUPC本部との電話を終えたミハイル・チーグルスキ(ga4629)が姿を見せた。今になってDF計画を再調査する意図について問い合わせていたのだが、結局「軍機ですから‥‥」というお決まりの文句で切られてしまったのだ。
「久しぶりだね、元気そうで何よりだよ。君の友人からの手紙と贈り物を渡しておくよ」
 手にした鞄から1通の手紙、それに「あったかマフラー」「あったか手袋」を取り出してマリアに手渡す。
 贈り主は、過去にも度々マリアと依頼を共にした、ある女性傭兵だった。

『マリアちゃんはボクにとっては友達だよ。マリアちゃんがどんな立場、状況でもそれだけは変わらないんだよ。 だからボクは望むよ、貴女は貴女である事を、って。どんな選択をしても、どんな道でもね。その選択が誤ったなーって思ったら正直に話せばいいと思うんだ。きっと分かってくれる人だっているからね』

「‥‥」
 手紙を読み終えたマリアは、それを大事そうに胸に押し当て目を閉じていたが、やがて意を決したように立ち上がった。
「艦長のお兄さんに‥‥会ってみる」

●艦内士官食堂
 鷹見 仁(ga0232)が人気のない食堂に入ると、テーブルの片隅には既に顔なじみとなった、あの士官服の少女が座っていた。
(「何だか元気がなさそうだな‥‥」)
 今日は非公式とはいえ本国から皇太子が来艦するとあり、上は幕僚クラスから下は水兵まで、艦内はちょっとしたお祭り騒ぎとなっている。にもかかわらず、同じプリネア軍士官であるはずの「彼女」はなぜか浮かない顔で、テーブルに頬杖をついていた。
「よう。今日はお国から王子様が来るそうだな」
「‥‥そのようじゃな」
 向かいの席に座った仁が声をかけても、相変わらず難しい顔をしている。
「ところで‥‥この艦に傭兵のパイロットで乗ってる、マリアって子を知ってるか?」
「まあな。あまり話をした事はないが」
 あまり――という事は、全く知らない仲でもないようだ。
「ちょっと事情があってさ。彼女が普段この艦でどう過ごしているか‥‥知ってる範囲でいいから、教えて貰えないか」
「何じゃ。その娘に懸想でもしておるのか?」
「ば、馬鹿! そんなんじゃないって」
「‥‥冗談じゃ」
 一瞬、悪戯めいた笑いを浮かべた少女は、またすぐ真顔に戻った。
「評判は悪くない。命令には忠実、仕事は早くて正確‥‥ある意味理想の兵士じゃな」
「それじゃ、クルーから嫌われてるわけじゃないんだな?」
 内心ホッとして確かめる仁。
「ただな‥‥」
「ただ?」
「どうもあの娘、周囲に対して常に壁を作っているような気がしてならん」
「‥‥」
「彼女の身許保証人、研究所のナタリア博士に聞いてみたが‥‥おそらく過去、何かよほどひどい虐待を受けたのがトラウマになっているらしい、といっておったな」
 そういって、少女は深々とため息をついた。
「相手はバグアやキメラではなく‥‥たぶん同じ人間だろう、との事じゃ」

●飛行甲板上
 非公式、かつ内密の来訪とあり、派手な式典の類は一切なかった。
 出迎えに出た李・海花の岩龍に先導され、まず護衛のS−01改4機が、そしてクリシュナ自ら操縦するディアブロが着艦する。
 インドのMSIから寄贈されたという純白の機体にファラーム王家の紋章をエンブレムとするKVの操縦席から民俗衣装の皇太子が姿を現わし、空母の軍楽隊がプリネア国歌を演奏する中、ゆっくりタラップを降りた。
 褐色の肌に怜悧な緑色の瞳。秀でた相貌は、王族というよりむしろ青年学者といった趣がある。
 甲板に降り立った若き皇太子は、同じくプリネアの民族服をまとった妹のラクスミに歩み寄ると、微笑して互いに固く抱き合った。
「久しぶりだな。元気そうで安心したぞ」
「兄上も、健勝そうで何よりじゃ」
 王族兄妹がひとしきり再会の挨拶を済ませた後、傭兵達を代表し、櫻小路・なでしこ(ga3607)と御坂 美緒(ga0466)が花束を贈呈した。
「お初にお目にかかります。櫻小路・なでしこと申します。ラクスミ王女より騎士の末席に加えて頂いております。よろしくお願い致します」
「同じく御坂 美緒です。よろしくなのです♪」
 この日のため、なでしこは純和風に着物、美緒はチャイナドレスと服装にも気合いが入っている。
「その方らの噂は聞き及んでいる。いつも妹が世話になっているそうだな」
(「王子様‥‥思った通り素敵に格好良いのです♪」)
 もし後で時間に余裕があれば、クリシュナに交際中の女性はいるか、どんな女性が好みのタイプなのか、ぜひ聞き出しておこうと密かに誓う美緒であった。
 だが残念ながら、皇太子の滞在時間は僅か3時間足らずだという。要件を済ませた後は、ただちに艦を離れASEAN首脳会議へ出席予定との事だった。
「要件」とは他でもない。マリアとシンハ中佐との養子縁組に関する件である。
「殿下との謁見とはそこらの映画のような話だね。だが、現実だからリセットは効かない‥‥」
 スーツのネクタイを締め直し、ミハイルが深呼吸した。
「一発勝負といこう」

