●リプレイ本文
ラスト・ホープ島内にある、とある小さな神社。境内へと続く階段の入り口脇に立つ掲示板に、こんな張り紙が出されていた。
『○月×日 縁日の屋台募集! あなたもお店を出してみませんか?』
「へえ〜。面白そうだな」
最初に目を付けたのは東野 灯吾(
ga4411)。小学生時代「将来の夢」に「お祭りの屋台」と書いたほど大のお祭り好きである。
「あら‥‥縁日ですか?」
たまたま通りかかった大曽根櫻(
ga0005)、鷺宮・涼香(
ga8192)も足を止め、灯吾と共に張り紙を覗き込む。
お祭り好きの傭兵同士、何となく話が盛り上がっている所へ、
「よければ、私たちで屋台を出しませんか?」
3人が振り返ると、そこに狐の面を被った和服姿の少女、水雲 紫(
gb0709)が立っていた。
「物好き同士が集まって何かをする‥‥楽しい事ですよ」
それから数日後の夕方。
研究所帰りにテミスト&ミーティナとばったり出くわし、そのまま一緒に縁日を見物しようと神社の前まで来たチェラル・ウィリン(gz0027)の前に、御坂 美緒(
ga0466)、愛紗・ブランネル(
ga1001)、そして流 星之丞(
ga1928)が連れだって現れた。
「チェラルお姉ちゃーん!」
ぱんだのヌイグルミ「はっちー」を抱いた愛紗は嬉々として駆け寄ると、勢いよくチェラルの胸に飛び込んだ。
3人とも浴衣姿。愛紗の場合はぱんだちゃん浴衣にぱんだちゃん巾着という出で立ちである。
「愛紗君? それに御坂君も‥‥やっぱりお祭りに?」
「そうですよ。奇遇なのです♪」
奇遇も何も。
事前に「テミスト&ミーティナが縁日デート!」との情報を察知していた美緒は、所用で同行できないテミストの姉、ヒマリアから使い捨てカメラを借り、2人の状況を克明にリポートすべく万全の体勢で待機していたのだ。
(「ふふふ‥‥テミスト君とミーティナさんの仲も、順調に進んでるのですね♪ 今日はお姉さんの分までバッチリ見守るですよ♪」)
ただし愛紗や星之丞と神社前で出遭ったのは本当に偶然だが。
美緒以外の2人は今日がチェラルの退院日と聞き、彼女を待っていたという。
「えーっと‥‥君は?」
「猪鹿蝶」の浴衣を着こなし帯に団扇を挟んだ同年配の若者を見て、チェラルが首を傾げた。愛紗や美緒とは依頼で顔見知りだが、彼とは初対面だ。
「『イエローマフラー隊』の流 星之丞です。今日は小隊の友人に頼まれて、お会いしに参りました」
そういってからちょっと苦笑し、独り言のように。
「‥‥まさか、ベオグラードから連絡入れてくるとは思わなかったな」
「? ‥‥まあいっか。人数が多い方がお祭りも楽しいもんね☆」
ニマっと笑って親指を立てるチェラル。
愛紗も同じく初対面となるテミストとミーティナに挨拶し、ひとしきり自己紹介が終わった所で6名は揃って神社の階段を登り始めた。
その途中、
「積極的かつ奥ゆかしく誘うように‥‥つまり誘い受けなのです」
早速ミーティナに対し恋のレクチャーを始める美緒。ミーティナの方もどこまで理解してるかはともかく、コクコク熱心に頷きながら聞いている。
次いでテミストの方に向き直り、小さな声で
「女性の服装は必ず褒めるです!」
とこっそりアドバイス。
一方、チェラルは手を繋いだ愛紗が何となく落ち込んでいる事に気づいていた。
「何かあったの?」
「うん‥‥この前の依頼で失敗しちゃって‥‥」
「そうなの? ‥‥実はボクもなんだ。アハハ」
「‥‥ううん、くよくよなんてしていられないね。挽回しなきゃっ」
「そうそう。その意気!」
神社の階段を登り切り、一行が鳥居をくぐろうとすると、
