タイトル:山の分校〜潜入〜マスター:対馬正治

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/06/15 22:59

●オープニング本文


●教室
(「昔の映画に出てくる学校みたいだなあ‥‥」)
 教室に一歩足を踏み入れた瞬間、高瀬・誠(gz0021)が感じた第一印象はそれだった。
 床を歩けばギイギイと鳴る木造の教室。傷だらけのスチール机と椅子。
 ラスト・ホープにある学園のハイテク校舎に比べると、どこか異世界にトリップしたような奇妙な感覚である。
 仮に誠が昭和の時代を知る世代なら、まだ「懐かしい」という感慨を覚えたかもしれないが、あいにく彼はまだ14歳だ。昭和はおろか、自分が生まれた20世紀末の事すら漠然としか憶えていない。

「今日は、みんなに新しいお友だちを紹介しまーす。さっ、高瀬君?」
 まだ大学を出たてのような、ぽっちゃり顔の女性教師から紹介を受け、誠はハッと我に返った。
「あ‥‥て、転校生のたかせ、まこと‥‥です。よろしく‥‥」
 下は7、8歳から上は16、7まで、性別も年齢も様々な十名ほどの子供達が、一斉に歓声を上げて拍手する。
(「全校でこれだけ? ‥‥本当に、小さな学校なんだ」)
 背後の黒板にフリガナ付きで大書された自分の名前をちらっと振り返り、改めて新しい「クラスメート」達に向き直った誠は、照れくさそうにお辞儀した。

●ラスト・ホープ〜UPC本部会議室
「九州北部の、バグアとの競合地帯にKという村がある‥‥周囲を山に囲まれ、人口はせいぜい2千というところかな」
 集められた傭兵達を前に、今回の依頼主であるUPC情報士官が地図を広げて説明した。
「山一つ越えればバグア軍の占領地域。通常、こんな場所ならキメラの被害が絶えないものだが‥‥なぜかこのK村に限っては何の被害も報告されていないのだよ。ここ半年ほど、1件もな」
 情報士官は地図から目を上げ、傭兵達を見渡した。
「――却って不自然とは思わんかね?」
「つまり‥‥こっそり親バグアに寝返ってるってことかい? 村ぐるみで」
 傭兵の1人が、自らの推測を口にする。
「もちろんその疑いはある。情報部も何人かエージェントを送って内情を探って見たのだが、未だに決定的な証拠がない。村じたいは出入り自由だし、住民にもこれといって怪しい行動は見られなかった。ただ1つ‥‥」
「ただ1つ?」
「村の中に小さな分校があって、小学生から高校生くらいまで、十人ばかりの生徒が在籍しているのだが‥‥妙な事に、通っているのは全員地元の子供ではない。どこからか集められてきた子供達が、近くの寮で共同生活を送りながら学んでいるようだ」
「何だか怪しいわねえ‥‥」
 別の女傭兵が、眉をひそめて呟いた。

