●リプレイ本文
「今度もまた犬退治とは‥‥やれやれだぜ」
現地へと向かう高速移動艇のシートで腕組みし、ブレイズ・S・イーグル(
ga7498)はうんざり、といった調子でため息をもらした。
つい先日の依頼で3つ首の超大型キメラ「ケルベロス」と一戦交えたばかりである。
今回の討伐対象となる犬型キメラも、事前の情報から判断してケルベロスの小型亜種といった印象だが、キメラの中には外見が似ていても実際の能力特性がまるで違うケースもあるので、こればかりは実際に戦ってみなければ判らない。
「犬退治か‥‥最近三本首のほうも雑魚キャラ化してきてるとはいえ、油断すればドッグフードにされかねんからな、気を引き締めていかねば」
九条・縁(
ga8248)が己を戒めるかのように呟く。
KVの実戦配備に伴いキメラも以前ほどの脅威ではなくなったといえ、世界各地では相変わらず被害報告が絶えない。一般市民にとってキメラは相変わらず恐怖の対象であるし、今回の様に辺鄙な田舎町に単体で出現した場合、UPC側も貴重なKV部隊をいちいち派遣している余裕はない。
生身の傭兵によるキメラ討伐依頼は、むしろ近年益々増加しているのだ。
加えて今回の依頼主、すなわち地元の町内会および林業組合からは「キメラは退治して欲しいが山林はできるだけ傷つけないでくれ」と面倒な注文までつけられている。
やがて移動艇はキメラが出没するという山林の上空に到達した。
「やはり誘き出すなら、多少なりとも開けた場所がいいですよね」
大和・美月姫(
ga8994)がいう。
地上降下の前に、傭兵達は移動艇を旋回させ、予め現場の地形――キメラを誘き出し迎撃するのに適当な空き地がないかをチェックする。
阿木 慧斗(
ga7542)は身を乗り出す様にして、艇の窓から眼下に広がる緑の山林に見入った。
「木が育つにはとても長い時間が掛かるって聞いたことがあるし、出来るだけ傷付けずに返してあげたいね。森の動物や、地域の人達に」
「そのようなキメラを野放しにしていたら火災で自然が痛んでしまいます。自然と共有できない存在は消えていただきます」
向かいに座る木花咲耶(
ga5139)も頷きながら同意を示した。
代々神主の家系に生まれた彼女にしてみれば、侵略者の科学で創り出された生物兵器のキメラなど、大自然の摂理を乱す冒涜に他ならない。
一方、リーウィット・ミラー(
gb0635)はやはり地上の光景を見下ろしながら、
「うわ〜綺麗な森だね〜。あ! ヌアージュ、見て! 鹿だよ! 鹿!」
と、同じ依頼に参加する友人のヌアージュ・ホワイト(
gb0637)をつかまえ、ハイテンションではしゃぐ。もちろんその一方で、待ち伏せに使えそうなポイントをめざとくチェックするのも忘れていないが。
空中からの偵察でキメラそのものは発見できなかったが、伐採で開けた空き地をいくつか見つけることはできた。
「‥‥ターゲットのキメラはケルベロスに比べれば小さいものの、炎と雷のブレスを使いこなすようね‥‥」
改めて依頼情報を確認しつつ、紅 アリカ(
ga8708)が呟く。
いかにして敵キメラを戦闘ポイントへ誘き出し、かつブレス攻撃を封じて殲滅するか。
そのため傭兵達は事前に幾つかの手段を用意していたが、そのうちどれが有効となるかは、試して見なければ何とも言えない。
移動艇が山の麓に着陸すると、出迎えの地元住民達が歓声を上げて出迎えた。
その大半はヘルメットに作業服の林業関係者、および背中に「防火」と染め抜いたはっぴを羽織った消防団である。チェーンソーや鉈などを手にしているが、もちろん彼らの役目はキメラと戦うのではなく、万一山火事になった際に周囲の木を切り倒し延焼を防ぐ事にある。