●艦内応接室
「話は妹から聞いた。本来なら皇太子たる私がわざわざ干渉するまでもない私的な問題のため、なぜこの艦を訪れたか‥‥その方らも理解していると思う」
 VIP専用ルームのソファに腰掛けるなり、まずクリシュナの方から切り出してきた。
 室内にいるのは彼の他、シンハ中佐、そしてマリアを含む9名の傭兵達。また護衛機を操縦してきた4人の能力者は皇太子のSPも兼ねているのか、艦内の警備兵とインカムで連絡を取りつつ、眼光するどく室内を見守っている。
 ラクスミはその場にいなかった。クリシュナ自身から「妹とは後で2人きりで話がしたい」との意向があったからである。
「ご機嫌麗しく、このような場を用意して頂いた事をありがたく思います」
 ミハイルの挨拶に頷き返した後、再びクリシュナが口を開いた。
「UPC側からは、我が国政府へもマリアの身柄引き渡しについて内々に要請が来ている。可能ならばその者を軍の施設に『保護』したいとな」
 やっぱり――傭兵達は、改めて自らの危惧が現実のものである事を悟った。
「マリア君をプリネアに迎えることはUPC側に対する貴国の自己主張にもなりますし、国民や難民に対してもアピールになると私は思っています」
「結果論でも、欧州の大戦時にマリアは居たけど何事も無かった。現時点でバグアに繋がりは無いと言えるで」
 ミハイル、そして奏が口々に意見を述べる。
「問題はこれからやが、マリアを親しい者から離す事は危うい。単純に艦のデータを利用されるにしても、王女達や傭兵を引き込むのに使われるにしても、リスクは大きいと思わんか?」
「ならばなおのこと、彼女をUPCの保護下に置いた方が安全とも考えられるな」
 早速、クリシュナが鋭く切り返してきた。
「マリアさんはDF計画の関係者かもしれませんが、むしろ被害者のはずです!」
 謁見前までは緊張気味だった一真が、正面から皇太子の目を見据えて叫んだ。
「シモンの反乱に協力した事だって、彼女の状況を考えれば選択の余地のない行動だったと思います。でもL・Hで生活して、色々な人に出会って‥‥DF計画で全てを奪われた彼女は、本当の意味で自分で判断できるようになったんです。だからどうか、彼女の居場所を無理矢理奪わないで欲しいと‥‥お願いします」
「DF計画は能力者を生体兵器として運用するための非道な計画でした。シモンさん、マリアさんはその被害者だったのです」
 めぐみも同様の主旨からマリアを弁護した。
「もしこの計画がなければ‥‥シモンさんもゾディアックにならずにすんだかもしれません」
「マリアさんは今の状況に戸惑っていると思います。ですから養子縁組は彼女に家族という帰る場所を与え、安心をもたらすと思います」
 と、なでしこ。
「クルーの皆さんもマリアさんを信頼してますよ。これ、今回の養子縁組に賛成する嘆願書なのです♪」
 美緒は事前に空母の乗員から集めておいた、数百名分の署名用紙を差し出した。
「ほう‥‥」
 クリシュナは用紙の束に目を通したが、やがて訝しげに、
「ところで、この備考欄に書かれたコメントは何か?『チェラル軍曹もよろしく!』だの『マリアちゃんは白スクきぼんぬ』だのとあるが‥‥」
「そ、それは‥‥何でもないのです。アハハ♪」
 にこやかな笑顔を強ばらせ、慌てて用紙を回収する美緒。
 署名を集める際、「成功した暁には、王女様に『ドキッ! サラスワティ主催の水泳大会・ポロリもあるよ♪』を開催して貰うようお願いしてあげるですから」と公約したのはさすがにやりすぎたか。
「‥‥人間全般には心の拠り所というものが絶対に必要だと思われるのですが、マリアはそれを幾度と無く喪ってきました」
