●リプレイ本文
●鹿児島へGO!
欧州攻防戦の勝利を祝い企画された『九州まるごと慰安旅行(AKRT)』。その一環として九州南端の指宿(いぶすき)温泉ツアーに参加した能力者37名は、数台の高速移動艇に分乗しホテル近くのヘリポートへと到着した。
「鹿児島、指宿温泉ですか。風光明媚な場所と聞いていますね。楽しみです」
斑鳩・八雲(
ga8672)がそういいながら移動艇を降りれば、
「皆で旅行、楽しみなのです。初の鹿児島、ほむ、待ち構えているのは何でしょう?」
赤霧・連(
ga0668)も、胸のワクワクドキドキを抑えきれぬ様子。
「いっぱい思い出を作ります、オー!」
キラーン! と瞳を輝かせる。
「温泉♪ 温泉♪ っと」
元女子レスラーのエクセレント秋那(
ga0027)は、観光は二の次とばかり鼻歌交じりで九州の大地を踏んだ。
「指宿‥‥黒豚にさつまあげ‥‥そして‥‥温泉。楽しみだな‥‥」
と幡多野 克(
ga0444)のごとく食への期待を膨らませる者もいる。一口に温泉ツアーといっても、人によりお目当てはそれぞれだ。
大半の参加者は旅行用のカジュアル服だが、中には黒づくめのフロックコート・ベスト・スラックスに白のカフスシャツ、紅のネクタイと日頃のダンディズムを崩さないUNKNOWN(
ga4276)のような者もいた。
「薩摩、か――指宿もいい所だ。私は温泉でゆっくりとしよう」
わけても異彩を放っているのが水雲 紫(
gb0709)。何しろ彼女は出発前から狐のお面で顔を隠したままなのだから。他の参加者にそこを突っ込まれても、
「これが素顔ですので〜‥‥いえ。着けてないと死んじゃう病という事で一つ」
と煙に巻く。
午前10時に現地到着。ホテルのチェックインを済ませた後は、夕方6時の点呼時刻まで自由行動となる。かくしてツアー参加者のある者はグループを作り、ある者は気ままな1人観光を楽しむべく三々五々と鹿児島市内へ散っていった。
グループとして人数の多かったのは御影・朔夜(
ga0240)を始めファルロス(
ga3559)、イリアス・ニーベルング(
ga6358)(通称イル)、ヒューイ・焔(
ga8434)からなる兵舎『ネスト』の面々。ちょうど4人部屋の和室をとったのだが、さらにファルロスの祖母であるジーン・ロスヴァイセ(
ga4903)も加わり、老若男女取り混ぜて5人様ご一行となってしまった。
「慰安旅行‥‥か。兵舎の為と言われれば、運営者の私が自ずと参加するハメとなるのだが」
既知感があるため観光自体にいまひとつ乗り気でない朔夜を、
「えー、やって参りました『ULT主催(中略)』ぷらす『兵舎慰安旅行』っ! 沢山楽しみましょうね!」
ファルロスの妹分、イルが引っ張るようにして市内観光へと繰り出す。服装も着物姿で意気込み充分だ。
「先日はお疲れ様。念願叶っての温泉、御健闘を!」
夢にまで見た温泉旅行に感涙するナタリア・アルテミエフ(gz0012)に、以前L・Hの街案内にも付き合った寿 源次(
ga3427)がエールを送った。
次いでヒマリア・ジュピトル(gz0029)へと向き直り、
「大規模作戦で重傷と聞いた時はたまげたぞ。もう大丈夫か?」
「エヘヘ〜。どうもご心配おかけしましたっ☆」
いつもの様に頭をポムろうとしてふと止め、
「無事に帰って来た事、先輩として戦友として嬉しいよ」
と優しく笑い肩をぽふった。
ナタリアやヒマリアはここから各々別グループの行動となり、源次自身は希望ルートが重なっていた鷺宮・涼香(
ga8192)と行動を共にする。
「素敵な景色も、感想を言いあえる人がいないと味気ないものですからね」