「あの‥‥」
と、鳥居の前にいた忌瀬 唯(
ga7204)が声を掛けてきた。
聞けばお祭り見物に来たものの、会場となる境内は予想以上に人出が多く、人混みの苦手な唯は中に入る踏ん切りがつかないのだという。
このまま引き返そうかと思っていた所、ちょうど顔見知りのチェラル達を見かけたのだ。
「お祭りに行くのなら‥‥ご一緒して‥‥良いですか‥‥?」
「もちろん! 折角来たのに帰っちゃうなんてもったいないよ♪」
こうして唯も加えた7名は、玉砂利を踏んで縁日の会場へと向かった。
境内に着く頃にはすっかり日も暮れていたが、提灯やライトの列が煌々と輝き、祭の会場はかなりの賑わいを見せていた。
何処で叩いているのか、和太鼓の音が景気よく響いてくる。
参道に沿って立ち並ぶ屋台の前は、親子連れや子供達、アベックなどで鈴なりとなっていた。
はぐれないよう愛紗と手を繋ぐチェラルを先頭に、その背後にぴったりくっついた唯、やはり手を繋いだテミストとミーティナ、さらにその姿をパシャパシャカメラに収めつつ後でヒマリアに報告するためメモまで取る美緒、そして星之丞という順番で人混みを縫って歩いていく。
「まずどの屋台から回りますか?」
にこっと笑い、星之丞が一同に尋ねた。
暖簾を見渡せばリンゴ飴や綿菓子、かき氷、そして金魚すくい。
小さな神社の縁日だが、屋台の定番は一通り揃っている。
「ふふっ‥‥これでも昔は、屋台のおじさん泣かせの、すくい屋ジョーと言われたこともあるんですよ」
浴衣の裾をまくって金魚すくいに望んだ星之丞は、紙張りのすくいワクを手に取るやたちまち6匹の金魚をすくい上げ、半分ずつテミストとミーティナに分けてやる。
「愛紗もね、金魚すくい得意ー♪」
最初の屋台で食べたチョコバナナのチョコを口の周りにつけた愛紗も挑戦。
彼女の場合は数でなく「この子!」と決めた金魚をGETする派である。
年下の子を構うのが好きな唯は時折屋台の前でみんなを呼び止め、テミストとミーティナにリンゴ飴やカラメル焼きを奢ってやった。
ついでに自分も綿菓子を買ってペロペロ舐める。
「お祭りは‥‥久しぶりなので‥‥楽しいです‥‥」
「そういえば、ボクも何年ぶりかなぁ‥‥こんな風にお祭り見物するのって」
そう呟くチェラルの横顔が妙に寂しそうに見えたので、気になった唯がふと尋ねた。
「大丈夫‥‥ですか? ‥‥なんだか‥‥元気が無い様に‥‥見えます‥‥」
「え? ボクは別に‥‥」
「ベオグラードでの事ですか?」
あのアースクエイクとの戦闘に共に参加した美緒の問いかけに、チェラルの顔から笑いが消え押し黙った。
「撃墜されたのは、チェラルさんのせいじゃないですよ。むしろ慣れない機体であそこまで出来た方が凄いのです」
「でも‥‥最後はみんなに迷惑かけちゃったし‥‥」
「‥‥ちょっと場所を変えましょうか?」
空気を察した星之丞の提案で、一行はいったん人混みを離れ、神社を取り巻く鎮守の森へと入っていった。
「あの時の事は気にしない方が良いのです‥‥『勝負は時の運』と私の師匠も言ってました」
「‥‥」
「という訳で、怪我が完治してるか確認なのです♪」
そういうなり、チェラルの背後に素早く回りこんだ美緒は、服の上から両手で彼女の胸をムニュ! っとつかんだ。
「わわっ! 何すんだよ!?」
「お静かに! これはサイエンティストとしての診察なのです!」
急に真顔になった美緒にピシっといわれ、「そ、それなら‥‥」と為すがままに胸を揉ませるチェラル。筋肉質のアスリートタイプなので普段は目立たないが、彼女のバストサイズも相当のモノである。
