●リプレイ本文
●セルビア共和国〜ベオグラード病院・ヘリポート
鼻と口を透明な酸素マスクで覆われ、点滴を受けながらストレッチャーで運ばれる少女の手を勇姫 凛(
ga5063)が握りしめると、彼女はうっすら目を開け、金色の瞳だけ動かし凜の顔を見上げた。
「凛が行ってくるから、チェラルはまず体調治すの専念して‥‥それから、これ」
聞こえているのかどうかは判らない。それでも凜は自らの連絡先を走り書きしたメモ用紙を彼女――チェラル・ウィリン(gz0027)の手に握らせた。
「悩みあるなら凛、いつでも話くらいは聞けるから。だって凛、どんな時だってチェラルの力になりたい‥‥」
「どいてください! 直ちに患者を搬送します!」
レスキュー隊員達が慌ただしくストレッチャーを艇内に運び込み、ドアが閉められる。
ラスト・ホープ目指して飛び立つ高速移動艇を見送りながら、凜は声の限りに叫んでいた。
「帰ってきたら気分転換に2人で遊びに行こ‥‥約束だからなっ!」
●数日後〜ベオグラード市街南部
セルビア国会議事堂から見て、右手前方にはL・ホープほどではないにせよ近代的な高層ビル街が広がっている。
議事堂とは広い道路ひとつ挟んだ向かいにある公園の木陰に車両型KVの機体を隠し、メディウス・ボレアリス(
ga0564)はビル街方面から迫り来るバグア軍の動向をモニターしていた。
「いよいよ大詰めか‥‥次を余裕で迎える為にも、此処は凌がねばな」
彼女のLM−01は陸戦専用のため移動手段が限られるという欠点はあるが、「岩龍」同様の電子戦能力は今回の作戦の要といっていい。
それだけに敵の標的になる危険性も高いため、護衛機として凜の乗るスナイパー仕様のディアブロと組み、支援担当のチャーリー隊を編成していた。
操縦席のレーダーは、高層ビルの狭間に見え隠れしつつ高度20mくらいの低空を這うようにして飛ぶ小型ヘルメットワーム(HW)5機、さらにその後方に控える指揮官機と思しきゴーレム1機の姿を捉えている。上空のHW編隊は正規軍の防空部隊が応戦しているので、傭兵達の任務は市街地に突入した敵の陸戦隊を殲滅することだ。
「さて、久し振りのKV戦だ。錆び付いている分を磨ぎ直させてもらうぞ‥‥今後の戦場の為にもな」
幸い敵兵力にあの面倒なキューブワームは見あたらない。通信状態を確認した後、メディウスは同じく近辺のビル街で迎撃態勢を整えた友軍機に、敵ワームの位置情報を転送した。
攻撃班ブラボー隊リーダー、リヒト・グラオベン(
ga2826)は、現在後方の司令部で指揮を執っているUPC軍少佐、松本・権座(gz0088)を案内して市内観光を巡った日の事を思い出していた。
あの美しかった「白き都」が今や炎と硝煙に包まれ、バグア地上軍の先遣隊に踏みにじられつつある。オーストリアやハンガリー方面から援軍が向かいつつあるとはいえ、その前にドナウ河まで押し込まれベオグラードが陥落する事になれば、再び同市を奪還するのは極めて困難となるだろう。
『ここを突破される訳には行かないですね』
同じブラボー隊に属する夕凪 春花(
ga3152)も同じ思いなのか、緊張した声で通信を送ってくる。
(「‥‥この国の人達に俺と同じ哀しみを味わせません。今の俺には、そのための力と仲間達が在るのですから」)
乗機ディアブロを装輪形態に変えると、リヒトは隊の僚機とも連絡を取りつつ、敵ワーム群に向けて前進を開始した。
もう一つの攻撃班アルファ隊に属する夕凪 沙良(
