●リプレイ本文
「やっぱり出ましたか‥‥」
前方上空に芥子粒のごとく浮かぶ奇妙な飛行物体を目にしたとき、周防 誠(
ga7131)の口から苦々しい呟きがもれた。
遡ること数日前――。
イタリア国内のUPC空軍基地。10人の傭兵達は、滑走路に立ちラスト・ホープへの護衛対象である大型爆撃機B−1Dランサー改を見上げていた。
東西冷戦の遺物ともいうべき元戦略爆撃機だが、今回は全ての武装を外され完全な輸送機仕様へと改造されている。
「撤退は不許可なんですよね‥‥何とも素敵な任務です。うっうー」
比留間・トナリノ(
ga1355)は思わず武者震いした。
「腕利きの傭兵、ね。その通りならファームライド(FR)なんぞにそうそう苦労はしねーっての。全くもう」
新条 拓那(
ga1294)も頭をかいてぼやく。だが今回の任務を志願したのは自らの意志だ。妨害に現れるFRの中に、必ずヤツがいる――これは拓那の内心で奇妙なほどの確信となっていた。
そんな拓那の心情を察したのか、今回が初のKV戦となる弓亜 石榴(
ga0468)は、自身の危険も忘れ心配そうに声をかけた。
「新条さん、入れ込み過ぎないようにねー。何かあったら恋人が泣くよ?」
「ああ、判ってるって。今の機体でFRを圧倒するのは難しいけど、この荷を届けてその差が縮まるなら‥‥俺達がここで身体を張る理由には十分さ」
「輸送機は何としても運ばないと不味いらしいからな。新婚だからこの身には代えられないが、この機体に代えても守り抜いて見せるぜ!」
先日同じ傭兵の女性能力者と式を挙げたばかりの霧島 亜夜(
ga3511)は、片手の拳を掌に叩きつけた。
「重要物資、ですか。この手の品なら、他にダミーがあるでしょうね‥‥。或いは、これもまたダミー、か」
B−1Dに機内に運び込まれていく黒く大きなコンテナを眺めつつ、叢雲(
ga2494)がじっと考え込む。
果たして、バグア側はどう出てくるか。
「送り狼は不要なのだが、そうもいかないのが連中の都合か‥‥五大湖の時とは違い、甘くは見てくれない様だな」
かつての北米戦を回想し、九条・命(
ga0148)がため息をついた。
SoLCとFRでは兵器としての完成度が違う。人類にとってバグア側の技術を解析するまたとない機会であるのと同時に、バグアにしてみればいかなる手段を以てしても奪還、もしくは破壊したい存在だろう。
それが本物であろうが、ダミーであろうが。
「分の悪い賭けにしては見返りが良いと言い難いがな。まあ、過酷を経験する事は嫌いじゃない、やってみるさ」
腹を括ったように言い残すと、命は自機のディアブロへと歩み去った。
イタリアから出発、バグア占領下のギリシアを迂回してトルコ南部のインジルリク空軍基地へ無事到着。燃料補給と砂漠戦用の整備を行う。
問題はここからだ。現在、イラクからパキスタンにかけての中東地域はほぼ完全にバグア占領下にある。UPC側の支援がある程度期待できるインド北西部の競合地域までおよそ3千km。B−1Dの音速巡航に合わせれば3時間弱の距離だが、これはまたKVの航続距離ギリギリでもある。
そのため、航続距離の長いB−1Dから適時燃料の空中補給を受け、さらに敵の迎撃をかわすため高度5千mの雲海上を飛ぶ。これには雲の乱れからFRの光学迷彩を見破ろうという意図もあった。
過去の観測データ等を元に、気象条件が整うのを待つこと数日。
いよいよ傭兵達のKVは、B−1Dと共にインジルリク基地の滑走路を離れた。
「高高度の飛行は気持ち良いけど、長時間飛んでると流石に疲れるわね」