●教室
 一通り自己紹介を済ませた誠が指定された席に座ると、ちょうど右隣にいた女子生徒がさっそく話しかけてきた。歳はまだ12、3。大きな赤いリボンで留めた黒髪とパッチリした瞳が、人形のように愛くるしい少女である。
「はじめまして! あたし、結城アイ。よろしくね♪」
「え? あ‥‥よ、よろしく」
「おいおい、しっかいしろよ転校生。年下相手にそんな緊張して、これから先どーすんだい?」
 席を挟んだ左側から、こちらは誠より年上の、もう高校生といっていい歳の少女が男勝りの口調で話しかけてきた。
「おっと。オレは中島茜。よろしくな」
 幼いアイとは対照的にいかにも気の強そうな少女は、ニヤリと笑って親指を立てた。
「ま、歳の事は気にすんなって。オレたちみんな戦争で親を亡くして、ここの『校長』に引き取られたんだ‥‥この分校の方針は、テストの点数だの成績だのは一切関係ない。今の時代を生きるため本当に必要なことを優先に教えてくれるから、アンタもすぐ馴染めるぜ」
(「校長先生? ‥‥そういえば、まだ顔も見てないな」)
 普通なら転校初日に挨拶くらいはするものだが、担任の話によれば「今日は用事で出かけている」とのことだった。
「ハイ、みなさん。今日の授業を始めますよー」
 女教師の明るい声が、誠のふと覚えた疑問を遮る。
「アンタ、まだ教科書は貰ってないんだっけ? しゃーねーな、オレのを見せてやっからよ」
 口の利き方こそ乱暴だが、性格は面倒見の良い姉御肌なのか、茜は机を寄せて自分の教科書を半分見せるように誠の前で広げた。
(「『新しい地球の歴史』‥‥?」)
「今から18年前に始まったこの戦争で、大勢の人が亡くなり、みなさんもとっても怖い思いや辛い思いをしましたね。いったい原因は何でしょうか?」
「――はい」
 誠とほぼ同年配のセーラー服の女生徒が、眼鏡を光らせて手を挙げた。
「長谷川さん、どうぞ」
「悪いのは地球人です。1990年、友好を求めて来訪したバグア遊星人に対し、疑心暗鬼に捕らわれた当時の地球人類が、一方的に攻撃を仕掛けたのが原因です」
「正解! 大変よくできました」
(「な‥‥何だよ、この授業は!?」)
 誠は愕然としたが、辛うじて表情に出すのは控えた。

●UPC本部会議室
「知り合いの傭兵から噂を聞いたわ‥‥バグアが世界のあちこちで、将来の工作員やヨリシロ候補を育てるために、戦災孤児なんかを集めて洗脳教育をやってるって話」
「我々も同じ結論に達したよ。だから、戦災孤児を装った能力者を1名、内偵のため送り込んでみたのだが‥‥1ヵ月で音信を絶った」
 それを聞いた傭兵達が、一斉にざわめきたった。
「なら、もう完全にクロじゃねえか!? 何で今すぐ――」
「落ち着きたまえ。むろん早急に子供達を救出せねばならんが‥‥下手に正規軍や傭兵部隊を派遣すれば、バグア側が村もろとも『証拠隠滅』を図る怖れがある。それに、仮にも戦闘訓練を受けた能力者が返り討ちに遭っているわけだ。村の中に、バグア側能力者‥‥あるいはそれに準じる『敵』が潜んでいる可能性も考えねばならん」
「で、私たちにどうしろっていうの?」
「まずは内偵だな。現在、2人目の傭兵を転校生という形で潜入させてある。といって二の舞になっても困るから、今度は君らも目立たない形でK村に‥‥できれば分校にも潜入して、彼と協力して詳しい内情を探って欲しい。そのうえで、我々も具体的な救出プランを練りたいのだ」
 そこまでいってから、戸惑いを隠せない傭兵達の様子に気づいたのだろう。
 情報士官は苦笑して付け加えた。
「もちろん、手段は任せる。生徒として潜りこむなり、別の口実で分校周辺の調査にあたるなり‥‥君らの年齢や適性に応じた形でな」

●参加者一覧

鷹見 仁(ga0232
17歳・♂・FT
黒川丈一朗(ga0776
31歳・♂・GP
愛紗・ブランネル(ga1001
13歳・♀・GP
櫻小路・なでしこ(ga3607
18歳・♀・SN
王 憐華(ga4039
20歳・♀・ER
草壁 賢之(ga7033
22歳・♂・GP
リオン=ヴァルツァー(ga8388
12歳・♂・EP
大和・美月姫(ga8994
18歳・♀・BM