ga3920)は、やや不本意な気分だった。彼女は戦闘開始前に自機のモーションプログラムデータの設定を変更し、OSの出力配分を機動に多く割り振る事で通常より高い運動性を引き出す構想を持っていたのだが、直前になってそのアイデアが使えない事が判明したのだ。
シミュレータならいざ知らず、OSも含めて実機KVの戦闘用ソフトウェアはエミタと並び最高レベルの軍事機密である。操縦席回りのレイアウトくらいなら傭兵個人によるカスタマイズも可能だが、プログラムの内容そのものを変更できるのは未来科学研究所かメガコーポレーションの技術者、それもごく限られた人間に限られる。
結局現状の機体で戦うしかないが、それもやむを得ないと思い直し、アイドリングさせていたディスタンのメインエンジンを吹かして戦場へと向かった。
アルファ隊・ブラボー隊、計8機のKVがビル街に突入すると、白と黒の縞模様でカラーリングしたエース機ゴーレムは素早くビルの陰に身を隠し、代わって低空飛行のHW部隊が上空から一斉にプロトン砲とフェザー砲を浴びせてきた。
常に位置を変えつつ砲撃、という戦術は人類側の戦車や攻撃ヘリとそう変わらないが、問題はそのスピードと慣性制御による運動性がケタ外れに高いという点にある。しかも此方が高分子レーザー砲など中・長距離射程の兵器を向ければ敵はすかさず建物の陰に逃げ込むので、ある意味空戦で相手をする時より始末に負えない。
「もう、余剰戦力はあらへん‥‥たとえ一機でも通したら防衛ラインは瓦解するで、こりゃ」
4足形態をとったワイバーンの機上から、無惨に破壊されたUPC軍戦車隊の残骸を眺めつつ、時雨・奏(
ga4779)はぼやいた。
「明日の朝日が拝めるのはここに居る人間の何割やろうなあ‥‥」
ともあれ、まずはあのHW部隊を排除しない限り、敵の指揮官であるゴーレムまで近づくことさえできない。
『ちょい飛び込む、援護よろしくな』
ペアを組む緋沼 京夜(
ga6138)に通信を送ると、奏はマイクロブーストと機体の走破性を活かし、プロトン砲の攻撃をかわしつつ敵戦力に接近。HW隊とゴーレムを分断すべく煙幕銃を放った。
続く京夜も人型ディアブロで突入、めまぐるしく移動するHWの機動を読みつつレーザー砲で攻撃を加える。
そのとき横合いのビル壁が不意に崩れたかと思うと、ドリル状の衝角を突き出し赤光をまとったHWが体当たりをかけてきた。フォースフィールドの力で強引にビルをぶち抜いて来たのだ。
「――ちっ!」
ライト・ディフェンダーでなぎ払おうとするも、その前にHWは慣性制御でビデオの逆回しのごとく穴の向こうへと後退する。
そのままビルを挟んだ穴越しにプロトン砲とレーザー砲の壮絶な撃ち合いとなったが、間もなく攻撃力に勝るディアブロがHWを撃墜した。
アルファ隊から2ブロックほど離れた区画で、ブラボー隊の暁・N・リトヴァク(
ga6931)は隊長機のリヒトを支援するべくHWへの狙撃を続けていた。
1隊4機。さらに2機ずつが攻撃役と支援役に分かれて行動するのが基本だ。
重力波センサーを有するバグア軍に比べて、通常のレーダーや赤外線センサーしか持たない人類側は市街戦において常に劣勢を強いられる。
それでも暁はワイバーンの高い命中率を活かし、生身のスナイプの時と同様にビル街を飛び交うHWを狙った。
「さあ、こいこい‥‥きた!」
目論みどおりビルの谷間を横切ろうとしたHWにスナイパーライフルが命中。被弾した敵円盤は慌てたように高度を下げて身を隠した。