観光コースは竜宮神社→長崎鼻灯台→(昼食)フラワーパーク。
竜宮神社でお参り&おみくじを引いた涼香は、さらに安全祈願のお守りも。
(「‥‥同行してもらったお礼に、後で寿さんに渡そう」)
と、こっそり2人分購入。
また花好きの彼女はフラワーパークで写真を撮りまくり。
源次の方は同じ植物園でも食中植物の実物にいたく感激し、
「ハエトリソウ、ウツボカズラ‥‥本の通りだ、図鑑のままだ! 誰か! 自分と食虫植物の2ショット撮って!」
と興奮して涼香に写真を撮って貰った。
同じフラワーパーク内では、先日結婚式を挙げたばかりの霧島 亜夜(
ga3511)とキョーコ・クルック(
ga4770)がラブラブで散策していた。
「ここ最近ドタバタしてたからな〜」
2人にとって今回のツアーは記念すべき新婚旅行でもある。宿も当然2人部屋を借り、最初に行った池田湖では、他の観光客に頼んで2ショットの記念写真も撮って貰った。
「見た事ない花がいっぱいあるなー」
「マリーゴールドにサルビア、これは‥‥ハイビスカスかな?」
亜夜はふいにそっぽを向いたが、やがてボソっと、
「どんな花よりもキョーコが一番綺麗だぜ」
「‥‥もうっ、こんな所で!」
キョーコは顔を赤らめ、背後から亜夜に抱きついた。
白鐘剣一郎(
ga0184)はレンタカーを借り、ナタリア、櫻小路・なでしこ(
ga3607)を連れてお勧めの観光スポットを巡った。
「成人でも往復2時間掛かる登山に挑戦か‥‥ナタリアは大丈夫か?」
「ええ。日頃の運動不足解消のいい機会ですわ」
そこで麓のパーキングに車を駐め、3人で開聞岳を登る。
「薩摩富士と言うだけあって中々の佇まいだな」
下山した後は、登山口付近の蕎麦屋で昼食。
「ここは蕎麦の手打ち体験も出来るらしい‥‥ナタリアは蕎麦は初めてか?」
「いえ、結構食べますわよ? 研究所の食堂に和食コーナーもありますから」
「私もお蕎麦は大好きです」
となでしこ。
そこで3人して手打ちに挑戦、お手製の蕎麦をツルツルすすって堪能した。
昼食後は長崎鼻のパーキングガーデンを見学。
「動物達が放し飼いになっているのですね。どんな子達がいるのでしょうか」
ジャングルを彷彿とさせる植物園。放し飼いにされたリスザル、白鳥、オウムといった動物たちに、なでしこも胸を躍らせる。
その後は白蛇神社を詣でて今後の幸運を祈り、帰り道には砂蒸し風呂の簡易版「足湯」で疲れを取った。
「それにしてもヒマリアさん一人きりだなんて、珍しいのです」
御坂 美緒(
ga0466)が尋ねた。
「うん。何かL・Hの神社で縁日のお祭りがあって、弟は彼女とそっちを見に行くんだそーです」
(「では今頃テミスト君とミーティナさんは‥‥どきどきですね♪」)
観光が終り次第、全速で舞い戻って様子を見守らねば――密かにそう誓う美緒であった。
美緒にヒマリア、そしてクラリッサ・メディスン(
ga0853)、須佐 武流(
ga1461)は4人で観光コースを巡っていた。
「そういえば、日本の九州、薩摩に来るのは初めてでしたわ。綺麗な所ですわね。こうしているだけで心が洗われるようですわ」
周囲の景色を愛でつつ、うっとりしたようにクラリッサがいう。4人は浦島伝説発祥の地(といっても全国各地にある1つだが)ともいわれる竜宮神社方面を散策した。
当初ヒマリア1人を誘うつもりだった武流は少々複雑な気分だったが、
(「ま、ちょっと残念だったけど、みんな、楽しく行こうか!」)
やがて一行は土産物屋に寄り、一足早めのショッピング。
「思い出のキーホルダー」を手に取った武流は自分用の他、ヒマリアと弟の分も買ってやろうと申し出たが、