状況がよく判らずポカンとしている愛紗、テミスト、ミーティナの3人を、赤面した唯と星之丞が慌ててその場から遠ざけた。
ふにふにふに‥‥。
(「む‥‥やはり思ったとおり理想体型に近いのです」)
「ねえ御坂君? これって‥‥ホントに診察なの?」
‥‥たぶん違う。
「もう終わりましたか?」
子供達の世話を唯に任せて星之丞が引き返してくると、なぜか顔を上気させて胸元を押さえたチェラルの隣で、思う存分ふにふにした美緒が爽やかスマイルでVサイン。
「そうそう。さっきも言いましたけど、今日は友人からこれをお渡しするよう言付かってきました」
星之丞は手に提げた紙袋から浴衣「紫陽花」を取り出し、チェラルに手渡した。
「ボクに?」
「折角日本式のお祭りですし、もし良ければこちらを羽織ってみませんか? こう言う時は風情も大事かなと思いますし」
自分が着ている浴衣も見せつつ、楽しげに勧める。
「あと、彼からの伝言です。『夏祭りといったら、やっぱり浴衣なんだからなっ!』」
それを聞いて、チェラルは思わずクスリと笑った。
あの日、気がつけば掌に残っていた一枚のメモ。そのときは負傷のため意識が朦朧として、誰の連絡先か判らなかったが――。
「その友達に会ったら伝えてよ‥‥『今度はボクがご飯を奢るから』ってさ」
チェラルは上着代わりに着ていたノースリーブのGジャンを脱ぎ、タンクトップの上から美緒にも手伝ってもらい浴衣を着付けた。
「‥‥似合うかなあ?」
「ええ、とても」
星之丞もまた、微笑んだ。
参道に立ち並ぶ屋台の中に「傭兵屋」の暖簾を掲げた仮設テントがあった。
紫の提案に応え、灯吾、櫻、涼香らが立ち上げた、文字通り傭兵達の合同屋台である。
「イタリアでシェイドに撃墜されてからこっち、どうも調子でなくてなあ‥‥でも、この祭りで気分転換、また頑張るぜ!」
そういう灯吾の売り物は、定番の焼きトウモロコシ。
隣では巫女服&エプロンの櫻が、ガスコンロで熱した鉄板を前に、知人から教わった広島風お好み焼きをせっせと作っていた。
お好み焼き屋など初めての経験なので不安もあるが、そのため早めに来て本番前の練習もきちんと行っている。
円形状に薄くのばした生地に、削り節粉と昆布粉をパラパラまく。
つぎに千切りキャベツを山盛りに乗せ、細かくしたイカ天も乗せる。
さらに刻んだ青ネギ、その上にもやし。豚バラスライスを1枚ずつ広げて全体に被せるが、この時肉が重ならないようにするのがコツ。
その上につなぎの生地を少しかけ、ヘラを使ってゆっくり持ち上げ一気にひっくり返す。
お好み焼きの横で麺をほぐして炒め、ソースで味付け。そうして作った焼きそばを円形に広げ、先に作ったお好み焼きを麺の上に乗せる。
その横で卵を割り、お好み焼きと同じ大きさに広げる。広げた卵の上にお好み焼きを静かに乗せ、ひっくり返し、卵を上にしておたふくソースを塗る。
最後にマヨネーズや鰹節、青海苔でトッピングして完成。
「プロほどの手際の良さは無理かもしれませんが、心を込めて焼きますので満足して頂けるのではないかと‥‥」
さらにその隣では、浴衣に襷がけ、長い髪をまとめた涼香が「輪投げ」ゲームの店を広げている。
景品はプラモにお面(直販もあり)。
プラモは各種KVのミニチュア、お面はL・Hで放映されている『能力戦隊カクセイダー』『ちゅうかなガンリュウ! とべとべ双子星』『王女殿下のアンジェリーカ』といったヒーロー・ヒロイン番組のキャラクターである。
その他、兵舎の傭兵仲間に持ち寄って貰った不用の支給品も並べてあった。