「‥‥やっとこっち側に事態が好転してきたんだ。また奴等にでかい顔させる訳にゃあいかんわな」
ブラボー隊、風羽・シン(
ga8190)は春花とペアを組み支援を担当。
「俺はどっちかってーと性格的に援護よか斬り込み役なんだが‥‥たまには良い経験だ。傭兵たる者、どんな役割だろうがそつなくこなせんとな」
前方に立つ春花機と一定の距離を保ち、彼女が単機で孤立したり突出しないよう留意しつつ上空や左右の物陰から攻撃してくるHWをレーザー砲で狙撃。もっと接近してくれればより破壊力のあるレッグドリルをお見舞いしてやる所だが、敵側もそれを警戒してかつかず離れずのねちっこいプロトン砲攻撃を繰り返してくる。
「鬱陶しい奴らだ‥‥にしても、親玉のゴーレムはどこ行きやがった?」
シンの前方で攻撃に立つ春花も、消えたゴーレムの行方を肉眼とレーダーで追いつつ、前方に現れたHWをひたすらレーザー砲で狙い撃った。
仮にゴーレムと遭遇すればブラボー隊では自分が迎撃の主軸となるため、深追いは避け敵の動きや出現位置を予測し、効果的な位置取りを心がけてトリガーを引く。
両側をビルに挟まれた狭い車道で、突然建物の陰から現れたHWの体当たりを受けた。
「くぅっ! これしきの事で‥‥負けません!」
2撃目の体当たりは辛うじてディフェンダーで受け止め、駆けつけたシン機と協力してようやく返り討ちにした。
アルファ隊、櫻小路・あやめ(
ga8899)は沙良と組み援護を担当していた。
「正念場ですか、ここから後はありません、ここを落とさせる訳にはいきません」
沙良機と連絡を取り合いゴーレムを索敵するが、依然として行方がつかめない。
指揮官機だけに、自らは身を隠し、配下のHWを最大限有効に使いKV隊の戦力を削いでおこうという魂胆なのだろうか。
残り3機となったHWは相変わらずすばしっこくビルの狭間を飛び回り、しぶとくプロトン砲や衝角による体当たり攻撃を仕掛けてくる。戦闘時間が長引けば、それだけ損害が増し此方が不利となるのは必定だ。
「仕方ありません‥‥エース機用に温存しておくつもりでしたが」
HW部隊を一刻も早く掃討すべく、あやめはM−12量産型粒子加速砲を構え、崩落したビルの陰から沙良機を狙うHWに光条の一閃を撃ち込んだ。
レーダーで敵部隊の位置を探りつつアルファ・ブラボー両隊に情報を送っていたメディウスが、突然機体に激しい衝撃を受けた。
「!?」
見れば、数百m先のビルの狭間を、スナイパーライフルを構えたゴーレムの影が素早く過ぎっていく。いったん姿をくらましたゴーレムは、HWを使ってKV部隊を攪乱する一方で、巧みに電子・情報支援を司るLM−01へと忍び寄っていたのだ。
「裏をかかれたか‥‥我(オレ)としたことが!」
メディウスはやむなく攻撃班に救援要請、同時に凜のディアブロが前に出た。
「凛、絶対負けられないわけがあるんだからなっ!」
3連装スナイパーライフルがリロードの間を置かず立て続けに火を噴いた。
性能的には人類側を上回るバグア製ライフルの反撃に機体装甲を削られていくが、凜もまた一歩も退かず凄絶な狙撃戦が続く。メディウスもレーザー砲で敵エース機の足止めと牽制に専念した。
数分後、急にゴーレムが砲撃を止め隣接するビルに移動した。直後、それまで隠れていたビルがリヒトの放ったブリューナクの着弾を受け崩落する。
ようやくHW部隊を殲滅し、またメディウスの要請を受けた攻撃班が次々と救援に駆けつけて来たのだ。
『人としての誇りを失ってまで‥‥貴方は何故バグアに与するのです!?』