●リプレイ本文

 ろくに舗装もされていない狭い山道を、旧式バスがガタゴト車体を揺らせながら走っていく。
 近くの町から片道およそ2時間、しかも日に3往復しかないというローカルバスの乗客は、たった2人の少女だった。
「お客さん達、K村には何の用で?」
 運転手がバックミラーを覗いて尋ねる。
「村の分校に転入するんです。こちらはキメラの被害が少ないと聞きますし、ひょっとしたら戦災で行方不明になった家族も避難しているかと思いまして‥‥」
 櫻小路・なでしこ(ga3607)はいつも通り、おっとりした微笑と共に答えた。
「えーっほんと? その分校、愛紗も今日転入なんだよ! 一緒だね♪」
 隣に座った愛紗・ブランネル(ga1001)が、パンダのヌイグルミを抱き締めたまま顔を輝かせた。
 もちろんこれは演技である。なでしこと愛紗は、これから親バグアの洗脳教育が行われているというK村分校へ、転入生を装って潜入調査に赴くのだ。
 今回潜入するのは彼女らだけでない。怪しまれないよう少しずつ日をずらし、様々な口実で他に6人の仲間達がK村へ向かっているはずだ。
 そしてもう1人。こちらは数ヶ月に渡る長期潜入を前提に、分校へと転入済みの高瀬・誠(gz0021)がいる。UPCが誠の前に送り込んだ能力者は調査中に音信を絶ったというから、彼の身も決して安全とは言い難い。
(「潜入調査は初めてですから不測の事態に注意しませんと‥‥それと誠さんは大丈夫でしょうか?」)
 思わず弟を心配する姉のような心境のなでしこであった。


「子供たちを集めて‥‥親バグア教育を行っている学校‥‥。僕と同じくらいの‥‥ううん、もっと年下の子も、そんなことされてるのかな‥‥?」
 左腕に包帯を巻いた金髪の少年、リオン=ヴァルツァー(ga8388)は、田んぼのあぜ道を並んで歩く大和・美月姫(ga8994)に小声で囁いた。
「だとしたら‥‥早く、何とかしなきゃ‥‥。僕‥‥自分と同じくらいの年の子たちと戦うなんて‥‥イヤだよ‥‥」
「私も同じです。一刻も早く子供達を助け出さなければ‥‥でもそのためには、この村をもっと詳しく調べる必要があります」
 周囲に人気がないのを確かめ、美月姫も声を落として答えた。
 なでしこ達より一足先に村へ潜入した2人は「戦災を逃れて疎開してきた姉弟」という口実で、現在は村にある寺のお堂を借りて滞在していた。
 美月姫は日本人だが、天然の金髪なのでリオンと「姉弟」を名乗っても違和感はない。
 実際に戦災孤児であり「家族」を知らないリオンは、任務のためとはいえ美月姫という「姉」ができたことが、内心で少し嬉しかった。
 寺の住職は2人の身の上に同情し、宿代もとらず快くお堂と布団を貸してくれた。
 それとなく戦争の話題も振ってみたのだが、住職は「まあここはキメラも滅多に現れないから、気に入ったらぜひ引っ越してきなさい」とにこやかにいうだけ。「親バグア」というより「戦争自体に関心が薄い」という印象だった。
 とりあえず、今日は「村の住み心地を知るためあちこち散策したい」と理由をつけ、デジカメを片手に村内の調査にあたっている。人気のないときはリオンがごく短時間だけ覚醒し「探査の眼」で周囲を探るが、今の所キメラやトラップの類は発見されていない。

 あぜ道の向こうから、半袖ワイシャツの学生服を着た少年が歩いてくる。
「こんにちは。君たち、よその町から来たの?」
 そう挨拶しながら、さりげなく右手で左腕をさすった。
 ――「味方」の合図だ。
 リオンの側も同様の仕草をすると、高瀬・誠はそのまま歩み寄り、一瞬周囲を警戒してから小声で話しかけた。
「なでしこさんと愛紗さんは分校の方に着きました。今の所、連絡した事以外に異状はありません」
 それだけいうと、何事もなかったようにすれ違い、誠は2人と反対方向へ歩き去っていった。