また客寄せのアイデアとして、食べ物購入者には輪投げ一回分無料、お面やプラモなどの商品購入者には食べ物割引券進呈というサービスも用意してある。
ちなみに紫自身は店を出さず、専ら裏方として仲間達の手伝いを務めていた。
「能力者の屋台」というのが珍しいのか、客入りは上々だった。
ちょうどそこへ、鎮守の森から出てきた浴衣姿のチェラル一行が通りかかった。
「あれ?『ブルーファントム』のチェラル軍曹じゃねえか?」
トウモロコシを焼きながら、灯吾が呼び止めた。正規軍トップクラスのエースとして軍の広報誌などで度々紹介されるため、チェラルの顔を知る者は意外と多い。
「ちょうどいいや。友達と座って食ってけば?」
そういって、屋台の後ろに用意した休憩用のパイプ椅子を顎で指す。
「いいの? 悪いなあ」
広島焼きと焼きトウモロコシを買い、チェラル達は椅子に腰を下ろした。
ただし唯だけは人混みに酔ったのか、少し気分が悪くなってしまった。
「ごめんなさい‥‥皆さんは‥‥気にせず楽しんで来て下さい‥‥」
「あら大変。どこか静かな場所で休みましょ?」
ちょうど休憩時間に入った涼香が、唯を介抱するため屋台を離れた。
チェラルと星之丞は食事。愛紗にテミスト、ミーティナは輪投げゲームではしゃいでいる。
「あ、これ私が寄付した支給品なのです♪」
景品の中に並ぶ紅茶・方位磁石・長靴の3点セットを見つけ、美緒が嬉しそうに声を上げた。
「よろしければ、どうぞ」
紫がテミストとミーティナ、その他遊びに来ていた傭兵達に風車を1つずつ配った。
さらにチェラルには売り物とは別に、自分が被っているのと同じ狐の面を手渡す。
「知ってます? 狂言師は面の視界で、『見えないからこそ視える』と。また『見えないのは見えないんだから、考える必要はない』『考える暇があったら、もっと傾け』とも言うそうです」
「??? ‥‥それって謎々?」
首を傾げるチェラルに、
「‥‥ふふ、このお面を着けて風車でも見ていたら、視える事があるかも知れませんね?」
謎めいたクスクス笑いを残し、狐面の少女は席を立った。
「暫く休憩頂きま〜す♪ ‥‥では、縁日を楽しんでくださいね」
入れ違いに近寄ってきた灯吾が、LH傭兵の面白ピンナップをチェラルに見せた。
「兵舎じゃ愉快な人達ばっかさ。本音は『皆、一緒に生きていきたい』だと思うぜ?」
「‥‥そうだよね」
その頃になって、気分が治った唯が涼香と共に戻ってきた。ついでに途中の屋台で買った花火セットを手にしている。
「これ‥‥皆でしませんか‥‥?」
「締め括りはやっぱりこれだよねっ」
愛紗も嬉しそうにいい、手の空いている者は神社の裏手に移動してミニ花火大会。
最後はそれぞれが持参したり屋台で買った使い捨てカメラで記念撮影し、その日の祭見物を終えた。
「これで彼も喜ぶな‥‥」
チェラルの浴衣姿をカメラに収めた星之丞が小さく呟く。
最後は休憩から帰ってきた紫も交え、屋台の片付けと売り上げの集計を手伝う。
仕入れ代やテントのレンタル料などの経費を差し引き、さらに純利のうち半分は戦地の難民のため寄付。残りの金額を合同屋台の4人で分けるとほんの僅かな金額となったが、涼香はそれも寄付する事を申し出た。
「自分で接客して稼いだ、人生初のバイト。この経験に値段はつけられないわ」
片付けも全て終わった後、
「お疲れ様。またいずこかで」
紫は現れた時同様、飄々と立ち去っていった。
「楽しかったです、今度はみんなで海にも行ってみたいですね」
星之丞の言葉に、
(「それもいいかな‥‥」)
チェラルはそう思いつつ、テミストとミーティナ、仲間の傭兵達と共に神社を後にするのだった。
<了>