「あ、いーからいーから☆ もう、こんなに買っちゃったもーん♪」
弟の他、兵舎や学校の友人達にも配るつもりなのか。両手一杯に抱えた土産物の袋をにっこり笑って持ち上げ、ヒマリアはなおも土産を買い漁るべく美緒やクラリッサと買い物談義に戻った。
「綺麗なトコだなぁ。神社って言うより竜宮城の趣だね」
ちょうどヒマリア達と入れ違うように竜宮神社を詣でながら、新条 拓那(
ga1294)は同行の石動 小夜子(
ga0121)にいった。
「丁度、目の前に小夜ちゃんって乙姫様も居るし♪」
「え? そ、そんな‥‥」
思わず頬を赤らめる小夜子。つい最近恋人同士となった2人だが、まだ「拓那さん」と名前で呼ぶのに慣れていない。それでも小夜子はいつもの巫女装束に加え、先日拓那から贈られた桜色の結い紐で髪を飾っていた。
「ここが浦島太郎由来の神社‥‥思ったよりも質素です。でも、年月の積み重ねを感じますね‥‥」
拓那は専ら海亀産卵関連の展示に興味津々の様子だったが、小夜子の方は神社の娘らしく社の前で作法通り参拝した。
(「拓那さんがシモンに勝って、きちんと生きて帰ってこれますように――」)
本音をいえば危険な所へ行って欲しくないが、それは言えない。
彼女にできるのは、ただ静かに祈り、必勝祈願のお守りを授けて貰うだけ。これは後で折りを見て拓那に渡すつもりだった。
その後昼食を済ませた2人は指宿名物「砂蒸し風呂」を体験。受付で借りた専用の浴衣に着替え、温泉の地熱で温められた海岸の砂に体を埋める。
この高温が血流と新陳代謝を促進し、美容や健康に良いのだという。
「砂蒸しの効能って言うのは? ‥‥へぇ、それは男より女の子に喜ばれそうですねぇ‥‥ちょっとのぼせそうだけど〜」
「色んな温泉があるのですね。‥‥怖いですが、綺麗になるのなら、少し試して‥‥」
砂浜に仰向けになった拓那と小夜子は、係員の説明を聞きながら体にスコップで砂をかけてもらう。
砂蒸し風呂でたっぷり汗を流した後はシャワーで砂を落とし、改めて大浴場へ。
湯上がりの拓那の逞しい体に、つい見とれてしまう小夜子。
桜崎・正人(
ga0100)はイレーネ・V・ノイエ(
ga4317)と共に池田湖畔を散策していた。元々口数の少ない両名である。話題の方も、専ら先の大規模作戦や依頼の戦闘話に偏りがちだ。
「‥‥たまには、戦争の事は忘れてのんびり過ごさないか?」
「ああ、そうだな‥‥」
端から見ると無口なカップルに見られそうだが、互いに口には出さずとも通じるものがある。その後は他愛もない話など色々しながら、2人はゆっくりと湖の風景を楽しんだ。
その同じ池田湖畔で、克は大きな「イッシー」のオブジェを眺めてからボートを借り、湖上へと漕ぎ出していた。
イッシーいるのかな――と湖面を覗き込んでみたりもするが、今時そんなUMAが現れたら確実にキメラであろう。
帰りには湖畔のショッピングセンターで天然記念物の巨大ウナギも見物。
「‥‥大きい‥‥。このウナギ‥‥見てると‥‥。イッシーも実在するような‥‥気がしてくる‥‥。不思議‥‥」
漸 王零(
ga2930)と王 憐華(
ga4039)にとっても、今回のツアーは大切な新婚旅行であった。
午前中は2人で鹿児島市内をぶらぶら観光し、午後からは水着に着替えホテルのプライベートビーチで海を楽しむ。
ちなみに王零は褌一丁、憐華はビキニ姿である。
「どう? この水着、似合ってるかしら?」
「もちろん似合っているよ。‥‥少し目のやり場に困るがな」
(「王零は上には何も羽織らないのかしら? 羽織らないと体の傷が目立ってしまわないかしら?」)