無線によるリヒトの問いかけに対し、返ってきたのはショルダーキャノンによる砲撃だった。
「一対多数は戦いの基本だ。恨み言ならちゃんと聞いてやるさ」
続いて到着した暁がスナイパーライフルを撃ち込み、同時に着弾修正のデータを僚機にも転送する。
ゴーレムはほんの一瞬、南のビル街を気にするような動きを見せた。
配下のHW部隊全滅。そして、待っていたはずのバグア軍後続部隊は――なぜか影すら見えない。
これ以上の侵攻を断念したのか、ショルダーキャノンを乱射しつつ疑似飛行で飛び上がる。
その瞬間を狙い、奏のレーザー砲が命中し再び大地へと引きずり降ろした。
「この4足による機動性、安定した命中‥‥望んだ性能どおりやな。何でわしが意見を提出した銀河やなくて、英国が開発するのかが分からんが」
退路を断たれ、キャノンを撃ち尽くしたゴーレムは最後の武器であるBCアクスを引き抜き、包囲のKV部隊に向かい手当たり次第に斬りかかった。
搭乗者が人間かバグア兵かは不明だが、その武骨な機体からは信じられぬ素早い動きはやはりエース機特有のものだ。
敵の動きを少しでも封じ込めるべく、沙良はスパークワイヤーを絡ませるように放ち、そこにあやめがレーザーを撃つ。
同様にしてリヒトはチェーンファングで足止めを狙い、春花が温存していた試作剣「雪村」をハイマニューバ併用で斬りこんだ。
「この一撃でっ!」
乾坤一擲のレーザー剣が防ごうとした敵の片腕を肘から斬り飛ばしたが、まだゴーレムは倒れない。残る片腕でBCアクスを振り回し、なおも悪鬼のごとく抵抗を続ける。
対HW戦のダメージも含め、傭兵側の損傷率は平均7割を超えていたが、敵エース機をあと一歩まで追い詰めているのも明らかだった。
とりあえず消耗の大きいシンと春花を後退させ、残りのKV部隊は包囲しての波状攻撃を加えながら、敵の自爆に備えて戦場を徐々に市街地への被害が少ない公園中央へと移動させた。
ダメージの蓄積か、それとも練力切れか――ゴーレム側の動きも目に見えて鈍り、量産機と変わらないほどに遅くなっている。
「どうやら賞金が貰えるほどの大物じゃなさそうだが‥‥それでも、ここから帰すわけにはいかないんでな!」
京夜はディアブロを装輪走行に切替え、とどめとばかりブーストしての吶喊。機槍ロンゴミニアトが連続して炸裂し、敵エース脱出の隙さえ与えずゴーレムの胸あたりに巨大な風穴を穿つ。
傭兵達のKVが素早く付近のビルの陰に回り込んだ直後――。
大爆発が公園の木々をなぎ倒し、周囲の建物までを揺るがせた。
『――傭兵隊のブラボー1、白狼です。敵部隊の殲滅を完了しました。他部隊の戦況はどうなっていますか? 』
『ご苦労だった。市内の何カ所かじゃまだ戦闘が続いているが、上空のワームどもはローランド少佐の部隊が追っ払ったし、ベオグラードに迫ってた敵さんの主力も進軍を止めた。‥‥どうやらこのまま膠着状態って雲行きだな』
リヒトの報告と質問に対し、松本少佐の声が返信した。
バルカン半島に侵攻したバグア軍全てを駆逐したわけではないが、少なくとも「ベオグラード陥落」という最悪の事態は回避されたようだ。
傭兵達のある者は風防を開いて砲火の途絶えた市街地を感慨深げに見渡し、またある者はボロボロに傷ついた愛機を労るようにチェックする。
「もうすぐだ。もうすぐあの土地を取り返せる‥‥」
今はバグアの占領下におかれた故郷。遙か中東のある方角へ手をかざし、暁はゆっくり宙を指先でなぞった。
<了>