 話を仕切り直すように、イレーネがいう。
 戦闘となれば冷徹な行動も辞さない彼女だが、今回は己と同様に切れ者であろうクリシュナに対し、あえて情に訴えかける方針でいた。
(「‥‥知は情にいつもしてやられる、というしな」)
「今、彼女はサラスワティと行動を共にすることで新しい心の拠り所を築いている最中だと思います。何卒、彼女をこの艦から降ろさずにこのまま新しい心の拠り所を築かせてやってくださるようにお願い申し上げます」
「マリアはバグアとカメル軍のせいで故郷も、家族も、そして仲間も失った。この艦はそんな彼女にとって『家』になれるかもしれない場所なんだ。どうかそれを奪わないでやってくれ」
 面倒な駆け引きの苦手な仁は、ただ本音だけを語って頭を下げた。
「ふむ‥‥」
 一通り傭兵側の意見を聞き終えたクリシュナは、冷めかけた紅茶を一口啜った。
「では、マリア本人に尋ねたい。仮にシモン‥‥かつての仲間が再び目の前に現れたとして、そなたは彼の者を撃つことが出来るか?」
「‥‥!」
 殆ど「踏み絵」といっていい質問に対し、色白な少女の顔から一層血の気が引く。
「‥‥わからない‥‥けど‥‥私は、この艦が‥‥ここにいるみんなが好きだから‥‥もしあのひとがみんなの敵になるなら――」
「ご心配なく、殿下。その時は自分が撃ちましょう。プリネア軍人として‥‥そしてマリアの養父として」
 マリアの言葉を引き取るように言ったシンハ中佐に、全員の視線が集まった。
「‥‥そなたはこの話に納得しているのか? シンハよ」
「確かに、ラクスミ殿下からお話を頂いた時は驚きましたが‥‥既に妻の同意も得ております」
 初老の軍人はやおら席を立ち、主君の前で直立不動の姿勢を取った。
「自分の1人息子もこの戦争で祖国に殉じました。かけがえのないものを喪ったという点では、彼女と同じでしょう」
「‥‥」
「自分からもお願い致します。彼女の今度の行動については、このシンハが全責任を負う所存であります」
「そなたほどの武人に、そこまで言わせるとはな‥‥」
「それほど、わしらにとって彼女の存在が大きいと理解してもらえればと思う」
「マリアさんへの考えは人それぞれですが、その根底にある思いは同じと思います。ですから皆さん一生懸命になるのだと思います」
 奏やなでしこの言葉を聞き、しばし黙考したクリシュナは、再びシンハ中佐に視線を戻した。
「‥‥必要な書類は揃っているか?」
「はっ。後は、彼女の署名さえあれば‥‥」
「私はあと1時間ほどでこの艦を発つ。それまでに用意しておけ」
 プリネア皇太子は静かに立ち上がった。
「UPC側には私から話を付けよう‥‥では失礼する。残りの時間、久々に妹と過ごしておきたいのでな」
 それだけ言い残すと、SP達を引き連れ応接室を出て行った。

「本当は‥‥用事の半分は、王女様の事が心配だったのかもしれませんね」
 クリシュナの背中を見送りつつ、なでしこがクスリと笑う。自らも生き別れの妹を案じる彼女には、何となく皇太子の気持ちが判るような気がした。
「よかったな、マリア‥‥おっと、忘れる所だった」
 イレーネは先日鹿児島旅行に参加した際に買った「思い出のキーホルダー」をマリアに渡した。
「写真が入れられるらしいし、マリアの大切なものの写真でも入れれば良いのではないかな?」
「ありがとう‥‥でも、これじゃ入りきれないかもしれない。だってここにいる、みんなの写真を入れたいもの」
 そういって微笑むマリアの青い瞳に、うっすらと涙が滲んでいた。

<了>