憐華は少し心配だったが、今回のビーチは能力者達だけの貸し切りなので、そう気に掛けるほどの事もないだろう。
同じビーチの波打ち際では、赤村 咲(
ga1042)と夕凪 沙良(
ga3920)がホテルに借りたビーチパラソルとチェアを広げていた。
2人とも既に水着に着替え、沙良の方は黒のクロスデザインつなぎビキニという出で立ちである。
「さ、着きましたよ。早速泳ぎます? それとも少し浜でゆっくりしますか?」
そう声を掛ける咲に、
「大勢でどこか行くのも久しぶりです」
と、どこか遠くを見るような目で答える沙良。
「あの頃‥‥以来でしょうか‥‥」
暫くはビーチパラソルの下でビーチボールを抱えて過去を思い出しているかのように座っていた沙良だが、やがて海へ入り暫くの間素潜りを楽しんだ。
海面に浮上してふと見ると、咲が他の参加メンバーの女性と楽しげに話し込んでいる。
思わずカッとして投げつけたビーチボールは見事咲の顔面にヒット。
「もう、知りません」
そういうなり、沙良は再び海中へと姿を消す。
その後何とか仲直りした2人は持参の遊具で浜遊びし、点呼1時間くらい前には体を温めるため温泉へと向かった。
グループやカップルで旅行を楽しむ者もいれば、単独行動でのんびりバカンスを味わう者もいる。
「観光は行かなくてもいいや」
秋那はチェックインを済ますなり温泉へ直行、戦いの疲れを指宿の湯で癒した。
「こういうところはさ、本当に平和になったらまた来るのさね」
UNKNOWNもまた温泉直行組の1人。海を見渡す露天風呂に引き締まった体を沈め、鼻歌でジャズを歌いつつ、浮き盆に乗せた黒じょかでお湯割りにした焼酎を飲む。
ツマミはカツオの心臓だが「地元での呼び方をしてはいかん」‥‥のだとか。
「あの激戦を戦い抜いてきたんだ。此処で骨休めをしても悪くないだろうな」
榊兵衛(
ga0388)はまず枚聞神社へ参拝に行き、その後は独りぶらりと開聞岳の方へと脚を伸ばす。広場の様な場所で昼寝を楽しむのも悪くない。
榊 紫苑(
ga8258)や水無瀬みなせ(
ga9882)は、支給品の使い捨てカメラを持って夕方までの自由時間を使い、気に入った風景を撮影しつつ過ごした。
チラシを斜め読みして「強化合宿」と勘違いしたままやる気満々で参加した神無月 るな(
ga9580)は、やむなく健康ランドにて意地でも自主トレ。
先に長崎の温泉ツアーで仲間達と大騒ぎした不知火真琴(
ga7201)は、今回はのんびり一人旅の方針で。浴衣姿でぶらりとフラワーパークなどを見学、その後は土産物センターへ寄って買い物を済ます。
同じ店内では、
「‥‥無難なところ、温泉饅頭か‥‥」
「‥‥ん。かるかん5箱。さつまあげ全種類。注文」
城田二三男(
gb0620)、最上 憐(
gb0002)らが買い物する姿も見受けられた。
その頃、紫は「点文館ムニャキ」で狐の面を少し上にずらして超ド級かき氷をかきこみ、プライベートビーチでは恋人達をよそにパンダのヌイグルミ・はっちーとお揃いのサングラスをかけ、チェアにコロンと寝そべった愛紗・ブランネル(
ga1001)が優雅にトロピカルドリンクを飲むのであった。
●薩摩の夜の宴
6時の点呼を終えた後、夕食は「大宴会場」「海岸でバーベキュー」「各自の個室」と3コースに分かれる。
新婚の王零達など何組かのカップルは水入らずの食事をとるため各々の個室に下がったが、大宴会場においては、
「温泉なんて久しぶりです。楽しむぞー♪」
みなせがカラオケマイクを手にアニメソングを熱唱。早くもお祭り騒ぎへと突入していた。
「皆といっぱいお喋りして皆のことをもっともっと知りたいです。レッツトライ、うじうじは勿体無いですよネ?」