傭兵たちはまず代表者の町内会長と面会すると、山林の詳細地図を受け取り、またキメラ討伐後に山火事が発生した場合の対応などについて話し合った。
一通り打ち合わせが済んだ後、消防団にはひとまず麓で待機して貰い、改めて武器や装備を点検した傭兵達はいよいよ山林へと踏み込んだ。
山道を歩くことおよそ2時間。事前に空から目をつけておいた伐採跡地の広場へ到着した傭兵達は、そこを戦闘ポイントとして選んだ。
さて、問題はいかにして敵のキメラを誘き出すか。
基本的な作戦は2人1組のペア4班で行動し、キメラの捜索、及び戦闘場所への誘導を行うこと。
捜索時のチーム編成は、
木花、ヌアージュ
九条、リーウィット
阿木、紅
ブレイズ、大和
縁は拾い集めた枯れ木で焚き火を起こし、持参のフライパンを使い広場のど真ん中で特売品のステーキ肉を焼き始めた。
キメラを誘い出すエサであると同時に、昼食代わりにもなって一石二鳥である。
「屋外で焼く肉は絶品だぞ〜〜」
たちまち香ばしい焼き肉の香りが周囲に立ちこめる。
「こんなもんで釣れるかどうかは知らんが‥‥まぁ、やらないよりかマシか」
ジュウジュウ音を立てて焼ける肉、次いで周囲の森を見回し、ブレイズが呟いた。
慧斗はULTに対して柑橘系香水の貸与を申請したが、これは「効果に疑問がある」という理由で却下されてしまった。
犬や猫には柑橘系の臭いを嫌う習性がある。もし犬型キメラの「材料」として本物の犬類の遺伝子が使われているなら、その習性を作戦に利用できるかもしれないと考えたのだが、明らかに弱点となるような遺伝要素はキメラ製造時にバグアが取り除いてしまうケースが多いのだという。
そこで呼子を吹いて相手に「人間」の存在をアピールする作戦に切替えた。
たいていの野生動物は人工的な音声を聞けば警戒して身を潜めるものだが、逆にキメラの場合誕生の時点で「地球人を見たら攻撃する」よう本能的に刷り込まれているので、生きた人間と見れば一般人と能力者の見境なく襲いかかってくるだろう。
同様にしてリーウィットも敵の気をひくため照明銃を発射した。
それでもキメラが現れないので、待ち伏せ担当の縁&リーウィットを広場に残し、他の能力者達は3班に分かれて互いにトランシーバーで連絡を取り合い、周辺の捜索を開始した。
見通しの悪い森の中。しかもあまり大火力の武器は使えないという事情もあり、各自の武器は刀剣類やスピア系のものが多い。
今回唯一のスナイパーであるリーウィットの武器は洋弓である。
「3mある武器だけど隠れてるかな‥‥ま、いっか」
ヌアージュは斧槍ハルバードが木の枝にひっかからないよう注意しながら、敵の奇襲に備えて広場の風下に姿を隠した。
およそ1時間が過ぎようとしたとき。
『‥‥グルルル‥‥』
ヌアージュと咲耶は、低いうなり声を上げて接近する獣の気配を感じた。
体勢を低く下げ、木々の間をゆっくり移動する双頭の怪物。おそらく肉の臭いに引き寄せられてきたのだろう。ただしいきなり広場に突入することはせず、風下に回り込んで襲撃の機会を窺っているようだ。
すぐさま無線で仲間達に通報、彼女ら自身も広場へと急行する。
その動きに感づいたか、キメラは2人を追うように移動速度を速めた。
傭兵達が再び広場に集まった頃、キメラもまた林の中からその姿を現わした。
分類としては中型になるが、体高2mといえばグリズリー並みの巨体である。
生身で相対する傭兵達の間にも緊張が走った。
「番犬もどき! 勝負ですわ」
咲耶が縁と共に前に出て、キメラを挑発する。
双頭の巨犬は高々と咆吼を上げ、一方の首から炎のブレスを吐きかけてきた。