「黒川さーん。そろそろ昼飯にするべ?」
 背後から掛けられる声に、黒川丈一朗(ga0776)は田植えを手伝っていた逞しい腕を止め、額の汗を拭った。
 田端の道には、既に休憩に入った農家の人間達が腰を下ろし、思い思いに弁当を広げ始めている。その殆どが、もう50を過ぎた老人だった。
「ホレ、どうぞ。母ちゃんに頼んで、あんたの分も作っといたで」
「‥‥すまない。ご馳走になる」
 丈一郎は一礼し、老人の差し出した握り飯を受け取った。
「なに、これから忙しくなるって時期なのに、見ての通り村にいるのは年寄りばかり。それをタダで手伝ってくれるってんだから、これくらいしねえとバチがあたっちまうべ」
「一週間農家に泊まり込み、ボランティアとして農作業を手伝う」というのが丈一郎の取った潜入方法だった。
 競合地域としては不思議なほどキメラ被害のないK村だが、若者や子供のいる若夫婦などは、より安全で仕事や大きな学校もある南九州の方へと移り住んでしまうのが現実だ。
 過疎に悩むK村の農協は、丈一郎の申し出を一も二もなく受け入れた。
 ――そして数日。
 特に村人達の間に親バグアを感じさせる言動はなく、丈一郎自身も何となく自分が故郷に帰ったような懐かしさを覚え始める有様だった。
「しかし、あんた今時の若いモンにしちゃ根性あるねえ。どうだい? 一週間といわず、いっそうちの跡取り息子になんねか?」
(「跡継ぎか‥‥それもいいかもしれんな」)
 初夏の風に揺れる緑の田園を眺めつつ、丈一郎の脳内にふと、日焼けした顔に白い歯を光らせ、稲を刈る己の姿が過ぎった。
「‥‥そういや黒川さん、あんた本業何なの? 俺、あんたの顔どっかで見たような気がすんだけど」
「あ、ああ。昔はこれでもプロボクサーでね。それから能力者の傭兵ってヤツに転職したんだが‥‥どうもバグアとの戦争に嫌気がさしてな」
 予期された質問に対し、丈一郎はすかさず用意していた答えを返した。
 あえて「能力者」「傭兵」「バグア」といった単語を強調し、村人達の反応を見るという目的もある。
 だが、彼らの反応はあっさりしたものだった。
「うんうん。戦争はおっかねえよなぁ」
「ここならキメラも出ねえし。よければ何時までもいるがいいべ」
 丈一郎は戸惑った。
 確かに彼らの言動に「親バグア」という危険さは感じられない。というよりバグアとの戦争自体、どこか遠い外国の出来事とでも思っているようだ。同じ九州で、今もUPC軍とバグア軍との激しい戦闘が続いているというのに。
(「何か‥‥おかしくねえか?」)


「うしッ、俺等が危険な分、他の仲間が安全なら本望ッ。頑張ろ‥‥」
 草壁 賢之(ga7033)は左掌に右拳を打ちつけ気合いを入れてから、旅館代わりに借りている公民館の建物を出た。
 現在、彼の表向きの肩書きは「フリーの記者」。辺境のK村を密着取材し、都市部向けに紹介するルポを書くために来訪したという筋書きだ。
 農村部にとけ込んだ丈一郎とは逆に、彼は村の中でも比較的人口の多い商店街や住宅地を回り、デジカメとICレコーダを手に人々からインタビューを集めた。
 日常生活など普通の質問をしている分には、やはり村の住民に怪しい点は見られなかった。ただ話題がバグアとの戦争に及ぶと、「ここいらじゃキメラも出ないし‥‥」と皆口を濁す。「親バグア」というより「戦争じたいに関わり合いたくない」というのが本音のようだった。
 そして決定的に違和感を覚えたのは、話題が「分校」に及んだとき。
「ああ、あの分校ね‥‥いや、よくは知らねえな。うちの子が通ってるわけじゃないし」
 そう言ったきり、誰もが口を閉ざしてしまうのだ。
 あたかも、分校の存在じたいが村にとっての「タブー」であるかのように。
 それでもさらに食い下がるべく、賢之は村で古老と呼ばれる人物の屋敷を、抜き打ちで訪問することにした。
 