既に一風呂浴びた連は面識のあるなしにかかわらず誰彼となく喋りかけ、剣一郎と示し合わせた八雲が得意の剣舞を披露。
「そうだな‥‥少し宴会場でも覗いてみるか‥‥」
二三男の様に昼間は単独行動を取っていた者達も、賑やかな騒ぎを聞きつけ少しずつ集まってくる。
源次、兵衛、紫苑といった成人組はここぞとばかりに酒豪ぶりを発揮して飲み比べ大会が始まった。
この日に備えてとっておきの甚平を着こんだ源次は昼間土産物店で買ったヌンチャク(布製)を振り回し、はしゃぎすぎてその場で壊す。
そこへ狐面を被ったまま紫が酌をして回った。
「狐の酌も‥‥たまには良いと思いません?」
一見社交的なようだが、その挙動にはどこか薄皮一枚隔てて他人と距離をおいている所がある。もっとも当人は至ってマイペース、誠に捉え所のない少女である。
同じく涼香もビールやお酒、未成年にはジュースを注いで回り、初対面のナタリアやヒマリアとも談笑した。
普通、こういう席となれば悪酔いして乱れる者が出てもおかしくないが、全体的には思いの外みんな大人しく飲んでいる。
それというのもドカっと胡座をかき、ガンガン飲みまくりつつも「羽目を外しすぎる奴にゃお仕置きのSTFだからね!」といわんばかりの目つきで時折周囲を見回す秋那の存在感が歯止めになっていたからだろうか。
そして周囲の喧噪をよそに、克は1人黙々と黒豚の豚トロに舌鼓を打っていた。
同じ頃、ビーチでは亜夜、キョーコの新婚カップルを含むバーベキュー組もアウトドア用コンロに炭火を入れ、野外パーティーの準備を整えていた。
「材料用意してくるから亜夜は火をお願いね〜」
「火の方は任せとけ。手を切らないようにな」
炭火の火力が安定した頃、ざく切りにした肉と野菜をどっさり抱えてキョーコが戻ってくる。
「ちょうどいいタイミングだよ」
熱した金網に肉を並べると、やがてジュウジュウという音と共に美味そうな香りが漂ってくる。
「お外で食べると美味しく感じるのは何故だろーね」
愛紗がウキウキした表情で肉を頬張れば、昼間の自主トレでたっぷり汗をかいたるなも焼けていく側から肉と野菜をモリモリ食べてエネルギー充填。
憐に至っては、
「‥‥ん。肉と肉と肉と、それと肉を食べる」
小さな体で命の限り肉のみを貪り尽した。
「‥‥ん。おかわり」
夕食や宴会がお開きになると、いよいよお待ちかねの温泉へ(それ以前から入浴していた者もいたが)。これもまた、参加者により家族風呂、男女別の大浴場、混浴の露天風呂と目当ては様々だ。
「ん‥‥如何した? ‥‥余りじろじろと見るなよ、恥ずかしい」
兵舎仲間と共に湯につかった朔夜は、普段のクールさにも似合わずやや照れたようにいった。
長い髪を湯船につかないようアップし、胸からタオルを巻いた姿は中性的な美貌と相まって知らない者が見れば女性のようだ。その辺り、自分では割り切っているつもりでも、やはり少々気になるらしい。
そんな朔夜の気を知ってか知らずか、混浴の露天風呂で同伴しているイルは終始ハイテンションである。
「わぁ‥‥長崎もそうでしたけど鹿児島も凄いのですよ! にぃさんにぃさ〜んっ!(ファルロスのこと)それに朔夜さんと焔さんも!」
で、その頃女子用の大浴場では――。
「むむ‥‥どの位成長したのか、確認をしてみるのです♪」
‥‥例によってヒマリアが、「成長具合」を確かめるため美緒にフニフニされていた。
「キャハハハ! イヤ〜ン! 御坂さ‥‥プッハハ〜〜!」
相変わらずくすぐったがって暴れるヒマリアだが、以前より抵抗度合いが弱まっている所を見ると‥‥クセになりつつあるのか?