豊満なボディラインにフィットしたパイロットスーツの生地を片手で摘み、マリア・リウトプランド(
ga4091)がこぼした。
「あーあ。スーツの中が汗だらけだわ」
10機のKVはB−1Dを中心に前衛を誠、漸 王零(
ga2930)、拓那、叢雲のα隊4機、輸送機直衛としてマリア、亜夜、石榴、トナリノのB隊4機、そして後衛を命、時任 絃也(
ga0983)のC隊が守る形で飛行を続けていた。ジャミング中和によるレーダーと通信の確保を担当するのは亜夜の搭乗する岩龍改。
燃料が残り半分を切った所で、1機ずつ順にB−1Dから空中給油を受ける。
その最中、数km先の雲海の下から小型ヘルメットワーム(HW)らしき機影が頭を覗かせた。
「――!」
傭兵達の間に緊張が走るが、HWは何もせず再び雲海に沈んでいった。
「偵察機か? だとしたら不味いな‥‥こちらの動きを感づかれたことになる」
果たして、絃也の危惧は的中した。
空中給油を済ませ、あとわずかで敵占領地域を抜けると思われた矢先――。
突然の通信途絶。レーダーの機能喪失。
激しい頭痛に見舞われた能力者達の目に、前方上空に一定の距離をおいて浮かぶサイコロの様な飛行物体の群が映った。
バグア軍の電子戦機、キューブワーム(CW)だ。
「早速現れたか」
輸送機から離れすぎないよう注意しつつ、絃也のR−01改が遠距離兵器の127mmロケットでCWを狙い撃とうとしたとき。
激しい衝撃と共に絃也機の片翼に大穴が穿たれた。
「なにっ!?」
雲海の下から、赤い機影がゆっくり浮き上がった。
今までと違い、FRは最初から光学迷彩を使っていない。輸送部隊を挟み込むように左右から1機ずつ。それぞれ「射手座」「牡牛座」のエンブレムが目視できた。
(「シモン‥‥!」)
拓那はギリっと唇を噛んだ。
敵の姿が目視できるとはいえ、状況は圧倒的に不利だ。前方に浮かんでいたCW10機が輸送隊を包囲するように展開し、増幅された怪音波が能力者達を益々苦しめる。
B−1Dを操縦する正規軍パイロットは一般人のため生理的影響まで受けず、マニュアル操縦で辛うじて飛行を続けているようだが。
ともあれ、傭兵側は当初の作戦通りα隊4機のうち王零のディアブロが「牡牛座」へ、残り3機が「射手座」へと向かった。
「ゾディアック、牡牛座のダル・ダムだな?」
回線をオープンに開き、王零は無線で呼びかけた。
「我は『漆黒の悪魔』漸王零‥‥汝に一騎打ちを所望する」
『‥‥』
「よもや、戦士である汝が申し込まれた一騎打ちを断りはしないよな。まぁ、汝がいう戦士が命令に従うだけのただの狗と変らないというのなら仕方がないがな。我の申し出、受けてくれるよな‥‥戦士ダム・ダルよ」
ふいに「牡牛座」FRが翼を上下に振った。そのまま「ついてこい」というかのように南の方角へ機首を向ける。
――その先にあるのはアラビア海だ。
(「あのパイロットは強いですよ。気をつけて下さい」)
ハンドサインによる誠の忠告に目で頷き、王零はダム・ダルの後を追った。
「くくっ。困った奴よ‥‥まあ、無理に止めて聞くような男でもあるまいが」
FR「射手座」の操縦席で、シモンは薄笑いを浮かべた。
実の所、彼は当初から自分と配下のワームだけで任務を遂行するつもりだった。
ただダム・ダルが「基地に籠もっているのは退屈だ」とぼやくから、仕方なく同行を許可したまでの話だ。
「さてと‥‥私は自分の仕事を済ませるか」
雲海から左右4機ずつ、計8機の小型HWが浮上し、両側から輸送機と直援隊へ襲いかかった。
(「射手座のシモンか‥‥こいつの情報は少ないな。能力者のスナイパーらしいが」)