咲耶はエアストバックラーを掲げてブレスを防ごうとするも、非物理攻撃のブレスはメトロニウムの盾をすり抜け軽くダメージを受けてしまう。
しかし敵の知覚はそれほど高くない――そう判断した2人はあえて攻撃を受け、仲間の壁役を務める。
慧斗は錬成弱体で敵キメラの防御を下げ、続いて前衛の咲耶&縁に錬成強化を施した。
「おいでなすったか‥‥所詮は犬ってことだな」
ユンユンクシオを両手で構え、ブレイズが炎を吐いた方の頭を狙い斬撃を叩き込む。
「‥‥その炎は使わせませんよ!」
同じく炎を吐く頭部を狙い、アリカがクロムブレイドで下から貫く様に攻撃。
鋭い爪を生やしたキメラの前足による反撃を、小太刀「菖蒲」ですかさず受け流す。
美月姫は事前に準備していた手鞠の様な物体を取り出した。ごく普通のスチールタワシを数個、針金できつく縛った金属製の鞠だ。
瞬速縮地で素早く接近し、続いて炎を吐こうとしたキメラの口内に押し込む。
材料が家庭用のスチールタワシなのでたちまち高熱で溶けてしまうが、それでも一回分のブレスは封じることができた。
「犬って大好きなんだけど二つ首があるのはどうかなと思うよね!」
横に回り込み射線を確保したリーウィットが、影撃ち+強弾撃の併用で洋弓「リセル」の矢を放つ。
やはり横合いに回ったヌアージュがハルバードを一閃、立て続けの攻撃を受けたキメラの頭部がガクリと垂れ下がった。
だが敵も怪物。残る一方の頭から雷のブレスを吐き、なおもしぶとく抵抗を続ける。
「これでもう炎は使えませんね。では全力で行かせて頂きます」
名刀「国士無双」を振りかざし、咲耶が豪破斬撃+流し斬りの併用で斬りかかった。
ギャン! 悲鳴を上げ、たじろぐようにキメラが飛び退く。
「とっととくたばれ! 折角のステーキが焦げちまっただろ!」
縁はクロムブレイドを構え、キメラの残りの頭を狙いソニックブームを放射。
少々の手傷は活性化で自己回復する。
深手を負った仲間に対しては、後方に待機する慧斗が錬成治療で傷を癒した。
ケルベロスほどの攻撃力はないものの、中型キメラは俊敏な動きで広場中を駆け巡るが、傭兵達の連係攻撃を受け続け、次第にその動きも鈍ってくる。
流し斬りで一気に間合いを詰めた美月姫が、覚醒変化で淡い燐光を放つ黒髪を靡かせ、菖蒲の刃でキメラの首に斬りつける。
ブレスを放とうと大きく開かれたキメラの口めがけ、
「口を使うのはご飯を食べる時だけにしてほしいよね!」
リーウィットの放った矢が深々と突き刺さった。
さすがに分が悪いと悟ったか。慌てて踵を返し森の奥に逃げ込もうとしたキメラの前に、
「逃がさねぇぜ‥‥」
敵の退路を予想し背後に回っていたブレイズが立ちふさがり、ソニックブームを撃ち込んだ。
キメラの動きがガクっと落ちた。
「――もらったぁ!」
炎を帯びたように赤く輝くユンユンクシオが、真正面から紅蓮衝撃の凄まじい一撃をお見舞いする。
『ギィエエェエエエーー!!』
断末魔の悲鳴が上がり、双頭の魔犬は半ば開きにされたような姿で大地に倒れ伏し、そのまま息絶えた。
「やれやれだぜ‥‥」
大きく息をつき、覚醒を解いたブレイズがドカっと地面に腰を下ろす。
傷は浅いものの、とどめの紅蓮衝撃で練力をギリギリまで使い果たしてしまったのだ。
戦いを終えた傭兵達は、炎が周囲の森に燃え移っていないかを手分けして注意深く見て回った。
真っ先に炎を吐く頭を潰したのが幸いしたらしく、手近の生木が多少焦げた程度で、山火事の心配はなさそうだった。
「おっと。自分達の不始末で火事になったら笑えないよね」
慧斗が苦笑し、肉を焼くため起こした焚き火を後始末する。
麓で待つ町の人々に任務成功を伝えるため、傭兵達は再び平穏を取り戻した山林を後にするのだった。
<了>