(「ナタリアさんももしかすると、私達の仲間ですね」)
ジタバタするヒマリアをフニフニしつつ、ふと思う美緒。
「‥‥未来に向けて一緒に頑張りましょう♪ 湯上りには牛乳ですね♪ 明日の為にそのいち、なのです♪」
もっとも――ナタリアの場合、年齢的に「未来」がどの程度残っているか微妙な所ではあるが。
「ふう、良い気分だ。やれやれ、久しぶりに眼鏡を外すか」
男子専用の浴場で湯船に入った紫苑は、ほっとしたように湯煙に曇る伊達眼鏡を外した。極度の女性アレルギーである彼にとって、混浴などもっての他だ。
深酒した後の入浴は体に良いとはいえないが、ウワバミのごとく酒に強い彼にとっては何ほどのこともない。
(「一風呂浴びたら‥‥街へ出て夜景でも眺めるか」)
そんな事を思いつつ、温泉の湯にゆったりと手足を伸ばした。
宴会は終わっても、夜のイベントはまだまだ残っている。
一風呂浴びた後、みなせの呼びかけに応じた有志が大部屋の客室に集合し、お約束「枕投げ大会」の火ぶたが切って落とされた。
「枕投げは一子相伝の奥義を究めていますので負けませんよー♪ ていっ!」
本当に奥義があるのかどうかはさておき、非覚醒状態においても一般人に比べて優れた身体能力を誇る能力者同士の枕投げバトルだけに、その内容もハンパではない。
白い砲弾のごとく飛び交う枕の嵐に対し、克は潜伏してやり過ごし、対照的に連は
「私はスナイパー! 全力でいきます!」
ドーン! とばかりに捨て身の突撃。
「おうけぃ、やってやろうじゃないか!」
と武流も参戦。
たまたま部屋にいたなでしこは運悪く被弾。
大量の枕に埋もれた涼香はなぜか妙に嬉しそうな顔である。
「‥‥ん。回避に徹する。相手が投げる瞬間が隙。そこを狙う」
BBQでたらふく食った肉のパワーか、幼いながらも巧妙な戦術を駆使する憐。
そこへ遅れて到着した美緒とヒマリアがSWATよろしく強行突入、両手一杯に抱えた新たな枕を乱射。
「ふふふ‥‥私はいかなる時も全力なのです♪」
結局勝負のつかぬまま(そもそも勝敗のルールがあるかも定かでないが)、最後は参加者全員がみなせのカメラで記念撮影してもらい、指宿枕投大戦は無事終結を見た。
同じ頃、ビーチの方では『ネスト』兵舎組を中心に花火大会も行われていた。
「朔夜さんが花火セットを持ってきてくれたんですか? ええ、存分に楽しみますとも!」
「‥‥やれやれ。困った妹分だよ、本当に」
穏やかに嘆息しつつも、持参した花火セットを差し出す朔夜。
「だが‥‥まぁ、折角だしな。一緒に楽しむとしようか」
ちょうどそこに、(本当はこっそり2人で楽しむ予定だった)拓那&小夜子も花火セット持参で遭遇。
「ありゃ、見つかっちゃったか。それじゃ一緒にやらないか? この際だし、とことん楽しむじゃん?」
シュルルル‥‥――。
人気も少ないプライベートビーチの夜空に打ち上げられ、一瞬閃いては消えていく花火の輝き。
それは遠い昔に見た夢のごとく、傭兵達の目に懐かしくも儚いものとして映った。
「星が綺麗だなぁ‥‥。こんなにのんびり出来たのは久々、かも」
枕投げにも花火にも参加せず、真琴はひとり夜の浜辺を散策していた。
皆でわいわいするのも嫌いではないが、たまには1人の時間を楽しみたい時もある。
すると向こうから、やはり1人でぶらりと歩いてくる八雲の姿があった。
「おや、あなたも寝つかれない口ですか? 折角プライベートビーチがあるのですから、寝る前に散歩などしてみたいですね。夜の海岸というのは情緒がありますから」
互いのプライベートに干渉するのも野暮――と判断したのか、「では、また明日」と言い残し、八雲は再び闇の中へと歩み去っていった。
●指宿湯煙旅情
仲間達と一夜の宴を謳歌する者もいれば、ごく親しい人と静かな夜を過ごしたい者もいる。
「温泉のご感想は?」
混浴の露天風呂につかった剣一郎が、湯浴み着で隣に入るナタリアに尋ねた。
「素敵ですわ‥‥何だかこう、体ばかりか心に溜った疲れまでスーッと抜けていくようです」
「ははは。日本人にとって温泉は馴染み深い癒しだからな。ナタリアも気に入ってくれたなら俺も嬉しい」