ワイバーンの風防越しにFRを睨み、誠は思った。
HW部隊の迎撃はとりあえずB隊・C隊の6機に任せ、彼は拓那、叢雲と共にシモン迎撃を担当する。
「あなたの相手はこっちですよ、射手座のパイロットさん。いや‥‥DF−02さんとお呼びしたほうがいいですか?」
次の瞬間、操縦席内にけたたましいロックオンアラートが鳴り響いた。
FRの機首付近で白煙が上がり、数百発に及ぶ超小型ミサイルの嵐がα隊3機を同時に襲う。回避する間もなく、一瞬にして機体生命の4割を奪われていた。
生命の高い自分のワイバーンですらこれなのだから、拓那と叢雲のディアブロは――ほぼ7割は失ったと見ていいだろう。
『‥‥2度とその汚らわしいコードで私を呼ぶな‥‥』
冷酷な、しかしゾッとするような憤怒を孕む若い男の声が無線機から響いた。
「まいったね‥‥思ったよりも危ない依頼になりそうだ」
頭痛と全身の痛みに耐えつつ苦笑する誠の額を、一筋の冷や汗がこぼれおちた。
HW8機の強襲を受けたB・C隊も苦戦を強いられていた。
機体強化されたKVならさほど脅威ではない小型HWだが、周囲を押し包むCWのジャミングと怪音波が、本来の命中と回避を大きく鈍らせていたからだ。
可能ならCWから先に片付けたかったが、下手に輸送機から離れれば、間違いなくそこを狙い撃ちにされてしまう
HWのうち3機は、此方の電子戦機である亜夜の岩龍改を狙い執拗に攻撃してきた。
「このコンテナには人類の未来が詰まってるんだ。そう易々とやらせてたまるか!」
輸送機の盾となる覚悟で防戦する亜夜。偵察機とはいえ戦闘機並みに機体強化した岩龍改のレーザー砲、G放電装置を駆使して何とか1機のHWを撃破するが、その直後、機首からドリル状の衝角を突き出したHW2機に相次いで体当たりを受け、ついに損傷率が9割を超えた。
「くそっ、みんなすまん‥‥離脱する!」
まだ機体が飛べるうち、少しでも人類側地域に近いインド方面を目指し、岩龍改は黒煙を引いて墜ちていった。
続いて空戦経験の浅い石榴のR−01改が集中攻撃を受け、力尽きる。
「ばーかばーか! むっつり助平!」
せめてもの憎まれ口を叩きながら、石榴機も同様にインド方面へと脱落していった。
「くっ、逃げる訳には行かないのよね!」
マリアは唇を噛んでレーザー砲、Sライフルで抵抗したが、やはり初期型S−01の哀しさ。プロトン砲とドリル突撃の嵐を浴び、3番目の脱落機となる。
「代替機、アンジェリカとまでは言わないけどバイパーくらいは奮発して欲しい気分ね」
無念の思いで脱出ボタンを押した。
直援機、残り3機。
もはや敵HWの撃墜、ましてやα隊の支援を考える余裕すらない。
「怪我してタダ働きでは割に合わんな、是が非でもやり遂げねばな」
そういう絃也は、最初にシモンからSライフルの狙撃を受けた時点で3割以上の損傷を被っている。
それでもトナリノと共にラージフレアを展開、B1−Dへの被弾を少しでも防ぐため自ら盾となって防戦を続けた。
アラビア海上空で、王零はダム・ダルからの攻撃を必死に回避していた。
彼の役目はFRの撃墜ではなく、あくまで囮役として輸送部隊から引き離す事にあったからだ。
が、「地上戦主体の突進型ファイター」と聞かされていたダム・ダルは、意外にも空戦の巧者でもあった。ロックオンアラートが鳴り響く度、後方から襲うAAMがディブロに命中し、確実に機体生命を削っていく。
『そうやって逃げ回るのが、おまえのいう戦士の戦いか?』
無線機が、初めてダム・ダルの声を伝えた。
『おまえはギルマンを倒した勇者と聞いていたが‥‥どうやら見込み違いだった』