 屋敷の手前まで来たとき、ちょうど門から出てきた美月姫、リオンとばったり出くわした。
 どうやら同じ目的で調査対象が被ったらしい。二度手間になるのも面倒なので、互いに人気のない場所で改めて落ち合い、いったん情報交換することにする。
「‥‥どうだった?」
「例の分校ですけど‥‥元々廃校だった校舎と土地を『校長』と呼ばれる人物が買い取り、新たに分校にしたのが今から半年ほど前。教師や生徒、寮の管理人も、全員そのとき外から来た人間ばかりだそうです」
「半年前? 待てよ、それってこの村からキメラが姿を消した‥‥」
「その通りです。屋敷のお爺さんの話によれば、分校が出来る半年前までは、この村にもキメラ被害が絶えず、そのため若い人たちは殆どUPC軍が駐屯する外の町へ逃げ出してしまったとか――」
 3人の間をしばし沈黙が包む。
「やはりあの分校‥‥特に『校長』って奴が胡散臭いな」
「‥‥分校に行ったみんな‥‥大丈夫かな‥‥?」
 リオンが心配そうに呟いた。


「誠も入れて、今月で3人も増えたのかよ? 賑やかになるなーっ!」
 新たに転入(まだ仮入学だが)したなでしこと愛紗を迎え、午後の自習時間を利用した「歓迎会」で缶ジュースを持つ茜が乾杯の音頭を取った。
「可愛いパンダだね。名前は何ていうの?」
「この子ははっちーっていうの。よろしくねっ」
 何気ない誠の質問に対し、元気よく答える愛紗。
 実はこれもサインである。誠は過去の依頼でなでしことは面識があるが、愛紗とは初対面だったからだ。
 その後、中学生以上の女子はなでしこを、小学生以下の小さな女の子は愛紗を取り囲み質問攻めが始まった。
 分校の生徒は全学年を合わせてもわずか十名。

※男子(4名)(年齢)
 三橋・幹也(16)
 キム・ウォンジン(15)
 橋本・一樹(10)
 松田・タカシ(7)

※女子(6名)
 中島・茜(17)
 長谷川・千尋(14)
 結城・アイ(12)
 ユン・アムリタ(10)
 上条・ヒカリ(9)
 ミリア・フォーリー(8)

「櫻小路さんの髪って綺麗! ねえ、普段どんなお手入れしてるの?」
「愛紗ちゃん、はっちー可愛い! ちょっと触っていい?」
 他愛のない質問に愛想良く答えながら、なでしこと愛紗はそれとなく教室の子供達を観察した。少し遠巻きに眺めている男子連中はともかく、女子グループに関しては中学以上の年長組は茜が、そして年少組はアイが実質的なリーダーとなっているらしい。

「高瀬さん? お知り合いの方が2人、お見えになってますけど‥‥」
 教室の扉が開き、担任の女性教師が声を掛けた。
 続いて入ってきたのは鷹見 仁(ga0232)と王 憐華(ga4039)だった。
「鷹見先輩! 憐華姉さん!」
 嬉々とした声で誠が走り寄る。
 これも筋書き通りだ。仁は前の学校の先輩、憐華は遠縁の親戚。誠を心配して様子を見に来た仁と疎開先を捜す憐華が、偶然なでしこと愛紗の様に途中のバスで知り合ったという設定である。
「誠さんの遠縁の親戚の王憐華といいいます。趣味は弓を射ることです。今回は下見という事でしばらくお世話になります。皆様よろしくお願いしますね」
 スポーツ用の和弓に偽装した「黒蝶」を背負った憐華が深々お辞儀すると、ちらりとのぞく豊満な胸の谷間に、今度は男子生徒の視線が釘付けになる。
「へ〜。アンタ、けっこー人気者じゃん?」
 茜がからかうように笑い、肩肘で誠をつついた。