「今回は色々と案内して下さってありがとうございます。また‥‥こういう機会があったら、ぜひご一緒したいですわ」
いささか湯にのぼせたのか、色白のソバカス顔をポッと紅く染め、ナタリアが微笑む。
「さて。では気分を入れ替えて頑張るとしようか」
少し離れた隣の露天風呂では、正人とイレーネが湯につかり月見酒としゃれこんでいた。
「‥‥とりあえず、この前の戦いの無事を祝って乾杯ってことで」
「ああ。お互い、よく生き残れたものだな。あれだけの大規模戦闘で」
「ついでに、今日はお疲れ様ってことと‥‥これからもよろしく頼むな」
「こちらこそ、だよ」
そしてまた、寡黙な2人は黙って酒を酌み交わし合った。
宿の和室で何となく寝付けず、庭に面した縁側に腰掛け独り杯を傾けていた兵衛は、ふと近づく人の気配を感じて顔を上げた。
「良い月ですわね、ヒョウエ」
月下に佇むその麗人がクラリッサだと判ると、兵衛は隣に座るよう目で合図し、静かに酒を勧めた。
彼女もまた、言われるままに腰を下ろし、兵衛に身を寄せるようにして杯を受ける。
「こんな月を静かに見られるのも、あの激しい戦いを二人ともくぐり抜けた証拠。また、何処かでこうして月を眺めてみたいですわね」
ホテルの2人部屋では、夕食に引き続き沙良と同室で就寝した咲が、寝ぼけた彼女の抱き枕代わりにされて弱り果てている。
壁ひとつ隔てた隣室では、王零が最愛の新妻である憐華の膝枕に頭を乗せ、杯を口にしつつ静かに語り合っていた。
「今日はいい夜だよ。‥‥戦いの世の中であるのに‥‥こんなにのどかな時を最愛のおまえと過ごせるなんて‥‥ほんとにいい夜だよ」
「今日は楽しかった。‥‥毎日がこんなだったらいいのに‥‥」
「そうだな。‥‥こんな時がずっと続けばいいな‥‥。今は無理でも皆で力を合わせて取り戻せばいいさ‥‥」
完全に酔う前に布団に入るか――王零は思った。
(「しかし、同じ布団に入るのは‥‥慣れないな。‥‥まぁ、夫婦となったんだから気にしてはいかんな‥‥楽しむとしよう‥‥この夜を」)
やがてどちらが言う出すともなく、2人は一つ布団へと入り込む。
それから後の事を知るのは、2人を除けばただ窓辺から覗く月だけであった。
花火の後始末を終え、部屋に戻ったキョーコは、昼間買っておいたキーホルダーを亜夜におずおず差し出した。
「これ‥‥新婚旅行の思い出に‥‥」
「いい思い出ができたぜ。ありがとな」
普段の気丈さが嘘のように赤面するキョーコを、ぎゅっと抱き締め口づけする亜夜。
そして間もなく2人は枕を並べた布団へ横たわり、部屋の照明を切った。
そんな中、やはり寝付けない源次は昼間の帰途に涼香から贈られたお守りを眺めつつ、独りぼんやりと窓辺に佇んでいた。なぜか覚醒し、闇の中で仄かに両目を光らせるその姿は――。
言っては何だが、ちょっとホラーである。
●明日に向けて
翌朝。朝食を済ませた能力者達はチェックアウトまでの時間待ちを各々朝風呂につかったり、記念写真を撮ったり、ホテルのロビーで土産物を買ったりして過ごした。
「温泉饅頭にキーホルダーの両方とも買って帰るとするか」
商品棚を眺め、イレーネが呟く。
「そうだな、自分用と‥‥後、マリアの分も買ってやるか」
元DF隊員。そして「ゾディアック」の1人シモンの、おそらくは元恋人――幾つもの十字架を背負い、今は空母「サラスワティ」搭乗員として地中海に滞在しているはずの少女を思い、余分にキーホルダーを取るイレーネ。
――いずれ再会したとき渡してやるために。
やがてチェックアウトを済ませると、能力者達もそれぞれの思い出を胸に、ホテルを出て移動艇の待つヘリポートへと向かう。
「あー楽しかった♪ また来たいですね」
一同の心境を代弁するように、清々しい表情でみなせがいった。
「さて、楽しい休暇は、終わった。戦いの日々へ戻るか?」
そういう紫苑の言葉も、また厳しい現実である。
それでも彼らは願う。バグアとの戦争も終わった平和な世界で、全ての人々が気兼ねなく「楽しい休暇」を過ごせる日が来ることを。
そのためにこそ、自分達は戦っているのだと。
そう思いつつ、傭兵達は再び戦いの待つ「明日」へ向けて帰って行くのだった。
<了>