ダム・ダルが突然攻撃を止め、やる気をなくしたように輸送機の方へと引き返す。
「行かせはしない。まだ、我は墜ちていない。戦士が勝負の決着がつく前に敵から逃げるのか!?」
王零はディアブロの機首を翻し、試作型G放電の雷をFRに浴びせた後、ブーストをかけて一気に接近。ソードウィングによる乾坤一擲の斬撃を試みる。
だがその寸前、FRの機影が目前からかき消え、ひどく凶暴な力がディアブロの機体を横から刺し貫いた。
左手を向くと、陸戦形態のFRが両手に槍状の武器を携えディアブロを串刺しにしている。一瞬の後には元通り飛行形態に戻っていた。
人類側KVであれば、エースパイロットが自滅覚悟でようやく可能かどうかという空中変形攻撃――それさえも、ダム・ダルは慣性制御で易々とこなしたのだ。
FRの風防越しに、精悍な黒人青年の赤い瞳が、静かに王零を見据えている。
『おまえの勇敢さは認めよう。‥‥だが、その機体で俺には勝てん』
続く第2撃でディアブロの機体は真っ二つに折れ、エミタAIの判断で操縦席ごと射出された王零の視界一杯に、青々と輝くアラビアの海面が広がった。
「輸送機を構う暇があるなら俺らと遊べよ、シモン!」
最初の一撃で既に7割超の損傷を受けた拓那は、辛うじて生きている無線機に向けて叫んでいた。
『これで3度目か‥‥よくよく縁があるようだな、貴様とは』
シモンの声は、既に氷のような平静さを取り戻していた。
『折角だから名前だけでも聞いておこうか? もう会う事もないだろうが』
「新条 拓那だ! 忘れるなよ! て前ぇには聞きたい事、いいたい事が山ほど――」
その言葉が終わらぬうち、再びマイクロミサイルの嵐が射出され、α隊の3機を戦闘不能へと追いやった。
「後は頼む! 輸送機に、全速で離脱するよう――」
HW1機を道連れに大破したR−01改から脱出した絃也が、大声で叫びながらパラシュートで降下していく。
シモン、そして王零機を撃墜して戻ってきたダム・ダルのFR2機を前に、最後の生き残りであるトナリノ、命のディアブロが立ちはだかった。
とはいえ両機とも既にミサイルやロケットは撃ち尽くし、機体損傷も6割を超えている。輸送機は辛うじて離脱させたものの、残存のHW部隊に追いつかれてしまえば撃墜は時間の問題だろう。
だが、それでも――。
「ここは通さないのです。うっうー」
「あいにく撤退禁止なんでな。悪いが最後まで付き合ってもらうぜ!」
2機のディアブロはFRを足止めすべくブーストをかけ吶喊、最後の武器である長距離バルカンを発射する。
数秒後、インド・パキスタン国境付近の上空に3つの閃光が輝き、消えた。
「君らは実に運がいい。墜落地点があと何キロか西寄りだったらバグア占領地域のど真ん中だ。まず命はなかったろうな」
ボンベイの病院。危篤状態を脱し、昨日ICUから出たばかりの傭兵達に、UPC南アジア軍将校がいった。
競合地帯上空にパラシュート降下した傭兵とB−1Dのパイロット達は、地上で待機していたインド軍に救助された。ただし輸送機の残骸は、コンテナもろとも敵のゴーレムに持ち去られてしまったそうだが。
また洋上で撃墜された王零もUPC海軍の潜水艦に救助され、重傷ではあるが命に別状はないという。
「そろそろ教えてくれてもいいでしょう? 俺たちが運んだあのコンテナは‥‥本物だったんですか? それともダミー?」
「さあな。それは自分も知らん」
叢雲の問いかけに対し、UPCの制服にターバンを巻いたインド人将校は、首を横に振って答えた。
「後は祈るのみだ‥‥確率の神に」
<了>