 生徒代表として最年長の茜がなでしこ、愛紗、憐華の3名を連れて分校内を案内する一方、仁は分校近くの河原に張った宿泊用テントに子供達を招いた。
 幹也や千尋のような年長の生徒はよそ者の仁をどこか警戒するように見ているが、その一方でアイを筆頭に幼い子供達は、野外キャンプのテントが珍しいのか、目を輝かせ大はしゃぎで周囲や中を覗き込んだ。
「この村は平和だな」
 周囲に監視の目がないかさりげなく気を配りながら、仁は岩場に腰掛け、生徒達に語りかけた。
「でも外の世界では、地球人が始めた愚かな戦争のために、今も多くの人々が苦しんでいます」
 いかにも優等生風の千尋が、眼鏡を光らせ反論する。
「俺は実際にその場を見たワケじゃないから、もしかしたらここで教えられているとおり最初は地球人が悪かったのかも知れない」
 仁は生徒達を無駄に刺激しないよう、慎重に言葉を選びつつ答えた。
「でもな、俺はいろんな所で見てきた。親を失った子供達、子を奪われた大人達、大切な場所、大事な物を壊された人達。あの人達だって完全な善人ばかりじゃないかもしれない。でも、決してあんな目に遭わされていい人達でもなかった」
 年長組の生徒達は戸惑うように、そして年少組はきょとんとした表情で聞いている。
「前に、俺にこんなことを言ってくれた人がいるよ。『信じたければまずは疑え』ってな」
 その刹那、言葉なき殺意のこもる視線が、どこからともなく仁の背中を刺した。
(「――誰だっ!?」)
 慌てて見回すが、この場にいるのは仁を除けば9人の生徒のみ。
(「まさか、この子達の中に‥‥?」)
「おにーちゃん、どうしたの?」
 驚いたような一樹の言葉で、仁はハッと我に返った。
 殺意は既に消え、ただのどかな川のせせらぎだけが響いていた。


「高瀬さんが来るまで、ここの生徒さんは十人だけだったんですか?」
 校内を案内する茜に、なでしこが尋ねた。
「ああ、本当はもう1人いたんだけど『卒業』しちまった」
「卒業? 外の大学へ進学されたんですか?」
「違うって。バグアの戦士候補に選ばれて、福岡に行ったって聞くぜ?」
 なでしこと憐華、愛紗は思わず目を見合わせた。
 誠の前に潜入し、音信を絶ったUPC側能力者。おそらく敵の手に落ち、その後は――。
「あ〜羨ましい! オレも早く『卒業』して、UPCの奴らと戦いてー!」
 勇ましく叫び、拳を固めた手を振り上げる茜。
 傭兵達の困惑には、まるで気づいていない様子だった。


 やがて1週間の調査期間が過ぎ、傭兵達は来訪時と同様、目立たないようそれぞれ日をずらしてK村から離れていった。
 今回の任務はあくまで調査。収集された画像や音声、そして個々の傭兵が感じ取った印象は、この後UPC情報部によって分析され、次のプランが決められるのだろう。
 誠は今後も潜入要員として村に残る。
 なでしこと愛紗は「他の町の学校も見てから考えたい」という理由で転入を取り消したが、特に分校側から妨害を受けることはなかった。
 あるいは、彼女たちもまた「泳がされていた」のかもしれない。なぜなら、この1週間に行われた授業は数学、理科、英語といった「当たり障りのない科目」ばかりだったのだから。

 世話になった農民達に「じゃあ、また」と別れを告げて村を出た丈一郎は、ボストンバッグを肩に提げ、帰りのバスを待ちながらもう一度K村の風景を見渡した。
 次に会った時は、敵か、味方か‥‥それとも二度と会えないか。
 そんな思いに耽りながら。

<了>